魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword   作:煌翼

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日常or非日常

 ハラオウン家で夕食をとった翌日、烈火にとって海鳴市での2日目の朝が訪れる。朝食を軽く取って制服に袖を通した烈火が玄関の扉を開いて学校に向かって歩き出した時、隣の家から出てきたフェイトと鉢合わせした。

 

「あ、おはよう!烈火」

「おはよう……フェイト」

 

 顔を合わせたフェイトと名前を呼び合う烈火。昨日から少しだけ近づいた少年と少女の距離感を現していた。そのまま2人で歩いていると……

 

「おーい!フェイトちゃん!烈火君!!」

 

 特徴的な栗色のサイドポニーを揺らしてなのはが歩いてきた。そこからもう少し先では……

 

「3人ともおはようさん」

 

 なのは達の幼馴染であるはやてが合流した。談笑しながら学校近くまで歩いて来た4人。そんな4人の隣に黒塗りで車体の長い、いかにも高級そうな車が停車する。

 

「鮫島、今日はここでいいわ」

「鮫島さん、ありがとうございました。みんなおはようー」

 

その中から黒髪の少女、月村すずかと金髪の少女、アリサ・バニングスが下りて来る。アリサ、すずかと笑顔であいさつを交わすなのはとフェイト、その隣では烈火が黒塗りの車を見て固まっていた。

 

「すごいやろ。私も初めて見た時は開いた口がふさがらんかったわ。そのうち慣れると思うけど、あの2人はとんでもないお嬢様やからあんまり気にせんほうがええで」

「ああ、そうしておこう」

 

 そんな烈火に耳打ちをしたのははやてであった。こうして昨日昼食をとった6名が集結したが、黒塗りの高級車と学園の有名グループと転入生という組み合わせはどうしても目を引いてしまうのか周囲の視線が集まっているようだ。烈火は居心地が悪そうに、他の面々は慣れたような様子で、そのまま校舎に入っていくと各々の教室に分かれていく。

 

 昨日まで空席だったフェイトの隣の席に新たな少年を加えて、今日も今日とて2年2組の朝のホームルームの時間か訪れた。教室の扉を開いて担任教師である東谷が入ってきたのだが……

 

「おはよう!では今日のホームルームを始めるぞ……ってどういう状態だ、これは?」

 

 東谷の視線の先では男子生徒一同がドス黒い瘴気を放っていた。

 

 

 

 遡ること十分前……

 

「はぅ!?」

「どうしたんだフェイト?」

「うん、実はペンの芯を切らしちゃってね」

 

 どうやらフェイトのシャープペンシルの芯が切れてしまったようだ。学生らしい何気ない会話であるが反応した者たちがいた。

 

(((な、なにぃぃぃぃいいぃぃぃぃぃぃっっっっ!!!!??ハラオウンさんのことを名前で呼ぶだとぉぉぉぉ!!!!う、羨ま……ゆ、許せんっ!!!)))

 

 俯いて机に向かっている男子たちの背から熱気のようなものが立ち上がる。

 

「なら、これを使えばいい」

「うん!ありがとう烈火」

 

 フェイトはそんな周囲の様子に気づかずに烈火から芯が入ったプラスチックの容器を受け取った。

 

 その瞬間……

 

((((な、な、な、なんですとぉぉぉぉぉぉおぉおぉぉ!!!!!?は、ハラオウンさんの名前を呼ぶだけに飽き足らず、下の名前で呼ばれているというのか!!!?))))

 

 男子たちの纏っていた熱気がドス黒い瘴気に変わり果てるまでそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 そして、現在……

 

「「烈火……フェイト……烈火……フェイト……烈火……フェイト……烈火……フェイト……」」

 

 机に向かってボソボソと呪詛を唱えながら怪しいオーラを纏っている男子生徒一同。残念ながら様子がおかしいのは男子だけではない。大多数の女子生徒は烈火とフェイトを食い入るように見つめている。

 

「何をやっとるんだお前らは」

 

 そんなクラスの様子を見て頭を抱える担任教師。

 

「はぁ……バカばっかりね」

 

 そしてクラス全体を見渡して溜息をついたアリサ。早速、2年2組の朝は混沌を極めていた。

 

 

 

 

 とはいえ、授業さえ始まってしまえばやはり私立中学の優等生たち、1~4限までの授業は滞りなく終了した。

 

 その後、フェイト、アリサと共に屋上に連れられた烈火は昨日と同じメンバーで昼食を取り、午後の授業は体育、それも教師の出張の関係で本来1時間だったものが他クラスと合同になる代わりに2時間連続という時間割に変更されていた。体操着に着替えて校庭に集合したのは2年2組と合同先の2年4組。

 

「じゃあ、今日の授業を始めるぞー!準備運動が終わったら各クラス半分ずつに分かれてドッジボールだ」

 

 体育教師の言葉に湧き上がる多くの生徒たち、本来なら午後の1時間は座学だったところが体育になっただけでなく授業内容も比較的遊びに近いドッジボールになったためであろう。教師の指示に従って準備運動まで終えた2クラス。そして各々のチームに分かれて計4チームが出来上がる。

 

 烈火、フェイト、アリサは2組のAチームに所属することとなった。ちなみにボールは2つで外野でコート内の人物にボールを当てたら復帰可能というルールだ。

 

 早速、烈火達が所属するAチームと対戦相手の4組のAチームとの試合が始まる。4組のAチームには聖祥中学野球部の時期エースといわれている蟹谷という少年と彼とバッテリーを組んでいる猿川という少年が所属していた。他にもテニス、バレー、サッカーとこの中学の運動部の所属が何人もいる様子であり、野球部バッテリーを中心にした連携によって次々とボールを当てられて外野送りにされていく……

 

 しかし、勢いに乗った蟹谷が放った何人もの生徒からアウトを取ってきた速球を誰かが掴み取る。間髪入れずに2組側から放たれた鋭い速球が野球部の時期レギュラー候補とされている外野手である少年に命中し、全員の視線がそのボールを放った人物に集中した。

 

「……行くよ」

 

 細く響く声と共に金色の閃光がコート内を駆け回る。運動部の男子たちの放るボールを難なく掴み取り、投げ返したボールで次々と相手を外野送りにしていくのはフェイト・T・ハラオウンだ。

 

 必死にフェイトに向かってボールを放る運動部の面々であったが必殺の速球は鮮やかに躱され、甘い所に投げようものならキャッチされ、キレのある球が狙いすましたかのように飛んできて外野送りにされてしまう。

 

 対戦相手の面々は帰宅部の女生徒にいいようにやられて相当頭に血が上っている様子だ。とはいえ、いくらフェイトが相手を翻弄をしていても地力の差から徐々にコート内の数が減らされていく。

 

 気が付けば2組は烈火とフェイト、それと運動部らしい男子生徒が1人、小柄な女子生徒が1人となっている。アリサは途中で当たってしまったが、外野でフェイトのサポートに徹していた。相手は男子生徒が5人、野球部の時期エースを始めとした面々は半数以上がまだ生き残っている。そして女子生徒が3人の計8人だ。

 

「いい加減、当たれよなぁ!!」

 

 蟹谷が放った全力の速球がフェイトに向かって飛んでいくが……

 

「……んっ……はっ!」

 

 顔色1つ変えずにキャッチしたフェイトが投げ返した。カウンター攻撃に思わず躱した蟹谷であったがその背後にいた男子生徒にボールが当たってしまう。

 

「くそっ!あの女」

 

 端から見たら野球部の時期エースが女子生徒に投げ合いで負けたように見えてしまったことだろう。屈辱から顔を真っ赤にしてフェイトを睨み付ける蟹谷だったが当の本人はまた1人女子生徒を外野送りにしており、蟹谷のことなど気にも留めていない様子だ。蟹谷は外野にいた相棒の猿川と目線を合わせて頷き合う。

 

「ほら!!」

 

 猿川がボールを放ったと同時に蟹谷も違う方向にボールを投げた。

 

 殆どのメンバーが外野送りとなって4人しかいない2組のコートの中を2つのボールが飛び回る。4組は運動部の主力メンバーのみで直接相手を狙いに行くわけではなく、あくまでパスを回すことに徹底している為、2組に全くボールが渡らない。

 

「あっ!?」

 

 無理にボールを取りに行った2組の男子生徒がボールに当たってしまった。運の悪いことにそのボールは4組の外野に転がっていく。そこから始まったのはフェイトへの集中砲火だった。必ず2人で一緒のタイミングで別の軌道を描きながらフェイトに向けてボールを投げる。対するフェイトは一つのボールを取りに行けばもう一つに当たる可能性が大きいため躱し続けていく。

 

 

「……かっこいい!」

 

「ねー!ホントホント」

 

 

 女子生徒たちは男子たちの波状攻撃を華麗に躱すフェイトの姿を見て声を上げる。そんな声を聞いてか意地でも当てようとする4組の面々はフェイトの足元や顔面などのきわどい所に狙いを集中させるもののそれすらも軽やかなステップで躱され、足元を狙ってきたボールに対して地面を蹴り上げてその場で宙返りして回避……運動能力の高さを見せつけられたが……

 

「は、はわっ!!?」

 

2組のコートに残っていた小柄な女子生徒が間の抜けた声を上げてフェイトの背中に倒れこんできた。どうやらフェイトの足元を狙って放られたボールに躓いて転んでしまったようだ。

 

「なっ!?」

 

 背中から突き飛ばされた衝撃によりフェイトはバランスを崩してしまい、グラウンドに倒れこんでしまう。

 

「もらったぁ!」

 

 ボールを持っている蟹谷はフェイトに向けて叩きつけるようにボールを放った。

 

 そのボールはちょうど地面に手をついて上半身を起こしかけていたフェイトの顔面への直撃コースだ。フェイトはこれから襲ってくるであろう衝撃に備えて目を閉じた。

 

 

 

「……っ!……ん?」

 

 しかしいつまで経ってもボールの当たった感触が来ないことを不思議に思ったフェイトが目を開いた先には……

 

「ご、ごふぅぅ!!?」

 

 敵、味方チーム関係なく、目を見開いて固まっている生徒たち……勝ち誇った表情を浮かべていたはずの蟹谷の顔面に突き刺さるように激突したであろうボール。そして自分の斜め前では黒髪の少年が腕を振り切っていた。顔面に直撃したボールが跳ね返って2組のコートに転がってきている。

 

「烈っ……」

 

「このぉぉ!!!」

 

 目の前の烈火に声をかけようとしたフェイトだったが、それを遮るように外野から猿川がボールを投げてくる。投手の蟹谷のような制球力はないものの捕手だけあって十二分に力強いボールが襲い掛かってくるが、烈火はいとも簡単に掴み取った。これで防戦一方だった2組側がここに来てボールを2つとも獲得した。

 

「あうぅぅ!?は、ハラオウンさん!?」

 

 2つのボールが1つのコートに集まったため試合の流れが止まり、その間に先ほどボールに躓いた女子生徒が起き上がったが目の前の出来事に対して甲高い声を上げる。

 

「だ、大丈夫だから心配しないで」

 

 同じくグラウンドに倒れていたフェイトが表情を歪めて足首を抑えていたからだ。女子生徒を安心させるように言葉をかけながらも起き上がろうとしているが……

 

 

 

 

「ひゃう!?な、な、な、な!何!?」

 

 立ち上がろうとしていたフェイトであったが、急に身体が地面から離れた事により浮遊感に襲われ、先ほどまで競技をしていた時の凛とした表情から一転、素っ頓狂な声を上げている。その光景を目の当たりにして、様子がおかしいのに気が付いて試合を止めようとしていた体育教師を始めとする周りの人間が石造のように固まっていた。

 

「この2人を保健室に連れていきますけど構いませんよね?」

 

何故なら、烈火がフェイトのことを抱え上げていたからだ。しかも横抱き……所謂、お姫様抱っこという方法でだ。

 

「……って!アンタは一体何をやってるのよぉぉぉ!!!!!!」

 

 いち早く正気を取り戻したアリサが大声を出しながらコート内をズンズンと歩いて来た。心なしか背中から炎が出ているようにも見える。

 

「何って怪我人を運ぶだけだろ?」

「運び方ってもんがあるでしょうが!!」

「保健室は校舎の1階だしここからなら大した距離でもない、これが一番手っ取り早いと思うが?まさか俺にフェイトを背負っていけとは言わないだろうな」

 

 烈火に反論しようとしたアリサだったがフェイトの年齢不相応に発育中の胸元を見て一言……

 

「ゴメン、私が悪かったわ」

「わかってくれればいい」

 

 何やら思いが通じ合った様子だ。ちなみにコート内にいた小柄な女子生徒は哀れなほど薄っぺらい自身の胸元に手を当てて涙を流していたとかいなかったとか。

 

「……でこの2人を連れていきますけどいいですよね?」

 

 烈火はアリサと話している間に近寄って来ていた体育教師に改めて声をかけた。

 

「いや、しかしな」

「先生!私も着いて行きます。まだ授業時間もかなり残ってますし、先生はこちらの対応をお願いします」

「……バニングスも一緒か、なら許可しよう。すまないが2人はことを任せるぞ」

 

渋る体育教師と言葉を交わすアリサ。授業を抜ける許可が下りたようだ。

 

「ほら、3人とも行くわよ」

 

 アリサが先導するように歩いていく、その後ろをちょこちょこと歩いていく女子生徒。その後ろをフェイトを抱きかかえた烈火がついて行く形だ。

 

「う、ううぅぅ……」

 

 胸元から唸り声が聞こえた烈火が下を見ると大きな瞳に涙を溜め、顔どころか耳まで林檎のように真っ赤にしたフェイトの姿がある。

 

「悪いと思ってるけどもう少し我慢してくれ」

 

 フェイトの言わんとしていることを大体組み取ったのか烈火は声をかけた。

 

「やっぱり、は、恥ずかしいよぉ……そ、その私なら1人で歩けるから降ろしてくれないかな?」

 

 自分たちがグラウンドに残っている生徒からの視線を一手に集めてしまっていることに羞恥を覚えているフェイトは烈火に自身を降ろすことを要求するが。

 

「それは却下だ。さっき足の痛みを無視して立ち上がろうとしてただろ?」

「うぅ!?」

 

 烈火の返答はNOだ。図星をつかれたフェイトが言いよどむ。

 

「あの子に気を使って、何でもない顔をしながら保健室まで歩いていった後に怪我が悪化する光景が目に浮かぶしな」

「う、ううぅぅぅうぅ!!!!」

 

 烈火の言う通り、フェイトは1人で起き上がって痛みを我慢して保健室まで行くつもりだったが、脚への負担が大きい事は間違いない。脚への負担を鑑みれば、抱きかかえられているこの状態の方が自力で歩くよりも脚への負担が少ない事は明白と完全に論破されてしまったフェイトはぐうの音も出ずに烈火の方を恨めし気に睨み付けた。

 

「というわけだ。頭から落とされたくなければじっとしてろ」

 

 頬を紅潮させながら涙目で睨んできたところで何の恐怖も感じないと烈火は動けないフェイトの可愛らしい抵抗など意に介さずそのままアリサたちの後を歩いていく。

 

「……烈火のいじわる」

 

 フェイトはあまりの羞恥に対して逆に開き直ったのか烈火に体重を預けて大人しく運ばれているが頬を風船のように膨らませてそっぽを向いた。校舎の1階にある保健室に就いたのはそれから数分後のことだった。

 

フェイトは保健室のベットに座り、保険医から足首の様子を診察されていた。その隣には擦りむいた膝に絆創膏を張った女子生徒、ベットの近くにはアリサと烈火が立っている。

 

「うーん、転んだ時に軽く捻っちゃったみたいね。でもこの程度ならしばらく安静にしてればすぐに良くなるわ」

 

 保険医はフェイトの足首に処置をしながらアリサたちを安心させるように呟いた。

 

「そ、そうですか」

 

 結果的にフェイトの怪我の原因になってしまったであろう女子生徒が脱力するように息を吐いた。

 

「当然だけどハラオウンさんは今日の体育は参加できません。まあ、この体育が終われば下校だからここで安静にしててね。あと帰りの支度とできればご家族の方にお迎えに来ていただけるといいのだけれど?」

「フェイトの帰りの用意はアタシが教室から持ってきますし、送迎もうちの車でやりますので大丈夫です」

 

 フェイトが答えるより先にアリサが保険医の問いに答える。

 

「ありがとうアリサ。でも迷惑じゃないかな?」

 

 家にいるリンディを呼ぼうとしていたフェイトだったが自身の送迎までかって出てくれたアリサに対して申し訳なさそうに尋ねた。

 

「今日は何の予定もないし、問題ないわ。それに友達なんだからこんなのでいちいちそんな顔するんじゃないわよ……って、何よ」

「何も言ってないだろう。まあ、分かりやすい奴だとは思ったが」

 

 アリサは顔を背けながらぶっきらぼうに答えたが、頬が赤らんでいるのが座っているフェイトからでも丸分かりであり、顔を背けた先でちょうど烈火と視線が重なる。照れ隠しに烈火を睨み付けた。

 

「れ、烈火もその、運んでくれてありがとね。でもやっぱりもっと別の方法があったと思うんだ」

「またその話か、さっき何も言えなくなってうーうー唸ってたのはどこの誰だ?」

 

 烈火に保健室まで運んでもらったことへの礼を言うフェイトだが、運び方が余程恥ずかしかったのか再び抗議を始めるが……

 

「まぁ、結構様になってたしいいんじゃない?」

「あ、アリサぁぁ……むうぅぅううぅうう!!!!!」

 

 味方だと思っていたアリサが烈火の方についたため、ショックを受けたフェイトは脱力するようにふらついた後、アリサと烈火に向けて頬を膨らませて不服そうな表情を浮かべた。

 

「ふ、くふふっ!……あ、ご、ごめんなさい!!」

 

 フェイトの隣に座っていた少女が会話をしている3人を見ながら笑みを零していると、その笑い声に反応したフェイト、アリサ、烈火の視線を一手に浴びてしまい同時に体を縮こませた。

 

「そ、そのハラオウンさんもバニングスさんもいつも大人っぽいからそうやって会話してるの見るとやっぱり同い年なんだなって。蒼月君も先生たちが動く前にハラオウンさんに駆け寄ってたしそれに私にも気を使ってくれて、優しいんだなって思って……」

 

 ボソボソと話し出す女子生徒、しかし徐々に声のボリュームが落ちていく。からかうような口ぶりならともかく、心から言っている様子の女子生徒にどう反応していい分からず、三人共思わずタジタジにってしまっている。

 

「若いっていいわねぇ」

 

 そんな4人の様子を見ながら笑みを零す保険医の姿があった。

 

 

 

 

 

 翌日も共に登校してきた烈火とフェイトだったが教室の扉を開いて入室すると室内の雰囲気は昨日と明らかに違っている事に気が付く。クラスの誰もが神妙な顔をしていたからだ。何事かと首をかしげる2人に今日は早く登校していたアリサが近づいてきて事情を説明した。

 

「て、転校!?」

「そう、私たちと一緒に保健室に行ったあの子が急に転校しちゃったのよ。しかも東谷先生も今日知ったらしいわ」

 

 昨日、フェイトともに転んでしまい、怪我を負った女子生徒が突如として転校したということであった。また、どこの誰が流した情報かはわからないが、父親の勤めている会社が倒産しただとか、家庭トラブルがあったなどという憶測が飛び交っている。

 

「彼女だけじゃなくて、昨日の体育で対戦した4組の野球部のピッチャーの子も突然、転校したみたいで朝からこの話題で持ちきりよ」

 

 釈然としない表情のアリサと昨日の女子生徒のことを思ってか悲しそうな表情のフェイト。

 

 

 

『なのはさん、フェイト、はやてさん・・・聞こえてるわね?』

 

 だが、困惑しているフェイトの頭に直接、リンディの声が響きわたった。

 

『母さん聞こえてるよ』

『私も!』

『私も聞こえてます~』

 

 その声に口を動かさずに返答するのは3人の少女。これは魔力を生み出す源であるリンカーコアを持っており、魔法というものを理解しているものにしか聞こえない念話というものだ。魔法を扱えるものなら誰にでも扱え、基本といっていい技術だが魔力を持たないものには感じ取ることができないため、校内でも周囲にバレずに会話をできるというわけだ。

 

『緊急事態が発生したわ。3人とも非番のところ悪いのだけれど、今日は早退して大至急うちに来てもらえるかしら?』

 

 三人は焦った様子のリンディの声音に2つ返事で了承の意を伝える。

 

「アリサ、烈火、私ちょっと急用ができたから今日は早退するね」

「今登校してきたばかりで早退……ってバニングス?」

 

 今まさに共に登校してきたばかりのフェイトが突如、帰ると言い出したことに関して反応した烈火だったが、言葉を言い切る前にアリサがその肩に手を置いて制止させた。

 

「分かったわ。ノートはいつも通り取っておいてあげるから行ってきなさい」

「うん!ありがと。烈火もゴメンね」

 

 そう言ってフェイトは教室から早足で退出した。

 

「さっきはゴメン。あの子たちちょっと特別でね。これからもこんな風にいなくなることが何回もあると思うけどそれについてあんまり突っ込まないで上げて」

「そうか……分かった」

 

 フェイトの背を見送った後、アリサは烈火に語りかけた。教室を出ていくときのフェイトの表情がこの2日で見たことがないほどに真剣なものであったこと、目の前のアリサの様子からも何か特殊な事情を抱えていると察したのか、烈火もそれ以上の詮索をすることはなかった。

 

 

 

 

 なのは、フェイト、はやてが学校を早退してハラオウン家に集まると、リンディとアルフ、そして蒼い毛並みの大きな狼に迎えられる。

 

「あ、ザフィーラも来てたんやね」

「はい、ですが他の騎士たちは現在任務中ですので動けるのは我だけのようです」

 

 巨大な狼を見てはやてが口を開く。その狼ははやてにとって自身の騎士の1人であるとともに血のつながりを超越した家族である、守護騎士の一角〈盾の守護獣〉ザフィーラであった。本来4人であるヴォルケンリッターであるが他の3名は現在、留守にしているようだ。一同は客間で椅子に腰かけた。

 

「みんな急に集まってもらってごめんなさい。詳しい説明はクロノが来てから……あら、ちょうどね」

「すみません、野暮用を済ませていて遅れました。では概要を皆に説明します」

 

 客間の扉を開いてクロノが入ってきた。口ぶりからして今までどこかに行っていたようだ。

 

「みんなを緊急招集したの理由なんだが、ある人物たちが封印状態で管理局に保管されていたロストロギアをいくつか持ち出して逃亡したんだ。どんな手段を用いて盗み出したかは定かではないが野放しにしておいて暴走でもされたら世界の1つくらいは滅んでしまうかもしれない代物をな」

 

 クロノの話に驚きながらも真剣に耳を傾ける一同。

 

「無論、局の部隊も追尾を続けているのだが、奴らもどうにか振り切ろうと連続で転移を繰り返して逃亡中だ。そしてこの第97管理外世界に潜伏している可能性が非常に高い」

「そんな……」

「奴らってことは複数犯なの?」

 

 悲しそうな表情を浮かべるなのはとクロノに問い返すフェイト。その問いに答えるようにモニターに表示された数名の顔写真と経歴、それはなのは達の言葉を失わせるには十分すぎるものであった。

 

「この人達って!?」

「ああ、管理局員だ。どうやら犯罪グループと通じていたようでそこからさらに増大した彼らの戦力は現状、魔導師15名以上ともいわれている」

 

 魔法を使って管理世界の平和と秩序を守る法の守護者である時空管理局の局員が犯罪に手を染めていたという事実にその場にいる全員が苦虫を潰したかのような表情を浮かべている。

 

 それも犯罪者グループと通じてロストロギアを盗み出すという最悪の状態だ。加えて魔導師が10名以上潜伏しているともなれば万が一の時、魔法に対抗する力を持たない地球の人々にどれだけの被害が出るか……

 

「そ、それで奪われたロストロギアはどんなものなん?」

 

 暗くなった雰囲気の中ではやてがロストロギアに関しての情報をクロノに尋ねた。

 

「危険度の高いものは2種類だ。1つは宝剣ミュルグレス、使用者の身体能力を強制的に限界以上まで引き上げるというものだ。こちらは純粋に相手の戦力としての脅威なんだが、もう1つが最大の問題だ……」

「クロノ君?」

 

 奪取されたロストロギアの説明を行っていたクロノが口を閉ざしてなのはとフェイトの顔を見つめる。フェイトと顔を見合わせて首をかしげるなのは。しばらくして意を決したかのようにクロノが口を開いた。

 

「もう1つのロストロギアは———ジュエルシードだ」

 

 クロノの言葉にはやてとザフィーラ、事情を知っていたリンディ以外の表情が一変した。

 

 ロストロギア〈ジュエルシード〉・・・かつてこの地球に降り注いだこともあるロストロギアであり、なのはにとってはその後の人生を左右することになった魔法との出会い。

 

 フェイトにとっては喪失と最初の友達との出会い、そして本当の自分を始めるきっかけとなった物だ。アルフもフェイトと同様であり、クロノとリンディにとっても忘れられない因縁深いロストロギアである。

 

 白と黒の魔法少女の最初の物語を紡ぎ出した宝石の種が、悪意に晒されようとしていた。

 




最後まで読んでいただいてありがとうございます。
次回もお楽しみにしてれるとうれしいです。
感想等あればぜひ是非どうぞ。

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