魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword   作:煌翼

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鮮烈なる星光

 タワーの上空で緋色と嵐が斬り結んでいる頃、駅前でも激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

 高町なのはら時空管理局の魔導師の前に立ち塞がるのは、フィル・マクスウェルの残した手駒達……それらに戦線を任せた彼は現在も逃走中だ。アミティエが追跡中だが、今の彼女は誰がどう見ても本調子ではない。

 

 故に早くこの場を突破して、彼女の後を追うべきだが相手が相手であるだけにそれは容易なものではなかった。

 

 なのははフォーミュラモードを起動し、ユーリと相対している。フェイトは機動力を活かし、なのはの支援をしつつ、量産型イリス群体、機動外殻への牽制を入れながらの柔軟な立ち回りを見せている。はやてもまた、フェイトと同様に混戦の中で空を翔けているが、その表情は芳しいものではないようだ。

 

 親友達と共闘しているこの状態ならば、圧倒的な戦闘力を持つユーリとも、地表から弩級レーザーを放って来る機動外殻とも、圧倒的な物量を誇るイリス群体とも渡り合えるだろう。しかし、それだけでは何の意味もない。

 

 マクスウェルを止めなければ、機動外殻やイリス群体は無限に生み出されるであろうし、そうなった場合、こうも多勢に無勢ではユーリより先に自分達の魔力が尽きる事は自明の理……一刻も早く、膠着状態を脱して元凶を捕らえなければ、疲弊していく一方なのだ。

 

『みんな、このままじゃあかん!手分けして対処しよ。地上の機動外殻は私が引き受ける……ッ!ユーリは―――』

 

 いち早く念話で指示を飛ばしたはやては自らの持つ広域能力を最大限発揮できる相手である機動外殻を―――

 

『私に任せて、無力化は出来なくても引き付けるだけなら―――』

 

 フェイトは敵の最大戦力であろうユーリの相手を申し出た。単体での撃破は難しくとも、負けない闘いに徹するのであれば彼女の機動力は最適と言えるだろう。最悪、切り札とは言えないまでも奥の手(・・・)もある。

 

『なのはちゃんは敵の親玉の捕縛へ向かってな!』

 

『了解ッ!』

 

 フォーミュラの力を行使できるなのはは、最重要人物であるマクスウェルの身柄確保へと舵を取った。

 

『決まりやね。ほんなら行こか!』

 

「「うん!」」

 

 はやての言葉になのはとフェイトは強く頷いてみせる。その言葉を皮切りに三つの光は袂を分かつように空を翔けていった。

 

 なのは、フェイト、はやて、アミティエ、キリエ―――覚悟を背負い、己が使命の為に動き出していく者達と時を同じくして、傷付いた身体で戦場(いくさば)へと赴こうとしていた少女の存在があった。

 

 

 

 

 先ほどまで交戦状態にあった大橋には緊急信号を受信し、赴いてきた医療班と回収された三人の少女の姿がある。医療班を率いるシャマルは移動担架(ストレッチャー)の上で傷だらけの身体を引き起こそうとしているディアーチェを宥めるように寝かしつけていた。

 

「は、なせ……ッ!」

 

 制止を振り切るように暴れるディアーチェであったが、シャマルとの体格差以前に弱り切った身体では上体を起こす事すらままならないようで、振りほどこうとする抵抗も弱々しいものであった。

 

 三人の中で最も外傷の少ないディアーチェですらこの状態なのだ。他の二人は当然の事、この状態の彼女が戦線に復帰すればそれこそ、命を捨てに行くようなものだ。

 

「―――ユーリが泣いておるのだ!」

 

 ディアーチェの言葉に身体を押さえつけるシャマルの腕から力が抜けていく。医者として彼女がしようとすることを寛容するわけにはいかない。

 

 だが、シャマルとて医者である前に一人の騎士だ。時には自分の命を投げ売ってでも戦わねばならない時がある事も、命を賭けてでも貫かねばならない想いがある事も知っている。

 

「――—それでも、貴女を行かせるわけにはいきません」

 

 今も尚、戦場ではシャマルの仲間達が戦っている。ユーリ救出も作戦プランの一つであり、彼女達が完遂させることだろう。自分の手でユーリを助けたいというディアーチェの気持ちは痛いほど理解できる。しかし、管理局側としても、今の弱り切ったディアーチェが戦線に戻るメリットが何一つない。

 

 洗脳が解けて戻って来るであろうユーリやここで横たわる彼女の臣下達も、ディアーチェがいなければ悲しみに暮れる事だろう。故に、心を鬼としたシャマルはディアーチェを縛り付けてでも戦場に出さない心算であった。

 

「ディアーチェ……そこまでです」

 

「―――シュテル、貴様ぁ!」

 

 無理やりにでも出撃しようとしているディアーチェに制止をかけたのは、臣下であるシュテルであった。ディアーチェは引き下がれと言わんばかりの口ぶりであったシュテルに対し、怒りを露わにして食って掛かる。

 

「何か勘違いをしているようですが、私が言ったのは貴女が思っているような事でありません。むしろ、手はある(・・・・)といった心算ですが?」

 

 ディアーチェはシュテルの言葉に目を見開いて驚愕を示した。シュテルは自身の王が落ち着きを取り戻したところを見計らって、隣の担架のレヴィと頷き合い、周囲の局員に願い出て自身らを広い場所へと移動させてもらったようだ。

 

 シャマルはその光景を見て何かを察したように悲しげな表情を浮かべた。

 

「あの子達……まさか……」

 

 しかし、もう儀式は始まってしまっている。

 

「王よ。手を―――」

 

「ボクらの残った力と魔力……その全部を王様にあげる」

 

 シュテルとレヴィはディアーチェに手を差し出す様に申し出た。彼女らのしようとしていることを理解したのか、ディアーチェの瞳も揺れ動く。

 

 だが、そこにある確かな覚悟を感じ取り、臣下の嘆願を拒むことはせずに、ディアーチェは両者の腕を握りしめた。

 

 それを皮切りに三つの魔力光が折り重なるように一つに束ねられていく。

 

 闇と、炎と、雷と……

 

 三つの魂は一つとなり、暁の空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 なのは、フェイトと別れたはやては地上を這いずり回る大型機動外殻……先の戦闘でシュテルが伴っていた〈城塞のグラナート〉の発展型、〈ヘクトール〉の対処にあたっている。

 

 しかし、はやての力を以てしても増え続ける機動外殻を圧し留める事は容易ではない。

 

 彼女は広域型の魔導師であり、多数の敵の殲滅は得意分野であるが、あくまで十全に魔力を扱える状態で……という条件付きである。一気に相手を圧し潰せるほどの魔法を繰り出すための下準備を整えようするには多勢に無勢で単独戦闘を行っているこの状況は芳しくないということだ。

 

 増え続け、地表を負い尽くす機動外殻に対して、ただの砲射撃では埒が明かないことは非を見るより明らか……

 

『目視範囲の敵は〈ウロボロス〉で吹き飛ばせます。味方各員の完全離脱まであと少し、はやてちゃんは発射準備を!』

 

 例え困難でも、解決策が一つしかない以上は行動するしかないと、リインフォース・ツヴァイは主の意図を汲み取ったかのように侵攻阻止ではなく敵機殲滅のサポートへと切り替えていく。

 

「了解やで!」

 

 はやてはヘクトールから距離を取るように市街の上空を陣取った。白銀の光を放つ魔力スフィアを形成してその時を待つ。

 

 これこそが八神はやての真骨頂……単体の戦力として見れば馬鹿けた魔力ランク程の武力は持ち合わせていないかもしれない。しかし、圧倒的火力を以てしての広範囲殲滅……状況さえ整ってしまえば、はやて一人で魔導師数百名に匹敵するほどの力を発揮できるのだ。

 

 侵攻阻止の為に一機ずつ落としていては、押し切られてしまう。ならば戦域の敵戦力を纏めて薙ぎ払おうということだ。幸いにも殆どの戦闘は終了しており、味方戦力の離脱が確認でき次第、魔法を発動させてしまえば、戦況は一気に優勢に傾くはずだ。

 

『発動まで、あと九十秒……!?』

 

 しかし、そんな彼女らの思惑に対して更なる詰め手を用意していたと言わんばかりに、はやての下に更なる機動外殻の群れが押し寄せる。

 

「増援か!?」

 

 〈黒影のアメティスタ〉が夥しい数を以て上空から迫って来たのだ。歯噛みするはやてであったが、敵の侵攻は留まることを知らない。

 

『地上からも来ます!』

 

 リインの言葉に弾かれるように眼下を見下ろせば、そこには地表にも更なる機動外殻が展開している様が見とれる。

 

 はやては逃げ場を奪うかのように空域を侵し始めた機動外殻の大軍に対して、並列思考(マルチタスク)をフル回転させ思考を走らせる。

 

 無数の敵機に対し、彼女達はたったの二人だ。それもリインはユニゾン状態であり、実質はやて単騎と言っていい。加えて、地表への被害を与えずに無数の敵機のみを殲滅するべく、〈ウロボロス〉の精度調整を施している最中であるため、そちらにリソースを割かなければならず全開戦闘もできないと来た。

 

 地表と空中、現在の戦力では両方の困難に対処することは不可能ということだ。味方の退避報告も上がってきていない以上、まずは空から潰していこうとはやてが指示を飛ばすが……

 

「リイン、ウロボロスの照射角を修正して!」

 

『大丈夫です、はやてちゃん。その必要はありません』

 

「え?それって……!?」

 

 リインは現状維持を促した。はやてがその意図を理解するまでに時間は不要であった。

 

 その刹那―――

 

 猛々しい雄叫びと共にアメティスタの群れに白い光が突っ込んで行った。

 

「でぇぇぇぇぇええええいやぁッッ!!!!」

 

 青き守護獣が黒き機械魔神を殴り潰す。

 

「せぇええええええええいッッッッ!!!!」

 

 絵本の世界から飛び出して来たかのような小さな少女が身の丈とは余りに不釣り合いな程に巨大な鉄槌を振るえば、視界を覆い尽くしていた機動外殻が粉砕される。

 

「―――ふっ!」

 

 月光が照らす空を三体の不死鳥が駆けていき、夜天を爆炎に染め上げる。撃ち放ったのは、紅蓮の戦女神。

 

 はやての表情が歓喜に染まるが、そんな彼女を狙うように地上から大きな砲塔が光を放とうとしていた。

 

「私もいますよッ!!」

 

 小、中型の機動外殻は新緑の光を纏う鋼糸で雁字搦めに拘束され、巨大な掌によって呑み込まれていった。

 

 はやては駆けつけてくれた家族へ向けて言葉を紡ぐ。

 

「おいで、私の騎士達―――」

 

 足元に出現した白銀の剣十字……その端に重なる様に四つの剣十字が出現する。

 

「我ら夜天の雲……ヴォルケンリッター―――主に害なす障害を全て斬り捨て、御身を御守り致します」

 

「シグナム……」

 

 彼らの将が……

 

「こんな事件さっさと終わらせて、ウチに帰ろうぜ!」

 

「ヴィータ……」

 

 妹の様に思っている少女が……

 

「主、参りましょう」

 

「ザフィーラ……」

 

 頼もしい守護獣が……

 

「生産拠点の方はクロノ提督が対処に当たってくれてます。味方各員も広域攻撃に備えてほぼ離脱済み。後はタイミングだけです!」

 

「シャマル……」

 

 そして、参謀役の癒し手が……

 

四人の騎士が自分を守る様に立っていた。

 

 最早、不安も恐れもない……

 

「ほんなら、私達は―――!」

 

『ええ、地上の敵を薙ぎ払いましょう!!』

 

 はやての感情に呼応するように白銀の太陽が輝きを増していく。全ての幕引きを告げるために―――

 

 

 

 

 アミティエ・フローリアンはバイクに跨り、高速道路(ハイウェイ)を走り抜けている。目的は主犯格と目される、フィル・マクスウェルの捕縛だ。しかし、アミティエは逃走中のマクスウェルが空路を使用しているにもかかわらず、追跡を陸路を利用している。

 

 そもそも、通常運用においては〈エルトリア式フォーミュラ〉は〈魔法〉程、空戦には特化していない。加速装置(アクセラレイター)を使用すればその限りではないが、先の戦闘では全力の一撃をいとも簡単に防がれてしまったことから正攻法での突破は困難であることは明白……下手な攻撃はかえって自身の危険を招くであろうことから、距離を詰めながら、仕掛けるタイミングを見計らっているのだろう。

 

「アミタさん!」

 

 そんなアミティエの傍らになのはが近づいて来た。

 

「私が犯人確保の担当になりました。一緒に捕まえましょう!」

 

 頼もしい援軍には違いないが、それと同時に溢れる申し訳なさが口を突いて出る。

 

「本当にご迷惑をお掛けするばかりで……」

 

 これはエルトリアの問題なのだ。本当ならば、地球や管理局の手を煩わせることなく、自分の手で決着を付けてしまいたかったのだろう。

 

 なのはの胸にもアミティエの心情が伝わって来る。だが、こうして関わってしまった以上、傍観者となって終わるまで待っていることなどできない。それが高町なのはという少女なのだから……

 

 

 

 

 一方のマクスウェルも光学迷彩(ステルスモード)を発動させながらの浮遊の中で二人の追跡を察知しており、迎撃の機会を窺っていた。フォーミュラは索敵においても魔法に劣る。その為、仕掛けるならば奇襲しかないという考えに至ったようだ。

 

 自身と追跡者達の距離は目算で五〇〇mも離れていないといったところか……

 

 この距離ならば〈アクセラレイター・オルタ〉射程内だ。向こうが仕掛ける前にと光学迷彩(ステルスモード)を展開したまま肉薄したマクスウェルが目にしたのは、搭乗者が消えた空の車体が疾走している姿であった。

 

 それを認識した時には……

 

 

 

 

「「―――はぁあああああああああああああッッッ!!!!」」

 

 

 

 

 虚を突くように紅色と桜色が飛びこんで来ていたのだ。

 

 完全に極まった挟撃……しかし、それしきではマクスウェルは沈まない。

 

「甘い!」

 

 マクスウェルは〈ヴァリアントウエポン〉を瞬時に大型の剣に換装し、完璧に反応してみせる。二人纏めて吹き飛ばさんばかりの勢いで振るわれた剣であったが、出力差を気合で埋めると言わんばかりの一撃は、想像を絶する重みを感じさせた。

 

 先ほどは自らに手も足でも出なかった死に体のアミティエに押し切られかける状況に僅かに驚きを示すが、迫り来る〈ヘヴィエッジ〉に添えられるように桜花の魔力砲が重ねられる。

 

 膨大な魔力圧に圧し負けるように地表に押し戻されたマクスウェルだったが、傷は皆無であり、すぐさま迎撃に出ようとしたが、四肢に絡みついた桜色の拘束魔法(バインド)によって動きを止められる。

 

 魔導師にとっては基本的な戦法にいとも簡単に嵌められていた。

 

 そんな彼に大剣と大型砲塔が狙いを定めている。

 

「言ったはずだろう?私は君達と戦っても負けない……とッ!!」

 

「くっ!」

 

 アミティエは僅かに焦燥を孕みながらも、そのまま剣先を振り下ろす。

 

 しかし、戦場に響くたった一言が全てをひっくり返した。

 

 

 

 

「アクセラレイター・オルタァァァァァッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 紫の燐光と共にマクスウェルの姿が掻き消える。

 

 かけられていたバインドを基礎出力のみで吹き飛ばし、加速状態へと突入したのだ。先に繰り出されていたはずの振り下ろされた剣を躱し、背後に回り込んだ勢いを以てアミティエを建造物へを向けて蹴り飛ばした。壁を割るほどの勢いでめり込んだアミティエのダメージは大きい。動きの鈍った彼女へ容赦なく剣が刺し向けられる。

 

 それに対して、アミティエも燐光を纏いながら、傷だらけの傷に鞭を打って迎撃とばかりに剣を突き立てる。常人ならば反応すら困難であろう〈アクセラレイター〉の一撃だったが、マクスウェルにとっては止まっているのと変わらない。足搔くアミティエを嘲笑うかのように剣で斬り上げ、その身体を上空へと吹き飛ばした。

 

 さらに追撃に向かうが、それはもう一人の主兵装を封じるために遮蔽物の中を飛び回っていたマクスウェルが滞空中の間、無防備を晒すことを示していた。

 

「―――ぁ、ッッ……!」

 

 絶好の機会を前になのはの動きが止まる。このまま砲撃を撃ち放てば、マクスウェルに距離を詰められているアミティエを巻き込んでしまうからだ。非殺傷設定といえど、痛みは勿論の事、余波による傷は負ってしまう。しかも、今のアミティエは満身創痍の身体を気力で動かしているような状態だ。其処に砲撃を撃ち込めばどうなるかは想像に難しくない。

 

 無防備な相手と刃を向けられた仲間―――

 

 しかし、迷っている時間はない。今にもアミティエの腹部には剣先が押し迫っているのだから……

 

 マクスウェルは自らが作り出したこの状況を冷静に分析していた。例え、攻撃を加えてこようが、来ると分かっている砲撃を防ぐことはさして難しくない。加えて、その余波によってアミティエは戦闘不能となり、孤立したなのはを仕留めるのみだ。仮に砲撃を撃てなかったのならば、自らがアミティエの命を刈り取ってしまえば同じことだ。

 

 そして、砲撃はやってこない―――

 

「さようなら、アミティエッ!!」

 

 再びアクセラレイターを起動したマクスウェルはまずは一人目と剣を差し向けるが、彼の耳に飛び込んで来たのは……在りえないはずの言葉―――

 

 

 

 

「―――アクセラレイタァァァァァァァッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 マクスウェルは目の前の出来事を理解することが出来なかった。

 

 思考AIが迫り来る脅威に対し、迎撃を試みるべく身体を動かそうと指示を出しているが、眼前に広がる現象に対して、意識が追い付いていないのだ。

 

 鮮血交じりの桜色とでもいうべき燐光を纏って飛び込んで来る少女。本来は高機動型でない彼女であるが、接近速度はマクスウェルが使用する〈アクセラレイター・オルタ〉にすら匹敵するほどであった。

 

「―――っ!?ぅぅぉぉおおお!ぁぁぁぁああああああああああああッッッッ!!!!!?」

 

 在り得ない……在り得る筈がない。

 

 桜華の極光によって地に墜とされたこの状況……先の攻防に自分が敗れた事も理解できた。それでも尚、目の前で年端もいかぬ少女が起こした事象を信じられないでいた。

 

 常に最善手を打ち続け、全ての事象を掌の上で操って来たマクスウェルにとって初めての誤算……だが、空を舞う桜色の翼がその不条理が現実であるという何よりの証明であった。

 

 

 

 

「アミタさん……大丈夫、ですか?」

 

「なのはさん!また、無茶を……」

 

「えへへ……何度も見せて貰ったから、出来るかなって……でも、ちょっとだけキツいですね」

 

 なのはが発動させた力によって一命を取り留めたアミティエは、自身を助けた少女と無事を確かめ合っている。だが、アミティエの表情は悲痛に歪んでいた。

 

 僅か一秒にも満たない時間であったが、なのはが見せた加速機動は間違いなく〈アクセラレイター〉に相違ない。

 

 確かにフォーミュラを運用するべくなのはの体内にはアミティエが持っていたナノマシンが注入されているし、それらの最大解放により〈アクセラレイター〉の発動自体は理論上可能ではある。

 

 だが、〈レイジングハート・ストリーマ〉はフォーミュラの運用の為の調整は受けていても〈アクセラレイター〉の発動までは想定されていない。つまり、〈アクセラレイター〉を制御する機構が一切搭載されていない。

 

 なのはが発動させたあの力はアミティエが使用する〈アクセラレイター〉とも、マクスウェルが使用する完成系である〈アクセラレイター・オルタ〉とも違う。一番近いのは

制御(リミッター)を外したイリスやキリエが使用する〈システム・オルタ〉であろう。

 

 しかし、〈システム・オルタ〉ですら加速と筋強化に出力を振り分ける機構が備え付けられている。だが、なのはにはそれすらない。故に出力の上限が存在せず、〈アクセラレイター・オルタ〉すらをも圧倒してみせたのだろう。

 

 しかし、その代償はなのはの肉体への膨大な負荷として襲い掛かっていた。

 

 

 

 

 アミティエの考察は間違っていない。しかし、本質はそこではない。

 

 マクスウェルはなのはが引き起こした事象に対しての回答を導き出した。

 

 

 

 

「エルトリア式フォーミュラと魔導の融合―――イリスとユーリを使って、私が成し遂げようとしていた事を……あんな、子供が……何故?」

 

 それは在り得ない事……否、イリスが〈夜天の書〉の力を一部行使できたことから、何れは可能になる日は来たのかもしれない。しかし、今はまだ一部のみ……

 

 フィル・マクスウェルという優秀な科学者が、星一つを造り変える事すら可能であるイリスと天文学のレベルである代物〈夜天の魔導書〉とその守護天使を用いて、長い年月をかけて漸く一部を行使できるところまで来た。

 

 それを目の前の子供―――高町なのはは、フォーミュラと出逢って僅か数刻、行使に至ってはまだ十数分程度であるにもかかわらず―――相反する二つの力の融合を完全に成し遂げた。加えて、他人の機動を見ていたら出来そうな気がした―――などとふざけているにもほどがある。

 

 これを不条理と言わずして何という。

 

 自分が出来ないことを他人が成してしまったのだ。マクスウェルの心中は悔しさと妬みに染まっていた。

 

 だが、それ以上に……

 

 

 

 

「―――素晴らしい」

 

 次にマクスウェルの口から吐いて出たのは、賞賛の声であった。

 

 自らが魅入られ、生涯を賭けて完成させていこうとしたものが目の前にあるのだ。

 

 

―――彼女が欲しい

 

 

 其れの前には悔しさも妬みも些末な事であった。

 

 自分の理外を超える少女に対して抱いたのは果ての無い欲望―――

 

「……ク、ククッ!……」

 

 笑みを抑えることが出来ない。

 

 マクスウェル自身もこれほどの高揚感と熱に浮かされた経験がなかったからだ。イリスを造りだした時よりも、ユーリとの出逢いよりも……

 

どうしようもないほどまでに目の前の少女を欲している。

 

 途方もない狂気(よろこび)を全身で発するマクスウェルは起き上がりながらもなのはから視線を逸らすことはない。

 

 

 対するなのはは瞳を閉じて思考を巡らせた。最早、迷うことなど何もない。眼前にいるのはやり方を間違えてしまった、止めなければならない存在だ。

 

 彼の欲望が悲劇を生み出した。

 

 そして、彼の狂気によってたくさんの人が苦しみ、悲しむのならば―――高町なのははその狂気を超越し、皆を守らねばならない。

 

 

 

 

「アミタさんは支援に回ってください」

 

「ッ!そんな……私はまだ!!」

 

 アミティエの胸になのはの言葉が突き刺さる。事実上の戦力外通告……

 

 無理もない。立っているだけでもやっとの状態の彼女が最前線で戦い続けてきたことの方が異常であるのだから……

 

「大丈夫なのは分かってます」

 

「なら!!」

 

 なのはは言い縋るアミティエに対して柔らかに笑みを零し、愛機を改めて構え直した。アミティエが言葉を新たな紡ぐ前にレイジングハートは光に包まれ、新たな姿へと形を変えていく。

 

 実戦で使うこと自体は初めての新形態であるが、様相としてはむしろ原点回帰……といったところか。

 

 左腕全体を覆っていた大型砲塔が長槍を思わせるように形態変化したのだ。魔導師としてはもっとも一般的な(ロッド)形態―――なのはは手に馴染むその感触に小さく口元を綻ばせた。

 

 アミティエの気持ちはなのはも痛いほどに理解している。恐らく逆の立場で同じことを言われても、戦う事を諦めたりはしないだろう。

 

 だとしても今現状は―――

 

「私の方がもっと大丈夫っていうだけです!!」

 

 〈レイジングハート・エストレア〉を構えたなのはから溢れ出る闘志と覚悟に魅せられたアミティエには次に言葉はなかった。

 

 そして、マクスウェルは目の前の少女の新たな形態―――途方もない可能性をさらに見せつけられたことにより悦びに打ち震えている。

 

「素晴らしい……君は本当に素晴らしい。欲しいね……その力!!」

 

 黒々とした狂気を隠すこともなくマクスウェルは眼前の少女に手を差し伸べた。

 

 

 

 

「君も私の子供(・・)にしてあげよう―――ッ!」

 

 自身が欠落し、足りなくなったナニカを追い求めるかのような歪んだ笑み。

 

 しかし、対峙するなのはの視線は一層鋭さを増す。

 

 なのはは女神の名を冠する不屈の心(レイジングハート)を駆り、最後の戦いへと舞い戻った。

 

 

 

 

 管理局臨時本部の一室。扉が開き、宛がわれた部屋に一人の少年が帰って来た。少年―――蒼月烈火は窓際まで歩いて行き、眼下に広がる街並みに目を向ける。目視でも各所で噴煙が上がっているのが見て取れ、今も尚、戦闘が継続している事を感じさせる光景であった。

 

「無限に生成される人造兵士か……」

 

 烈火の瞳が僅かに揺れる。

 

 黒枝咲良を指令室まで送り届けて自室に戻ってきた烈火であったが、その際に予期せぬ出来事が発生した。咲良が指令室の扉を開いた正にその時、クロノを通じて、前線の主要メンバーと指令室にアミティエとエレノア、マクスウェルの応答がリアルタイムで中継されている真っ最中であった。

 

 そのため、偶然にも今回の一件がただの違法渡航者捕縛ではなく、惑星の命運を左右する闘いだという事……主犯格と目されていたイリスの背後で全てを操っていたマクスウェルの存在……そして、彼が何を思い、何を成そうとしていたのかという情報の一端を偶然にも聞いてしまったのだ。

 

 

 

 

 今現在、関東全域を覆う封鎖領域では、彼のクラスメートや知り合い、その同僚たちが命を賭けて戦っている。それだけではない。

 

 指令室で彼らをサポートしている局員を始めとして、この結界の中にいる誰もが事態の収束に向けて自らの為すべきことを果たすべく奮闘している。

 

 

 蒼月烈火を除いては―――

 

 

 拳が固く握りしめられる。

 

「だが……俺に何が出来る?」

 

 今の自分が戦場(いくさば)に赴いたとしてすべきことはない。むしろ戦っている者達の足を引っ張り、混乱させるだけだろうと小さく息を吐いた。

 

 魔導師としての戦力には少なからずなる事は間違いない。しかし、この事態を打開するために必要な物はそれではない。もっと本質的な要因なのだ。

 

 

 故に今できる事は、皆が無事に戻ってくることを信じる事のみ。

 

 烈火は眼下の街々一瞥し、握っていた拳から力を抜いた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

いよいよデトネのBD発売が迫ってきましたね!


そして、今回はなのはさんマジパネェっすに一言に尽きますね。

長い劇場版篇も残り片手で数えられるくらいまで進んで参りました。
間もなくクライマックスです。

最後までお付き合いくださると嬉しいです。

では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!

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