魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword   作:煌翼

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深淵の胎動

 ある日の正午前、天高く昇る太陽が焼き付くような日差しを以て街々を照らす中で空調の効いた寝室で蒼月烈火は規則正しい寝息を立てて眠りについていた。

 

『……まだ寝てるの?』

 

 烈火の形の良い眉が頭の中に響く声を受けて僅かに歪む。

 

『ねえ、起きて。起きてよ……』

 

 永遠に聞いていたいとさえ思えるほどの凛として美しい声音が烈火の頭の中を駆け巡る。

 

 

『もう!……起きなさーいッ!!!!』

 

 しかし、次の瞬間、大音量で脳内に響いてきた美声を受けて、ふらつくように頭を揺らしながら烈火の上体が起き上がった。

 

『今出るから、玄関で待ってろ』

 

 念話で返答をした烈火は、寝ぼけ眼を擦りながら送り主の下へと赴く。玄関の扉を開けば、体操着に身を包んだ金髪美少女にジト目で睨み付けられた。

 

「おはよう……今何時か分かるかな?」

 

「十一時過ぎか?」

 

「そうだね。じゃあ、体育祭のクラス練習の開始時間は?」

 

「八時半頃だったか?」

 

 フェイトはクラス練習に現在進行形で大遅刻しているにもかかわらず、悪びれない様子の烈火に眉を引くつかせている。

 

「今から支度をするから上がって待ってろ」

 

「むぅ……分かった。お邪魔します」

 

 不満げに頬を膨らませてむくれるフェイトだったが、これ以上は不毛だと判断したのか烈火に促されると蒼月宅の扉をくぐった。

 

「適当に寛いでてくれ」

 

「ん、了解」

 

 リビングへと通されたフェイトは慣れた様子で冷蔵庫を開けると炭酸飲料のペットボトルを取り出し、食器置き場から蒼色のマグカップと()()の黄色のマグカップを用意して机に並べる。

 

 気持ちのいい音とともに開栓された飲料をカップ注いでいると体操着へ着替えた烈火が姿を現した。

 

「はい、烈火はジュースだよね」

 

「ああ、ありがとう」

 

「えへへ、今日は熱いしちょっと疲れたから私も……」

 

 冷え切った炭酸飲料が寝起きで起動しきっていない烈火と一仕事終えて来たフェイトの喉へと流し込まれ、身体全体へと染み渡る。

 

 そして、一息ついた両者は蒼月宅を後にして聖祥学園への道のりを歩いていく。

 

 

 

 

「もう、全く烈火は…‥アリサなんてカンカンだったよ」

 

「はぁ……このまま引き返すか?」

 

「みんな出席してるんだから、用事が無いなら烈火も来ないとダメです」

 

 烈火はフェイトの発言と携帯端末に残っているアリサ・バニングスからの不在着信を見て辟易したような表情を浮かべ、学校に行くの止めようかと提案するが隣の少女がそれを許すはずもない。

 

「……夜中まで“ウラノス”のメンテをしてたんだから眠いんだよ」

 

「メンテナンスって自分で?」

 

「ああ、まあな」

 

 改めて烈火のクラス練習への遅刻を非難するフェイトだったが、その原因を聞くと大きな瞳をぱちくりとさせて驚きを露わにした。

 

「そっちこそ、今日は本局で試験稼働って話だったが、もう戻って来れたってことは何か問題でも起きたのか?」

 

「ううん、アヴラム所長が改修した“マギカアームズ”を使った試験稼働は順調だったよ……というか、進捗が良すぎて今の時点だとやれることが無いんだって。今日の稼働率を見る限りだと“フォーミュラ”の運用はもう実戦レベルだって褒められちゃった」

 

 照れくさそうな様子のフェイトだったが、僅か数時間で“ヴァリアントコア搭載型デバイス”を御しきったという成果をなんてことない風に口に出せてしまえる辺り、なのはに負けず劣らずのセンスの高さといえるだろう。

 

 因みに通院中のなのはを除いた、はやて、ヴィータ、シグナムと共に試験稼働に臨んだが、稼働率は上からシグナム、フェイト、ヴィータ、はやてという結果になったようだ。

 

 

(アヴラム所長に“ウラノス”か……)

 

 フェイトは一連の会話の流れを受けて先日、本局にて烈火とエクセンが繰り広げたやり取りを思い返していた。

 

 

 

 

 地上本部所属の魔導師との模擬戦が終了し、烈火が偶然にも手にして使用した試作型デバイスを開発者であるエクセン・アヴラムに返還した際に受け手の彼女が言い放った“ソールヴルム”という単語を含んだ発言に場の雰囲気は支配されていた。

 

「……何の話ですか?」

 

 烈火はエクセンから得体の知れなさを感じてか警戒するような表情を浮かべている。

 

「そう身構えないでくれ。私としては君と是非仲良くしたいのだから」

 

 そんな烈火に対して飄々とした態度のエクセンだったが、場の空気が軽くなることはなく、周囲のなのは達も困惑した様子で思い思いに両者へ視線を送るのみだった。

 

「管理局におけるフォーミュラ運用の責任者になるにあたって、先の事件の戦闘は全て閲覧させてもらった。君と蘇ったフィル・マクスウェルとの戦いも含めてね。そして、映像内での君の戦闘スタイルに思い当たる節があって何事かと記憶を遡れば、一年ほど前に局の一部の者の中で噂になったある魔導師へと行きついた」

 

 まるでパズルを組み上げていくように言葉を紡ぐエクセンを止める者はいない。

 

「白き衣、白亜の剣、天使の如き蒼い大翼を翻す年場もいかぬ少年、操るは蒼い四芒星に黒い炎……それは“特別管理外世界・ソールヴルム”において勃発した“ヴェラ・ケトウス戦役”の最終局面、次元震の発生抑止の為戦闘の即時停止という大義名分の元に戦局へ介入した管理局艦隊とも戦い、四つ巴の乱戦の中で局の旗艦である“マグニフィセント”を轟沈させたと言われている魔導師の特徴と合致している」

 

 リンディを除いた、なのは達が驚愕に包まれる中でエクセンは自らの探求心が満たされていくことに気を良くしたのか先ほどまでよりも饒舌な様子で烈火を見据えている。

 

「結局、管理局艦隊は情報機器系統まで大破した二隻を残して撃破されてしまい、戦局半ばで撤退せざるを得なかったわけだが、英傑と多数の局員の死は当時話題になったものさ。まあ、()()は大失敗で敗走という形になってしまったから、詳細情報は一部の者にしか明かされなかったがね」

 

 エクセンが語る内容は突拍子のないものであるが、与太話と断言できる根拠がない……何故なら、なのは達は蒼月烈火という少年の過去を殆ど知り得ていないからだ。そして、この話を総括すれば、こじ付けではあるが烈火の異常性を語る上で、ある程度辻褄を合わせられる内容となっている為、否定の声を上げる事も叶わない。

 

 

 これまでの戦いを見てきた者達からすれば、烈火をミッドでいう一般学園中等部に所属している魔法が使えるだけの民間人と同列に扱う事は不可能だ。

 

 管理局の理解が及ばない“ソールヴルム”という特異な世界とはいえ、民間人の学生が管理局のトップエースに比肩しうる異常なまでの戦闘能力を備え、先の事件で強化改修された“レイジングハート・ストリーマ”に見劣りしないほどの性能だと予測されるデバイスを所持しているとは考えにくい。

 

 確かに “DSAA”を始めとした魔法競技選手の中には、管理局のエースクラスの実力を持つ者もいる。しかし、それはあくまでルールに守られた競技の中での話であり、実戦においてはその限りではない。ましてや暴走する“ロストロギア”や魔法の天敵といえるフォーミュラ保持者を退ける事など、どう考えても不可能だ。

 

「……そんなに怖い顔をしないでくれたまえ。別に大将閣下や“ヴァールナイツ”の大半が死した事に関して君の責を問うつもりでこの話を持ち出したわけではない。そもそも戦局に無理やり割り込んだのは管理局(こちら)側だ。犠牲が出たとて自業自得というものさ。致し方ないだろう?」

 

 モーションこそ見せないが瞬時に“ウラノス”を起動できる状態に入っている烈火と、楽し気なエクセンのやり取りに戸惑いを強めているなのは達を尻目に場の空気は重苦しさを増していく。

 

 詳細な事情が分かったわけではないが受け取り様によっては、なのは達にとって()()の人物を軽んじる発言をエクセンがしたことも重苦しさに拍車をかけているようだ。

 

「それに……局側も“アルカンシェル”まで使ったのだ。君達の陣営とて無傷だったというわけではあるまい?それでお相子さ」

 

「……ッ!」

 

 エクセンの言葉に烈火の表情が歪み、拳が固く握りしめられる。

 

「ん……先ほども言ったが私としては君と末永く良い関係を築けていけたらと思っているのだが……英傑達が散った戦乱の中で驚異的なまで戦果を挙げ、最強と謳われた魔導師を目の当たりにして些か興奮しすぎてしまったことは謝罪しよう。だが、兼業とはいえ私もデバイスマスターの端くれ、そんな私でも君と話せる機会はとても貴重で……」

 

「アヴラム局長……」

 

 先ほどまでよりも僅かに落ち着いたように思えるエクセンの言葉を凛とした声音が遮った。

 

「我らにとっては予定外の長居故、そろそろ失礼させていただきたいのだが?」

 

 エクセンの言葉を遮った主は烈火の前に出たシグナムだった。

 

「そうね……お話中に申し訳ないのだけれど、みんなも疲れているわ。今日はこの辺にして頂けると助かるのだけど?」

 

 続くようにリンディも声を上げる。これが決め手となり、次回の試験稼働の日程を追って伝える旨を受けて、この日は解散とされた。

 

 

 

 

「……」

 

 フェイトは隣を歩く烈火の横顔を不安げな表情で見つめている。

 

 エクセンが烈火の過去と思わしき出来事に言及したあの日から、彼が自分達に対してどこか距離を置くようになったと感じているからだ。

 

 そして、確かにエクセンが語った内容は衝撃的なものだったが、それが事実だったとして、どうしてそうなるに至ったのかを烈火本人に尋ねようとこの数日間、何度も試みようとしていた。

 

(知りたい……なんで管理局と戦ったのか、どうしてそんなに悲しそうな瞳をしているのか……)

 

 しかし、今まで自分の過去を語ろうとしなかった烈火に対して、あんな出来事の直後に無理やり問いただす事は出来なかった。

 

 怖かったのだ。

 

 

―――もし、過去の事を聞き出そうとしたとしたら、彼がどこか遠くに行ってしまうような気がして……

 

 

 烈火が何かに悩み、苦しんでいるのは、この半年間共に過ごしてきたフェイトも少なからず気が付いていたし、先日のやり取りの様に直接的ではないにしろ言及してこなかったわけではない。

 

 しかし、そんなものは何の気休めにもなっていなかった。あの過去を聞いてしまえば、尚更に想いは募る

 

 確かに相手に気を遣って接することは大切だ。何事にも適切な距離感があるのだろう。

 

 実際、今の距離感はお互いが必要以上に干渉しない適正値なのかもしれない。

 

(でも……それじゃダメだよね)

 

 母を妄信し、その為に手を汚そうとしていた自分と向き合ってくれた……存在理由を失って絶望の内に居た自分を支えてくれた少女は、相手を思いやりながらも距離感などお構いなしに、倒れても傷ついても真正面からぶつかってきた。

 

 なら、彼女に救われたように今度は自分が彼の力になりたいと強く想う。嫌われたり、疎ましく思われたりすることに竦んでしまう弱い自分ではいけないのだから……

 

 

「……烈火!」

 

 突然左手を両手で優しく包み込まれた事を受けて烈火が隣へと顔を向ければ、大きな瞳を揺らして、正面から見据えてくるフェイトの姿がある。

 

「あの……ね。この前、アヴラム局長が言ってたことだけど……その……答えにくい事だって分かってる。多分、烈火にとっても思い出したくないような出来事だってことも……」

 

 烈火は真摯な表情を浮かべて正面から向き合って来ようとしているフェイトから視線を外すことが出来ないでいる。

 

「でも、烈火がどうして辛そうなのか、悲しそうな顔をするのかを知りたい。私が力になれるなら協力したいんだ。だから……お話を聞かせて欲しいな」

 

「……フェイト」

 

 両者の双眸が交錯する。

 

 刹那にも永遠にも思える交錯の中で混ざり合いかけた蒼と紅は、互いの意図しない形で遮られることとなった。

 

 

 

 

「は、ハラオウン執務官ですよね!?」

 

「ふぇ!?え、ええ……そうですけど」

 

 突如として声をかけられて流れを断ち切られたフェイトと烈火がその原因へと視線を向ければ、頬を赤く上気させて興奮した様子の自分達と同年代くらいだと見受けられる少女が綺麗な敬礼姿で熱い眼差しを向けてきていた。

 

「まさかいきなりご本人にお会いできるとは恐縮の限りです!」

 

「え、えっと、あの……?」

 

「ハラオウン執務官達のお噂は遠征先にも轟いていまして、何時かお会いしたいと思っていたんです!わ、私……あ!自分は……」

 

 キラキラとした視線を送って来る少女に対して困惑を隠しきれないフェイト、その隣では烈火が怪訝そうな表情を浮かべている。

 

 管理外世界である“地球”において、管理局の制服姿の人物にいきなり声をかけられているのだから、フェイトが困惑するのも無理はないだろう。

 

 そんな二人を置き去りにして気分が高揚している様子の少女だったが……

 

 

 

 

「……ったく!!いきなり走り出したかと思えば、着任前に何をやっとるか!?」

 

「あ、いでぇっ!?」

 

 突如として現れた人物から頭に拳骨を落とされて目に涙を浮かべながら、その場で跳ね回る事となった。

 

「いやー悪い悪い、うちの若いのがやかましくてすまんかったな」

 

「あ、貴方は……」

 

「よう、2年とちょいぶりってとこかな。ハラオウンの嬢ちゃんはすっかり別嬪さんになってて、おじさんびっくりだぞ。高町の嬢ちゃんや八神の嬢ちゃんは元気か?」

 

 落とした拳を開き、ひらひらと手を振りながら白い歯を覗かせて人懐っこい笑みを浮かべている大柄な男性を前にしてフェイトの瞳がこれでもかといわんばかりに見開かれる。

 

「ぐ、グラゴウス二等空佐!?」

 

 大柄の男性―――アダイ・グラゴウスの階級を耳にした烈火も極力表情に出さぬようにしてこそいるものの、決して少なくない衝撃を受けていた。

 

 フェイトらと過ごした半年間で管理局の運営システムについてはそれなりに理解を深めており、“二等空佐”という高位の階級を持つ人物が平時の管理外世界に姿を現したのだから、何かを勘繰ってしまうのも無理はないだろう。

 

「まあ、そう驚きなさんなって、ちゃんと説明してやっからよ。それに驚いたのはおじさんたちの方だぞ。遠征から戻ってすぐにこんな管理外世界に派遣されたんだからなぁ」

 

「えっと……それってどういう……」

 

「まあ、無限円環(ウロボロス)って言えば、俺よりも嬢ちゃんの方がピンと来るんじゃねぇか?」

 

 アダイが口にした無限円環(ウロボロス)という単語に聞き覚えがあった。数ヵ月前に起きた幾つかの事件に関わっていた犯罪組織であり、その構成員とは実際に刃を交えた事もあるのだから忘れようもないだろう。

 

「逃げだした研究員を追ってって話らしいが、管理局黎明期から存在する滅多に表に出てこない大組織が姿を見せて襲撃してきた……しかも、その構成員を現地の滞在している戦力だけで退けたとなれば、奴さんらも嬢ちゃん達を大なり小なり意識しているだろう。今んとこ再襲撃ってこともなさそうだが、可能性がないとも言い切れねぇ」

 

 件の組織が活動した際には目撃者は残らず消され、関係のない多数の人命までもが失われたり、果ては次元世界の崩壊にまで発展しかねないと言われている中で、彼らの襲撃を受けたにもかかわらず小規模の被害で済み、今では何ら変わりない日常を取り戻しているこの状況はある意味では異常事態ともいえる。

 

「前回は偶々戦力が揃ってたが、もし次に襲撃があったとして万全の状態で迎え撃てるとも限らねえから、嬢ちゃんらが局の仕事でこの世界を空けている時にも常駐戦力を保有しておけとの上からのお達しを受けて俺達が派遣されたってわけだな。普通なら管理外世界にこんな措置は取らねぇんだろうが、何分この“地球”ってのが厄介なんだろうなぁ」

 

 疲れたような様子で溜息をつくアダイ様子を受けてフェイトは小首を傾けた。

 

「嬢ちゃんよぉ、よく考えてもみろ。まずは、何といっても“闇の書事件”だろ?その前には使いようによっては次元世界が消し飛びかねない代物が暴走した“PT事件”、ついこの間には“FM(フィル・マクスウェル)事件”が起きて、新体系の“エルトリア式フォーミュラ”が発見され、挙句の果てが無限円環(ウロボロス)構成員による襲撃事件だ。局員やってても数十年に一回遭遇するかしないかってレベルの規模の事件がこうもポンポンと……しかも他にも挙げればキリがねぇ程の事件が魔法文化の無い筈の管理外世界に集中して起きている」

 

 上司のマシンガンの様に飛び出してくる言葉を受けて、制服姿の少女も苦笑いを隠せない様子だ。

 

 

「しかも、局にもほんの一握りしかいないオーバーSランクの魔導師がゴロゴロ出てくる管理外世界って一体どうなってんだって話だよ」

 

 しかし、アダイの指摘はどれも的を得たものだ。様々な観点から見て、“地球”という惑星は余りに異常だ。だが、いくら優秀な魔導師が発掘されようが、高町なのは、八神はやて等の例外を除けば、現地人や多くの生物は魔法を行使する事はおろか、その存在すら創作上のものとしか認知していない為、あくまでも魔法文化の無い管理外世界に分類されることには変わりない。

 

 その為、管理世界に加盟するという選択も取りづらく、かといって放っておくには警戒が必要だということで“東京支局”を一般企業に偽装して設営したのだが、立て続けに起きた二つの大事件を受けて本局側も更に動きを見せたということだろう。

 

「まあ、俺達は繋ぎだけどな」

 

「繋ぎ……ですか?」

 

「ああ、今は正規の着任者を検討中だそうで、それまでは手が空いてる連中の中で纏まった時間引っこ抜かれても局の運営に影響が少なくて、即戦力になるやつが必要ってことで俺の部隊に白羽の矢が立ったらしい。……因みにぃ、聞いた話だが、次の連中の選考には上もかなり頭を悩ませてるようだぞ」

 

 先ほどの気怠そうな表情から一転して、アダイはにんまりとした笑みを浮かべてフェイトへと視線を向ける。

 

「仮に再襲撃があったとしても相手が相手だ、その辺の奴らじゃ時間稼ぎにもならんから腕が立つのが最低条件。常駐とはいえ、支局への出向じゃなく、あくまで嬢ちゃん達の居ない時間の穴埋めになるから、平行して自分の部隊での仕事もそれなりにこなさにゃならん。何より……コイツぐらいの若けぇ魔導師が挙って立候補したせいで、倍率がとんでもない事になってるそうだぞ」

 

 アダイが隣の少女を指差しながら言い放つ。指差された少女も首を縦に振りながら、納得といった表情を浮かべている。

 

「それもこれも、嬢ちゃん達がアイドル並みの人気者だからってのが原因だなぁ」

 

「もぅ、からかわないでください!」

 

 羞恥からか頬に朱が差したフェイトが抗議の声を上げるが、アダイの言っていることは強ち間違いではなかった。

 

 なのはとフェイトに関していえば、ミッドチルダでも誰もが知る雑誌等で特集が組まれたり、本人達は乗り気ではなかったものの、記者からのインタビューを受けて記事が掲載された事もある。

 

 これらの影響、両者の華々しい戦歴と鮮烈なバックストーリーが相まって、特に若い世代からの支持は高く、目の前の制服姿の少女を始めとした十代の局員や市民からはそれが顕著にみられるため、アダイが言った立候補者が乱立したという事柄についても説明が付くだろう。

 

「……ってなわけで、正規の着任者が決まるまでだが、またよろしくな!」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 既知の仲であった男性の変わらぬ姿に小さく笑みを浮かべたフェイトは軽く会釈をした。

 

 

 

 

「……にしても、ハラオウンの嬢ちゃんよぉ。やっぱり嬢ちゃんも年頃ってことかねぇ。彼氏まで作って色気づいちまって、おじさんは時代の流れを感じざるを得ないぞ」

 

「か、彼氏!?」

 

「だってよぉ~さっきからこれ見よがしに仲良く手なんか繋いで、独身のおじさんに見せつけてんのかと思っちまったぜ」

 

 言われるがままに目線を下げたフェイトの視界には、烈火の左手をしっかりと握り締めている自分の手が飛びこんでくる。これが意味することは、少女とアダイに声をかけられ、身体の向きを変えた際に片手は離した様ではあるが、その時からずっと手を繋いだ状態でいたということであり……

 

「こ、これは、そういうんじゃなくてですね!!」

 

「あー、分かった分かった。いやーアツアツですなぁ。おじさんも若い頃は……」

 

「百合疑惑までかかっていた敏腕執務官には、現地世界にイケメンの彼氏有りと……これは大スクープですね」

 

 フェイトがわたわたと否定するが顔を真っ赤にして慌てているせいか、何処か取り繕うような雰囲気を醸し出しており、かえって逆効果となっていた。

 

 

 

 

「……で、着任前って言ってましたけど、東京支局の位置は分かってるんですか?」

 

「ああ、端末には入ってる。自力で行けるから問題ないぜ。引き留めちまって悪かったな」

 

「いえ、じゃあ私達はこれで……」

 

 さんざん弄られた事へのささやかな報復かジト目で睨み付けるフェイトだったが、気にした素振りもないアダイはからからと笑っている。

 

 そして、話も一区切りとフェイトは烈火と共に聖祥学園への道のりを再び歩き出した。

 

 

「俺達もさっさと行くぞー」

 

「はい!……ってアレ?私、自己紹介すらしてなくないですか!?」

 

「暫くはこの世界に居るんだ。そのうち嫌でも顔を合わせるだろうからそん時にでもしろ」

 

「う、うぅぅぅ……」

 

 憧れのエリート執務官に対して、所属や階級はおろか、名前すら名乗れなかった少女は大きく肩を落としながら、東京支局へと向かうアダイの後を追う。

 

 

「……全く、人生ってのは儘ならんもんだなぁ……」

 

 

 歩き出したアダイが背後で仲睦まじく肩を並べて歩いている少年少女を流し見ながら呟いた言葉は、誰の耳に届くことなく風の中に消えて行った。

 

 

 

 

 第108管理外世界・アルゲム

 

 

 魔法文明のない世界を彩っている街並みの入り組んだ路地をくたびれたカッターシャツ姿の男性が息を荒げながら駆けている。まるで死が間近に迫っているかのような必死な形相だ。

 

「はぁはぁ……はっ、ぜぇ、ぜぇ……」

 

 そして、目的の場所に辿り着いた男性は、心臓が口から飛び出してしまいそうな程の緊迫感からの解放と目的を完遂した達成感を抱きながら、荒れた呼吸を整えて眼前の人影を見据えて、胸ポケットから小箱を取り出した。

 

「貴方からの依頼の品です」

 

「ンフフゥ!ご苦労様です。よくやってくれました。上の方々もさぞお喜びになるでしょう」

 

 毛先が編まれた長い金髪、紺色のシルクハットに長いステッキと、宛ら奇術師といった出で立ちをした男性は口角を吊り上げて男性から小箱を受け取った。

 

(これで私の価値を理解できない無能に私ではなく他の研究者を評価したことが間違いであったと示すことが出来る)

 

 カッターシャツ姿の男性は奇術師風の男性の満足そうな表情を見て胸を躍らせている。先日の失態で出世コースから完全に外れてしまい、左遷が決まったところに持ちかけられたこの交換条件を見事に果たし、これから先の未来へと望みを繋げられた為、これ以上ないくらいに満たされているのだろう。

 

「……ええ、本当にご苦労様でした」

 

 奇術師風の男性は目を輝かせている男性に対して称賛するような笑みを浮かべながら、ステッキの先で地面を二度小突いた。

 

「は、え……っ!?」

 

 鉄が地面を撃ち叩く音と共にカッターシャツ姿の男性の表情が凍り付いた。黒と灰が混ざり合ったような濁った色の光が全身に絡みついていたからだ。

 

「この品……非常に有益なものですが、貴方自身はただの凡人でしかない。我が組織に貴方の様な三流以下の人間は必要ないのですよ」

 

 奇術師風の男性の言葉を受けて驚愕と絶望で固まっている男性が声を上げるよりも早く、顔全体に魔力が纏わりついてその行動はおろか、呼吸すら困難な状況とした。

 

「残念ですが、貴方の出番はこれで終わりです。せめてもの情けで、私が描く脚本の中の名前もない末席程度には加えておいてあげましょう。では、さようなら……」

 

 笑みを浮かべた奇術師風の男性が杖先で地面が弾くと光の帯が全身を絞め上げ、何かが折れる音と共にカッターシャツの男性の身体が何度か痙攣し、程なくしてその四肢が力なく投げ出された。

 

「これにて任務完了ですか……おや?やれやれ、この期に及んでまだこんなものを……」

 

 男性の首の骨をへし折り、四肢を破壊した魔力の帯が術者の影へと沈んでいく。その場を後にしようとした奇術師風の男性が足元に転がってきた一枚のカードを見て呆れたように肩を竦めたかと思えば、何かを思いついたのか愉快そうな表情を浮かべて口角を吊り上げる。

 

「ンフフゥ……このまま任務達成といっても些かインパクトに欠ける。あの方の寵愛を受け、私の脚本をもっと盛り上げていくためにも手土産は必要かな?」

 

 奇術師風の男性は掌のIDカードを握り潰すと杖先で地面を小突く。次の瞬間には、惨劇の場となった路地裏に何時も通りの静寂が回帰した。

 

 既に奇術師風の男性も謎の光も忽然と姿を消している。ただ一つ異なるのは、全身の皮膚が焼け爛れ、かつて人間であった肉塊が見るも無残な姿で横たわっているということだ。

 

 その傍らで“時空管理局”の関係者以外が持ちえない筈のIDカードが腐食したかのように液状となって溶けていった。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

リリカル☆ライブ!等の影響でモチベは非常に高かったのですが、随分お久しぶりとなってしまいました。

恐らく皆様が期待していたような過去話ではなかったかと思いますが、着実にシナリオは進んでいます。
読んでいる中で??と思われたであろう色んな箇所はこれからの話で回収していく予定です。

では、また次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!

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