魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword   作:煌翼

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反鏡終焉のDetonation

 戦いが最終局面を迎えていた頃、市街地の建物を縫う様に金色の閃光が駆けていく。白いマントを靡かせた少女―――フェイト・T・ハラオウンは巨大な影に対して付かず離れずの距離を保ち、その注意を自らに引き寄せるように牽制を入れながら飛び回っている。

 

 初見こそ不意を突かれたが、フェイトの機動力と反射速度であれば、常軌を逸脱した戦闘能力を持つユーリに対してであっても善戦は可能であった。

 

 だが、逆に言えば、守勢に徹しても有効打を与える術がないということであり、何れはフェイトの方が力尽きるのは自明の理……

 

 しかし、この戦いの目的はユーリを打倒する事ではない。本懐はなのはらがマクスウェルを捕らえて〈ウイルスコード〉を解除するまでの時間を稼ぐ事にあるのだから……

 

 分の悪い戦いと言えるが、感情を失ったユーリの攻撃は単調である為、まだ幾分か余裕はある。そんな時、フェイトは眼前の光景に目を見開くようにして驚きを露わにした。

 

「……ディアー、チェ…?」

 

 魔法陣の上に立っているのは紛れもなくディアーチェに違いないが、フェイトの記憶にある姿とは随分と様相が異なるためか、戸惑いを隠しきれない様子だ。

 

「手間を掛けたな。後は任せよ」

 

 肩口までの長さであった髪がロングストレートと言って差し支えない長髪に変わっている。加えて、身長も僅かに伸び、胸元や腰回りなどの曲線がより増しており、成長途中のフェイトと比較して成熟したような印象を醸し出している。

 

 答える声音も幾分か低くなっているように感じ取れた。

 

「な、一人じゃ無理だよ!私も―――」

 

「一人ではない」

 

 自らでユーリの相手をすると申し出たディアーチェに対して抗議の声を上げるフェイトであったが、彼女の言葉の節々から感じ取れる決意を察してか、僅かに勢いを削がれた。

 

 そして、ディアーチェはフェイトの間違いを正す様に言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

「シュテルもレヴィも……我と共に在る」

 

 

 

 

 次の瞬間……フェイトは全身に感じる熱量に身体を強張らせた。

 

 ディアーチェが魔導書の(ページ)をばら撒いてユーリの動きを牽制しながら、三色の砲撃を撃ち放ったのだ。

 

 凄まじいまでの破壊力。それは明らかに魔導師単騎の出力を逸脱していた。

 

「元よりユーリを確保するのは我らの役目、助けがいるのはナノハ達の方だろう?……行ってやれ」

 

 ディアーチェは事情が呑み込めていない様子のフェイトに対して突き放す様に言い放つ。何らかの覚悟をしてここに来た事は明白であり、為すべき役割に関しても的を得た発言であった。

 

 今回の一件における最重要人物は間違いなく、フィル・マクスウェルだ。彼の打倒はウイルスコードの呪縛を受けているユーリとイリスの開放を意味している。つまり彼の身柄を確保することがこの事件解決に繋がると言っても過言ではなく、戦力は可能な限りそちらへ回すべきなのだから……

 

 

「分かった。気をつけてね」

 

「―――ああ」

 

 フェイトは短く言葉を交わして、この戦いに幕を引くべく戦域を後にした。

 

 

 

 

「待たせたな。行くぞ、ユーリ!!」

 

 再び主人を顔を合わせたディアーチェに対しての返答は〈鎧装〉での拳撃であった。正気を取り戻させて僅か数刻―――ユーリは先ほど以上の呪縛に蝕まれて傀儡と化していた。

 

 ディアーチェは迫る拳を右手に出現させた青雷の薙刀で鎧装を斬り裂いてみせる。

 

 僅かに驚きを滲ませるユーリであったが残った片腕を突き出していく。ディアーチェはその拳を掌で受け止めて、轟炎の手甲から魔力を噴射させて術者ごと吹き飛ばした。

 

 攻撃兵装を失ったユーリは腕の再生を試みるが、ディアーチェはその隙を逃さずさらに畳み掛ける。再生時の僅かな硬直を狙い、ユーリの腕に闇色の拘束魔法(バインド)を仕掛け、動きを止めさせた。

 

 シュテル、レヴィの魔力を自身と融合させた三位一体ともいうべき姿〈トリニティブラッド〉となり、ユーリに比肩しうるほどまでに戦闘能力を上昇させたディアーチェであるが、あくまで単騎で善戦できるようになったというだけであり戦局を大きく変えるほどの力を有しているわけではない。

 

 加えて、三人分の膨大な魔力を全てコントロールする行為により、ディアーチェ自身の躯体は軋みを上げ、今にも暴発寸前といった状況だ。再生能力を持つユーリを撃破できる可能性があるとすれば短期決戦しかないと一気に責め立てていく。

 

「ディアーチェ!ダメです!そんなことをしたら!!」

 

 ユーリはディアーチェが行おうとしている事を悟り、悲鳴にも似た声を上げた。三人分の魔力の最大解放―――そんなことをすれば、ディアーチェへの負荷は計り知れないものとなるだろう。それこそ、彼女を構成している根幹部にすら被害が及んでしまうかもしれない。

 

「元より拾った命と仮初の力!貴様の涙を止められるのなら……投げ捨てたとて、悔いはないッ!!」

 

 しかし、覚悟なら当に済ませているとディアーチェが立ち止まることはない。ユーリによって救われた命、偶然の重なりで得た力……元々無かったものを捨てて、守るべきモノを取り戻せるのなら、成し遂げる以外の選択肢は存在しないのだ。

 

 ディアーチェと此処にはいない二人の臣下の想いは一つ。

 

「貴様と共に過ごせた日々は、誠に温かで……幸福であった!!」

 

 その思いに呼応するかのようにディアーチェから迸る魔力が爆発的なまでに膨れ上がっていく。

 

 燃え滾る炎と鳴り響く雷鳴……それを包み込む闇光……

 

 三つの魂に刻み込まれた最大火力を一手に束ねて放つ一撃。

 

 救われた恩と与えられたぬくもりに報いるための彼女達の想いの集合体……

 

「ぐっ!ッ、ぅぅ……ッ!!」

 

 同時に強すぎる想いはディアーチェの肉体を内部から傷つけ、焼き焦がしていく。正に命懸け……決死の一撃だ。

 

 エルトリアで……この地球で……二度も失った彼女の笑顔……

 

 ならばこそ……

 

「故に今度は!我らが貴様の未来(あした)を切り拓くッ!!」

 

 恐れるものは何もない。

 

 ただ……あの日の笑顔を取り戻すために……

 

「我らの渾身の恩返し!う、けとれぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええェェェ……ッッ!!!!!!」

 

 心からの叫びに魔導を重ね、撃ち放つ。

 

〈エクスカリバー・トリニティ〉……彼のブリテンの騎士王が携えし、勝利を約束する聖剣の銘を模した極大砲撃……三つの光がユーリの小さな体を呑み込んだ。

 

 

 

 

 全身を包み込む光に焼かれながらユーリは瞳を開く。

 

 周囲を見渡せば、街並みは消え失せており、焼き焦げるような香りと共に焦土と化しているのが見て取れた。

 

 もう、脳が劈くような痛みもなく、身体の自由も戻っている。

 

 これが意味することは……

 

「ッ!?ぅぅ……」

 

 ユーリは周囲をもう一度見渡した。吹き上がる噴煙の切れ目に小さな影を見つけた。

 

 軋む体を無理やり起こして、そこへ向けて距離を詰めていく。

 

 

 

 

「は、ぁ……ァ……っ!ぅぅ……!」

 

 たどり着いたその場所で小さな命を抱き留め、嗚咽と共に大粒の雫が零れ落ちていく。

 

「恩返し、なんて……私の方が、ずっと……ずっと、沢山の幸せを貰ったのにっ!」

 

 ユーリは声を震わせ、涙と共に言葉を紡ぐ。

 

 零れ落ちる雫に呼び起こされるように腕の中の彼女は小さく鳴いた。小さな前足()でユーリの頬を撫でるが、ヒトの物ではないそれでは涙を拭うことは叶わない。

 

 再び泣かせてしまった彼女……しかし、これは止める必要のない優しい涙だ。

 

 懐かしい温もりに抱かれるように腕の中で小さな猫は笑みを零し、盟友達が舞う空の彼方へと視線を向ける。

 

 

 こうして暁へと向かう空で一つの戦いが終幕を告げた。

 

 

 

 

 機動外殻の殲滅準備が着々と整い、最大戦力であろうユーリ・エーベルヴァインの撃破と移ろい変わる戦況の中で一際激しい戦いが繰り広げられている。

 

 

 峻烈にして剛腕……早さと力強さを兼ね備えた剣戟を目の前に、なのはは砲撃を撃ち放つ。

 

 高速機動に優れる相手には悪手ともいえる弩級砲撃であるが、その光はマクスウェルを呑み込んだ。着弾させにくい相手であるのなら、別の手段を取るのではなく、当てるための状況を作り出す。

 

 高速で舞う剣を柄と大盾で防ぎ、迫り来る弾丸は自らの光弾で撃ち落とし、行動を予測した先へバインドを設置し、僅かな隙へ喰らい付くように愚直なまでに砲撃を撃ち続ける。

 

 動じる事もなく、揺れる事もなく、自らの道を突き進み続けるのだ。

 

「ぬ、っ!!ぐ、ァァああああああああああああああああ!!」

 

 しかし、マクスウェルもそう簡単には倒れない。先のシュテルとの戦闘でなのはが行ったように、砲撃の中を無理やり突破してきたのだ。

 

 そして、〈アクセラレイター・オルタ〉の機動力を最大限に活用してなのはへと剣先を向ける。どこか焦ったような彼らしからぬ正面攻撃であった。

 

(何故……倒れない!?)

 

 マクスウェルは閃光の世界に身を置きながら、内心で吐き捨てた。目の前にいるのはイリスやユーリとそう変わらない年場もいかぬ少女。

 

 そうであるはずなのにマクスウェルは、目の前の少女に薄さ寒いモノを覚えていた。

 

 状況は万全だ。

 

 フォーミュラは魔法に対して有利である。

 

 加えて、フォーミュラの極致も言える〈アクセラレイター・オルタ〉を有しており、イリスの群体化によって肉体を得た事で、アミティエらエルトリア人をも超える身体スペックも手に入れた。

 

 自身という本体は此処に在るが、いざとなればイリスへデータを飛ばすことで復活は可能であるし、それこそ、バックアップもいくらでも効く。

 

 絶対に負けない状況を作り出したにも関わらず、目の前の少女に圧倒されかけている事に理解が追い付かない。

 

 否、圧倒などという生易しい物ではない……マクスウェルは高町なのはに対して確かな恐怖を覚えているのだ。

 

 それは万能の肉体を得て、想定以上の新天地へと辿り着き、イリスとユーリを手中に収めても尚、拭い去ることが出来ない程に大きなものとなっていた。

 

 

(―――何だ。何なんだ……コイツは……ッッ!?)

 

 

 打算も計略も通用しない理外の範疇にある決して折れない意志。光り輝く不屈の心。

 

 誰もが抱く善意でも、自己犠牲でもない。

 

 高町なのはから感じられるそれは、何かもっと別のもの。

 

 それは娘を仲間を、世界の全てを道具として操ろうとしたマクスウェルをして垣間見る事の出来ない一つの狂気(・・)であった。

 

 焦りは攻撃を鈍らせる。マクスウェルは機械駆動と生前では成し得ない程に高位に位置する戦闘能力を手に入れたが、彼の根幹部は人間の精神のまま……故に思考AIと身体稼働にズレが生じ始めていた。

 

「う、ぁっ!?がぁああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁっっっ!!!???」

 

 桜色の奔流に吹き飛ばされていくマクスウェルであったが、彼なりにこの戦いに一つの結論を出した。

 

 目の前の少女が自らの手の及ばない領域に立っている事を認め、一度は欲したが、強すぎる力は手に余るということを認識し、諦めたのだ。

 

 それと同時に、彼女はこれから自分が再び研究を進めていく上で最大の障害となる事を意味している。

 

 マクスウェルは自身に襲い掛かるこの感覚を払拭できないままでは、これ以上先へ進むことが出来ないと桜色の眼前に躍り出る。

 

「ッッ!!うぐっ!!おおおおおおおぉぉぉ!!!!」

 

 紫の燐光が輝きを増し、渾身の剣戟を撃ち放った。

 

 躯体への損傷も稼働エネルギーへの負担も省みない、次の戦いの事も大局の流れも一切考慮しない全力の一撃……アクセラレイターによって最大限まで高められた純粋な破壊は漸くなのはへと到達した。

 

「う……っ!?」

 

 なのはが防衛へと回した〈独立浮遊シールド〉を力技で斬り裂き、その勢いを以て命を刈り取るべく剣を振り翳す。

 

(取った……ッ!!)

 

 マクスウェルはなのはを葬ることが出来る確信と共に狂気にも似た愉悦に打ち震えた。これで得体の知れない恐怖から、自らの理外にある存在から解放されるのだと確信していた……筈だった。

 

 

 

 

 しかし、高町なのははそんな想いすらも超越()えていく。

 

 

 

 

「はぁぁぁ!!!!―――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁッッッ!!!!!!」

 

 なのはは自身に迫る剣に対して、防衛でも回避でもなく……むしろ、前のめりに突っ込んで来た。自分自身への余波もお構いなしに制動を一切無視した超弩級砲撃を撃ち放ったのだ。

 

「ぐ、ぁ……っ!?」

 

 吹き飛ばされたマクスウェルは呆然に目を見開いた。自分と同様に砲撃に巻き込まれたなのはが此方へ向かってきているのだ。

 

 そして、その身体を砲撃が呑み込んでいく。

 

 だが、マクスウェルは光の乱流に呑まれながらも、脳裏を染め上げる恐怖を振り払うために、目の前の少女を殺し尽くそうと加速の上限値を大きく引き上げて、更なる閃光の世界に身を移し、なのはも追走するように出力を引き上げる。

 

 一瞬と言える刹那の時間すらも置き去りにする超高速戦闘。

 

 後先を考えずにただひたすらに全力で斬り結び、撃ち合う両者。

 

 正に頂上決戦……

 

 敵の防御を剥ぎ取り、必殺の一撃を打ち込む……その一点のみを狙い、そこへ辿り着いたのは―――

 

 

 

 

「終わりだ!今度こそッ!!」

 

 

 

 

 マクスウェルだ。

 

 制動機構を振り切り、全身から鳴り響くアラートを無視して、高町なのはを殺すためだけに剣を執った。何度も口にした終焉を体現するために、目の前の少女を切り伏せるために刃を振り下ろした。

 

「……ッ!」

 

―――間に合わない

 

 なのはは自身の終わりを確信した。だが、不屈の心が、諦めきれない心が迫り来る剣戟(げんじつ)への足掻きを見せている。

 

 マクスウェルもそれを感じ取っているが、最早手遅れ……

 

 

 悲しい現実を撃ち砕こうと皆の想いを背負う少女……

 

 他者の想いなど歯牙にもかけず自らの探求心に駆られる男……

 

 

 二人の道は、歩んで来た軌跡が示す様に、始めから決まっていたかのように分かたれた。

 

 

 

 

 前線から外されて支援へ回ることを承ったアミティエであったが、名目上の物であり、実際は回復の為に下げられた様なものだ。

 

 現実問題として、初めての次元移動から慣れない地球での戦闘に此処までに負った傷の数々……目に見えて酷いのはマクスウェルに張られた頬の腫れだが、骨折も一ヶ所や二か所ではなく、満身創痍と言って差し支えない状態だ。

 

 実際、アミティエは立ち上がることもままならず、ビルの上に横たわって荒い呼吸を繰り返しながら頭上を駆ける二つの光を見つめている。

 

「なのはさんが押している……でも……」

 

 戦況はなのはに分があるようだが、アミティエの表情は晴れない。

 

 先ほど、なのはの胆力よって窮地を脱したアミティエだからこそ分かることもある。

 

 気丈にも笑って見せていたが、苦悶に歪む表情……自身を抱えた彼女の腕は、身体は震えていた。

 

 外傷こそ少ないが、なのはもとっくに限界など超えてしまっているのだ。

 

 無理もない話だ。キリエ、シュテル、ユーリ、イリス群体、多数の機動外殻……そして、フィル・マクスウェル……これだけの戦闘をこの一夜の中で連続で繰り返しているのだから当然だろう。

 

 そこに加え、使い慣れない〈フォーミュラモード〉に〈エルトリア式フォーミュラ〉と〈魔導〉の融合を成し遂げ、自身達と違い制御機構の無い〈アクセラレイター〉まで使いこなして見せた。

 

 限界を超え、今も尚、マクスウェル相手に戦えている現状の方が異常となのだ。

 

 だが、これ以上長引けば、それこそ―――

 

 

「こん、な所で立ち止まって、る場合じゃ……っ」

 

 

 アミティエの予感に圧されるように次第に戦いの主導権をマクスウェルが握っていく。せめて援護を……隙を作り出すために、この身を盾にするだけでもと戦線に復帰しようとするアミティエだったが、その意思に反して一度、歩みを止めた身体は力を取り戻すことはない。

 

 それでも少しずつ体を起こしていく。

 

 自分達のために戦ってくれている人の命を散らせるわけにはいかない。自分達の星から齎された災厄へ立ち向かっている少女がいて、自分が立ち止まるわけにはいかないのだと……

 

「動け……動け……っ」

 

―――助けたい

 

―――力になりたい

 

 そんな思いがアミティエの口を吐いて出る。

 

 

「う、ごけぇぇぇえええええええええええええぇぇぇっっ!!!!!!」

 

 

 自身に残された在らん限りの気力を以てアミティエは叫びを上げる。

 

 しかし、無情にも彼女の身体は膝を震わせて辛うじて立っているような状態に留まり、その願いが叶うことはなかった。

 

 

 

 

 だが、彼女の気迫が……込められた願いが……一つの希望を呼び寄せる。

 

 

 

 

 アミティエの頬を風が撫でる。驚愕に振り向く間もなく、金色の閃光が激突の中心部へと飛び込んで行く。

 

 

 

 

 それは星光が紡いできた絆の証明……

 

 彼女に寄り添う金色の死神の胎動であった。

 

 

 

 

「な……にッ!?」

 

 マクスウェルの驚愕の声が響く。なのはへと振り下ろした刃を金色の魔力刃によって薙ぎ払われたのだ。

 

 そして、腕を開き、ガラ空きになった隙を突くように両手首を先ほどまで術式を組み上げており、発動寸前であった桜色の円環に縛り付けられる。更にそれに重なる様に金色の四角(キューブ)が組み付いた。

 

(また……なのか!何度も何度も!!)

 

 在り得ないことがマクスウェルに降りかかる。それはこの夜の間に幾度も降りかかってきた不条理に他ならない。

 

 予想外に深手を負ったキリエ、管理局側と連携するディアーチェ達、三度も撃破されたユーリ、クロノの広域攻撃に、相反する二つの力の融合を成し遂げたなのは……思い返せば、想定外の事態により計画(プラン)の修正を何度測った事であろうか……

 

 それだけではない。

 

 ユーリのような例外を除けばエースと呼ばれる魔導師であっても、フォーミュラの前には太刀打ちできないはずであった。

 

 相手の戦力を分析し、常にそれを上回る戦力を投入し続けて来た筈であった。

 

 完璧なシナリオだった……絶対に負ける筈のない戦いであった。

 

 マクスウェルは歯噛みした。

 

 理解ができない……

 

 だが、彼は知っていたはずの事象である。

 

 ヒトが限界を超えていくために必要なモノは彼が燃料(・・)と称したそれに他ならないのだ。

 

 どんなに完璧に状況を整えても、大局を支配しても足りなかったモノ。それを持ちえない彼は、誰かの為に戦い続ける魔法使い(・・・・)達に勝利することは始めから不可能だったのかもしれない。

 

 

 

 

 拘束を振り払おうとするマクスウェルの眼前、白と黒の少女が空を踏みしめた足元で二つの円環が重なり合う様に渦を巻く。

 

 最早、言葉も念話も、目を合わせる必要すらない。隣に立つ存在の思考が手に取るように理解できてしまう。二つの翼は皮肉にも他者の意志を縛り付け、己の意のままに操って来たマクスウェルとは対極に位置していた。

 

「ぐ、アクセラ―――ッッ!?」

 

 目の前の事象から逃れようと筋強化を最大限まで引き上げようとしたが、マクスウェルは驚愕に目を見開いた。これまでの負荷によって、全身に鳴り響くアラートが加速機動(アクセラレイター)の発動を良しとしなかったのだ。

 

 奇しくも、これまでの戦いで消耗していたなのはにしていたことと同じ現象によって今度は自らが追い詰められている。そして、彼女の様に限界を超えることは出来なかった。

 

 ならば解析をと手元の術式に目を向けたのならば、下方から放たれた無数の銃弾が襲い掛かる。〈アクセラレイター〉を筋出力のみに振り切ったアミティエはよろける身体に鞭を打ち、何度も引き金を引いていた。

 

 多少狙いは甘いが、威力を増した銃弾がマクスウェルの両手の得物を撃ち落とし、一発の銃弾が吸い込まれるように頬へ炸裂する。

 

 

 全ての戦闘手段を失って丸裸にされたマクスウェルの眼前で二つの光が煌めいた。

 

 それは終焉を告げる最後の魔法……

 

 

「ホーネットジャベリン!!」

 

「エクシードエストレア!!」

 

 

 なのはとフェイトが天に掲げた魔法の杖の下へと星と雷が集う。

 

 無数の戦いの中で編み出された中距離殲滅コンビネーション。

 

 

 

 

「「ブラストカラミティ―――発射(ファイアー)ッッ!!!!」」

 

 

 

 

 〈ブラストカラミティXF〉―――〈レイジングハート・エストレア〉によって形成されたバレルフィールドにより効果範囲を限定し、〈バルディッシュ・ホーネット〉による砲撃を軸になのはの砲撃でフィールド内を満たす広域魔法だ。

 

 フィールド内での回避は不可能。二重バインドまで施されており、檻の中から逃れる術もなく、折り重なる星光と雷光がこの世界を掻き乱し、多くの悲しみを生んだ根源を打ち払う。

 

 

 

 

「ブラスト、シュ―――――トォッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

―――救うと決めた

 

―――二つの世界の明日の為に

 

―――目指した道の果て、何が待っていても

 

 

 幾度も運命を切り拓いて来た撃ち抜く魔法。

 

 

 二人の少女に呼応するように魔法の出力が跳ね上がる。魔力飽和空間の中で、マクスウェルは断末魔を残響させ、極光の中へと消えた。

 

 

「う、おおおぉぉおおおおおぉ、がぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁッッッ!!!???」

 

 

 迫り来る暴力的なまでの光によって鋼鉄の躯体は崩れて外装が剥がれ、四肢は千切れ飛び、胸元から下は全て蒸発して行く。

 

 マクスウェルにとって最大の誤算を孕みながら、全身を燃やし尽くされて、魔力の渦へと呑み込まれていった。

 

 

 

 

 時を同じくして―――

 

「―――え、ぁ……?」

 

 脳裏に過り続けていた大切なものが砂嵐(ノイズ)の中へ消えていく。

 

 遠い日の記憶、大好きだった笑顔……

 

 そうして、緋色の少女は嵐のような剣戟から一転して制止した。程なくして、奏演者を失った傀儡の様に弛緩した身体が空へと投げ出され、地表へと向けて墜ちていく。

 

「イリスッ!」

 

 彼女の名を呼びながら受け止めた女性が一人。

 

 キリエはイリスを抱きかかえながら安心したような表情を浮かべ、ゆっくりと地上へと降りて行った。

 

 フィル・マクスウェル、ユーリ・エーベルヴァイン、イリス……事件の根幹を担っていた者達との戦闘はこれで終幕となった。

 

 

 

 

 残されたのは地表を覆い尽くす〈機動外殻〉と一部の〈イリス群体〉のみだ。

 

 しかし、それらを撃ち払うべく白銀の太陽が天高く輝きを増している。

 

 はやてがシャマルから戦闘行為の終了と味方各員の離脱の報を受けて杖を振り上げると共に、リインによるカウントダウンが始まった。

 

《ウロボロス発動―――発射6秒前。5、4、3、2、1……0!!》

 

「響け!ウロボロスッ!!」

 

 リインの掛け声に合わせてはやてが杖を振り下ろし、術式の発動と共に白銀の太陽から散る光が関東全域に魔力の雨を降らせていく。

 

 はやての傍らに控える守護騎士、クロノ、ユーノ、煉を始めとした戦域の魔導師達……

 

 なのはに肩を貸しながら空を見上げるフェイト、イリスと寄り添うキリエ……

 

 座り込んでいるアミティエと誰もが幻想的な白銀の光へ視線を向けている。

 

「……」

 

 蒼月烈火も窓辺に立ち、降り注ぐ白銀の雨を見上げていた。

 

 

 

 

〈ウロボロス〉は建造物を避け、街々を侵攻し続けた機械魔神のみを鉄槌を降すかのような浄化の光によって全て消し去った。

 

 

 

 

 はやての広域攻撃を受けての本部からの報告と共に張り詰めていた戦闘区域が緊張から解放されていく。

 

「ウロボロス発射、範囲内の敵の殲滅を確認!」

 

「残りの機動外殻と群体イリスの捜索を続けて頂戴。はやてやなのはちゃん達には帰還命令をお願いね」

 

 レティ・ロウランは指示を飛ばすと共に他の面々に悟られぬよう安堵の息を漏らした。

 

 

 

 

 フェイトはなのはを休ませると地面に転がされたマクスウェルの下へと歩み寄る。

 

 爆心地の中心には居たのは四肢を失い、頭部と僅かな胸部が残された機械人形であった。鋼鉄の躯体は無残に千切れ跳び、焦げ付いた人工筋肉が残骸の様に散乱している。顔の人口皮膚も焼け爛れ、眼球に位置するアイパーツは片方を欠損し、もう片方は剥き出しになっている。

 

「フィル・マクスウェル所長、貴方を逮捕します」

 

 文字通り手も足も出なくなった彼に告げられた最後通告。同時にこの事件の終わりを指し示していた。

 

 

 

 

 これまで饒舌であった彼らしからぬ様子で閉口していたマクスウェルは暫しの間を置いて言葉を紡ぐ。

 

 その頭上……雲を超え、空の上の成層圏の向こう側で、一つの星が瞬いた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

デトネのBDを視聴して創作意欲を養っていましたが、尊すぎて何回も見直してしまいました。


さて、少しずつ…着実にですが物語は進んで参りました。

なのフェイは尊い。
本編では単独戦闘が多くて不遇でしたが、はやての広域攻撃が一番エグイなぁって回でしたかね。


やってることは外道で許されないはずなのに主人公の所長がラスボスのなのはに立ち向かうようにしまって読み直した時に自分でもびっくりしました。

戦闘終盤に機械の体で参戦して体力の有り余ってる所長と消耗した魔導師達ですからどっちが有利なのかは明白なんですけどね。

実際、なのはがベストコンディションだったのなら……もしくはフォーミュラ運用の機会がもう少しあって技術を身に着けていたのなら勝てなかったんだろうなぁって思います。

デバイスも急遽改修した物ですし、フォーミュラの運用も2回目、レヴァンティンはシュランゲが凍結されたままだったり、魔導師サイドがまだ万全の状態じゃないってのが、ヤバいですね。

劇場版本編で言えばあと3~4話で終了の予定です。
感想等頂けましたら嬉しいです。

ドライブ・イグニッション!

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