魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword   作:煌翼

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剣戟交叉のWindhose

 結界内で繰り広げられているのは白刃と黒刃による激しすぎる剣戟の応酬・・・

 

 

「はああああああぁぁぁっ!!!!」

 

 シグナムは兜割りの要領で対峙しているイヴを両断すると言わんばかりに自身の愛刀〈レヴァンティン〉を振り抜いた。

 

「暑苦しいのよ!脳筋乳牛騎士さん!!!」

 

 イヴは刀身に弾けんばかりの爆炎を纏っているレヴァンティンを受け止めることを嫌ってか、身を反らすことで迫る一閃を回避してその手に持つ〈ダーインスレイヴ〉でシグナムの喉を搔き斬ろうと一気に懐へと飛び込む。

 

 対するシグナムは爆炎を纏ったまま切っ先が下を向いているレヴァンティンを斬り上げるように振り抜いて迎撃する。

 

 

 鈍い音を立ててぶつかり合う互いの剣・・・

 

 レヴァンティンがダーインスレイヴを押し始めたかと思いきや、イヴのカートリッジロードに合わせるかのようにシグナムがその場から飛び退いた。

 

「逃がさないわよッ!!」

 

「ちぃ!?」

 

 イヴは猛追し、肉薄してダーインスレイヴで斬りつけるがシグナムは刃を斜めに傾けたレヴァンティンで衝撃を受け流すかのように防御する。

 

「腰抜け騎士様ね!大きいのは態度と胸だけかしら?」

 

 レヴァンティンの刃によって背後に流れていく身体を反転させたイヴの眼前にはシグナムの姿はなく、大きく距離を開けられていた。イヴは剣で打ち合うつもりはないのかとシグナムを罵倒している。

 

「好き放題言いおって・・・とはいえあのカートリッジをどうにかせねば勝機は無いな」

 

 シグナムはイヴの発言に対して内心思うところがないわけではないようだが、今は堪えて戦況の分析に勤めているようだ。

 

 シグナムとイヴは同じタイプの戦闘スタイルといえるだろう。術式は共に〈古代(エンシェント)ベルカ〉、メイン武装は長剣、機動力と攻撃力に優れ、ラウンド型のシールドを使用するベルカの騎士・・・

 

 イヴの剣技には目を見張るものがあるが、それはシグナムの剣技とて同様であり、現状の段階ではどちらかが大きく劣っているとは思えない。しいて言うのなら火力はシグナムが俊敏性はイヴが誤差の範囲で優れているといった印象である。

 

 両者の実力に大きな差はないがシグナムが防戦に回っている原因はイヴのダーインスレイヴのカートリッジにあるのだろう。

 

 ダーインスレイヴとの斬り合いでは剛性に優れる〈アームドデバイス〉の中でもさらに頑丈な部類に入るレヴァンティンの刀身に(ひび)が入る場面が何度かあった。

 

 さらに打ち合いでレヴァンティンが大きなダメージを受ける際に前動作としてダーインスレイヴのカートリッジシステムが起動していた。

 

そのためシグナムはイヴのカートリッジロードに合わせて衝撃を逃がすように剣を引いて、互いの刀身を正面からぶつけ合わせないよう立ち回っており、今の所はデバイスへのダメージを軽微で済ませることが出来ているようである。

 

 

 逆に言えば相手の高出力技に対して逃げの一手しか打てないという状況に陥っている裏返しでもあった。

 

 シグナムは自身が長らく使用している〈ベルカ式カートリッジシステム〉とイヴの使っているカートリッジシステムは似ているがどこか違うのではないかという違和感を感じ取っているようだ。

 

 

「喰らいなさいな!!!」

 

 イヴはカートリッジを炸裂させ、ダークレッドの魔力を纏ったダーインスレイヴをシグナムに向かって振りかざす。しかし、シグナムは迫り来るダーインスレイヴに対して炎を放出しているレヴァンティンの刃を斜めに添えるように向けて、その攻撃を最小限の衝撃で受け流した。

 

「もう!釣れないわねぇ」

 

 イヴは激しい剣戟の最中でシグナムに対して有効打を決め切れないことに少なくない驚きを覚えている。

 

(今の所はどうにか凌げているが、何かしらの対策を講じなければ此方が不利か・・・)

 

 シグナムもデバイスの性能をフルに引き出しているイヴの前に明確な突破口を見いだせないでいた。

 

 

 現状は互角であるが、瞬刻でも気を抜こうものなら相手に全て喰らい尽くされる。奇しくも戦いの中で互いにそんな確信じみた想いを抱いている。

 

 互いに戦っている相手の戦闘技能に対して称賛にも似た感情を抱いているのだ。

 

 

 イヴとて闇雲に剣を振るっているわけではない。流麗な剣捌きの中に織り交ぜるようにシグナムにとって最も有効であろうカートリッジ炸裂時の剣戟を通常時の斬撃と寸分違わぬモーションで撃ち出しているため、目算での判断はほぼ不可能だ。

 

 加えてイヴは通常の魔導師、騎士のように術式を発動させてから斬りかかるのではなく、剣を振るいながら術式の発動とカートリッジの炸裂を行っており、変幻自在な戦闘スタイルを見せているため剣戟の見極めは困難を極めている。

 

 さらにシグナムがカートリッジ炸裂後の斬撃を防ぐ為には〈紫電一閃〉並みの魔力を刀身に纏わせて受け流すか、回避のどちらかの手段しか講じることができない。

 

 前者はいつ来るか分からないその攻撃のために常時刀身に魔力を纏って戦うことになることを示しており、斬り合いに押し負ける事は減るであろうが魔力枯渇で戦闘不能になってしまう可能性が高い。

 

 速力に優れるイヴの剣戟を前に出力が跳ね上がった攻撃のみを見極めること自体の難易度が高く、全ての攻撃を回避し続ける事は不可能に近いため、後者の行動を取ることもまた困難である。

 

 

 しかし、シグナムは長年の戦闘経験によるものか、イヴの剣戟の中で対処が必要な攻撃を見極めてそれのみを高魔力技で受け流して見せていた。

 

 

 

 

 だがシグナムにとってもこの展開は決して良い状況とは言えないようである。本来のシグナムは高い火力と機動力を活かして自ら斬り込んでいく攻めの戦闘スタイルを見せるがこの戦いにおいてはその様子は全く見られない。

 

 現在、地球に滞在している魔導師達の中で単体戦闘能力という面では最強であろうシグナムがイヴの攻めの前に防戦一方となってしまっていることがこの状況を物語っているだろう。

 

 

「本ッ当に目障りな女ね!あんまり時間ないんだからさっさとボウヤのとこに行かせなさいよ!!!」

 

「させぬと言っているッ!!なっ!?」

 

 イヴは空に舞い上がるかのように浮かせた身体を縦回転させて遠心力を付けながらダーインスレイヴを振り下ろす。当然ながらシグナムも上に翳したレヴァンティンで弾き飛ばすが、その首に空中で体を横に寝かせるようにして突き出された鋼鉄のヒールが迫る。

 

 シグナムは首を逸らすようにイヴの蹴りを回避しようと試みたが、眼前のヒールの踵と足先からダークレッドの魔力刃が構成され、鮮血が宙に舞った。

 

 

「ぐううっ!!?」

 

 シグナムは大きく体勢を崩しながらも身体全体を捩って首への一撃の回避にどうにか成功させ、そのまま後方に距離を取ろうとしている。

 

 

 完全に不意を突かれた一撃に絶体絶命かと思われたシグナムであったが首に迫る刃に対して咄嗟に上半身の左半分に装身型のバリア〈パンツァーガイスト〉を展開して防御を試みていたのだ。

 

 しかし、イヴの手に持っているダーインスレイヴから薬莢が吐き出されると同時に加速した魔力刃がシグナムの身を覆う赤紫の魔力バリアを斬り裂いていく。

 

 それを見るや否やシグナムは再度の回避を試みた。身体全体を捻るようにして背後に飛んだことにより首元への一撃の回避には成功したが、左肩を斬り裂かれてしまい鮮血を流している。

 

 怪我を負ったとはいえ、迫る刃に対しては防御魔法〈パンツァーガイスト〉、騎士甲冑の一部である肩口を覆う白い羽織があったため傷は浅い物であり出血量も少ないようで戦闘に支障はなさそうである。

 

 

「逃がさないわよ!!」

 

 イヴは完全に不意を突いたはずの攻撃をシグナムが防ぎ切ったことに対して、一瞬だけ驚きの表情を浮かべたものの、相手が体勢を立て直す前にと上段からダーインスレイヴを振り下ろす。

 

「なっ!?がっ!!!」

 

 攻めきれれば勝てると突っ込んだイヴの前で体勢を立て直しきっていないシグナムがレヴァンティンの切っ先を向けている。

 

 苦し紛れの反撃かと思った瞬間、その切っ先が炎を纏って眼前に出現した。イヴは剣十字の障壁で受け止めようとしたが迫り来る炎の龍に魔力の壁を食い破られる。

 

 かろうじてダーインスレイヴの腹でレヴァンティンの切っ先を受け止めるが追撃に対してカウンターを決められ勢いを削がれてしまった。

 

 〈シュランゲバイゼン・アングリフ〉・・・レヴァンティンの連結刃形態で放たれる魔力を纏った刀身による空間攻撃である。シグナムは刀を振るえない状況で近接攻撃の間合いの外へと反撃の刺突を放ったということだ。

 

「逃がさないのは此方の方だ!飛竜一閃ッ!!!」

 

 シグナムはカウンターを成功させるとともに体勢を立て直し、刀身を引き戻したレヴァンティンを左腕に出現させた鞘に納めてカートリッジを炸裂させた。魔力を纏った炎の龍を上段からの振り下ろしと共に飛翔させる。

 

 ここに来て初めてシグナムが攻勢に出た。

 

 

「調子に乗らないで!!ドゥンケルハウリング!!!」

 

 イヴもシグナムの思わぬ反撃に対して取り乱すことなく赤交じりの黒の斬撃を横薙ぎに振るったダーインスレイヴの刀身から撃ち放つ。

 

 

 互いの砲撃以上の火力を誇る斬撃が戦闘域で激突した。

 

 

 しかし、拮抗したのは僅かの間・・・

 

カートリッジで威力が増している飛竜一閃がイヴの斬撃を斬り裂いて爆炎を上げた。

 

 

「ぐっ!!?抜かれちゃったわね・・・な、なっ!??」

 

 イヴはカートリッジ未使用の自身の斬撃が打ち負けることを予想していたのか高度を下げながら激突の衝撃から逃れたものの、その表情が驚愕に染まる。

 

 

 

 

「はああああああああああぁぁっっ!!!!!!!」

 

 爆炎の中心を突っ切って来たシグナムがレヴァンティンを構えて上空を陣取っていたのだ。3回の炸裂音を奏でながらレヴァンティンを振り下ろす。

 

 その刀身が視界を覆い尽くすほどの巨大な爆炎刃と化してイヴに迫る。

 

 それはイヴによって斬り裂かれていた白い羽織が自身の炎圧で吹き飛んでしまう程の勢いでの突貫攻撃であった。

 

「ここまでとはね!本当にムカつく女!!」

 

 イヴの予想を超えるシグナムの苛烈な攻め・・・

 

回避は不可能と判断し、魔力を刀身に纏わせてダーインスレイヴを突き出した。

 

 

 

 

 振り下ろされる炎と巻き上げられる闇が再び激突する。

 

 

 

 

「今ならばカートリッジは使えまい!!」

 

「なっ!?気が付いていたの?」

 

「私がただ防御に徹していると思っていたのか?そのカートリッジシステムは我々の物とは若干違うようであるが基本的には同様の使用用途であろう。我らの魔法に対する何かしらの耐性と大幅な出力上昇には目を見張る物があるが再使用までにタイムラグがある・・・違うか?」

 

 イヴはシグナムの指摘に目を見開いた。エリュティアのプロメテウスと同系統のカートリッジシステムの弱点を言い当てられてしまったからなのであろう。ここに来てイヴの想定をシグナムが完全に超えた。

 

 

「斬り捨てるッ!!!!」

 

「ぐぎっ!?こ、このぉ!!」

 

 シグナムが繰り出した上空からのカートリッジ3連ロードの紫電一閃によりダーインスレイヴの刀身が悲鳴を上げる。

 

イヴは攻撃を凌ぐためにダーインスレイヴを持つ手に力を込めるが、今のシグナムの斬撃を受け止めるということは爆炎を纏った隕石を受け止めるに等しく、その表情が苦悶に歪む。

 

 そして、ダーインスレイヴの刀身に(ひび)が入った

 

「私より上の女がいるわけないでしょ・・・舐めんじゃないわよッッ!!!!!!!!」

 

「何ッ!?」

 

 先ほどとは逆に今度はシグナムの想定をイヴが超えて行く。イヴは端正な顔を歪ませながらも紫電一閃を前に持ちこたえているのだ。

 

 

「ま、間に合っ!た!!」

 

「ちっ!?はあああああっっっ!!!!!!」

 

 ダーインスレイヴの刀身に黒い魔力が走り、その威力が絶大なものへと跳ね上がる。カートリッジ再使用までの時間を凌ぎ切ったのだ。

 

 シグナムもここまで来たら引くわけにはいかないと爆炎の出力を上げる。

 

 

 煌めく爆炎と広がる闇色の魔力・・・

 

 強大な魔力を付与された2つの刀身は半ば根元から砕け散り、その術者達は爆風の中に飲み込まれていく。

 

 巨大な爆発が周囲の地面を抉り取るように大きなクレーターを形作った。

 

 

 

 

 上から剣を振り下ろしたシグナムと下から押し上げていたイヴでは勢いの分、後者の方がダメージが大きかった様であり、よろめいたイヴにシグナムが迫る。両者の手は既に刀の柄は握られていない。

 

「やってくれたわね!!!」

 

 イヴの手元に小型のダーインスレイヴが現れた。緊急用のサブウエポンであろうそれをシグナムへと向ける。レヴァンティンを失ったシグナムはイヴと違い完全に無手であり、剣士の2人にとって獲物の有無は戦闘状況に大きな意味を齎すことであろう。

 

 小刀サイズの刀身に黒い魔力刃が宿る。

 

「お互い様だろう!!!」

 

 対するシグナムも無手となっていた右手に先ほども見せたレヴァンティンの鞘を出現させ、イヴに向けて突き出した。鞘の切っ先を中心に赤紫の魔力を纏わりつかせることによって刺突の威力を高めて緊急用の武器としているようだ。

 

 切っ先同士がぶつかり合う小刀と鞘であるが本来の用途から逸脱した使用方法をしている鞘が砕け、小刀の刀身が突き刺さった。

 

 しかし、間合いに勝る鞘を突き刺さっている小刀を払うかのように勢いよく横薙ぎに振るえば両者の掌から獲物が離れて宙に舞う。

 

 2人の美女は激突の際に食い込み合った獲物が空中で分離して地面に落ちていくことなど気にも留めずに互いに地面を蹴り飛ばして眼前の相手に飛び掛かる。

 

 

「や、るじゃない!!局員なんて辞めて格闘家にでもなればいいんじゃないかしら!?」

 

「貴様に!指図される謂れはない!」

 

 拳闘士も真っ青な勢いで叩きつけられ合う両者の拳、互いに主兵装である長剣を失ったにもかかわらずむしろ戦いの苛烈さが増しているようにすら感じられる光景であった。

 

 

 互いの拳は相手の身体に接触する前に拳によって叩き落され、躱されてしまう。

 

 シグナムの剥き出しになっている長い脚が白い軌跡を描いてイヴの顔目掛けて振るわれば、それを躱したイヴの鉄のヒールがシグナムの喉元目掛けて突き出される。

 

 イヴはこの状況で唯一、使用可能な斬撃武装である踵の魔力刃を肉弾戦の中でも活用していくが、シグナムも赤紫の装身バリアを局所展開し確実にそれを防いでいく。

 

 さらにシグナムは鞘での攻撃時と同様に防御に使用している〈パンツァーガイスト〉を拳や脚部にも纏わせ攻撃力も高めているようであり、徒手空拳においても魔力刃を扱えるイヴと大きな差はないであろう。

 

「これほどの力を持ちながらなぜこのような行いをする!?」

 

「貴方には関係ないでしょう!」

 

 羽織が吹き飛び肩を露出したインナー姿のシグナムとライダースーツの各所から白い肌を覗かせるイヴによる殴り合いはさらに激しさを増していく。

 

 互いの拳が蹴りが目まぐるしく交差し、先ほどの剣戟の応酬と同様に戦況は再び膠着状態へと陥っていた。

 

「管理局員として、同じベルカの騎士として貴様の行いを見逃すことはできんッ!!」

 

「真っすぐいい子ちゃんだこと!騎士道精神なんて何の役にも立たないモノはとっくの昔に捨てちゃったわよ!!」

 

 真っすぐ、ただ真っすぐにシグナムは拳を突き出しながら大きく飛び出すがイヴは中空にふわりと飛び上がってそれを躱した。イヴは落下しながら踵から魔力刃を形成し、攻撃を躱されて無防備となっているシグナムを仕留めようと背後からその足をしならせるように振り下ろそうとしたが・・・

 

 

「な、んですって!?」

 

 イヴの目の前には先ほど怒り狂う闘牛のように自分の前を通過していき、無防備に背中を晒していたはずのシグナムが拳を振りかざしている。

 

「でええぇぇぇぇぇいいっっ!!!!!!」

 

 シグナムの右拳が赤紫の軌跡を描きながら勢いをつけて捻じりこむように振り抜かれた。

 

「がっ!はっ!!??」

 

 イヴの腹部に捻りを加えた渾身の拳が炸裂し、余りの衝撃に身体が九の字に曲がる。目を見開いて呼吸が止まったイヴは弾き飛ばされるように自然公園の大木に背中を叩きつけられた。

 

 

 

 

「はぁはぁ・・・ここまでのようだな。イヴ・エクレウス、貴殿を拘束する」

 

 シグナムは呼吸を荒げ、左足を庇いながら自身の拳で打倒されて地に突っ伏しているイヴを前に実質的な勝利宣言をした。

 

 シグナムは空中に飛び上がって攻撃を躱したイヴに対して追撃を仕掛けた時、霊脚で地面を蹴り砕きながら強引に体全体を急反転させたため、その際に軸足とした左足には相当の負担がかかっていたようである。

 

 しかし、イヴは依然として地に伏せたまま動く様子がない。彼女が叩きつけられた自然公園を象徴する大木は見るも無残に根元からへし折れており、シグナムの拳撃の強烈さが窺い知れる光景が広がっていた。

 

 

 

 

「や、やってくれたわね。はっぁはぁ、はぁ・・・流石の私も今のは逝っちゃいそうになったわよ」

 

「まだ立ち上がるのか」

 

 ゆらりと体を揺らしながらイヴが立ち上がる。騎士甲冑の腹部は拳で抉られたように消し飛んでおり、震えている膝からも戦闘可能状態ではないことは明らかだ。

 

 これにはシグナムも目を見開いて驚きを表していた。

 

「当たり前でしょ。私より上の女がいるなんて事実を認めるわけにはいかないもの!」

 

 イヴは飢えた肉食獣の様な眼光と共に加速魔法を発動し、正面からシグナムへと飛び掛かかる。互いに手を掴み取りながらの力比べとなるが、先ほどの腹部への拳撃のダメージが決め手となってか徐々にシグナムが上から抑え込むような形へとなっていく。

 

 

「ぎ、がっ!?」

 

 突如としてシグナムの身体が衝撃を受けたかのように九の字に折れ曲がった。

 

「下品な胸が邪魔で足元がお留守だったかしらね!ほら、もう一発!!」

 

 押し負けて身体を仰け反らせていたはずのイヴの膝がシグナムの腹部に打ち込まれていたのだ。さらに膝部に魔力を纏っての蹴りが狙いすましたかのように同じ個所に炸裂し、今度はシグナムが吹き飛ばされて公園内の木々の中に放り込まれた。

 

 

「さっさと立ちなさいよ。ギブアップなんて許さないんだから」

 

 先ほどとは打って変わって今度はイヴが倒れているシグナムを見下ろしているが、その表情は獲物を狙う鷹の如く鋭いままであり、勝ち誇ったようなものではない。

 

「・・・今のは流石に効いたぞ」

 

 シグナムは腹部を抑えながら立ち上がる。

 

「ふん、バリアが間に合ってたから大したダメージじゃないでしょう?」

 

「それはお互い様だろう」

 

 1撃目はまともに喰らってしまったシグナムだったが、2撃目に関しては装身バリアを腹部に局所展開して防御した為、騎士甲冑の腹部損傷以外の傷はなく致命傷は避けたようであるが、それはイヴに関しても言える事であった。

 

 先ほどのシグナムの渾身の拳も衝撃が伝わり切る前にイヴの魔力障壁によりその威力が幾許か減衰してしまっていたために戦闘不能までのダメージを与え切ることができていなかったのだ。

 

 とはいえ、白い羽織が吹き飛んで肩を露出したインナー姿のシグナムとライダースーツの様な甲冑の至る所から白い肌を覗かせているイヴ・・・両者ともに既に肩で息をしておりかなりの消耗具合が伺える。

 

「徹底的にヤり合いましょうか。私か貴女、どっちかがぶっ壊れるまでね」

 

「悪いがお前の事情に付き合う気はない。お前が壊れてしまう前に捕縛して今回の件に関しての話を聞かせてもらおうか」

 

 イヴの全身をダークレッドの、シグナムの全身を赤紫の魔力が包み込んだ。光る黒い魔力と炎となる赤紫の魔力、どちらも力強さを感じさせるものであり、とても主兵装を失って消耗している者達とは思えないものであった。

 

 両者の切れ長の瞳が鋭さを増す。再び相まみえようと拳を構えて駆け出そうとした2人の動きが止まる。

 

 次の瞬間には2人を含め結界内の全てを突如として吹き荒れ始めた竜巻が包み込んだ。

 

「何?これは・・・」

 

(この魔力の質は・・・)

 

 イヴとシグナムは目の前の相手への警戒を怠らずに竜巻の発生源へと目を向ける・・・・・・

 

 

 

 

「何だ!?」

 

 ヴァン・セリオンは眼前に白銀の魔力障壁を展開し、目の前で発生した謎の突風を防いでいた。内部から打ち払われるように竜巻が消失し、その中心を碧眼で射抜く。

 

 

 渦巻く乱気流の中心で蒼い光が煌めいた。

 

 目の前にあったはずの氷山が消し飛んでおり、中心に佇むのは1人の少年。黒い髪と白の衣が風で揺れている。その背には三対十枚の翼が出現し、変換された魔力が光の翼を形成していた。

 

「俺の空間攻撃をあの体勢から凌ぎ切ったというのか」

 

 ヴァンは思わず目を見開いた。彼が放った空間凍結魔法〈リオートグラキエス〉は確実に目の前の少年の命を奪ったはずなのだ。

 

 通常攻撃とは違う空間攻撃を防ぐにはフィールド系の魔法で全身を覆うか攻撃範囲からの離脱、もしくは術式発動前に術者を潰すという手段があるだろう。しかし、目の前の相手とは初めての戦いであり、互いに手の内は分かっていない。初見で防ぐことは不可能に近いはずである。

 

「フルドライブが一瞬でも遅れていたら死んでいたな」

 

 少年の長めの前髪から蒼い瞳が垣間見えた。

 

「魔力を纏った氷山を内部から強引に吹き飛ばしたのか!!」

 

 ヴァンは烈火に流れを持っていかれる前に左の槍を風を引き裂くように突き出して向かって行く。〈オルトロス〉の穂先に氷刃を出現させ、烈火の首を絶ち穿とうと放たれた突きであったが、何かに弾かれるようにヴァンが距離を取る。

 

 

「それで俺の魔法を防いだという事か・・・」

 

 ヴァンの頬を雫が伝う。左に持っていたオルトロスの穂先が氷刃ごと消失していたためだ。その視線の先には烈火を守るように黒炎の剣山が突き出していた。

 

 周囲の絶対零度の世界を煉獄へと変えた全てを焼き尽くす黙示録の黒炎。

 

 烈火は空間が凍結しきる寸前に全身に黒炎を纏い、フルドライブと共に一気に魔力を解放してヴァンの魔法を力技で燃やし尽くしたということだ。

 

 周囲を渦巻く乱気流も凍結されていた空間が黒炎による温度の急上昇の影響を受けて発生したと思われる。

 

「次は此方から行く!」

 

 蒼い翼が光を増した。

 

 一瞬でヴァンの眼前に躍り出た烈火の白刃が乱気流を引き裂きながら振り下ろされる。

 

「ちぃ!?出力が上がっている!!」

 

 ヴァンは迫るウラノスに対してオルトロスの柄を滑りこませてどうにか受けとめるが体が大きく仰け反った。

 

 しかし、それを逃すまいと烈火の左の剣が火を噴く。刀身部分を失った左の槍を格納して一槍で応戦するヴァン。

 

 交差する2振りの剣と1本の槍。

 

 先ほどまで互角と言えた2人の剣戟であったが、今回に関しては一方的なものであった。

 

 ヴァンは氷空を舞うかのように白い軌跡を描く流麗な剣の舞を受け止める。だが、その表情に余裕は一切見られない。

 

《Eternity Gazer》

 

 ウラノスが光を纏いて振り上げられる。

 

「凍れッ!フォルストゥバスター!!!」

 

 蒼穹の斬撃に打ち放たれる氷結の刺突。蒼の斬撃がヴァンのすぐ隣の空間を斬り裂いた。

 

 ヴァンの砲撃は烈火の斬撃を押し返すことはできなかったがどうにか軌道を逸らすことには成功したのだ。

 

「そういうお前は随分と魔力が落ちているな。先ほどの大規模魔法の発動で堪えているようだ」

 

 ヴァンは弾かれたように背後を振り向く。

 

「もう遅い」

 

 蒼穹の剣が魔力の奔流を纏って眼前へ迫っていたのだ。

 

「させるものか!!」

 

 しかし、ヴァンもただでは終われないとオルトロスの柄でウラノスの斬撃を受け止めようとしている。

 

「な、何!?・・・ぐがっ!!」

 

 穂先では間に合わないと滑り込ませたオルトロスの柄が中心で両断された。これに驚愕したヴァンの鳩尾に烈火の蹴りが炸裂する。

 

 吹き飛ばされたヴァンが地面に叩きつけられた。

 

 

 空中から蹴り落されたヴァンの上空に佇んでいるのは白き天使。

 

「殺しはしない。だが、意識は奪わせてもらうぞ」

 

 烈火が(かざ)したウラノスに戦いを終幕へと導く蒼き光が宿る。

 

 

 俯きながら地面に膝をついているヴァンがオルトロスを握る腕に力が籠った。しかし、ヴァンは突如として頭を上げる。

 

「どうやらここまでのようだ。蒼い翼に黒炎を操る魔導師か。貴様の事は忘れん」

 

 ヴァンの足元に白銀の剣十字が現れて高速回転し始めた。

 

 

 

 

「凄いボウヤね。ますます欲しくなっちゃたわ!」

 

「ふん。奴ならあの程度は出来て当然だ!」

 

「やっぱりその澄ました理解者面がムカつくわね!」

 

 烈火とヴァンの戦いを尻目に再びシグナムとイヴによる拳撃の応酬が繰り広げられている。両者とも疲弊を一切感じさせない激しいぶつかり合いだ。

 

「はぁ・・・ここで時間切れかぁ」

 

 イヴは大きな溜息と共に背後に距離を取った。

 

「何の真似だ?」

 

「目的は達成したからもう家に帰らなくちゃいけないのよ。ホントは貴方の顔を泣きっ面に変えて、ボウヤの前で私にはかないませんって宣言させるつもりだったんだけどね」

 

「そんなことを許すと思うのか!!」

 

「許すも許さないも残念ながらもう手遅れよ」

 

 眉を顰めるシグナムに対して飄々とした態度を見せるイヴ。その足元にダークレッドの剣十字が出現した。緊急用の転移術式は戦いの前の時点で任意のタイミングで発現できるように予め術式が組み上がっていたため、既にいつでも跳べるのだろう。

 

「この私をここまで追い込んだのは貴方が初めてよ。ねぇ、シグナム」

 

「私の名を知っているのか?」

 

「あら?貴女だって有名人だもの知ってるわよ。炎の剣を振り回す牛みたいな胸をしてる凄腕の騎士がいるってね」

 

 イヴはなし崩し的に戦闘へ突入してしまったため、名乗りを上げていないはずのシグナムの名を紡いだ。

 

「私と戦って倒れずに立っているのも貴女が初めてよ。本当なら徹底的にヤりあって私の方が上だって白黒はっきりさせたいんだけどねぇ。あっちのボウヤも期待以上だし・・・でも、これ以上、此処にいたら私たち怒られちゃうし、此処でお別れよん!」

 

 イヴの瞳がシグナムを射抜く。

 

 シグナムも言葉とは裏腹に濃厚な殺気が滲み出ているイヴの瞳を一歩も引くことなく射抜き返した。

 

 睨み合う2人の美女・・・

 

「また逢いましょう。その時は騎士道精神もプライドも何もかも打ち砕いて完全に屈服させてア・ゲ・ル!」

 

 イヴが地面に落ちているダーインスレイヴの柄を蹴り上げてその手に収めた瞬間に術者本人の姿が消え、結界内から魔力反応が消失した。

 

 

 

 

「逃がすかッ!!」

 

 烈火が双剣を重ね合わせるように振り下ろし十字架の斬撃を飛翔させる。先ほどまでとは込められている魔力量が段違いだ。

 

 

「次に会うときは俺がお前を・・・」

 

 ヴァンが立っていた一帯を爆炎が包み込む。烈火の斬撃〈イグナイトエクスキューション〉が大地を割って爆風を周囲に吹き荒らさせる。

 

「間に合わなかったか・・・」

 

 烈火の視線の先にヴァンの姿はない。イヴ同様、転移術式が発動してしまっていた為、追撃は間に合わなかったようである。

 

 

「そちらも逃がしてしまったか。怪我はないか?」

 

 烈火の背後から凛とした声が響く。

 

「ああ、危ない場面はあったがとりあえず問題な・・・いッ!!!???」

 

 声の主の方に振り向いた烈火の顔が実った林檎の様に深紅に染まった。

 

「どうしたのだ?まさかどこかやられたのか!?」

 

「い、いや!体は問題ない。それよりそれ以上近付かれると・・・」

 

 シグナムは様子がおかしい烈火を心配するように駆け寄ろうとしたが、烈火は慌ててそれを制した。烈火の行動に首を傾げるシグナムであったが、彷徨っている視線が時折、自身のある一点に注がれていることにようやく気が付いてしまった。

 

 

 烈火の眼前に佇んでいるシグナムは一言で言ってしまえば魔導師の収束砲撃(ブレイカー)よりも危険な代物である。

 

 未だに吹き荒れる乱気流に揺れる髪を抑えて立っているシグナム。

 

 羽織が吹き飛んだことと髪を手で押さえている為に普段は見られない白い腋が露になっており、更に吹き荒ぶ風によって甲冑のスカート部が舞い上がって肉感がありつつも引き締まった太腿が姿を覗かせている。

 

 ここまではシグナムの騎士甲冑のデザイン上まだ許容範囲であるが、そこから先が大問題であった。

 

 シグナムはイヴの膝蹴りを腹部に2発受けている。装身バリアで防御した為に大事には至らなかったが彼女の甲冑はそうではない。

 

 腹部の甲冑が吹き飛んだ影響で括れて無駄な肉が一切ついていない腰や腹が大胆にも露になっていた。

 

 その影響は腹部露出だけでは収まらない。普段は甲冑を中から押し上げている彼女の実りに実った果実の北半球が何もしていない状態でもほとんど剥き出しとなっているのだ。

 

 それに加えて周囲には激しい気流が吹き荒れている。

 

 シグナムは甲冑展開時に上の下着を身に纏っていない・・・

 

 

 

 

「っっっっっぅぅぅ!!!!!!???み、見るなぁッ!!!!」

 

 シグナムは自身の胸元を覆い隠すようにしゃがみ込んだ。烈火に負けず劣らずかそれ以上に顔中を赤らめている。

 

 

 時空管理局最胸と称されるシグナムの爆乳は戦闘で損傷した騎士甲冑が風で巻き上げられていた為、烈火の眼前にその全てを晒してしまっていたという事である。

 

 

「あ、あ、す、すまないッ!!!」

 

 パニック状態で言葉が出てこない烈火であったが慌てて身体をシグナムから反転させて視線を逸らした。

 

 しかし、視線を逸らしても男女問わずの理想を体現しているともいうべき女神的女体が頭から離れる事はない。

 

 振り向く寸前に勢いよくしゃがみ込んだシグナムのスカートから覗いた黒い下着や彼女の細腕で覆いきれず押し潰れている胸が一瞬見えてしまった為、より一層記憶に焼き付いてしまっていたようである。

 

 普段の様相とかけ離れてパニックに陥っている2人の様子はシグナムと付き合いの長いシャマルや烈火の幼馴染であるなのはが見たら腰を抜かしてしまうであろう程の物だったとかなんとか・・・

 

 

 

 

 程なくして周囲を覆っていた結界が硝子が割れるかの如く砕け散った。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

まともな休みが暫くなかったことといろんなことが重なって心身共にかなり参っており前話からかなり間が空いてしまいました。

現実世界以外でもいろいろ思うところもあり執筆開始以降初めてモチベーションがマイナス方向へ振り切っていたことも影響しているかもしれません。

今回はキャラ紹介のコーナーはございませんが活動報告にちょっとしたお知らせがございますので興味がある方はそちらへどうぞ。

皆様の感想が私のリンカーコアとなっています。
ですので感想、お気に入り等頂けましたら嬉しいです。

では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!!

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