魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword   作:煌翼

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戦々恐々のRaid Dimension

 線が細く顔立ちも整っている少年———蒼月烈火と学園が誇る美少女———フェイト・T・ハラオウンは目的地である聖祥学園へ到着したが、重役登校の傍らグラウンド横を通った際に、体育祭に向けて練習に励んでいるはずの所属クラスの面々はおろか、他クラスの生徒の姿すら見当たらなかったことに疑問符を浮かべながら校舎を歩いている。

 

「みんなどうしちゃったんだろ?お昼にはまだ早いと思うんだけど……」

 

 自身らの教室があるフロアへの通り掛けに流し見ただけでも他学年、他クラスの教室の殆どが締め切られており、その中に多くの生徒が籠っているのが見て取れる。そのせいか、廊下を歩く生徒も自分たち以外はおらず、何とも異様な雰囲気が校舎中に蔓延していた。そんな学園の様子を受けて、フェイトは困惑の色をさらに強めていた。

 

「さあな……というか、誰かさんのせいで俺は朝も昼も用意出来なかったんだが?」

 

「烈火がまたコンビニで済まそうとするからだよ。毎日買い食いなんて栄養が偏って身体に悪いんだから」

 

 烈火も周囲の異様な空気に眉を顰めてはいるものの目下それよりも重大事項を口にして隣の少女へジト目を向けるが、対するフェイトも膨れっ面で反論する。

 

 寝起きで出発した烈火は当然ながら朝食を取ったはずもなく、遅い登校の中で昼食の確保をしなければならなかったのだが、その為に最寄りのコンビニに寄ろうとした際にフェイトに腕を取られ、そのまま左腕を胸の内に抱き込まれてぴったりとくっつかれてしまい“大丈夫だから”の一点張りで、寄り道をすることが出来ずにここまで辿り着いてしまっていた。

 

 確かにフェイトの言わんとしていることは正論であるが、常はともかく今日に関しては学校に来るまでの一連の流れを垣間見れば烈火の行動も致し方ない部分があるだろう。何より年頃の男子が朝、昼抜きで運動というのも辛いものがあると思われるが……

 

「ちゃんと烈火の分のお弁当も作ってあるから大丈夫だよ。お昼休みになったら一緒に食べよう」

 

 フェイトはスクールバックの口を開き、中にある二つの弁当袋を烈火に見せつける。満面の笑みを浮かべ臆面もなく言い放つフェイトに対して、数秒間固まった烈火は照れ隠しからか、徐にその額を指で軽く弾いた。

 

「あうっ!?……もぉ、いきなり何するの!」

 

 加減されており痛みはないとはいえ、突然の衝撃に両手で額を抑えて身じろぎしたフェイトは頬を膨らませて、烈火の肩に自分の肩をぶつけるようにして反撃する。こちらも軽く小突いているだけであり、両者の表情に相手への嫌悪感は微塵も見受けられない。何時ものじゃれ合い、周囲の面々に言わせれば痴話喧嘩といったところか。

 

 そうこうしている内に二人は所属クラスである“聖祥学園中等部・3年1組”の教室に到着し、後方の出入り口である扉に手をかけたが……

 

 

「……ったく!いい加減にしなさいよ!!」

 

 

 扉を開くと同時に劈くような甲高い声が教室中に響き渡った。突然の事態を受けて烈火とフェイトも扉の前で立ち尽くしてしまっている。

 

 程なくして、扉の開閉音に気を引かれたクラスの面々と視線が重なった。ある者は不安を滲ませ、ある者は気怠そうに下を向き、ある者は怒りに震え、千違万別といった様子であったが全員に共通しているのはマイナス感情が表層にまで色濃く出ており、事情を知らない烈火とフェイトにも教室の雰囲気が最悪だということがはっきりと理解できたほどだった。

 

 

 良くも悪くも途中入室で教室内の空気を断ち切った二人が自身の座席についたところで、仕切り直す意味も込めてか事の詳細を知らされ、教室の険悪な雰囲気と校舎中に蔓延している異様な雰囲気の原因が()()()()()()()を除いて、体育祭で一人当たりの個人競技出場数に大幅な制限が設けられるという仕様変更が生徒会から公布されたということであると明らかになった。

 

 このような仕様変更が既に競技への参加者が確定して、各クラスが練習に励んでいる夏季休業真っ只中に決定された事に関して様々な憶測が飛び交ったが、学内の情報通やこれまでの体育祭の歴史を垣間見れば、聖祥学園に所属している大多数にとって理解できなくもない理由ではあったようだ。

 

 その最たるものが、運動能力が突出し過ぎている一部生徒の存在にある。体育祭というだけあって、運動能力が高い生徒が競技で活躍することが多く、その面々が主役となりがちなイベントであることはこの行事の醍醐味であろうが、現在の最上級生が中等部に上がってきたここ二年間においては大いに物議を醸す結果となっていた。

 

 私立聖祥学園における体育祭において中等部は、全学年全クラスが共通プログラムの下に競技に参加し、それらで獲得した配点を競い合うというスタンダードな方法を用いている。

 

 私学だけあってスポーツ推薦を受けた者も少なくなく、学年間でも白熱した戦いが繰り広げられるのだが、二年前に行われた際には一年生のクラスが優勝するという大番狂わせが起こった。

 

 その優勝クラスに所属していたのが、今回のルール変更の最大要因となったフェイト・T・ハラオウンと月村すずかである。トラックを走らせれば運動部や最上級生を置き去りにして先頭を独走し、高跳びやボール投げといった種目においても常にどちらかが首位をキープし続けた。男女混合競技においても両者が上級生の男子生徒ですら太刀打ち出来ない程の余りにも突出した成績を残したことによって、見事なまでのジャイアントキリングが起きたということだ。

 

 昨年度はフェイトとすずかは別クラスに振り分けられたものの、やはりというべきか両者が配点の大きな競技にエースとして出場し、力と速力に勝るすずかと状況判断と反射神経に優れるフェイトによる激闘が繰り広げられた。

 

 個人成績としては誤差ですずかが上回ったものの、全体の成績としてはフェイトが所属していた2年2組が全体優勝、次点で2年1組という結果となり、またもや最上級生が優勝を逃し、これまた大番狂わせで2年生がワンツーフィニッシュという結果になった。

 

 加えて同学年の東堂煉もフェイトら程、精力的に競技に取り組んでいたわけではないが出場した競技では上級生や運動部を一掃して全競技でぶっちぎりの首位を獲得しており、この三名に隠れがちではあったが、アリサ・バニングス、黒枝咲良の両名に関しても似たような結果を残していた。

 

 アリサに関しては純粋に素のスペックの高さによるものだが、他の面々は吸血鬼の末裔である“夜の一族”、“時空管理局・武装隊”のエースを凌ぐ実力を誇る魔導師であり、これを加味すれば一般生徒が太刀打ちできないのも当然の結果だが、事情を知らぬ人間にとってみれば、帰宅部がスポーツ推薦を受けるほどの生徒を涼しい顔で屠っていく姿は常識外れもいい所だろう。

 

 実際、やっているゲームが違うと言って差し支えない程の力量差を見せつけられ、面子が丸つぶれとなった当時の上級生や運動部生徒、フェイトらと同クラスになった生徒以外は体育祭への気力を失っていた。

 

 さらには体育祭を観戦した父兄からも少なくない反発の声が上がった事も今回のルール変更の後押しとなったのだろう。

 

 上位を競うという競技の仕様上致し方ないのであろうが、子供の活躍を楽しみにして来てみれば、一部の生徒のみが圧倒的に結果を残し続けており、玉入れ等の全体競技においても運動が苦手な生徒が玉の補充をし、運動能力の高い生徒が投擲し続けられるように補助に徹するといった光景も散見され、まるで主役の引き立て役の様な役回りをしていた。

 

 これには親として流石に思うところがあったようであるし、生徒の中にはアリサやすずかの様な令嬢も少ないが存在する。会社間の力関係や自身の面子という観点からしてもこんなものを寛容できるはずもなく、学園へクレームが入ったというわけだ。

 

 更にはこの結果に納得しきれていないのは生徒と父兄だけではない。なんと、教師の中からも不満の声が上がっていた。

 

 担任であれば自分のクラスが優勝してほしいと思っているであろうし、目にかけた生徒が帰宅部に手も足も出ない様をまざまざと見せつけられた運動部の顧問や体育教師にとっても、この機会を利用してルールを変えられる事は渡りに船といえる。

 

 結果として、一人当たりの個人競技出場数に制限を厳しくすることによって、フェイトやすずかの単騎無双を不可能にし、運動能力の平均値が高いクラスを有利にするというルールを施行したというわけだろう。

 

 玉入れ等で見られた作戦も、単純に効率を突き詰めていくのであれば決して間違っていない方法であったが、体育祭はあくまで体育の授業の延長でありそれらを逸脱した行為と思われたものに関しては多くが禁止となり、各競技においても多数のルール変更が成された。

 

 これらの煽りを受けて、どのクラスも競技参加メンバーの再編成を余儀なくされており、烈火らの3年1組も同様の状況にある。そして、競技メンバーを決める中で一悶着起きており、その真っ只中に烈火とフェイトが登校してきたというわけだ。

 

 

 

 

 事情の説明が終わると壇上に立っている男女それぞれのクラス委員を中心に性別ごとに分かれて、個人競技の選手決めが再開されたが……

 

『……原因は分かったけど、代わりの人を決めるだけでどうしてこんなになっちゃったんだろう?』

 

『知らん。興味もない』

 

 再開された選手決めだが、おっかなびっくりといった様子のクラス委員が希望を募る声を発して以降、口を開く者はおらず教室は嫌な静寂に包まれており、時計の秒針が進む音だけが響いている。

 

 周囲の沈黙に耐え切れなくなったフェイトは烈火へ念話を送るが、この状況に辟易しているのか素っ気ない答えが返ってきたのみであった。

 

 参加者の選定の中で最大の問題となっているのが、フェイトやすずかを始めとした運動が得意な生徒が出場できなくなった分の穴埋め要員の確保であり、それを示すかのように黒板に書き出されている競技出場者一覧には空欄がいくつも見受けられる。だが、女子の残り一枠に対して、特に男子の側はそれが顕著に表れている。

 

 女子サイドは今年度を除いて、毎年クラス委員を務めていたアリサが現行委員をサポートし、各員の希望を募った上で成績や性格に合った競技を効率よく割り振って男子との意見の擦り合わせが必要な残りの枠以外を早い段階で埋めてしまっていた。

 

 その反面、男子サイドは挙手制で選出しており、序盤は女子以上の早さで参加者が決まっていたのだが、ある一定のラインを超えた瞬間に手を挙げる者がいなくなり、枠が埋まらなくなってしまった。

 

 早期に挙手して名乗り出た者達は運動部の所属であったり、運動能力が上位に位置しており、自分が活躍したい、誰かにいいところを見せたいと理由はどうであれ、体育祭に精力的に参加するタイプの面々だ。

 

 帰宅部であったり体育祭が楽しみでない者も少なからずいるが、そういった者達も友人付き合いであったり、毎年恒例と割り切って自分の希望を述べて出場競技を決めていた。

 

 運動が壊滅的に苦手であろう面々に関しては、男子サイドの中心メンバーの計らいで全体競技のみの参加としたりとここまでは順調であったのだが、程なくして残っている運動能力が中間層よりも若干下の面々が揃って口を閉ざしてしまった事により選出が止まってしまうこととなった。

 

「……出る競技が決まってない奴はさっさと決めてくれよな。いい加減ウザったいんだけど」

 

「だな、俺達だって出たくても出れないし、お前らしかいないんだから」

 

「てか、もう時間の無駄だし帰っていいか?また怖い誰かさんに怒鳴られちゃうかもしれないしなぁ」

 

 男子数名が静寂を破る様に不満の声を漏らし、競技が決まっていないメンバーは下を向いて俯いてしまう。

 

 残っている面々は運動が得意でない事もあって、体育祭に対してのモチベーションは皆無を通り越してマイナスといっていいレベルであったが、これまでは全体競技だけに出ればよかったが為にクラスの一員として最低限は参加していた。しかし今年度は突如として決定した競技出場制限によって個人競技……しかも、人気のない残り物への参加を余儀なくされつつある状況が原因で口を閉ざしてしまっているのだ。

 

 注目される個人競技に出たくないという思いもあるのだろうが、何よりこの中の数名が挙手をして残りの枠が埋まってしまえば、これまで通りに全体競技への参加だけで済む可能性が少なからず存在することが沈黙への拍車をかけてしまっていた。

 

 烈火らが来るまでにこんな沈黙が二十分近く続いていたのだから、既に出る競技が決まっているメンバーが我慢の限界を迎えた事も致し方ないのかもしれない。

 

「てか、残ってる中ならお前が一番運動できるんだからもう決定でよくないか?」

 

「え、えぇっ!?む、無理だよ」

 

 とうとう不満が爆発し、業を煮やした者達が強引に出場者を指名した。既に競技が決まっている者達は賛同するような声を上げ、それ以外は自分に火の粉がかからないように下を向く。指名された本人は血の気が引いたように顔が真っ青だ。

 

 

 

 

(どいつもこいつも自分の事ばっかり!)

 

 だが男子側の態度を受け、すんでの所で踏みとどまったがアリサも噴火寸前といった様子を見せている。

 

 確かに最大の原因は自分の嫌なことから逃げるように口を閉ざして、他力本願極まりない残った面々にあるが、アリサの憤りの対象は彼らだけではない。ノブレス・オブリージュを強要しようとまでは思っていないが、運動に関しては優れた能力を持っているにもかかわらず、自分達の好きなように好きな競技に出る事だけを決めて後はほったらかしの主要メンバーや皆を纏め切れておらず壇上で黙り込むクラス委員に対しても同様の感情を抱いていた。

 

 そして、自己保身と自分勝手が過ぎる上に段取りが杜撰なやり取りを隣で繰り広げられ、余りの幼稚さに烈火やフェイトが来る寸前に一度我慢の限界を超えてしまい、先ほどは声を荒げてしまったのだ。

 

 それほどまでにアリサ・バニングスと同年代の中学生では精神的な成熟度が違いすぎた。

 

 アリサの両親は一族経営の企業において夫婦揃って要職に就くほどの人材であり、自身も彼らに恥じぬようにと学業、資格取得、素行面に限らずあらゆる物事に全力で取り組んで来たし、常に結果を残し続けている。

 

 学生の身ではあるが、企業関係のパーティーに出席してコネクションを築いたり、最近では両親の仕事や経済学についても本格的に学んでおり、そこらの大学生などよりもよっぽど大人の世界に足を踏み込んでいると言っても過言ではない。

 

(こんなことでこの世の終わりみたいな顔しちゃって……もっと辛い事や大切なことはいくらでもあるってのに……)

 

 例えば、夏休み初日に起きた謎の車両暴走事件。奇跡的に死者は出なかったため、事情を知らない者からすれば怪奇事件の一つでしかないのだろうが、この裏では “地球”と“エルトリア”の存亡をかけた闘争が繰り広げられた。その最前線を、なのはを始めとしたアリサもよく知る者達が駆け抜け、仲間の管理局員の為、地球の為、エルトリアから来た者達の為、悲しくて泣いている人の為に文字通り命を賭して戦った。

 

 誰かの為にと命を賭けて戦っている者達を間近で見て、彼らに負けないように、これからも対等な関係でいられるようにと、将来を見据えて日々邁進しているアリサからすれば、体育祭如きに尻込みするなど理解に苦しむ事柄であった。

 

(それに……アイツだって……)

 

 アリサは教室の端の席に腰かけている烈火を流し見る。

 

 先の事件において最初は自分達と共に管理局に保護された烈火であったが、戦局が変わるにつれて彼だけが引き離されてしまった。魔法が使える烈火に対しての特別処置であくまで安全確保だと説明を受けたが、全てが終わった後に一連の事件の首謀者と戦ったと聞かされて、すずかと共に驚愕したことは記憶に新しい。

 

 しかしそれを聞いて、どこか納得してしまっていた自分がいた。

 

 脳裏を過るは、半年前の出来事……

 

 突如として襲撃を受け、人質という形で悪意渦巻く戦場へと放り込まれた。

 

 そして悪意と憤怒を向けられて恐怖した。時空管理局員でも夜の一族でもないアリサは、あれほどまでの純粋な負の感情をその身で浴びた経験がなかったからだ。

 

 だが、それ以上に恐怖に駆り立てられた出来事があった。それは自分達が枷となった所為で、親友達が本来の力を発揮できずにその命を散らしてしまうかもしれなかったことだ。

 

 そんな状況を、たった一つの理外の事象が打ち砕いた。

 

 世界に逆流する蒼い光の奔流———白亜の戦闘装束を纏った華奢な後ろ姿———

 

 全ての恐怖が払拭された、その瞬間を忘れることは出来ないだろう。

 

 

「あ……」

 

 

 思考の海に沈んでいたアリサは頼りなさげな声を聴いて現実に引き戻されると同時に己の失策を悟った。

 

「そ、そういえば、蒼月君はどの種目に出るの……出ますか?」

 

 所なさげに視線を彷徨わせていた男子委員長は、アリサの視線の行く先に居る烈火が事前に出る競技を殆ど確定させていたフェイトと違い、遅刻と相まって出場競技が決まっていない事を思い出して縋るように声をかけたのだ。

 

「そういや、まだ決まってなかったけな」

 

「運動は結構得意そうだし、他に出たい奴がいないならしょうがないよなぁ」

 

 主要メンバーが嫌味ったらしく毒を吐く。残っている競技は、障害物競走、借り物競走と男女ペアの二人三脚……

 

 前者二つはハイリスクハイリターンという言葉が似合う通り大き目の配点に比例して、毎回厳しいお題を出され完走者が少ない競技とされている。後者は男女ペアという特性が難しい部分となっていた。加えて、“聖祥五大女神”も他の個人競技に出場することになっており、彼女らと組める確率も皆無なのだから、男子のモチベーションも上がらない。女子サイドも男子が決まるまではと空き枠としている辺り、思春期の生徒にとっては重要で気恥ずかしい面が大きいのだ。

 

 実際の所、他ほど運動神経が必要とされる競技ではないと思われるが、所謂ハズレ枠個人競技の代名詞を押し付けようとしているのだろう。

 

「……好きにしろ。それでこの下らん時間が終わるならな」

 

「な……っ!?」

 

 だが、それに対して余りに自然体で猛毒を吐き捨てた烈火に対してクラス中が騒然となった。

 

 顔を真っ赤にして怒りに震える者、茫然と視線を送る者、ホッと胸を撫で下ろす者と皆反応は違うが、当の本人は椅子を近づけて身を寄せて来たフェイトによる先ほどの態度に対してのお説教を涼しい顔で聞き流しており、余り気にしていない様子であった。

 

 

 

 

 最後に二人三脚の女子側を決めないといけないわけだが……

 

「アタシがやる……何、文句あるの?」

 

 既に出場競技が埋まっていたはずのアリサが頑として立候補し、蛙の子を散らす鶴の一声を受けて、縮み上がったクラス委員が承諾したことで二人三脚の組み合わせが決定した。尚、男子側の出場者が烈火となった事を受けて、アリサと同様に自分の種目を変更してでも、競技に立候補しようとしていたすずかはこの結果に涙を流したようだ。

 

 そして、女子側での若干の変更を経てようやく出場競技が決まり、クラスの面々は解放されたといった様子で校庭へ向かうべく教室を後にする。

 

「……ッ!?」

 

 そんな中、椅子を引いて席を立った烈火と目が合ったアリサは勢いよく顔を反らすと、顔に集まった熱を冷ます様にに首を振り、校庭へと向かって行った。

 

 アリサの態度を受けて、烈火は不思議そうに首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 昼休憩、午後の練習を終え、3年1組の面々は帰路に就こうとしていた。それは烈火も例外ではなく、夕焼けに照らされながら下校しているが、いつもとは様子が違っており……

 

「なあ?」

 

「……何よ」

 

「どうしてついて来るんだ?」

 

 烈火と隣り合って歩くフェイト……此処までは何時も通りだが、その逆側にはアリサの姿がある。

 

「練習……体育祭の……いつやるか決めないといけないでしょ?」

 

 言い淀みながら言葉を返すアリサの様子は常の自慢気な彼女からは想像できない弱々しいものであった。

 

「でも、アリサがわざわざ二人三脚に出るなんて、ちょっと意外だったかな」

 

「別に……相手がコイツならそれなりに点数取れるだろうし、残ってた子を出して捨て競技にするのが勿体なかった……それだけよ」

 

 フェイトもアリサらしからぬ言動や態度に対して言及したが、当の本人はこれ以上は聞くなと言わんばかりに腕を組んでそっぽを向いた。

 

「あ、あのっ!?」

 

 そんな中、学園から離れていく三人が聞き覚えのある声を受けて背後を振り向けば、そこには息を荒げた体操着姿の少年。昼前の会議で最後に個人競技を押し付けられかけていたクラスメートの一人であった。

 

 だが、三人が彼の姿を視認した瞬間……世界は眩い光に包まれる。

 

 

 

 

「な、何よ……これ!?」

 

 アリサの悲鳴じみた甲高い声が周囲に響く。その原因は、夕焼けに照らされていた筈の周囲の景色が一変しており、道路を闊歩していた人々や車両の姿が忽然と消えてしまったことに起因していた。

 

「……どうやら結界の中のようだな」

 

「結界……それよりフェイトは!?」

 

「フェイトもこの結界に居るようだ。それに八神も……なのはは結界外、もしくは別の結界か……ともかく他の連中と合流するぞ」

 

 烈火は戸惑うアリサを落ち着かせるように行動指針を示す。

 

(この結界……管理局のものではない。それに以前にも……)

 

一方で三ヵ月程前に体験した似たような現象が脳裏を過る。

 

 その瞬間、烈火はアリサを横薙ぎに抱えて地を蹴り、弾かれる様にその場から飛び退いた。

 

「きゃぁっ!?」

 

 状況について行けずに悲鳴を上げるアリサを尻目に厳しさを増した烈火の視線は、先ほどまで自分達が立っていた地点を射抜いている。

 

 射抜かれた視線の先、二人がいた地点には、目元以外の全てを覆うような黒装束に右袖の先から西洋風の剣先を露出させた人物が右腕を下に向けて振り抜いていた。

 

 その人物が脱力したようにゆらりとよろめいたかと思えば、次の瞬間には烈火達の眼前で剣を振りかぶっており、迫り来る凶刃にアリサは身体を強張らせ、固く目を閉じた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 衝突音に鼓膜を襲われこそしたものの、迫り来る衝撃はない。男のものと思われる低い驚愕の声を受けて固く閉じた瞳を開けば、視界いっぱいに蒼い光が広がっている。

 

「バニングス……少しじっとしていてくれ。直ぐに終わらせる」

 

 右手に生成した魔力剣で斬撃を受け止め、男を跳ね除けた烈火の氷のような双眸に射抜かれると不思議と恐怖の感情が消え去っていった。まるで半年前の様に……

 

 

 

 

「時空管理局・本局所属、フェイト・T・ハラオウンです。この結界を展開したのは貴方とお見受けします。支局で詳しい事情をお聞かせ願いたいのですが?」

 

 同結界内の別座標……烈火達から引き離されたフェイトは、不審な男と対峙していた。

 

「ンフフゥ!これはこれは、金色の閃光殿……まさかこんな所で相見えようとは……脚本に修正を加える必要がありますねぇ!」

 

 先端が編まれた金髪に目元を覆う白い仮面(マスク)、灰色のシルクハットに黒いマント、ハットと同色を基調とした奇術師を思わせる防護服(バリアジャケット)を纏い、杖を携えて宙に立っている様はどこから見ても魔導師であり、加えて管理局の識別信号(シグナル)を持っていない。つまり“地球”にいる筈のない人間だということを示していた。

 

「……どうか武装を解除して支局の方へ同行を願います。事情があるのなら、まずはお話から……可能な限りの便宜は図りますし、お力になれるかもしれません」

 

 フェイトは突如として悦に浸る様に笑い始めた男に対して、困惑しながらも同行を呼び掛けていた。あくまで対話からと、既に起動済みの“バルディッシュ・ホーネット”の切っ先は下を向いている。

 

「これは失敬。レディを前に紳士として恥ずべき対応をしてしまいました。ですが、この高揚感を抑えることなど不可能というもの!」

 

 奇術師風の男性―――シェイド・レイターは天を仰ぐように両手を広げ、最高に愉快だと言わんばかりに笑みを深くした。

 

(新しい脚本に沿っていけば、彼の首とあのデバイスだけではなく、金色の閃光の首に、夜天の主と魔導書も手に入る。これならマムも私を認め、さらに重用して下さるはずだ。いや……それどころかあのいけ好かない小娘や小僧達より上の地位を与えて下さるだろう……全く嬉しい誤算ですねぇ)

 

 シェイドが手に持っているステッキは光を纏い、その姿を変容させていく。腰ほどまでだった杖の全長が1.5倍近くまで伸び、先端には灰色の結晶とそれを取り囲むように刺々しい装飾が、長い柄の中心には黒灰のラインが奔っている。まるで安全装置(セーフティー)を外して、戦闘状態になったと言わんばかりの風貌であった。

 

「ンフフゥ!キュートなレディからのお誘いは嬉しいですが、残念ながらご一緒することは叶いません。何故なら、貴女はここで物語から退場するという脚本となったのですから!」

 

 黒灰色の光が煌めき、シェイドのマントを靡かせる。

 

「……えっ?……あれ、は!」

 

 その光景を目の当たりにしたフェイトは信じられないものを見るかのように瞳をこれでもかと見開いて驚愕を露わにした。

 

 何故なら、シェイドの足元で回転している魔法陣……その紋様は円環でも剣十字でもなく、見紛う事なき()()()であったのだから……

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

楽しい?夏休みも程々に、そんなに久々でもない戦闘パートに突入します。

では、また次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!

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