魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword   作:煌翼

51 / 74
闇影真実のLostMemory

 情報は錯綜を極め、戦場は更なる混乱の様相を呈している。今回の事件を引き起こし、キリエ・フローリアンを傀儡として、暗躍していた少女―――イリスは通信を司る個体から入ってきた情報に対して動揺を隠せないでいた。

 

 通信内容は至極単純な物であり、自らが(けしか)けた戦闘の結果についてであった。

 

《ユーリ意識消失…私達の誰かが身柄を確保する事には成功したようですが、通信が繋がりません。ですが、交戦相手の猫に再起不能の重傷を負わせたようです》

 

 それに対しての回答は一つ。在りえない―――だ。

 

「―――何が起きてる…」

 

 此度の戦いは全て自分の支配の下に成り立っているはずなのだ。確かにあの3匹が管理局側に回ったことは予定外ではあるが、どうということはない。どのみちユーリと敵対させるために蘇らせたのだから……

 

 であるにもかかわらず、計画が最終フェイズまで進みつつあるこの期に及んで自分達(・・・)の中から不穏分子が発生するなどあっていいはずがないのだ。

 

 

 掌から致命的な何かが零れ落ちていくようなそんな感覚―――

 

 

 そんな想いを抱きながら、イリスは戦闘区域を忌々し気に睨み付ける。自らの群体と多数の機動外殻を投入し続けているにもかかわらず、戦闘が長期化の様相を呈していることが理解出来ないのだろう。

 

 思えばキリエの夜天の書奪取時点からここに来るまでにイリスの想定外の事態が多数発生しており、その都度、計画の修正を迫られていた。加えてここに来ての完全なイレギュラー……

 

 このままでは埒が明かないと戦局を変えるべく、各地の量産型へ指示を出そうとしたが、それは叶わなかった。

 

 画面の向こうでは僅かな呻きを残して量産型が凍り付く。

 

 各所の群体に指示を飛ばせなくなる最悪のタイミングだった。

 

 イリスは怒りで沸騰しそうになる感情を押し殺しながら、冷たく無機質な声で呟いた。

 

「…君か……」

 

 意識の向こうにいたのは、拠点確保のために踏み込んできた管理局員達の最後尾にいる黒衣の青年―――クロノ・ハラオウンであった。

 

《此方の制圧は順次進行している。先ほども言ったが、出来る限りの配慮もする心算だ。抵抗を止めて投降してくれ……それに、君達の方でも何か想定外の事態が起こってはいないか?》

 

「……さあね」

 

 クロノは先ほどと同様の武装解除宣告に加えて、イリス側の内部情勢を言及してきた。対する本人は肩を竦めるように冷たく答えるのみ。

 

《それからもう一つ。各地の戦闘報告を受けて一つの疑問が出て来た。君が目的と言っている行為、それは本当に君自身が定めたものか?》

 

「―――ッ!?」

 

 イリスは淡々と核心を突いてくるクロノの発言を前に無機質な表情を保てなくなっている。

 

 気づいてはいけない、知ってはいけない、これ以上は踏み込んではいけないと彼女の頭の中で何かが蠢く。

 

「…ユーリが過去を漏らしたんでしょ?」

 

《君はユーリ・エーベルヴァインの思考を奪って制御していたな。ならば、君自身がその処置を受けているという可能性は―――》

 

「煩いッ!!」

 

 イリスは切り捨てるように否定する。クロノはその様子を見てそれ以上の追及はしなかったが、複雑そうな表情を浮かべながら疑念が確信に変わったことを感じ取っていた。

 

《提督、市街地エリアに新たな機動外殻が出現しました》

 

《分かりました。ボクが凍結を……》

 

 耳に聞こえて来る彼らの会話…自分の把握していない機動外殻の出現を受けて、動揺からか心が揺らぐ。

 

《イリス…僕達は君達に対して出来る限りの配慮を取る用意がある。もう一度、よく考えてみてくれ。本当に取り返しがつかなくなるような出来事が起こってしまう前に……》

 

 クロノは揺れ動くイリスを一瞥し、新たな脅威に対処すべく戦場に舞い戻る。

 

「…アタシは、アタシだ」

 

 自分が何者であるのか、そう考えているこの思考すら本当に自分自身の物であるのか…それすら確証が持てなくなっている。

 

「星を救うために生み出されて…大切な人達に愛されて育って、ユーリに全部奪われた―――アタシはアタシ…他の何を否定されてもいい。だけど!エルトリアで生きたあの日々は!あの時間は…アタシの思い出だけは誰にも否定させないッ!!」

 

 イリスは自らを抱くようにして身体を抑え込む。そうしなければ震える自分自身がどうにかなってしまいそうだったから……

 

 自分が過ごした思い出の日々を否定させたくなかったから……

 

 否、誰もイリスを否定しようとしていたわけではない。むしろ否定しようとしたのは他ならぬイリス自身であった。

 

 だからこそ、自分の過去を否定させないために…あの日々を肯定するためにイリスは自分に言い聞かせるように言葉を紡いでいた。

 

 自分が自分で無くなるような感覚、これまでの過去がすべて否定されるような虚無感…そんな感情に蝕まれる様にイリスは自分を強く抱きしめる。支えてくれる親も友だった者ももういない。

 

 星一つを埋め尽くすほどの分身を生み出せても、それは彼女自身に他ならない。結局、今の彼女はどうしようもなく独りぼっちだった。

 

 

 

 

 そこへ、静寂に包まれる展望室に何者かの足音が木霊する。

 

 量産型に帰還命令は出していない。つまりは発生したイレギュラーか、敵対している魔女の接近に他ならない。

 

 イリスが嗾けようとした護衛に残した量産型は、次の瞬間には弾丸に撃ち抜かれて地に崩れ落ちる。

 

 その光景を見てイリスの眉が不愉快そうに吊り上がる。

 

 あれだけズタボロにして、過去の全てを否定してやったにもかかわらず……

 

「…何しに来たの?」

 

 イリスは低い声で問いかけた。

 

 

 

 

「助けに来たの」

 

 

 

 

 問いかけの返答は至極簡潔。

 

 驚愕に見開かれた瞳は正面に立つ人物を写し取った。

 

 今や新装されたツリーに名所としての座を奪い取られた暗がりの展望台。戦況の把握と迅速な指示を送るために適した場所だ。とはいえ、それは敵側とて同様…何れは何者かが此処に辿り着くだろうとは思っていた。

 

 だが、それ自体はイリスにとって脅威と呼べるものではない。

 

 何故ならイリスは魔導師に対して圧倒的なアドバンテージを有しているからだ。魔導師であるにもかかわらずフォーミュラを体得した高町なのはという不確定要素の塊に関しては一概に言い切れないが、それ以外の者であれば、誰が来ようと返り討ちに出来る。それに関しては絶対の自信があった。

 

 それは管理局側とて把握しているはず…だが、よりにもよって送り込まれて来たのは、自分が捨てた傀儡(キリエ)だったと知り、ぐちゃぐちゃになっていた思考が怒りに包まれる。

 

「アンタが、今更…誰を、助けるって……ッ!?」

 

 鬼のような形相で、イリスはキリエに斬りかかる。

 

 ずっと誰かの掌の上で踊らされ続け、独りでは何もできない甘ったれ…先ほども姉と魔女の足を引っ張り続けたにもかかわらず、またこうして戦場にしゃしゃり出て来たかと思えばあろうことか〈助けに来た〉と宣う等、ナンセンスにも程がある。

 

 怒りを抑えることなく鬱憤を晴らすかのようなイリスの剣がキリエを襲った。イリスの〈ヴァリアントウエポン〉とキリエの〈ストームエッジ〉が鍔是り合う。しかし、抵抗するそぶりを見せないキリエに対して、苛立ちを募らせるイリスは彼女を吹き飛ばし、即座にウエポンを片手剣(ブレード)から追撃砲(ブラスター)へと形態移行し、銃弾をばら撒いた。

 

 硝子が砕け散る音と、噴煙が立ち込める中でキリエは夜景を背にして、銃弾を防ぐべく突き出していた刃を降ろして、静かに口を開く。

 

「イリス…聞いて。イリスは過去の出来事を誤解している。ううん、誤解させられてるの―――ある人に……」

 

 ある意味ではこの事件の全容を最も把握していなかったキリエの諭すような口ぶりに苛立ちを覚えながらも訝し気に視線を向ける。そんなイリスの目の前にかつて自らがキリエに渡したであろう〈遺跡板〉の欠片が放られた。

 

「ユーリが残してくれた鍵を使って、エルトリアにいるママと通信ができたの。あの日の事…惑星再生委員会の最後の日……ママに聞いたんだ。でも、ママも全部を知ってたわけじゃなかった。だから調べて貰ったの。本当の事、残されたものがないのかどうか……調べて貰った結果がそれなの―――あの日の真実を……」

 

 イリスは戸惑いながらも、遺跡板を手に取った。そこに在ったのは夜天の紙片に残された日々よりも以前の記憶と、自らが知りえない記録……

 

 自らにもたらされた幸福と、全ての崩壊の真実……そして、その裏にあった事象の全容であった。

 

 

 

 

 普段ならば目を疑うほどの人々の雑踏が行き交うはずの都心の駅……

 

 その屋根にユーリを連れた男性が降り立つ。

 

 見下ろす広間には軍勢の如き量産型が控えている。その様子は、母体ではない自らと同存在に対して忠誠を誓っているようにさえ思える。むしろ…此れこそが本来在るべき形かのように……

 

「生産ペースは順調かい?」

 

「はい。現在の拠点とは別にラインを確保してあります。量産型躯体、機動外殻、その他車両等についても順調との報告を受けております」

 

「素晴らしい…それでアレはどうなっているかな?」

 

 男性は娘を見守る父親の様な慈愛に満ちた表情を浮かべ、どこか誇らしげに量産型に称賛の声を送った。

 

「そちらももう間もなく配備可能になるとのことです。」

 

「そうか……ん?」

 

 量産型の返答に表情を緩めた男性は視界の端に広間へと突っ込んできた一台のバイクを捉える。

 

 結界破壊の侵攻中とはいえ、現状それは成されていない。封鎖領域内で自由に動き回れる人物と言えば、管理局か自分達しかいない。そして目の前の車両に乗っている人物には認識番号は存在しない。つまり敵襲だ。

 

 量産型が腕を向け、銃を以て迎撃態勢を取る。

 

「構わない。道を開けてあげなさい」

 

 男性はむしろ歓迎するかのように量産型に指示を出した。それを受けた量産型は即座に広場中央を開けるように再整列を取る。

 

 空いた広間に車体を滑り込ませた女性―――アミティエ・フローリアンは機械染みた動きを取る量産型の異様な光景を目の当たりにし、目を細めるが、その元凶たる存在に静かな怒りを滲ませながら言い放つ。

 

「……貴方だったんですね。この事件を起こしたのは」

 

 男性はその言葉を聞き、懐かしい少女の面影を受け継いだであろう、目の前の女性

に対して楽しげに口元を歪める。

 

「君と面識はないはずだが―――」

 

 まるで言葉遊びだ。だが、続く言葉は断ち切られる。

 

 

 

 

《―――ですが、私とはありますよね?》

 

「ほぅ……そういうことか。ではまずこう言っておくべきかな。久しぶりだね」

 

 モニターに映し出された女性―――エレノア・フローリアンの姿を目の当たりにした男性は納得がいった様子で笑みを深める。

 

「実に久しいよエレノア。グランツとの間にこんな大きな子供達を育てるようになるとは…時が経つのは、本当に早い。何せ、君達を最後に見たのは、まだこんな子供の頃だったからねぇ」

 

 男性は感慨深そうに自分の腰より下に持っていった手を水平に切る。それはちょうど子供の背丈を表すほどの高さであった。

 

「確かに君達は見ていて微笑ましい位、仲が良かったけど、こうして実物を目の当たりにすると本当に感慨深いものがあるね」

 

 まるで久々に会った親戚の子供の成長を喜ぶ叔父の様な戦場には似付かわしくないほど穏やかな表情を浮かべ、2人の赤髪の女性を見比べながら何度も頷いている。

 

《本当に…貴方なんですね……》

 

 エレノアはイリスの理外で動き回り、ユーリを攫い、事態を混乱へと導いたこの人物を知っている。

 

 40年前……自分達の故郷を救おうと皆の先頭に立ち、指揮を執った。彼はかつて幼かった自分達にとって憧れであり、こうなりたいと思えるような人物であった。そして、志半ばで潰えた彼らの夢を自分達が受け継いだ……

 

 エレノアは彼の事を良く知っている。当然だろう……彼と過ごした日々はエレノアとグランツにとってもかけがえのない日々だったのだから……

 

 

 

 

《惑星再生員会―――フィル・マクスウェル所長》

 

 彼は久しく呼ばれることのなかった自身の名を呼ばれ、小さく笑みを浮かべた。

 

 むしろ、自らがこの場にいる事へ実感を改めて抱き、目的が着々と完了しつつあるこの状況を受けてより、いっそう笑みを深めていた

 

 

 

 

 黙殺されていた真実が明かされていく中、イリスは自らの過去……秘められていた物と向き合うこととなった。

 

 思い返すのは彼女にとって最も古い記憶……

 

 

 自らは造られた命。

 

 普通の人間とは違い、幼児期は存在しない、生まれる寸前の記憶も持っていた。

 

 そして、死に行く星〈惑星エルトリア〉を救うために彼女は、人が何十年かけて覚えるべきことを始めから全て頭の中に刷り込まれ、自らが人成らざる者であることを始めから認識していた。

 

 

―――もうすぐですね……

 

―――ああ。良い子だ。早く生まれておいで……

 

 

 生体テラフォーミングユニット。〈形式番号『IR-S07』〉、付けられたマスコットネームは〈イリス〉。彼女は紛れもなく皆に望まれた命であった。

 

 生まれて間もない頃はいつも誰かと共に居た。

 

 自分の父親であったフィル・マクスウェル。姉のような存在であった所長秘書、ジェシカ・ウェバリー、気さくに話しかけてくれたアンディ・ペントンを始めとした委員会のメンバー達…イリスにとって彼らは兄姉のような存在であった。

 

 委員会の施設の中には自分より年下の子供達もおり、彼らの面倒を見ているうちに弟妹のように可愛い存在になっていた。そして、突如として舞い降りた親友……ユーリ・エーベルヴァインと、言うことを聞かないが、何処か憎めない猫達……

 

 

 

 

―――本当に、幸せだった……

 

―――とても幸福な時間だった

 

 

 

 

 惑星再生という目標に向けて皆が一丸となって手を取り合う。苦しい状況ながらも、誰もが輝きに溢れ、希望に満ちていた。

 

 

 

 

 だが、惑星再生委員会が抱えていた問題は徐々に彼らを蝕んでいく。

 

 政府から通達されたのは、エルトリアを救うための予算…委員会の運営資金の更なる削減というものであった。役人達の中ではエルトリアを救える見込みがないという考えが大多数を占めており、その為に動いている委員会の存在自体を疑問視する声が高まっていた。今まではマクスウェルの尽力で騙し騙し運営してきたがそれも限界が見え始めていたのだ。

 

 ユーリという存在により惑星再生への道がようやく見えかけた…そんな矢先の出来事だった。

 

 

 

 

 そして…とうとうその日はやって来た。

 

《誠に遺憾であるが〈惑星再生委員会〉の運営は中止が決まった。職員達にはコロニーの緑化や設備整備に就いてもらう事になった。それから委員会の制作物…〈イリス〉と言ったか?アレも政府の備品として取り扱うことが決まった》

 

「―――そうですか」

 

 告げられたのは惑星再生委員会の運営停止。だが、これが名目上の物であることは明らかだ。エルトリア政府はこれ以上あの星に手を加える事よりも、その為に彼らが培ってきた技術を別の事象に活かす事を選んだということだ。

 

《君には査問が待っているぞ、マクスウェル。不透明な予算運用や明らかに惑星再生を逸脱した研究の内容についてのな》

 

「……あなた方のやり方ではエルトリアを救えなかった!」

 

《君のやり方でも救えなかった。結局はそういう事だよ。解散の日時については追って連絡する》

 

 通信はそこで終わった。

 

 

 

 

「所長……」

 

 ジェシカはマクスウェルに不安げな視線を向ける。

 

「……希望はこれで無くなった。残念だよ。でも、大丈夫―――なぁに、最後に笑っていればいいのさ」

 

 かねてより彼が持っていた物が表層に現れたのか、それとも彼の中で何かが変わってしまったのか……だが、一つだけ言えるのは惑星再生員会はこの時に死んだということであった。

 

 

 

 

 それから間もなくして、委員会が銃声と悲鳴に包まれる。床に無造作に転がるのは惑星再生のために全てを賭けたスタッフ達の無残な骸。ちょうど外に出ており委員会に居なかったイリスはこのことを知らなかった。いや、全て計算された事象だったのだろう。

 

 

 次々と無抵抗のまま命を奪われる人々、その中には頭蓋に大穴を開けて絶命しているジェシカの姿もある。

 

殺戮を繰り返すのは機械染みた少女達…〈イリス群体〉であった……

 

 

 一機一機は大した戦闘力ではないが如何せん数が多すぎる。ユーリは立ちはだかる量産型を退け、これから先の指示を仰ぐべく所長室に飛び込んだ。

 

 そこにいたのは余りにも落ち着いている……不自然なほどに落ち着きすぎているマクスウェル。その傍ら…部屋の端では檻に入れられた見覚えのある猫達の姿があり、その鳴き声が薄暗い所長室に響いている。

 

 マクスウェルと対峙したユーリは驚愕を露わに……そして脳裏を過った不吉な想像を否定してくれとばかりに言葉を紡いだ。

 

「貴方がやらせてるんですか!?」

 

「そういう事になるね」

 

 ユーリの剣幕に動じることなく、マクスウェルは淡々と、顔色一つ変える事もなく返答をした。目の前にいるこの機械染みた冷たい目をした人物が、自分やイリスにいつも笑顔を向けていた、皆に信頼されていた人物と同一なのか…とユーリは余りの変貌ぶりに言葉を失っている。

 

 

「政府の意向で惑星再生の仕事は終わりになった。成果を上げられなかった私達は、碌でもない閑職に回される―――そんな未来は御免被りたいだろう?」

 

 夢は潰えた。惑星再生の為に費やしてきた全てが無駄になる。その為に生み出してきた技術が何もしていない他人の為に使われる。そして、自分達は無謀な夢を抱いて失敗した愚か者としての烙印を押され、これから先の未来を生きていく。

 

 マクスウェルにとっては耐え難い物であった。

 

 

 確かに、人生を懸けて臨んだことを理不尽に奪われるのは不条理な事であろう。だが、自分と共に歩んで来た者達にとっても次の舞台は相応しくない…きっとそう思っている…その思いだけで命を奪っていいはずがない。

 

 否、大切であることを自覚しながらも、自らの描いた通りにならないと分かった途端に彼らを道端に捨てるが如く殺せてしまうのか……

 

 

 

 

「私の技術とイリスを買いたい…という団体があるんだ。私達はそこに身を寄せる事にした。勿論ユーリ、君にも来て欲しい」

 

「……軍事団体ですか?」

 

「ああ。この星の人間が逃げ出した先にも、その先にある遠い異世界でも、戦乱はどこにでもある。そう言った場所でなら、私の技術や経験も存分に活かせる」

 

 マクスウェルは鉄仮面のようだった表情を僅かに軟化させ、楽しげに答えた。

 

「イリスの設計思想は星を人間が住めるように作り変える生体テラフォーミングユニットなどではない。本来の設計思想は……無限に増殖する人造兵士―――材料と動力源さえあれば壊すも創るも思いのまま。どんな環境でも役立つ、便利な兵士さ」

 

 種明かしをするかのように雄弁に語るが、親友の真実を聞いてもユーリの様子が思ったほど変化していないことにマクスウェルは驚いたような表情を浮かべている。

 

「―――イリスがそういう風に生み出されたことには気づいていました」

 

 ユーリは〈夜天の魔導書〉を顕現させ、戦闘可能状態に入るが、マクスウェルは聞き分けの無い子供を窘めるかのように肩を竦めた。普段の様子からは想像がつかないが、ユーリとて古代ベルカの戦乱を経験したこともある。そういう意味では委員会の中でも悪意や血の匂いを感じ取る感覚に優れており、イリスの違和感にも気が付いていた。

 

 不自然すぎるほどの腕力や耐久性、〈ヴァリアントシステム〉によって生成される武具の数々や異常なまでの戦闘能力……実戦を想定している装備であろうことには予想がついていた。

 

 だが、これまでは〈死蝕〉の影響を受けた危険生物との戦闘や危険地帯での活動のみに限定されており、委員会とイリスの友好的な関係性を垣間見るに少なくともこのような事態が起こる事はないだろうと思っていた。

 

「貴方もみんなも、あんなにイリスを愛していたのにッ!」

 

 ユーリは必死に想いの丈を伝える。自分達が過ごしてきた時間は間違いではないはずなのだと…

 

「そうだね」

 

 マクスウェルは淡々と答える。

 

「愛情は、人の心を動かすための動力源だろう?イリスは私の愛情を受けて、想定していた性能以上のスペックを発揮してくれた。だから私はイリスを愛しているよ(・・・・・・・・・・・・・・・)―――私の子供であり、都合の良い道具としてね」

 

「…マクスウェル、貴女は!…‥ッ!!」

 

 ユーリは激高し、マクスウェルへと向けて魔法を発動させようとした。

 

 今までの笑顔は娘のようなイリスへの慈愛でも何でもない、全て計算尽くのものであったのだ。

 

 もし…もしもだ…イリスに何らかの欠陥があって彼の思い描いた性能に達していなかったとしたら彼は自分を父のように慕っている彼女を今の様に扱っていたのだろうか……

 

 友を貶し、陥れた相手に対して怒りを爆発させたユーリの魔法は発動されることもなく彼女の苦悶の表情と共に魔法陣が四散した。

 

「ぇ…これ、ぁ…は……?」

 

 マクスウェルの文字の羅列が浮かんだ眼差しに射抜かれた瞬間、ユーリの動きが止まり、膝から崩れ落ちた。そんな彼女にマクスウェルはゆっくりと歩み寄りながら、優しく諭すように語り掛ける。

 

「イリスだけじゃあない。君も私にとっては愛しい子供(・・)だ。魔法(・・)という素晴らしい力を有している。その力はイリスと共に在るべきものだ。仲良し2人で…私と共に新天地へと赴いて働こうじゃないか」

 

 意識はある…体の自由が利かない。

 

 だが、何れは自分の意識が消えるのも時間の問題であろう。この真実をイリスに伝えなければ彼女は―――

 

 その時、主人を危機を感じ取ったのか、檻の中の猫達がマクスウェルへ飛び掛かる。相手は人間、それも成人男性との体格差に勝てる筈もなく、いとも簡単に振り払われて、床に叩きつけられてしまった。

 

 だが、その刹那―――

 

 マクスウェルの胸は結晶樹によって貫かれていた。

 

 ユーリの魔法がウイルスコードの呪縛から解き放たれた一瞬の間に発動し、彼の急所を刺し穿ったのだ。マクスウェルは呆然としているユーリへと視線を向け嘲笑うかのような笑みを浮かべながら絶命した。

 

 為すべきことは果たしたのだと……

 

 最後の詰め(チェックメイト)は抜かぬなく……

 

 

 

 

「どぉ…して…なんで?ねぇ、ユーリ…嘘…だよね?―—―ユーリがこんな事するなんて…ッ!?」

 

 タイミング悪く(・・・・・・・)施設へ戻って来たイリスは自らの父が親友によって無残に殺される場面を目撃してしまう。

 

 

 全てはマクスウェルの掌の上―――

 

 

 イリスに愛情を捧げ、彼女にとってかけがえのない父親を殺した相手…それを誰が行ったのかということを明確に認識してしまえば、どうなるか…

 

 

「…んで、だよぉ……何で殺したぁぁぁッ!!!!」

 

 思考誘導…一種の刷り込みに近い……

 

 怒りと悲しみに駆られて、イリスはユーリを殴りつける。最早、ユーリの言葉に耳を貸す筈もなかった。

 

 なぜなら、ユーリは大切な友達であり、そんな相手が父を殺したという現実にイリス自身も感情を掻き乱され、正常な思考を失っているのだ。

 

 加えて、殴られている彼女も困惑と罪悪感…マクスウェルの真実を伝えるという使命の間で揺れており、イリスの剣幕と相まって自分の意志を伝える事が出来ていない。

 

 

 

 

「あ、ああ…ぁ?―――ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあああぁあああああッッッッ!!!!!!」

 

 イリスはかけがえのない2つの存在の板挟みに合い、知らず知らずの間に刷り込まれていた強迫観念のままに力を解放する。

 

 人造兵士としての力を始めて解放したイリスは〈ヴァリアントウエポン〉を手にユーリへと襲い掛かった。当時の彼女は群体生成を戦闘手段として認識しておらず、数的有利を取ることはできず、火力、機動力、戦闘経験値……全てユーリが勝っていたが為…

 

 イリスは敗北し、身体と家族、居場所を失い…幼少のキリエ・フローリアンと出逢うその時まで遺跡板の中で眠りについた。

 

 そして、ユーリも傷つき、夜天の書に自らを蒐集させ、エルトリアを去る。

 

 

 

 

 これこそが、今回の事件の裏側に隠された真実(こたえ)―――

 

 一人の男が自らの夢を実現させるべく奏でた序曲(プレリュード)―――

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

所長が出てから妙に筆が進んだのでまさかの連投です。

エルトリア組以外一切出てきてませんがリリなのSSですよ。

これまでは結構、まどろっこしい展開が続いていたかと思いますが謎解き回も終わり、次回からはお待ちかねの戦闘回です。

では次回お会いいたしましょう。
ドライブイグニッション!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。