魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword   作:煌翼

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憎悪蹂躙のFragment

 フェイト・T・ハラオウンは全身を駆け巡る熱に浮かされていた。

 

 痛み、苦しみ、寂寥感……毒に侵され、薄れゆく思考の中で脳裏を過る負の感情が何かに燃やし尽くされる様に消えていく。

 

 

―――なんだろう?身体が熱い

 

 記憶に残っているのは、人質となっていた少年達を無我夢中で守ろうとした事。

 

―――アリサや咲良も無事、良かった

 

 微睡む意識の中で友人の声が聞こえる。

 

―――烈火、は?

 

 最後に瞳が映したのは、苦しげな彼の表情。そんな表情(かお)をして欲しくなくて必死に手を伸ばした。

 

 

 皆の無事を確かにして僅かな安心感を得たのも束の間、漸く自身の事を気にかかり始めたが、霞がかった思考は麻痺しているかのように停止し、上体を起こすどころか身体は動いてすらくれない。

 

 漠然ともう駄目なのかと思い始めた頃、自身の身体に起こっている異常に意識が向く。

 

 

―――何か、フワフワする

 

 

 そう、痛くもなければ苦しくもない。

 

 

―――もっと……

 

 

 全身に奔る焼き焦がすような灼熱は寧ろ心地良くすらあったのだ。

 

 

 

 

 地に描かれた四芒星が巧遅な様子で回転している。

 

 淡い蒼光を帯びた魔法陣の上では、少年と少女が口づけを交わしていた。

 

「んぁ、あっ……んぅ、んっ……んんんんっ!!!?」

 

 少女は金色の髪を振り乱し、艶めかしく股を擦り合わせ、身体を捩りながら脳が蕩けそうなほどの甘い声音を漏らす。頬を朱に染め、半開きの瞳に少年の真紅の瞳を映しながら、貪る様に舌を絡め合う。

 

 二人の息遣いと時折漏れる甘い声音、舌が絡み合い唾液が行き来する水音が周囲に響き渡る。

 

「あぁぅ!?ん、ふぅ……んっ!!!!」

 

 描かれた魔法陣から発せられる蒼光に黒の魔力が混ざり合うと少女の身体が不規則に痙攣し始めるが、尚も二人の口づけは深さを増していく。

 

 

 そして……

 

 

「ん、むっ……あ、んっ……んあっ!?んううぅぅっ!!!!」

 

 

 幻想的な蒼黒の光が周囲に満ちると共に少女は身体を弓の様に仰け反らせ、全身を大きく震わせると力尽きたかの如く脱力した。

 

 少女が力なく四肢を投げ出すと同時に地に刻まれていた魔法陣が弾けるように消失し、二人の距離も離れていく。程なくして、両者の口元に架かっていた銀色の橋がプツリと途切れた。

 

 

 

 

「はっ!?な、な、な、な、何やってるのよぉぉぉ!!!!!!」

 

 戦闘に巻き込まれた民間人―――アリサ・バニングスは、そんな二人の様子を受けて呆気に取られていたが漸く我に返ったのか、戸惑いの表情を浮かべながらも甲高い声を上げ、フェイトの近くで膝を付いている蒼月烈火の肩に掴みかかる形で両手を伸ばした。

 

 先程の光景は端から見れば、体調が優れない女子に男子が無理やりキスを迫った風にしか思えないものであり、アリサの戸惑いも当然と言えるだろう。

 

「ちょっと、何か言いなさ……っ!?」

 

 アリサは事の真意を問いただすつもりで詰め寄ったものの、肩を掴んだ瞬間に烈火が体勢を崩して地面に座り込んでしまった為、巻き込まれる形で倒れかかる。

 

「……ったく!何なのよ……何、これ……ッ!?」

 

 烈火に抱き着くような体勢で密着してしまい、顔に集まる熱を振り払うかのように強めの物言いをしようとしたアリサであったが、頬に感じる生暖かい感触に怪訝な表情を浮かべて指を這わせると付着したものを受けて、顔から血の気が引いていく。

 

「ちょッ!?……アンタ、どうしたの!?大丈夫なの!?」

 

 指先に付着したのは鮮やかな赤。

 

 ギョッとして視線を向ければ、烈火に起きている異変を否応なく認識してしまい、愕然とした表情で問い詰める。

 

 

「はぁ、はぁ……ああ、もう大丈夫だ」

「何が……ッ!?」

 

 

 息を荒げた様子の烈火は問いに答えることなく、視線を斜め下へと向けた。アリサも釣られるように目線を下げれば、その先には規則正しい呼吸をしているフェイトの姿があった。依然として顔色は芳しくなく衰弱した様子ではあるが、先ほどまでの絶息していた状態とは明らかに違うというのが素人目でもはっきりと分かる。

 

「とりあえず、危険な状態は脱した。後は医務官にでも診て貰えば問題ない筈だ」

「フェイトッ!よかった……」

 

 処置の結果、異常をきたしていた魔力循環が正常に戻っており、全身を蝕んでいた淀みが消え去っているのが烈火の瞳で見て取れた。それは、“魔力変換資質・黒炎”の性質を利用した解毒が成功した事を意味しており、烈火の発言を受けたアリサは目尻に涙を浮かべながら、その場に座り込んでしまう。

 

「ホントによかった……ッ!?フェイトは助かったけどアンタはどうなのよ!?」

 

 危急のフェイトが一命を取り留めた事で全身から力が抜けてしまった様子のアリサであったが、それと並行しての緊急事態について烈火に再追求する。

 

 それというのも、目の前の烈火の様子が普段とはかけ離れたものである為だ。

 

 今の烈火は顔色を青白くして額に汗を滲ませており、呼吸も整っていない。それに加えて身体にも力が入っておらず、先ほどアリサを支えきれずに倒れ込んでしまったのだろう。普段の烈火ならありえない現象であった。

 

「はぁ……はぁ、問題、ない」

「問題ないわけないでしょうが!?」

 

 何より酷いのは両目から溢れ出る鮮血だろう。まるで涙を流しているかのように血が頬を伝って滴り落ちている。

 

 どう見ても普通ではない状態であるにもかかわらず、何という事はないといった様子で答える烈火に対して憤慨したアリサは、白いレースのいかにも高級そうなハンカチを片手ににじり寄っていく。

 

「……流石に今回は少々無茶をした。まあ、俺の方も治癒魔法は使ったし、時期に止まる……おい、バカ!汚れるぞ!」

「うっさい!そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!!」

 

 ハンカチ片手ににじり寄るアリサとそれを止めようとする烈火との攻防が始まった。先程までの緊迫した状況下では考えられないようなコミカルなやり取りであったが……

 

 

「私がどれだけ心配したと思ってるのよ!いきなり戦いが始まっちゃうし、フェイトは倒れちゃうし、アンタはそんなだし……」

「バニングス……」

「でも……フェイトを助けてくれて、その……ありがと……」

 

 アリサの瞳から零れる透明な雫を目の当たりにして烈火の瞳が驚愕に見開かれた。

 

 

 例え、親友に魔導師がいたとして、魔法という物をある程度身近に感じていたとしても、やはり民間人。日常の中で突如として謎の男達に襲撃され、あまつさえ“魔導獣”の力が作用した凄惨な暴走状態を目の当たりにしたのだ。正規の管理局員ですらたじろいでしまってもおかしくない状況に突然放り込まれたアリサの心境は想像に難しくない。

 

 それに加え、その親友が目の前で死の淵に瀕していた。状況を受け入れられず、パニックになって喚き散らしても、何ら不思議ではないのだ。

 

 だが、アリサはそのような愚行を犯さなかった。

 

 周囲の足枷にならぬようにと都度状況に合わせて彼女なりに最善の選択肢を取り続けていた。例えば、烈火がアリサを抱えて戦闘していた時、フェイトが黒装束の注意を引いていた時、咲良とともに避難していた時……癇癪を起して戦闘に影響が出ていたのだとしたら、もっと多くの被害が出ていたかもしれない。状況が異なっていれば、フェイトだって助からなかったかもしれない。

 

 例え、魔法で敵と戦えなくともアリサにはアリサの戦いがあったということだ。

 

 

―――そうか、やはりコイツも……

 

 

 その瞳に宿るのは、誰かを守り、気遣い、前を見据える強い意志……

 

 この街に来て烈火が出会って来た人々と紛れもなく同種の光であった。

 

 

 

 

「ん、んっ!!盛り上がっている所、申し訳ないのですが……」

「ッ!?な、なな、何言ってんのよ!?」

「……」

 

 咲良が咳払いと共に何処か刺々しさを感じさせる口調で声をかければ、至近距離で見つめ合う二人……主にアリサは飛び上がる様にして反応する。その頬は真っ赤に染まっており、平静を失っているのが丸分かりであった。

 

「フェイトさんが一命を取り留めたのは幸いですが、これからどうしますか?今なら結界からの脱出もそれほど難しくないと思いますが……」

 

 咲良は烈火に問いかけると上空を見据える。前回の襲撃と同種であろう、“無限円環(ウロボロス)”構成員が展開した結界であるが、術者と思われるシェイド・レイターが戦域を離れた影響か、僅かに綻びを見せ始めていた。現在の状態であれば、内側からの突破は一定の威力以上の魔力攻撃が出来る者であれば容易といえる。

 

 結界さえ破ってしまえば、負傷者と民間人の安全確保が出来る上に、恐らく結界外に既に展開している管理局部隊とも合流できるだろうという事から安定策であることは間違いない。

 

「いや、結界が崩れる前に全ての敵を撃破する」

「撃破……ですか?残存戦力が先ほどの黒服の方々と同じだとしたら、尚更合流した方がいいのでは?」

「その逆だ。さっきの連中が相手だとして増援がシグナムやハラオウン兄達なら問題ないだろうが、半端な魔導師が来て不用意に突かれるとかえって状況が悪化する可能性の方が高い。幸いな事に今も戦闘中なのは一ヶ所だけ……そこを突破すれば、この戦闘にけりが付く。これ以上、不確定要素を増やしたくない。それに……」

 

 烈火は眼下で眠るフェイトへ視線を向けながら返答をした。

 

 黒装束の脅威は先ほど目の当たりにしたばかりであり、死ぬまで戦闘を続ける彼らに対して初見での対処は想像以上に難しいものがある。先程はフェイトの機転で事なきを得たが、決して誰もが出来る事ではないのだ。

 

 加えて、彼ら全てがそうであるかは定かではないが、一定以上のダメージを負うと“魔導獣”の力を抑えきれなくなり暴走状態に陥る事が予測される。その際の戦闘能力は、決して侮れないものがあり、先の“MT事件”において、“群体イリス”の量産型にすら苦戦を強いられていた一般局員が戦局に割って入って来たとしても、頭数が増えるだけで戦力に数えられないどころか、足手纏いもいい所だろう。

 

「……どうしたんですか?」

「ッ!?いや、何でもない。それよりも黒枝は此処に残ってくれ……もう襲撃はないだろうが、万が一の時はみんなの事を頼む」

「分かりました。では、蒼月さんは……」

「俺はこの戦闘を終わらせてくるよ」

 

 烈火は咲良の言葉を受けて下げていた目線を反らし、左手に“エクリプス・エッジ”を携えると未だに戦闘が継続している空域に鋭い視線を向ける。

 

 そして、幾許か顔色が良くなってきた様子のフェイトを再度一瞥すると、一同に背を向け“実体可変翼(フリューゲル)”を展開した。

 

 

「……待ちなさいッ!」

「バニングス?」

 

 

 アリサは飛翔体勢に移行しかけていた烈火を呼び止める。

 

「……わ、私の事、守ってくれたお礼……ちゃんとしたいから、無事に帰って来なさいよね!……えっと、その……わ、分かった!?」

 

 普段のアリサらしからぬ、しおらしい態度であったが、最後には照れ隠しがはっきりと分かってしまう程に顔を真っ赤にして、何時も以上に強い口調となってしまっているのはご愛敬か。しかし、アリサの表情からは、再び戦場に舞い戻る烈火に対しての心配と不安が垣間見えた。その戦場において、つい先ほど親友が死の淵を彷徨うことになったのだから、其処へ戻ろうとする烈火が無事で済むかどうかという不安は尚更に募るのだろう。

 

「俺は俺の果たすべきことをしただけで、別に礼を言われる覚えはないが……まあ、ここで死ぬつもりはない。だから、安心して待っていてくれ」

 

 烈火は不器用なアリサからの激励に僅かに表情を綻ばせると、その想いに答えるべく振り向き様に彼女の不安が少しでも取り除ければと言葉を紡いだ。

 

「……分かった。絶対よ!」

「ああ、了解した」

 

 そして、アリサと言葉を交わした烈火は、“ウラノス”の柄を握る力を強めて、再び戦闘空域の方向を睨み付けた。

 

 

(これ以上、無関係な人間を巻き込むわけにはいかない)

 

 瞼を閉じれば、苦しむフェイトや恐怖に駆られるアリサの姿が蘇る。

 

 確かにこの戦況において一般局員が戦力と言い難いのは事実であったが、それ以上に烈火はこの戦闘に関わって傷つく人間を増やしたくなかったのだろう。

 

(この戦闘の引き金が俺だというのなら……終わらせるのは俺の……)

 

 決意を新たにした烈火が目を見開くと同時に蒼い翼が三対十枚に展開され、その身体が宙へと舞い上がる。

 

 

 その場に残った少女達は、天空を駆ける蒼い光を祈る様に見つめていた。

 

 

 

 

 結界内最後の戦闘空域では、二人の少女が疲労困憊といった様子で眼下を睨み付けながら肩で息をしていた。救援に来たキュリオも含めて、はやてらは黒装束相手に孤軍奮闘の様相を呈していた。物量差に押し切られかけたものの、キュリオが囮役を買って出た事で稼いだ時間で、どうにか発動させた起死回生の広域魔法を黒装束に叩き込み、全ての襲撃者を撃墜したのだが……

 

 

「はぁ、はぁ……流石に……打たれ強すぎやで……」

「え、ええ……少々、異常ですね……」

 

 

 八神はやてとキュリオ・グリフの視線の先では、地表に出来た巨大なクレーターの中では、攻撃を加えて倒したはずの三十人近い黒装束が既に起き上がりつつあった。

 

 その中には何度か撃墜したと思われる者達も混じっており、宛らゾンビ映画のような光景を目の当たりにして二人の困惑と疲労の色は増していく。

 

(何とかして、もう一発強力なのを撃ち込まへんとちょっとヤバい。でも、私もそろそろ体力が限界やし、かといってグリフ准尉にこれ以上無理はさせられへん!)

 

 はやての表情にも焦りが見える。この状況を瓦解できるのだとすれば、自身の広域魔法で全ての相手を沈黙させることだが、先ほど撃ち込んだものでは仕留めきれなかったため、もっと強力な魔法を行使しなければならない。

 

 だが、そもそも広域魔法は実戦において個人が最前線で使うことが想定されておらず、圧倒的な攻撃範囲と出力の反面、他の魔法とは比較にならないほどの前準備が必要であり、運用に難があるのは誰もが知る所であった。しかし、切り抜けるにはそれしか方法がない事も事実だ。

 

 しかし、圧倒的な物量差に“融合騎《ユニゾンデバイス》”不在という悪条件、更に壁役を担わせてしまうキュリオも体力、魔力共に限界を迎えつつあり、その証拠といわんばかりに垂れ下がった左腕から鮮血を流し、飛行すら覚束ない様子であった。

 

《■■……■■■!!》

「……ッ!?」

 

 このまま立ち上がって来るとして、今の状態で迎え撃つのでは勝機は薄いと相手が動くよりも先に詠唱を開始したはやてであったが、思わずよろめいてしまう程の咆哮を受けて眼前の光景に目を見開き、驚愕を露わにした。

 

《■■■……!!■■■■……!!!!》

「アカンッ!グリフ准尉!!」

「う……くっ!?」

 

 暴走状態へと移行して全身を変容させた黒装束が雄叫びを上げ、四つん這いの状態から獣が地を駆けるように一気に急上昇し、機械染みた動きから一転して荒々しい軌道で迫り来る。

 

 対するはやては回避が間に合わないと判断するや即座にキュリオと自身の前に障壁を展開して防衛態勢に入るが、牙や爪、翼を突き立てられると早くも綻びが生じ始めてしまう。広域魔法の詠唱中に突貫で多面展開した為か、普段の障壁よりも幾許か耐久性が落ちているのだ。

 

「凄まじい、突進力です!?」

「くっ!?……ッ!!??」

 

 なけなしの魔力でバインドを行使し、黒装束を塞き止めようとしたキュリオだったが、拘束は人外じみた膂力で力任せに引き千切られて意味を成さない。そして、苦悶の表情を浮かべて迫り来る凶刃を受け止め、広域魔法の詠唱を諦めて発生の早い砲撃魔法での反撃にシフトしようとしたはやては、カノンを前方に構えたところで鳴り響いたアラートに全身を凍り付かせる。

 

 二人の抵抗を嘲笑うかのように俊敏な動きで背後に回り込んでいた襲撃者達が、右腕の鋭利な刃が折れ飛びそうなほどに高密度の魔力を纏わせて襲来していた。

 

 背後にも障壁を展開しようとするはやてだが、終わりの見えない戦況への疲労と豹変した襲撃者への困惑、戦闘不能寸前の味方へのフォローと慣れない単独長期戦闘の中で蓄積されたものが吹き出したのか、対応がワンテンポ遅れてしまう。

 

「間に合わへんッ!!??」

 

 迫る脅威に身を固くしたはやてであったが、眼前を蒼い光が彩り、迫り来ていた黒装束が視界から消え失せた。

 

 

「これって、まさか……」

「……八神、無事だな?」

「烈火君ッ!」

 

 

 眼前で翻された蒼い翼にはやての表情が綻ぶ。

 

 視線の先には自身達を守護するかのように、最大解放形態“ウラノス・ストライクノヴァ・フリューゲル”を纏った烈火が黒装束達の前に立ち塞がっていたのだ。

 

 

「気を付けてな。この人達、ちょっと普通じゃな……って、どないしたん!?」

 

 思わぬ援軍に胸を撫で下ろしたはやてであったが、烈火の顔に奔った血涙の跡に気が付いたのか、顔を強張らせて不安げな表情を浮かべる。

 

「ん?ああ、頭と能力に負荷をかけすぎた反動ってとこだな。もう問題ない」

「せやかて……」

「それに、事情も原因も知っている。後はこいつらを処理すれば終わりだ」

 

 烈火の態度に納得がいっていない様子だが、澄ました瞳を唸り声をあげる黒装束に向ける彼に釣られるようにして眼下への警戒を強めた。

 

「えっと、この方は?」

 

 嬉しそうなはやてとは真逆に、キュリオは突如として戦局に割ってきた烈火に対して警戒心を隠せないでいた。今日の昼前にフェイトと共に現地の学校に通っているところを目撃し、はやてとも親しい様子である所から見て知らぬ仲ではないと予測できるが、使用しているデバイスに管理局のIFFが搭載されておらず、“所属不明《Unknown》”扱いとなっている為だろう。

 

「ああ、そか、今日赴任したばかりやもんね……大丈夫、この人は味方やからデバイスの設定を変えといてな」

「え、ええ……そういう事なら……」

 

 他の海鳴市在中の魔導師と違い、赴任してきたばかりであるキュリオのデバイスには烈火の情報が記憶されていなかった。その為、所属不明の魔導師扱いとなっており、この戦闘と関係のある次元犯罪者ではないか、という懸念を抱いていたからか、怪訝そうな表情のままではあるが、警戒した様子が見えないはやての指示に従ってデバイスの識別を“所属不明《Unknown》”から味方へと変更した。

 

「じゃあ、三人でどうにか乗り切ろか!!……って、烈火君ッ!?」

「ちょっと、貴方ッ!?」

 

 自身が最後衛で詠唱、キュリオは中盤でサポート、烈火が前衛で揺動というフォーメーションを執れば、盤石とは言い難いが先ほどまでとは比較にならない安定性を得ることができ、広域魔法で数の差をひっくり返すことが出来ると踏んだはやてであったが、指示を出す前に“ステュクス・ゲヴェーア”が火を噴いた。

 

 連携以外に勝ち目がないと踏んでいた二人は突然の烈火の行動に目を見開いて驚愕を露わにする。

 

「ここは俺一人でやる。お前達は下がれ」

「貴方、何を言っているんですか!?」

「いくら烈火君でも無茶や!」

「……ガス欠と怪我人はすっこんでいろ」

「「うっ……」」

 

 戦闘を一人で引き受けると言い放つ烈火に対して、納得がいかずに声を荒げる二人であったが、痛い所を突かれてぐうの音も出ない。はやては体力切れ、キュリオに至っては片腕が使えない上に飛行すら危ういような状態であり、強ち間違っている指摘ともいえないのだ。

 

「さっき……ちょっと無茶をしてな。悪いが加減が出来る状態じゃないんだ」

「それって、どういう……」

 

 困惑するはやてを他所に、“実体可変翼(フリューゲル)”から光の翼が放出される。

 

 

「言葉のままだ。今はお前達を巻き込んで殺さない自信はない!」

 

 

 烈火の背後に浮かんだ蒼い光輪が波動を撒くかのように弾け飛んだ瞬間、その姿が掻き消えた。

 

「なんや、この出力……」

「凄まじい魔力ですッ!?」

 

 加速時に“実体可変翼(フリューゲル)”から放出された高出力の波動に思わずよろめいた二人であったが、烈火が消えた事を認識するとすぐさま進行先であろう戦域へと視線を向ける。だが、戦域で起きている光景を目の当たりにすると、驚倒に染まった表情を浮かべ、まるで全身が凍り付いたかのように動けなくなってしまった。

 

「な、何を……」

「烈火君ッ!?」

 

 何故なら、次々と斬り刻まれていく黒装束が、()()を撒き散らしながら物言わぬ肉塊へと変わっていく光景を目の当たりにしてしまったのだから……

 

 

 

 

 戦域へと飛び出した烈火は、眼前に立ちはだかる狂獣と化した男達を悲しさを滲ませる双眸で射抜いた。

 

《■■……!?■■■!!??》

 

 攻撃されたという事実に認識が追い付いていないのか、身体と銅が分かれて地面に墜ちていく同胞を見て動揺を隠しきれていない。

 

「……貴方達も、この世界の被害者なんだろう。誰かのエゴで理性を奪われ、未来を奪われ、ヒトとして生きていくことすら出来なくなってしまった」

 

 今となっては彼らの素性を掴む術はなく、仮に分かったとて、最早どうにかなる問題ではない。だが、自ら身体を差し出したのか、元々アンダーグラウンドな世界の住人であったのか、アリサと同様に巻き込まれた民間人なのかは定かでなくとも、犯罪組織が行った実験、ひいてはそうした組織を生み出した世界の被害者とはいえるのだろう。

 

《■■■■!!!!》

 

 そして、血走った瞳を見開き、口元から牙を覗かせ、だらしなく体液を垂れ流しながら威嚇するように唸り声を上げている彼らがヒトでも獣でもない“ナニカ”になり果ててしまったことは、覆しようのない事実であった、

 

「すまない。俺は貴方達を救ってはやれない」

 

 先ほどのフェイトの様に無力化して、身柄を抑えた後に局の施設で治療を受けさせれば、何らかの救いの手立てが見つかる可能性は決してゼロではない。この場に地球に居る魔導師の誰が居合わせたとしても、その為に尽力するのだろう。

 

 だが、烈火はその可能性を切り捨てた。

 

 仮に身柄を確保できたとして彼らが元のヒトの形を取り戻せることはないだろう。なのは達はともかく、そもそも“時空管理局”が彼らに救いの手を差し伸べるとも思えなかった。

 

「誰かのエゴで奪われた貴方達の人生を、今度は俺のエゴで終わらせる」

 

 法の守護者を司る管理局とて一枚岩ではない。それはこれまで関わってきた様々な事柄でも明らかであった。

 

 そして、巨大犯罪組織の構成員、研究途中とはいえ組織が開発した実験体としての付加価値は、破格のモノがあるだろうことは想像に難しくない。助け出せたとして彼らに待ち受けるのは、実験体(モルモット)として使い潰されるだけの未来だ。

 

 だが、管理局だからどうこう、という問題ではない。恐らく誰が同じ立場になるのだとしても恐らく、皆同じことをするだろう。実験体(モルモット)としての価値は高くとも、彼らという()()を救う事へリターンは皆無に等しいからだ。利己的な感情と欲望には逆らえない、それが人間という生物だということを嫌という程に思い知らされてきたのだ。

 

 彼らと真摯に向き合い、本気で救おうとする者など、ほんの一握りのお人好しだけなのだから……

 

 

《……■■……■■■■!!!!!!》

 

 黒装束達は宙を蹴って飛び出した。

 

「だから、どうか……俺を許さないで逝ってくれ。貴方達の憎しみは全て俺だけに……」

 

 烈火は迫り来る凶刃を前にして、祈るように呟くと“ステュクスゲヴェーア”を構え、光の翼を煌かせる。

 

 

「一瞬で終わらせる。“ネメシスフルバースト”……」

 

 

 銃口から発射された魔力弾と、“実体可変翼(フリューゲル)”から射出された無数の刃状の魔力が、黒装束へと降り注いだ。

 

 

 

 

 キュリオは地面に蹲るようにして身体を震わせている。

 

「……な、何なんです……あの人……どうして……」

 

 血の気が引いた青い顔で全身を震わせながら口元に手をやって込み上げてくるものを抑え込んでいた。

 

「いくら犯罪者相手とはいえ、魔法を()()()()で人に向かって撃つなんて……ッッ!?」

 

 先ほど目の前で起きた惨劇を思い出してしまったのか、とうとう耐え切れなくなり地面に嘔吐物をぶちまけてしまう。

 

 烈火が放った広範囲攻撃は、乱射の様相とは裏腹に射撃の域を超え、狙撃と称しても遜色ない命中精度で全ての襲撃者を撃ち貫いた。首を、胸を撃ち抜かれた黒装束は得意の打たれ強さを発揮する間もなく、命の灯を掻き消されて殲滅された。

 

「……どうして、こんなことが出来るんですか!?」

 

 それは一種の禁忌とされた行為であり、管理局員として許容できるはずもない。かつての“古代ベルカ”時代や管理局黎明期ならいざ知らず、年若い管理局員には地獄のような光景であったのだろう。

 

「……烈火君……ッ!」

 

 はやては目の前で震えるキュリオの問いに答えることが出来なかった。

 

 何故なら、自らもその解を持ち合わせておらず、眼前で起きた惨劇に言葉を失っていたのだから……

 




最後まで読んで頂きありがとうございます。

今章も残すところ残り僅かとなりました。

XDコラボも終了し、構想も練れて大分お話も組み上がって参りましたので、次章は唄と魔法が交差する時、物語が始まる かと思います。

感想等頂けましたら嬉しいです。
では、次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!

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