魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword 作:煌翼
少年と少女が時空管理局が此度の事件での臨時本部としている拠点の一室で向かい合っている。
「なるほど、元凶は逃走中、夜天の書は戻って来ずか…」
「うん。やから、烈火君にはもう暫くここにいてもらう事になるんやけど…」
対面しているのは蒼月烈火と八神はやてである。どうやらはやてが今回の事件について新たに明らかになった情報を烈火に伝えているようだ。
レヴィが復元した夜天の書の紙片に眠っていた映像記録は衝撃的な物であり、事件の核心に迫る内容である。
本来であれば、レティやクロノらが吟味した最低限の情報をシグナムが烈火へと伝える手筈になっていたが、はやてがその任を担うと強く申し出た為、リインフォース・ツヴァイを伴って烈火の下へとやって来ているようだ。
「いや、構わない。それで管理局はどう動く?」
「今は交代部隊がイリスさん達を捜索中やから、足取りがつかめるまでは待機。その間にデバイスの改修と調整、休息として帰還してきたって感じやな。体制を整えて次の出撃でイリスさん、ユーリとちゃんとお話しして夜天の書を取り戻す心算や」
「そう、か…」
烈火はこの事件に対しての管理局の方針を尋ね、答えを返したはやてから視線を外す。
行動方針としては予測の範囲内であり、特筆する返答ではなかった。しかし、自らの問いに返答してきたはやての瞳から眩しいまでに力強い意志を感じ取ったからであろう。
自らの命に等しい夜天の書を奪われたどころか、それが今回の事件の根幹にかかわっていただけに飽き足らず、さらには真犯人によって行使されている…仮に烈火自身がはやてと同じ状況になったとしてこれほど落ち着いていられるとは思えない。
加えて自身を襲撃し、家族と友人に怪我を負わせ、八つ当たりのような理由で生まれ故郷を滅ぼそうとしている相手に対して懇情をかける意志さえ見せている。
やられたからやり返すのではなく、憎しみに憎しみをぶつけるのではない。そんな彼女…
時空管理局臨時本部の室長室とされている場所に浮かび上がっている電子モニターには今回の事件とは全く関係のない記録映像が流れている。
≪舞え、黒炎…!≫
映し出されていたのは蒼月烈火が〈ウラノス・フリューゲル〉の長剣形態〈アブソリュート・セイバー〉に漆黒の炎を纏わせ、斬撃魔法〈クレセントリベリオン〉を撃ち放つ光景。
黒炎の斬撃が神話の生物の遺骨を依り代に暴走した竜種の放つ火炎を燃やし尽くし、その半身を消し飛ばしたところで映像が停止する。
かつて〈特別管理外世界ルーフィス〉で起きた〈魔導獣事件〉の最終局面での出来事だ。
「貴女から話は聞いていたけど、あの男の子がこれほどの戦闘能力を持っているなんてね。この黒い炎は一体…?」
今回のエルトリアからの違法渡航者による事件を担当する最高責任者であり、〈違法渡航対策本部長〉の任に就いている女性―――レティ・ロウランは停止した映像を見て驚嘆の声を漏らした。
「それにソールヴルム式か。身柄を抑えておくのも納得ね」
レティは指で眼鏡を上げながら目の前の女性―――リンディ・ハラオウンへと視線を向ける。仮に烈火が管理世界から管理外世界に移住してきただけのただの民間人ならば、アリサやすずかの様に事件から遠ざければいいが、彼の戦闘能力はどう低く見積もっても管理局でも一握りしかいない魔導師ランクAAAに匹敵するであろうことは明らかであり、管理世界では稀有なソールヴルム式の使い手でもあるためそうもいかないのが現状だ。
さらに夜天の紙片から明らかになった事実から想像するにこの事件は思った以上に根深く、夜天の書に関係するユーリ・エーベルヴァインという存在から既にただの違法渡航者捕縛という単純なものでは済まされなくなっている。
それこそ、この事件は地球とエルトリアという2つの惑星の命運を左右するという所まで発展してしまっているのだから、失敗や敗北は許されない緊迫した情勢と言っていいだろう。
先の出撃の前にクロノがエイミィに言葉を漏らしたように蒼月烈火という不確定要素はユーリやフォーミュラという目の前の脅威とは、また違ったベクトルで危険な存在であるのだ。
エルトリアからの来訪者が他にいないとも限らないし、外部から烈火への接触がないとも限らない。
加えて、現在この周囲を覆っている巨大な封絶結界は管理外世界である地球の中で魔導師達の全力戦闘を可能にしていると共に逃走中のイリスらを閉じ込める働きを果たしている。
今回のアミティエの無断出撃は功を奏し、戦局的には有利に働いたがそんなことは何度も起こらないだろう。万が一、烈火が無断で動き、結界に異常を
ユーリを結界外に逃がしてしまえば、地球は死の星となるであろうし、夜天の書の悪用を許してしまえば、それこそ次元世界レベルでの災厄を齎すことになる。故に彼らの野望は此処で阻止しなければならない為、不確定要素は潰しておかなければならないということだ。
「それに…今の彼には戦って欲しくないもの」
「リンディ?」
レティは複雑そうな表情を浮かべているリンディに対して、普段の彼女らしくない様子に首を傾げながら問いかける。
リンディ・ハラオウンは身寄りのなかったフェイト・テスタロッサを養子として引き取るなど心優しい性格であることは言うまでもないが、彼女も利権と欲望渦巻く派閥争いをこれまで生き抜いて来た猛者であり、任務に私情を持ち込むことは珍しいと言えるからであろう。
「やけにあの子の事を気にかけてるのね」
蒼月烈火の身柄を保護することを真っ先に提案したのはリンディであった。無論、事件への影響を考えてという理由が最大の物であろうし、理屈も筋が通っている為に反対する者は誰1人として現れなかったが、長年リンディと付き合いのあるレティには明らかに蒼月烈火という少年に何かしら思うところがあるのだろうという節が感じ取られたのだ。
「ソールヴルムの事を調べてちょっとね。それに…もしかしたら将来の義息子になるかもしれない子だしね」
一瞬、複雑そうな表情を見せたリンディだったが、冗談交じりに言葉を返す。
「また、そうやって冗談ばっかり……って、あら?もしかしてあの子ってフェイトさんとそういう関係なの?」
「残念だけれどまだ違うと思うわ。可能性は十分あると思うけれど」
「でも、貴女がそこまで言うってことは、冗談じゃなさそうね…ちょっと話を聞かせなさいよ」
レティはリンディに何らかの考えがあることには気がつきながらも、敢えてそのことを指摘せずに話を進めていく。両者の長年の付き合いから成る信頼と結びつきの強さを感じさせるやり取りであった。
事件の話題から離れ、出会って今年が6年目になる少女に来たかもしれない春についての会話をしている様子は時空管理局高官とは思えない、どこにでもいるただの母親同士のようであった。
烈火は最低限の情報共有を終えたにもかかわらず自身の方を見つめて微動だにしない、はやてに対して怪訝そうな視線を向けている。
不満げに目を細めて睨み付けて来るはやてであったが、烈火にはそのような態度を取られる心当たりがないため、表層には出していないが内心では戸惑いを抱いているようだ。
「なんや、自分…
「…話の流れがよく分からんが、何をそんなにキレてるんだ?」
はやては烈火にジト目を向けている。若干頬を膨らませているその様子は彼氏の浮気の有無を問いただす彼女というよりは拗ねた子供のようだ。
対する烈火は彼女が何に憤っているのかまるで理解できず、首を傾げるのみであった。
「烈火さん!烈火さん!はやてちゃんは烈火さんがアミタさんと仲良くなったのが面白くないですよ!!」
「り、リインっ!?何を言うとるんや!そないな子供みたいな事を私が言うはずあらへんやろ!!」
これまで相槌を打っていただけであったリインフォース・ツヴァイは小さな体をふわりと浮かして何やら烈火に耳打ちしたが、彼女の甲高い声は若干離れていたはやての耳にも届いてしまったようであり、憤慨するように否定の声を上げるが、羞恥から来た真っ赤な顔と相まって些か迫力に欠ける。
「烈火君もええな!勘違いしたらあかんよ!」
「ん?ああ、分かった。といってもアミティエと仲良くなったつもりはないんだがな」
はやては顔に集まる熱に浮かされながら、やいのやいのと騒ぐ自分の事を不思議なものを見るかのように黙って視線を向けて来る烈火に先ほどのリインの発言を否定するかのように指を突き付けるが、彼の返答内容に僅かに眉が吊り上がる。
皆の前で行われた烈火とアミティエの通信に特筆すべき点はなかった。ニコニコと笑みの絶えないアミティエの様子が若干気にならなくもなかったが、烈火の方はいつも通りの不機嫌面であり平常運転と言えたであろう。
シグナムから伝達の任を引き継いだのは、そんな通信の中で気になる要因があり、今回の事件の情報を伝えるついでにちょっとした嫌味を言ってからかってやろう程度の思いつきからであった。
だからこそ、烈火の前で狼狽えているこの状況ははやての意図するものではない。
「事件についてはあらかた理解した。次の出撃も近いだろうし、八神はもう休んだ方がいい」
本来ならば、こんなはずではなかったのだ…
(アミティエと…八神、かぁ…)
八神はやてと蒼月烈火が出会ってから間もなく半年が経とうとしている。彼女から見た彼は親友の幼馴染、家族を助けてくれた恩人、学校のクラスメートといった物であり、少々特殊な経緯があったとはいえ、最近親しくなった友人という所には変わりなく、それ以上でもそれ以下でもない。
烈火の幼馴染であるなのはが彼と親しいのは当然の事であろうし、自宅が隣同士のフェイトは他の面々より彼と過ごす時間が長いのは致し方ないことだろう。だが、出会ったばかりのアミティエと名前で呼び合う彼の姿を見てどこか思うところがあったのも事実だ。
しかし、だから何だというのだ。
はやては今、家族との絆の証である夜天の魔導書を取り戻すため、地球とエルトリアの存亡をかけた戦いに臨もうとしている。
(せや…落ち着くんや。リインの発言は子供が思わず口に出したことが大人が答えにくいもんやったみたいな感じなんや)
瞳を閉じて大きく息を吸い、静かに吐き出す。
(落ち着くんや…対人対話の場数は同年代と比較にならんはずや!私がこんなことで動揺するはずがない)
経験が浅いとはいえ、はやては捜査官として勤務しており、仕事として人と話す機会も多い上にその内容も腹の内を探り合うような物ばかりだ。良くも悪くも感情を表に出しやすいなのはやフェイトよりもこの手の腹芸には長けている自信もある。
乱れた心を立て直すなど造作もない事だ。
(せやせや!ロッサのチャラい言い回しにも動じへんようになってきたやないか…だから落ち着くんや)
相手が本当に付き合っている相手ならば致し方ないにしろ、蒼月烈火に関してはただの友人だ。彼が誰と親しくしていようがどうでもいい事であり、大事な戦いを前に心を乱すような事柄ではない。
自分から近づいて来ない烈火と比較するまでもなく、最近知り合った〈聖王教会〉の高官であるカリム・グラシアの義弟であり、やり手の捜査官として知られるヴェロッサ・アコースの方が異性として意識させられる機会は多い。
最も、彼の場慣れした態度とはやての異性との密着経験の無さによるところが大きく、ヴェロッサ的には狼狽える彼女をからかって楽しんでいるだけであろうし、恋人というよりは兄妹のような関係と言えるだろう。
そんなヴェロッサの態度にも最近はようやく耐性が付いて来たのか、徐々に動じなくなってきている。
それを思えば取るに足らないことだ。
まあ、烈火に対しても異性として意識した事がない…わけではない。
―――お、おい八神?
―――…ぁぁ…ぁうう
初めて八神家に烈火を招いた時にちょっとしたトラブルが重なり、身体を抱きかかえられるように密着したことを思い出してか、はやての顔に熱が差す。
(あかん!あかん!あんなもん事故や!ノーカンや!!呼吸を整えて目を開くんや…なんてことはない…よし!)
目の前にいるのはクラスの男子と同じ自分の顔と身体を見て鼻の下を伸ばしているようなただの男の子であり、自分は末っ子の思わぬ発言に動揺してしまっただけのちょっとした事故であり、どうということはない。
はやては熱を振り切る様に何度か首を振り、意を決したかのように瞳を開く。
そう…前髪をかきあげられ額に感じる冷たい掌の感触も、眼前に広がる端正な顔立ちもはやてにとってはどうということはない。
顔のパーツの一つ一つが整っており、ユーノ・スクライアほどではないが線が細く中性的な印象を感じさせ、女装でもすれば女性と区別がつかないのではないかと、目の前の光景にぼんやりと思考を巡らせている。
「八神、大丈夫か?体調が悪いのなら次の出撃から外れた方がいいかもな」
烈火の氷のような蒼い瞳が困惑と僅かな心配の感情を覗かせながらはやてを射抜き、その一言が彼女を現実に引き戻した。
1人で忙しなく百面相していたはやてに困惑していた烈火であったが、彼女が首まで顔を赤らめて唸っている様を見て、前回の戦いのダメージがここに来て響いて来たのだろうか、熱でもあるのだろうかと手近な方法で体温を測ってみたのだろう。
「な、な、なななななっっ!!!???」
突然の接近に整えた呼吸が乱れ、心臓が跳ね回る。
完全に虚を突かれた…
はやては身体中を真っ赤にして今日一番にテンパっていた。浮かされる熱に思考が掻き乱され、瞳が潤む。
程なくして、ボンという爆発音とともに顔から湯気を出し
「とても調子が良いようには見えんな。夜天の書の事で気合が入るのは結構だが、その状態では次の戦いは厳しいだろう。事情を説明して配備から外してもらった方がいいんじゃないか?」
間違っていないようで間違っている烈火の発言に対して、違う…そうではないと声を大にして言おうとしたはやてであったが……
「ぅ…ぁ…あ、ぅぅ…」
烈火の腕の中に収まっているこの状態においては残念ながらそれどころではなく、真っ赤な顔をして蚊の鳴くような声で唸るのみであった。
そして……
「全く…ああ見えて我らの主は繊細な御方なのだ。余りいじめてくれるなよ」
「いや、別にそんな心算はなかったんだが…」
リインからの念話によって部屋に招かれたシグナムは聞かされた事の顛末に溜息を零した。むしろ気を使ったはずなのにと不満げな烈火の額を白魚のような長い指で軽く小突き、完全にショートしてしまい気を失ってソファーに横たわっているはやてを穏やかな顔で見下ろしている。
(夜天の書の事を御一人で抱え込み、肩に力が入っていた主の気を紛らわせてくれた事には感謝せねばな)
シグナムは大きめのソファーで丸くなるように眠っているはやての目にかかっていた前髪を指で退ける。
「…んぅ、んふ…ふぅ…」
シグナムは心地良さそうな寝顔を浮かべるはやてを姉のように母のように慈しむかのような表情を浮かべながら見下ろしていた。はやての耳元には彼女を真似るように同じような体勢でリインも眠っており、小さな体で相当な疲労を抱えていたという事を感じさせる。
普段は最前線に立つことの少ないはやてとリインにとっては此度の激戦に次ぐ激戦による疲労は心身共に色濃く残っている事は想像に難しくない。
加えて夜天の書を奪取されてしまった。しかも、自分が単独行動を取っていた時を狙われたばかりか夜天の書が今回の事件の根幹部を担ってしまっている。夜天の魔導を用いてこれ以上の被害者を出すわけにはいかないとこの事件にかける思いはアミティエやキリエにも負けていないだろう。
それでも気丈に振舞っていたのは奪取された夜天の書の事を思っての事だ。必ず取り戻す…そして、この事件をより良い形で終わらせる。その思いが今のはやてを突き動かしているのだ。
しかし、主である彼女は闇の書の罪も被害者遺族の恨みも自らの内に抱え、それについての苦悩や悩みを周囲に打ち明けることは少ない。はやてが抱える闇の書…夜天の書の宿主という肩書き…奪われたままにしておくわけにはいかないという責任の重さは若干、15歳の少女が背負うには余りも重い。
だからこそ、夜天の書の主でも、管理局の若きエースでも、聖祥五大女神でもない…ただの八神はやてとして接してくる烈火との会話が知らず知らずのうちに彼女の肩の荷を軽くする要因となっていたのかもしれないということであろう。
(とはいえ…こちらはそうでもなさそうだが)
シグナムは椅子に腰かけ、窓の向こうを眺めている烈火の意識を引き戻すように咳払いをする。
「…今は立ち止まっていてもいい。よく考えて後悔の無い選択をすればいい」
言葉は少ないが重みを感じさせる発言に僅かに驚愕を滲ませた烈火を尻目にはやてを横薙ぎに抱え、シグナムは部屋を後にした。
烈火が胸の内に抱えていることは彼自身が折り合いをつけて行かなければならない事であり、強引に道を定める事は彼の為にならないであろうし、現状の限られた時間の中で出来る事は皆無であろう。
無言で今の烈火を置いていくこともしたくはないが、彼と共にいる猶予は今のシグナムにはないのだ。複雑な心境を押し殺し、シグナム自身も迫る決戦へと向けて心の撃鉄を静かに叩き上げていく。
シグナムの気遣いに僅かに動揺している烈火は自身の通信端末が着信を知らせている事に気がつき、画面を空中に出力した。
《あ!やっと繋がったよ!!もう、何やってたの!?》
《な、なのは…ちょっと落ち着いて》
出力したモニターには高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの姿が映し出される。背後には食器を御盆に乗せた管理局員達が疎らに往来しており、本局に滞在していると聞かされていた彼女達は管理局の食堂施設のような場所にいることが窺い知れる。
「立て込んでいて気が付かなかったようだ」
《ようだ…じゃないんだよ。全然、悪びれる様子もないし》
無言の烈火が端末の画面をスクロールするとそこには〈高町なのは〉が何件かと〈フェイト・T・ハラオウン〉が疎らに表示されていた。
頬を膨らませたなのははプンスコという擬音が聞こえてきそうな様子で不満げな表情を浮かべており、隣のフェイトはそんな彼女を窘めるように苦笑いを浮かべている。
「それで出撃前の大事な時に俺に通信なんてよこしていていいのか?」
烈火は先ほどのはやてといい、目の前の2人といい、緊急事態であるにもかかわらず、随分と気楽な様子だと画面越しの2人を半眼で見つめながら肩を竦めた。
《体調管理くらい自分で出来るもん!それにフェイトちゃんが烈火君とお話ししたいって言ったから…》
なのはは烈火の不遜な態度に形の良い眉を歪めていたが、コホンという咳払いと共に気持ちを切り替えて本題に入るようだ。ちなみになのはの口から体調管理というワードが出た瞬間、フェイトがジト目で隣を流し見た事に当人は気が付いていない。
《う、うん。あのね…ごめんなさい》
フェイトは申し訳なさげに烈火に対して謝罪をするが当の本人は先ほどのはやての時以上に心当たりがないようで彼にしては珍しく呆気にとられたような表情を浮かべている。
《私がこの旅行に誘ったりしたから烈火は事件に巻き込まれて動けなくなっちゃてるでしょ?烈火は魔法関係の事にあんまり関わりたくないって言ってたのに……》
もしも烈火がこの旅行へ赴かなければ、彼は違法渡航者達が起こした事件に巻き込まれることはなかったのかもしれない。加えて彼は人前で魔法を使うことを嫌い、とりわけ管理局の前ではその様子が顕著に表れていたため、今の身柄を保護されている状態は事件の危険からは遠ざかっているが、あまり気持ちのいいものではないだろう。
そして、オールストーン・シーへの視察旅行に烈火を誘ったのはフェイトである。以前の事件での管理局との一悶着を間近で見た経験のある彼女なりに今の彼の境遇に責任を感じているのかもしれない。
「なんだ、そんなことを気にしてたのか」
《そんなことって…》
「フェイトに誘われなくても他の誰かに声をかけられて参加したかもしれないし、参加せずに海鳴に残っていたとしてもお前達と接触前に都内に降り立っていたという違法渡航者と俺の方が先にかち合ってしまっていたかもしれん。そもそも、お前達に同行したのは俺自身の意志だ」
烈火は深刻な様子のフェイトに対して、その謝罪を突っぱねた。
確かに蒼月烈火にとって時空管理局が味方と言えるかは微妙な所であり、リンディ・ハラオウンや高町なのはらとは比較的有効な関係を築けてこそいるが、局全体を見れば状況次第では敵対する事になる可能性すらある。
とはいえ、烈火がこの旅行に参加しなかったとして、永遠結晶を探し求めてオールストーン・シーにたどり着いたキリエ達が最初に降り立ったのは都内の某所であり、進行ルート次第では魔導師組と別行動をとっていた彼と何らかの接触があったかもしれないし、そうなった場合は彼女らと戦闘状態に陥るのは想像に難しくない。
魔法で言う殺傷設定に位置する攻撃と魔導の分解を併せ持つ彼らと単独で戦闘に陥っていたとすれば、それこそ命がけの戦闘となるだろう。それを思えば軟禁…とはいかないまでもリンディが取り計らってくれたこの状態はそう悪いものではない。
もしもの想像ならばいくらでもできるがそれに意味はないのだ。
どこかに出かけて事故に合ったとして、その原因は旅行を企画した、招いた者だとはならない。無理やり連れてこられたならまだしも、烈火は最後は自身の意志でフェイトらに同行したのだから、単純に間が悪く、エルトリアからの渡航者と管理局の思惑に振り回されることになった…ただそれだけなのだ。
「まあ、その…なんだ。フェイトはこんな下らん事に気を使わなくていい。そんなことよりエルトリアだかフォーミュラだか知らんが、こんな事件はさっさと終わらせてくれ。せっかく、地球で過ごす長い休みだ。こんなことで潰れたら勿体ないしな」
《烈火……うん。分かった》
フェイトは烈火の発言に目をぱちくりとさせていたが、彼なりの激励に表情を柔らかくし、小さく微笑んで答えた。
《むうううぅぅううぅ…》
そんな2人のやり取りを聞いていたなのはの頬が面白くありませんとばかりに膨らんでいる。
《なんか、私とフェイトちゃんとで随分、態度が違うと思うんだけど》
なのはとはどちらも本気ではないとはいえ、出会い頭から軽く言い合っていたが、フェイトに対する態度は丁寧というというか…こう、女性に対する気遣いのような物を節々に感じさせるものであり、自分との差異が無性に面白くないのだろう。まあ、距離感が近いと言ってしまえばそれまでだが…
「ん?なんだ、フェイトと同じように扱ってもらえると思ってるのか?」
《な!?…差別なの!贔屓なの!!》
「違うな…差別じゃない、区別してるだけだ。俺だって目上の人間にはそれなりの対応をするし、女子相手には最低限は気を遣っている」
《わ、私だって女の子だもん!烈火君はもっと気を遣って接するべきなの!》
「ふっ…」
《は、鼻で笑ったの!!うぅぅ…フェイトちゃ~ん!!》
なのはは烈火に言い負かされると助けを求めるように隣に座っているフェイトの胸に飛び込んだ。
《あはは、烈火もあんまりなのはをいじめちゃダメだよ》
フェイトは胸に顔をうずめるなのはの頭を撫で、じゃれ合っていた2人に巻き込まれたのだなと苦笑いを浮かべながら烈火に対して一応、苦言を呈したようだ。
《フェイトちゃんはどっかの誰かと違って優しいの》
なのはは目を細めて心地よさそうに撫でられながら、フェイトの胸のフニフニとした感触と心地よい暖かさを堪能することで機嫌を戻したようだ。
「そんなこと言われずとも分かり切ったことだろう?」
《改善の色が全く見られないの…》
ジト目を向けるなのはに対して我関せずといった様子の烈火…
「俺はいいがお前達は出撃も近い、そろそろ休んだ方がいい」
《あ、うん》
暫く会話を続けていた3人であったが、なのはとフェイトはこれからの戦いに備えて休息を取った方がいいという烈火の発言に頷いた。
《色んな人が色んなことを思って起きちゃった悲しい事件だし、エルトリアの事とか難しいことも多いけど、アミタさんやキリエさん、シュテルやレヴィ達と協力して…》
《イリスさんやユーリとちゃんとお話をして、夜天の書も返してもらって、悲しい物語を終わらせてみんなで帰って来るから、烈火ももう少しだけ待っててね》
烈火はなのはとフェイトの強い意志を感じさせる言葉に何かを感じ取ったのか、湧き上がる思いを表に出さぬように小さく息を吐く。
「……ああ、健闘を祈っている」
彼女らに悟られぬよう、いつもと変わらぬ様子で言葉を送り、通信を切った。
ちなみに食堂施設のど真ん中で抱き合っていたなのはとフェイトには周囲からの視線が突き刺さっていたのだが、百合フィールドを形成していた当の本人たちは全く気が付いていなかったとかなんとか……
激戦続きだった魔導師達に訪れた暫しの休息…それぞれが地球とエルトリアの命運を握る決戦に備えて英気を養った。
そして、時空管理局の武装隊がイリスの拠点を発見したという連絡と共にイリスの反応が無数に分裂したという報が伝えられ、魔導師達は夜天の空へと飛び立っていった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
平成最後の更新には間に合いませんでしたぁぁぁ!!
まあ、REIWAになっても特に変わり映えはしませんが、今後ともよろしくお願いします。
では、次回の更新でお会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!