魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword 作:煌翼
クロノ・ハラオウンは空から降りて来た流星となのは達の帰還の報を聞き、表情を緩ませるが、すぐさま眼下に転がっている人物へ厳しい視線を向ける。
「フィル・マクスウェル……これで貴方の交渉カードは全て潰えた事になる。今度こそ、貴女を逮捕、拘束させてもらう」
マクスウェルは暫くの間黙りこみ、漸く口を開いた。
「……まさか、ここまでとはね。魔導師というのは一体どういう連中なんだい?」
「それは此処で議論すべき話題ではないな。話は牢の中で聞かせてもらう」
「全く……計算違いもここまで来るといっそ清々しくあるものだね」
クロノは噛み合わない会話に眉を顰める。
「……おかげで此方も形振り構ってはいられなくなってしまったじゃないか」
「一体何を……?」
マクスウェルを拘束しようとした瞬間……
『聞こえるかね。時空管理局の諸君』
戦域の各員にオープンチャンネルである通信が届いた。
「嘘……」
「この声は……」
低く響く男の声、この戦域にいる大半の人間にとって聞き覚えのある声であり、特にシャマルによって怪我の治療を受けている、なのはとアミティエの驚き様は相当なものであった。
『……では取引と行こうか』
「ちぃ!そういう事か!!」
クロノは足元に転がるマクスウェルを忌々しげな表情で睨み付ける。
『指揮官殿の足元にいる
戦域の各所に電子モニターが出現し、其処に映し出されたのは紛れもなくフィル・マクスウェル。先ほどの戦闘で〈ブラストカラミティXF〉の直撃を受け、戦闘能力を奪われた上で撃墜され、今も尚、地面に転がっているの男の姿であった。
「今此処にいるのも、あそこで通信をしているのも私自身に他ならない」
「……どういう意味だ」
「状況を理解できていない者達に現状を認識させようという魂胆かい?ふふっ、君はどうやらかなり賢いようだね。君自身は既に答えに辿り着いている……有り体に言ってしまえば、私はフィル・マクスウェルであり、彼ではないということさ。画面の向こうも彼も、ね……」
マクスウェルは戸惑う局員達を嘲笑うかのように
「私はフィル・マクスウェルの記憶と意志を継いだ群体イリスの一基に過ぎないということさ。既に個としての生命への執着というくだらない領分を脱している。そして……」
『フィル・マクスウェルの記憶と意志を持っていさえすれば、それは彼自身であり、私に他ならないということさ。思想も行動も、勿論、戦闘能力もね』
まず明らかになったのは、先ほどのロケット発射台の時と同様に、イリス本体の目を掻い潜り、〈オールストーン・シー〉内に開設した独自の生産プラントで自分自身と同じ記憶と意志を持った分身をもう1機生み出していたということだ。
「先ほど君は、私のカードがもう無いと言ったね?そして、彼方の私は再び取引を持ち掛けた。つまり、私には切れるカードがまだあるということさ」
クロノはマクスウェルの言葉に耳を傾けながら、焦燥感に浮かされるように彼の居場所を探っていた。新たに現れた彼が使っている回線が管理局の物である事、此処にいるマクスウェルが余裕を取り戻している事から状況が切迫していることは明らかであるためだ。
程なくしてもう一人が開いているオープンチャンネルの出所が特定される。
「なッ!?ここは……」
そこに表示されたのは、ヴィータやディアーチェらが旗艦としていた連絡船でも、東京支局でもなく、園内からそう離れていないところにある臨時本部……
今回の戦いとしても通信仲介点程度の重要度しか持っておらず、結界外への脱出を目的としているマクスウェルらが狙うはずのない拠点であった。
居場所が特定された事を受けてか、モニターの向こうのマクスウェルは身を反らして、自身の背後を皆に向けて映し出す。
『さて、取引内容については先ほど、其方の私が言った通り……そして、此方のカードはこの、彼らさ……』
そこにいるのはデスクに腰かけたまま、怯えた表情を浮かべている管理局員達……
(くっ!エイミィ!!)
そこにはクロノを公私共に支え、なのはらにとっても親しい相手であるエイミィ・リミエッタの姿もある。
「君達は私を裏切って衛星砲を破壊してくれたようだね。君達とまともに取引をすることができないということが分かった。つまり、彼らは人質兼カウントダウンさ。私の要求が呑まれるまでのね」
人質という単語を受けて現状を認識した戦域にいる局員達の表情が青褪めた。
『―――君達は私の要求事項に応えるべく準備をした方がいいと思うがね』
「一分だ。私の要求が呑まれない場合は一分ごとにこの場にいる人質を一人ずつ殺していく。人質など一人いればいいのだから、他の方々は有益に使わせてもらうさ」
二人のマクスウェルは不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。
「だが、先ほどのお礼をしなければね。私の覚悟を知っていただくために、まずは……一人目だ」
マクスウェルの指示を受け、臨時本部にいる彼がその手に出現させた〈ヴァリアントウエポン〉の銃口を局員に向ける。
『そういう事だ。お嬢さん』
『ッ!?』
標的にされたエイミィは身を固くする。先ほど〈衛星砲〉を破壊したことへの報復か、取引に応じる間を与えないと、有無を言わせぬ様子であった。
『恨むのなら、私との取引を蔑ろにした管理局を恨んでくれ』
そして、押し込まれた引き金に合わせて、紫弾が撃ち放たれ、皆の表情が驚愕に染まる。
「―――行きなさいッ!!」
銃弾が迫るエイミィの前に黒髪の少女が漆黒の大盾を持って射線軸に割り込んだ。黒枝咲良はその手にある〈アイギス改〉で銃弾を弾き、本体部裏側から二基のビット兵装〈ゴルゴーン〉を射出し、藍色の魔力弾を吐き出させながらマクスウェルを強襲する。
「我々のフォーミュラにはない思想を持つ兵装か……興味深いね」
対するマクスウェルは咲良の〈ゴルゴーン〉に興味こそ示したものの、室外へ退避しようとした局員達への牽制射撃をする余裕まで見せながら、右へ左へと軽やかに魔力弾を躱していく。歯噛みする咲良の背後……開けられたままの扉の向こうで黄金の光が煌めいた。
「よくやった!!そのまま動きを止めていろよッ!!」
「む……新手か?」
響き渡る少年の声に眉を顰めたマクスウェルは迫り来る煌びやかな大剣を右手に新たに出現させた〈ヴァリアントウエポン〉で受け止め、腕力で新手の身体ごと押し返した。咲良は突如として現れ、自身の隣に着地した東堂煉に対して戸惑いを見せているようだ。
「煉様、どうして此処に?」
「煩い!!お前は黙って僕の援護だけしていればいいんだ!!はあああああああっ!!!!」
咲良は聞く耳を持たないとばかりにマクスウェルに飛び掛かって行った煉に対して内心苦い顔を浮かべながら、再びゴルゴーンを操作する。
「今の僕は気が立っていてね。ただで済むと思うなよ!!」
東堂煉は大剣型デバイス〈プルトガング改〉をマクスウェルに向けて叩きつけていく。機動外殻〈憤激のサルドーニカ〉戦以外は体力を温存していただけあり、疲労を感じさせない猛ラッシュを繰り出して一気に責め立てる。
(最前線にいる筈の彼がどうして此処に?しかし、このままでは少々マズいですね)
フェイトと共に遊撃を任されて戦場を飛び回っているはずの煉が姿を見せた事に驚きを見せる。戦力が増えたにもかかわらず、咲良の表情は先ほどよりも焦燥に駆られているように見受けられた。
「フォーミュラなどという低俗な力、僕の魔法で打ち砕いてみせよう!!」
煉は回避に徹して防戦一方であるマクスウェルに対してほくそ笑みながら攻撃仕掛け続ける。
今回の一件……ハラオウン派の魔導師達は獅子奮迅の活躍を見せているが、自分達の派閥の戦果は、はっきり言って芳しくないといえよう。〈憤激のサルドーニカ〉戦においてもリンディ・ハラオウンの助力がなければ、撃破は難しかったという評価すら下されており、例え事件が解決したとしても、これでは恥をかいただけで終わってしまう。
だからこそ、この状況は取りようによっては好機と言えるものであった。先ほどのフェイトとの一件も重なったことで、自暴自棄になり、現場処理を他の面々に押し付けてさっさと帰還してきたところに主犯格と鉢合わせしたのだ。
〈PT事件〉、〈闇の書事件〉で活躍したエース達を撃破した〈エルトリア式フォーミュラ〉を操る敵の首魁を単身で捕らえたとなれば、誰もが認めざるを得ない功績となろうし、そうなれば彼女もきっと……
「はぁ……アクセラレイター・オルタ」
煉の猛攻に晒されるマクスウェルであったが、退屈そうな溜息と共にトリガーワードを紡いだ。
次の瞬間……
「が……っ!?」
反応する事すらできなかった煉は吹き飛び、局員達がいる中心部に叩きつけられて痛みに悶絶していた。腰元から肩口に向けて〈ヴァリアントウエポン〉で斬り上げられ、鮮血が溢れ出しているようだ。主兵装である〈プルトガング改〉はその手を離れ、天井に深々と突き刺さっている。
「ぼ、僕の血がぁ!!!?い、いだいっ!!あああああああぁぁっっっ!!!!!!」
すぐさま、咲良は〈ゴルゴーン〉を呼び戻して、〈アイギス改〉を正面に構えるが……
「くぅっ!?」
一瞬のうちに移動したマクスウェルの一刀の下に二基の〈ゴルゴーン〉を破壊され、追撃の一閃で彼女自身も大きく吹き飛ばされた。
「ほう、アクセラレイターの一撃を遠距離兵装を犠牲にして躱すとはね」
〈ゴルゴーン〉を囮にして初撃をそちらへ誘導し、迫り来る二撃目を大盾の中心で受けながら、衝撃を逃がす様に後方に飛び退くことにより、出力を大分抑えてあるとはいえ〈アクセラレイター・オルタ〉の奇襲を受け切った咲良に対し、感心したような視線を向けるマクスウェルの眼前で〈アイギス改〉から二度の炸裂音が響く。
≪Brave Tychios!≫
咲良と煉、局員達とマクスウェルを分かつ境界線の様に藍色の魔力壁が出現した。
(これで少しは時間が稼げるはず……後は皆さんが来るのを待つだけ!!)
展開されたのは防御魔法〈ブレイブテュキオス〉……咲良が使用する魔法の中でもかなりの出力を誇るものだ。性質上、相手にダメージを与えることは出来ないが、そんなことは二の次なのだ。
咲良には分かっていた。自分ではマクスウェルには到底かなわないということが……
例え、煉と連携しても結果は大差ない。ならば、戦域にいるエース級の魔導師に頼る他に道はないという事。つまりこの状況で最優先すべきことは、マクスウェルの撃破ではなく、取引そのものを成立させないようにして、増援部隊が心置きなく戦えるようにするために人質の安全確保をすることだ。
その為、自分からマクスウェルに斬りかかって行った煉に対して、苦い表情を浮かべていたのだろう。普通に戦ったとしても時間稼ぎすらできない程に実力差がある。それこそ、自分達も人質にされてしまい、状況が悪化する可能性が高くなるのだから……
《各員転送準備を!人質の安全を最優先に、新たに現れた首魁を捕らえるぞ!》
クロノは状況の変化を受けて、マクスウェルに悟られぬように念話を使い、現場各員へと指示を飛ばしていく。
「二人とも準備は良いね?」
「ああ、やってくれ」
「おう!」
ユーノはシグナムとヴィータを戦闘域まで転送するべく術式を起動する。
「フェイトちゃん、こっちも行くわよ」
「お願いします!」
シャマルはフェイトの転送用意を進めていた。
(出撃待機させておいた彼女がこれほど合理的に動いてくれるとは、嬉しい誤算だったな)
クロノは怪我で戦線から外した咲良の予想外の健闘に驚きを感じながらも、内心で称賛を送っていた。彼女の働きによって人質が解放され、マクスウェルとの取引に応じずに済むのだから当然であろう。
残るは戦闘可能状態の面々の中でも選りすぐりの魔導師達を投入し、首魁を捕らえるのみだ。
だが、突入しようとしていた面々が転送魔法の発動を取り止めざるを得ない出来事が起こる。
銃声と共に華奢な身体と漆黒の大盾が倒れ込み、床を鮮血で濡らしている。
「この私が一杯食わされるとはね。だが、相手が悪かった」
マクスウェルが向けた銃口から放たれた弾丸が咲良の左肩を狙い撃ったのだ。咲良の対処は相手が魔導師だったのなら、質量兵器を持つ犯罪者だったのなら完璧だったと言えるだろう。
「私に魔法は効かないよ」
だが、相手はフォーミュラ使い。カートリッジを二つ使った硬固な防壁であったが、魔法を解析して無効化できるマクスウェルに対しては有効な策ではなかった。
マクスウェルが弾丸を放つ寸前に〈ブレイブテュキオス〉は四散し、無防備な状態で攻撃を受けてしまったということだ。これにより、元居た局員を含めて、二人の魔導師も人質状態となってしまったことを意味している。
「どうやら向こうで転がっている彼よりも君の方が厄介そうだ。悪く思わないでくれ」
倒れ込んだ咲良の眼前に銃口が付きつけられる。
(ここまで、ですか……結局何もできませんでしたね)
咲良は己に迫る死を受け入れた。
彼女にとって生きるということに大きな意味はない。生への執着など元よりない……黒枝咲良に自由はないからだ。
過去も現在も、未来をも東堂家と黒枝家に縛られ、全てを支配されている。進むべき将来も伴侶も、何もかもが家の決定によるものだ。そこに彼女の意志が介在することは一切ないと言っていい。
だからこそ、死が迫り来るにも関わらず、抗うこともなく受け入れるかのように瞳を閉じた。
籠の中の鳥……たった一時の幼い頃の思い出を除いては……
―――何してるんだ?
―――ふぇ!?
脳裏に蘇るのは、咲良にとって人生で唯一楽しいと感じた宝物の記憶……
―――あのさ、今日遊ぶって言ってたやつが来れなくなって暇なんだけど……君も?
―――わ、私は父が大事な話をしに行くからって、終わるまで待ってるだけ
―――ふーん、じゃあそれまでは暇なの?
―――う、うん。特別することはないけど……
知らない世界に赴いて、父親が参加する会合が終わるまで一人で待たされている自分に声をかけてきた少年。
―――じゃあ、付き合ってくれよ。俺もやる事ないしさ
―――え……ちょっと!?
自分の手を引いて走り出した少年に戸惑っていたのを憶えている。
でも……
ただ友人と遊ぶだけの何ということもない日常……
たったそれだけの事が楽しくてたまらなかったのを憶えている。初めてだったのだ、あんなに楽しかったのは、あんなに笑ったのは、誰かと言葉を交わしたのは……
結局、逢ったのはそれっきり……だが、唯一の思い出として咲良の深層に刻み込まれていた。
「さようなら、お嬢さん」
マクスウェルは引き金に指かける。
確かに心残りは無い。だが……
―――せめて、最期に一目だけでも会いたかったな……
自分に笑いかけてくれた少年の面影を想いながら、一筋の雫が零れ落ちた。
そして、悲劇の始まりを告げる銃弾が放たれる。
「えっ……?」
それは誰の声であっただろうか。
映像が暗転したと思えば、突如として臨時本部から噴煙が上がっており、その光景を目の当たりにした皆が動きを止めている。
「ちぃ!?」
そんな最中、マクスウェルが腕を交差させながら、臨時本部から飛び出してきたことに誰もが驚愕を隠しきれないでいた。
マクスウェルは人質というイニチアシブを失ったからか、飛び出してきた方向へ忌々し気に視線を送る。つまり、これはマクスウェルですら予想外の出来事だということだろう。
誰もが混乱する中で、吹き上がっていた噴煙が内部から振り払われるかのように掻き消された。
黒枝咲良は襲ってくるはずの痛みがいつまで経ってもやってこない事と、身体ごと吹き飛ばされそうな突風を受けて閉じていた瞳を開く。
眼前に広がるのは先ほどまでの室内ではなく、空いた大穴から月と星の光を差し込ませる夜天の空……
そして……
「何者だね。君は?」
マクスウェルの言葉に弾かれるように皆の視線が一ヶ所に集まる。
そこに在るのは……
風に靡く黒髪と、氷のような蒼い瞳、ロングコートを思わせる戦闘装束に、携えるは純白の剣……そして、三対十枚の蒼翼を広げる少年の姿。
「ただの民間人さ。三流悪党さん」
少年―――蒼月烈火は問いかけに対し、表情一つ変えることなく、手にした剣―――〈ウラノス・フリューゲル〉の剣先をマクスウェルへと向けた。
再来した狂気と煌臨した天使……月下の
最後まで読んでいただきありがとうございます。
本来なら前話の終わりでエンディング寸前ですが、ところがどっこいという感じですな。
何とうちの主人公がデバイスを起動するのは、現実時間で言えば半年以上ぶりという……
非戦闘員系ならともかく、戦闘力を持った主人公でこれは前代未聞ですかね?
初期案ではマテリアルズ関係、エルトリア過去話もモノローグだけにして、話数も現状の半分以下に抑えるつもりでしたが、気が付けばこんなことになって話の進み方が、想定の倍以上スローペースになったことによる影響ですね。
次回は皆さまが待っていてくれたかどうかは分かりませんが、再びのバトルパートです。
では次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!