魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword 作:煌翼
なのはは飛び出してきたハラオウン家の隣、まだダンボールに包まれた荷物がチラつく家の中でソファーにちょこんと腰を下ろした。
「まあ、何もないが適当にくつろいでくれ」
「あ、うん、ありがとう」
机を挟んでその向こう側には烈火が腰を掛けている。
なのはは若干身体を強張らせながらこの状況になるに至った経緯を思い返していた。
「どうしたんだ?」
なのははハラオウン家で行われていた今回の事件の関係者達による事情聴取の中でクロノ・・・時空管理局からの提案を突っぱねた烈火を追いかけた。烈火は自身の後を追って来たと思われるなのはに対して困惑気味な様子で問いかける。
「そ、その、烈火君とお話ししたくて・・・」
「もう俺から話せることはないぞ・・・ったく」
烈火は先ほどの事情聴取の中で自身のことについては一通り話したと、向かい合うが、こちらの瞳を覗き込んでくるなのはの真っすぐな瞳に思わず舌打ちを漏らした。
「分かった。話くらい聞いてやるからついてこい」
「うん!・・・えっと、どこに行くの?」
烈火は了承をなのはに伝えて歩き出した。
「ん?ここ俺ん家」
「ふ、ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!!!!!!!????」
烈火が指を差したのは先ほどまでいたハラオウン家のすぐ隣、再開した昔馴染みと自分の親友宅がお隣さんというある意味衝撃な出来事を前に、なのはの驚愕の声が夜の住宅街に響き渡った。
なのはがキョロキョロと周囲を見渡していると・・・
「用がないなら、さっさと帰らせるぞ。こんな時間だしな」
烈火は挙動不審な様子のなのはをジト目で見つめている。封絶結界が展開され、戦闘が開始された時点では既に放課後、そこからハラオウン家で過ごしたことによって既に時計の針は中学生が外出するには遅い時間となっていた。
日が落ちたことにより、周囲は真っ暗、気温の低下も著しい。先ほど、外で会話していた、烈火となのはも白い息を吐いていた。烈火はなのはの様子を見て外で話すには長くなりそうだと自宅に上げたようだが。
「ま、待ってよ!お話しするって言ったじゃん!!」
なのはは烈火の塩対応に対して、口の中に餌を詰め込んだハムスターの様にプクぅと頬を膨らませ、上目遣いで烈火を睨み付けている。
「分かった、分かった、3分だけ聞いてやるからさっさと話してくれ」
烈火はソファーに背を預けておどけるように言って見せた。なのははそれを見て唸りながら不満を訴えるように頬を膨らませている。すると思い立ったようにその場から立ち上がって歩き出した。
「なっ・・・おいっ!?」
烈火から驚愕の声が漏れる。何故なら・・・
「お話が終わるまで絶対離さないもん!」
大股で歩を進めていたなのはは烈火の左隣に腰を下ろし、その左手を両手で抱え込んでいたからだ。烈火は密着してくるなのはの柔らかさと温もりに思わず声を漏らしてしまったようだ。
「お前、他の奴らにもこんなことやってるのか?」
烈火はわざとなのか気づいていないのかふくれっ面のまま、グイグイと体全体で密着してくるなのはに呆れたように溜息を零す。同性のフェイト達ならともかく、烈火自身を含め、思春期真っ盛りの男子達にもこんな態度をしているのだとしたら・・・以前の内気な彼女から考えられないということであろう。
「ふぇ?こんなことって何?」
なのはは烈火の腕を抱きながらきょとんとした様子で首を傾げた。
「まあいい、話とは何のことだ?」
烈火は自身の質問の意図を理解していなそうななのはにぎゅぅぅぅぅと腕を抱え込まえた状態から抜け出すのは不可能と察したのかそのまま話を進めていく。
「えっと、それは・・・今まで何してたの?とか、どうやって魔法と出会ったの?とか・・・えっとえっとぉ」
「つまり、話す内容が固まっていないのに飛び出してきた訳か」
烈火が指折り数えだしたなのはに対して呆れた目を向ければ・・・
「むぅぅぅぅぅぅぅ」
再び、ふくれっ面になったなのはは烈火に頭を擦りつけて不満を表している。
「そうだな・・・お前と別れてからすぐに両親と共にソールヴルムへと移住して暮らすことになった」
烈火はなのはに急かされ、ようやく口を開いた。
「あの世界は地球より科学が発展している、それに魔法の方も系統は違えど、ミッドチルダと同様に研究がされているな」
「うんうん」
「戦闘する魔導師というのは管理局員のような一部だけだったが、ミッド同様に魔法というのは生活の一部であったからな。リンカーコアがある俺がソールヴルム式を使うのもそのためだ・・・ふむ、以上だ」
「はへっ!?もう終わり?」
「ああ、もう話せることはないな」
しかし、烈火の口から説明されたのは先ほどハラオウン家で話されたことと大差ないものであるため、なのははあまりに簡素すぎる話に目を丸くしていた。
「えっ!?えぇぇぇ!!!?もっとなんかあるでしょ!?こんなことしてたとか、こんな友達ができたとか!魔法の事だってもっといろいろあるじゃん!!!?」
なのははサイドポニーを振り乱しながら烈火に顔を近づけた。
「向こうでは学生だった、お前と面識がない向こうの奴らをわざわざここで紹介するまでもないだろう、魔法は剣のデバイスを用いて行使する・・・いい加減離れろ」
烈火は一歩間違えば鼻と鼻が触れ合ってしまいそうなほど接近してきたなのはの顔を開いている右手で押し返した。
「うぅぅぅぅぅぅ」
「別に話すなとは言われていないが、敢えてこの場で説明するようなでもないからな。俺にも色々あったんだよ・・・」
「烈火君・・・」
「そもそも、管理外世界に住んでいるはずのお前が時空管理局の局員なんてやってる方が驚きなんだが、それも魔法関係者がこうも多いとはな」
烈火はこれ以上自身の事を語るつもりはなさそうだ。魔法文明のあるソールヴルムに渡った烈火が魔法を使えるのはわからなくもないが、地球という魔法と何の関係のないはずの世界にいるはずのなのはが魔導師であったこと、高魔力の魔導師が何人も滞在していることなどの方が驚きであろう。
「それは私は小学3年生の時に地球で起きた魔法関連の事件に偶然巻き込まれて、そこで魔法を使えるようになったからだね。最初はユーノ君のお手伝いをして、この街を守るためにって思ってて、それからお話ししたい子に私の想いを届けようって、もっと上手に魔法が使えたらって思ってたんだ。でも辛いことや守れないものも沢山あって・・・」
独白するなのはの脳裏に浮かぶのは、虚数空間に落ちていった親友の素体---姉とも呼べる少女とその母親、あの雪の日に天へと還って逝った銀髪の女性・・・
そして自身の横腹を抉るように突き刺さった刃の冷たい感触・・・
「だから、私の魔法の届くものは全部守っていくんだって、そう思って管理局に入局したんだ。辛いことも沢山あったけどいいことだっていっぱいあったんだよ。ユーノ君、フェイトちゃん、アルフさん、クロノ君、リンディさんにはやてちゃん、ヴィータちゃん、シグナムさん、シャマルさん、ザフィーラにアースラや教導隊のみんな・・・魔法を通してたくさんの大切な人たちができた。それにそれに・・・」
「お前は変わったな」
烈火は表情をころころと変えながら語るなのはに声をかけた。
「ふぇ?」
「昔とは本当に別人のようだ」
「そ、そうかなぁ」
烈火には記憶の中にあるツインテールの少女と目の前の少女が同じ人物だとは思えなかったのだろう。
魔法の事、出会った人達の事を語る今のなのはの瞳は力強さと芯の強さを感じさせ、光輝いていたからだ。その光は自信なさげに下を向いていたかつてのなのはとは似ても似つかないほど眩しいものであった。
なのはは多くの事件を解決し、周囲のエース達にすら鬼才と言わしめるほどの才能と、入局数年で管理局の
「ああ、本当に変わったよ・・・眩しいくらいに」
烈火はそんななのはから思わず目を逸らした。
「烈火君、会ってからそんな顔ばっかしてる」
烈火が隣からの言葉に再び振り向いた先には、心配そうにこちらを見つめるなのはの姿があった。
「怖い顔や悲しそうな顔ばっかりで全然笑ってくれないね」
「そうか?」
「そうだよ!」
なのはは身を乗り出して烈火の顔を覗き込んだ。
「魔法と出会うことが必ずしもいいことってわけじゃない・・・俺もお前もそれぞれ背負わないといけないものができてしまった。お前にとって、それはかけがえのないものかもしれないが、俺は・・・もう昔の様には戻れない」
烈火はどこか遠くを見つめるように悲しげな表情で呟いた。
なのははそんな烈火の様子を見て、その腕を力強く抱きしめる。
高町なのはという少女にとって蒼月烈火という少年はフェイト達とはまた別のベクトルで特別な存在である。たった1人で孤独に打ちひしがれ、危機に陥っていた自分の前に颯爽と現れた同い年の少年。
烈火は下を向いて座り込んでいたなのはの手を取っていつもその前を歩いていた。転んで立ち止まってしまったら立ち上がるのを手伝ってくれた。恭也や美由希と話している烈火はどこか自分より大人びて見えた。
無垢な幼い少女にとって、烈火との出会いと別れは大きなターニングポイントであり、自身より大人びていた少年にある種の憧れを覚えていたのかもしれない。
だからこそ、なのはは自身をいつも先導していた烈火の力ない表情を見て抑えきれないものがあったのだろう。
「大丈夫!そんなことないよ・・・なんて無責任に言えないけど・・・」
しかし、なのはもまた、事情すら詳しく知らない烈火に対して無責任に励ましの言葉をかけれるほど子供ではなかった。既に管理局で働き、収入を得ているなのはは同年代の少年少女が少なくともあと4年は過ごすであろう期間を終えているという一面もある。
なのはとて烈火に対して話せないことは少なからずあった。正規の管理局員である以上、機密事項や秘匿義務などは常について回るからだ。執務官であるフェイトの様に一般の局員にすら明かせないような高ランクの秘匿事項はないものの、局員ですらない烈火にそれを話すことはできない。
烈火がソールヴルムで先ほど話していた学生以外に何らかの立場についていた可能性も捨てきれない。逆に言えば烈火もまた、管理局員であるなのはに対しておいそれと自身の事を語ることもできない可能性もあるのかもしれない。
時空管理局のエースオブエースと暴走するロストロギアを操る相手を圧倒した謎の多いソールヴルム式を操る魔導師・・・
互いに中学2年生という少年少女が背負うにはあまりに大きなものを秘めているのかもしれない。
「それでも・・・今すぐにとは言わないよ。いつか烈火君が昔みたいに笑えるようにお話聞かせてもらうんだから!!」
なのはは自身の決意と共に烈火の瞳を見つめる。かつて雷光の少女の凍てついた心を溶かした時の様に、かつて無限の闇をその星光で照らした時の様に・・・
『ま、まってよ!きゃぁぁ!!!?』
『また転んだのか?』
『だ、だいじょうぶなの。1人で立てるもん』
夕暮れの公園で躓いて転んだツインテールの少女に駆け寄る黒髪の少年‐‐‐
『あ、ありがとうなの』
転んでいた少女に手を差し伸べた少年は優しく微笑んでいた---
事情聴取の終盤で烈火が席を立ち、それを追いかけるようになのはが出て行った後のハラオウン家・・・
クロノはアリサとすずかを自宅まで送り届け、自身の自宅へと戻って来たようだ。はやてとザフィーラも既に自宅へと戻り、今この場にいるのはクロノとリンディ、フェイト、アルフの4人。
クロノは虚空に浮かび上がったモニターに映し出されている茶髪をボブカットにした女性と会話を交わしていた。
「何、それは本当なのか?」
「うん、今回みんなで封印したロストロギアだけだと、連中が管理局から持ち逃げした分と数が合わないらしいんだよ」
モニターからクロノと会話している女性はエイミィ・リミエッタ。執務菅補佐を務めており、クロノにとっては公私に渡ってパートナーと言える女性だ。
「だが、連中の持ち物は全て調べたはずだ。他の何者かに譲渡した?それとも局からの逃亡中に紛失したというのか・・・」
「ジュエルシードみたいに世界がヤバい!ってのはないみたいなんだけど・・・また情報が入ったら連絡するね」
「ああ、任せよう」
クロノは別れの挨拶を済ませて通信を終えた。事件が解決したというのに行方不明のロストロギアという新たな懸念事項に頭を悩ませることになってしまうことに・・・そしてもう1つの懸念事項・・・
「本当に良かったんですか?」
「何のことかしら?」
「蒼月烈火の事ですよ」
リンディは不機嫌そうに問いかけて来たクロノに対し、苦笑いを浮かべながら返答した。
「さっきも言った通りよ。一局員としては貴方の言った通りのどれかになればよかったのだけれど、事を荒立てても互いにマイナスにしかならないわ。彼の魔導師としての力は、なのはさん達に匹敵すると思った方がいいでしょう・・・その彼がこちらに牙を向いたら、どうなるか分からない貴方ではないでしょう?」
「それはそうですが・・・」
リンディとクロノの会話の裏側では・・・
「どうしたんだい、フェイト?」
アルフは先ほどから一言も発していないフェイトの顔を覗き込んだ。
「えっ・・・あぁ、ん、うん。な、何でもないよ」
虚空をボーっと眺めていたフェイトはアルフの声に驚いたように顔を跳ね上げ、身体の前で両手をワタワタとせわしなく動かしている。
(あれだけの力を持ったソールヴルムの魔導師だものね。あの世界は---)
リンディは不服そうな表情を浮かべているクロノと賑やかになってきたフェイトとアルフを尻目に思考の海に身を委ねた。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
待っていた方がどれだけいるのか分かりませんが、ようやくなのはさんのターンでした。
次回でこの事件関連の話は一区切り&主要キャラクター達がようやく出揃う予定です。
コメント、評価等ありましたら、ぜひお願いいたします。
モチベ爆上がりですので。
ではでは!