魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword   作:煌翼

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多翼恋理の五角関係?

 ルーフィスでの事件を受けて当事者達による事情聴取は一度の休憩を挟んで再開された。先ほどまで再生されていた映像を元にアイレとクロノが中心となって議論を交わしている。既に休息を終えて1時間ほどが経過しており、事情聴取も山場を越えていた。今は魔導獣が話題に上がっているようだ。

 

 烈火とシグナムは投げかけられる質問に答えていく。

 

「多くの魔導獣と戦ったお二人の証言から、奴らの戦闘能力には目を見張るものがありますが、同種と思われるものでも知能、身体能力、魔力量共に個体差の振れ幅があまりに大きいという印象を受けた・・・と」

 

「現在までの解析結果では魔導獣は生殖能力を持っていない可能性が高い。フィロス・フェネストラは自らの制御下を離れて独自に繁殖する事を防ぐ為に首輪をつけたという事か。それらの個体から得た実験結果を元にさらなる進化を求める・・・聞くに堪えんな」

 

 アイレとクロノは神妙な顔をして呟いた。

 

「2人とも、魔導獣の生態については局で行われている解析が終わるのを待ってからにしましょう。現状の情報量では憶測の域を出ないわ」

 

 リンディは烈火とシグナムの方を向いてクロノらの会話を中断させた。

 

「そう、ですね。実物の魔導獣を目の前にしたせいか、少々焦っていたのかもしれません。先ほどまでの証言と映像証拠のおかげでリベラ親子の逮捕は確実的なものとなりました。今回の襲撃事件での行いのように自らのエゴで多くの人々の人生を狂わせて来た彼らの行いは人として、ましてや管理局員として許されるものではありません。今回の事と合わせて、余罪も徹底的に追及するつもりです」

 

 リンディの発言を受け、話を打ち切ったアイレは事件の総括を述べていく。賄賂、汚職で上り詰めた時空管理局の高官という立場を使い、多くの人生、そして時にはその命すら奪って来たリベラ親子の悪業はどうやらここまでの様だ。

 

 今回の任務でのリョカの行動は全てアイレのデバイスに保存されており、最高権力者の三提督の耳にまで入ってしまっている。もう逃げ場はない、完全にチェックメイトと言えるだろう。

 

「後発で来られた方々もリョカ・リベラの捕縛に協力していただきありがとうございました」

 

 アイレは烈火らの後ろに腰かけているなのは達に向かって頭を下げた。魔導獣との戦闘は烈火とシグナムに任せきりであり、ミュルグレスを手にしたリョカにも後れを取ってしまったからかその表情には悔しさを滲ませている。

 

「管理局員として当然のことをしただけです。あの場に向かえたのは、かあさ・・・ハラオウン統括官が出撃許可を出してくれたおかげですし、結局のところ、私達だけでは何もできませんでした」

 

 それに答えるようにフェイトも無力感を滲ませながら呟く。仲間が窮地に陥っていて、手助けできる力を持っているのに最後まで力になることができなかった・・・

 

 できたことと言えば、最後の最後に錯乱したリョカを沈めただけ、フェイト達が向かった時には、殆ど決着がついた状態だったのだ。

 

「いえ、出撃許可を出したの私ではないわ」

 

 リンディはフェイトの言葉に返すようにある一点に視線を向けた。

 

「どうやらリベラ統括官はルーフィスに自身の部隊以外の者が向かうのを嫌っていたようだったからねぇ。私達の方で独自に出撃許可を出したのさ」

 

「奴らは自分らにとって不都合な事柄をもみ消すつもりだったのだろうな」

 

「武装隊員を7名も向かわせているのだ。荒事が起きることも想定していたのだろう」

 

 追従してきた皆の視線の答えるように三提督が口を開いた。捜索部隊にはやてらが加われなかったのはリベラ派の仕業だという。そして、それに別口で許可を出したのが三提督、ルーフィスでの異変に際しての判断だったのだろう。

 

 

 

 

「リベラ親子、それに関連する者達は捕縛することができましたが、もう1人の重要人物であるフィロス・フェネストラは捕らえることができず、炎の中に消えていきました。死亡とみて間違いないでしょう」

 

 リベラ親子とそれに与する者達の悪業はそう遠くないうちに白昼の下に晒され、罰を受けることになるのだろうが、もう1つの事件の主犯格は自ら蘇らせた剣水晶の竜皇(クリスタル・ドラゴニア)によってその命を喰い尽くされた。

 

 地下研究所は戦闘の余波を受けて全焼し、壊滅したと言っていいほどのダメージを負っている。フィロスがミッドを離れてからのすべての情報は炎の中に消え、残された手掛かりは生き残った、数少ない魔導獣と烈火らとの応答を記録した映像くらいの物である。

 

「今回の事件にも不自然な点はいくつかある。その最たるものが辺境世界の小さな研究所へと左遷させられたフィロス・フェネストラが世界を超え、別の無人世界であるルーフィスにあれほどの研究施設を構えることができたのか、だろうが・・・」

 

「あの方、ね」

 

「ええ、奴に何かしらの支援をしていた人物がいることは明白です。なぜ、学会から見放され、大成の望めない奴があれほどの規模の最新設備の研究施設を持っていたのか、無人世界であるルーフィスで奴がどうやってライフラインを確保していたのか、魔法資質がなく戦闘力を持たない奴がなぜ様々な世界の屈強な魔法生物の遺伝子情報を手に入れることができたのか、全ての真実は闇の中ということか」

 

 クロノとリンディを始め、皆の表情は沈んでいる。

 

「それに管理局へ明確な敵意を持って侵攻計画を企てていたということも気になるところよね。あの方って言い方をしているところから見ても、彼がトップというわけでなく何者かの傘下に入っている可能性の方が高いわ」

 

「奴の学会や自分を認めなかった世間への恨みが爆発し、暴走した結果とも取れますが、その背後にいる者達が管理局に対して敵意を持っているのだとしたら、少々厄介なことになるかもしれません」

 

 フィロス・フェネストラのやろうとしていたことは次元世界を生きる人々にしてみれば脅威以外の何物でもない。老人が妄想を騒ぎ立てているだけならば杞憂で済んだのかもしれないが、実際に魔導獣という恐ろしい生物を生み出した。

 

 烈火とシグナムの手によってフィロスの野望は燃え上がる前の火種の状態で掻き消されたが、もし誰にも気づかれることなく研究を完成させていたら、彼が魔導獣を無数に生み出せるようになり、時空管理局の総力を上回る戦力を得るなどという事態になっていたかもしれない。

 

 そして、フィロスを支援していたとされる何者か・・・その存在とフィロスがいつから関わりを持っているのかは定かではないが、技術面、財力面から見ても凄まじい物を有していることは明らかだ。

 

 それだけの力を持つ何者かが時空管理局に明確な敵意を持っており、フィロスに魔導獣を研究させそれを戦力として考えていたのなら・・・もし、万が一に魔導獣以外にも手札があるのだとしたら・・・フィロスの研究所はそれらに繋がる可能性がある貴重な証拠となりえたかもしれないということだ。

 

 今回の一件はとりあえずの収束を見たが、楽観視していい状況ではないということは誰の目から見ても明白であった。

 

「皆さん、そのような顔するのは止めましょう」

 

「あれほどの絶望的な状況を切り抜け、貴重な情報を持ってきたのだ。それに長年に渡り悪業を繰り返していた者達を捕らえることもできた」

 

「確かに分からぬことは多いが、逆に言えば闇に葬られた魔導獣研究の裏に何者かがいたという情報を得たということでもある。悲観すべきことばかりではないよ」

 

 重苦しい雰囲気を壊すかのように三提督が声を上げた。

 

「考えなければならないことは多く、失ってしまった命もあります。ですが、よく生きて戻って来てくれました。そして、貴重な情報をありがとう」

 

 ミゼットはなのはや烈火らの一人一人の顔を見ながら微笑んだ。

 

「皆さん、この度は貴重な証言をありがとうございました。魔導獣については我々の方でも可能な限りの情報を調べていくつもりです。リベラ親子に関してはもう日の光を浴びることはないでしょう。今回の一件、本当にお疲れさまでした」

 

 アイレは集まった面々に深々とお辞儀をし、事情聴取の終了を宣言した。

 

 三提督とアイレを残し、地球から来た面々は帰路に就くために、会議室からエントランスまでの道のりを進んでいる。長い会議であったせいか、その内容が衝撃的であったせいか、皆の口数は朝に比べて驚くほど少なかった。

 

 

 

 

「あら、もうこんな時間。夕食の支度をしないとね」

 

「私もです。今日は遅くなっちゃいそうやわ」

 

 時間は既に夕暮れ時、ハラオウン、八神家の食卓を受け持つ2人がしみじみと呟く。

 

「もしよかったらですけど、今日はうちのお店で食べていきませんか?お母さん達には私の方から話しておきますけど」

 

 なのははこれからの段取りをどうするかと悩んでいた、はやてとリンディに自身の実家で経営している喫茶店〈翠屋〉で夕食を取っていかないかと申し出た。

 

「それは嬉しい提案だけれど、この大人数で突然押しかけたらお店の迷惑にならないかしら?」

 

「今日はちょっと早めに閉店するって言ってましたし、大丈夫だと思いますよ」

 

「そう?じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら。久しぶりに桃子さんにも会いたいしね」

 

 なのはは申し訳なさそうなリンディに対して満面の笑みで返事を返す。リンディもまた楽しげな表情を浮かべて翠屋で今晩の食事を取ることに決めたようだ

 

「みんなでご飯なんて久々やね」

 

「そうだね。みんな忙しがしくて誰かしらいないことが多かったもんね」

 

 フェイトとはやては顔を見合わせ、笑い合っている。

 

「なのはのかーちゃんの料理はギガうまだかんなー」

 

「全くだね。今から涎が零れちまいそうだよ」

 

 ヴィータとアルフも海鳴商店街の人気喫茶店の料理に頬の緩みが止められない。

 

 それぞれ思う事がある事件だったのかもしれないが、悩んでいてもどうにかなる問題ではないと気持ちを切り替えていく。

 

 

 

 

 シグナムと烈火は会話には参加せず、和気藹々した様子の一同より遅れて歩いている。

 

「烈火、後で少しいいか?」

 

「・・・ああ」

 

 シグナムの視線が隣を歩いている烈火を射抜く。その視線の意図を汲み取ったのか、静かに頷いた。

 

 程なくして前方を歩いていた一同の足が止まり、同様にその場に立ち止まった烈火とシグナムの耳に聞き慣れない声が入って来る。

 

「こ、こんばんわ!た、高町教導官!」

 

「ちょっとアンタ、何、話しかけてんのよ!」

 

 声変わりが始まったばかりの高めの少年の声とあどけなさが残る少女の声だった。

 

「あ、クラーク君だ!こんばんは。こっちの子は?」

 

 なのはは少年の挨拶に親しげに答えた。どうやら少年の事を知っている様子であるが、その隣の少女については初対面の様だ。

 

「へっ!?は、はい!え、エメリー・ギャレットであります!隣のノーラン三等陸士とは同い年でありまして、自分は武装隊ではなくオペレータなどを務めています!」

 

「クラーク君と同い年ってことは私とも一緒だね。エメリーちゃんって呼ぶから私の事はなのはでいいよ」

 

「い、いえ!私のような一般局員が高町教導官のファーストネームを呼ぶなんて・・・」

 

 エメリーと名乗った少女はなのはに対して、しどろもどろになりながら敬礼しているが、膝が笑っており、気圧されているのがまるわかりである。

 

「ぶー、クラーク君もそういって名前で呼んでくれないんだよぉ。酷いと思わないフェイトちゃん?」

 

「あはは、初対面で名前で呼んではハードルが高いんじゃないかな?」

 

 なのはは不満げに頬を膨らませ隣のフェイトに声をかけたが、帰ってきた返事は期待していたものではなかったようだ。

 

「え・・・あ・・・」

 

 エメリーは初めて出会うなのはに対して気圧され気味だったからか共にいる他の者達を視界に入れる余裕がなかった様だ。しかし、フェイトという名を聞いて、周囲にいた人物達をまじまじと見つめる。そして、目の前の一団に対して言葉を失った。

 

 なのはと親しげに話しているのは、自分達と同世代と思われる長い金髪に深紅の瞳の少女、特徴的なヘヤピンを付けた茶髪をショートカットにした少女、そこから予想されるのは彼女らが、若き敏腕執務官と夜天の書の主である可能性が高いということ。

 

 さらには凛とした雰囲気のポニーテールの美女、黒髪の端正な顔をした男性・・・男性人気トップクラスで局きっての近接格闘戦(クロスレンジ)のスペシャリストと女性人気トップクラスの若き提督であろう。彼ら、彼女らは局員になって日が浅く、階級も低い末端のエメリーでも顔を知っているほどの有名人であった。

 

「おう!クラークよ!なのはには挨拶してアタシには何にもないのか?」

 

「ヴ、ヴィータ三尉!いらっしゃったんですか!!?も、申し訳っ!!」

 

 ヴィータはなのはの背後から小さな体を覗かせながらクラークと呼ばれる少年に声をかける。クラークと呼ばれた少年は舌を縺れさせながら返事を返そうとするが言葉が出てこないようだ。

 

「あー、いいよ。お前はアタシに気づくどころじゃなかったろうしな」

 

「そ、それは・・・ッ!?っぅぅ」

 

 ヴィータはからかう様に半眼でなのはの方を流し見た。それに気が付いたなのははヴィータとクラークの方を見ながら、疑問符を浮かべて首を傾げている。その様子を見たクラークは耳まで真っ赤にして俯いたが、わき腹を抓られるような痛みに悶える事となった。

 

「・・・ふん!」

 

 抗議の声を上げようとして隣を向いたクラークだったが、痛みの原因であろうエメリーはそっぽを向いて鼻を鳴らすだけだった。

 

「彼となのはってどういう間柄なの?ヴィータも知り合いみたいだし教導部隊の関係かな」

 

「うん、そうだよ。すごく真面目で熱心に訓練に取り組んでくれるし、同い年だから休憩時間とかお話してたんだ。何日か前に教導期間が終わって担当からは外れちゃったけどね」

 

「は、はひ!た、高町教導官にはとてもよくしていただきました!」

 

「カミカミやね。活舌がとんでもないことになってるやん」

 

 この少年、クラーク・ノーランはなのはとヴィータが所属している教導部隊によって指導を受けていた1人だということだ。クラークはヴィータやフェイトに話しかけられて、なのはの周りいる人物達が有名人だらけだということにようやく気が付いたのか、先ほどより五割増しでガチガチに固まっていた。はやては緊張している様子がまる分かりなクラークの事を笑みを浮かべて見つめている。

 

「そういえば、2週間後には魔導師ランクの昇進試験だね。毎日遅くまで残って自主練してるんだし、合格できるといいね。頑張ってね!」

 

「は、はいっ!ありがとうございますッ!!」

 

 クラークは目の前まで歩み寄って来たなのはの満面の笑みに一瞬、驚いたような表情を浮かべ、顔どころか首まで真っ赤にして大声で返事を返す。クラークの隣ではエメリーが不機嫌そうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

「アレってもしかしてアレじゃないかしら!?」

 

「ええ!もしかしなくてもあの反応はアレですね!」

 

 リンディとシャマルは目をキラキラとさせて楽しげな様子でクラーク、エメリー、なのはの3人に熱い視線を送っている。

 

 真っ赤になって固まっているクラーク、その隣で面白くなさそうなエメリー、目の前の状況を理解できていないのかキョトンとした表情で首を傾げているなのは・・・リンディとシャマルの目の前で恋の三角関係(トライアングラー)ができ上がっているからだ。

 

 やいのやいのと盛り上がっている一同であったが、近づいて来る人影が見えたからか通路の端に寄った。

 

「久しいですね。ハラオウン統括官」

 

「ええ、お久しぶりですわね。東堂統括官」

 

 なのはらが端に寄ったことによって開いた通路を歩いて行くのは2名の局員。そのうちの1人である男性はリンディと挨拶を交わしている。

 

 端から見れは何の変哲もない会話であるが、近くにいた数名かは満面の笑みを浮かべているリンディから一歩距離を取った。

 

 リンディはニコニコと微笑んでいるように見えるが、彼女をよく知る者達からすれば、いつもの自然な笑顔と違い、明らかに目が笑っていない作り笑顔であることがわかってしまったためだ。

 

 対してリンディに統括官と呼ばれた金髪を刈り上げた中年男性は、相手の態度など意にも返さず淡々とした様子であった。

 

「やあ、フェイトさん。こんなところで会うなんて奇遇だね」

 

「こ、こんばんは。東堂君」

 

 中年男性に続くように通路を歩いて来たのは東堂煉だ。フェイトに対して詰め寄るように声をかける。それに対して、フェイトは義母の完璧な作り笑顔とは違い、引き攣った表情を浮かべていた。

 

「君も今日はもう上がりなのかい?」

 

「う、うん。そうだよ」

 

「ならば、共に夕食を取らないか?今から父さんと共に所用を済ませるので十数分は待ってもらわなければならないのだが、その後には君の好きな料理の中から最高級の物を提供することを約束しよう」

 

「ゴメンね。夕食はみんなで食べることになってるから、一緒には行けない」

 

 煉はフェイトに今晩のディナーの誘いをかけたが、先ほど翠屋で夕食を取ることが決まったため、それに対して断りを入れる。そして、先ほどリンディに話しかけた男性は煉の父親であることも明らかになった。

 

 

 

 

「ちょっと、一体どうなってるのよ!〈エースオブエース〉に〈金色の閃光〉、〈夜天の王〉に〈烈火の将〉、提督に統括官ってビッグネームが集まり過ぎてとんでもないことになってるじゃない。しかも、滅多に現場に出てこない〈黄金の戦空〉まで・・・」

 

 エメリーは隣のクラークに耳打ちするように呟いた。管理局の高官、エースが一ヶ所に集まっていることに対して、末端局員である自分がこの場にいることが酷く場違いではないかと肌で感じるほどの威圧感を放つ顔ぶれであったのだ。現に彼女の身体は震えが止まらないでいる。

 

「ああ!こんなにスゲぇ人達と会えるなんて感激だ。俺もいつかこの人達と肩を並べられるくらい強くなるんだ」

 

 逆にクラークの身体は歓喜に打ち震えていた。凶悪事件、世界すら滅ぼしかねないロストロギア事件をいくつも解決してきたトップエースが一堂に会していることに感激しているようである。

 

 

 

 

「みんな・・・む、知らない顔がいるな。君は?」

 

 煉はフェイト達と共にいた者達を改めて確認しようとしたが、真っ先に見たことのない人物が目に入った。クラークに対して威圧するように目を細めて問いただす。

 

「は、はい!クラーク・ノーレン三等陸士でありますッ!!」

 

 クラークは緊張を隠しきれない様子で敬礼した。

 

「・・・ふむ、君程度なら気に掛ける必要もないか」

 

 煉はクラークに対して思わずといった様子で溜息をつきながら威圧を解いた。

 

「いくらあなたがエースでも出会ったばかりの相手にそんな言い方って!」

 

「エメリー、いいんだ」

 

 煉の傲慢不遜な言い分に憤りを隠せないエメリーであったが、他でもないクラークがそれを制した。煉の言葉はクラークの魔力を感じ取ってのものである。彼の戦闘スタイルが空戦なのか陸戦なのかは定かではないが、感じ取れた魔力量が一般的な武装隊員の物よりも少なかったためだ。

 

「例え、今は力が無くても、努力を積み重ねていつかエースと呼ばれるくらい強くなって見せます!」

 

「大きく出たな。君は稀少技能(レアスキル)を持っているのか?」

 

「いえ、ありません!」

 

 クラークの立ち振る舞いから感じる雰囲気も良く言えば普通、悪く言えば平凡の域を出ない。稀少技能(レアスキル)保持者ならば魔力量が少なくとも、固有スキルの内容次第では魔導師として大成する可能性はなくはないが、クラークはそれを持っていないようだった。

 

「その魔力量で稀少技能(レアスキル)も所持していないならばエースになるなど不可能だ。諦めた方が賢明だな」

 

「そんなこと、やって見なきゃ分からないじゃないか!」

 

「総魔力量という物はよほど特殊なことが無ければ生まれついてほとんど決まってしまう絶対的なものだ。それが著しく不足している以上、君が管理局の切り札(エース)になるなど、限りなく不可能に近いだろう」

 

 クラークは先ほどまでの緊張した様子から一転、自分の目標を鼻で笑った煉に食って掛かかる。

 

 しかし、煉の言うことはあながち間違いではない。周囲の魔力素を体内に取り込んでおける量というのは魔導師にとって重要なファクターの1つだ。そして、リンカーコアに魔力素を取り込んでおける量というのは特殊な事例を除けば、先天的な要因に影響される。

 

 年齢を重ねると身長が伸びるように、男女がその身体にそれぞれの性別に合った成長をしていくように、総魔力量も少しずつ増えていくが劇的に増えることはない。生まれた時にAランクだった者が成人した時にAA、AAAランクになる可能性はある。しかし、EランクがAランク、CランクがAAAランクに成長することはないのだ。

 

 無論、魔力量だけがすべてというわけではなく、本人の身体能力であったり、魔法適性、デバイスの性能など様々な要因があり、実際に魔力ランクと魔導師ランクは分けられている。しかし、魔法至上主義の次元世界において、保有総魔力というのは重要なステータスの一つであり、魔導師として、武装隊のエリートであるエースになるには必要不可欠なものと言えることは紛れもない事実であった。

 

 クラーク・ノーランにはその重要な要素が欠けているということであろう。

 

 

「東堂君、今のは言いすぎじゃないかな?」

 

「・・・高町なのは」

 

 クラークの勢いはなのはのか細い声によって沈下する。決してボリュームは大きくないが、普段の彼女の明るい様子からは想像できないほど平坦で感情を感じさせない声音であった。

 

「ちっ!・・・それでフェイトさん。こんな連中との食事なんて時間の無駄だろう。すぐに用を済ませて来るから待っていてくれるかい?」

 

「さっきも言ったよ。私は君とは一緒に行かない」

 

 なのはの能面のような顔を見た途端に煉は踵を返してフェイトの方に振り返り、改めてディナーの誘いかけたが、帰ってきた返事は先ほどとは違い完全な拒否であった。なのはだけではない、温厚なフェイトも目尻を吊り上げ、煉の事を睨んでいる。アルフやヴィータに至っては敵対心は隠そうともしていない。

 

「何故だ!・・・お前、お前のせいか!!」

 

 煉は周囲の咎めるような視線を理解できないといった風に一同を見渡しながら声を上げた。なのはやフェイトら管理局員の中に本局にいるはずのない私服の少年を見つけて詰め寄っていく。

 

「お前が何を言っているのか分からないが、あっちはそろそろ話が終わるみたいだぞ」

 

 烈火は詰め寄ってきた煉に対して鬱陶しそうな表情を浮かべながら、統括官2人の方に視線を向ける。既に挨拶を済ませたリンディと煉の父親も若者達の会話を見守っていたのだ。

 

「くそっ!」

 

 その視線に気づいた瞬間に煉は烈火を睨み付け、この場から父親と共に去って行った。

 

 

 

 

「クラーク、あの・・・」

 

「大丈夫だ。高町教導官もありがとうございました」

 

「ううん、それより大丈夫?」

 

 なのはとエメリーはクラークの事を心配そうな表情で見つめている。クラークは問題ないと答えるが握りしめられた拳は震えていた。

 

「努力を続けて見返してやるんです。魔力が少なくたって、稀少技能(レアスキル)がなくたって一流の魔導師になれるんだって!!」

 

 クラークはなのはとエメリーを見据えて自分の決意を語った。魔導師ランクと魔力ランクが分けられていることからして、たとえ、重要なファクターである総魔力量が少なくとも部隊のエースと呼ばれる程に強くなれる可能性は決してゼロではない。豊潤に魔力を持つ者達と比べるとかなり厳しい道のりになることは明らかであるが、クラークはその道を進むと決めているようだ。

 

 エメリーとなのははクラークの言葉を聞いて安堵した様に息を吐いた。

 

 

 

 

「おい、なのは。そろそろ連絡しなくていいのか?」

 

「ふぇ?あ、忘れてた!」

 

 烈火は話が一区切りついたところを見計らってなのはに声をかける。なのはの実家である翠屋で食事をとるということが決まったのはつい先ほどの事。その後、来客に次ぐ来客で桃子らに連絡を取ることを忘れてしまっていたようである。

 

「なっ!」

 

烈火の発言を聞いてクラークの肩がピクリと跳ねた。

 

 

 

「俺も夕食の調達をしないといけないんだ。用も済んだしさっさと帰りたいんだが」

 

「え、っ!?」

 

 なのはは烈火の発言に目を丸くして驚きの声を上げた。クラークとエメリー以外の面々も烈火の事を目をぱちくりとさせ見つめている。

 

「夕食って、烈火君も翠屋に来るんだよ」

 

「はい?」

 

「もしかしてみんなと一緒に来ないつもりだったの?」

 

「みんなと来るも何もお前んちに行くのってハラオウン、八神家ご一行なわけだろ?閉店後の店に押しかけての家族ぐるみの付き合いに、俺なんかが参加するわけないだろう」

 

 高町家とハラオウン、八神家はもう5年来の付き合いと言える。管理局、学校、プライベートと親世代含めて深い交流がある3家だからこそ、閉店後の喫茶店で特別に夕食を取れるわけだ。

 

 対して烈火は海鳴市に来てまだ2週間も経過していないため、お世辞にも付き合いが深いとは言えず、地球に帰った瞬間にハラオウン家に身柄を預けられているこの状態も終わりを告げる。

 

 幼少期に高町家とは若干の交流があったとはいえもう何年も前の話であり、管理局からの拘束も解ける自分が参加する理由はないと思っていたようであるのだが・・・

 

「た、高町教導官!な、何をっ!!?」

 

 クラークは目の前の状況に驚愕の声を漏らした。

 

 

「何やってるんだ?」

 

「聞き分けのない烈火君へのお仕置きです。翠屋に着くまで離しません」

 

 なのはが烈火の左腕を抱え込むように抱き着いていたのだ。ジト目で烈火を見ながら、絶対に離さないと言わんばかりに体を押し付けている。

 

 

 

「か、彼は何者なんですか?高町教導官。私服で本局の中をうろつくなんて普通じゃないですよね」

 

 クラークはなのはにへばりつかれている烈火の事を睨み付け、強張った声で質問を投げかける。

 

「えっと、彼は・・・ふ、ぎゅ!?」

 

「こいつと同じ世界の者だ。色々あって事件に巻き込まれたので情報提供という形で今日はここに来ることになった。まあ、ただの民間人だ」

 

 烈火はクラークの質問に答えようとしたなのはの頬を開いている右手の人差し指で突き回しながら答えた。言葉を遮られたなのはであったが、烈火の手を好きなようにさせたまま特に抵抗するそぶりを見せず、(くすぐ)ったそうに身を捩じらせている。

 

 その光景を見てクラークは大きく肩を震わせながら俯いた。

 

 

 

 

「ここに来て恋の三角関係(トライアングラー)から四角関係(スクエア)に変わるわけですね!」

 

「いえ、ここは五角関係(ペンタゴン)よね!フェイト!!」

 

「か、母さん、何を言ってるの?」

 

 驚愕していたのはクラークだけではない。フェイトやはやてらもなのはの意外な行動に驚きといった表情を浮かべているようだが、真っ先に食いついたのはリンディとシャマルだ。

 

 なのは、クラーク、エメリーという関係に烈火という新たな人物が加わったからであろう。リンディはフェイトにもあの中に加わってこいとサムズアップしながら言い放ったが、当の本人は頬を薄く染めながら戸惑うばかりだ。

 

 

「というかなのはちゃんのアレは素なのよね?仮に計算ずくであの行動してるんだったら暫くなのはちゃんと目を合わせてしゃべる自信がないわよ」

 

 シャマルは若干、冷静さを取り戻した様であったが、話題の人物達を見ながら引き気味な様子である。

 

「心配すんな。アイツの行動は150%素だ」

 

 ヴィータの呆れたような視線の先には、烈火の肩に頭を置いて体重のほとんどを預けるようにもたれかかっているなのはの姿がある。

 

 烈火は元々強引に引き離すつもりはなかったのか、左腕が完全にホールドされている状況に諦めがついたのかは定かではないが、じゃれてくるなのはを好きなようにさせていた。

 

 その光景を見てクラークの拳には先ほどの煉の時とは別の意味で力が込められていく。エメリーはその様子が面白くないのか眉が吊り上がっている・・・あまりいい雰囲気とは言えない状況が出来上がってしまっていた。

 

 所謂、修羅場の数歩手前といった様相だ。

 

「傷口に塩、いえ、なのはさんの場合は傷口に砲撃を打ち込んでるようなものね。なのはさん・・・恐ろしい子としか言えないわ」

 

 リンディは目の前のクラークとここにはいないなのはに想いを寄せる金髪の少年に心の中で合掌した。

 

 

 

 

 クラークのなのはへの感情は誰が見ても察しが付くほど分かりやすいものであった。そんな相手と出会って舞い上がっていた直後、恐らくはコンプレックスであったであろう魔法関係の事を本物のエースに指摘され、少なからず傷心であることは想像に難しくない。

 

 さらにその直後、想いを寄せている相手が他の男と名前で呼び合い、目の前でべったりとくっついているのだ。傷口に塩、泣きっ面に蜂といったところであろう。

 

 しかも、それだけではない。目の前の少年から感じられる魔力量は魔力感知に疎いクラークであっても自分よりは上だと分かってしまう物であったのだから余計にだ。

 

「お前っ・・・貴方もそれだけ魔力を持っていて管理局の事を知っているということは魔法を使えるんだ・・・ですよね?だったら俺ッ!自分と戦ってくれませんか!!?」

 

 クラークは意を決したように顔を上げ、通路全体に響き渡るほど力強い大声を出しながら、拳を前に突き出した。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回は少し間が空いてしまいました。

後、何話で終わる詐欺をここ数話繰り返してきましたが、第2章は次が最後となります。


感想やコメントが私のエネルギー源です。

では、次話でお会いいたしましょう。

ドライブイグニッション!

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