魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword 作:煌翼
固有型イリスの自爆に巻き込まれ、爆発の中で意識を失ったなのはは目を覚ました。
瞼を開き、飛び込んで来たのは先ほどまでの宇宙空間でも、管理局の医療施設でもない、霞掛かった不思議な空間であった。
よく分からない場所で自分が仰向けに転がっている……その現状を理解しながらもどこか他人事のように感じていた。
そんな、なのはを覗き込む小さな影がある。
栗色を短く二つ結びにした特徴的な髪型、青い瞳に見覚えのある顔立ち……それは幼い頃の
『ねぇ……あなたはこれで満足?』
幼き自分は今の自分に対して、無垢な瞳を向けながら問いかけて来る。
「……うん、満足だよ」
その問いかけになのはは一呼吸を置いて答えた。中破した
『ホントに満足なの?』
小さな
しかし、それを素直に口に出すことは
『なら、貴方はきっと、あんまり自分の事が好きじゃないんだね』
その一言は、自らの中にある何かに響いて来た。
『誰かの役に立って、誰かを助けてあげられる自分じゃないと、好きになれないんだ』
なのはに否定の言葉は無い。その指摘は決して間違いではなかったからだ。
ちょうど目の前の自分くらいの頃に抱き続けていた、辛くて痛い、ずっと昔の記憶……それは高町なのはの根幹ともいえる物であった。
『辛いね』
「……少し、ね。だけど……」
病床に臥せる半死半生の父親、それを受けて鬼気迫る様子の家族達を眺めるだけだった無力な自分……
「魔法に出会ってから……みんなと出逢ってから、随分と辛くなくなったよ」
彼女の抱いていた感情は数多の出会いによって満たされていった……それは胸を張って断言できるものに違いなかったのだ。
普通の小学生であったなのはに訪れた非日常……突然の出会いが彼女の心に巣食っていた檻を打ち壊し、大空へと翼を広げていくための切欠……〈魔法〉となり、新しい〈つながり〉となった。
「魔法と出会うきっかけをくれたユーノ君は、今でも魔法の先生で大切な友達……」
自分が歩んでいくことで助けられた人たちが居て、自分の事を助けてくれる人達が居て……
「クロノ君やリンディさん、エイミィさんはいろんなことを教えてくれるし……楽しそうにしてるはやてちゃんや八神家のみんなを見てると、切なくなるくらい幸せな気持ちになって、胸の中が温かくなって……」
無力な自分、
「アリサちゃんとすずかちゃんが、何時も話を聞いてくれて、心配してくれて……」
大きな瞳から雫が止めどなく零れていく。
人はなのはの事を天才と呼ぶ。若きエースだと、
「フェイトちゃんと友達になれた時……そうやって、みんながわたしの名前を呼んでくれるのが……それ、が……うれしく、て……」
それだけの強さを持っている彼女は……否、彼女だからこそ、小さな己自身に向き合うことに恐怖を抱いているのかもしれない。
嘗て、己だけの価値を欲した少女がいた。
将来のビジョンを確立し、それに向けて邁進しているアリサやすずかが眩しかった。彼女達と自分を比較し、心のどこかに空虚な思いを抱えながら日々を過ごしてきた。
魔法との出会いはそんな彼女の欠落を埋めてくれた。何をやっても平凡だった自分にも他の人に誇れるものが出来た。自分と同じように悲しそうにしている誰かを助けることが出来た。
その事が嬉しくて、高町なのはは大空を駆け続けた。自分の事を顧みないまでに我武者羅に……
胸の内にある根源的な恐怖から目を逸らすかのように……
なのはが魔法と出逢って数年後、奇しくもそれは彼女自身に降りかかることになった。
あの雪の日……高町なのはは撃墜されたのだから……
共に任務に参加していたヴィータらによってすぐに手当てが施されたにもかかわらず、立って歩くことすらままならないほどの重傷を負ったがどうにか一命は取り留めた。
ステルス性の高い新型相手とはいえ、普段の彼女ならば後れを取るはずのない〈ガジェットドローン〉如きに敗北したのだ。
原因は至極単純……疲労の蓄積と言える。それに加え、当時の〈ベルカ式カートリッジシステム〉は現在の物よりも身体的な負担が大きく、同じく限界を超えた力を発揮するフルドライブ〈エクセリオンモード〉との併用も相まってなのはの身体には相当の負荷がかかっていたため、躱せるはずの奇襲に対して反応が遅れてしまったというのだ。
幾ら魔力量が多いとはいえ、当時11歳の少女が扱うには大きすぎる力とは言えなくもないが、それでもなのはがしっかりと休息を取って普通に過ごしていさえすれば、このような事態にならなかったと言えるだろう。
では何故こうなってしまったか……高町なのはは、恐れていたのだ。
無力な自分に戻ってしまうことを……何もできない自分が愛されてしまうことを……
―――魔法を使っていない自分に愛される価値などないのだから
家族や親友が自分に見せてくれる態度から察するに自分が愛されていること、大切に思われていることへの自覚はあった。それはとても幸せなことで自分が望んだことでもある。だが同時に、何も成せない自分でさえも肯定されてしまうということでもあり、高町なのはにとっては何よりも許せない事でもあった。
そして、魔法を使って誰かを助けている自分は紛れもなくかつて夢見ていた
良い子である自分であれば、あの素晴らしい仲間たちの和の中に居てもいいのだと、そうでなければいけないのだと思いながら……
そして、起きた今回の一件……
自分の手で故郷を、守りたい人達を守ることが出来た。
その事に一つの充足感を覚えた事は紛れもない事実であり、先ほどの満足とはそういう意味なのだろう。
だが、全く別の想いが胸から湧き上がっている事もまた事実……
『直ぐに自分を好きになれなくてもいいよ。でも、貴女を好きで大切に思っている人たちがいる事を、忘れないで……大切な人達を泣かせるのは、嫌でしょう?』
「……うん」
なのはが魔法はおろか、歩くことすらできなくなるほどの大怪我を負った時、周囲の面々は皆、悲痛な表情を浮かべていた。フェイト達に至っては、自分よりも辛そうな顔をしていたように思える。
その仲間たちは
『それに、約束を破ってもいいの?』
「……約束?」
なのはの脳裏に先ほど交わした言葉が蘇る。
―――必ずお返ししますからね
―――ええ、約束ですよ
軌道上に上がる前にアミティエと交わした約束であった。彼女から預かった〈ヴァリアントザッパー〉を返すという物であったが、戦闘中に見事に大破させてしまったと、苦い表情を浮かべている。
「……返そうと思ったのに壊しちゃったな」
『じゃあ、その事を謝らないとね……それに、ここで満足しちゃったら、もう一緒にいられなくなっちゃうよ?』
なのはは自分からの返答に思考を巡らせる。
―――誰と……何と……一緒に?
眼前にいるのは小さな
―――明日も、その次の日も、これから先もずっと一緒なの
夕焼けの中、初めてできた友達と交わした何気ない……そして、果たされることのなかった約束……
―――なのは、サヨナラしちゃうけど、俺が大きくなったらまたこの街に来るよ。なのはともう一回会うために
―――大きくなってからじゃ嫌なの。ずっといっしょだもん
―――ごめん……今は一緒にはいられない。でも絶対にこの街に帰ってくる。何年後になるかわからないけど絶対に……
―――ホントに帰ってくるよね!?なのはに会いに来てくれるよね!!?
―――うん、約束するよ。だからそれまで……お別れだ
そして、長い時を経て少年と少女は再会を果たした。
「にゃはは……私の方から約束破ったら、何言われるか分かんないや……」
いつも自分の前を歩いていて、守ってくれて、立ち止まっていると手を引いてくれた彼……
気が付けば涙も止まっていた。
「それにちゃんとお話もできてないし……」
でも、再会した彼はどこか辛そうで、その視線の先にあるものを知りたくて……
―――眠るのは今じゃない
なのはの瞳に光が灯っていく。
『もう一回聞くよ。あなたはこれで満足?』
「……今のままじゃ、満足は出来ないかな」
小さな
『そっか……なら、自分を好きになれる日も、きっと来るよ』
「……ぅ、ん……っ!」
『だから、ほら……』
小さな手にそっと押され、身体が後ろへと倒れていく。だが、それに抗おうとする気は起らず、頬を撫でる一陣の風を感じながら、暖かなぬくもりに身を任せた。
霞掛かった光景が徐々に変わって行く……
そして、眼前に広がるのは無機質な空間ではなく鮮やかな花畑。どこまでも広がる青い空、浮かぶ白い雲……暖かな陽光が花畑を照らしている。
なのはは傍らに咲く花々を眺めて見た。
大地に根を張り、翠の葉と茎の先から、黄色の花が咲き誇っている。
―――菜の花
両親が付けてくれた自分の名前……大好きな人達が自分を呼んでくれる道標……
黄色の花々はなのはを優しく包み込んでいた。
優しく静かな時間はまるで夢の様……
なのはは自分自身と向き合ったこの時間を自らの胸に刻み込むかのように、種子なのか蕾なのか定かではない自分も、この花々の様に咲き誇る時が来るようにと瞳から一筋の雫を零した。
―――いつか、きっとね!
小さな
そして、夢のような世界は静かに暗転していく。だが、今度は先ほどまでとは違う……真っ暗な暗闇の中でもなのはは暖かなぬくもりに包み込まれていた。
「……」
なのはは再び目を覚ます。
暗い
「……っ?」
運命の名を冠する女神のような少女によって抱き締められていたのだ。なのはは大きな瞳に涙を溜めてこちらを見る親友達に朧げな意識の中で言葉を返す。
「ダメだよ……こんな、むちゃして……」
「なのはにだけは言われたくありません」
「ホンマになぁ」
大気圏すらも超えて自身を迎えてに来てくれた二人の少女は安堵したかのような表情を浮かべていた。なのはも親友達の存在と、どうやら自分が生きているのだという実感を噛み締めるように抱いている。
「あれ……身体……あんまり痛くない?」
とはいえ、あの至近距離で固有型の自爆を受けたにしては体の調子が良すぎる事に首を傾げていた。意識を失っていた為、どれほどの火力が出ていたのかは定かではないが、少なくとも生きていることが奇跡と言えると予測できるにもかかわらず、なのは自身は五体満足でむしろ、先ほど眠る前よりも楽になっているとさえ思えるほどだ。
調子を確かめるように両腕を上げ下げしているなのはにはやてが声をかけた。
「お礼ならフェイトちゃんに言うことやね。凄かったんやでぇ~」
「わ、私っ!?」
その隣ではなのはを抱き留めているフェイトの頬に朱が差した。
クロノはマクスウェルの取引相手として対峙していたフェイトを退かせ、はやてと共にある指示を与えていた。
『ここは僕が引き受ける。フェイトははやてと共に
『分かった。お兄ちゃん!』
『二人を頼んだぞ』
『うん!』
フェイトは、出撃前にアミティエから残っていたナノマシンを受領したことで得た奥の手……フォーミュラ融合型
なのはの〈フォーミュラモード〉とは雲泥の差とはいえ、フォーミュラの力を経て出力が上昇しているフェイトははやてよりも先行して目的地を目指していたが、戦闘域が目視範囲に入った時点で既に終結の様相を呈していた。
だが、加速し続けるフェイトの紅眼にイリス群体に組み付かれて動けなくなっているなのはの姿が映し出される。状況の詳細把握は叶わないが、全身に走った悪寒に従う様に閃光となったフェイトは〈バルディッシュ・ホーネット〉を構えて一気に飛び出した。
爆発寸前に飛び込んだフェイトは、自爆シーケンスに入っていた固有型が背後からなのはに組み付いている腕を魔力刃を小剣状にしたバルディッシュで斬り裂いて、身体を蹴り飛ばし、魔力を搔き集めてシールドを形成することで、自身らを守ったのだ。
結果として、なのはは比較的軽傷で済み、遅れて到着したはやてによって治癒魔法をかけられて、身体の調子も最低限には保たれているというわけだ。
「二人共……ありがとう……」
「お礼を言うくらいなら無茶せんといてや、毎回肝が冷えるで」
「全くです!」
宇宙の果てまで自分を迎えに来てくれた親友達に礼を述べたなのはであったが、返答は辛辣なものであった。だが、両者の優しい表情から、自分を想っての事だということが痛いほどに使わって来る。
「あのね、夢を見たんだ……小さな私と話す夢を……」
「ちっさいなのはちゃんは何て?」
はやては穏やかな顔つきでなのはの話に耳を傾けている。
「……私は、幸せ者だね……って!」
大粒の涙を宙に漂わせて笑うなのはとそんな彼女を抱き締めるフェイト……はやても両者を包む込むように手を回して抱擁した。
こうして戦いは終わりを告げた。
なのはは親友達に両肩を支えられ、大気圏を降下している。
「……ぁ、っ!?」
見慣れた街並み……そこには戻ってくる自分を迎えてくれる大勢の仲間達がいた。
高町なのはは自らの深淵と対峙し、僅かながらの答えと勇気を得た。幼い頃から抱き続けてきた
それによって自分で自分を許すことが、認めることが出来ないでいた。
だが、この光景を見て改めて先ほど幼い自分と交わした応答が無駄ではないと実感している。
戻ってくることが出来た自分の無事を祝ってくれる仲間達……嘗て瀕死の重傷を負った時に寄り添ってくれた親友や家族達……
彼らは
こんな素晴らしい仲間達が認めてくれる自分なら……少しは赦してやってもいいのではないか……そうしていくうちに少しは自分の事が好きになれるのではないか……
なのはは降下している自分達へ向かってくる仲間達を見ながら小さく微笑んだ。
高町なのはにとっての〈守りたい世界〉は今も此処に在るのだから……
最後まで読んでいただきありがとうございます。
連投でございます。
今回の話は第3章最終話を意識しているというか、あの誕生日回自体がreflection&Detonation篇を書こうとしたことで生まれた話という裏話があったりなかったり……
此処に来て原作と大きな相違点が出てきましたが、お察しの通りなのはの怪我の具合の差と今作のなのはは劇場版と違い、例の撃墜をされてしまっているという所ですね。
怪我に関しての分岐点はクロノとなのは達の付き合いの長さの差にあります。
原作では出会って3年目ですが、今作はその倍以上の年数が経過していますので、行動をある程度予測しており、フェイト達を向かわせるタイミングが早かったこと、なのはがかつて大怪我をしたこともあって、心配になったフェイトそんがはやてをぶっちぎって成層圏まで飛んでったことによって軽傷で済んだという感じです。
では、次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!