魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword 作:煌翼
本日は3月15日・・・
「ねぇねぇ!次はどこ行こっか?」
「・・・ったく。あんまり引っ張るなよ」
なのはは烈火の左腕に自分の腕を絡ませながらその身体を引っ張っており、2人は海鳴市の住宅街を歩いている。
何故2人で街を歩くことになったかと言えば・・・
数日前・・・
「わざわざ俺だけ呼び出すなんてどうしたんだ?」
烈火は休み時間にある少女に呼び出されて廊下の端へやって来たようだ。
「ちょっと大事な話があってな。烈火君に来て貰ったんや」
呼び出し人---八神はやては申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「大事な話?」
「せや!ちょっと耳貸してな」
はやては疑問符を浮かべた烈火に対して周囲に漏れないような声で何かを耳打ちする。
「ふむ。そういう事なら協力しても構わないが・・・」
「ホンマに!?他に頼めそうな人がおらへんかったからよかったわぁ」
烈火の返答にはやては安堵の息を吐いた。
「フェイトちゃんやヴィータは論外。アリサちゃんも意外と顔に出るし、うちの子らが力仕事を担当するから私は離れる事が出来へんし、すずかちゃんも現場の提供者としていてもらわんと困るねん。そんなこんなで烈火君だけが頼りやったんや」
「そんなに期待されると困るんだがな」
「烈火君なら多分大丈夫やと思うけど、2人とも仲ええしな。なのはちゃんはその日は非番のはずやから、今のうちにキープしておけば予定を入れられる心配はなくなるはずや」
「まあ、一応昔馴染みだからな。しかし、なのはの予定を把握して、他の面子の休暇まで合わせるとは随分と前から計画していたのか?」
烈火ははやての期待するような視線から顔を逸らし、彼女達がこの計画をかなり前から準備していたであろうことに純粋に驚いているようだ。
教導隊、執務官、捜査官、首都航空隊、医務官とそれぞれのメンバーが別の部署に所属しており、各々が最前線で活躍している為、休日を合わせる事は困難であろう。今回に関してはその面々の予定をすべて合わせており、その為の調整をするにはかなり前から準備が必要であることが予想されるためだ。
「とりあえず、アプローチはしてみよう。連れ出すのがダメそうならまた連絡するよ」
「うん。お願いします」
烈火は願いに対して改めて了承の意を伝え、はやては笑みを浮かべながら頷く。話が終わった2人は談笑しながらその場を後にした。
ちなみに・・・
「おい、同士よ。今のを見たか?」
「はい!この目にしっかりと焼きつけたであります!」
烈火とはやてが去った後の廊下に6名の男子生徒が姿を現し、憤慨したような表情を浮かべていた。
「あ、あの野郎ぅぅぅぅ!!」
リーダー格と思わしき丸坊主の少年が膝をついて蹲る。
「授業中、登下校、休み時間・・・周囲に見せつけるかの如く!ハラオウンさんと四六時中イチャイチャイチャイチャイチャイチャ!!!しているにも拘らず、次は我らがはやて様に手を出そうというのか!!!!???」
全身をワナワナと震わせている少年は先ほどまでこの場所で談笑していた烈火に対して激怒しているようだ。他の5名も同様の表情を浮かべている。
どうやら彼らは聖祥5大女神の中でも特にはやてに心酔している者たちなのであろう。
「高町さんとは幼馴染、ハラオウンさんとは半ばクラス公認の仲、我らの憧れである聖祥5大女神と行動を共にしているだけでも許されざる事態だ!!奴の魔の手からはやて様をお守りするために早急に対策を立てるべきではないかね?」
『『異議なし!!!!』』
丸坊主の少年が発した魂からの叫びに対して周囲の面々も同意するように力強く頷いた。
「というわけで、奴を排除するための知恵を出し合おうではないか」
「は、排除でありますか?」
「何もそこまでしなくても・・・」
リーダー格の少年に周囲にいる内の2名が難色を示す。
「ばかもんっっ!!!!奴が来てからのこの1ヵ月を思い返せ!!」
「この1ヵ月?」
「我々が苦汁を舐めさせられ続けている日々を!!先ほどのはやて様とのやり取りを!!!」
「先ほどのやり取り・・・」
鬼気迫る表情の少年を前にして難色を示していた2人の眉が吊り上がっていく。
「先ほどの奴の位置に自分がいると想像してみたまえ!はやて様とこのような誰も来ないであろう場所で2人きり・・・」
「はやて様と2人きりで・・・」
「小柄なはやて様は踵を上げ、背伸びをして身長差を埋めようとするんだ。肩に手を置いて、体重をこちらに預けて来る。そして、あのお美しい顔が自分の顔の数cm隣に近づいて来られるわけだ。〈はやて萌え萌え隊〉の我らからすれば夢にまで見たシチュエーションと言えるのではないか!?」
丸坊主のリーダー格の少年は体の前で拳を握り、力強く語りかけている。彼ら6名ははやての非公式ファンクラブに所属しているようだ。
「そうだ・・・あの美しくも愛らしいはやて様が奴の手に落ちるなど許されるわけがない!!」
少年の1人が賛同の声を上げた。
「あんな顔だけの軽薄野郎にこれ以上好き放題させてたまるか!」
「そうだそうだ!何が騎士だ!」
他の少年達も口々に不満を口に出している。
というのも蒼月烈火という少年は何かと注目を集めているためだ。以前の体育の授業でフェイトを横薙ぎ・・・お姫様抱っこで抱き上げたことが噂となり、何時しか烈火の事を騎士、フェイトの事を姫と呼ぶものさえ出てきている。
聖祥5大女神は男子から圧倒的な支持を誇っているが、5名いるために人気はそれぞれの面々へと分散している。しかし、女子から男子への人気度は東堂煉に一極集中していた。
煉は初等部に転入してきた当時から王子様的な扱いを受けており、実際に豪邸に住んでいるほど裕福でもある。それは少年達にとっては既に当たり前となっている事柄でもあり、煉を恐れてか教師を含め、敵対する者は表れていない。
煉に意見できるものなど、同じくスクールカーストの最上位に位置する聖祥5大女神のみである。
「美少女と幼馴染だとか、家が近所だとか、どこの世界のギャルゲーなんだ!!」
そして、煉の一強に一石を投じたのが蒼月烈火という少年である。最も烈火本人にはその自覚が無いようではあるが・・・
なのはやフェイトとは仲睦まじくしている様子を周囲から目撃されており、他の女子からの支持も集めているとあって、少年達からのヘイトを集めるには十分すぎる要因が揃っていた。
加えて憧れであるはやてとも先ほど2人で密会を行っており、彼らが自分に向けてほしかった様々な表情を向けられている様を見てしまえば、抑えられない思いがあるのだろう。
無論、ただの逆恨みではあるが・・・
「既に〈ラブリィなのはちゃん〉と〈究極女神フェイト様〉に所属している連中とコンタクトを取る算段は付けている」
リーダ格の少年が不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。
どうやら、なのはやフェイトの非公式ファンクラブと協力する計画を立てているようだ。その2つに属している者達もはやての非公式ファンクラブの彼らと同様の想いを抱いているという事であろう。
「残る2人に心酔している者達にも声をかけてみよう。奴のすかした態度もこれまでだ!!」
怨敵見つけたりと言わんばかりの少年たちの不気味な笑みが廊下に木霊する。周囲に人がいたら通報されるのもやむなしといった不気味な光景であった。
この6名は時間も気にせずに密談を続けていた為、次の授業には当然間に合わず、教師から大目玉を喰らったとかなんとか・・・
「私達って言ったらやっぱり此処だよね!」
なのはに引っ張られるようにしてきた烈火は高町家からそう離れていない公園へとやって来た。
「ここは、確か・・・」
烈火は周囲を見渡し、過去の記憶を思い返しながら呟く。海鳴市を離れて時間が経っているからか、当時と遊具の色合いは違っているものの、この配置には見覚えがあった。
「うん。私達が初めて会った場所・・・」
なのはも感慨深そうな表情を浮かべている。
2人は公園内にあるベンチに並んで腰かけた。
「流石にもうあっちの子供用には座れないね」
なのはは苦笑いしながら、自分達が座っている隣に在る子供用のベンチを指差す。出会った頃の2人にとっては休憩場所であったのだろう。しかし、成長した2人が座るにはベンチのサイズが小さすぎる。
「なのはが座る分には違和感無いと思うが?」
「むっ!?それどういう意味かな?」
「他意はない。気にするな」
「うそだぁー!絶対からかってるよね!?」
腰を落ち着けたなのははからかうような烈火に対して不満げな表情を浮かべている。
「烈火君は私に対するデリカシーが欠けていると思うの!・・・って何なの、その驚いたような顔は!?」
「いや、なのはの口からデリカシーなんて単語が出て来るとはな。時代を感じるよ」
「どういう事!?私だって子供じゃないんだよ!レディーなんだよ!!」
「はいはい。分かった、分かった」
「むっかー!!ちょっとそこに直れなの!!!」
更に不満を募らせたのか、頬をパンパンに膨らませているなのはは、烈火の左腕をブンブンと振り回している。感情が高ぶっているせいか、普段より幾分か口調が幼くなっているようだ。
しかし、なのはの火山の噴火の如き勢いは目の前の光景によってすぐさま鎮火された。
「ま、まってよぉ~」
「遅いぞ!」
2人の目の前で少年と少女が走り回っている。
先導する少年と息を切らして追いかける少女・・・
休日の公園である以上、人がいるのは当然ではあるが、その2人がかつての自分達を思い出させるものであったからだ。
烈火となのはは寒空の下であるにもかかわらず半袖で駆けている2人をどこか懐かしいものを見るような眼で見つめている。
「あっ!?」
なのはの目が見開かれた。目の前で少女が体勢を崩して倒れかけたからである。しかし、どうにか持ち直して転ぶことなく少年の後を追いかけて行った。
「お前だったら間違いなく顔面ダイブだったな」
烈火は女児が転倒しなかったことに安堵した様子のなのはをからかうように声をかける。
「うぅ!?今だったら転ばないもん!!」
残念ながら否定の言葉は出てこないようであった。
高町なのはという少女・・・運動神経が切れていると言われるほど運動音痴である。
現在はリンカーコアが目覚めた影響で体内を魔力が循環するようになったことによる身体能力の向上、今までの魔法戦の経験から、かなりの改善が見受けられるが、烈火と出会った当時は酷い物であった。
「俺が何回転んだお前を起こしたことか」
「うぅぅ!!」
「遊具から落ちそうになるし」
「う、うぅぅぅ」
「挙句、平地でこけて半泣きだったしな」
なのはは昔を懐かしむように呟く烈火が晒す自分の黒歴史に対してぐうの音も出ないでいる。
「うぅぅ・・・烈火君がいじめるの」
結局、なのはは反論できず唇を尖らせてむくれた。
しかし、2人の間に流れているのは嫌悪な雰囲気とは程遠い物であり、むしろ両者ともに穏やかな表情を浮かべている。
「こうやって2人きりで話すのって、この前ぶりだね」
なのはは数週間前に起きた時空管理局局員によるロストロギア無断持ち出し事件の事情聴取後の事を言っているのであろう。
2人はクラスが違うため、顔を合わせるのは登下校と昼食の時くらいの物だ。そのどちらも他の面々と共に顔を合わせる事になり、自宅の方向も別だ。なのは自身も管理局の仕事で早退することもしばしばあり、2人きりというシチュエーションは久しぶりということになる。
「何か不思議な感じ・・・この場所で烈火君とお話しできるなんてね」
なのはは烈火の肩に頭を置いて体重の全てを預けながら瞳を閉じた。
「そうだな。俺もまたここに戻ってこれるとは思ってなかったよ」
烈火もなのはのぬくもりを感じながら瞳を閉じる。
2人の脳裏に蘇るのは此処で過ごした短くも穏やかな日々・・・
なのはにとっては暗く沈んでいた自分の世界に色を取り戻すことになった出会いの記憶・・・
烈火にとっては惨劇も戦争も、何も知らずにいた幼き日の記憶・・・
そして、別れた後に自らが歩んで来た軌跡。
弱かった私は魔法と出会って強くなった---
大切なものを護る為に---
惨劇の中で俺は力を得た---
立ちはだかる全てを斬り捨てる為に---
想いを魔法に乗せてぶつかり合って、沢山の人と心を通わせた---
何もなかった私にも誇るべきものが、大切なものができた---
慟哭と怒りを刃に乗せて、多くの命を奪って来た---
移り変わる戦禍の中で己という存在を知り、家族も友人も失いながら、戦場を駆け続けた---
私の魔法で困ってる人を助けたい---
俺は何のために戦い、力を振りかざすのか---
自分に自信を持てずに俯いていた少女は魔法という超常の力を手に入れる。そして、周囲の魔導師をして鬼才と言わしめる才能を実戦の中でいかんなく発揮し、母を妄信していた少女を、次元世界から忌み嫌われた魔導書を救済し、多くの絆を紡いできた。
故郷を後にした少年は戦渦の中に放り込まれる。憤怒、欲望、悲壮、欺瞞・・・人間の負の感情が渦巻く戦場で大切なものを失いながら多くの命を奪って来た。
隣にいるにも拘らず、互いに触れ合っているにも拘らず、共に魔法という力を操るにも拘らず・・・抱いている想いは余りにも違う。
なのはは他人を救い、大切なものを護るために強くなった。
烈火は他人を殺し、大切なものを失う中で力を得た。
奇しくも2人の抱いている想いは、歩んで来た軌跡は真逆の物である。
互いに思いを口に出すことはなく、隣にいる者が何を思っているのかは定かではない。
目の前の幼馴染がどのように過ごしてきたのかも分からない。
だが今は、隣から感じるゆくもりに身を預けている。
魔法も戦いも何も知らず、ただ隣にいる存在と笑い合うだけで幸せだった幼き日の記憶に浸りながら・・・・・・
「時間か・・・」
「ふぇ?どうしたの?」
なのはは烈火が携帯端末を神妙な顔で確認したのを見て首を傾げている。
「何でもない。それよりそろそろ日も暮れる。移動するぞ」
「あ!?ちょっと引っ張らないでよぉ!」
先ほどまでとは逆に今度は烈火がなのはの手を握り、先導していく。
「えっと・・・すずかちゃんの家?」
烈火によって案内された目的地は月村宅であった。今日に関してはすずかと会う約束はしていなかったはずとなのははさらに疑問符を浮かべる事となる。
程なくして、なのはと烈火は玄関先でノエルに迎え入れられて、月村家の広い廊下を歩いていく。
「この部屋になります」
ノエルに案内されていた2人は月村家の大部屋の扉の前で立ち止まった。
「扉を開けろ、なのは」
「ふぇ!私が?」
「ああ、なのはが開けなければ意味がないからな」
「それってどういう・・・」
なのはは烈火に促される形で大部屋の扉に手をかけて開け放てば・・・・・・
「に、にゃあああああぁぁぁっっっ!!!??な、な、何!?」
大きな爆発音がなのはを襲った。素っ頓狂な声を上げたなのはの視線の先には驚くべき光景が広がっている。
『『なのは(ちゃん)お誕生日おめでとう!!!!!』』
親友や仲間達が笑みを浮かべて勢揃いしていたのだ。その手にはパーティー用のクラッカーが握られており、大きな机には所狭しと料理が並んでいる。
「ほらほら、こっちこっち!!」
「今日の主役をご案内やでぇ~」
なのはは目を白黒させて呆然としていたが、フェイトとはやてによって集まった面々の中心へ誘われた。
「なのは、誕生日おめでとう!」
「ふぇ!?ゆ、ユーノ君!?」
なのはに対して1人の少年が声をかける。
少年の名はユーノ・スクライア。かつての〈PT事件〉では、なのはと共に地球に四散したジュエルシードの封印に尽力した人物であり、彼女にとっては魔法の先生と言える少年であった。
しかし、ユーノは管理局にある〈無限書庫〉で働いている為、地球にいる筈のない人物だ。長期連休などの際に予定を合わせて遊びに出かける事はしばしばあったが、今はそんな時期ではない。
そんな人物が突然、目の前に現れたのだから、なのはが驚くのも無理はないであろう。
そして、目の前にいるのはユーノだけではない。フェイト達を始めとした4人加え、ヴォルケンリッター、リインフォース・ツヴァイ、クロノ、エイミィ、美由希、アルフといった面々だ。
突然の出来事に対して、驚きを隠せないなのはであったが、徐々に状況を飲み込み始めた。
3月15日は高町なのはの誕生日であり、彼らはなのはの生誕を祝うためにサプライズパーティーを企画していたという事であろう。
「びっくりさせ過ぎちゃったかな?」
「ほら、主役がなんて顔してんのよ」
すずかとアリサが苦笑いを浮かべて声をかけて来る。
「なのはも来たんだし、さっさと始めようぜ」
「賛成だねぇ!」
「こら!はしたないわよ2人共!今日はお食事会じゃないんだからね」
ヴィータとアルフは用意された豪華な食事の数々を前に目を輝かせており、シャマルはそれを咎めている。
「なのはちゃんも14歳かぁ」
「ちょっと前まで小学生だと思ってたら来年で中学校も終わりだもんね」
エイミィと美由希・・・通称〈お姉ちゃんズ〉はなのはに対してしみじみといった様子で語りかけて来た。
「おめでとう・・・か。それだけでいいのか?」
「う、うるさいな!まっくろくろすけは黙っててくれないか!?」
クロノはユーノに対してからかうように声をかけ、ユーノは顔を真っ赤にして反論している。クロノが何をからかっているのかは言うまでもないであろう。
「なのは・・・おめでとう!」
「局の仕事の時は無茶して私らをびっくりさせてるんやから、たまにはこうやって驚かされる側の気持ちを味わってみるもんやで?」
フェイトとはやてが隣にいるなのはに優しい表情で微笑みかけている。
「フェイトちゃん、はやてちゃん・・・みんな・・・」
なのはは周囲を見渡して思わず声を漏らした。
家族、親友、仲間、同僚・・・高町なのはという少女が築き上げて来た絆がそこには広がっていたのだ。
気心知れた友人や優しい人たちに囲まれて過ごす何気ない日々。
家族のぬくもりを求めて泣いていた少女、自分の事が好きになれずに俯いていた少女が夢にまで見た物であり、悲しみを抱えている者達と正面から想いをぶつけ合い、彼らを救ってきたことに対する結果でもあった。
皆が笑い合っている。その輪の中に自分がいる。自分に笑いかけてくれる。
高町なのはにとっての〈守りたい世界〉が此処にはあった。
月村家のテラスに佇んでいる少年の頬を風が撫でる。
烈火はなのは達のいる大部屋から退出し、この場所にいるようだ。若干距離あるテラスにもなのは達の楽しげな声が時折耳に入って来る。
「部屋を抜け出したと思えば、こんなところで黄昏ているとはな」
テラスから見える街並みを眺めていた烈火に声をかける人物が現れた。
「そんな大したもんじゃないさ。それより、みんなの所にいなくていいのか?」
烈火は声をかけてきた人物の方に視線をやることなく返事をする。
「それはこっちの台詞だ。主から高町をこの場に連れてきた後は皆と共に宴を楽しむように言われていたと思うが?」
月夜に照らされ、風に舞う髪を手で抑えながら現れたのはシグナムであった。パーティーも半ばで退席した烈火を追って来たのだろう。
先日の密会ではやてが烈火に頼んだのは、サプライズパーティー当日になのはを連れ出して欲しいといったものである。
なのはを驚かせるべく計画されたこのパーティーは本人に悟られないよう、秘密裏に準備が進んでいた。サプライズという性質上、当日のその瞬間まで明かすことができないため、決行当日になのはが自分の予定を入れてしまえば、このパーティーはそもそも成立しなくなってしまう。
そのため、誰かが事前になのはと会う予定を入れておき、パーティー当日に主役と連絡が付かないだとか、どこかに出かけてしまっているだとかという要因を潰すために先回りしておくべきという案が出され、一同はそれに賛成した。
問題は誰がその役目を担うという事であったが、候補は6名選出されたものの、全員が諸々の事情で役割を全うできそうにないということで烈火に白羽の矢が立ったということだ。
シグナムは烈火の隣に移動して、なのはのエスコートが終了した後は皆と共にパーティーに参加していたはずの彼がこのような場所に来た理由について尋ねる。
「正直な所、どんな顔をしてみんなの所にいたらいいか分からない。いや、分からなくなってたってとこかな」
烈火はパーティーの中で皆が笑い合う楽し気な空間の中にいる自分に対して異物感の様なものを感じていた。
「俺も戦いが起こる前のソールヴルムではそれなりに普通の学生をやっていた。ここまで豪華じゃないが、似たようなものに誘われたこともあるし、参加したこともある。その時は何も考えずに楽しんでいたと思う。だが、今は違う」
戦禍に巻き込まれる前は当たり前だった友人との語らいの時・・・
「俺なんかが此処にいてもいいのか?・・・そう思ったよ」
戦時中という理由があったため裁かれてはいない。だが、烈火の手は既に多くの人間の血に塗れている。
過去に背負う物があるのは烈火だけではない。〈闇の書の闇〉、〈夜の一族〉と理不尽でどうにもならない運命を背負っている者もいる。
しかし、あの場所にいる面々は皆笑い合っていた。相手を思いやり、時にはぶつかり合い、辛いことも悲しいことも共有してきたからこそ、あの優しい空間なのであろうことは、なのは達と出会って日が浅い烈火ですら容易に理解できる。
悲しみと怒りと、慟哭と・・・そんな想いしか魔法に乗せる事のできない自分が、血に汚れた自分がいる事で、あの眩しく尊い空間を穢してしまうのではないか・・・そんなことを考えていた。
「お前の気持ちは分からなくもない。我らも主はやての下に来たばかりの時には似たようなことを思っていた」
シグナムが思い返すのは小さな主の下へと呼ばれた時の事。
ある者は闇の書の魔導を求め、ある者はその膨大な力を悪用しようとした。ある者は突然現れた魔導書を忌み嫌い、ある者は呪われた魔導書やその守護騎士達を家族として迎え入れた。
「ヴィータやシャマルはすっかり馴染んでいるが、私はアレらほどこういった催しは得意ではない」
はやてが聞けば悲しむのだろうが、戦乱の時代を歩んできた自分達が温かい日常を享受していいのか?そんな疑問は今もシグナムの胸に燻っているのかもしれない。
先日のルーフィスでの事件から日が経っていないのだから尚更だろう。
「だが、私達は主と共に在り続ける。その御身を、主が望む日々を護る為に剣を取って戦い続ける」
烈火はシグナムの想いを黙って聞いていた。
確固たる意志、戦うための覚悟・・・
先日の恭也とてそうだ。自らの譲れないもののために戦う強い意志を感じ取った。
なのはもフェイトもクロノ達も、そういった思いを感じさせる節はこれまでの日々で見受けられている。
「そう、か・・・」
そして、それが自分に欠けているとても大切なモノであると烈火は自嘲するように瞳を閉じ、夜風を感じていた。
「戦う理由も、此処にいる理由もお前自身が見つける物だ。最も、勝手に去ろうとすれば、話を聞くまで開放しないような面々ばかりだろうがな」
シグナムは冗談交じりに言葉を紡いでいく。
「ゆっくり探せばいいだろう。お前の答えをな。それに・・・私個人としてはお前の存在を好ましく思っている」
シグナムの穏やかな声音に烈火は閉じていた眼を見開いて驚きを示した。
それ以降、両者とも口を開くことはなかった。月明かりが周囲を照らし、静寂が2人を包む込む。
そこに重苦しさはなく、どこか心地よさを感じる・・・そんな静寂であった。
「第97管理外世界〈地球〉ね。そこに自らを人形化したそいつが潜伏しているという事か?」
異質な雰囲気を纏ったスーツ姿の少年が気だるそうな表情を浮かべながら言い放つ。
その眼前には頭から血を流して絶命する白衣姿の男性と、恐怖に震える1人の男性の姿がある。
「は、はい!それがコイツの残した最後の情報です!」
男は白衣の男性を指差して震えながら答えた。
「どうやらそのようだな」
少年は男の様子からこれ以上の情報は期待できないと思ったのか、溜息をつきながら視線を逸らす。男は若干、緊張が解けたのか僅かに一息ついたが、その表情はすぐさま恐怖に染まることとなる。
「とはいえ、捕縛命令が出ていた
「ひ、ひぃ!?これは事故だったんです。足を滑らせたアイツが転んで、頭を打って死んじまったんですよぉぉぉ!!!!!」
「任務失敗には変わりない。それが現実だ。魔導人形なんて出来損ないの型落ち品で我らの情報が出回ることはないだろうが、状況が変わってきている。故に情報源を取り逃がしたお前の責任は重い」
少年が手を振りかざした次の瞬間には、震える男は文字通り潰れて動かない肉片と化していた。
「地球か。早いうちに手を打たなくては・・・」
少年は神妙な顔で呟く。
「そうね!地球ってどんなところなのかしら!!」
「あ、姐さん!?」
背後から金髪のスーツ姿の女性が姿を荒らし、少年は体全体を振るわせて驚きを隠せないでいた。
「ま、まさか一緒についてくるつもりですか!?」
「モ・チ・ロ・ン!そんな面白そうなとこ付いて行かないわけがないじゃない」
少年の言葉を楽しげに肯定した女性の背後から、さらに数名の人影が現れる。
「だ、ダメですよ!それに皆さん、隠密行動って言葉知らないようなメンバーじゃないですか!遊びに行くんじゃないですよ!!」
猛抗議する少年だったが・・・
「ふぅ~ん。これでも・・・ダメ?」
女性はただでさえパックリと開いているスーツの胸元に手をかけて、指でインナーシャツをずり下げる。大事な所は絶妙に隠れているものの、巨大な山脈が作り出す深い谷間が惜しげもなく少年の目に晒される。
女性について来た少女は思った。
(3秒で堕ちるな。それに鼻の下が伸びすぎてとんでもないことになってる)
首まで真っ赤にしている少年を冷ややかな目で見つめている。色々騒ぎ立てながらも少年は女性の胸元を凝視しているからであろう。
そして、その隣で1人の少女は自分の胸に手を当て、呪詛を呟きながら崩れ落ちた。彼女の名誉のために誰も指摘しなかったが、胸部装甲の戦闘力はあまりに貧弱である。
平和取り戻した地球に悪意の影が迫ろうとしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
モチベは高いのですが中々時間の方が取れませんでした。
比較的、ほのぼの()回だったかなと思います。
第3章はこれで終わりとなります。
そして次回の第4章は3章と打って変わって戦闘メインとなります。
感想等頂けましたらモチベ爆上がりで嬉しいです。
では次回お会いいたしましょう。
ドライブイグニッション!