魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword   作:煌翼

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驚天動地のsummer impact

 シェイド・レイターは周囲の光景に絶句した。

 

 素体とした魔導師に魔導獣の細胞とリンカーコアを移植することによって、フィロス・フェネストラが残した研究を別の形で発展させることを進言したのは他ならぬ自分自身。

 

 結果、試作品として生み出されたのが此度の襲撃における黒装束であった。彼らは素の状態でも空戦B~Aランク相当の戦闘能力を誇るとされている。いくら相手が大戦の英雄と呼ばれていても所詮は子供一人。更に同世界に管理局の支局が設営されているとはいえ、データ収集と監視目的の少数常駐制、それを思えばシェイド側の保有していた戦力は一般的な観点から見れば、潤沢と判断できるものであった。

 

 そんな戦闘の最中、黒装束は身的損傷が原因と思われる暴走状態に陥った。予想外の事態ではあったが、出力だけなら魔導師ランクAAに匹敵するだけのポテンシャルを発揮し、跳ね上がった戦闘総量は開戦当初の比ではない。間違いなく勝利への王手(チェック)となった筈であるが……

 

「な、お前達ッ!何故、立ち上がらない!私の言うことが聞けないのか!?立て立て立てぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 シェイドは黒装束に対して、眼前に立ち塞がる蒼月烈火とフェイト・T・ハラオウンに背後から襲い掛かるようにと喚きながら指示を出すが、肝心の襲撃者は倒れ伏せたまま動かない。

 

「……生命活動を停止していない状態で私の指示を無視するなどということは……ありえないはずだ!」

 

 黒装束達は魔導獣と同様に生命が尽きる時まで戦い続けるように処置が施されている為、この現象はシェイドからすれば完全に理外の物であったのだ。

 

「電気を纏った魔力射撃で、この人達の体内電流を乱して強制的に意識を失って貰いました。上手くいって良かったです」

 

 フェイトは微弱な電流を帯電させた左腕をシェイドに見せつけるようにして言い放つ。

 

 黒装束達は元より痛覚を持っているのかすら疑問視される程の打たれ強さを見せつけていたが、そこに加えて自身の力量を超える出力を発揮する為のバックファイアにより、文字通り自分の身体を糧に戦闘を行っていた。

 

 そんな黒装束を撃破するにあたり、常の戦いの様に非殺傷設定で撃墜し続けて動けなくなくなるまで打ちのめすということは彼らの死と同義であった。ならばと彼らの自滅を待つという戦法も撃墜し続けるのと何ら変わりなく、戦況的にも芳しい作戦とは言えない。

 

 こんな状況の最中、フェイトは黒装束への負担を最小限に留めつつ、彼らを突破する糸口を見出した。

 

 それは、“魔力変換資質・電気”を付与した魔力弾を全ての黒装束に着弾させ、体内電流を乱して強制的に意識を奪って沈黙させるという物である。質より量を優先し、普段よりも魔力変換効率を高めつつ威力が最小限に留められた魔力弾は暴れ回る猛獣へ撃ち込まれた麻酔の如き作用を発揮し、結果として黒装束はその命を燃やし尽くすことなく無力化されたのだ。

 

「あ、ありえない!戦略が戦術に凌駕されるなどということはあってはならない!!」

 

 シェイドは拳を強く握りしめ、目の前の現実に打ちひしがれる。

 

 互いに改修されているとはいえ同時期に生産された同系統のデバイスを所持し、数的有利というアドバンテージまで有していたにもかかわらず烈火には手も足も出ずに敗れ、頼みの戦力であった黒装束はフェイトの大規模魔法によって完全に沈黙させられてしまった。

 

 シェイドが抱えた戦力は自身を含め五十を優に超える。それに引き換え、相手は僅かに二人であり、自身が敗れる要因など皆無に等しい筈であったのだ。

 

 だが、突出した個人技によって戦力は全滅。敗北といって差し支えない状況にまで追い込まれていた。

 

 

 

 

「……この結界と武装の解除を願えますね?」

「こ、このシェイド・レイターが小娘の言う通りになどッ!」

 

 シェイドは厳しい表情を浮かべて周囲に倒れ伏せている黒装束を一瞥したフェイトから事実上の降伏勧告を言い渡されると、年下の女子にイニチアシブを奪われた屈辱に打ち震える。

 

「御託はいい。どうして“ウラノス”を狙った?」

 

 烈火は勧告に従う様子を見せず、血走った瞳で睨み付けてくるシェイドの眼前に“ステュクス・ゲヴェーア”を突き付け、此度の襲撃の核心へと迫った。

 

「わ、私は……私が正当な評価をされるためにも、そのデバイスが必要だったのだ!!そうすればマムも私の事を認めて下さり、全てが在るべき姿に戻る。それこそがこの世の真理なんだぞ!?」

 

 シェイドは“無限円環(ウロボロス)”内における作戦実行部隊に所属し、幹部クラスに該当する待遇を受けている。

 

 今回の黒装束然り、末端隊員然り、容易に切り捨てられる有象無象とは一線を駕してはいる。だが、それはシェイドにとって決して満足とは言い難いものであった。

 

 何故ならば幹部とは名ばかりで、他の実行部隊と異なり任務を与えられる事はなく、ある()()を受け継いだ者にしか十全に運用することが不可能な“イアリスコア搭載型デバイス”の稼働データ収集の為に組織の施設内に缶詰め状態にして、危険から遠ざけて手元に置いておく……所謂、飼い殺しも同然の扱いを受けていたのだ。

 

 愛機とした“タルタロス”の解析も十分だろうと申し出た所、稀に指令を回される様にこそなったが、とても幹部クラスに与えられるとは思えない容易な内容のものばかりであり、シェイド自身が評価される場は皆無に等しく、データ提供をするだけのお飾り幹部から上に昇りつめることが出来ずにいた。

 

 つまり現在、“無限円環(ウロボロス)”において求められているのは、シェイド・レイターという人材ではなく、管理世界では稀有な“ソールヴルム式”と“イアリスコア搭載型デバイス”だけであるということは明白であった。

 

 だからこそ、組織内で蔑ろにされていると感じていたシェイドは本懐である任務だけでの成り上がりは不可能と悟り、何らかの方法で評価を得る事を模索していた。

 

そんな時、思わぬルートから蒼月烈火と彼が駆る“ウラノス・フリューゲル”の所在の特定に成功した。

 

特にディオネ・アンドロメダは“イアリスコア搭載型デバイス”に強い興味を示しており、この事がシェイドを幹部クラスへ押し上げた大きな要因となっていた。

 

 これらの事から察するに“ヴェラ・ケトウス戦役”の渦中において、採算を度外視して生産され、多大な戦果を挙げた実績のあるハイエンド機を献上すれば、ディオネからの信頼を得られる事は想像に難しくなく、個人的に気に食わない実行部隊の面々と互角に渡り合った魔導師を仕留めることが出来れば、彼らよりも自身の評価が上がるだろうという事を想定しての襲撃であったのだ。

 

「そんな事の為に……関係ない人間まで巻き込んで……」

 

 烈火は内から湧き上がる感情を抑え込みながら、目の前で喚き散らすシェイドを冷めた瞳で見下ろしている。

 

「そんな事……そんな事とはどういうことだ!私の脚本に沿って物事が動くのは当然のことだ!!それなのに!それなのに!!」

「……では、詳しい事情は支局の方で聞かせていただきます」

「ぐ、ぐぐっっ!!ぐぎいぃいいいいぃぃぃぃ!!!!!」

 

 怒号を張り上げるシェイドであったが、これまでの奇天烈な言動を目の当たりにしてきた烈火とフェイトは最早意に返すこともなく、うつ伏せ状態で歯軋りを大きくした張本人の捕縛処置に入ろうとしたが……

 

「ンフフゥゥゥ!!!ンフウウウゥゥゥゥ!!!ンンンンハハッーーーーハッハッッ!!!!!!」

 

 抵抗する気力も残っていないと思われたシェイドであったが、何を思ったのかは定かではないが突如として高笑いをあげた。

 

「やはり、私の脚本は完璧だッ!!所詮お前達の役回りは悪役でしかない!後ろを見ろおおおぉぉぉ!!」

 

 烈火とフェイトは怪訝そうな表情を浮かべ、眼前への警戒を解くことなく背後を流し見る。

 

「……」

「ッ!?これは……」

 

 二人の瞳が大きく見開かれ、その表情が驚愕へと変化した。

 

「私は超一流の脚本家ですからぁ!予定されていた脚本が突発事態で変更になろうとも完結までもっていけるように常に二手三手先を読んでプランを組んでいるのですよぉ!!」

 

 勝ち誇ったようなシェイドの声に苦い顔をした二人の視線の先では、学生服姿の二人の少年が両手をバインドで拘束されて宙に吊られており、その傍らでは黒装束が右腕の剣先を向けながら控えている。

 

 その光景を目の当たりにしたフェイトの脳裏に先ほど烈火達と合流した際のやり取りが過った。

 

 

―――やっぱり烈火もこの中に閉じ込められてたんだね。でも、何でアリサまで?

―――さあな。だが、俺達の近くにいなかった筈の黒枝がここにいるということは結界効果範囲内の魔力保持者とその近辺にいた人間を無作為に巻き込む形で展開されたって所だろう

―――では、バニングスさん以外に民間人が巻き込まれた可能性も……

 

 

 現在、黒装束に捕縛されている二人の少年が身に纏っているのは“私立聖祥大付属中学”の物であり、魔法とは無縁の民間人であることは明らかだ。しかも、内一人は結界発動前に自分達に声をかけて来た同じクラスの男子生徒であることから、先ほどまでの懸念事項が現実となった事を示していた。

 

「ンフウウウウゥゥ!!!!形勢逆転、といったところですねぇ!!まぁ、主役の私が逆転するのは当然ですが!!さて、人質を前にして管理局はどうするのですかねぇ?」

 

 主導権を奪い返したシェイドは、ニタニタと口元を歪めながらゆっくりと立ち上がる。

 

「ンフフフ!!当然、武装解除してデバイスをこちらに引き渡して頂けますよねぇ?無論、要求に応じて頂けないというのなら、彼らが無事で済む保証はありませんがね。いやー、最後の最後で大逆転!まさに神作品誕生の瞬間ですねぇ!!これでマムも私を寵愛すべきと理解してくださることでしょう!ンフフーーハッハッ!!!!」

「……民間人を盾にするなんてッ!!」

「お嬢さん、負け惜しみは見苦しいですよぉ!むしろ魔法も使えない有象無象を見事にキャスティングしてみせた、私への称賛を送るべきではないのですか!?」

 

 フェイトは民間人の少年達を戦いに巻き込んだことを悪びれるどころか、意識を失わせて交渉材料に使う事を是とするシェイドに対して憤慨し、怒りを露わにした。

 

「そういうことです、貴方もいつまで私に銃を向けているのですか?さっさと武器を棄てないと、彼らがどうなるか……」

「……烈火ッ!?」

 

 シェイドは先程までと態度を一転させ、自身に対して武器を向けたままの烈火を見下し、勝ち誇ったような表情を浮かべる。だが。烈火は銃を下ろすことはなく……

 

「お、おいお前!私に銃なんぞ向けていいと思っているのか!?早くデバイスを待機状態に戻してこちらに渡せと言っているんだ!」

「仮に俺達が武装を解除したとして、お前が他の奴らを無事に返すという保証はない。そもそも、人質の解放条件すら告げずに一方的に自分の要求だけを飲ませようとしているお前とのやり取りは交渉にすらなっていないわけだが?」

「違う違う違う違う違う!!!!そうじゃぁないんだよ。ここでお前達が武器をこちらに渡して、決め台詞と共に私が勝利するという脚本になったんだからそうやって動けよ!!」

 

 シェイドは自分の言う通りに動こうとしない烈火に対して激怒しているようだが、当の本人には相手にされていないようだ。

 

「生憎……脚本(そんなもの)は眼中にない」

「ひぃっ!?あ、ああぁぁ……」

 

 その態度が気にくわなかったのか烈火に掴みかかろうとしたシェイドであったが、研ぎ澄まされた抜身の刀を思わせる威圧感と共に蒼い双眸に射抜かれた事で顔を恐怖に歪ませ、声を裏返しながら数歩後退した。

 

「こ、こちらには、人質がッ!」

 

 烈火から放たれた殺気に怯え切った様子のシェイドは自身を射抜く双眸が真紅に染まり、威圧感が膨れ上がったことで思わず腰まで抜かしかけていたが、人質となっている少年達を改めて認識させることでどうにか優位を取り戻そうと躍起になり、彼らがいる方向を指差すが……

 

「な、なぁ!?」

「行きなさい!“ゴルゴーン”ッ!!」

 

 驚愕するシェイドを尻目に黒装束の死角から黒枝咲良が駆る“アイギス改”から射出された誘導兵装“ゴルゴーン”が襲い掛かる。不意を突かれた黒装束は二基の“ゴルゴーン”から吐き出された藍色の光を浴びて大きくよろめいた。

 

 

「今だ!バルディッシュ……フォーミュラ!!」

≪Blaze Nexus!≫

 

 

 フェイトはこの好機を逃すものかと奥の手を発動し、背に燐光(フレア)の翼を出現させると発光する頭髪を靡かせながら最高速度で少年達の下へと急行する。

 

 これこそが現在のフェイトが誇る最高出力形態であり、先の“MT事件”において “バルディッシュ”に搭載された“フォーミュラ融合型バリアジャケット『ブレイズ・ネクサス』”だ。

 

「……絶対に助ける!」

(あちらはフェイトに任せておけば問題ない。俺は……ッ!?)

 

 眼前で今にもへたり込みそうな元凶を捕らえるべく、フェイトが向かった背後から視線を外そうとした烈火であったが、真紅の紋様を浮かび上がっている瞳が見開かれ、その表情が凍り付いた。

 

「駄目だ!行くな、フェイトッ!!くそっ!間に合わない!」

 

 眼前にシェイドがいるにもかかわらず、踵を返した烈火は再び出現させた“実体可変翼《フリューゲル》”から光の翼を形成し、最大加速でフェイトの後を追う。その表情には普段の烈火らしからぬ鬼気迫るものがあった。

 

 

 

 

(意識は失ってるけど、とりあえず怪我はしてなさそう。バインドも解除したし、これで……)

 

 フェイトは正しく閃光の如き移動速度で少年達の下に辿り着き、鮮やかな手際でバインドを破壊して二人を抱えながら離脱しようとしたが……

 

「え……ッ!?」

 

 突如として膝を折り、地面へ向けて倒れ込んで行く。

 

 

 

 

「はぁはぁ、ははははっ!!ンフフフッゥゥゥゥ!!!!やはり最後に勝つのは私ということですねぇぇん!!!!!!」

 

 殺気を向けられた影響で未だに膝が笑い、腰が曲がっているシェイドであるが、口角だけはこれ以上ないくらいに吊り上がっていた。

 

「私の脚本を蔑ろにした報いですよ!」

 

 シェイドが烈火とフェイトを射線軸に収めるように右腕を差し向ければ、その掌から残った全ての魔力を注ぎ込んだであろう黒灰色の砲撃が人質と化した少年達の下に奔走し、無防備に近い状態となっている二人へ無慈悲にも迫っていく。

 

「ここに来ての再逆転!私の有能さが際立ちますねぇ!!」

 

 満身創痍へと追い込まれ、何度も思惑を破られようとも己が信念を貫き通してようやく勝利を得ることが出来たと、シェイドは歓喜に打ち震えていた。

 

 シェイドの魔導師としての技量はハイスペック機である“タルタロス”の性能を差し引いた場合は、空戦A+ほど、対してフェイトは空戦S、烈火もそれに匹敵する戦闘能力を誇っており、黒装束という駒は有れど単騎でこの二人を討ち取ったとなれば“ウラノス”鹵獲と同等以上の評価を得られることは想像に難しくない。

 

「ン、ンフフフフフウウウウウウゥゥゥゥ!!!!ンンーーーハッハッ!!!!!!!」

 

 奇術師を名乗る男の自分自身への称賛と喝采の声と共に周囲は吹き上がる噴煙に呑み込まれた。

 

 

 

 

 焼け爛れた身体が転がり、鮮血が大地を汚していく。

 

 その身体は辛うじて首から上は無事なようだが、右半身を抉られたように喪失しており、宛ら焼死体一歩手前といったところか。

 

「……ッ!?……ぁぁ……ぁぁっっ!!??」

 

 地に倒れ伏したのは少年少女ではなく、自らを“爛命の奇術師”と名乗り、脚本の名のもとに全てを意のままに操ろうとした男であった。

 

「ぁぁ……ぁぁっ!?……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁっっっぅ!!!!!!????」

 

 暫く茫然とした表情を浮かべていたシェイドであったが、程なくして喉が裂けんばかりに絶叫した。右半身の喪失を認識し、思考が現実が追い付いて来たのだろう。

 

 そして、視線の先には、急反転してシェイドの砲撃を斬撃で掻き消した白き大天使……

 

 

 

 

「天穹より光焔纏いて顕現せよ……」

 

 後髪が跳ね上がり、より洗練された戦闘装束と流麗な翼を纏い、二刀の白亜の剣を携えている烈火の姿があった。

 

 先日の“MT事件”における最終局面で見せた“ディザスタードライブ”と呼称される最大解放形態を発動し、圧倒的な出力で迫り来る障害を薙ぎ払ったのだろう。

 

「……ッ!?フェイト……!?」

 

 絶叫が止むと同時に動かなくなったシェイドを一瞥した烈火は、“実体可変翼(フリューゲル)”を消すと振り返った先の光景に思わず息を飲んだ。

 

「ん……はぁ!はぁ……はっ、ぅ!?」

 

 息苦しげな呻き声を上げて今にも絶息しそうな様子で地に倒れているフェイトと黄色の魔力壁の中で規則正しい呼吸をしている二人の少年……

 

「これは……くそっ!!」

 

 表情を歪ませた烈火は剣の柄を力の限り握り締め、黒炎を纏った左の剣を“ゴルゴーン”による奇襲を受けた後、倒れ伏せたままの黒装束目掛けて振り払う。巻き起こった小規模な黒炎の斬撃は、全身を肥大化させ、内部から何かを放出している様子の襲撃者を灰一つ残さずに消し飛ばした。

 

『黒枝!民間人に張られている障壁の維持をフェイトと代われ!』

『は、はい!』

 

 更に右の剣を掲げ、蒼い波動を巻き起こして周囲の淀んだ空気を大気中へ四散させると、巻き込まれた二人の少年を覆う結界の維持を咲良へ委託する形で念話で指示を出した。

 

「……相変わらずのお人好しめ。お前一人ならどうにでもなったものを、こんな状況でも他人を守るとは……」

 

 烈火は抱き起したフェイトに真紅の双眸を向けるが、宛ら全身が燃えているかのように感じる程の熱を帯びた腕の中の彼女の苦悶の表情は強まるばかりだ。

 

「おい“バルディッシュ”とかいったか?今の形態は維持したまま、術者の生命維持を最優先に……いや、もうやっているか、優秀なデバイスだ……連中への汚染処置はもう必要ない。フェイトへの負担を極力抑えろ」

 

 長年の付き合いからか自身の意志で術者を守ろうとしている“バルディッシュ”に対して、僅かに表情が綻ぶが、依然として状況は芳しくない。自身のロングコートを脱いでインナー姿となった烈火は荒い呼吸を繰り返し、起き上がる事すらできない様子のフェイトの下に折り畳んだコートを枕の様に敷いて、頭の位置を胸より高い状態で固定する。

 

『ハラオウンさん達に何が……?』

『これは、毒だ……あの変態奇術師がここまで計算していたとも思えないが、恐らく襲撃者に組み込まれた“魔導獣”、もしくはそちらの素体となった原生魔法生物が持っていたであろう致死性の猛毒物質……組み込まれた生物は攻撃を受けるか、意識を飛ばされると気化性の毒性物質を発生せる習性でも持っていたんだろう』

『そ、んな!他の方々は!?』

『民間人は間一髪でフェイトが庇ったから大丈夫だ。今はお前に守られているしな』

『そうですか…‥そ、それよりも貴方は大丈夫なんですか!?』

『ああ、生憎ウイルスや毒の類は俺には効かない。それに発生源は潰したし、漂っていた毒も吹き飛ばした。これ以上の被害は出ないだろう』

 

 烈火は顔が青ざめているだろうことが念話越しに分かる程に動揺している様子の咲良に対して己の解析結果を伝えた。

 

 

 

 

(しかし、どうする!?このままでは……ッ!)

 

 だが、当の烈火も苦しむフェイトを前にして些か冷静さを欠いていた。しかし、そんな烈火を嘲笑う様に更なる危機が迫る。

 

「あらあら……これは派手にやらかしたわねぇ」

「ちぃ!?この非常事態にッ!!」

 

 烈火が新たに出現した強大な魔力反応を受けて戦闘態勢で背後を振り向けば、そこに佇んでいたのは、艶めかしい曲線を描く身体をこれでもかと強調したライダースーツを思わせる騎士甲冑を纏った絶世の美女……

 

「はぁい、久しぶりね。会いたかったわ」

 

 誰もが見惚れる妖艶な表情で手を振って来るのは、シェイドと同じく“無限円環(ウロボロス)”構成員にして“時空管理局”が特A級に指定する次元犯罪者―――イヴ・エクレウスであった。

 

 だが、楽しげなイヴとは対照的に烈火はこれ以上ないくらいの焦燥感に駆られている。

 

(どうする!?コイツは他の奴らとは格が違う!民間人を庇って突破できるのか!?それに、このままではフェイトが!!)

 

 実際に剣を交えたわけではないが、以前のシグナムとイヴの戦闘は肌で感じていたし、映像記録も閲覧した。だからこそ、イヴが次元世界でも指折りの戦闘能力を持っていることは既知であり、全力で応戦しなければ逆に自身が墜とされるということを理解している為だろう。

 

 それに加えて、一騎討ちでも確実に勝てる保証のない相手に対して、三人の民間人というあまりに重すぎる足枷を抱えている。そして、このまま戦闘に突入すれば猛毒に苦しむフェイトは……

 

 足の速い烈火がフェイトらと共に離脱、黒炎で結界を破壊して管理局員に彼らを引き渡すと共に援軍と戦域に舞い戻るというのがセオリー通りの作戦となるだろうが、その間、殿を務める頼みの綱の咲良もイヴ相手では三秒も立っていられれば御の字といったところであり、この作戦は不可能に近い。

 

 しかし、逆に烈火がイヴと戦闘を行うのだとしても、咲良の火力では結界内から脱出できると思えない上に、この戦域以外にも襲撃者は存在する。そんな中を三人の民間人、戦闘不能の怪我人を連れて単独で移動するなど自殺行為にも等しい。

 

 手詰まりに等しい状況を受け、焦りからか烈火の頬を汗が伝う。

 

「んー、そんなに怖い顔しないで。お姉さんも仕事で来てるから、今回はボウヤと遊ぶわけにはいかないのよねぇ」

「どういう、ことだ?」

 

 烈火は戦闘意志をおくびも見せないイヴに対して怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「お仕事よん。道草を食ってる変態野郎の回収に来たの。あー、やだやだ……でも、ボウヤと会えたから帳消しかしらね」

 

 無論、言葉一つで烈火が警戒心を解くわけはないのだが、そんな様子を尻目にイヴは、何時の間にやら“タルタロス”が待機状態に戻って、喪失した右半身からの出血で私服を鮮血に染めているシェイドの近くに降り立つと、“刀剣型アームドデバイス・ダーインスレイヴ”の剣先を向けた。

 

「まだ生きてるの?ゴキブリ並の生命力ね。で、例のモノ、例のモノっと……」

 

 イヴは向けた剣でシェイドを串刺しにするわけではなく、余程触れたくないのか、わざわざ剣先で私服の胸元を軽く何度か突き、ポケットの辺りに切れ目を入れていく。意識を失いながらもまだ呼吸しているシェイドに対して呆れたような表情を浮かべていたが、最後の内ポケットを斬り裂くと、中から何かが転がり落ちた。

 

「あら、ちゃんと持ってた。デバイスも無事か、運の良い奴ね。優先事項一、二位は死守したみたいだし、不本意だけれど連れて帰りましょうか。ホントは一緒に帰るならこんな変態ゴキブリ似非紳士じゃなくて……」

 

 意外そうな顔で地に落ちた小箱を拾い上げたイヴは、シェイドを一瞥すると大きな溜息と共に足元に魔法陣を出現させる。

 

「じゃあ、今日の所はこれで失礼するわ。次は愉しい事を沢山しましょうね。私のボ・ウ・ヤ!」

 

 頬を赤らめ妖艶な表情を浮かべたイヴは、戦闘態勢を維持したままの烈火に対し、語尾にハートマークが付かんばかりの甘い声音を残して結界内から姿を消した。

 

 

 

 

「魔力反応は完全に消えた……撤退したのは間違いないか……だが、要らん置き土産を残してくれていったな」

 

 イヴという最大の脅威とオマケ程度の指揮官であったシェイドが戦域から去って行ったが、悪状況の根本が解決したわけではない。どうやらフェイトが撃墜した面々は先の転移の際に術者と共に消えたようだが、少なからず結界内に残された黒装束は今も尚、他の魔導師との戦闘を継続している上に……

 

「げほっ!……んくっ……ぁっ!?」

 

 依然としてフェイトは致死性の高い猛毒に侵され苦しんでいる。

 

「フェイトッ!?」

「ハラオウンさん!?」

 

 万が一にもイヴの標的となって烈火の足を引っ張らぬようにと身を隠していた咲良と腕に抱かれているアリサも姿を見せたが、苦悶に塗れるフェイトの様子を受けて悲痛な叫びを上げた。

 

「黒枝はバニングスと民間人の保護を続けてくれ……」

「そんな事よりフェイトは大丈夫なの!?」

「ッ!?」

 

 烈火はアリサに対して言葉を返すことが出来ない。

 

(……このままでは!)

 

 今のフェイトは非常に危険な状態にあるからだ。

 

 唯一幸いといえるのは、毒を受ける前から今に至るまでフェイトが“ブレイズ・ネクサス”を纏っている事だろう。この形態は劣悪な惑星環境に適応した“エルトリア式フォーミュラ”の流れを汲んでいる為、高速戦闘用に装甲が薄めでも下手な災害救助用防護服(バリアジャケット)よりも安全性に富んでいる。

 

 加えてフェイト自身も専門ではないが治癒魔法適正を有しており、術者のバイタル異常を受けて“バルディッシュ”が治療魔法を即座に発動したことから、本来は即死級の猛毒ではあったが、その進行が非常に緩やかなものとなっているのだろう。

 

 だが、進行が緩やかなだけで、解毒という根本的な解決策には至らない。ただの延命処置に過ぎないのだ。

 

 現に烈火が真紅の瞳でフェイトを見れば、体内魔力は大きく淀み、循環が乱れているのが見て取れた。このまま手を拱いていれば間違いなくフェイトの命は……

 

(どうする!?俺達でどうにかできる症状でないことは明らかだ。結界を破ってフェイトを支局まで……しかし、今の状態で下手に動かすと、かえって毒の回りが早くなる可能性も……仮に支局に辿り着けたとして、この猛毒を打ち消せる奴が都合よく居るとも思えない。黒枝経由で本局に運び込むか?……いや、そもそも奴らが猛毒性に着目して“魔導獣”に組み込むような生物に対して解毒の方法が確立されているのか?)

 

 思考をフル回転させて様々な対処法をシミュレートするが、思い当たる方法はどれも確実性に乏しい神頼みの様なものばかり、焦る烈火を嘲笑う様に時計の針は刻一刻と進んで行く。

 

「な、何とか言いなさいよ!」

「ジャミングの影響は残ったまま、長距離念話はまだ使えません!」

 

 縋るようなアリサと悲鳴染みた咲良の声音が烈火の焦燥を更に掻き立てる。

 

(……夜天の書なら、この状況をひっくり返せる解毒魔法も……いや、仮にそれがあったとして、そもそも八神を此処に連れて来るまでにどれだけの時間がかかる!?)

 

 不可能の文字が烈火の両肩に重くのしかかっていく。

 

「……くそっ!!」

 

 地面を殴りつける烈火……それがアリサへの回答であった。

 

「そ、んな……」

「……ッ!!」

 

 アリサはその場に崩れ落ち、咲良はやり切れなさを滲ませる様に唇を噛み締める。

 

(……誰かを助け、護り、導いてきた……光の中を進んでいくこいつが!何故、あんな奴のエゴのために死ななければならない!?)

 

 叩きつけられた拳から鮮血が滲む。

 

 

―――我が祖国の技術の結晶にして、数多くの戦果を挙げて来た “ウラノス”をマムに献上すれば私の価値は不動の物となる!!

 

 

 だが、この襲撃の原因……シェイドの狙いは……

 

(俺が地球に居るせいで……俺が呼び寄せた災いのせいでフェイトは……!!)

 

 烈火は忌むべき己自身を呪った。

 

 

 

 

―――まだだぞ!少年ッ!!まだ私と君の戦いは終わっていない!!

―――どう、して?……帰って来る…‥って、言ったのに……

―――馬鹿だよなぁ。俺って……でも、やっぱりどうにもならなかったよ。俺さ、ホントは……

 

 

―――貴方はどうか強く生きて。幸せになって……

―――俺達はお前を愛している

 

 

―――あのね、烈火。私ね、貴方の事……きっと生まれ変わっても……

 

 

「また失うのか!?俺は!!……ッ!?」

 

 絶望に暮れる烈火……だが、手の甲に齎された感触を受けて、その目が驚愕に見開かれた。

 

「……フェイト?」

 

 燃えているのかと思える程の熱を持った少女の掌が弱々しい力で烈火の拳を包み込んでいたのだ。まるで“自分を責めないで”と言わんばかりに……

 

 荒れた呼吸を繰り返し、咳き込みながら朦朧とした意識の中で尚、これまで見た事のない表情を見せて自分を責めている烈火を気にかけているのだろう。

 

 

 その瞬間、二人の双眸が交差する。

 

 

(ふざけるな!こいつがこんな所で死ぬなんて許されるものか!!何かある筈だ!この状況を瓦解できる何かが!!……失ってたまるか!これ以上ッ!!)

 

 そして、烈火の瞳から絶望の色が消え去った。

 

 

 

 

(……ッ!?いや……有る、かもしれない。たった一つだけ、可能性は限りなくゼロに近いが、フェイトを救命して完璧に解毒出来る方法が!!)

 

 烈火は、フェイトに握られていない左の掌を緊張した面持ちで見やる。

 

これまでの戦いにおいて、神話の時代より蘇った剣水晶の竜皇(クリスタル・ドラコニア)や魔法に対して耐性を持っていたフィル・マクスウェルの強化装甲すら燃やし尽くした黒い炎は“ソールヴルム”において“稀少技能(レアスキル)”に分類される能力であり、その力は“魔力変換資質・黒炎”と呼称されている。

 

 しかし、魔力変換資質という区分にカテゴライズされてはいるが、燃え移った物を全て……元素や概念すらも焼却する黒炎は対象が生きてさえいれば、神をも殺すことが出来るとすら言われ、人智を超えうると称されることもあった。

 

 性質だけを見れば戦闘面で真価を発揮する強力な魔法資質であることは明白だが、現状を打破する手段とはなり得ない。しかし、この能力には思わぬ副産物があった。

 

 それは烈火の体内を巡る魔力にも微弱ではあるが黒炎の性質が宿っているということだ。先ほど烈火が口にした毒やウイルスが自身に効かないという発言の解はここにあり、この性質を逆手に取ることで解毒への突破口を見出したということだ。

 

 つまり、烈火の策はフェイトに黒炎の魔力を供給し、体内の毒を燃やし尽くして解毒するというものであった。実際、魔導師間での魔力の受け渡しという技術自体は確立されており、“ミッドチルダ式”には“ディバイドエナジー”という術式も存在している。譲渡間で術式の差異は有れど、本局で烈火が“ミッドチルダ・ベルカ複合型デバイス”を使いこなしていたという事例もあり、その辺りの互換性は問題ないだろう事が予測される。

 

 しかし、最良の結果が得られる可能性を捻出できた反面、この方法には大きな問題が点在し、同時に重たいリスクも背負わなければならない。

 

 大きな問題点として、“稀少技能(レアスキル)”に該当する特異な魔力、それも破壊力と殺傷力に極限まで特化した黒炎を通常の方法で与えても害になってしまうという事が挙げられる。加えて、通常方法で魔力を譲渡した場合に起こるであろう害と大きなリスクは密接に繋がっており、その場合の具体例として黒炎が内側からフェイト自身を灰も残さずに燃やし尽くしてしまうだろうといったことも挙げられ、これらを踏まえて解毒の為には、黒炎の攻撃性をどうにかして烈火の体内を循環しているのと同様の状態で魔力供給をしなければならないという事実が浮かび上がった。

 

 だが、体内に黒炎の性質を持つ魔力が巡っている烈火自身に悪影響がないのは“術者である”の一言に尽きる。これに関しては細胞が体を形作るだとかというレベルの問題であり、術者本人の体内循環を人為的に再現できるのかという懸念事項も立ちはだかる。

 

 ましてや切り札級の攻撃魔法である黒炎を攻撃性のみを取り除いて運用する事など想定外もいい所であるし、烈火にとっても未知数……いや、そもそも攻撃魔法を治療に転用するなどという発想自体が前例のない事なのだろう。

 

(……本当に出来るのか?黒炎の攻撃性を殺し、フェイトの体内に魔力を送り込んで循環させるなんてことが)

 

 これから行おうとしていることには、針の穴を通す程の正確さという言葉が生易しく思えるほどの精密な魔力制御が要求される。

 

 烈火本人もピーキーな性質を持つ黒炎を常の魔力運用の際よりも、更に精密に御しきれる自信がないのだ。

 

 もし僅かでも制御を誤ればフェイトの身体は黒い炎で灰一つ残らずに消失してしまうのだから……

 

 

 

 

「……フェイト、よく聞いて欲しい。単刀直入に言って、このままではお前は間違いなく助からない」

 

 下を向いたままの烈火から放たれた一言によって、先ほどから周囲に漂っていた空気がより重苦しさを増した。

 

「色々と考えてはみたが、お前を救える方法は成功確率が限りなく低い、たった一つの手段しか思いつかなかった。そして、俺がそれに失敗してもお前は……死ぬだろう。だが、俺は……」

 

 俯いていた烈火の顔が上がる。

 

「俺はお前を死なせたくない。今だけお前の命を俺に預けてくれるか?」

 

 瞳に強い意志を宿した烈火はフェイトを一瞥して言い放つ。

 

『……う、ん。分かった』

「ッ!?フェイト……本当に、いいんだな?」

『烈火、に、なら……いいよ』

「……了解した」

 

 毒に浮かされ、苦し気に途切れ途切れの念話で返答をしてきたフェイトの頬に手を添え、上から顔を覗き込む。

 

「最後に一つだけ謝らないといけないことがあるが、今は緊急事態だ。悪いが無視させてもらう。無事に帰れてフェイトが元気になった時にでも俺の事は好きに殴ってくれ」

 

 そう言い放ち、再び瞳に真紅の紋様を出現させた烈火は、フェイトとの距離を詰めていく。

 

 

 

 

 両者の距離は狭まり……互いの唇が重なり合った。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

あと、フェイトちゃん、はやてちゃんは誕生日おめでとうございます。

モチベが上がり気味で早めの投稿が出来ました。
圧倒的な長さ……
本章も残すところ後1~2話となります。

因みに、人質を取っていた個体が毒持ちだったのは偶然です。
それどころか、そこそこ優秀な仲間を頭数揃えて戦えば絶対に勝てるといった作戦以外の要素は全て現地調達ですので、さも自分がやったかのように言っているだけで某奇術師さんの脚本の薄さが見て取れますね。
巻き込まれた民間人を人質として使えるかもしれないから捕らえろという指示は出しましたが、間に合ったのも偶然です。嬉しくて笑ってしまったんですね。

はてさて、なのはコラボの方は、なんとこれまで1年半放置してきて最近復帰したのにもかかわらず、なのは、フェイト、はやて共にレベル上限解放まで漕ぎつけられそうで何よりな今日この頃。
狂ったように周回しています。

しかし、コラボで高まる執筆欲に身体の方が付いてこないです。年ですねぇ。

……お暇でしたら、活動報告の方も覗いて行ってください。
最新のやつは追加シナリオが来る前ということだけご承知ください。

では、次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!

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