魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword   作:煌翼

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崩壊へのカウントダウン

 シェイド・レイターが起こした襲撃事件は、現地の魔導師達が敵対戦力を退けた事によって終結した。四名の民間人が巻き込まれた襲撃であったが、魔導師達は大なり小なり負傷こそしたものの、百名近い襲撃者を相手に全員が無事に生還でき、正しく最良の結果と言えるだろう。

 

 そんな襲撃事件の翌日、“時空管理局・東京支局”に赴き、会議室にてリンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウン、アダイ・グラゴウスに対して、当事者である八神はやてと共に詳細事項の報告を終えた蒼月烈火は支局の廊下を重たい足取りで進んでいた。

 

 はやてとは会議室を出てすぐ別行動を取ることになり、現在一人きりである烈火は突き刺すような視線の嵐に対して煩わしさを感じながらも、もう一つの目的を果たす為にリンディから聞いたある場所へと向かって歩みを止める事はしない。

 

 程なくして目的地に到着し、一呼吸置くと取っ手に手をかけて白い扉を開き、医療施設独特の香りがする室内へと足を踏み入れた。

 

「あ、烈火……」

 

 専用個室には白いシーツのベッドに腰かけ、入院着に身を包んだフェイト・T・ハラオウンがおり、入室してきた烈火を視界に収めると、若干頬を紅潮させながら驚きを示した。

 

「……おう。身体の具合はどうだ?」

「えっと、本局で精密検査を受けたんだけど、何の異常もないって。バルディッシュに残ってた私が倒れちゃったときのバイタルデータを見た医務官さんがどうやって助かったのかって、ひっくり返っちゃったくらいだよ」

「そう、か……」

「烈火のおかげだね……ありがとう」

 

 烈火はフェイトからの報告を受けて幾許か表情が綻ばせるが、依然として何かを押し殺すかのように重たい空気を纏ったままだ。

 

「いや、俺には礼を言われる資格などない。……すまなかった」

「ふぇ!?え、ええっ!?ちょっと、どうしたの!?」

 

 フェイトは戦場での凛々しい姿とは真逆のぽわぽわとした表情で解毒についての礼を述べたものの、それに対する返答は頭を下げての謝罪であり、普段の烈火らしからぬ態度を受けて思わず慌てふためいてしまっているようだ。

 

「お前がそんな目に合った責は俺にある」

「と、とにかく頭を上げてよ!それに……あの人が一方的に因縁を付けてきて襲って来ただけだし、烈火が謝る事なんて……」

 

 シェイドの狙いが烈火の持つ“ウラノス・フリューゲル”であった事は襲撃者本人の証言から確実だ。つまり、見方を変えれば“蒼月烈火”が居なければ、発生する事のなかった襲撃事件ともいえる。

 

「私は管理局員だから、こういうのはしょうがないっていうか……」

「俺が皆を巻き込んで、この事態を引き起こしたも同然だ。……すまなかった」

 

 時空管理局員として次元犯罪者と戦い、仲間や民間人を守るのは当然の事であるという主張と、元凶はどうであれ、原因は自身にあるという真実……両者の想いは、恐らくはどちらも間違ってはいないのだろう。

 

「それに解毒処置とはいえ、お前に大きな負担を強いてしまった」

「そんな事……って、か、解毒っ!?」

 

 フェイトは烈火が発した言葉を受けて、顔中を紅潮させながら思わず飛び上がってしまう。驚愕の原因は言うまでもなく、一通りの検査が終わった際に知った自身に施された処置についての事だろう。実際の所は、リンディと共に医務官から聞いたというか、愛機に保存されていた映像を閲覧してしまっていた。

 

「と、とにかく!烈火は皆を守って戦ってくれたし、謝らないといけない事なんてないよ。襲って来たのは、あの人達なんだし……みんな無事に帰ってこれたんだから、今はそれでいいんじゃないかな?」

「フェイト……」

「それに私はもう大丈夫だから……ね」

 

 立ち上がったフェイトは、依然として自責の念を滲ませている烈火に対して手を伸ばし、固く握られている手を解き解すかのように包み込む。それを受けて、驚愕に目を見開いた烈火と覗き込むフェイトの双眸が交錯した。

 

「あ……でも、一つだけ聞いていい?」

「……何だ?」

 

 フェイトは烈火から視線を逸らすと、忙しなく目線を泳がせ始める。

 

「えっと、その、わ、私……キ、キスしたの、昨日が初めてだったんだけど、烈火はどうだったのかなって?」

 

 程なくして決心を付けたのか、消え入るような声音で烈火に問いかけた。羞恥のあまりか、赤い瞳が潤み、白い肌がこれでもかと紅潮しきっている。戦場のど真ん中でのファーストキス、それも初めてとは思えないほど濃厚なモノであったのだから、フェイトの動揺も無理はないだろう。

 

「まあ、その……なんだ、俺は初めてじゃない……な」

「そ、そうなんだ……じゃあ、その人って私が知ってる人?」

 

 しかし、烈火の思わぬ返答を受けて胸の高鳴りが鳴りを潜めていくのを感じた。そして、胸の内から湧き上がって来たよく分からない感情に浮かされるように、声音を強張らせて烈火を問い詰めた。

 

「いや、フェイトとは会ったことはない」

「……その人とは、そういう関係なの?」

「違う。直近でそういうのは昨日のアレだけだ」

「そっか……私だけ、か……」

 

 フェイトは、追及の末にようやく平静を取り戻すことが出来たようで、自分でもよく分からないうちにホッと一息ついた。

 

 対する烈火は、動揺しきっていたかと思えば、宛ら取り調べのような雰囲気で詰め寄って来て、直後に機嫌を取り戻すという一人百面相といった具合のフェイトに内心首を傾げていた。そのせいか最後の一言を聞き逃してしまっており、フェイトにとって幸いだったというべきだろう。

 

「あ……えっと、その……」

「な、なんだ……」

 

 とりあえず、ひと段落といった様子だが、普段と異なる話題に何処かむず痒さを感じてか、両者ともしどろもどろで言葉が続いて来ない。

 

 先ほどまでとは別の意味で居心地の悪そうな烈火と、頬を紅潮させていじらしい様子のフェイトは完全に膠着状態へと突入してしまったようだ。

 

 

 

 

 そんな時、ドギマギとした均衡を打ち破るかの様に扉が開かれ、栗色のサイドポニーが舞った。

 

「フェイトちゃん!お見舞いに来たよ……って、烈火君?」

 

 病室に現れた少女―――高町なのはは、先客である烈火の存在に驚きを示した直後、顔を赤くして不自然な距離感で向かい合っているフェイト達に対して不思議そうに首を傾げた。

 

「二人ともそんなとこで何してるの?」

 

 それもそのはずであり、手を取り合って顔を覗き込み合っていた二人が突然の来訪者を受けて、咄嗟に空けた距離感は何とも不自然なものとなっていたからだ。加えて、先ほどまでは部屋の中央で会話をしていた為、ベッドや備え付けの椅子があるにもかかわらず、中途半端な立ち位置で両者が向かい合っているというよく分からない構図となっていた。

 

「あ、えっと……これは……」

「別になんでもない……にしても勢揃いだな」

 

 烈火は何処か取り繕う様にわたわたと慌てふためいているフェイトの言葉を遮り、なのはの後に続いて入室して来た面々に視線を向ける。

 

「フェイトの様子が気になって……」

「アリサちゃんから聞いた時は心臓が止まっちゃうかと思ったよ」

 

 アリサ・バニングス、月村すずかが顔を覗かせたかと思えば、その後ろからは八神家も姿を現し、むず痒い静寂に包まれていた病室もいつの間にやら随分と賑やかになっていた。

 

 

 

 

「……じゃあ、もう何ともないんやね?」

「うん。今日一日は念のため泊まっていきなさいって言われたけど、明日からはいつも通りだから、皆も心配しないでね」

「それはよかったわ~。あ、そういえば、咲良ちゃんにもこのこと伝えた方がええと思うで。昨日別れた時にかなり心配してたようやったし……」

「咲良は烈火が来る少し前に病室に顔を出してくれたから、その時に話したよ」

「そか、なら大丈夫やね」

「うん。無事でよかった……って、むっ!?」

 

 烈火以外の面々はフェイトの現状を聞いて、息災な様子に改めて胸を撫で下ろしたようだが、なのはは話題の中に許容できない部分があったようで目敏く反応する。

 

「二人は何時の間に黒枝さんと仲良くなったのかな~?」

「昨日一緒に戦った時に、余所余所しいのは止めようって……」

「私は局の部隊に回収されたときにちょっと話してな」

「むぅ……私だって色々お話したいのに、二人ばっかりずるいよ~」

 

 なのはは、フェイトとはやてに対して不満げに頬を膨らませて抗議した。フェイトがそうであったように五年以上の付き合いがありながら、咲良との関係性は思った以上に薄いようだ。

 

「私らでもこんな事件があってやっとしっかり話せたって感じやったし、なのはちゃんは……なぁ」

「そんな事……ないとは言えなそうだね」

「ちょっと、それってどういうことなの!?」

 

 顔を顰めたなのはは、言葉を濁した様子のフェイトとはやてに対して猛抗議するが、精一杯のフォローをしようとして諦めた両者に曖昧な返答をされていた。

 

(咲良ちゃんは兎も角、()()()が問題やろうなぁ~)

 

 フェイトに続いてちゃっかり名前で呼び合うようになった、はやてはある少年の姿を連想しながら内心溜息をついた。

 

 実際の所、なのはと咲良の間に問題はないだろうが、親睦を深める障害として東堂煉と高町なのはの関係性が立ちはだかる。

 

 両者の間に何かがあった事は、エイミィ・リミエッタから“PT事件”の渦中に傷ついたアルフがバニングス家に保護されるより前の出来事だと、それとなく聞かされていた。その為、病室にいる面々の中で“魔導師”としてのなのはと付き合いが最も長いフェイトも含めて、詳細を知り得る者はいないようだ。

 

 しかし、その影響か現在は煉が一方的になのはを毛嫌いしているというような関係性となっている。なのはが、煉と共に居る時間の長い咲良とお近づきになる機会は滅多にないだろう事が今までの経験からして、容易に考えついてしまったからだろう。

 

「はぁ……お前ら、病室なんだしちょっとは静かにしろよな」

「うっ!?何だかヴィータちゃんに注意されると、こう胸に来るものがあるの」

「お、お前、喧嘩撃ってんのか!?」

 

 ヴィータはアリサとすずかも加えて、姦しくなり始めた五人娘に対して呆れたような表情を浮かべて釘を刺したが、何とも言えない表情を浮かべたなのはに幼い少女染みた外見を茶化されたと感じたのか、小柄な体躯を振り乱して声を荒げてしまう。

 

「こら、ヴィータちゃん!病室で騒いじゃ隣近所に迷惑でしょ!」

「あ、アタシが悪いのか!?」

 

 そんなヴィータに対して、思わぬところからカウンターパンチが飛来した。シャマルが唖然とするヴィータを窘める様は、両者の西洋風の外見と雰囲気が相まって完全に母娘そのものであるが、少々娘側に理不尽を敷くものとなっている。

 

「は、はやてぇ~」

「うーん。今のはちょっとうるさかったかもしれへんな」

「ざ、ザフィーラぁ!」

「ウム……騒ぐなら時と場所を弁えた方がいい」

 

 母親の理不尽に耐えかねた娘であったが、敬愛する主と頼れる守護獣に裏切られて撃沈した。

 

「……お、お前らぁ!!私をからかってそんなに楽しいかぁっ!?!?」

 

 

 しかし、皆のニヤつく口元を目の当たりにしたヴィータはとうとう怒りを噴火させて、手近にいたなのはへと飛び掛かるが、椅子に腰かけたシャマルが発生させた新緑色のバインドに簀巻きにされると、抱きかかえられるように膝の上に収まった。

 

「ヴィータ、からかって悪かったなぁ。これで許してや」

 

 はやては不貞腐れた様子のヴィータの頭を謝罪の念を込めて撫で回す。

 

「……後、五分このままなら許す」

 

 照れ隠しか頬を染めてそっぽを向きながらも、しっかりと撫でられてご満悦なヴィータを見て、周囲の面々の表情も思わず綻んだ。

 

 今回の襲撃事件や、“無限円環(ウロボロス)”という存在、フェイトや民間人が危険な目に合った事に対して皆思うところがあるのだろう。しかし、今この時は誰もが穏やかな表情を浮かべていた。

 

 

「……」

 

 

 烈火は、眼前に広がる暖かな光景を目に焼き付けると、小さく笑みを零した。

 

 

 その儚げな横顔を見つめている者がいるとも知らないまま……

 

 

 

 

 東京支局の執務室に大きな溜息が響き渡る。

 

「気が休まる時がないわねぇ~」

「……全くですね」

 

 リンディ・ハラオウンは緑茶擬きを飲み干すと溜息と共に沈んだ声音を漏らす。それに反応したのは執務室にいるも一人、フェイトが倒れたと聞いて文字通り本局から飛んできたクロノ・ハラオウンであった。尚、アダイは現支局長との打ち合わせの為、現在は不在であるようだ。

 

 今回の襲撃事件は管理局で大きな波紋を呼び、特にシェイドと直接対峙した烈火が齎した情報に関しては、思わず頭が痛くなるばかりであった。

 

 襲って来たのは、巨大犯罪組織“無限円環(ウロボロス)”。更に以前の事件でも遭遇した“魔導獣”の流れを汲み、より非道な方法で生み出された生体兵器の存在……極めつけに敵の指揮官が“ソールヴルム式”の魔法を使用していた事だろう。どれも危惧すべき重大なものである。

 

()()()……」

「クロノ、分かっているわ。私達も見極めないといけないわね」

 

 リンディはクロノを制すと、苦し気な表情を浮かべる。

 

 半年ほど前に突如として管理外世界に現れ、単騎で暴走するロストロギアを鎮圧した少年―――蒼月烈火に対し、これまで水面下で燻っていた不満と疑念の声が今回の一件を経て爆発し、局内で大きな波紋を呼んでいるのだ。

 

 実際問題、蒼月烈火という少年はイレギュラーの塊のような存在であり、現在のような不可侵という形で管理局が彼を認めているという事は、本来ならばありえない事であった。

 

 何故、烈火の存在を周囲が黙認せざるを得なかったのか、それは彼が積極的に戦闘を行わなかったことと周囲の面々の顔ぶれにあった。

 

 大前提として“ソールヴルム”自体が“特別管理外世界”に指定されている事、支局が設営されているとはいえ、“地球”が“管理外世界”であることを加味すれば、単純に烈火が地球で生活する分には管理局が口を出すような問題ではない。実際、烈火自身も当初は魔力を封印しており、戦闘目的での滞在でない事は既に明らかとなっている。

 

 魔法を使用して戦闘を行ったことは多々あったものの、“魔導獣事件”を除けば、基本的に相手から攻撃を受けて反撃せざるを得ない状況でのみの戦闘行為かつ、正当防衛を主張できる内容ばかりであり、差し当たって非難すべき点は見つからない。

 

 加えて、リンディを始めとしたハラオウン派とは滞在当初から友好関係を築き、例外であった“魔導獣事件”では、伝説の三提督から一目置かれる事となったのだから、烈火の事を噂でしか知らない他の一般局員や上昇志向のある者達からすれば、これ以上ないくらいに妬ましい存在であることは想像に難しくない。

 

 だが烈火はそれに恥じぬほどの戦果を挙げて来た。“暴走するロストロギア”、“神話の時代の生物”、“魔導師ランクSに匹敵する次元犯罪者”、“最強のフォーミュラ使い”、“巨大犯罪組織が生み出した生体兵器”……どれをとっても危険な戦闘ばかりであり、これらを相手取って打ち勝つことが出来る魔導師など管理局でもほんの一握りであろう。

 

 さらには、“エースオブエースの幼馴染”、“烈火の騎士のお気に入り”、“ハラオウン派の特殊戦力”、“三提督のお墨付き”など、古参の英雄や将来有望なエース達に信頼を寄せられ、彼らの威光と烈火自身が結果を出し続けてきたことが相まって、他の面々も口を噤まざるを得なかった為、何時の間にやら不可侵扱いとなっていたというのが現状であった。

 

 だが、今回ばかりはそうもいかないようであり、漸く突破口を見出したと一部局員が行動に起こしかねない状況となっている。

 

 

 今回の襲撃に際して問題視されているのは、大きく分けて三つ。

 

 一つ目は、次元犯罪者相手とはいえ、“殺傷設定”で魔法を使用した事。

 

 二つ目は、その魔法によって数十名の人間を殺害した事。

 

 三つめは、倒れたフェイトに対しての救護活動。

 

 一つ目、二つ目は同義の問題であり、それを受けての声も皆が似たようなものであった。まずは過剰防衛だという事、これに関してはリンディやクロノも同じような感情を抱いていた。

 

 実際、襲撃時に展開された結界の周辺には既に管理局の部隊が展開しており、結界さえなくなれば突入可能な状況にあった。術者を退けた事で内側から結界の破壊を行える状況であったとの報告も上がっていた為、管理局員と連携を取れば襲撃者に対しての対処も民間人と負傷者の保護も万全の状態で行えたと誰もが思っている為だ。全員を五体満足で逮捕できるかどうかの保証はないが、少なくとも敵対戦力を殲滅するなどといった結果で終わらなかったことは間違いないであろう。

 

 特に“殺傷設定”の使用は、管理局においても凶悪犯罪者相手にやむを得ない場合のみに限定される。大多数の局員は“殺傷設定”を向けられることはあっても、自身で行使する事のないままに退役なり殉職なりで魔導師生命を終えていく。特に先の襲撃の状況においては、犯人捕縛が望める状況の中で独断先行をして数十人を手にかけたという事から、人道、法的面も含めて烈火の行動は非常に問題視されることとなった。

 

 三つめに関して結果だけを見れば、特異な魔力変換を逆手に取り、神懸かり的な精度での魔力運用でフェイトを蘇生させたこと自体は誰もが認めざるを得ないが、これに関しても烈火の行動を問題視する声は多かった。

 

 まず、烈火が行った処置は前例がない上に個人の能力頼りで失敗した時のリスクが大きかったことや、管理局の施設に運び込むことが出来た状況であったにもかかわらず、局員でもなければ医療知識に精通しているわけでもない民間人が処置を行ったことに関して、越権行為だという意見が多数上がっている。

 

 ただ、これに関しては、その当時のフェイトのバイタルデータを確認した所、あの場から動かしていたとすれば助かる確率が極めて低かったことや、仮に助かったとしても重度の後遺症が残ることが確実であったという結果から、蘇生手法やリスクは兎も角、リンディからすれば烈火には感謝しかなかった。

 

 

 しかし、結果はどうであれ、今回の一件でこれまで公然の不可侵となっていた手の出せない部分に他の面々が切り込める口実となってしまっていた。

 

「……彼にも事情があることは分かっているけれど、今回ばかりは何らかの決着は付けないといけないわね」

 

 クロノはリンディの呟きに小さく頷く。

 

 この状況下で現在の関係性のまま付き合いを続けていくことは不可能であり、互いの立場を明確にしなければならない段階に来てしまっている事を理解している為だ。

 

 烈火の事はこの半年を経て、信頼に足る人物だという認識を持っている。恩もある、絆もある、義理もある……だが、今この状況下において、多くの管理局員に疎まれており、襲撃者の標的にもなった烈火を抱え込んだ場合、大きなリスクを背負わざるを得ないという事は誰の目から見ても明らかだ。

 

 そもそも、リスクに見合うだけの能力を持っているのだとしても、それ以前に蒼月烈火という人間について知らないことがあまりに多く、どう対応していくのが正しいか分からないというのが、リンディを悩ませる最大の要因でもあった。

 

 無論、烈火について何も調べてこなかったわけではなく、凡その見当はついているが、本人から語られたことは皆無と言っていい。現状、烈火自身の素性や行動理由が明確に分かっていない以上、いくら人柄や能力を認めていても自身達への風当たりが強まるリスクを冒してまで下手な介入を行うわけにもいかないのだ。

 

 実際、烈火は管理局員でもなく、嘱託魔導師ですらない。三提督に能力を認められたとはいえ権限を持っているわけでもない上に、周囲がハラオウン派の保有戦力だと勝手に思い違いをしているだけで与しているわけでもない。

 

「いつかこんな日が来るとは思っていたけれど……」

 

 烈火が黒装束に対して行った事や周囲の熱の入り方には面食らったが、リンディ自身はこの状況に陥ったことについて、それほど驚いているわけではなかった。

 

 管理局の目に留まる程の魔法資質と稀有な魔法体系……何れは似たような事態になると兼ねてより予測を立てていた為だ。

 

 結局の所、誰もが蒼月烈火というイレギュラーを恐れ、このような状況となったのだ。人間は自らを守るために、自分達とは()()()()()()()()存在を恐れ、排除しようとする。それは何時の時代もどこの世界も変わらないという事なのだろう。

 

 

「ここが、分岐点……かしらね」

 

 

 リンディの悲しげな呟きは、虚空へと消えて行った。

 

 

 

 

 事件についての報告を終え、フェイトを見舞った烈火は自宅へと戻っていた。既に夜も更け、天高くから降り注ぐ月光に家々が照らされている。

 

「……」

 

 当の烈火は、就寝時ではあるものの寝付く様子はなく、PC前の椅子に腰かけていた。

 

「……潮時、か……いや、結論ならとっくの昔に出ていた」

 

 烈火は自嘲するように呟いた。

 

 烈火自身も今の自分の立ち位置が極めて特殊であり、酷く歪であるという事についての自覚はあった。本来であれば、地球に来訪した当初にイーサン・オルクレンらが起こした事件で時空管理局に魔導師であるという事が露呈した時点で“ソールヴルム”に帰還する事が最善であった筈であるのにもかかわらず、結果として地球に残ることを選んだからだ。

 

 幼馴染との再会や管理局と比較的友好に接することが出来たという理由にかこつけて、なのは達が傷つけあうばかりの自身とは違うやり方で前に進み続けていくところを、彼女らが織りなす眩しくて暖かな日常をもう少し見ていたくて今の曖昧な関係性を享受し続けて来た。

 

「俺が彼らの好意に甘えていただけなんだろうな」

 

 今回の襲撃事件、確かに一方的な因縁が原因ではあったが、それでも標的として狙われたのは烈火個人であった。つまり地球に烈火が居なければ、フェイトの命が危機に晒されることはなかったのだ。

 

「……ここまで、だな」

 

 これは問題を先延ばしにしてきた自身への罰なのだと、虚空に目をやった。

 

 

 

 

「ッ!?……この魔力は……」

 

 そんな時、烈火は今ここに来るはずのない人物が接近を感知し、驚愕に目を見開いた。

 

 

……決断の刻はすぐそこにまで迫っていた。

 




最後まで読んで頂きありがとうございます。

前話の烈火の心象と今回のみんなが思ってることが全然違う!どうなっとんねん!と思われた方に関しましては、互いの認識がそういう事ですとお伝えします。

いろいろ気になる所があるかと思いますが、この章は終了となります。
考えに考えた結果、とりあえず予定通りに話を進め、シンフォギア編は次々章としました。

ちょうど区切りもいいし早く書こうと思っていたのですが、物語の展開的にちょっと後にしようかなと思いましたので。
次の章はかなり特殊な展開になる事は間違いないので、付いてきてくださると嬉しいです。
今話だけ見てもお分かりいただけるかと思いますが、いよいよ人間関係にもいろんな変化があるかと思いますので。

執筆の励みになりますので、感想等お待ちしています。

では、次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!

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