私の歌を聴けぇぇぇ!
ばくばくと、心臓が早鐘のように鼓動を刻む。
今までの人生は平和思考で……、いや、それは良く言い過ぎだよね。悪く言えば事なかれ主義な人生を送ってきた私だけれど、ここ最近はそんな自分への甘やかしを捨てて、力いっぱい色んな恥をかいてきた。
そんな、恥ずかしい思いをするのが経験豊富? な私でも、今からやろうと思っている事を考えると、どうしようもなく心臓が暴れてしまう。有体に言うとすっごく恥ずかしい。
でももう決めたから。周りの人達の顔色を窺って、嫌な思いをされないような……嫌われたりしないような選択を選ぶあまり、自分の気持ちを押し殺すようなずるい自分で居る事はもうやめるって決めたから……。そんな事ばかりしていたら、本当に掴みたいものを掴む為の手を伸ばす権利さえ失ってしまうから……。そんな私のままでいたら、絶対に勝ち目のない素敵な人達ばかりだから……
だから私は、自分の心に嘘を吐くのはやめたんだ。
「……ふぅ〜」
目的地にたどり着いた私の目の前には、何の変哲もない、ごくごく普通の教室の扉。それなのにその扉を前にすると、ノミの心臓がばくんばくんと騒々しく跳ね回ってしまう。
でも、そんなノミみたいなちっちゃな心臓でも、最近は誰かさんへの愛の気持ちのおかげで、ちょっぴり毛が生えてきたんですよ? だから、その誰かさんを独り占め出来るように頑張ろうって決めた今、私のゆく道を邪魔しようと立ちふさがるこんな扉なんて、ばぁん! ってぶっ飛ばしてみせるんだから!
そんな強い気持ちで、勢いよくガラッと開けたとある教室の扉。こそっと中を覗いてみると、扉近くに集まってお弁当を囲んでいた数名の女子生徒達が、見慣れない下級生の登場に興味津々な視線を向けてきた。
「し、失礼しまーす……」
「えっと、何か用かな?」
「あ、あの」
部活動以外ではほとんど上級生と関わることのない私。当然のように、初めて話す先輩方に若干尻込みがちではあるけれど、目的のためにはいつまでもまごまごしているわけにもいかない。だから私は緊張と羞恥に頬を熱くしながらも、頑張ってこの人達に目的を告げるのだった。
「あのっ……、ひ、ひきぎゃやしぇんぱいはご在宅でしょうか!?」
……ご、ご在宅って……
うぅ、恥ずかしくて死にそうだよぉ……
あまりの緊張で、噛みまくるわ言葉の選択を間違えるわと我ながら酷いものではあるけれど、本日は私 愛川愛が比企谷先輩を訪ね、初めて二年F組へとやってきた記念すべき日なのです。
なぜ私が比企谷先輩に会う為に二年F組を訪れることとなったのか。それは、今から十分ほど前のこと──
× × ×
今日は、朝から冷たい雨が降りしきる二月の末日。
雨が降っているという以外は常となんら変わる事もなく、気が付けば四限目終了のチャイムがお昼休みを知らせていた。
「お、愛ちゃーん! 今日も行くのぉ? もー、そんな嬉しそうな顔しちゃってからにぃ」
「やー、愛ちゃんてば今日も情熱的ですねー」
チャイムと共に勢いよく席を立った私に、仲良しの子たちから冷やかしの声が掛かる。
「えへへ〜……っ」
ほんの少し前までの私であれば、こういったからかいに対しては「そ、そんなこと無いよ!」と、真っ赤な顔して一生懸命否定していただろう。
でも今の私は、否定どころか言葉そのものを発することもなく、満面の笑顔だけで答えを返す。だって、わざわざ言わなくたってみんな分かってるだろうしねっ。頬が真っ赤に染まっていることには変わりないだろうけれど。
「行ってらっしゃーい」
「今日も楽しんできてねー」
「うん、行ってきまーす!」
バレンタインのあの日、私は比企谷先輩にばっさりと振られてしまった。
でも私は、振られはしたけどむしろそれ以来逆に積極的になってしまった。なんていうか、振られた事によってホントの愛川愛が目覚めてしまったから。
それにあの日振られたのは、実は私だけではない。私の告白に触発されたいろはちゃんも雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩も振られてしまったそうなのだ。なんでも「俺なんかに誰かを選ぶ事なんて大それたことは出来ない」なんていう、実に比企谷先輩らしい情けない答えで。
ふふっ、あの時はいろはちゃんも雪ノ下先輩達もすっごく呆れ果ててたっけなぁ。あんのヘタレぇ! って。
でも逆にそれによって皆さん熱く燃え上がってしまったらしく、現在比企谷戦線は大激戦区地帯なのです。
絶対に自分を選ばせてやる! って心に決めた恋する乙女達の突撃力は物凄く、それはもちろん私も例外ではない。
なにせ私はいろはちゃん達に比べて明らかに不利。比企谷先輩との時間も絆も絶対的に負けているのだから。だから私はその差を少しでも埋める為に、まずは自分を知ってもらう事に一生懸命な毎日を送っている。お昼休みを一緒に過ごせるこの時間を、なによりも大切にしているのだ。
──よーっし! 今日も頑張って比企谷先輩に猛アピールしちゃうぞー! おー!
ひとり勇ましく胸の中で掛け声を上げつつ、とてとてと小走りで辿り着いたいつものこの場所。
比企谷先輩曰く、ベストプレイスと言うらしいテニスコート脇のこの場所は、私にとってもベストで特別な場所。だって、夢にまで見た先輩との再会をようやく果たせた特別な場所なんだもん。
だから私はこの場所が大好き。お昼休みにここに来れば絶対に比企谷先輩に会える場所だから……ってだけではなく、ここは私にとって永遠に想い出に残るであろう素敵な記念プレイスなのだから。
……でも。
「……い、いない」
そう。今日も比企谷先輩と一緒にお昼を過ごせるんだ♪ と、ルンルン気分でスキップ気味に辿り着いたベストプレイスには、大好きな先輩の影ひとつ見当たらなかった。というか、早く先輩とお話したい、早く先輩とお弁当食べたい、と気が逸るばかりで、本日の現状をすっかり忘れてしまっていたのだ。
そりゃね、よくよく考えたら居るわけがないんだよね……
「……はぁ〜、私のばーか」
深く深く溜め息を吐き出してから、私はゆっくりと天を仰ぐ。分厚くって真っ黒な雲から、冷たい雨粒が絶え間なく零れ続けている意地悪な天を。
……うぅ、雨が降ってるのにここでお昼過ごすわけないよね……。そういえば雨の日のお昼の過ごし方、まだ聞いてなかったよ……。私のばか……!
× × ×
そんな事があったのが、今から約十分前のこと。
どこに居るのかなんてわかるわけもなく、未だ連絡先も交換していない私にはどうする事も出来ない。ていうか連絡先くらい交換しとこうよ私。
今日に関しては諦めようかな、なんて考えもほんの少しだけ頭を過ったのだが、生憎すでに頭の中が比企谷先輩との楽しいお昼モードに突入してしまっている私には、諦めるなんて選択肢を選べるはずもなく。
本能の赴くままにこうして押し掛けたって先輩の教室で一緒にお弁当食べるなんて出来ないだろうし、ちょっと呼び出してもらって一言二言会話を交わすくらいしか出来ないだろうな。
でも、それでもいいからどうしても顔を見たかった。声が聞きたかった。なにせ放課後になっちゃったら強烈なライバルが三人もいるんだもん。比企谷先輩に私だけを見てもらえるのは……私だけの声を聞いて貰えるのは……昼休みの今しかないのだから。
そんなワケで私は、初めて愛する先輩の教室に訪れるという緊張に震える足と、突然教室なんかに来たらウザがられないかな……? ご迷惑おかけしちゃわないかな……? なんていう不安を押して、こうして二年F組へとやってきたのです。
しかし、やはりその緊張度合いといったら並大抵のものでは無かったらしく、比企谷先輩がいらっしゃるかどうかを訊ねる為に声を掛けた見知らぬ先輩に対して、恥ずかしすぎる酷い失態を晒してしまうという始末。……ぁぅ、顔から火が出そうだよ……
「わぁ、こんなに緊張しちゃって、この子めっちゃ可愛い〜!」
「ねー! あなた一年生だよね? そんなに緊張しなくても、お姉さんたち取って食やしないから大丈夫だよー」
「……うぅ」
そう言って下さるのはとても有り難いことなのだけれど、泣きそうになって我慢してる時に「大丈夫だよ!」「泣かないで!」って言われると、余計に泣きそうになってしまう法則みたいなもので、こんな風に妹をあやすように言われちゃうと、余計に恥ずかしくなって余計にもじもじしちゃいます……
「あ、で、誰だっけ、ひきぎゃや? だっけ?」
「さぁ? でも少なくとも、この教室に在宅してる生徒は居なくない?」
「や、しゅ、しゅみません、ひ、比企谷先輩、です。……あと、在宅してなくてもよいので、い、いらっしゃいませんか……?」
むー、この先輩たち、絶対わざとからかって楽しんでるでしょ……! だって、また私の頬が熱を帯びちゃった様子を見て、まるで困ってる仔犬でも愛でてるかのようににっこにこしてるんだもん……!
「あ、ヒキガヤねヒキガヤ。……で、誰だっけ?」
「ごめーん、あたしも分かんないや……」
「え……?」
……あれ? 私舞い上がり過ぎてて教室間違えちゃったかな……。と、一度後退りして教室のプレートを見上げてみると、そこはやはり二年F組で間違いない。
ど、どうしよう……、ただでさえ恥ずかしくってわちゃわちゃしてるというのに、この想定外の展開にパニックに拍車がかかりそうになる。
「えとっ……そのっ……」
未だ二人で顔を見合わせて「誰だったっけ?」と悩んで下さっている先輩方を尻目に、目をぐるぐるさせて一人あわあわしていた時だった。そんな情けない私に、不意に救いの手が差し伸べられる事となる。
「あんれー? まなっちじゃん! ちょりーっす! これかなりおひさじゃね?」
「と、戸部先輩っ……!」
私にとっての救いの神となったのは、まさかまさかの戸部先輩だった。そういえば戸部先輩もF組だったっけ。
どうしよう、本当にごめんなさい戸部先輩! 戸部先輩がこんなにも頼もしく見えたの、私今日が初めてです!
「あれ? この子戸部くんのお知り合いなのー?」
「そそ。ちっと前までサッカー部の女マネだった子なんだわー」
「そなんだー。なんかウチのクラスの誰かに用があるらしいよ。んじゃあとは戸部くんに任せたー」
そう言ってにこにこと微笑み、私に小さくばいばいと手を振ってくださる先輩方。ちょっとからかわれちゃったけど、いい人たちだったんだなぁ。
そんな優しい先輩方にぺこりとお辞儀した私は戸部先輩へと向き直る。
「うぇーい」
「うぇ、うぇーい……?」
開口一番に求められたハイタッチに些か困惑しつつも、とりあえずは戸部先輩の左手にちょこんと右手を合わせてみる。戸部先輩背が高いから、少し背伸びをしないと手が届かないけれど。
戸部先輩ってホントいい人なんだけど、こういうノリにはちょっと置いてけぼりにされちゃう事があるんだよね。
でも、気を取り直してきちんと挨拶を交わすことに。
「お、お久し振りです、戸部先輩」
「おひさー。まなっちが部活辞めちゃって以来だべ。つかさ、サッカー部辞めたっつっても、たまには顔だしたっていいんよ?」
「あはは……、すみません。急に辞めちゃったから、なかなか顔出しづらくって」
「んなの気にすっこともねぇべ。まなっち来ればみんな喜ぶし、気軽に遊びにくりゃいいって」
そう言ってニカッと笑う戸部先輩には、一切の嘘もお世辞も感じられない。
そんな掛け値なしの笑顔に、私は少しだけ胸がぽかぽかしてしまった。
──私は、あれだけお世話になった先輩方にはなんの相談もなしに、突然サッカー部を辞めてしまった。
しかもその理由はあまりにも私情まみれで非道いモノ。好きになってしまった人と一緒に居られる時間が少しでも欲しくてマネージャー業に取られてしまう時間を惜しんだという、あまりにも身勝手なモノ。
もちろんそんな退部理由は葉山先輩以外には言ってないから、戸部先輩をはじめ、多くのサッカー部員は未だになぜ私が突然辞めてしまったのかも知らないだろう。
それなのにあの退部以来初めて会った私に、文句どころか理由さえも聞かず、こうして手放しで部活への顔出しを歓迎してくれる笑顔の戸部先輩。
本当に……、本当に私って周りの人達に恵まれてるなぁって、どうしようもなく胸がぽかぽかしてしまったのだ。気を緩めたら、目頭まで熱くなってきちゃうよ。
「……はいっ!」
だから私もそんな優しい戸部先輩の笑顔に負けないよう、精一杯の笑顔と元気な返事をお返しするのだ。もうちょっと落ち着いたら、必ず顔を出しますね……!
「あ。んでまなっちー、今日はどしたん? そいや誰か呼んでんだっけ?」
ひとり感慨に耽っていると、本題はなんだ? とばかりに質問が飛んできた。
だ、だよね。いけないいけない! 久しぶりの再会につい意識が持っていかれてしまってたみたい。
「あ、ですよね! えっとですね、……い、今って教室にひきが──」
と、ここまで口にして、私はとても重大なことに気が付いてしまった。
それは、私が比企谷先輩を呼び出すって、それって戸部先輩の目にはどう映るんだろう……? ってこと。
一見すると、どう考えても私と比企谷先輩にはなんの関連性もない。いろはちゃんなら生徒会関連での用事という理由で呼び出せるけれど、戸部先輩からしたら、私が比企谷先輩の所在を確かめる理由もお呼び立てする理由も見当がつかないはず。だって、私と比企谷先輩じゃどこにも繋がりが無いもん。
って事は、私が比企谷先輩の名前を出したら、戸部先輩、どんな関係か、どんな理由かを聞いてくるはず……だよね……?
そう考えたら……、私って比企谷先輩のなんなんだろう……?
ていうか、今更だけど戸部先輩に比企谷先輩との関係を聞かれることがすっごく恥ずかしくなってきちゃった。だって、関係性を答えるということは、私と比企谷先輩との繋がり……つまり馴れ初めから再会に至るまでの出来事を話さなきゃ説明のつかない関係なわけだし、それはイコール私の気持ちを発表するみたいなものなのだから。
……うぅ〜、私なんて答えればいいんだろ? ずっと片想いしてて告白して振られたけど、その後も一方的に付きまとってるんです、とか言えばいいの? ふぇぇ……それじゃただのストーカーだよぉ……
──でも……っ!
「ひ、比企谷先輩、今教室にいらっしゃいませんか……!?」
──それでも私は迷わず踏み込むの! ……いや、実際はちょっとだけ迷っちゃったけど。はぁ……こういうトコ、前までの愛川愛の名残なんだろうなぁ。徐々にでもいいから、もっと強くなっていこう! そう心に誓った私なのでした。
おっと、つい思考が逸れちゃった。とにかく、私はもう周りからどう見られるかとか考えるのは止めたんだ。例え大好きな比企谷先輩の事で戸部先輩に冷やかされようとからかわれようと、それどころか“ソレ”がサッカー部退部の理由だと認識されて軽蔑されようとも、“私は比企谷先輩が好き”という気持ちを誰に対しても誤魔化したくなんかないんだ。
目的を答えてしまった以上、これからどんな追及が来るかは分からない。……と、戸部先輩の事だから、もしかしたら大騒ぎしちゃうかも。ぁぅ、か、顔が熱い〜……!
そんな緊張と不安を胸に抱え、ドキドキと激しく騒ぐ心臓と戦いながら涙目で戸部先輩を見上げてみると……
「ヒキガヤ?」
なんとも不思議そうな顔で首を傾げていた。
……あ、あれ? 確か戸部先輩って比企谷先輩のこと知ってるはずだよね……?
「え、と……、戸部先輩って、比企谷先輩と結構お話とかされてませんでしたっけ……? ほ、ほら、前に比企谷先輩がいろはちゃん探しに校庭に来たときとか……」
「ん? あー! ヒキタニくんのことね。普段あだ名でしか呼んでねーから、一瞬誰のことかと思ったわ。やー、なんか改めて急に名前とか出されっと分かんなくなるもんだべ」
……あ、そっか。そういえば戸部先輩、いつもヒキタニくんヒキタニくん言ってたっけ。なるほど、それってあだ名なんだ。
もう比企谷先輩ってば。いつもぼっちだぼっちだって言うわりに、雪ノ下先輩や由比ヶ浜先輩、いろはちゃんみたいな素敵な女の子達にこれでもかってくらい慕われてるし、こうしてクラスメイトにあだ名で呼ばれてたりするんだもんなー。
まったく、自己評価低すぎだよ。先輩はとっても素敵な人なんですから、もっと自信を持ったっていいんですからね!
なんてほんの少しむっとしていると、ついに運命の時が訪れる。戸部先輩のこの言葉によって。
「ヒキタニくんならホラ、あそこで寝て…………って、そーいやなんでまなっちがヒキタニくん知ってんの? つかヒキタニくんとどんな関係?」
「っ……!」
き、きた。きちゃった……。でも、それはもちろんこうなるよね……! だってどこをどう見たって、私が比企谷先輩を訪ねてくる理由なんて思い浮かばないもん……!
「あ、や、えっと、そ、その〜……」
もちろん気持ちを隠すつもりなんて一切ない。好きなのか? って聞かれたら、即答で大好きですって答えられる自信もある。
でもでも頭ではそう思ってたって、お年頃の女の子にとってはそれとこれとは別問題なのです! 好きな人の事を白状するは仲良しの子にするのだって恥ずかしいのに、今まで部活で散々お世話になってきたといっても、あくまでも異性の一先輩に今から色々追及されちゃうのかと思うと、どうしようもなく頭が茹で上がってしまう。
なんて言えばいいんだろう。どこから説明すればいいんだろう。考えれば考えるほどに真っ白になっていく頭と真っ赤になっていく顔。一人紅白で、完全にあわあわ状態です……!
「えっと……その〜っ…………、あ」
あ、よくよく考えたら、私いま奉仕部員だった。なんで忘れてたかな私。パニックになりすぎて、こんな大切な事が頭からすっぽりと抜け落ちてしまっていただなんて。
そう。今や私と比企谷先輩は部活の後輩先輩の仲なのだ。部活の先輩にお話があるのでって答えればいいだけ、だよね……?
もちろん、なんで奉仕部に所属しているのかってところから色々聞かれるとは思うけど、そしてその理由に嘘を吐く気はさらさらないけど、私が比企谷先輩に会いに来た理由を話す取っ掛かりとしては十分だよね! まずはそこから始めて、もし追及されたら順次答えていけばいいんだから!
人の思考回路とは不思議なもので、同じ『好きな人がバレる』という結果が待っているのだとしても、なんて答えたらいいのか分からないでいるのと、答えの道筋が出来ているのとでは気持ちの余裕が全然違うみたい。まずは「部活の後輩なので」って答えればいいんだって思ったら、一気に頭の中がクリアーになってきた。
よし! っと気合いを入れて、フンッと小さくガッツポーズを取る。さぁ戸部先輩、どこからでも掛かってこいやー! い、いや、掛かってきてくださいっ……!
「そ、それは私が奉──」
「え、まなっち……? ま、まさか──」
しかし、戸部先輩は私が答え始めるのを待っていてはくれなかった。そりゃね。いつまでもまごまごもじもじしてたんだもん。
どうやら、私の慌てふためく態度になにかを察知したみたい。
「──まなっちとヒキタニくんて、……そゆこと!?」
「ふぇ……!? そ、そゆこと……?」
そ、そゆこととは、一体どういう事だろう……?
正直戸部先輩のお話って、主語がなくてよく解らない事が稀にある。お願いだから主語を下さい……
とは言うものの、比企谷先輩の事を訊ねた上に真っ赤な顔してずっともじもじしてたんだから、戸部先輩の仰る「そゆこと」とは、まず間違いなく「まなっちってヒキタニくんラブなん!?」ということなのだろう。……い、一発でバレちゃった……。うー、やっぱり恥ずかしい……っ。
「……ひゃ、ひゃい……」
それでも、何度も言うようにこの事を誤魔化すのは恋する乙女の矜持に関わるのです。だから私は、ぼうぼうに燃え上がってしまってるんじゃないかと思えるくらい熱い頬と目頭も、裏返ってしまった声も噛み噛みになってしまった返事も、全部無視してそう正直に答えるのだった。
「マ、マジ……!?」
「はい、ま、まじです……」
「で、一緒にメシ食うために教室まで会いにきたっつーこと……?」
「で、です……ぅ」
さっきは心の中で掛かってこいやー! とか強気に言っちゃったけど、やっぱりいざ追及が待っているのかと思うと、死んじゃいそうなくらい恥ずかしい。
今まではなんとか耐えてたけれど、もうこれ以上てれてれの顔を見られるのは無理みたい。ついに羞恥に負けて、両手で顔を隠してしまいました。
「……その様子だとやっぱマジかー……。っかー! やっぱヒキタニくん隅に置けないわー! マジリスペクトでしょー」
え、尊敬しちゃうんだ……?
「やー、これサッカー部連中が知ったら何人かショックっちゃうんじゃね……? 未だにまなっちファン多いし」
「へっ? フ、ファンだなんてそんなっ……」
「ま、男と女には色々あっし? どんな繋がりがー? とか、どうしてそうなったん? とか気になりまくりんぐだけど、あんま聞くのも野暮っつーもんだしょ。とにかく、まぁおめでとさん!」
「は、はい」
そう言って肩をばしばし叩いて、最高の笑顔でサムズアップしてくれる戸部先輩。どうやら私と比企谷先輩の関係の経緯は聞かないでいてくれるみたい。た、助かった〜。
でも、片想いのなにがおめでとうなんだろ?
これ以上聞かれない事にほっと胸を撫で下ろしながらも、頭上にクエスチョンマークをふよふよ浮かべていた私。
しかし、ここからが戸部先輩の真骨頂だったのだ。よく言えばすっごい親切な……、悪く言えばお節介なこの優しい先輩の次なる行動は、恐ろしいくらいとても迅速かつスムーズだった。
「そーゆーことなら俺に任せとくべ! まなっちにはスゲェ世話んなったし、ヒキタニくんにも色々と超感謝してっから、俺いくらでも協力しちゃうでしょー」
「え? ちょっと待って!? と、戸部先輩……!?」
気が付いた時には、戸部先輩は後ろに回りこんで私の背中を押していた。ぐいぐいっと、まさかの教室の内部へと。
や、やめてー! F組の先輩方にすっごい注目されちゃってるよ……!
「あ、悪りー! この席って今空いてね?」
え、戸部先輩なにしてるの……!? 背中をぐいぐい押して私を教室の中へと押し込みながら、とある席の住人に話しかけている。
その先輩は困惑しながらも「い、いいけど……」なんて言って、渋々席を空けてくれた。と、戸部先輩……! 強引すぎですよ……!
「ひゃっ!?」
戸部先輩の暴走に、完全にまな板の上の鯉と化した私。気が付けば、その無理矢理空けていただいた席にぐいっと座らされていました……
「???」
そして、わけも分からず間抜けな顔で呆然としていると、そんな私に当の被疑者から本日最大級のニカッとスマイルとサムズアップが届けられるのでした。
「んじゃまなっち、ごゆっくりー! うぇーい」
「……」
クラス中から注がれる興味津々な瞳に晒されて、見知らぬ席でただただ唖然と小さくなる私。
──な、なにこれ……? 私、どうすれば正解なの!?
でも、なんで急に教室に招き入れられ座らされ、挙げ句「ごゆっくり」と親指を立てられたのか全く理解が出来ない私には、正解なんてものを導き出せるわけもなく。
そして正解が分からない以上、今の私に唯一許される行為など、奇異の視線から逃れる為に、F組の生徒達から目を逸らす事くらいしか出来ないわけで。
「……あ、あわわわ」
──そして、多くの視線から逃げるように泳がせた視線の先。席順で言えば、座らされた席の後ろの席。
逃げ道を探すでも誰かに助けを求めるでもなく、ただ自然と目が向いたその場所。
そこには、気持ちよさそうにすーすーと寝息を立てる、とても見慣れたぼさぼさ頭の男の子が机に突っ伏していたのでした。
続く
オリキャラと戸部の会話が大半を占めるというどうでもいいスタートにて、ついに開放されました禁断の愛ちゃんルート!
まぁ開放されたと言っても、現在の執筆意欲状況では続けられるかどうか分かりませんが、取り敢えず教室でのやり取りに関しては次回に更新して、もし続けていけそうであれば恋物語集の香織√のように、気が向いたとき思い立ったときに、じわじわとのんびり進めていけたらと思います(^^)
そして愛ちゃん√開放に当たり、本編とは多少違う設定にしておきました。
だって、いろはすとカップリング成立してから愛ちゃん√に突入するわけにもいきませんしね(苦笑)
なのでこの世界線ではバレンタインにヒロインが全滅した模様です☆
そんなわけで、チラ裏にも関わらずまた見に来ていただき感謝感謝です!またお会いいたしましょうっノシ
──ところで、私の作品のメイン級オリキャラ(香織・美耶・まくら・愛ちゃん)の中で、唯一愛ちゃんだけイメージイラストを描いてないんですけど、見てみたいって読者様はいらっしゃいますかね。
最近気晴らしのお絵描きも結構楽しいんで、もしかしたら次回の後書き辺りに愛ちゃんラフ画(裸婦画ではない)を載せてみるかも(・ω・)