魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword   作:煌翼

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Accelerated on Brave

 月光に照らされる都心の駅前、戦闘装束に身を包んだ男性―――フィル・マクスウェルを見上げているのは、大型バイクに跨る青いフォーミュラスーツの女性―――アミティエ・フローリアン。彼女の周囲を付き従う多数の量産型が取り囲んでいる。

 

 そこで語られたのは、この事件の真相―――

 

《―――そして、ユーリは旅立ち、イリスはあの場所で眠りについて、私の娘と出逢いました。どこまでが貴方の計画だったのかは分かりませんが……》

 

「全部さ―――と言っておくよ」

 

 マクスウェルは画面越しのエレノアに軽い調子で答える。

 

 始めからイリスでユーリに勝てるとは思っていない。だが、それも彼の計略の一部であった。

 

 マクスウェルには二つの計画があった。まず一つ目はユーリとイリスを連れてエルトリアを旅立つ事……だがこれの成功率は限りなく低いだろう。イリスはどうとでもなるが、ユーリという障害があるためだ。

 

 だからこそ本命の第二の計画……惑星再生委員会を襲わせた量産型に自壊機構を搭載しておき、職員を殺し終わった後に証拠を隠蔽。遅れてやってきたイリスにユーリが施設を襲い皆を殺した犯人だという思考の誘導を促した。

 

 この状態でユーリとイリスを戦わせる。

 

 全ての真実を知ってしまったユーリはイリスを殺すことができない。イリスはユーリを殺してでも皆の仇を取る。そういう状況を作り出したのだ。

 

 確かにユーリの戦闘能力は常軌を逸脱している。だが、明確な殺意を向けてくる相手に対して、殺さずに無力化することほど難しい事はない。加えて、イリスもユーリが手心を加えた状態で打ち倒せるほど弱くはない。

 

 当時の〈夜天の魔導書〉は主不在、未完成である為に魔法を使えば使っただけ(ページ)を消費してしまう。消費した(ページ)を蒐集で埋めなければ次なる主を求めて自動転生してしまうことだろう。しかも、現在と違い〈闇の書〉と呼ばれていた頃だ。闇の書の均衡が崩れれば、自動防衛プログラム(ナハトヴァ―ル)の暴走の危険性すら秘めている。

 

 となれば、ユーリが取る行動は予測が付く。

 

 ユーリはイリスを殺さぬように彼女を降し、消費した(ページ)を埋めるべく、自らを蒐集させてこの地を去る。

 

 残されたイリスは、自分を殺さずに全てを奪って消えたユーリを恨み続ける事だろう。

 

 そうして何時の日か、ユーリに立ち向かう手段を得て、イリスは彼女を見つけ出し、巡り合う。

 

 たとえ長い年月がかかったとしてもこの2人に年齢という概念はない。時間さえあれば、最後には巡り合う運命なのだ。

 

「記憶データの一欠片さえあれば、イリスは何度でも蘇る。だからこそ私の記憶と意志もそこに託した。娘たちを戦わせたことに心は痛む。だが、この遠い青い星で再び巡り合うことができたのならそれも些末な事さ。これは賭けだった―――」

 

 マクスウェルは眼前に広がるエルトリアとは比べ物にならないほど豊かな街々を感慨深そうに眺めている。

 

「もしも、イリスが完全に消去(デリート)されてしまったり、ユーリがイリスに無抵抗に殺されてしまっていたら私の願いは叶わなかったのだからね。そして、見事に私達は新天地へと辿り着いた」

 

 高揚感に浮かされ、アミティエなど視界に入っていないかのように言葉を紡ぐ。

 

「私の宝物も返って来た。これでやっと、あの終わりの続きが始められる。その為の舞台として巡り合えたのがこの星だったことも私にとってはこの上ない幸運だ。……この地球(ほし)は良い星だ。材料や資源に満ち満ちている。新たな拠点にはちょうどいいだろう?」

 

「よくも、そんな…ッ!!」

 

 アミティエはその言葉に怒気を強めるが、マクスウェルは気にした素振りすら見せようとしない。

 

「それに……〈魔法〉という物にも興味がある。ユーリは計画実行の為の最重要因だから、丁重に扱ってきたが、此処には魔法使いが腐るほどいる。実験サンプルとして彼らにも協力して貰わなければね」

 

「…ッ…っっぅぅ!!!!…ッ!!」

 

 アミティエは目を見開き、奥歯が砕けんばかりに噛み締めて、マクスウェルを睨み付ける。今まで生きてきた中でこれほどの憤りを感じた事はなかったからだ。

 

 

 グランツは死の病に侵されて床に臥せている。エレノアもエルトリアに留まり続けた結果、同様の病を発症してしまった。

 

 しかし、惑星再生という目標は今も色褪せる事はなく彼らの胸に息衝いている。

 

 そんな両親が命を懸けて挑んだ惑星再生……それを抱くようになった憧れの存在がこんな男だったのだ。

 

 それだけではない。目の前の男―――フィル・マクスウェルの口ぶりから、自分がイリスやユーリ、委員会へ行って来た仕打ちを……命を、未来を奪われ、被害を被った人々の事を認識すらしていないのかもしれない。

 

 エルトリアと袂を別つのだとしても、惑星再生が叶わず、自分の力を活かすべく新天地を目指して旅立とうとしていた。それだけならば…許された。

 

 だが、マクスウェルがしたのはそんな生易しい事ではない。

 

 イリスの過去を全て虚構で塗り潰し、夜天の書と共に在る使命を抱えていたユーリを利己的な理由で無理やり縛り付けた挙句、勝手な信頼を抱いて親友同士で殺し合わせた。しかも、自分勝手な理論を振りかざし、新たな未来へ進もうとしていた同胞達の未来をも無残にも奪った。

 

 それだけではない。イリスが復讐の為に起こした行動によってキリエは犯罪者の汚名を背負うことになり、エルトリアと全く無関係の地球と管理局を巻き込むこととなった。

 

 それに引き換え、なのは達は見ず知らずの自分達の為に命を賭けて戦ってくれている。はやてにとってかけがえのない夜天の書を彼女の事情も考慮せずに強奪し、地球や仲間を理不尽に戦いに巻き込んでしまったにもかかわらず……だ。

 

 その彼女達を実験動物(モルモット)呼ばわりしたばかりか、それが当然であるかのような発言……

 

 この男の自己顕示欲を満たす為という目的に一体どれほどの人々が巻き込まれたのだろうか……目の前の男はその事すら気にした素振りを見せる事もなく……

 

「そこまで変な話というわけでもないだろう?愛情を注いだ子供達の力を正しく使うべく導くというだけさ。他の人達も壮大な計画の礎となれるのだから、最初は反発していても、きっと本望さ。そうだ―――同郷の君達に此処で会ったのも何かの縁だ。良かったら強力して―――」

 

「アクセラ…ッ!レイター……ッッッ!!!!!」

 

 何が悪いのだと不思議そうに首を傾げるマクスウェルに対し―――これ以上は沢山だと言わんばかりに周囲に叫び声を轟かせ、アミティエの身体を燐光が包み込む。超加速を以て広場を駆け抜け、マクスウェルへと飛びかかる。周囲の量産型が食い止めようと動き出すが、一迅の光となったアミティエの進行を止めるには余りに虚弱過ぎた。

 

 しかし、高速で振り下ろされようとしていた〈ヘヴィエッジ〉は空を切り、マクスウェルは剣の腹でアミティエの側腹部を叩きつけ、広場へと突き落とした。

 

「ぐ…がっ…ぁぁ…!?」

 

 アミティエは身体を起こそうとするが肉体が言うことを聞かないのか、苦悶の声を覗かせながら呻くのみだ。そんな彼女に光弾の嵐が襲い掛かる。

 

「慣れない次元移動に、此方に来てからはずっと闘い続けて……」

 

 マクスウェルは複雑そうな表情を浮かべ、無抵抗のまま量産型の弾丸を受け続けるアミティエを見下ろしている。ある意味ではアミティエもマクスウェルの求めていたものの一つに他ならないためだ。

 

 エルトリアの劣悪な環境に適応した新しい人の形……あの当時、自分達に足りなかったモノの完成系を此処で自らの手で壊すことになる。それも、かつての同士であるエレノアの娘となれば情も感じる部分もあるのだろう。

 

「が、ッ!?ぁああぁぁぁあぁッッ!!!!―――ああああぁぁぁあああッッッッ!!!!!!」

 

 既にアミティエの肉体は限界を超えており、戦闘前から満身創痍と言っていい状況であったため、今の弱り切った身体では量産型の弾丸にすら歯が立たない。連戦で溜まりに溜まった疲労と負った怪我の影響……自慢の回復速度も落ちており、戦場にいる事すら驚くべき状態なのだ。

 

「そんな身体じゃ、抵抗するだけ無駄だよ。イリスの言った通りさっさと帰ればよかったのに……どうして関わろうとする?」

 

 マクスウェルから向けられる憐れむかのような眼差しに晒され、悔しさに歯噛みしたアミティエの口元から赤いものが滴っていく。だが、どんなに絶望的な状況でも譲れないものの為に言葉を紡ぐ。

 

「―――同じ、だからです!!」

 

 目の前の男性が失ってしまったのか、始めから持ち合わせていないのかは定かではない。だが、この星で沢山の人から貰った想いを…護るために……

 

「この星も沢山の人の故郷です。必死に生きている人がいる。大切なものを守ろうとする人がいる。見知らぬ何処かの誰か(・・・・・・)の為に必死になってくれる人がいる……ッッ!!!!」

 

 地球にはエルトリアより多くの人々がいる。平穏な穏やかな日々がある。そんな日々を侵し、乱して事件に巻き込んでしまった……知りもしない星から勝手な理屈を振りかざされ不条理に齎された災厄に親身になって向き合ってくれた人達がこんなにも多くいた。

 

 〈何処かの誰か〉……厄介事を持ってきた他人の為に必死になって……

 

 その気持ちに応えたかった。彼らの想いに報いたかった。

 

「同じだからですッ!!この地球(ほし)も―――私達の故郷も……ッ!!!!」

 

 アミティエの心からの叫び―――マクスウェルはその様子を見て小さく溜息を零す。

 

 

「それに―――貴方のような人には負けるわけにはいきません。背中を押してくれた方に顔向けできませんからッ!!」

 

 違法渡航者であり、これからのフローリアン家を支えていく自分が勝手な行動を取れば、死に行く故郷に病に侵されている両親を残してしまうことになるかもしれない……自分の身柄を預かっている管理局にも何らかの責任問題が発生してしまうかもしれない……

 

 そんな誰かの為を想って苦しんでいたアミティエの背中を押したのは一人の少年……

 

 苦しんでいる自分を肯定してくれた。その上で行くべき道を指し示してくれた。その想いも背負っているのに、他者の事などお構いなしで癇癪を起した子供の様な理屈を振りかざす事の男にだけは負けたくない……アミティエは心底そう思い、傷ついた身体に鞭を打って立ち上がる。

 

 これには流石のマクスウェルも驚きを滲ませながら感心したような視線を向けた。如何にアミティエが頑丈であっても、フォーミュラスーツが直接的な傷を防いでいると言えど、被弾の衝撃までは完全に殺しきれない。先ほどの攻撃で肋骨の数本は逝っており、呼吸する事すら困難な状態であろう…それで立ち上がったのだから―――

 

 だが、そこまでだ……

 

「……そうだね。同じだ」

 

 マクスウェルの声音が先ほどまでと打って変わり冷たい物へと変質し、銃剣状に機構を変化させた、ヴァリアントウエポンがアミティエへと向けられる。

 

「どちらも同じ……私の実験場だ」

 

 興味を失ったかのような冷たい声音と元に光弾が射出される。

 

 心はこれほどまでに燃え上がっているのに、身体は役目を果たしてくれない。アミティエはその事が悔しくて堪らなかった。何も果たすことが出来ずに此処で散りゆく自分が情けなくて……他の皆に申し訳なくて……

 

 誰かの為に戦い続けた女性に死神の弾丸が迫る―――

 

 

 

 

―――桜華の光が夜天を裂いた

 

 

 鈍い金属音が響き、銃弾はアミティエの身体に到達する前に何かに遮られるように四散した。視界を遮る衝突の硝煙が晴れた先には青と白…そして、漆黒が混じり合った戦闘装束(ドレス)を身に纏った少女が悠然と立っている。左腕には装束と同色の大型砲塔が抱えられ、彼女の周囲にはアミティエを守り抜いた大盾が浮いている。

 

 出会ってから僅か数刻しか経過していない。だが、アミティエの記憶に鮮烈に刻まれた…その魔法使いは―――

 

「……なのはさん…」

 

 アミティエは掠れた声で彼女の名を呼ぶが、なのはは上方のマクスウェルを真っすぐ見据えている。周囲を未だに多数の量産型が取り囲んでいるというのに……

 

 その瞬間、なのはとアミティエだけを避けるように白銀の剣群が雪崩の如き勢いを以て量産型を殲滅する。さらには、アミティエを迎撃するために位置取りを変える前、マクスウェルが立っていた場所にいる量産型を閃光の刃が斬り捨てた。

 

「フェイトさん…はやてさん……」

 

 アミティエは新たに現れた魔法使いの名を呼んだ。この悲しい物語を終わらせるために、かつて次元世界に災厄を齎した闇に果敢に立ち向かった3人の勇者が一堂に会したのだ。

 

 

 

 

「警告です。武器を捨てて投降してください」

 

 なのはの鈴の音のような声が響くが、数的有利を逆転されたはずのマクスウェルは楽し気な笑みを浮かべている。アミティエは彼の身体を紫の燐光が包み込む光景を目の当たりにし、傷だらけの身体を強引に加速の世界に追いやって、飛び出した。

 

 ぶつかり合う両者の剣……

 

「私と同じ……アクセラレイターをッ!?」

 

 アミティエは驚愕に目を見開いた。マクスウェルの行使した力に心当たりが有りすぎたためだ。

 

だが……

 

「同じではないよ」

 

 それが間違いだと気づいたのはそれからすぐの事……強められた腕力に弾かれるように……否、押し出されるかのようにアミティエは全力で振り下ろしたザッパ―をいとも簡単に防がれた。

 

「加速、出力、機動性、安定性、持続時間……全てにおいて君達の物とは次元を異にしている。稼働効率も遥かに上だ」

 

 本来想定されている〈アクセラレイター〉とは緊急時の離脱、及び救助を目的とし、その為の加速と筋出力の強化を行う物であり、そこには使用者を守るための出力制限(リミッター)が成されている。

 

 イリスとキリエが行使する〈システム・オルタ〉はその制限(リミッター)を取り払い、瞬間的な出力を極限まで高める事に特化している。しかし、規格外の高出力を得られる反面、これには大きな欠点があった。戦闘の最中、機動性に比重を傾ければ火力不足へと……特に本来の設計思想ではない戦闘用の出力に比重を乗せれば、あっという間に稼働限界に達してしまう。

 

 不安定な出力や稼働時間の短さ、術者への負担などといった欠点を補い、これまでの稼働データをフィードバックし、より戦闘に特化した調整で組み直したのが〈アクセラレイター・オルタ〉なのだ。

 

 正に完成系……マクスウェルの用いる加速機構(アクセラレイター)はアミティエやキリエの完全上位互換と言えるだろう。

 

 奏演者の資質や練度によって発揮される能力が左右される部分もあるのだろうが、両者のアクセラレイターには元来の性能に差がある上に、設計思想の段階で運用を異にしている為、そこには隔絶した溝が存在するということだ。

 

 そして、迫る脅威はマクスウェルだけではない。フェイトの足元、横たわっていたユーリの瞳が見開かれ、全身から黒く蠢く影が出現した。

 

「…っ!?」

 

 フェイトは足元から纏わりついてくる影を一閃の下に斬り捨て、即座に退避した。その眼前でユーリはディアーチェ達のと戦いで失われた武装の代わりとして新たな鎧を造りだしていく。

 

 〈鎧装〉の第二形態とでもいうべき巨大な武装―――箱舟の様な鎧は宛ら機動兵器と言って差し支えないほどの威圧感を放っており、なのは達を射抜くユーリの瞳は赤く縁取られ、数式の羅列が飛び交っている。一度取り戻したはずのユーリが再びマクスウェルの支配下に堕ちた事を如実に物語る光景であった。

 

「私は君達と戦っても負けないが、そもそも戦う必要すらないんだ」

 

 マクスウェルは自身を捕縛すべく取り囲んでいる魔導師達に向けて宣言……否、断言した。背後に控えるは夥しいほどの戦力を見せつけ、個人の戦闘能力でも魔導師達を取るに足らぬ存在と悠然と見下ろしている。

 

「武器も兵士もいくらでも産み出せる。そして、私は手にした戦力の全てを自由に操ることが出来る。イリスは勿論、ユーリもね。魔法使いの中でも突出した力を持つ君達だ―――出来る事ならば、壊れることなく私の手駒になってくれると嬉しいのだがね」

 

 最後にそう言い残したマクスウェルは光学迷彩を伴って姿を消した。

 

 主犯格の逃走を易々と許すわけにはいかないが、マクスウェルを追跡しようとする魔導師達を圧し留めるようにユーリと数多の機動外殻が立ちふさがる。

 

 眼前に聳える壁は途方もなく高い。超えていくのは困難を極めるであろう。

 

 しかし、挑む魔法使い達の瞳には絶望など微塵も感じさせないほどの強い不屈の光が宿っている。

 

 信じ貫くは、己の覚悟―――障害を撃ち抜くのは、携えた魔導―――

 

 悲しい物語を悲しいままで終わらせぬため、魔法使い達の戦いは終曲(Coda)へと突入していく。

 

 

 

 

 全ての真実が明かされ、守護天使(あくま)が再び暴虐の枷に縛り付けられた頃、もう一つの物語も佳境を迎えていた。

 

「ぅ、ぁぁ……が、ぁぁぁ……うぁあぁっ……ぁっっっ!!??」

 

 イリスは突然襲ってきた頭痛に対し、身悶えるように床に崩れ落ちる。意識を押し流すように何かが脳裏を焼き焦がしていくような感覚を以て、語られた過去と自らの存在理由を認めざるを得なかった。

 

 これまで享受し、与えられてきたと思っていた()の裏に込められていた真実……全ては自分を兵器として扱うための策略であったのだと……

 

(何て……無様……)

 

 親子の絆を感じていた創造主には道具程度にしか思われていなかった。自分が信じていたはずのモノは全て偽物で、本当に自らが大切にしなければならなかったモノはもう切り捨ててしまった。挙句の果てには自らが弄び、傷つけて用済みと捨てたはずの相手に案じられてさえいる。

 

「イリス……!」

 

 自分がユーリやキリエにしたことと同じことをされている。胸を裂くような痛みを前に、これまでにしてきたことの残酷さを突き付けられながら、イリスは焼き焦げそうな頭に響く声を拒絶した。

 

「逃げ、なさい…ッ!!アンタじゃどうする事も出来ないッ!……ンだから…ぁ!!―――これ以上、あたしを……どうしようもない奴に、しない、でぇ……ッッ!!!!」

 

 自分のしてきたことの重さに圧し潰されそうになり、逃げ出してしまいたかった。どこかで一人消えてしまいたかった。しかし、今のイリスには指一本、思考の一欠片すら自由にする権利は与えられず、瞳に浮かぶ呪縛(ギアス)は、彼女に残酷なまでの決定を降す。

 

―――敵対勢力ヲ殲滅セヨ

 

 瞬間……薄暗い展望台に緋色の光が迸る。

 

「う、ぁぁぁ…ぐ…っ!がっ…ァ!?……ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああぁッッッッ!!!!!!」

 

 イリスが手にしていた追撃砲(ブラスター)が斬鞭へと機構を換装し、キリエに迫る。振るわれる鞭は三つに枝分かれし、先端の刃を向けて、地を這う蛇の様に不規則的な攻撃となって襲い掛かった。

 

「イリス……目を覚まして!!」

 

 キリエの呼びかけにも返事は無く。イリスの変幻自在な攻撃の前にあっという間に劣勢に立たされている。イリスは剣先が付いた三つ枝の鞭という独特の武装を時には刃に、時には盾として巧みに操りながらの高速戦闘で翻弄し続け、逆にキリエの銃も大剣も全く届く気配すらない。

 

 一合の撃ち合いすら成立しない程までに両者には明確な力の差が存在しているということだ。しかし、全身を鞭で嬲られ、皮膚を焦がされ、身体を何発もの銃弾が貫いて行こうと、キリエは諦めようとはしていなかった。

 

「が…ッ!…ぎ、ぃ……ッッ…うっ!!」

 

 傷だらけの身体を無理やり動かそうと足搔くが、如何せんダメージを受けすぎた。キリエやアミティエの膂力、回復力、耐久性は地球、ミッド人の優に十数倍を誇るが、イリスのそれはそんな姉妹をも遥かに凌駕する。如何に身体が頑丈なのだとしても積み重なっていくダメージから復帰するまでに僅かな空白が発生してしまう。

 

 そして……それは戦闘中というこの状況においては致命的な隙を敵に与えてしまうこととなる。其処を逃すほど目の前のイリスは甘くはない。

 

 ダメージから立ち直りつつあったキリエが顔を上げたその先で……突き付けられた追撃砲(ブラスター)の引き金が引かれようとしていた。

 

 迫ろうとしている銃弾が、これまでキリエを撃ち抜いて来た攻撃とは比べ物にならぬほどの威力を誇ることは明らかだ。ここまでどうにか喰らい付いてきたが、アレを受ければ本当に全てが終わってしまう。

 

 脳は身体を動かす指令を送り続けるが、身体側はそれを拒否している。

 

 ここで死ねば、アミティエとの約束を果たせない。ここで死ねば、一度間違えた自分に戦う機会を与えてくれた者達に恩を返せない。ここで死ねば、自分の死をイリスに背負わせることになってしまう。

 

 どれほど強く念じても、込めた願いは天へは届かない。

 

「―――あ、っ……」

 

 向けられた銃口が一発の光弾を射出する。

 

 その時……キリエは既に失ってしまっていた筈の誰かの声を聴いた気がした。

 

 

 

 

 寸分なくキリエに向けて放たれた筈の銃弾は大きく横に反れた。

 

「こ、の……ッ!ぉぉぉぉおおおおおお……ッッ!!!!」

 

 イリス自身にも自らの行動の意図が理解できなかった。だが、その口から漏れる決死の叫びと共に目の前の女性から追撃砲(ブラスター)の銃身を反らす様に弾丸を放ったのだ。

 

「……イリ、ス?」

 

 キリエもあり得る筈のない事象を受けて、呆然とした表情でイリスへと視線を向ける。イリスにはその表情の一つ一つが酷く苛立たしいものに思えた。

 

「同情なら、要らないわよ!アタシはアンタをずっと騙してたッ!自分の目的に利用するために……だけど、アタシも嘘に気づかずに踊らされてた……これって報いなんだわ」

 

 瞳から零れ落ちるのは大粒の雫……

 

 イリスは止めどなく流れる涙を抑える術も分からず、自嘲するように言葉を紡いだ。

 

「―――教えてあげようか?」

 

 僅かに自由の利くようになった口でイリスは自らの胸の内を語りだした。これまで秘め続けて来た彼女の胸の内……

 

「アンタが初めてアタシのとこに来た時、チビだったアンタを見て、アタシはもうどうやって騙して利用しようか考えてた!」

 

 まるでキリエを突き放す様に、どうしようもない自分を蔑むかの様に言い放つ言葉の数々とは裏腹に、呪縛(ギアス)による殺戮命令に抗う様にその手で銃口を圧し反らしていく。

 

―――まるでキリエを撃ちたくないと思っているかの様に……

 

「アンタがアタシを頼ってくる度に、くだらない悩み事を打ち明けられる度に、これでまた信用させられるって思ってた!」

 

 だが、そんなことは有りえない。自分のしてきたことは全て偽りでしかなく、誰かのついた嘘に踊らされ続けてここまで来た道化でしかないのだから。

 

 故に、自らが抱く感情すら全て嘘で塗り固められたものであり、誰かに造られたものでしかないのだ。

 

 復讐に身を窶し、全てを捨てたイリスに在った最後の矜持―――己が星を救う存在であるという仮面(ペルソナ)すら取り払われてしまった。

 

 何もかもが紛い物……ならば、殺戮兵器となり果てた自分を突き放して、消えて欲しいとすら思った。

 

「アンタの面倒を見たのも、一緒になって笑ったのも……全部、全部!アンタを利用する為だったんだからぁ……ッ!!」

 

 所詮は偽りの絆……そんなものに縋るなどという馬鹿げたことをしていないで、騙された相手の事など放ってどこへでも行ってしまえばいい。

 

「だから、さっさと…っ!逃げなさいよぉぉぉぉぉ……ッッッッ!!!!!!」

 

 イリスの慟哭が展望室に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――逃げないよ」

 

 

 キリエは静かに……しかし、確固たる意思を以てイリスと対峙する道を選んだ。

 

 イリスが否定しようとした、共に過ごしたあの時間を決して無に帰させない為に……

 

「どんな理由が合ったって、二人で過ごした時間は嘘じゃないもの!」

 

 故郷に咲いていた僅かな花々について語り合った。時には些細な悩み事を聞いて貰った。勉強も運動もそつなくこなして、誰が見ても可愛らしいと思えるアミティエと比べて、癖毛で野暮ったい自分が好きではないと伝えれば、お洒落の仕方を教えてくれた。

 

 夜空を見上げて星々を見つめ、その向こうにある遠い世界の事を想いながら二人で夜を過ごした。

 

 一つ一つは小さなことだったのかもしれない。目的があるイリスからすれば、取るに足らない事だったのかもしれない。だが、そうした瞬間を重ねるごとにキリエはイリスの事を好きになっていった。

 

 例え、イリスにどんな思惑があったのだとしても、嘘に塗れた日々だったのだとしても、キリエが彼女を大切に想う事は嘘ではないのだ。

 

 イリスは自らを否定することを拒んだように、キリエも自分の過ごしてきた時間を否定したくなかった。

 

 

「あの時間は……私の宝物だからッ!!」

 

 キリエは真正面からイリスを見据え、互いの痛みから目を逸らして逃げる事を許さないとばかりに彼女と向き合った。

 

 あの日々は、過ごした時間は……例え、その裏にどれほど大きな計画があったのだとしても、嘘塗れだったのだとしても、あの瞬間の笑顔は、共に過ごした時間そのものは決して偽りではないのだ。

 

 嫌われたっていい。憎まれたっていい。身勝手な感情の押し付けなのだとしても、イリスの苦しみと涙を止められるのならば、自分がどうなったとしても構わない。

 

 キリエは自分自身の想いを真っすぐにイリスにぶつけた。

 

 そして、立ち上がり、彼女に向かって駆けだしていく。イリスは自身の意志に反するように引き金を引き、迎撃行動に入った。

 

 

 必死になって自分と向き合ってくれるキリエを前にして、イリスは漸く自らの感情を理解できた。

 

 何故、ウイルスコードに抗って無理やり銃口を反らしたのか……キリエに攻撃する度に胸が張り裂けそうになるのかを……

 

「……っ、ぁぁ……ぁっ……ぁぁ……ッ!」

 

 言葉にならない叫び。嗚咽と共に止めどなく流れる大粒の涙……

 

 嘘をつき、多くを傷つけ、殺戮兵器となり果てたこんな自分を案じてくれる誰かがいる。父親にすら否定された自分を肯定してくれる存在がいる。

 

 抱くのは懺悔の念と、込み上げてくる嬉しさ……

 

 

「イリスがどう思ってたって、私にとっては大事な友達なんだもん!そんな大好きな友達を……泣いてる友達を!放ってなんて置けないよ……ッ!!」

 

 キリエは大切な誰かを救うため、加速の世界に身を委ねて桜色の銀閃を振りかざした。

 

 

 展望台を飛び出して夜天の空で切り結ぶのは二つの光芒……

 

 

 独りぼっちで泣くことしかできなかった少女は、自らの大切なものの為に剣を振るう。

 

 自分の過ちを気付かせてくれた魔法使い達にまざまざと見せつけられた本当の強さ(・・・・・)。それは正に、今までの自分に欠けていたモノ……

 

 手に入らないと嘆くのではなく、そう成れるように自らの足で歩んでいく。

 

 キリエの瞳には、これまでの彼女には無かった決して折れる事のない不屈の光が爛々と輝きを増していた。

 

 

 

 

 新たな風が折れぬことのない決意を以て、偽りという呪縛(ギアス)を斬り崩し始める。

 

 誰かが切り捨てた過去を置き去りにするのではなく、全てを背負って未来へと繋げていく―――崩壊の終曲(Coda)幸せな終わり(ハッピーエンド)へと変えるために……

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

キリエとイリスにとって大きな転換となった話でしたね。
そして、原作主人公組の圧倒的な頼もしさに震えます。

デトネのBDがあと数週で出ますね!
楽しみでたまりませんな。
私は予約開始初日に特典マシマシ版で予約済みです。

それと補足と説明を幾つか……

色んな方から度々言及されており、今章における本作の主人公の彼について答えた方がいいのかなと思いましたので……

まず前提として、今章はアニメの1期、2期だとか、劇場版だとかという大きな区切りの物語ではなく、これまで通りのお話の一つとして読んで下さるとありがたいですということをお伝えさせていただきます。

全章、全戦闘で主人公が活躍するわけではありませんし、単純に戦闘方面で出番の少ない章だということです。

今章の烈火はなのはやアミタ、ディアーチェや所長といった人物達が戦場で思いをぶつけるという事柄についてははっきり言って蚊帳の外です。作中登場頻度自体はそこそこありますがね。

原作も全体の主人公はなのはだけれど、場面、場面で主人公が変わってるんじゃないかという程に様々なキャラクターに活躍の機会がありましたし、今作ではそこに加わるオリジナルの人物達も相まって登場人物が多数となっている事。
私自身も群像劇の方が好みということもあって、魔導師男オリ主が最新の劇場版の世界でなのは達と協力して事件解決にあたったり、マテリアルズと仲を深めたり、ユーリ救出に協力したりといった王道展開が見たかったであろう大多数の方にとっては物足りない展開となっているのかなと思っています。

だからと言って当初予定していた展開から話を転換する心算はありませんが、楽しんでいただけるように執筆に努めていく所存です。


それと、マクスウェル所長ですが、セリフの追加や言い回しを変えている面が多々ありますので、原作とイメージが若干違うと思われてしまったかもしれません。

私の中で彼は〈愛情も優しさも持っており、目指すべき到達点や信念も明確な悪ではないが、何処か大切な何かを欠落or失ってしまった人〉といったイメージを持っています。前話くらいからの言い回しではその欠落した部分というのを強調したくて、原典よりも悪役っぽい印象を抱かれてしまったかもしれませんが、本質は変えていないつもりです。

彼のしたことは許されませんが、絶対悪ではないといった感じでございます。


最後に…ここまで色々語ってきましたが、皆様の望む形か定かではありませんが、原典に居なかったキャラクター達もこの事件の中での出番は終わっていないとだけ言っておきます。

物語も佳境を迎え、更なる展開を見せていくと思いますが、次回も読んでいただけたら幸いです。

では、次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!!
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