まちがった青春を送るオリヒロ達の夕べ   作:ぶーちゃん☆

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突撃愛心②

 

 

 

 ぽつん、と。見知らぬ教室の見知らぬ席で一人取り残された私。後ろの席には愛しい人が居るのだから、ひとり取り残されたという表現は些か的外れなのかもしれない。

 でも唯一の頼りのその愛しい人は、生憎と夢の中へと絶賛旅立ち中なのだから、数十の瞳の好奇心を一手に引き受けている現在の私は、やはり一人憐れに取り残された子羊なのかも。がくがくと足の震えが止まらないから、子羊の前に『産まれたての』という形容詞が付くかもしれないけれど。

 

 

 ──ひ、ひぇぇぇ……! こ、これどうすればいいのどうすればいいの……!?

 さすがにじっと見つめてきたりはしないけど、皆さんお友達との会話を楽しんで珍客などには興味なさげな空気を装って、その実ちらちらちらちらと遠巻きに私の動向を気にしていらっしゃいますよぉ……

 と、戸部先輩、あなたなんてことしてくれるんですか……! そりゃこうして比企谷先輩のそばに居られて、さらには初めて見た寝顔にときめきを憶えられることには感謝感謝だけど、それにしたってこんなのあんまりだよぉ! ……うぅー、寝顔可愛いよぉ……

 

 戸部先輩に連れて来られてしまった以上は、ここでなにもせず一人で逃げ出すわけにもいかず、かといって、この状況で果たして先輩を起こしてしまってもよいものなのだろうか。起こしたら起こしたで、たぶん二人して死ねると思います。

 

「……ハッ!?」

 

 そうだ! そういえばこのクラスには、もう一人知り合いが居るんだった!

 お昼は部室で雪ノ下先輩といちゃいちゃしてる由比ヶ浜先輩ではなく、もう一人、私の気持ちを知っているとても頼りになる先輩が居る! 俯いた顔を上げるのさえ恥ずかしい状況ではあるけど、ただでさえ目立つ人だし、さらに私は群衆の中から彼を見付けだすのが大得意なのだ。だから頑張って顔を上げてほんの少し教室を見渡せば、すぐにでも見付け出せるだろう。

 ……あの人なら、戸部先輩の暴走で危機に瀕してしまっている現在の私の状況を理解して、上手い具合に空気を調えて助けてくれるに違いない。

 

 私はあの人の姿を探す。後輩のピンチを察した空気調え名人葉山先輩さえこちらに来てくだされば、よくわからないけど、なんかこう、きっと上手くいくはず……!

 

「……あっ」

 

 そして、やはり一瞬で見付けることが出来た葉山先輩。広い校庭で選手達に囲まれたり、練習試合で赴いた他校で女の子達に囲まれるたりする中、お仕事として一刻も早く葉山先輩を探しだすことを生業としていた、この一年弱の女子マネ経験は伊達じゃないんだから!

 どうやらあちらもこちらの様子を窺っているようで、私は蜘蛛の糸にでも縋るかのように、頼りになる先輩へと目で訴える。な、なんとかしていただけませんでしょうか……? と。

 ……しかし──

 

「……」

 

 葉山先輩は…………、お腹を抱えて笑っていました。いや、正確には苦しそうにお腹を押さえ、大笑いしてしまいそうになるのを必死で堪えているって感じ。あれ、絶対助ける気皆無のやつですよね……

 

 絶望の淵に立たされその様子を唖然と見ていると、私の視線に気付いたらしい彼は、とても意地が悪そうにきらりと爽やかに笑ってサムズアップ。戸部先輩に続いてまさかのサムズアップ。

 ……それは、あれだけ啖呵を切って格好良く退部した私の慌てふためく様を見ての大笑いなんですよね? そして、あれだけ啖呵切った格好いい愛だったら、こんな状況くらい自分でなんとかできるだろう? っていう意思表示の表れの爽やか笑顔と親指、なんですよね……?

 

 

 ──うぅー、は、葉山先輩、ホント性格悪いなぁ。まぁここ最近の葉山先輩とのやり取りで分かっていたことだけど。

 

 あの人とは退部以来、たまに個人的なお話をする仲になった。主に比企谷先輩に対しての愚痴を言い合う比企谷被害者仲間のお話だけど。でもいつも気が付いたら、私の一方的な惚気話を苦笑いを浮かべて聞いて下さってるんだよね。

 あはは、不思議なものだよね。マネージャーやってる時はお仕事上の会話以外ほとんどした事なかったのに、退部してからの方がずっと仲良くなれるだなんて。

 

 そんな葉山先輩は、最近とても性格が悪い。いい意味だけど。

 たぶん、比企谷先輩の愚痴を気兼ねなく言い合える仲間がずっと欲しかったんだろうなぁ。だから後輩のこのピンチに手を差し伸べようともしないで、心底楽しそうに笑って見ている葉山先輩の底意地悪そうな笑顔は、最近の私にとってはとても見慣れた物。

 他の女の子なら爽やかできらっとした素敵スマイルだと騙されるのだろうけれど、生憎私はもう騙されませんからね! もう! 私も絶対許さないリスト始めちゃおうかな……?

 

 ええ、そうですか。ええ、分かりましたよ。葉山先輩に頼ろうとしたのが間違いでしたよ。

 葉山先輩がそういうつもりだって言うんなら、私にだって考えがありますからね! 今度比企谷先輩被害者仲間の会があったら、出会い頭で許さないリストの一ページ目を大声で読み上げてやるんだから!

 ……なんて、頬っぺを膨らませて馬鹿な決意をしながらも、私はふんすっと気合いを入れ直す。

 

 

 ──頼ろうとしたのが間違いだった。それは冗談でもなんでもなく、私の本当の気持ち。

 

 そう。私は自分で決めて、自分の足でここに来たんだ。

 戸部先輩のおせっか……、ちょっと行き過ぎの親切心でこんな恥ずかしい状況になっちゃったけど、自分で決めてここまで来たからには、最初っからこれくらいの覚悟がなくっちゃダメダメだ。むしろ、こういう逃げ道のない状況に追い込んでくれた戸部先輩に感謝。

 そして、私の本気の想いを知っているからこそ助けに入ってこない葉山先輩にもホントは感謝。

 

 大好きで、どうしても手に入れたい比企谷先輩のハートをぐぐぐっと掴む為の、こんな嬉しい機会と試練を与えて下さった二人の先輩に最大級の感謝なのだ。……試練は、比企谷先輩にも平等に降り掛かっちゃうけれど……。ごめんなさい比企谷先輩っ、二人で一緒に死にましょう!

 

 ……ど、どうしよう。も、もしかして私の愛って重いのかな……

 

「……んっ!」

 

 危うくアイデンティティークライシスが起きそうになってしまったけれど、小さくガッツポーズで今一度気合いを注入。いつまでもまごまごしてるなんて時間が勿体ない。せっかくすぐそばに比企谷先輩居るんだもん。早くお話しよう。

 ふふ、それにしてもアイデンティティークライシスだなんて、なんだか私、段々と比企谷先輩に毒されていってる気がするなぁ。えへへ。

 

 未だちょこちょこ視線は感じるけれど、もう気にするのはやめにしよう。皆さん遠巻きにチラ見してるだけだから、よっぽど大声で話したりしなければ会話を聞かれる心配もないんだし。

 そもそも、たかだか見知らぬ下級生一人と自称ぼっちさんの比企谷先輩との逢瀬なんて、どうせすぐ興味なくなるだろうしね。

 

 私は比企谷先輩の肩をちょんちょんつつき、意を決して可愛い寝顔へと顔を寄せる。

 わ、どさくさ紛れだけれど比企谷先輩に触っちゃった! ふふ、せっかくだし頬っぺたもつんつんしちゃおうかなぁ。

 それにこんなに比企谷先輩の顔を近くで見られたのなんて初めてで、なんだかとってもドキドキしてしまう。うぅ、顔も身体もぽかぽか火照るよぉ……

 

 そして、耳元でそっと囁くのだ。願わくば、将来的には毎朝言ってみたい、こんな一言を。

 

「……比企谷先輩? 起きてくださ〜い、朝ですよ〜?」

 

 

× × ×

 

 

 何度かチャレンジを試みるモーニングコール。こしょこしょと囁くような小さなモーニングコールでも、三回目ともなれば完全に寝入ってしまっている男の子だって目が覚めるというもの。先輩は、「んあ?」っと不機嫌そうにようやくお目覚めです。

 

「……あれ、愛川か。おはようさん」

 

「ふふ、おはようございます」

 

 よっぽど深く眠りこけていたのだろう。どう考えても異常事態なお目覚めのはずなのに、寝呆けているのか余りにも普通すぎる対応に思わず微笑んでしまった。ふふ、いつまで寝坊助さんのままなんだろ?

 

「ていうか比企谷先輩、お昼休みですよ? お昼も食べないで寝ちゃってても大丈夫なんですか?」

 

「……あー、今日財布忘れちゃってな。どうせ雨降っててベストプレイスにも行けないから起きる必要ねーだろ? だから四限からずっと寝てたわ」

 

「もう! どうせ四時間目って数学とかだったんでしょ! 苦手だからって、ちゃんと起きてなきゃダメですよ……!?」

 

「お、おう。つか、さっき朝ですよとか言ってなかったっけ……?」

 

「えへへ、嘘ですよー」

 

 うわぁ、なんだこれなんだこれ、なんだかすっごく幸せなやり取りだよ!? どしよ、顔がゆるゆるになっちゃう!

 気が早すぎるけど、いつか毎朝こんなほのぼのしたやり取りを比企谷先輩としたいなぁ。

 ……って、や、やっぱり私って重いかも。

 

「……ん? あれ……?」

 

 振られてからまだたった半月だというのに、あまりの幸せ具合に思わず未来の同棲生活結婚生活に夢を膨らませてしまっている自分の恋愛感の重さについ苦笑を浮かべていると、私との起き抜けの会話で段々目が覚めてきたのか、比企谷先輩の脳がようやく覚醒を始めたみたい。

 

「……え、なにこれ、なんで愛川がウチの教室に居んの……? え、なにこれ、どういう状況? 夢? もしくは新手の虐めかなにか?」

 

 ようやく覚醒した脳は、まずは自身の身に起きている現状の間違い探しを始めたようだ。

 自分のクラスに居るはずのない後輩女子の姿。そんな後輩女子となぜか普通に会話していた自分。そして、そんな私達にちらちらと視線を送り続けているクラスメイト達の気配。

 比企谷先輩は、普段では有り得ないであろうこの数々の不可思議な状況をキョロキョロ見渡して目を白黒させている。

 

「い、虐めじゃないですから! えっと、ですね……? ベストプレイスに比企谷先輩いらっしゃらなかったので、つい二Fに足が向いちゃいましてですね……? で、比企谷先輩が教室にいらっしゃるかどうか戸部先輩に訊ねたら、なぜか無理やり教室に押し込まれて比企谷先輩の前の席に座らされて今に至る……って感じ、です……」

 

「……やっぱり虐めじゃねーか……」

 

「虐めじゃないです!」

 

 とは言うものの……、う、うん。目が覚めてこの異常事態だったら、比企谷先輩からしてみたら虐め、かも……。私が目が覚めた時に目の前に先輩が座ってたら、とびっきりのご褒美なんだけどなぁ。びっくりしすぎて頭がパンクしちゃいそうだけど。

 

「……ぐっ、雨の日はあそこ行かないって先に言っとくべきだったか……! いやでも雨降ってんのにずぶ濡れでメシ食うわけないだろ……。はぁ〜、まさか教室まで来ちゃうとは……。くそ、やっちまった……」

 

 もしかしたら虐めになっちゃうのかなぁ〜……、なんてうんうん頭を悩ませていると、比企谷先輩は頭を抱えてぼそぼそとそんな言葉を漏らす。

 

 比企谷先輩って、頭の中で考えてる言葉がそのままセリフとして無意識に口から出てきちゃう時があるみたいなんだよね。本人は気付いてないみたいで、「なんで人の心ナチュラルに読んでんの? エスパーなの?」とか言って驚いてたりする。

 もちろん比企谷先輩の周りの女の子たちには慣れっこのお話で、雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩もいろはちゃんも、こういう事があるたびに苦笑混じりの呆れ顔で「またか」と顔を見合わせたりしてる。私はまだ慣れてないから、普段であればぷっと噴き出しちゃうんだけれど。

 

 

 でも、思わず笑ってしまうのはあくまでも“普段”であればのお話。今は全然笑えたりなんかしない。むしろ全身からさーっと血の気が引いて、目には水滴が溜まりそうになる。

 だってそれって、つまりは比企谷先輩の紛れもない本音なのだから。

 

「ご、ごめんなさい……、ご迷惑おかけしてしまいまして。……あ、あはは、なんか私、これじゃまるでストーカーみたいですよね」

 

 ……そりゃそうだよね。ただでさえお昼休みはほぼ毎日のように押し掛けちゃってるのに、なんの連絡もなく突然クラスにまで押し掛けてくるだなんて、比企谷先輩からしたら迷惑以外のなにものでもない。つい本音が口を衝いちゃうくらい、今日の私の突撃は本当に迷惑でしかなかったんだ。

 普段のベストプレイスでのお昼休みはそんなに迷惑がられてはいないみたいだから、つい調子に乗っちゃったんだ、私。

 ……どうしよう、これで普段まで迷惑に思われるようになっちゃったら……。うぅ……、やっぱりせめて今日くらいは自重しとけばよかったよぉ……。私のばか。

 

「い、いや待て。べ、別に迷惑だから言ってるわけじゃないからな……!?」

 

「……ふぇ?」

 

 どうやら私はなんとも情けない事に、今にも泣きだしそうな顔で俯いてしまっていたみたいだ。そんな情けない私の姿を見たら、優しい比企谷先輩が慌てて弁明を始めるのなんて当たり前のことなのに。

 

 本当にダメだな私……。少しは変われたと思ってたけど、まだまだ全然変われてないや。こんな状況で泣いたりしたら、さらに比企谷先輩の迷惑になっちゃう。そりゃ先輩だって周りの目を気にして、私が涙を溢してしまうのを必死になって止めようとするはずだよね。

 

 だから私は無理やり涙を引っ込めて、精一杯の笑顔をなんとか張り付ける。

 私が先輩に嫌われるくらいならまだいいの。でも、私のせいでクラスメイトの人達に比企谷先輩のことを白い目で見てほしくない。

 

「え、えへへ。も、もー、比企谷先輩ってば。無理に慰めようとしてくれなくたって大丈夫ですよっ? そ、それじゃ私、そろそろおいとましますねっ」

 

 そう言って、そそくさと退散の準備を始める私。ホントだめだめだ。一旦頭を冷やして、こんな風に比企谷先輩に気を遣わせないで済むようにもっと強くならなきゃ!

 ……さ、早く教室帰ろう。

 

「……だから迷惑なわけじゃねーから」

 

 すると、はぁ〜……と溜め息を吐きながらがしがしと乱暴に頭を掻く先輩。その表情はなんとも恥ずかしそう。耳まで真っ赤に染まってしまっているくらいに。

 こういう時の比企谷先輩は、恥を忍んででも言いたくないことを言う時だ。うぅ、もしかしてだめだめな私の為に、今から恥ずかしいことでも言ってまだ私を慰めようとしてくれるのかな……

 ダメです先輩、もうこれ以上私を甘やかさないでください……。私バカだから、すぐ反省したこと忘れちゃいます……

 

「……あー、なんだ。本当に迷惑だとか思ってるわけじゃねーんだよ。……な、なんつーか、あんなことがあったばっかなのに、こうして俺んとこに昼飯食いにきてくれんのは、……ま、まぁなんだ、結構嬉し、……た、楽し、……わ、悪くないとか思ってるし……」

 

「〜〜〜っ!」

 

 あんなこととは、バレンタインに振ったばかりということを言っているんだろう。

 でも、それでも私がお昼にこうして押し掛けて来ちゃうのを、実は比企谷先輩は結構嬉しいとか楽しいとか思ってくれてるんだ……っ! えへへ。

 ……って、だからダメだって私! すぐ甘やかされて調子に乗っちゃうんだから!

 

「でもな、それは他に誰も居ないあそこだからだ」

 

「……え?」

 

「あそこならまだしも、ここじゃ周りの目があんだろ……? 愛川ってほら、せっかくリア充な青春送ってる人気者なんだし、俺のとこなんかに来てわざわざ評判落としちゃうのもアレだろ……」

 

 なんとも照れ臭そうにそう言う比企谷先輩の言葉には、一切の嘘もおべっかも感じられない。つまりこれは嘘偽りのない本音、なのだろう。

 

「だからまぁあれだ……、人目の付くところでは、あんま俺に近寄らん方がいいぞ」

 

「……」

 

 

 

 ──そっか。さっき比企谷先輩が周りの目を気にしていたのは……、私の教室への押し掛けに頭を抱えていたのは……、全部私の為だったんだ。

 

 

 確かに私は、それなりに人気がある方だと思う。それは自惚れでもなければ自画自賛でもない。友達には恵まれてるし、男の子から告白された事だって何度かある紛れもない事実。それは、ことなかれ主義で周りの顔色を窺って“いい子”でいた私の功罪の部分も多々あるのだろうけれど。

 

 比企谷先輩は、そんな私の為を思って頭を抱えてくれたんだ。私が教室にまで来てしまったことを悔やんでくれたんだ。

 

 それが解ってしまった途端、私の頬も身体も、暑くて仕方がないくらいに熱を帯びる。かっかかっかと、どうしようもなく熱が沸き上がってくる。

 もしも今の私の状態を漫画的な表現を用いて表すのならば、お湯が沸いてぴゅーって音を鳴らす真っ赤なヤカンみたいな、そんな状態なんじゃないかな。

 

 

 そして私は、我慢しきれるはずもないその熱すぎる熱を放出する為に声をあげるのだ。

 早く熱を開放してあげないと、……………………ぱんっぱんに膨らんでしまっている頬っぺたが破裂してしまいそうだから……!

 

 

「比企谷先輩、……それはダメです……! そういうのは、もうイヤです……!」

 

 

× × ×

 

 

 比企谷先輩は、自分を犠牲にして物事を解消しようとする。誰かが辛い思いをするのが嫌だから、誰かが辛い顔をしているのを見るのが嫌だから、それならばと自分を使ってしまうのだ。

 それは、比企谷先輩がなんと言おうとも、紛れもない自己犠牲。

 

 私は文実で、比企谷先輩のそういう所がすごいなって……、格好いいなって……、憧れて、そして好きになった。

 その気持ちに嘘はない。だからこそこうして比企谷先輩を好きになれて、こうして女の子としての幸せを知ることが出来たんだもん。だからあの時の感情が間違っていたわけでもないと思う。

 

「……ちょ、おい愛川……?」

 

「……そういうの、見てて辛いです……。そういう気を遣われたら、相手は絶対に悲しくなります……」

 

 そういうとこを見て比企谷先輩のことを好きになったくせに、こういう事を言うのは卑怯だって思う。

 そういうとこを見て好きになったのならば、比企谷先輩のそういうところは肯定してあげなきゃダメなんじゃないの? って誰かに言われたら、それは仕方のないことなのかもしれない。

 

「……私、比企谷先輩に、そういう気を遣ってほしく、ない、です……」

 

「愛川……」

 

 でもね、今は心の底からそう思う。

 

 あの時、そういう比企谷先輩を見て好きになった感情は確かに間違ってはいない。でも、間違ってはいないけど、あの時の私はまだ比企谷先輩との繋がりが無かったから。

 だから比企谷先輩のこの悲しい考え方について深く考えることもせずに、そういう表面上の部分だけを見て格好いいなって、素敵だなって、ただ憧れていただけなんだろう。

 

 だから、ほんの少しだけでも繋がりを持てた今なら分かる。好きな人が自分を投げ出してしまう所を見るのは、とっても苦しい事なんだって。悲しい事なんだって。

 それが自分の為なら尚更だ。

 

「……比企谷先輩にも、大切に思ってる人は居ますよね? 雪ノ下先輩、由比ヶ浜先輩、いろはちゃん。あと、大好きな妹さんだってそう」

 

 本当はその大切な人達の中に自分も入っていたらなぁ……って思うけど、さすがに私だってそこまで図々しくはない。だから泣く泣くその中に自分は入れなかった。

 いつかその大切な人達の中に、愛川愛という名前も入れてもらえるように深く祈りながら。

 

「もしもその大切な人達が辛い目にあっていた時、その大切な人に「そばに居たら巻き込んじゃうから私から離れていた方がいいよ」って言われたら、比企谷先輩は辛くないですか……? 悲しくないですか……?」

 

 ……比企谷先輩は確かに優しい。優しいんだけど、その優しさは時にずるい。

 だって、自分が大切な人の辛い顔を見たくないから大切な人に自分の辛い顔を見せるっていう、つまりは自分が嫌な事を相手に強要するという、ある意味逃げでもあるのだから。

 自己犠牲というのは、犠牲になって助けられた側の気持ちを考えない、とてもずるい優しさ。比企谷先輩、あなたが大切な人の辛い顔を見たくないように、あなたの大切な人だって、あなたの辛い顔は見たくないんです。

 

「……先輩は人の気持ちがなんでもわかっちゃうんだから、だったら先輩だって、もっと人の気持ちを考えて……欲しいです……っ」

 

 だから私は先輩を否定する。好きだからこそ、大切だからこそ、もう比企谷先輩のそういう部分を肯定なんてしてあげないんだから……!

 

「比企谷先輩が私をうざいとか迷惑だとか思うのなら、もうこうして押し掛けてきたりするのは金輪際やめます。もちろん諦めたりなんかはしません。もっと違うやり方で、先輩に私を知ってもらえるように頑張ります。………………でも先輩がそういうつもりなんだったら、……私の為にならないとかそういう理由で拒むって言うんなら、……私、毎日教室に押し掛けちゃいます。お昼休みだけじゃなくって、休み時間だって全部来ちゃうんですから! ……だって──」

 

 そこまで口にしてから、一度生唾を飲み込む。

 正直、ここから先はあんまり言いたくない。

 

 

 ──うぅ、ホントに言いたくないよぉ……! でも言わなきゃ。もう比企谷先輩にあんな悲しい事を言わせないためにも!

 

 そして私は覚悟を決めて口を開く。比企谷先輩にはどん引きされちゃうかもしれないけれど、どんな冷たい視線だって、か、かかってこいやー!

 

「わ、私っ、こ、こう見えて結構人気もにょなんですかりゃね……! ぁぅ」

 

「……は?」

 

「と、友達だってたくさん居るし、け、結構モテモテなんでしゅから……! はぅ」

 

「お、おう」

 

 ダ、ダメぇ……! なんでこういう時すぐ噛んじゃうの!? だ、だって自分が人気者だとかモテるだとかを突然比企谷先輩に自慢しちゃうとか、どう考えても頭おかしいもん!

 だからこんなこと言いたく無かったんだよぉ……。でももうちょっとだ。もうちょっと頑張れ愛!

 

「……た、確かに比企谷先輩がおっしゃるように、評判が落ちちゃうとかって可能性だってあるかもです……。でも逆に、こ、こんな人気者でモテモテな後輩に慕われてるくらい素敵な人なんだろうなって、比企谷先輩の評判が上がる可能性だってないわけじゃないですよね……!?」

 

「……」

 

「……だったら、私はそっちに賭けたいです! 先輩の不当な評価を断固払拭したいです! もう先輩が悲しい事を言わなくて済むような世界に変えたいです! だ、だから私、そう出来る可能性があるんなら、毎日教室まで押し掛けちゃいますよ!? 比企谷先輩があんなこと言わなくなるまで、毎日押し掛けてきちゃうんですから!」

 

「……」

 

 ……い、言った。言ってやった。……言っちゃった。

 恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。穴があったら入りたいし、穴が無ければ自ら掘りたいくらい恥ずかしい。

 

 別に先輩は周りの評価なんて気にしていないから、後輩に慕われていることで上がるかもしれない評価なんてどうでもいいだろう。

 それでも、それでもこう言われてしまえば、もう比企谷先輩があんな悲しい思考回路にとらわれる事なんてなくなるかもしれない。

 それならば、今まで“いい子”で居たことで上がったらしい評判とやらが落ちるかもしれないことくらい安いものだ。なんなら今まで“いい子”で居たことで上がった評判というやつは、今この時、こう使う為にあったんじゃないのかな、なんて思えてくるまである。

 

 だから、恥ずかしいけど私は満足。私は大切な人に犠牲になられるくらいなら、一緒に泥水を被って、後で一緒にあははと笑える方を選ぶの。それが、比企谷先輩とは違う私の選んだやり方。

 

 

 どうだっ! とばかりに、恥ずかしすぎて俯いていた熱い顔を比企谷先輩へと向ける。すると先輩は、私と同じくらいに赤く染まった顔で唖然としながらも、少しだけ、ほんの少しだけ笑ってた。苦笑──なのかもしれないけれど、確かにほんの少し笑ってた。

 

「……人の気持ち、もっと考えてよ、か」

 

「ふぇ?」

 

 あ、あれ? 私そんな失礼な言い方したっけ……? 興奮してたからあまり覚えてないけど、一応敬語は使えてましたよね……?

 

「あー、いや、こっちの話だ。……まさか後輩にまで言われるなんて、な」

 

 あまりにも小さな呟きで上手く聞き取れなかったんだけど、くくっと笑いながら比企谷先輩はそう何事かを呟いて、先ほどよりも一層愉しげに口元を緩めた。

 私の決死? の暴走暴挙になにか思うところがあったのかもしれないけれど、なんにせよ、また楽しそうに表情を弛めてくれて本当によかった。これでもうこの素敵な先輩が、大切な人達に対して悲しい考え方をしなくて済むようになりますように……!

 

「あー、だな、愛川」

 

「ひゃ、ひゃい……っ」

 

 気持ちが緩んだところに突然声がかかり、思わずびくんと身体が跳ねてしまう。

 突然のご訪問と突然の言い合い。言い合いといっても、私が一人でぎゃーぎゃー騒いでただけだけど。

 とにもかくにもそれらが一段落した事で忘れていたけれど、よくよく考えたら私すごいこと言っちゃってなかった……? 今からそんな大暴走への返答が返ったくるのかと思うと、どうしようもなく畏まってしまう。ひぇぇ……、なに言われるんだろ……!?

 

「その、……すまん。愛川の言う通りだな。人の気持ち考えたら、ああいう事を言うのは軽率だった。もう言わんから、水に流してくれると助かる」

 

「っ! は、はい!」

 

 ……良かった。想い、通じたんだ。

 

「けどな、やっぱこうやって教室に来られるのは、正直勘弁してもらいたいんだけど……」

 

「え」

 

 ……う、やっぱり迷惑かけてる事に変わりなかったみたいだよぉ……

 

「……だからまぁ、言い方変えるわ。俺と居ると評判悪くなるからとかそんな下らない理由じゃなくてだな、ま、まぁ単純に、愛川みたいなかわい……んん! め、目立つ女の子が遊びに来ちゃうと教室中からの視線が辛いんで、教室には極力来ないでいただけると、た、助かります……」

 

「か、かわっ……!?」

 

 もぉ……! やっぱり比企谷先輩はずるい……! 迷惑がられていたのかと思いきや、まさか可愛いとか言われるなんて思ってもみなかったからすっごく油断してた。また漫画的表現で今の私の状態を表すのならば、またしても真っ赤なヤカンがぴーぴー音を鳴らして、ぷしゅーって湯気が上がっちゃってるんだろうな。さっきのヤカンとは真逆の感情のヤカンだけど……!

 ……えへへぇ、比企谷先輩、私のこと可愛いって思ってくれてるんだぁ……! ど、どうしよう、顔がトロけちゃいそう。

 

 

 

 

 

 ──比企谷先輩は本当にずるくて卑怯な人です。しかも振ったばかりの女の子にコレなんですから、もうどうしようもないタラシさんですね。

 でも、そこまで言うならしょうがないです。私だって鬼じゃありませんので、ここは心の広い私が折れてあげましょう。

 

「……そ、そういう理由なら仕方ないのすね。で、では先ほどの発言は訂正させていただきまちゅ……」

 

「た、助かります」

 

「……ぷっ、えへへぇ」

 

「……くくっ」

 

 

 

 こうして、不安と緊張で胸が爆発しそうだった私 愛川愛の初めてのご訪問は、なんとも気恥ずかしくってなんともむず痒いながらも、なんとも温かな空気に包まれてゆくのでした。

 

 ──二年F組へのご訪問は最初で最後かもしれないけれど、私はこれから先もあなたにこの熱い心をお届けできるよう、ずっとずっと突撃しちゃいますからね♪

 あなたに届け、突撃愛心(まなごころ)!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、混乱が一段落したところで、私はさっそく次なる行動に移るのです。だって、未だ興味津々な瞳をぶつけてくるクラスメイトさん達の視線から逃れるように、照れくさそうにそっぽを向いてる比企谷先輩の赤い顔をにまにま見ていたら、なんだかむずむず〜、ぞわぞわ〜って、悪戯心が沸いてきちゃったんだもん。

 自分だってその視線達にやられて顔も身体も熱くて仕方ないけれど、今は自分の恥ずかしさなんかよりも、比企谷先輩がこうして恥ずかしがってる顔が可愛くってたまらないから、だからまた比企谷先輩に全力で突撃しちゃうのだ。

 ……こ、これがあれなのかな。最近いろはちゃんからなんか恐いって言われちゃう変な私なのかな……。まだこの自分がよく分からないけど、今は楽しくって嬉しくって仕方がないから、このまま本能に身を任せちゃおう! おー!

 

 比企谷先輩? はっきりと拒んでくれたら良かったのに、ずるい優しさで私を甘やかしちゃうのがいけないんですよ? そうやって油断してると、私ガンガン攻めちゃいますからねっ。

 

「あ! そういえばさっき比企谷先輩、お財布忘れたから購買行けなかったっておっしゃってましたよね?」

 

「え、なにこれまだこのまま会話続くの?」

 

「ふふ、そんなの当然です。だってお昼休みはまだ始まったばかりですし、まだ私もお弁当食べてないんですもん」

 

「……は? なに、なんか嫌な予感しかしないんだけど」

 

 ふふ、嫌な予感だなんてすっごい失礼ですよ? 私はただお腹が空いてるだけでーす。

 だから私は、比企谷先輩の机の上にお弁当箱をどんっと乗せ、てきぱきとランチクロスを開いてゆくのだ。

 

「パンも買えないんじゃお腹空いちゃって放課後まで保ちませんよね! 今日はなんとちょっと多めに作ってきてあるので、私のぶんも分けてあげますねっ」

 

「いやちょっと待って? ここで食う気か? さっきまでの俺の話聞いてた? 言っとくけどさっきの騒ぎで愛川さんクラス中から注目の的だからね? 目立って辛いって言ったばっかだよね?」

 

「はい♪ だから此方に伺うのは今日限りにします。でも今日はもう今更じゃないですか。あんなに注目されちゃったんですもん、今更ここから退避しようと二人でお弁当つつこうと、本日の比企谷先輩のクラスでの注目度は大して変わらないと思いますよ?」

 

「」

 

「はい、それでは頂きまーす」

 

「……く、食いはじめちゃったよ……。これもう俺だけ出てくわけにもいかんだろ……」

 

「むぐむぐ。うん、我ながら美味しい! えへへ、比企谷先輩も食べたいのあったら遠慮なくどうぞっ?」

 

「……マジかよ。……どうしよう、なんか一色がもうひとり増えちゃったみたいな怖さなんですが……」

 

 

 

 愕然と佇む比企谷先輩を見ながら、私はにまにまとお弁当を口へと運ぶ。

 出来ればあーんとかしてみたいけど、さすがにここでそれをしてしまうには心臓の毛がまだ足りないから、それはもう少し成長できた時の楽しみに取っておこうと思う。

 

 

 

 これから、私と比企谷先輩の関係はどうなっていくんだろう。

 それはまだ誰にもわからないけれど、この熱っつい愛の心がある限り、いつか絶対にあなたを振り向かせてみせるんだからね!

 

 

 

「ほらほら比企谷先輩っ、早くしないと無くなっちゃいますよ〜」

 

「……もう好きにしてくれ」

 

 

 

 

おしまい♪

 






というわけで愛ちゃん√その2っ!でした(*> U <*)


今後この愛ちゃん√が先へ進むかどうかは作者のモチベ次第なのですが、もし続くようなら『突撃愛心』シリーズとして、奉仕部女子トークさせたりデートさせたりしてみたいかなぁ?なんて思っております♪


ではでは、次回はどんなどうでもいいオリキャラのどんなどうでもいいストーリーになるか分かりませんが、また更新するようなことがありましたら、宜しくお願いいたしますノシノシ





あ、愛ちゃんラフ画です。

タイトル『休憩でーす!冷たい麦茶用意してありますよー♪』



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