魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword   作:煌翼

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戦渦慟哭のSpiral

 蒼穹の光が夜明け前の空に爆炎の花を瞬かせている。そんな中、空を彩る魔力の奔流に弾き飛ばされた紫光が姿を現した。

 

「はぁ、はぁ……何だ今の動きは……」

 

 マクスウェルは〈アクセラレイター・オルタ〉の出力を最大まで引き上げて防御する事により烈火の魔力挟撃に吹き飛ばされながらもどうにか戦闘不能になることだけは避けられたようだが、全身に傷を負っており、腕部のフレームパーツも焼き切れたように欠損している。

 

「それに先ほどの口ぶりは……」

 

『……一体、どういう事だ』

 

 二人のマクスウェルは戸惑いを隠すこともなく、信じられないといった様子で荒い呼吸を繰り返していた。

 

(戦闘前にアミティエから情報を……)

 

「アミティエや管理局からお前についての詳しい情報は聞かされていない。目的についてはそれなりに知ってはいるがな」

 

『な、ッ!?』

 

 画面の向こうのマクスウェルは、烈火の発言を受けて思考を先回りされたかのような感覚に襲われていた。惑星再生委員会、イリス、ユーリを始めとして常に誰かを掌の上で転がしてきたマクスウェルにとって、自分の狂気を目の当たりにして真正面からぶつかって来た高町なのはに対してとは、また別種の戸惑いを抱いている様だ。

 

「君は管理局の魔導師ではないのか?そこの少女はえらく動揺していたが……」

 

「……こんな局面になるまで戦線に参加していないどころか、主犯格の情報もまともに持っていないで前線に出て来た奴が局員に見えるのなら、お前は不良品だ。今すぐ分解修理(オーバーホール)することを勧めるが?」

 

 戦闘していたマクスウェルは先ほどのフェイトの様子を思い返しながら問いかけたが、烈火は肩を竦めただけであった。

 

『君もあの少女と同じようにイリスやユーリ、エルトリアを救うために私を止めようというわけか……』

 

「何か勘違いをしていないか?」

 

『どういう意味かな?』

 

「お前が誰の事を言っているのかは知らんが、俺は管理局の目的に同調はしていない。それにエルトリアなんて世界の事を聞いたのはついさっきだ。悪いがそんな世界の奴ら同士がどんなに根深い因縁を持っていようが、知った事ではないな」

 

 更なる問いに対する烈火の返答に眼前のマクスウェルを含めて、通信越しのエルトリア来訪組、なのは達は呆気に取られる様に固まっている。意識の大小はあれど、前線のエース級の者達に共通していた目的を一掃されたのだから無理もないだろう。

 

 思考が止まっていないのは神妙な顔をしているリンディとレティ、小さく笑みを零したシグナムくらいのものだ。

 

『では、何故今になって……』

 

 返答を受けたマクスウェルは訝し気な様子で脳裏を過る疑問を呈し、烈火は指を立てながらそれに答える。

 

「一つ……お前の野望を叶えさせるわけにはいかない。二つ……顔見知りの所有物を強奪して悪用しようとしている。三つ……その下らん野望に本来関わるべきでない者達を巻き込もうとした。お前を斬る理由としてはそれで十分だと思うが?」

 

 烈火は〈ウラノス〉の切っ先を目の前のマクスウェルに向けた。

 

『君達には理解できないかもしれないが、私の目的が達成され、その技術が完成すれば人類は更なる叡智を手に入れるも同然なのだがね』

 

 二人のマクスウェルは自分が長年抱いて来た目的や実行するための手段を否定するかのような烈火の発言に理解ができないと言った様子を示している。

 

「資源があれば無限に生成される人造兵士……そんな技術が世に出回れば、世界は更なる混乱に包まれる筈だ」

 

『混乱?その逆だよ。私のイリスが兵士の役目を担う様になれば、これまでの様に無益な血が流れる事が無くなると言えるのではないかな?』

 

「本当にそうかな?」

 

『何を……』

 

 烈火は臨時本部で偶然鉢合わせした黒枝咲良を指令室まで送り届けた際に耳にしたマクスウェルの目的について更に言及していく。

 

「お前の技術を買った勢力が半無尽蔵に生成される兵士を手にすることになる。それを技術を持っていない勢力の生身の兵士と戦わせたとすればどうなる?」

 

 此度の戦いにおいて〈群体イリス〉という力は魔導師達を大きく苦しめたと言っていい。地球の資源が良質でエルトリアと比較すれば無尽蔵と言っていい水準であった事も影響しているのだろうが、量産型でさえ一般魔導師に対しては一機で互角、もしくはそれ以上の力を見せており、更にその上位個体である固有型に少々特殊であるがマクスウェルのような個体も存在している。

 

 今回の事件においては、トップエース級の魔導師が複数で対処に当たったために事なきを得たが、これに関しては管理外世界にもかかわらず、異常な戦力が集結している地球だからこそ可能だった事柄であり、他の世界で同様の侵攻活動が行われた場合はその限りではないだろう。

 

「そしてお前の言う様に両軍が人造兵士の技術を持ち得ていたとすれば、最前線でそれらを差し向け合うのは自明の理と言える。撃破されても自軍の損害も軽微、再生成も容易かつ自立稼働(スタンドアローン)で戦闘可能な人造兵士が戦場を席巻するようになれば、その先に待っているのは果ての無い憎しみの連鎖だけだ」

 

『ふむ……イリス同士が戦う様になったとして、前線で傷つく人間が減るのだから君の言うようなことにはならないのでは?』

 

「ヒトは自らが傷つくこともなく戦い続けられる手段を目の前に提示されてより多くの物を手中に収めることが出来ると判ってしまえば、剣を置いて話し合いの卓に付けるほど優れた生物ではない。むしろ、意気揚々と戦場に駆り立てられる。そうなれば今以上に戦乱は混迷を極める筈だ」

 

 烈火は何かを思い返す様に僅かに表情を歪め、剣の柄を強く握りしめた。

 

「人造兵士や無人稼働の機動外殻同士の戦いは最早戦争ですらない。盤上の駒を操る遊戯(ゲーム)になり果てる。人を殺すという業を背負わずに、討った痛みも討たれた痛みも味わうことなく引き金を引くことに罪の意識すら持たなくなったまま戦い続ければ、戦乱の渦は広がり続け、何れは取り返しがつかなくなる」

 

 

―――我らの世界に浄化の光を……ニルヴァーナ・ヴァーミリオン発射!!

 

―――くそぉぉぉぉ!!意地でもアレを沈めろぉぉ!!奴らを滅ぼすんだよ!!!!プリズナー隊の第二波、第三波を特攻させろ!!

 

 

 脳裏に過ったのは自らの世界での出来事……憎しみの連鎖を断ち切ることは叶わず、より多くのものを求めるために最終的には大量破壊兵器の撃ち合いにまで発展してしまった、この世の地獄の様な凄惨な記憶……

 

 しかし、ソールヴルムの人々は戦争という痛みを知った。また戦乱が起こったとしても、それを是としない者達が少なからず現れるだろう。

 

 だが人々が罪の意識を、誰かを討つ覚悟を忘れたまま戦い続けてしまえば、戦争という事柄に対して疑問すら抱かなくなってしまうことは想像に難しくない。人間同士の戦争ですら虐殺という行為が平然と行われる。銃を撃つ側が痛みを背負わなくなれば、それらはむしろ加速してしまうかもしれない。

 

 そのまま戦い続けていけば、やがて理性のタガは外れ、勝利するための手段を選ばなくなっていく。かつてソールヴルムで起きた〈ヴェラ・ケトウス戦役〉よりもさらに凄惨な戦いが起こる可能性は十二分にあるのだ。

 

『それの何がいけないのかね?自軍の損失は最小限に、敵軍の損失は最大限に……その為に死んでも変わりが効く兵士が無限に手に入るのだから言う事なしではないのかな?放っておいても戦乱など勝手に広がっていくんだよ。ならば、その中で自分がどれだけ上手く立ち回れるか考える事が基本だと思うがね。ましてや敵を討つことに何の躊躇いがあるのか……』

 

 烈火の心は冷え切っていた。

 

『……と言っても、私は私の技術がどれだけ有益なものかを知りたいだけで、戦っている者達がどうなろうが知った事ではないがね』

 

 結局のところマクスウェルが望んでいるのは自らの探求心を満たす研究を心置きなくすることが出来る環境と、その技術を他者に評価される事だ。

 

 それ自体は何の問題もない事であるが、その為に彼が引き起こしてきたことに関しては許されていいわけがない。ましてや技術が有益性を証明できれば、それに巻き込まれる者達や起きる事象がどれほど残酷で自らが齎した技術でそれが広がって行こうとも知った事ではないのだろう。

 

 嘗ての〈ヴェラ・ケトウス戦役〉において、マクスウェル以上の狂気に憑り付かれ戦争を拡大させた者もいた。敵を全て滅ぼせば戦いが終わると数えきれない人間の命をボタン一つで奪った者もいた。

 

 だがどれほど許されない事をしたのだとしても、たとえ狂気に呑まれていたのだとしても、彼らには彼らなりに主義や主張、覚悟と決意、譲れないものがあった事は事実……しかし、マクスウェルはそれすら希薄な状態であり、自分の技術で引き起こされるかもしれない事象に対して何とも思っていない。

 

 自分の好きなことだけをして、それを他人から評価される。その為にどれほどの犠牲が出ようと構わない。最後に自分が笑ってさえいればそれでいい。

 

 まるで子供の理屈だ。

 

 

『なぁに、最後に笑えてさえいれば、それでいいのさ』

 

 

 マクスウェルの技術自体は評価に値するものであるし、始めからこのような人物であったのかは定かではない。何かによって歪んでしまったのかもしれないが、既に多くの人々の人生を弄び、その命を奪って来た彼は取り返しのつかない領域まで踏み込んでしまっている。

 

 

「……反吐が出る!」

 

 

 烈火の目付きが鋭くなったかと思えば、瞳が漆黒に変化し、深紅の四芒星が浮かび上がると同時に蒼翼が最大展開された。

 

 

「夜天の書の強奪に関して言うことはない。お前達の星の下らん内輪揉めで顔見知りの所有物が奪われ、それを悪用しようとした奴を目の前で見逃す程は白状ではない心算だ」

 

 マクスウェルがイリスに探させて、彼女を通じてキリエに命じた〈夜天の魔導書〉の強奪と、その為の戦闘ではやてらが少なからず負傷したことに関しては烈火も多少なりとも思うところがあったようだ。烈火自身も〈闇の書事件〉の被害者遺族が駆り出された〈魔導獣事件〉の当事者であり、はやて達とは親しい間柄なのだからそれなりに気にはかけていたのだろう。

 

 

「そして……お前は光の中を生きる者達を、その野望に巻き込もうとした」

 

『……地球の優秀な魔導使いや良質な資源を最大限活用できるのは、私しかいないと自負している心算だが……今よりももっと効率的かつ有益に使えるようになると……』

 

「だからお前は敗けたのさ」

 

『敗けた?この、私が?』

 

「連戦で疲労を残している管理局相手にそれだけズタボロにされて勝ち誇ることが出来るのか?」

 

 マクスウェルは烈火の言葉につられる様にこれまでの戦いを思い返した。魔導師にとっては未知の力かつ、魔法に対して圧倒的に有利な〈エルトリア式フォーミュラ〉と〈機動外殻〉、単一戦力としては最高クラスであろうユーリを有しており、事前になのは達のデータや戦闘スタイルを把握した上で対策を立てて絶対に勝利できると確信して戦いを挑んだ。

 

 〈夜天の書〉を奪ってユーリを発見したところまでは多少の計算違いはあれど計画通りといえたが、それ以降は計画が破綻したと言っていいレベルの修正を迫られることとなった。

 

 〈群体イリス〉は固有型を含め足止め程度にもならず、〈機動外殻〉も大型侵攻用でさえ対処されてしまう。イリスもキリエに抑えられ、ユーリに至っては三度も撃破された。加えて、マクスウェル自身が戦場に出向いて計画の修正を図ったが、逆に真正面から魔導師によって撃墜され、自身のバックアップデータを他の個体に飛ばすことが出来ないほどに損傷してしまった。

 

 それを受けて発進した最新のバックアップデータを積んだ小型ロケット、軌道上の固有型と衛星兵器も全て対処され、撃破された。

 

 これだけの事をキリエ戦から戦い続けてきた相手にしてやられたのだ。圧倒的に有利な状況から全滅寸前の被害を被っており、お世辞にも優れた戦果とは言えないだろう。

 

 

 

 

「彼らには俺やお前にはない力がある」

 

 

 烈火が地球に滞在するようになってからずっと感じ続けて来た奇妙な感覚……

 

 

―――お話、聞かせてもらうんだから!!

 

―――なまえをよんで……昔ね、とっても大切な友達に言われた言葉なんだ

 

―――蒼月君、いや!烈火君と呼ばせてな……今回は本当にありがとうございました!!!!

 

―――お前がいたから私は此処にいる。再び、主達の下へ戻れるのはお前のおかげだ……それでは、不満か?

 

―――相手が強大だとしても、御神の剣士が歩むのを止める理由にはならないんだ。俺の大切な人達を奪われてたまるものか……

 

―――選ぶのは、私自身……でしたら、もう答えは決まっているのかもしれません

 

 

 今日までに多くの事件に巻き込まれ、多くの出会いがあった。

 

 烈火がこれまでに出逢った多くの人々から感じたのは、誰かを救う、護ると決めたものを護りぬくという強い意志であった。それが例え、敵対している相手だとしても……そして、偽善ではなく、純粋にそう思っている。やると決めたのならばどんな困難が待っていても突き進み続けるのだろう。

 

 刃を向け合って憎しみや慟哭をぶつけ合うのではなく、救うために分かり合うために自分の命を賭けて戦っている。

 

 烈火が、ソールヴルムで戦った者達が、無限円環(ウロボロス)を始めとした次元犯罪者が、マクスウェルが、そして……彼女らと同じ正義を掲げる時空管理局の局員の殆どの者達ですら捨ててしまった理想論。だが、なのは達は英雄願望を掲げるでもなく、苦しみながら、傷つきながらも誰かの為に本気で戦っているのだ。

 

 そして、幾度となく激戦を潜り抜け、多くの者を救い、奇跡を起こしてきた。

 

 その強さは戦い合うばかりの憎しみの連鎖を断ち切る可能性を秘めているのではないか……烈火はそう感じ始めていた。

 

 

 ならばこそ、ここでマクスウェルの探求心と自尊心を満たすという目的の為に失われるかもしれないということを許容出来なかったのだ。

 

 

「……どうやら君と私は相容れないようだね。私が魔導師風情(かれら)に劣っているわけがない」

 

 ここに来て目の前のマクスウェルが烈火を嘲笑するように発言し、その身を紫の燐光が包み込む。

 

「語ることはもうない。俺はお前を討つ」

 

 烈火の実体可変翼(フリューゲル)から蒼白い光が放出される。その生成された光翼は、先ほどまでの〈フルドライブモード〉よりも輝きを増し、どこか神秘的ともいう程に流麗なものであった。

 

 

 

 

 そして……夜明けの空に最後の暁光が煌めく。

 

 

 

 

 烈火とマクスウェルが繰り広げているのは光の軌跡すら視認することが出来ない超高速戦闘。両者互角に思われたが……

 

 

(追いつかれる!?私が!)

 

 

 マクスウェルは酷く焦った様子で烈火に向けて引き金を引くが、掠る気配すら感じられない。逆に自身に迫る魔力弾は何度も身を掠めており、それが焦燥となっている様だ。

 

 お得意の超加速も〈ディザスタードライブモード〉を発現して機動力が大幅に上昇した烈火には大きなアドバンテージとは言えなくなっている。

 

「行け……ッ!」

 

 対する烈火は最大展開している蒼翼から光の翼を射出した。射出された翼は光の剣となり……六本の魔力剣〈トワイライトメサイア〉は誘導兵装のように縦横無尽に空を翔けてマクスウェルを狙い撃つ。射出と同時に光翼は再生成されており、機動力の低下は見受けられない。

 

「こんなものッ!打ち消して……なッ!?」

 

 厄介な攻撃手段に歯噛みしたマクスウェルは再び魔法の解析を試みるが、正確無比な魔力弾に襲われて驚愕を露わにした。烈火は六基の誘導兵装を並列操作しながら、自身も先ほどと何ら変わらぬ超高速機動を見せているのだ。

 

 

 

 

(アミティエの妹がなのはやフェイトの魔法を無効化したと聞いてはいたが……フォーミュラ使いの魔法無効化のプロセスは凡そ把握した)

 

 烈火はマクスウェルに魔法の無効化をさせず、さらに追い詰めるような立ち回りで上空へと追い立てている。

 

 先程、マクスウェルは烈火がアミティエや管理局からフォーミュラ使いの戦闘について説明を受けていると勘ぐっていたが、それは間違いであった。あくまで民間人として扱われている烈火は事件の概要こそ説明を受けたが、第一次ユーリ戦時点の簡単な情報までであり詳細な部分は知らされていない。

 

 たまたまアミティエとマクスウェルの応答を聞いた為に、事件の真相を多少なりとも知ってこそいたが、なのは達に知らされたような〈エルトリア式フォーミュラ〉と〈機動外殻〉への対策については、本来戦闘するはずもなかったのだからノータッチもいい所である。

 

(その為に、一度奴らの手の内を把握しておく必要があった)

 

 闇雲にぶつかり合うのではなく魔法に対して有利に立ち回ることが出来るフォーミュラ使いと戦闘するに際して、彼らが魔法を無効化する瞬間を()()、その術を見極める価値は十二分にあるといえよう。そして、それを見切る()を烈火は持っている。

 

(魔法という事象そのものを無効化するのだとすれば、勝ち目など始めからないに等しかったろうが、あれなら予測の範囲内だ。対処法などいくらでもある)

 

 烈火はなのは達の魔法が通用しなかったという情報から二つの仮説を立てた。

 

 一つ目は、()()()()を完全に無効化しているのかという事。

 

 二つ目は、発動している魔法の()()に外部から手を加えて、不発にしているのではないかということである。

 

 仮説の一つ目に関しては、烈火も僅かに閲覧したキリエとの戦闘映像において、なのはやフェイトの魔法で無効化されたものとそうでないものがあった事により、間違いだと選択肢から切り捨てた。

 

 全ての魔法を無条件で完全無効できるのならバインドや魔力弾だけでなく、なのは達の身体強化や飛行魔法も無効化してしまえば手傷を負わずに管理局の魔導師達を全滅させることが出来たのだから、それを行わなかったということは魔法が効かないというマクスウェルの発言自体は間違いとみて問題ないだろう。

 

 その為、二つ目の仮説が最有力となった。そして、戦闘の最中、烈火自身が魔力剣を()()()()()()事により、その真偽を確かめたのだ。

 

 結論はまさにその通りでマクスウェルとの戦闘を行っていくうちに対抗手段も確立された。

 

(魔法術式を解析して無効化するだけで魔法自体の発動を止められるわけではない。そして、解析という行動自体に少なからずリソースを割かなければならない)

 

 つまり、フォーミュラ使いが魔法を無効化するためには魔法の術式を解析するという手順を踏まなければならず、並列処理で戦闘をこなすこと自体は可能だが、解析中は動きが鈍くなるという弱点が見受けられる。

 

 加えて、なのはの収束砲撃やフェイトの大規模斬撃などは技の発生から術式を解析して無効化したとしても、魔法の出力自体が膨大である為、分解されるよりも攻撃が着弾する方が早く、実質的に無効化することは出来ないと予測される。そもそも実体武器に魔力が付与されており、攻撃速度に解析が追い付かないであろうシグナムの剣戟や、完全に物理攻撃であるヴィータの鉄槌に関しても無効化は容易ではないだろうとも予測が付いた。

 

 確かに魔導師にとっては天敵ともいえる能力だが自動無効でも完全無効でもなく、あくまで戦闘技術の一つであれば対処法は自ずと見えて来る。

 

 既に対処法は幾つかあり、理論的に攻めていくこともできたが……

 

(奴の処理負荷を超える最速の攻撃で一気にけりを付ける!)

 

 烈火は右手の〈ステュクスゲヴェーア〉を双剣形態へと換装し、重ね合わせるように十字架の斬撃を飛翔させると同時に自らも天空目掛けて最高速度で翔け上がった。

 

 

 

 

 フィル・マクスウェルは優秀な男であった。惑星再生においても、兵器製造においても、魔法とフォーミュラを掛け合わせるという着眼点一つとっても能力的に見れば優れた人物と誰もが口を揃えて言うだろう。

 

 惑星再生委員会、夜天の魔導書、ユーリ・エーベルヴァイン、イリス……それらを利用して自らの目的を叶えんとするために暗躍し、時空管理局という組織相手に戦いを挑んだ結果、望みを叶えることが出来るかもしれないという所まで来た。

 

 誰かを操って、騙して自分の都合の良いように誘導し、物事を思い通りに動かして自分が欲しい物は絶対に手に入れる……マクスウェルは、それが当然だと思っていた。

 

 

 だが……

 

 

「くっ!?何故だ!何故思う通りにならない!!」

 

 

 マクスウェルは高度を上げながら、吐き捨てるように叫んだ。

 

 六基の光剣は全方位(オールレンジ)から舞い踊るかのように迫り来る。それを擦れ擦れで避けたかと思えば、正確無比な魔力弾が追撃をかけるように撃ち放たれる。射撃、砲撃、斬撃、光剣、入り乱れるような攻撃の嵐に晒され、マクスウェルは焦燥に駆られるあまり、どうにか致命傷を負わないように回避に徹するだけで手一杯となっていたのだ。

 

 単純な機動力ならばユーリにも劣らないという自負があった〈アクセラレイター・オルタ〉を最大出力しても尚、自分が行動に移すよりも、思考AIが回答を導き出すよりも早く攻撃が襲って来る。機動躯体を手に入れ、生前とは比べ物にならないほど強化された反応速度を上回る敵との戦闘により、脳内に鳴り響くアラームと多数のError信号……こんな事態は正しく想定外であった。

 

 そんなマクスウェルに烈火の〈イグナイトエクスキューション〉が迫り来る。

 

 

「アクセラレイタァァァ!!!!オルタァァァァッ!!!!!!」

 

 

 マクスウェルは反射的に加速装置(アクセラレイター)の出力を強引に限界以上まで引き上げて、十字架の斬撃の回避に成功した。

 

 そのままの加速を以て一度距離を取り、体勢を立て直そうと画策していたマクスウェルだったが……

 

「な……ッ!?」

 

 加速の世界で背筋が凍り付くような感覚に襲われた。

 

 

 

 

 翼を広げた天空神が空高くから見下ろしている所へ、自ら突き進んでいるからだ。

 

 先ほどの斬撃は〈アクセラレイター〉の急加速を使わせて軌道を変更させ、自らの方へと誘き寄せるための陽動……

 

 マクスウェルがそのことに気が付いた時には、もう全てが手遅れであった。

 

 

 

 

 眼前で妖しく輝いた深紅の四芒星……煌きを増した蒼い光の翼……

 

 

「舞え、黒炎……ッ!!」

 

 

 烈火の剣が纏う黒い炎……マクスウェルが認識できたのはそこまでであった。

 

 

 

 

 

 

 この世の全てを燃やし尽くす煉獄の炎……烈火の放った黒炎の斬撃は、接触した瞬間にマクスウェルを灰も残さず消し飛ばして眼下の大地を割った。余波でビル群は薙ぎ倒され、物理現象などお構いなしという勢いで燃え広がった黒炎が着火すると同時に、周囲の全てが一瞬で溶解していく。

 

 誰一人言葉を発することが出来ない中で紅い瞳のままの烈火が街へ視線を落とし、魔力を込めれば、轟々と燃え滾っていた黒炎が静かに鎮火した。

 

 

 

 

 烈火は最大展開していた実体可変翼(フリューゲル)から光の翼を四散させ、可変翼を重ね合わせるよう折り畳むと同時に〈ウラノス〉を通常稼働に戻し、防護服(バリアジャケット)と〈エクリプスエッジ〉を見覚えのある姿へと変化させた。瞳もいつもの蒼色に戻っている。

 

 予期せぬ戦闘に首を突っ込んでしまった烈火はリンディかクロノ辺りに話を通しておくべきかと彼らの反応を探ろうとしたが……またもや予期せぬ出来事と相対する事となった。

 

 

 

 

「烈火!!大丈夫!?怪我はない!?」

 

 金色の閃光の名に恥じない速度で接近してきたフェイトが防護服(バリアジャケット)越しに烈火の身体に手を這わせている。

 

 普段のフェイトを知っているからこそ、先ほどまでの戦闘での負傷を心配しての行動だということは明白だが、年頃の女子が人前で同年代の男子の身体を(まさぐ)るのは、色々と問題行動だろう。烈火でなければ、自分への好意と勘違いする可能性とて十分あるのだ。

 

「あ、ぅ!?」

 

 周囲の困惑を他所に、とうとう烈火のインナーを捲り上げようと手をかけたフェイトは、頭を軽くはたかれてようやく離れた。しかし、暫く黙り込んだかと思えば、大きな瞳を潤ませて烈火の顔を覗き込むようにして言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

「心配したんだから……もう……」

 

 フェイトは烈火の胸に頭を預け、身体を寄せた。

 

 

 

 

 突然のフェイトの行動に目を白黒させている烈火に更に人影が近づいて来る。

 

 

「お前の力、しかと見届けたぞ。伝えたいことは多くあるが、ともかくよくやった……お前なら必ず打ち倒すと信じていた」

 

 シグナムは烈火に称賛と労いの言葉をかけながら、白魚のような長く美しい指で烈火の額を軽く小突く。だが、その表情はこれまでにも烈火の前で何度か見せた慈愛に満ちたものであった。

 

 

 

 

 東堂煉に迫られているはずの巨乳美少女(フェイト)から抱擁と、騎士道精神に溢れ、厳格な人物と周知されている爆乳美女(シグナム)が普段の様子からは想像もつかない程に柔らかい笑みを向けた事……その相手は謎の少年魔導師。

 

 この様子は戦域にライブ中継されており、これを見た管理局員……主に男性局員は先ほどまでとは別のベクトルで石になったかのように固まっていたとか何とか……

 

 

 

 

 皆の緊張が解け始めた中で、クロノ・ハラオウンは静かに最後の宣告をする。

 

「フィル・マクスウェル……貴方を逮捕する」

 

「……」

 

 なのは、フェイト、アミティエに撃破された一人目のマクスウェルは、口を閉ざし反抗の意志を見せないままに管理局員に拘束された。

 

 

 

 

 そうこうしている間に太陽の光が空を照らし、長い長い夜の終わりを告げる。

 

 地球、時空管理局、エルトリア……様々な想いが複雑に絡み合い、ぶつかり合い、分かり合う切欠となった、この事件は各々の心に何かを残しながらもこうして終わりを迎えた。

 

 自らが選び取った世界は新しい朝を迎え、その先の未来へと繋がっていく……

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

長かった劇場版篇も9割9分終了しました。
まだエピローグ兼、事後処理等がございますので、もう1、2話ありますが……

フォーミュラに関しては、独自に解釈した部分が多々ありますが、本作上ではこの設定で行きますのでご了承ください。

また、地の文でサラっと触れて敢えて説明していない事柄も多くあるかと思いますが、少しずつ回収していくつもりです。

事件後の各キャラクターの進展は、なのはの怪我の具合以外は原作と相違ないですが、よくよく考えたら原作通りでもイリスはエルトリアに帰れなくて地球に残るんですよね。

ここまで来てまさかの準レギュラー昇格という自分でもびっくりな展開です……実際はマリーとかレティさんくらいの登場頻度でしょうけど……

長々と続いて来た劇場版篇もクライマックスです!
感想等頂けましたら嬉しいです。

では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!

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