魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword   作:煌翼

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虚構絶望のReflection

 周囲を丸く水槽に囲まれた区画には月光が差し込んでおり、どこか神秘的な様子を感じさせている。

 

 そこに広がっていたのは地獄ともいうべき光景…

 

 クロノ・ハラオウン、東堂煉、黒枝咲良を始めとした、〈クロノ隊〉、〈東堂隊〉の面々は大樹を思わせる結晶の様なもので全身を串刺しにされており、流れ出る鮮血でその身を汚しながら呻き声と悲鳴に苦しみ悶えていた。

 

この区画はオールストーン・シーの象徴足る巨大な緋色の鉱石が在ったはずの場所…

 

 

 そして…

 

 

「う、嘘…だよね?こんなのってッ!」

 

 巨大鉱石が展示されていた水槽の前に力無い様子で項垂れているのは―――キリエ・フローリアン。一連の事件の主犯格であった。

 

 癖毛気味の前髪から覗く瞳は困惑に揺れており、病魔に侵されている父を救うと必死だった先ほどまでのキリエからは想像もつかない雰囲気を感じさせる。。

 

「イリス…」

 

 キリエは何かに縋る様に、否定するかのように、今ここにいない親友の名を震える声で紡いだ。

 

 

 

 

―――この永遠結晶の中には悪魔が一羽眠っているの…途方もない力を持った悪魔がね

 

―――悪魔(此れ)は星を救うだとか、貴女のパパを助けるだとかっていう目的には使えない

 

 

 脳裏に残響するのはイリスの言葉。

 

 

―――だって此れは星を殺す悪魔だから

 

 

 キリエにはイリスの言っていることが理解できなかった。キリエの父を救うには、荒廃するエルトリアを救うには〈永遠結晶〉と言われるものが必要と聞かされていた。

 

 それがあるのが地球という惑星、永遠結晶の場所を捜索する為に必要なのが〈夜天の魔導書〉…その為に宿主である八神はやてからをそれを拝借し、永遠結晶の力を以て、父であるグランツ・フローリアンの病魔を祓い、エルトリアを救済が完了した後に夜天の書を彼女らに返還する…これこそが一連の事件の真相であった。

 

 

 そうであるはずなのに…

 

 

 

 

―――永遠結晶はエルトリア救済のための力だって言ったよね!?

 

―――ごめんね、嘘をついたわ

 

 

 全て悪い冗談だと…そう思いたかった。

 

 

―――パパの病気も治るかもって!?

 

―――それも嘘…こうでも言わないと貴方を手伝わせることができなかったから

 

―――必要だったのよ。実体を持たない私に変わって永遠結晶を探してくれる人がね

 

 

 キリエの想いは、長年抱いて来た信頼は悲しい現実によって切り刻まれる。

 

 抱いた想いは幻想であり、叶えたかった願いは夢想と化した。

 

 それでもキリエはイリスの事を信じていたかった。これまで過ごしてきた彼女との日々は決して…

 

 

―――イリス…嘘だよね?いつもみたいにからかってるだけだよね?

 

 

 否定の言葉が欲しかった。

 

 幼馴染であり、親友であり、もう一人の姉のような少女に違うと言って欲しかった。

 

 

―――そうね、嘘だったわ。貴女に話した事も、過ごした日々も、出会ってからの全部が嘘だったの

 

 

 そこにあったのは虚構と偽り。

 

 イリスはキリエの抱いていた想いも信頼も…過ごしてきた日々も、何もかもを踏みにじる様に全てを否定した。

 

 その瞬間、キリエの口には鉄の味が広がり、腹部に感じる激痛と共に理解が追い付かないままに跪く。

 

 イリスが自分を撃った…キリエにはこの現実を寛容できるはずもなかった。

 

 

 だが、イリスは今もまだ自分に縋ろうとしているキリエを罵倒し、これまで溜め込んで来たと言わんばかりに彼女への鬱憤を言葉に乗せて紡いでいく。

 

 くだらない事てうじうじと悩み、何かあれば自分の下へと泣きついて来た少女。

 

 時には親身に寄り添い、時には彼女を叱り、時には共に駆け回った。

 

 キリエの要領の悪い部分を窘め、彼女に進むべき道を何度も指し示してきた。

 

 それは地球へとやって来た今この時に至るまで…

 

 

 キリエは1人で何も為せないのだと、侮蔑の想いを込めて吐き捨てる。彼女は言われるがままに動くただの傀儡であったのだと、その役目は終わったのだと。

 

 

 

 

―――あたしは人工知能なんかじゃない…エルトリアで暮らしてた人間だった。だけど、この悪魔に命も家族も全部奪われて、心だけが生き残ったまま、あの遺跡板の中で眠ってた

 

 

 初めて聞くイリスの真実。

 

 

―――だからずっとずっと、眠ってる間もずっと探してたの。この悪魔に復讐するための方法を…

 

 

 イリスは背後で膝を抱いて目覚めぬ〈悪魔〉を憎悪の視線を以て射抜いた。

 

 復讐…それこそが彼女の目的…それはようやく理解した。そのために自分を利用していたことも…

 

 だが、なぜ自分にも目的を黙っていたのか、それを教えてくれされすれば、地球(他世界)への侵攻などせずに済んだのに…

 

 抱いていた信頼を踏みにじられたキリエがこのような思考に到達してしまう事は無理もないのかもしれない。

 

 これだけ理不尽な目に合わされたのだから、感情を持っているならば当然であり必然、だが…この場、この状況においてそれは何よりも間違った考えだ。

 

 

 

 

―――心から願った想いがあるなら…他人に迷惑をかけても仕方ない

 

 

 イリスの口元が妖しく歪む。

 

 

―――キリエだってそうやって願いを叶えようとしたでしょ?

 

 何故ならばキリエだけは決して抱いてはいけない想いであったからだ。

 

 

―――ぁ、あぁ、っ…

 

 

 心が砕けた音が聞こえた。

 

 行動指針を失ったキリエの心にはイリスの言葉と共に雪崩の様に罪悪感が押し寄せる。

 

 高速道路から叩き落したアルフとザフィーラ、撃墜したはやてやシャマル、アミティエ。小さな体で最後まで主を守ろうとしていたリインフォース・ツヴァイに対して引き金を引いたこと。

 

 

 それも全て背負うつもりであった。父の回復とエルトリア救済という願いを叶えるためには、仕方のない事なのだと、正しい事を成しているのだと…

 

 しかし、抱いていた気になっていた覚悟は硝子の様に砕け、幼い頃から抱いて来た信頼も憧れも全ては偽り、自分はイリスの復讐の片棒を担がされ、勝手な理屈を振りかざして、彼女らに対して危害を加えていただけなのだという現実を目の当たりにしてしまったのだ。

 

 八神はやてとヴォルケンリッターからもう1人の家族に等しい夜天の書を奪ったことがどれほど罪深い事であったのか、父を失いかけている自分と同じ…いや、生まれ落ちた環境的要因というある意味、天命と言えるものではなく、何の関係もない他者の理屈(エゴ)を押し付けられた末の……比べる事すらおこがましい事をしでかしてしまったのではないか…

 

 キリエは自分の願いを叶えるためにはやて達の想いを無視し、その身を傷つけた。イリスもまた、自らの願いを果たすためにキリエを利用した…両者のしたことは本質的には何ら変わりない。それが今ここにある現実であった。

 

 

 止めどなく涙が零れ、嗚咽が漏れる。

 

 

 イリスはキリエに興味を失ったかのように、視線すら向ける事もなく空へと消えて行く。

 

 

 

 

 キリエには最早、イリスに言葉をかける勇気も追いかける力も残ってはいない。

 

 今まで自分を導いてくれた存在は虚構であり、世界を超えてまで自らの過ちを正してくれようとした姉をこの手で撃った。

 

 切り捨て、切り捨てられた彼女には助けになってくれる誰か(・・)などいる筈もなく、月光に照らされる館内に残され、独りぼっちで泣くことしかできなかった。

 

 

 

 

 オールストーン・シーの上空ではイリスが伴った〈悪魔〉を文字通りその手で叩き起こし、目を覚ましたソレと周囲を取り囲む管理局の部隊が戦闘状態に陥っていた。

 

 

 ふわりとした金髪に小さな体躯、それに反比例した露出の多い騎士甲冑に非固定浮遊部位(アンロックユニット)ともいうべき巨大な盾を思わせる翼〈魄翼〉を携えた―――ユーリ・エーベルヴァイン…悪魔と言われていた少女はイリスが流し込んだ〈ウイルスコード〉によって楔を打ち込まれ、自らの意思に反して管理局員に牙を向く。

 

 

 

 

「止めるぞ!」

 

「はい!」

 

 蹂躙が始まろうとしていたその瞬間、シグナムとフェイトが到着し、間髪入れずに参戦の構えを取った。

 

「…ユーリ」

 

 イリスが呟いた一言…次の瞬間にはこの場にいる魔導師達の中でも屈指の実力者達は海面へと叩き落されようとしていた。

 

 

 ユーリは魄翼を巨大な腕部を持つ攻撃兵装〈鎧装〉へと変化させ、高速機動型のフェイトを上回るスピードでその頭蓋を掴み取り、シグナムに向けて投げつける。

 

 そして、フェイトを受け止めたシグナムを2人もろとも叩き落したのだ。

 

 

 しかし、海面寸前でレヴァンティンが轟炎を帯び、空打ちした紫電一閃が海面を割り、その反動を利用して激突を回避しつつ、2人は上空へと舞い上がった。

 

「逃げられた…?」

 

 イリスは退避と同時にフルオートで撃ち放たれたプラズマランサーの雨に対して鬱陶しそうに眉を顰め、ユーリの攻撃から逃れるばかりか、自分に牽制まで入れて来た2人に対して僅かに驚嘆の表情を浮かべていた。

 

 イリスからすればこれまでの戦いで手の内を解析した魔導師など襲るるに足らないと思っていたからであろう。キリエは随分と手を焼いていたようだが、ユーリのような例外を除けば、魔導師はフォーミュラ使いには勝てない。

 

 そして、キリエよりもイリスは強い。さらにユーリはそれすら上回る。

 

 加えてユーリには生命力を結晶化して奪い取る能力がある。イリスが失った体を取り戻せたのはこの能力によってクロノらから生命エネルギーを奪い取ったからであるし、この力は攻撃にも転用が可能だ。

 

 フェイトとシグナムを海面に叩き落した後に結晶樹で串刺しにして、エネルギーを奪い取りながら始末するはずであったにもかかわらず、発動前に躱されたのは予想外であったが、どちらにせよ僅かに寿命が延びた程度の差でしかない。

 

 攻撃有効範囲に入って足を止めた時点で戦闘不能…要は近づいただけで皆殺しなのだ。

 

 イリスが抱える戦力は自身も含めて2人。取り囲むのはエース級魔導師を含めた数十人の管理局員。しかし、ユーリが立っているだけで勝敗は決していると言っていいほどに圧倒的な戦力差がある。

 

 現在の戦力でユーリを打倒できる者はいないのだから…いや、ウイルスコードに縛られずに本来の力をフルに発揮できるユーリも〈システム・オルタ〉を操る者達をも、真正面から捻じ伏せる事の出来る存在はたった1人だけいたのかもしれないが、彼女はあの雪の日に氷空(そら)へと還って逝った。

 

 故に数的有利は何の意味もなさない。

 

 

 

 

「イリス…私は…」

 

 ユーリは自分がイリスにどう思われているのかを理解しているのだろう。自分だけならばどうなってもいい、だが関係のない者達を巻き込みたくはないのだと懇願するかのようにウイルスコードを振り払って言葉をかける。

 

 イリスはユーリに対して無機質な瞳を向けるのみで返答はしない。ユーリはもっと苦しみ悶えねばならない。この星の全てを壊すためには彼女の力が必要で自分が味わった消失も、理不尽も、痛みも全てを味合わせなければ彼女の復讐は完遂されないのだから…。

 

「…意思も力も自由にはさせない。大切な命も、無関係な命も、その何もかもを壊し尽くした世界で、独り泣き叫びなさい」

 

 しばしの時を置いてイリスの口が開いた。

 

 この場に参戦したディアーチェと彼女が開いた門を伴ってやってきた傷だらけのシュテルとレヴィ。そして、同じく姿を現したはやてや先ほどユーリに臆することなく向かって来たフェイトやシグナム。そして他の魔導師達を一瞥し、心底愉快だと口元を歪める。

 

 イリスにとっての復讐は此処が始まりなのだ。自分や大切な者達を殺し尽くし、裏切った悪魔への復讐は…

 

 

 

 

「…へぇ、意外ね」

 

 次の瞬間、表情にしっかりと現れるほどに驚きを見せたイリスは背中に感じる冷たい感触の正体を確かめるように背後を振り向く。自分の手足となり働いてくれた事への些細な感謝として生命力は奪わなかったとはいえ、心を打ち砕かれた彼女がここまで追って来るのは少々予想外であった。

 

 

「イリス…私は…」

 

 そこにいたのはキリエ・フローリアン。その手に持った小銃型を握る腕に力が込められる。

 

「撃ってもいいわよ?一撃だけは反撃しないであげる。でも、その引き金を引いたら貴方のパパもママもお姉ちゃんも死ぬより酷い目に合わせるけどね」

 

「ぇ…っ…」

 

「やっぱり撃てないのね。アンタはあたしがいないと何もできない臆病者」

 

 銃口の震えと共にキリエの心も揺らいでいく。

 

「弱くて、泣き虫で…冴えない娘」

 

 子供の様な身勝手な理屈を振りかざして、この青い星に災厄を(もたら)し、用済みとなった傀儡人形。

 

「ち、違う…私は!」

 

「違わないわよ?」

 

 キリエは覚悟を以てこの場に来たわけではなかったということだ。ただ、目の前の現実から目を背けながらも、何かをしなければという焦燥感に駆られてやってきてしまっただけ…そんなキリエに、イリスは淡々と真実を、現実を述べていく。

 

 

「現実は絵本とは違うの。一人じゃ何もできない女の子は大人になってもそのままだし、願いが叶う指輪もただの絵空事。そんなものはこの世界のどこにもないわ」

 

 自分達が生きる現実は理不尽に溢れている。時には何かを失い、何かを諦め、辛い思いを押し殺して生きていく…それがこの世界の理。

 

 この世界で叶えることができる願いは自らの能力の範疇の物だけ、才能、境遇、容姿…才覚に溢れる者ほどその範囲が広がっていく、ただそれだけの話なのだ。

 

 その範疇を超えた願いを抱けば、それ相応の報いを受ける事になる。1人では何もできないお前が大願を抱いたばかりに地球はこうなったのだと、まるで嘲る様にイリスは言葉を紡ぐ。

 

「悲しい物語は悲しいまま終わるの。幸せな終わり(ハッピーエンド)なんてものはただの幻想よ。ましてや、あたしの人形でしかないアンタがそれを掴もうするなんて滑稽を通り越して…もう、言葉が出てこないわね」

 

 報われない不条理が、圧し潰されそうな理不尽が当然の、絶対的な法則として成り立っているこの世界で意志も覚悟も伴わない大きすぎる理想を追い、溺死する事のなんと無様な事か…そう言い残したイリスは言葉を締めくくり、その腕に〈ヴァリアントユニット〉を生成し、キリエに砲身を向けた。

 

「っ…ぅ、ぅ…っっ!!」

 

 淡々と告げられる現実に視界が涙で歪み、思考が掻き乱されていく。キリエは力の限りザッパーを握りしめるが、そのトリガーを引くことはなく、銃身が下を向いていく。

 

 彼女の心は限界を超えていた。残酷な嘘、認めたくない現実…だが、目の前で悲劇が起ころうとしているのもまた現実…しかも、その原因が自分にある。だから止めなければと戦場に出て来てみればこの様だ。

 

 もう何も考えたくない…キリエは思考を放棄し、迫り来る痛みに身を固くしたが、視界の端で青い光が煌めいた。

 

 

 

 

「そうやっていろんなことを諦めて来たんですね」

 

 キリエは余りに聴き慣れた声と、ここにいる筈のない人物の出現に驚愕を隠しきれない。

 

 全身に青き光を纏った赤毛の女性…なぜ彼女が此処にいるのか。なぜ自分を庇うように、守るかのようにイリスと対峙しているのか…許されないことをしたはずの自分を……

 

「アミ、ティエ…ッ!?」

 

 イリスは頬を掠めた銃弾を放った人物―――アミティエ・フローリアンを忌々し気に睨み付けた。

 

「貴女にも悲しい事があって、沢山の綺麗だったものを失ったのだと思います。そのことに関して私がとやかく言えることはありません。世界は理不尽に満ちている…私もそう思いますから…」

 

 アミティエはどこか憂いを感じさせる表情を浮かべ、イリスと相対している。キリエはいつも笑顔を絶やさず、憎らしいほど前向きな姉の初めて見る表情に呆気に取られていた。

 

 キリエは今現状、フローリアン家が置かれている現状を彼女ほど詳しくは知らない。それらの全てをアミティエが一手に引き受けているからだ。

 

 住民達にすら見捨てられ、荒廃した惑星で暮らし、未だに惑星再生という夢物語を掲げている変わり者一家をエルトリアからコロニーに避難した人々はどう見ているであろうか。

 

 

 〈サンドワーム〉を始めとした危険生物相手に真っ先に飛び出していくのは誰かであったか。

 

 彼らとの戦闘を重ねるたびにアミティエは感じていた。エルトリアに巣食っている〈死蝕〉という病の進行は手のつけようがないほどに酷いのだと、あの砂ばかりになってしまった故郷は命を育む船には、もうなり得ないのだと…

 

「ですが…自らが感じた絶望を祓うために他者を陥れることが許されるはずがありません。たとえ、どんなに悲しい事があったのだとしてもです」

 

「こ、小娘がッ!分かったような口を…っ!!」

 

 イリスはアミティエの言葉が気に障ったのか、瞳を見開いてキリエが見たこともないような表情を浮かべている。死にゆく世界の中で失う事に向き合うだけのただの良い子が、自分が味わった絶望を知らない小娘が、これまで歩んで来た軌跡をまるで悟ったかのような口ぶりで語るなと言わんばかりに激昂したのだ。

 

 しかし、対するアミティエはあくまで冷静であった。

 

 目の前の怒気から視線を逸らすことなく、イリスに対してどこか憐れむように否定の意を込めて、真っすぐに翡翠の瞳を向けている。

 

「こ、…のっ…」

 

 反論しようとしたイリスであったが彼女自身も自らの行いが道理から逸脱している部分を自覚している為か、昂る感情とは打って変わって、アミティエの正論に言葉を詰まらせている。

 

 しかし、イリスは復讐の為だけに生きてきた。目の前の小娘に諭された程度でその歩みが止まるはずもない。とどのつまりは邪魔者でしかないのだ。そして、自分に銃を向けたキリエも同様…

 

 ならばすべきことは一つしかない。

 

 

 

 

「やりなさい。ユーリ……皆殺しよ」

 

 序曲(トリガー)は引かれた。

 

 停止していた悪魔が場を地獄に染め上げようと動き出す。

 

 ユーリは瞳を赤く染め、手始めと言わんばかりに巨大な拳をアミティエに向けて振りかざした。対するアミティエも〈アクセラレイター〉を発現させ、自らの得物を構える。

 

 イリスはそんなアミティエの様子を受けて内心でほくそ笑む。彼女1人であればどうにか回避可能であったのかもしれないが、背後にはまだ戦闘に参加できるような精神状態でないキリエがいる。故に回避という手段はとれず、ユーリの一撃はフォーミュラスーツを纏っていようと受け止められるわけがないからだ。

 

 そして、周囲を取り囲む管理局員には命を吸う結晶樹が迫る。

 

 

 

 

「な、何ッ!?」

 

 始まろうとした殺戮を斬り裂くかのように、夜の闇の中で煌めいたのは桜色の極光…

 

 視界を埋め尽くす星光は防御に回った悪魔の翼を軋み上がらせ、ウイルスコードに囚われているユーリの表情すら変えて見せた。

 

 ただ、それだけの戦場に置いて相手の攻撃を防御するという何気ない行為であったが、イリスにとってはそれすらも驚愕に値するものであったということだ。

 

 彼女が従えている悪魔は個人という戦闘単位を逸脱した存在…多少の計算違いはあったものの、突起戦力とされていたエース級の魔導師ですら自身に劣るキリエに歯が立たなかったのだ。それを遥かに超える戦闘能力を持っているユーリに対して僅かでも脅威を感じさせる相手がいる…またしてもイリスの予想が覆った。

 

 

 

 

 新たに戦場へと現れた存在はアミティエと似た色彩を纏い、左腕の白と青を基調とした巨大な砲塔を虚空へと向けている。

 

「…なのは?」

 

「なのはさん…」

 

 フェイトは初めて見る親友の姿に、アミティエは彼女と彼女のデバイスに頼み込まれて用意した置き土産が無事に稼働していることに対して声を漏らした。

 

 

 

 

「フォーミュラ・カノン―――フルバーストッ!!」

 

 星光が再び輝きを増す。

 

「…っ!?この力はっ!…まさか、アミティエのフォーミュラを…ッ!」

 

 煌めく光の中で表情を歪めるイリスであったがもう全てが遅い。

 

 放たれた砲撃は再び悪魔の翼を軋ませ、砲身が横薙ぎに振るわれれば、周囲を取り囲んでいた結晶樹は跡形もなく粉砕されていたのだ。

 

 

 

 

 目まぐるしく移り変わっていく状況について行くことができず、その光景をどこかぼんやりと眺めていたキリエにアミティエが声をかける。

 

「ねぇ、キリエ。魔導師って、この世界の言葉で魔法使いっていう意味なんだそうです」

 

「…まほう、つかい?」

 

 魔法使い…それは今は忘れ、記憶の奥底に沈んだ、幼き日には口に馴染ませた言葉。

 

 だが、キリエはその言葉と目の前の状況が結びつかないのか、困惑気に視線を向け、アミティエの解を待っている。

 

「…イリスが言うように、貴女が経験したように現実は絵本の世界のようには出来てはいない。沢山の不条理があって、自分の夢を叶えてくれるような物が溢れる優しい世界ではないのかもしれません。ですが―――」

 

 アミティエはかつて絵本を読んでいた時の様に、優しく諭すような口調でキリエに語り掛ける。

 

「悲しい物語の中でも、どれだけの傷を生むような闘いがあるのだとしても、泣いている子を助けてくれるような―――そんな、優しい魔法使い達は確かに此処にいました」

 

 目の前で始まってしまった悲しい物語…だが、そんな中にも光り輝く希望はある。そう言ったアミティエの視線を追ってキリエも並び立つ魔法使い達を見据えた。

 

 迫り来る理不尽にも、絶望的な状況にも、真っすぐに全力で向き合う光り輝く者達の姿がそこにはある。

 

 彼女達の姿を見ていると己の弱さが浮き彫りになり、胸が軋む。だが、目を逸らしてはいけない…キリエはそう感じていた。

 

 

 

 

 

 

「待っててください―――」

 

 戦場の中心で一際大きな輝きを放つ魔法使いはイリスに、キリエに…そして、この場の全ての人々に向けて己が想いを解き放つ。

 

 

 

 

「―――今度は必ず、私が絶対助けますッ!!」

 

 もう誰かが悲しい思いをしなくてもいいように、これ以上の悲劇を生み出させないために…

 

 

―――この物語を悲しいままで終わらせたりはしない

 

 

 それを誓うかのように、折れぬ決意と確かな覚悟…不屈の心を以て、高町なのはは混迷の戦場に舞い降りたのだ。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

今作を書くにあたってref、デトネの事を思い出してモチベは高まっているのですが、如何せん時間が取れず、更新速度が落ちていますがご了承ください。

そういえば、先週の後半くらいでとうとうデトネの国内上映分が終了してしまったそうですね。

てか、公開したのが約5ヵ月前かと思うと時間の流れの速さを感じますね。

refの外伝が連載中とはいえ、なのはレスがそれだけの期間続いているかと思おうと辟易してしまいます。

来年でリリカルなのはシリーズは15周年ですし、また劇場版とかアニメ新シリーズをやってほしいですがデトネを見る限り、シリーズの集大成感を感じさせる内容でしたので続編どうなることやら(涙)

正直、vividとforceは人気的にも厳しいでしょうし、内容が劇場版向きではないと思うのでやるとしたら中学編でオリジナルエピソードか、STSだとは思います。
映画向きではないのはSTSも同様かもしれませんが。


そして、今作もなんやかんやでreflectionは大詰めというか後半戦に突入します。
オリジナルのキャラクター達がいる事によって変わってくる掛け合いや展開を楽しんでいただけれは幸いです。

皆様からの感想が私のモチベーションとなっておりますので頂けましたら励みになります。

では次回会いましょう。

ドライブ・イグニッション!

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