魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword   作:煌翼

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螺旋交差のGedanke

 機関車は薄暗い地中に敷かれている鉄の道の上を低い振動音を立てながら直走る。

 

 人々の雑踏で賑わっているはずの車両…所謂、地下鉄は何とも不気味な様相を呈していた。既に日は沈んでおり、稼働を停止しているはずの列車が何故か動いており、搭乗しているのは気怠そうな表情を浮かべる学生でも社会の歯車として身を粉にして働いている会社員でもない。

 

 車内を埋め尽くす搭乗者は乗客どころか車掌に至るまで全てがくすんだ桜色の髪を短髪にし、赤色の結晶体が付いた銀のバイザーで顔を隠した女性である。誰一人言葉を発することもなく、俯いて立っている様は異質の一言に尽きる。

 

 列車は異様な雰囲気を放ちながらも金属が軋む音と共に目的地を目指して進んで行くが、照明が照らす薄暗い暗闇の中に陽炎の様に人影が現れる。

 

 一つに束ねられた桃色の髪、切れ長のサファイアの瞳、厳格な騎士甲冑を以てしても抑える事の出来ない女性的な肢体を持つ人物は、リミッターを外されて通常の倍以上の速度で突っ込んでくる鉄の塊に対して表情一つ変えることなく、鞘から剣を解き放つ。

 

 抜刀された剣が鞘と連結し、機械的な弓矢へと姿を変えた。女性は弓に矢を(つが)え、巻き上がる炎と共に不死鳥のさえずりを木霊させる。

 

 地下を直走っていた鉄の塊は飛来した爆炎の矢によって射抜かれ、車体を跳ね上げて横転した。

 

 暴走する列車へと爆炎の矢(シュツルムファルケン)を放ったシグナムは〈レヴァンティン改〉を弓矢形態〈ボーゲンフォルム〉から長剣形態〈シュベルトフォルム〉へと戻し、炎を噴き上げながら横たわる列車から視線を逸らさないでいる。

 

 補給と改修を終えたシグナムらに伝えられたのは、魔導師部隊がイリスの潜伏拠点を発見したという事…そして、そのイリスの生体反応が無数に分裂し、結界内に散ったということであった。

 

 その反応は10や20では済まされず、探知における本物の特定は不可能と判断され、イリスの身柄を確保すべく出撃したというわけだ。

 

 地表では先の戦闘でも姿を見せたものに近い巨大機動外殻が出現しており、高町なのはを筆頭とした魔導師部隊が対処に当たっている。それとは対照的にシグナムは単騎で地下へと赴いた。

 

 理由は単純…密閉された空間での戦いで魔導師は地表や空中と比較して戦闘能力の減衰が大きいためである。正確には魔導師が弱くなるのではなく、周囲を気にして全力を出し切れないことが多いという意味であるが…

 

 地中の空洞である地下で高出力の魔法を使えば、内部から崩れて現在も戦闘中の地表に思わぬ被害をもたらす恐れもある上に、この場所で対処に当たる魔導師も危険に晒されるだろう。

 

 部隊の8割以上が中、遠距離戦を主とするミットチルダ式の魔導師であり、密閉空間での戦闘に不向きである。加えて、武装隊員達にも〈カレドヴルフ社〉からの武装貸与がなされており、以前までより上がっている出力に慣れていないと予測されるため、その危険はさらに高まり、当然ながら地下という性質上、飛行魔法も満足には使えない。

 

 そのため、密閉空間の戦闘において周囲への影響が出にくい近接戦闘(クロスレンジ)を得意とし、素早く離脱できる機動力を兼ね備えるシグナムがこの場を任されたのだ。

 

 最も、戦闘能力の減衰は他と比べれば少ないというだけであり、出力に大幅な制限をかけなければならない事には変わりなく、先ほど放ったシュツルムファルケンも(つが)えた矢は1本だけであり、その威力、爆発、貫通力の何れも通常時の10分の1以下に抑えていたようだ。

 

 シグナムの眼前で燃え盛る列車から1つの影が飛び出し、細身のシルエットを描く。

 

「酷いことをするものだ」

 

 長い茶髪をセンターで分け、銀のボディースーツに紫の長い腰布を巻いた女性は地下に降り立って言葉を紡ぐ。ボディースーツの女性はシグナムほどではないが起伏に富んだ肢体を惜しげもなく晒しており、長身と相まって厳格な印象を受けるが、容姿が全く異なっているにもかかわらず彼女の生体反応はこの事件の首謀者であるイリスと全く同様の物であった。

 

「喋れるのか?」

 

「そういう個体もいるということだ。量産型のアレらと固有型の私の違いといったところかな」

 

 シグナムは目の前の女性…イリスが自身の能力で生み出した分身である〈イリス群体〉の〈固有型〉に位置する存在の発言に僅かに目を見開いた。列車内から感じ取れる生体反応から1人の生き残りがいた事には最初から気が付いていたが、その存在がこれまで戦って来た数人のバイザーの女性〈量産型〉とは異なり、明確な意思を持っていた事に驚いたのだろう。

 

「…こちらは時空管理局だ。貴殿らの行いは法規違反に該当するため身柄を預かりたい。できる限りの便宜を図る用意はある。互いに対話の卓に付くことは叶わぬか?」

 

「ぬかせッ!」

 

 シグナムは目の前の固有型がこれまでの量産型とは異なり、意思疎通が可能である為に撃破ではなく対話を試みるが、固有型は言葉ではなく長剣状のヴァリアントウエポンでの剣戟で返答とした。

 

 固有型はシグナム目掛けてヴァリアントウエポンを振り下ろすが、間に挿し込まれたレヴァンティンに受け止められ、重なった刀身が火花を奏でて鍔是り合う。それを見るや否や、受け止められたヴァリアントウエポンを力任せに押し込むことをせずに反動を使って距離を取る。

 

 母体であるイリス本体からの命令が彼女らにとっての絶対であり、存在理由…故にそれに反する物は全てを叩き潰す…そんな意志を感じさせる一太刀であった。

 

「推して参るッ!!」

 

 固有型は様子見は終わりとばかりに地を蹴り、橙の光を靡かせ、シグナムへと襲い掛かる。

 

 迎え撃つシグナムは、更なる改修により機体スペックが上昇し、僅かに重量と大きさを増したレヴァンティン改の切っ先を地面へと突き刺し、柄から手を離した。

 

 

 

 

 魔導師の行使する魔力が、機動外殻が放つ巨大な光芒と絡み合い、都心の天空を彩っている。

 

 先の戦闘で出現した〈黒影のアメティスタ〉を思わせる巨大な飛行型機動外殻が都心の中心に新設された巨大な超高層タワーに群がる様に押し寄せる。爆雷を投下し、噴煙を巻き上げながら進む巨大な影が滞空防御に当たっている魔導師部隊の脅威となっていることは言うまでもないだろう。

 

 東京のシンボルたるツリーに向けて砲塔を開いた機動外殻は突如として出現した新緑の腕によって中心核(コア)を握り潰され、煙を吹いて高度を下げた。

 

「やっと完成した東京の新名所!そう簡単に壊されてたまるもんですか!!」

 

 新緑の剣十字の上に立つのは金色の髪をボブカットにした女性―――シャマルだ。自身のデバイス〈クラールヴィント〉を輪上の鏡に変化させ、その中に腕を突っ込めば、何倍にも巨大化した魔力の腕が出現する。

 

「てええええぇぇぇい!!!」

 

 出現した新緑の腕は機動外殻の翼部を毟り取り、頭部を薙ぎ潰す。

 

「シャマルゥゥ!パーンチッッ!!!」

 

 シャマルの振るう拳が数体の機動外殻を纏めて薙ぎ倒し、時にはその巨大な本体をぶん投げて破砕していく。

 

 治療とサポートが本分のシャマルであり他の守護騎士の影に隠れがちであるが、その戦闘能力は決して低くはない。彼女の防御を無視してダメージを与えられる攻撃オプションや古代ベルカの戦乱を生き抜いて来た温和な雰囲気の裏に併せ持つしたたかさと相まって一定の条件下であれば、フォーミュラの力を得て〈特殊戦力〉として配備されている高町なのはや他の守護騎士よりも厄介な存在と言えるだろう。

 

「ておぁぁぁあああっっ!!!!!!」

 

 その逆サイドではザフィーラが拳に白い魔力を纏わせ、機動外殻の装甲の上から動力核(コア)を押し潰しながら突き抜けていく。

 

 ザフィーラは機動外殻を撃破しながらも、高度を下げる機体本体や投下される爆雷に対し、〈鋼の軛〉を展開し、地表への被害を最小限に留めている。

 

 個人戦力としてはシグナムらに一歩劣るかもしれないが、防衛戦というこの状況においては〈湖の騎士〉と〈盾の守護獣〉両名の防衛ラインは最高の布陣と言えるだろう。

 

 因みに普段は医務室で怪我の治療をしてくれる無茶をしなければ優しい天然気味の美女として知られているシャマルの無双っぷりに一般局員達は開いた口が塞がらず、暫くの間は使い物にならなかったようだ。

 

 

 

 

 都心の大通りでも光が交差する。

 

(ちぃ!?やり難いったらねぇぜ)

 

 ゴスロリ風の騎士甲冑に身を包む少女―――ヴィータは迫り来る光に表情を歪めている。

 

 色の濃い橙色の髪をした少女…イリス群体〈固有型〉の一機を相手取っているヴィータであったが、相手との相性が悪いためか攻めあぐねている様だ。

 

 ヴィータからすれば目の前の固有型の戦闘力はそこまでの脅威とは言えない為、普通に戦えば、まず間違いなく勝てるであろう。しかし、遠距離戦を本分としているであろう固有型はヴィータが接近する素振りを見せた瞬間に周囲の町々を攻撃し始めたのだ。

 

 幸いなことにヴィータが引き連れていた男性局員が展開した魔力障壁によって事なきを得たが、新たに固有型が放ったエネルギー弾は都市防衛に意識を割いていた彼らに対して牙を向く。

 

 そこには遠隔展開した赤い剣十字が滑り込んで彼らを守るが今度はヴィータ本人にホーミングした光弾が襲い掛かる。

 

 周囲の環境が足枷となり全力を発揮しきれていないヴィータにとって、直接戦闘に持ち込まず、相手のペースを乱す戦闘スタイルはある意味では最悪の相手と言えるということだ。

 

 とはいえ、実力差から何れは目の前の固有型を捕縛することは可能であろう。しかし、このまま時間をかけるのはイリス本体らが逃走しているこの状況的から察するに芳しくない。

 

 だからこそ…ヴィータは地を蹴り、加速をかけながら〈グラーフアイゼン改〉を握る手に力を込めて、固有型に飛び掛かる。

 

 背後の局員達の正面には障壁が展開されたままであり、彼らは自らの身の安全を考える事なく都市防衛に専念できる。多少の危険はあるがこれで懸念事項はなくなった。

 

 後は目の前の敵をぶちのめすだけということだ。

 

「でええええぇぇぇいっ!!!!」

 

 ヴィータはグラーフアイゼンのハンマーヘッドを回転させながら推進剤を爆発させて遠心力を最大限に使いながら鉄槌を振り下ろす。固有型はヘッドではなく柄の部分に武器を差し入れてどうにか受け止めたかに見えたが、炸裂音と共にロードされた電磁カートリッジによるブーストを得たヴィータの突貫攻撃を止めきれず、その足が地から離れた。

 

 

 

 

 オールストーン・シー園内にも巨大な機動外殻が何機も姿を現している。

 

「ここには良い鉄がたっぷりあるねぇ!!素材も掘りたい放題じゃん!!」

 

 濃い青色の髪をショートにし、胸元を開けたボディースーツを身に纏うイリス群体固有型と見られる少女は手元のヴァリアントウエポンを弄りながら上機嫌に笑みを浮かべている。

 

 ヴィータと戦っている少女より外見年齢が若く見えるにもかかわらず、胸元はしっかりと膨らみを見せており、美少女と言って遜色がないであろう。流石にシグナムと戦闘中の女性とは比べるまでもないようだが。

 

「…やっちゃえ!エクスカべータ!!」

 

 固有型は目の前の機動外殻…〈海塵のトゥルケーゼ〉の発展型である〈エクスカべータ〉に自身らイリス群体の肉体の生産に必要な素材採掘を行うと共に破壊活動の指示を出した。

 

「…えっ?」

 

 しかし、エクスカべータの1機に突如として出現した翡翠色のバインドが巻き付き、掘削作業を停止させられたかと思えば、その中心部に白色の砲撃が撃ち込まれて胸部に大穴を開けられた機体は四肢から力を失っていく。

 

 機動外殻の動きを停止させたのは円環状の魔法陣の上に立つユーノ・スクライア。

 

 白銀の砲撃を撃ちこんだのは二艇のストライクカノンを携行し、融合騎とのユニゾンを果たした八神はやて。

 

「ユーノ君!こっちもお願い!」

 

 空中から響く鈴の音のような少女の声。

 

 固有型が対処の指示を出すよりも早くエクスカベータの動きは再び強制的に止められた。

 

「カノン…撃ちますッ!」

 

 渦巻く桜色の砲撃が装甲を捻じ破り動力核(コア)を押し流すかのように破砕する。

 

 

 最後に現れたのは、桜色の光を全身から放つ新たな翼を携える高町なのはだ。

 

 先の出撃で使用した〈ストライクカノン〉に調整を加え、完成度60%の状態から格段に性能が向上した〈フォーミュラカノン〉の改良型は〈レイジングハート・ストリーマ〉と名付けられ、再びレイジングハートの名が冠せられた。

 

 身に着ける防護服(バリアジャケット)もそれに応じ姿を変化させ、こちらも調整を受けて操作、耐久性が上昇した2基の〈ディフェンダー〉を併せ持っている。この状態が高町なのはの基本形態となったようだ。

 

 先ほどの砲撃の際になのはは自身の主兵装をカノンと呼称していたが、〈ストライクカノン〉、〈フォーミュラカノン〉を指す場合は間違いないのだが、現在彼女か装備している物を指すのなら〈ストリーマ〉が正しいため、厳密に言えば正しくない…それを指摘する者はいなかったが……

 

 

 

 

 赤い三つ編みを風に靡かせ、青いフォーミュラスーツに身を包んだ女性―――アミティエ・フローリアンは大型バイクを華麗に乗りこなし、都市部の高速道路(ハイウェイ)を暴走するトレーラーを追跡している。

 

「…っ!」

 

 アミティエはトレーラーの荷台から出て来たバイザー姿の女性達が腕に結合されている砲塔を追跡中に自分に向けて来た事に対して顔をしかめた。

 

 イリス群体〈量産型〉達のくすんだ桜色の砲撃が雨のように降り注ぐ。

 

 アミティエは片手でハンドルを取りながら空いた方の手に小銃状の〈ヴァリアントザッパ―〉を出現させて応戦して何機かの量産型を撃破するも、多勢に無勢とあって捌き切れなかったエネルギー弾がタイヤを掠め、バイクから投げ出されるように弾き飛ばされた。

 

「アクセラレイタァァァッッ!!!!!」

 

 トリガーワードと共に全身を青の燐光で包み込んだアミティエは弾かれたかのように加速の世界に身を委ねる。

 

 量産型達が反応しきれない超加速を以て周囲を飛び回り、桜色のエネルギー弾を宙に置く(・・)

 

 次の瞬間…同時に動き出したエネルギー弾によって量産型は体の各所を損傷し、機能を停止していた。

 

「くっ!!?」

 

 しかし、量産型の撃破と共に彼女らが足場としていたトレーラーが爆散した為、それに巻き込まれたアミティエも道路を転がるように吹き飛ばされる。

 

「この程度…どうということは…えっ!?」

 

 アミティエは頬についた煤を手で拭いながら立ち上がった。次の反応を追うべく、周囲の素材から移動手段であるバイクを再構成しようと手を翳した彼女に通信が入り、その瞳が驚愕に見開かれた。

 

 

 

 

 市街にある上が空いたドーム状のスタジアム。普段ではスポーツ観戦やアーティストのライブ等で盛り上がるその場所は混戦の様相を呈していた。

 

 結界を構成する〈要〉の一角であるこの場所の守備を任された局員達も必死に奮闘しているが、大槌を操る固有型と多数の量産型の襲撃を受けて窮地に立っているようだ。

 

 しかし、この場所をイリス群体らに占拠されるということはこの戦いにおいて管理局の生命線ともいえる関東全域を覆う巨大な結界の構成に綻びができる恐れがあるということだ。そうなればイリスらが結界を破壊して、外部に脱出することが容易なものとなってしまうだろう。

 

 それだけは何としても避けなければならない…

 

 だが、局員達を嘲笑うかのように戦況は悪化の一途を辿っている。

 

 固有型と量産型の連携を前に攻め手を失っているのだ。イリス群体の連携に隙が無いわけではないが、射撃を掻い潜り、懐に潜り込もうとした局員達は華奢な容姿からは想像もつかないほどに強力な拳や蹴りによって弾き飛ばされてしまう。

 

 量産型といえど、イリス本人と同様に膂力に関しては通常の魔導師を遥かに上回っており、正面からの力比べでは勝ち目がないということだ。

 

 個の戦闘能力で劣っているにもかかわらず、数的有利も握られているとあっては勝ち目もないだろう。しかし、自らが引けばこの場で戦っている全ての者の想いが無に帰してしまうかもしれない。

 

 正に八方塞がりだ。

 

 防御に関しては大勢の魔導師で障壁を束ねれば、ある程度の時間は稼げるであろう。彼らに不足しているのは多数の相手を前にしても捕らえることができない機動力と、絶望的な状況を打破できるだけの火力を持った魔導師…だが、この場所にはエース級の力を持った魔導師は存在しない。

 

「…終わりだ」

 

 振り下ろされる鉄槌に局員達の顔が絶望に染まる…

 

「ふんッ!とりゃぁ!!」

 

 青い雷と共に現れた少女―――レヴィは振り下ろされた鉄槌を受け止めていた。そればかりか、二つ括りの青髪をふわりと揺らし、術者の固有型が吹き飛ぶほどの勢いで鉄槌を蹴り飛ばした。

 

「全く、キミら弱っちいなぁ~助けてやるから感謝しろよぉ…って、あでぇ!?」

 

 レヴィは局員達が知る少女よりも僅かに鋭いツリ目で固有型を睨み付けながら、苦戦していた者達へ呆れるような声をかけたが、再び展開された光の弾幕に晒されてしまい、格好の良い登場とはかけ離れたものとなってしまった。

 

「…ったく、なんだよぉ…もぉ!」

 

 イリス群体達の無粋な攻撃を大量に展開した障壁で防ぎながら、眉を顰めるレヴィであったが戦場の、ど真ん中でいらぬ隙を見せた彼女にも非がある為、今回に関してはイリス群体らの方が正しいと言えるだろう。

 

「待ってくれ!此処は結界の要なんだ!この場所を落とされるわけには!!」

 

 とりあえず視界に入るイリス群体を消し飛ばしてしまおうと魔力を高めるレヴィであったが、管理局員達の制止に苦しげな表情を見せる。

 

 レヴィの戦闘能力を以てすればこの集中砲火から抜け出すことは容易と言える。自身のデバイス〈バル二フィカス〉のフルドライブモードを発動させ、周囲全てを消し飛ばしてしまえばそれで済む。しかし、それをしてしまえばこのドームもただでは済まず、結界に対して何らかの異常が出る事は想像に難しくない。そうなればイリス群体にこの場所を占拠されることと同義であるし、わざわざ救援に来た意味がなくなってしまうと言える。

 

 勢いを失ったレヴィを嘲笑うかのように降り注ぐ銃弾の勢いは増していき、固有型も鉄槌を構えて舞い戻って来た。魔力障壁をさらに追加展開して対処するレヴィであったが、このままではいずれ力尽きてしまうのは自明の理…しかし、攻勢に出ることもできないでいた。

 

 必死な表情(かお)をして何かを守ろうとしている者達などお構いなしで目の前の相手を何も考えずに倒す闘いならば等の昔に終わっているはず…だが、彼らを見捨てる事、彼らの想いを踏み躙ることを考えた時にレヴィの胸には棘が刺さったような気持ちの悪い感覚が湧き上がった。

 

 だから此処に来た。

 

 自分は物事を考える必要はないと言い切ったレヴィはある少女との出逢いを通じて、そうではない道もあるのだと知った。

 

 

―――守るための戦い

 

 

 それは今まで遊び半分で力を振るってきたレヴィにとって初めての経験であり、ただ倒すだけではない…そんな戦いに戸惑っている彼女は自身の力を発揮しきれずにいる。

 

 

 その瞬間…天から金色の雷が降り注ぎ、イリス群体の間を一条の光が駆け抜けた。

 

 続けて大量に出現した橙の鎖が量産型達の砲撃を打ち払う。

 

 さらに黄金の斬撃が周囲を薙いだ。

 

 レヴィと同じく髪を二つ括りにし、若干ツリ目気味な少女―――フェイト・T・ハラオウンは遠方狙撃を行っていた量産型を斬り払い、ドームの中心に着地した。

 

「あれ?レヴィ…どうして此処に?王様達と一緒に行ったんじゃ…」

 

 

 フェイトの色彩はレヴィとは異なり、絹のような黄金の髪にルビーを思わせる深紅の瞳、身に纏う戦闘装束(ドレス)は黒と白、その手には先ほどの戦いから姿を変えた閃光の刃〈バルディッシュ・ホーネット〉を携えており、この場にいる筈のないレヴィに対して不思議そうな表情を浮かべ可愛らしく小首を傾げている。

 

「そ、それは…通りがかったらあいつらがピンチそうだったからちょっと寄り道したんだ。王様達にワガママ言って…」

 

 レヴィはフェイトの問いに対して朱に染まる頬を隠す様に顔を背けて彼女らしからぬ小さな声でボソボソと言葉を紡ぐ。

 

「だ、だから!誰かが死んじゃうことはよくないんでしょ?…フェイトがそう言った。知らないヒトでも誰かの大切な人かもしれない。ボクにとっても大切なヒトになるかもしれないって……」

 

 悪戯好きで素直でなかった子供が誰かの為に何かを成そうと必死に考えて他者への気遣いを見せる。何となく気恥ずかしさを覚えたレヴィは頬に集まる熱に戸惑っていたが自分の想いをはっきりとフェイトに伝えた。

 

 フェイトはレヴィの心境の変化に表情を綻ばせながら思わずその身体を優しく抱き留める。

 

 レヴィ自身も思わず感極まったかのように瞳を潤ませ、優しい抱擁に…感じる温もりに緩む口元を抑える事が出来ず、その背に手を回していく。

 

 

 

 

―――フェイト…アンタは本当に強くなったね

 

 抱き合う少女達を温かく見守っているのはフェイトと共にドームに現れた彼女の使い魔―――アルフである。

 

 アルフは目の前の光景が、かつて海風を感じながら目にした白と黒の少女の抱擁と重なり、感慨深いものを感じていた。

 

 

 

 

「…って、まだ敵居るから!!」

 

「あ、そっか」

 

 レヴィは心地よい温もりに身を委ねかけたが視界の端に移った光弾に対して我に返ったように声を上げて身体をジタバタを動かすものの、当のフェイトはどこか間の抜けたような声でのそのそと長剣を構える。

 

「…此処はもう大丈夫だから、レヴィは王様達の所に行って」

 

「え?でも…」

 

 エース級の魔導師を加えて戦闘再開かと思われたが、フェイトの思わぬ発言にレヴィは戸惑ったような表情を見せた。イリス群体の個々の戦力ならば大したことはないが、防衛戦の難しさは先ほど痛感したばかりだ。フェイト1人で大丈夫なのかという心配もあるのだろう。

 

「平気だよ」

 

 だがそんなレヴィの不安はフェイトの自信に満ちた微笑みによって掻き消された。言葉と共に閃光の刃が横薙ぎに振るわれ、力強い黄金の光と共に紫電と空色の雷が周囲に迸る。

 

 

「…私、強いんだからっ!!」

 

 そんなフェイトの姿にレヴィも微笑みを浮かべ、この場からの離脱を選択し、ドームから飛び立っていった。

 

 

 

 

「じゃあ、こっちも行くよッ!…はぅっ!?」

 

 フェイトの紅瞳が細められ、閃光の異名通りに自慢の機動力を活かした攻勢に出ようとした所でその身体は首根っこを掴まれて持ち上げられる。

 

「な、何するのアルフ!?」

 

「ちゃんと格好付けるとこまでは待ったんだから文句は聞かないよ。ここはアタシだけで大丈夫だ。ここで結界を守るよりフェイトにはもっとやることがあるんじゃないのかい?」

 

 アルフは虚を突かれて目を白黒させているフェイトにレヴィと同様にこの場は自分に任せて離脱をしろと言い放った。

 

「で、でもアルフ1人じゃ!?」

 

「ふぅ~ん。フェイトは自分の使い魔が信用できないのかい?」

 

「そういうわけじゃないけど…」

 

「あんな連中にやられたりはしないさ。それよりもフェイトはなのは達のとこに行ってやりな。きっとフェイトの力が役に立つはずさ」

 

 フェイト・T・ハラオウンという魔導師の強みを上げるとしたら真っ先に思い浮かぶのは〈アクセラレイター〉使用時のフォーミュラ保持者を除けば最速と言える機動力であり、それは拠点防衛よりも広大な結界内を自由に飛び回り、遊撃行動を行う事に適しているだろう。

 

「…アルフ…分かった」

 

 しかし、イリス群体の戦闘力も侮れないものがあることも事実。だからこそアルフのみを残していくことを躊躇していたフェイトであったが、自らの使い魔の強い意志を感じ取り、静かに頷いた。

 

「東堂!2人きりだからってフェイトにヘンなコトしたら……毟り取るからね!」

 

 アルフはフェイトの頭を一撫でし、自身らと行動を共にしていた黄金の大剣を手に事の成り行きを見守っている東堂煉に対し、目を細めながら睨み付けるように忠告をした。

 

「僕がフェイトさんに望まないことをさせるわけが……いや、心得た」

 

 普段は自信満々の煉であったが、この時ばかりは素直に了承したようだ。一見、いつもと同じように思えるが顔は青ざめており、心なしか内股になって膝が震えている。アルフにナニを毟り取るのかを聞き返す勇者はこの場にはいなかったようだ。

 

 フェイトは煉に限らず、周囲の男性局員が前屈みになって震えていることに対して不思議そうに首を傾げていた。

 

 

 

 

(それでいいんだよ。フェイトを守るのはもうアタシの役目じゃない。アンタは本当に強くなった…心も、身体もね)

 

 アルフはドームを離れ、飛翔したフェイトに視線を向けることなく小さく笑みを浮かべる。

 

(きっかけはなのはとの出逢い…辛い別れがあって、色んな人と出会って、沢山の人の笑顔をリニスに教えて貰った魔法で守って来た)

 

 大切な母親に笑って欲しい…その一心で、手を汚し、泥を被っても健気に戦い続けたかつてのフェイト。

 

 何かと危なっかしいフェイトには何度も肝を冷やしたし、報われない彼女の想いに涙を流したこともあった。

 

 フェイトの分岐点となったのは間違いなく高町なのはとの出逢いである。そして、本当の母親…プレシア・テスタロッサとの別離、新たな家族…ハラオウン家に引き取ってもらった事、〈闇の書事件〉を始めとした誰かと思いを通わせ、時にはぶつけ合うという事……

 

 それらを経験してきたフェイトは今や管理局のエースと呼ばれ、執務官として多数の事件を解決に導いて来た。母親の操り人形だった少女は誰かの想いを守り、未来を斬り拓く存在となっているのだ。

 

 

(アタシのやるべきことは終わった。これ以上、一緒に戦ってもフェイトの為にはならない……ここらが潮時かねぇ)

 

 アルフはフェイトの使い魔であり、その魔力を以てこの世界に現界している存在だ。故にアルフが存在する以上は常にフェイトの魔力を消費しているし、魔力消費が激しい戦闘行動などを行えばその消費速度はさらに高まる。

 

 フェイトは9歳の時点で管理局でも一握りしかいないAAAランクの魔力を持っており、その使い魔とだけあってアルフ自身も一般的な魔導師の水準よりは高い魔力を持っている。その為、基本的にはそちらを行使するので戦闘行為を行ってもフェイトへの影響は出にくいが、決して0とは言い切れない。

 

 フェイト自身も執務官として誰かに指示を出すことも増えて来たし、それだけの実力と実績を着実に積み上げて来た。直向きに誰かの為に努力し続けるフェイトに対して〈PT事件〉の事を蒸し返して揶揄してくる輩も今ではほとんどいないと言っていい。それだけの信頼を勝ち取って来たのだ。

 

 それだけの力を持っており、尚も成長を続けるフェイトの傍に居続けることは本当に彼女を支える事になるのか、甘えを生むことになるのではないか…アルフはここ半年近くずっとそのことについて考えながら過ごしていた。

 

 そんなアルフの想いを知らずか知ってか、今まではフェイトの出撃には基本的に同行していた彼女でも出撃を許されないような機密任務を扱うことも少しずつ出て来た。その際はフェイトの消費魔力を抑えるために、小さな少女の姿へ肉体を縮めたりや子犬モードで過ごす事も多々あったし、戦闘はともかく執務官業のメインであるデスクワークに関しては完全に戦力外であることも自他ともに認めるところである。

 

 そして、敵同士であったレヴィと心を通わせ、彼女の道標となった今のフェイトには、かつて彼女を救った星光の少女(高町なのは)と同じ、折れない不屈の心が宿っていることを改めて実感し、ようやく結論を出すことができた。

 

 

 

 

 量産型が陣形を取る中心部に1つの影が飛来し、振るわれた拳で数機が吹き飛ばされて宙を舞う。

 

「はぁ~ごちゃごちゃ考え込むのはアタシらしくないね!フェイトはもう大丈夫…だからアタシはあの娘が帰ってくる場所を守ることにしたッ!!」

 

 アルフは頭を掻きながら量産型を殴り、蹴り飛ばす。周囲をイリス群体が取り囲んでいるにもかかわらず、そんな者たちなど視界に入っていないとばかりに自身の決意を確かなものとしたようだ。

 

 フェイトはまだ知らないであろうが、彼女にとって義理の姉になるであろう女性と新たに芽吹いた命の灯を守る事…自身の主が何の気負いもなく十全に力を発揮できる環境を作る事が共に肩を並べて戦うことよりも重要であるという結論に至ったのだろう。

 

「こんな風に全力で暴れられるのはこれで最後かもねぇ~」

 

 量産型の一機は振るわれた拳によって周囲の何機かを巻き添えに吹き飛ばされる。固有型を含め、意思の無い量産型までもが眼前から吹き上がる闘気に身震いした。

 

 そこにいたのは一匹の猛獣だ。

 

 見開いた瞳と剥き出しになった犬歯、逆立つ髪と両腕に絡みつく様にスパークする橙色の魔力……

 

「…オラァッ!!オラオラオラッ!!!!」

 

 量産型の目障りな砲身を力任せに腕ごと圧し折り、拳の一撃で頭蓋を叩き割る。数機を〈チェーンバインド〉で絡めとり、巻き付けたそれをハンマー投げの様に振り回す様は正に暴風といえるだろう。当然ながら周囲にいた量産型も巻き添えを受けて大破していく。

 

「最後に地球を守るために戦うってのも粋な計らいってとこかね。まあ、向かってくるなら全員ぶっ飛ばすだけさね。んじゃ、アタシの花道!アンタらが飾ってくれよッ!!!」

 

 母体の命令を果たすために結界の破壊へと向かうイリス群体達であったが、皮肉にも彼女らは自分達が追い詰めていた局員達と同じ状況に陥っていた。

 

 しかし、意思のない彼女らは局員達と違って気が付くことができない。

 

 肉食獣としての本能を解き放ちながらも、主のために戦う矜持を持ち合わせる気高き狼に対し、自らが喰われる側となっていることを……

 

 

 

 

 制服姿の局員達がそれぞれに自らの役目を果たそうと必死になっている中、私服姿の少年は窓の外を眺めながら小さく呟く。

 

「始まったか……」

 

 黒髪の少年―――蒼月烈火は結界内を動き回る多数の魔力反応から、各所で戦闘が発生していることを確かに感じ取っていた。

 

 

 当然ながらその中には見知った魔力反応も幾つかあるが、烈火は同じ結界内で繰り広げられている戦闘をどこか遠い世界での出来事のように感じている。

 

―――色んな人が色んなことを思って起きちゃった悲しい事件だし、エルトリアの事とか難しいことも多いけど、アミタさんやキリエさん、シュテルやレヴィ達と協力して…

 

―――イリスさんやユーリとちゃんとお話をして、夜天の書も返してもらって、悲しい物語を終わらせてみんなで帰って来るから…

 

 

 先のなのは、フェイトとの通信に思うところがあったのだ。

 

 彼女達は犯人を捕縛し、夜天の書を取り戻すだけではなく、この事件を起こした者達まで救おうとしている。

 

 確かに事件の背景を聞けば、イリスらに同情の余地がないわけではない。しかし、烈火には明確な悪意を持って侵攻してきた者達と分かり合おうと、その心さえも救済しようとする、なのは達の行動が理解できない…いや、どうしてそのような行動がとれるのかを理解できないでいた。

 

 さらに先の戦闘では殺し合いを演じた構成体(マテリアル)やキリエ・フローリアンを戦力として部隊を再編成したと聞いた時には素直に驚いた。呉越同舟とは言うが実際に後ろから撃ってくる可能性すらある相手に対してどうして信頼を寄せることができるだろうか…

 

 しかし、魔導師部隊は善意にしろ、打算にしろ、何らかの思惑があるにしろ、現在は一丸となって事に当たっている事も事実…だが…

 

 

 

 

 全てを救ってみんな笑顔でハッピーエンドなど物語の中だけの話であるはずなのだ。

 

―――こんな形でしかお前を救うことができない

 

―――俺はお前を救う(殺す)

 

 あの日、剣を以て肉を、骨を断ち穿った…命の灯を消した感触はまだこの手の中に残っている。

 

 多くの物を取り零して、奪って、壊して、その果てに在ったのは悲しみと虚無、未だ終わらぬ憎しみの連鎖…

 

 

―――何かを犠牲にしなければ護れるものなどない…ましてや皆が笑い合える幸せな終わり(ハッピーエンド)など…

 

―――そんなものがあるのなら今、俺は地球(此処)にはいないのだから…

 

 

 

 

 烈火は思考の海に溺れかけたが、重苦しい溜息と共に立ち上がり扉を開いて部屋を後にする。喉を潤すために水分を摂取しようと向かった先には管理局の制服を身に纏う少女の姿があった。少女は背後から歩いてくる気配に気が付いたのか黒い髪を靡かせながら振り向けば、黒曜石のような瞳と烈火の氷刃のような瞳が交差する。

 

「あ、貴方は…」

 

「ん?君は確か…」

 

 規則正しく整えられた長い黒髪と黒い瞳の少女―――黒枝咲良は烈火の姿を視界に入れると、目を見開いて驚いたような表情を浮かべた。

 

 

 

 

 一律に思えていた事柄は徐々にその均衡を崩し、真実だと思っていた事柄は矛盾を孕み、破綻していく。

 

 事件を収束させようとする者、奪われたものを取り返そうとする者、己の目的を叶えるために他者の犠牲も厭わない者、自分自身の在り方を模索する者…幾多の思惑が入り混じり、螺旋の様に捻じれ曲がる。

 

 だが、真実へ至る(みち)は既に開かれた。

 

 その真実に辿り着ける者がいるのかは定かではない…しかし、たった一つだけ確定しているのは、混迷の戦場は更なる混沌に包まれるであろう…ということだけである。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

いよいよ最終決戦が始まりました。

それぞれの人物がそれぞれの思いを持ち、複雑に絡み合って行く様をお楽しみに…

そして、私情ではありますが今作は2日前に1周年を迎える事が出来ました!!

これも読んで下さった皆様、感想、評価をして下さった皆様のおかげと思っており、感謝の極みでございます。

一周年を迎えたこの作品ですが今までと変わらず…今まで以上に頑張って執筆していきたいと思っておりますので、これからもよろしくお願いいたします。


皆様の感想が私のモチベーションとなっていますので頂けましたら嬉しいです。
では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!!

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