魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword 作:煌翼
慟哭の呪縛、炎の鎖
蒼月烈火は月光に照らされながら自身の前に佇む女性に対して、驚きを隠しきれないでいた。
「どうして、ここに……」
「ふっ、何となく……だな」
夜風に髪を靡かせる女性―――シグナムは、烈火と視線を交わすと小さく微笑んだ。
「……」
対する烈火は月夜の中で微笑むシグナムの前で立ち尽くしたまま動けないでいたが、凛とした声音に現実に引き戻される。
「話がしたい……お前と……」
瞳に映したシグナムが浮かべる切なげな表情は、かつての“ルーフィス”での語らいの時と重なっていた。
烈火は客間にシグナムを通すと向かい合う形で椅子に腰かけた。
「それで、改まって話なんて一体どうしたんだ?」
「少々気になる事があってな……単刀直入に言わせてもらうが、今何を想っている?」
「別に大したことは……」
「本当か?」
核心を突くようなシグナムの言葉を受けて内心驚きを隠せない烈火であったが、表情に出さぬように平静を装って答える。しかし、その反応を受けてシグナムの瞳は細められ、僅かに悲しみの色が浮かんでいた。
「……聡いお前の事だ、今自分がどんな状況に置かれているのか、どうしてこうなってしまったのかは、私に言われずとも理解しているのだろう。その上で言わせて貰うが、これはお前一人で背負う問題ではない」
「だが……」
「確かに敵の口ぶりからして、お前を狙っての襲撃である事は間違いないだろう。しかし、それは奴らの言い分だ。お前にどうにかできた問題ではないだろう?」
「俺という存在がなければ……」
「それが今お前が考えている事か?」
「ッ!?」
烈火は胸の内を言い当てられたからか、目を見開いて驚きを露わにする。
「今回の一件を通して、前回の襲撃を乗り切った我らの事を“
「だが、俺の所為でフェイト達が巻き込まれた。もっと早く地球を離れるべきだったんだ」
苦しむフェイトの姿が脳裏を過り、膝の上の拳が固く握られて表情が歪む。
もう曖昧なままではいられない、だから混乱の中心にいる自分が地球を発って元の世界に戻る。これこそが烈火が行おうとした事なのだ。
「本当にいいのか?」
「良いも悪いもない。こうするしかないんだ。これがもう誰も傷つかない正しい選択だから」
「……そうだな。確かにお前が居なくなれば、少なくとも今回のような理由では何も起こらず、これ以上管理局が“ソールヴルム”を詮索をすることも出来なくなり、双方が不利益を被る事もなく元通りの関係性に戻るのだろう。だが……」
烈火は己がしなければならない事を見定め、まるで悟ったかのような表情を浮かべて言葉を紡ぐ。
確かに原因が無くなれば誰もが争う事もいがみ合う事もなく、今回のような被害を被る事もない。正しく合理的な選択肢だ。
「……ッ!?」
しかし、烈火は突如として訪れた暖かく柔らかい感触に目を見開いた。
「それでは、お前だけが全ての重荷を背負うことになる。本当の
シグナムは両腕で烈火の頭を押さえつけ、胸元へ抱き込む様に彼を誘った。驚愕に身じろぐ烈火を決して離さぬよう、強く、強く抱き締める。
僅かばかりの抵抗もシグナムを振り払うことは出来ず、強張った身体から力が抜けて行った。
「自身の胸を内を明かさぬままに向けられる悪意も、お前だけが知る真実も全てを抱えて皆の前から消えるつもりだった……違うか?」
「……」
シグナムは烈火が身体を預けてくると顎を頭に乗せ、黒い髪を梳くように撫でながら悲しげに呟いた。
本来であれば、今の烈火の状況は齢十五歳の少年からすれば、自身の事を語っていないという非があったのだとしても、容易に受け入れられるような物ではないだろう。言われない理由で殺されかけて必死に友人を救ったにもかかわらず、周囲の仲間から非難を浴びせられたのだから、不条理を嘆いて周囲に当たり散らしても何ら不思議ではない。
仮に大の大人が同じような状況になったとして、自身にも非があると感じていたとしても、それ自体を正当化して耳を塞いでしまう事だろう。
そんな中で周囲の全てを守るという選択は確かに合理的だ。しかし、その傷付かない面々の中に烈火自身は勘定されていないのだ。本来、守られるべき立場の子供が自らを犠牲にする選択をした……選択出来てしまったという事に、これ以上ないくらいの悲憤を感じていた。
「お前が居なければ、確かに今このタイミングでの戦いは起らなかったのかもしれん。だが、違う形で戦いが起きたのだとすれば、もっと凄惨な結末を迎えていた可能性も大いにある。そもそも、お前が居なけれれば、我らはこれまで戦い抜くことは出来なかったはずだ」
この半年間を思い返す。人質となったアリサとすずかを守ってくれた事、悪意と狂気を相手に肩を並べて戦った事、エイミィや咲良を背にして未知の力の体現者に立ち向かっていった事……
「お前は主を、その友人達を、そして……私を護ってくれた。あの時、お前の存在がなければ、私は此処に居なかったのだ。だから、もう少し自分を許してやってもいいのではないか?」
確かに烈火の存在がなければ、起こらなかった襲撃だったのかもしれない。しかし、彼が戦ったことよって護られたものが、救われた人々は確かにいるのだと、シグナムは烈火の頭を撫でながら諭すように言葉を紡ぐ。
しかし、烈火は自責の念を滲ませながら拳を固く握り、俯くのみであった。
「……だが、俺は……シグナムや他の奴らに感謝されるような資格はない。血に塗れた俺なんかが……ッ!?」
そんな烈火の言葉は、唇を塞がれて強引に断ち切られた。
「……前にも言った筈だ。お前なんかではない。これまで共に駆けたお前だから、蒼月烈火だからこそ、我らは信頼を置いているのだ」
烈火は唇を重ねてきたシグナムに驚いて彼女を見やれば、眼前に広がる慈愛と切なさとやりきれなさを織り交ぜたような表情に思わず言葉を失う。
「だが、今の我らにそれ以上は出来ん。お前の過去の一端を知ってはいても、所詮はその程度でしかない。お前の踏み込んで欲しくないという想いも分かっている心算だ。しかし、私は……お前一人が全てを背負って、我らの知らぬところで擦り切れて壊れていく事など、耐え切れんのだ……」
「シグ、ナム……」
シグナムは血を吐くように己の心の内を吐露した。
烈火が嘗てその手を血に汚した事、多くの悪意の中で戦ってきたこと、それを思い悩んでいる事は理解していた。この半年間、もどかしい思いを抱きながら烈火を見続けて来た。
そして、先ほどまでのやり取りの中で、かつて剣を交えた時に感じてしまった深層は確信に変わった。
蒼月烈火という少年は多くを背負って、既に限界を超えていたのだと……
思えば当然の事なのだろう。
戦争という特異な状況において、烈火の優れた魔法資質と戦闘適正を戦いに臨む者達が知って、どんな役割を押し付けたのかは想像に難くない。
そして、エクセンが語ったことが真実なのだろうという事は、これまでの烈火を見ていれば容易に想像がつく。大戦の中で多くの戦果を挙げて来たという事は、その異名に比肩するだけの人間を手にかけた事に他ならないのだ。
その上、家族も失ったのだという。
訓練を積んだ兵士ですら、味方の死や敵兵を殺して精神を病むことは珍しい事ではない。
ましてや烈火はただの十五歳の少年。しかも、当時は今よりも若かったのだ。そんな無垢な少年が凄惨な戦渦の中に放り込まれて心身共に耐え切れるはずがなかったのだ。烈火はスーパーヒーローではないのだから。
(この華奢な身体に一体どれほどの……)
強く抱き締めれば折れてしまいそうな細い身体でどれだけの重責を、血の十字架を背負うことになってしまったのか、遠い昔に戦乱の世を駆けて来たシグナムにとっても息の詰まる思いであった。
だからこそ、大戦を戦い抜いて惨劇の中で摩耗しきった烈火は“ソールヴルム”を離れたのだろう。彼を英雄にまで押し上げた
魔法が使えるから魔導師なのであり、その恩恵を受けて地位を維持している者も少なくない。つまり、魔導師が魔力を棄てるなどというのは並大抵の事ではないのだ。
だが、烈火にとってはそれ以上に、もう魔法を使いたくないという想いがあったのかもしれない。
しかし、そこまで追い詰められていた烈火を再び戦いの矢面に立たせてしまったのは、イーサン・オルクレンらであり、他らならぬ管理局だ。そして、“
管理局との関係一つとってもそうだ。恐らく烈火自身も何らかの勢力に属しており、安易に自らを語るわけにもいかず、“ウラノス”も軍事機密の塊であり、出会ったばかりの管理局に調べられるわけにはいかなかったのだろう。
しかも、大戦の英雄が管理局の下に付くなどという事があれば、局と“ソールヴルム”との関係性にも何らかの影響が出る可能性もある。だからこそ、徹底した不干渉を貫いていたのだろうことも理解できないわけではない。
いくらリンディ達が窓口であったとはいえ、巨大な組織相手にたった一人で毅然とした態度を取り続けた事も少なからず重荷となっていた筈だ。
だが、他の誰もが、恐らくリンディでさえも、烈火がこれほど追い詰められていたとは思っていない。何故ならそんな事などおくびにも見せず、どの戦いにおいても常に周囲の予想を遥かに超える戦果を挙げ続けてきたのだから。
嘗て死地にて共に語らい、
烈火の慟哭に……
「だから……私は……今のお前をこのまま旅立たせたくはない」
そして、戦争を経験した多くの人間を見て来たシグナムだからこそ、分かってしまったのだ。
戦渦の傷が癒える間もなく背負うものを増やして、かつて摩耗しきった彼の地に今の烈火が戻るようなことがあれば、今度こそ間違いなく致命的な破滅を迎えるであろうことが……
「だが、もうどうしようもない……」
「……私にも背負わせろ。お前が抱えているものを……」
「それは、それだけは駄目だ。話したところでどうにかなる問題じゃないし、俺が向き合っていかなければならない事だ」
「私では不服か?」
「違う!シグナムだから、光の中を歩いていく人間だから、こんな事は知る必要もな……ッ!?」
シグナムは視線を逸らした烈火の頬に手をやり、再び口を無理やり塞ぐ。
「ん、んむぅ……っぁ!」
「っぅ!?……シ、シグナム!?」
烈火は舌を絡めてきたシグナムに対して固まってしまうと、そのまま浮遊感に襲われ、気が付けば目の前の女性に馬乗りになるような体勢で床に倒れ込んでしまった。起き上がろうとしたものの首の裏で組まれた手によって引き寄せられてしまい、至近距離で見つめ合う。
「主や管理局には伝えん。私個人がお前に尋ねているのだ」
「しかし……」
「烈火の将を見くびるな……お前一人の闇でどうにかなるほど柔ではない」
眼前に広がるのは、まるで慈しむような表情。
「お前の事だ。向こうでも多くを語って来なかったのだろう?そして、全てを背負ってここまで来た。肩の荷を下ろせとは言わん。お前のこれまでが間違っていたとも思わない。だが、もう一人で背負うことはない。私ならお前を受け止めてやれる」
白魚のような指が頬を這うと再び唇が重ねられる。
「……吐き出してしまえ、これまでのお前を……全て……」
そういってシグナムが妖艶な笑みを浮かべると共に今度は烈火から唇を合わせ、舌を絡ませる。
そして、月明かりが照らす中で二人の影が重なり、互いを貪り合うかように一つになった。
朝焼けの中、シグナムは全身を包み込む心地よい気怠さを感じながらも、隣で眠る烈火の前髪を愛おし気に撫でる。しかし、烈火の寝室のベッドに一糸纏わぬ姿で寝転がっている自分に対しての自嘲も織り交ぜられており、その表情は複雑を極めていた。
(我ながららしくない事をしたものだ)
言葉で諭して説得する心算であったのにこれほどまでに熱くなるとは予想外であり、恐らく彼女自身も戸惑っているのだろう。
「これでは、まるで……」
「…ん…っ……」
シグナムのという次の言葉は、烈火の吐息に遮られる。
「宛ら眠り姫か……ふふっ……まだ、私にこんな感情が残っていたとはな」
少女と見紛うほどにあどけない寝顔を見せている烈火を見て、何処か達観した様子で戦場を舞う普段とのギャップに思わず表情を綻ばせる。だが、先ほどまでの激しい行為が脳裏を過れば、全身が疼き、下腹部が熱くなるのを感じた。
(……確かに他人がどうこう言うような問題ではなかったのかもしれん。だが……)
何度も肌を重ねた後、烈火の口から壮絶な過去が語られた。正直に言ってしまえば、言葉を失い、運命の残酷さに打ち震えた。
悲しみと憎しみの連鎖が複雑に絡み合ったこれほどものをずっと抱え込んで来たのかと思うと、胸が張り裂けそうな想いであったのだ。
だが、隣で眠る烈火の表情に安らぎが見られることから、自らの行いは決して無駄ではなかったのだと胸を撫で下ろす。
烈火は胸の深淵でこそ救いを求めてはいたが、救われたかったわけではなかった。責任も十字架も背負っていくつもりだったのだ。だからこそ光り輝く星光と交わる事もなく、フェイトの様に、闇の書の様に、イリスらの様に救われることもぶつかり合う事もなかった。慟哭を自分の中に抑え込んでしまう烈火だからこそ、ここが最初で最後の分岐点だったのだろう。
例え、烈火の優しさに付け込んだ行為だったとしての構わなかった。少なくとも、彼が自分自身の行く末を真に見据え、翼を広げて飛んで行くその時まで……剣に確かな覚悟を乗せることが出来るその時まで……自らを烈火を縛り付ける鎖としたのだ。
(認めざるを得ないのだな……)
だが、同時に自身を焼き焦がす感情を自覚してしまった事だけが、唯一の計算外だったのかもしれない。
「ん……っ!」
「……起こしてしまったか?もう少し寝ていてもいいのではないか?」
「いや……」
そんな時、目を覚ました烈火は寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こす。
「なぁ、シグナム」
「どうした?」
シグナムはそんな烈火にしなだれかかり、身体を押し付ける。髪紐が解かれ、ロングとなっている鮮やかな髪が垂れて烈火の肩口を擽った。
「皆が俺の事を知りたがっているのは、分かっていたつもりだ。だが、こんなことは知らない方がいいと今でも思ってる。でも、俺がどこに進むにせよ、伝えないといけない責任があるんじゃないかと思うんだ」
「……」
「俺が狙われた所為でフェイトは危うく命を落とすところだった。少なくとも今回に関しては、助かったんだからいいだろうと結果だけを突き付けるのは違うんじゃないかと思い始めてる。だから、皆の知りたいことに対して出来る限り答えるよ」
「本当にいいのか?」
「勿論、全部に答えるわけじゃないさ。でも、俺自身も“闇の書事件”なんかのお前達が他人に知られたくない過去を色々知ってしまってもいる。お互い様だろ」
烈火はどこか吹っ切れたように淡々と言葉を紡ぐ
「終戦当時の最新鋭のデバイスを持つシェイド・レイターが“
誰かに話したからといって、烈火の憂いが消えたわけではない。どんな理由があっても誰かを傷つける時点でそれは間違っているだとか、正義の為にだとか、他人に道を矯正されることを烈火は望んでいないのだから、きっとこれからも多くの悲しみを背負って苦しんでいくのだろう。
「そう、か……お前が決めたのなら、私がとやかくいう事ではないな」
だが、それはこれまでとは意味合いが違う。ただ責任感で十字架を背負うのではない。今までの想いを胸に、その先にある物へ目を向け始めたのだから。
「ん、んっ!?と、ところでだな!お、お前もそのままでは辛かろう?」
シグナムは頬を紅潮させ、引き締まりながらも肉付きの良い白い太腿を擦り合わせながら、烈火の顔を覗き込む。時折下を向く視線の先には、熱を帯び滾ったアレが……
しかしながら、烈火を責めることは出来ない。
先ほどから、グラビアアイドルも泣きながら逃げてしまうであろう、張りに張ったダイナマイトバストが胸板に押し付けられており、余程特殊な性癖を持っていない限りは反応してしまうのは男として当然なのだ。
「まあ、その……なんだ……私なら、まだ大丈夫だぞ………………んっ!?んっむうぅぅ!?あ、んッ!?」
昨晩散々交わったにもかかわらず、再び互いの激情が交錯する。
結局、シグナムが八神低へ戻ったのは、この日の夕食時だったという。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
新章開幕です!
これまでの色んな事を踏まえて、漸く本格的に蒼月烈火に踏み込む回となりました。
これまでの本作は、細かい事はいいんだよ!やぁぁってやるぜぇぇ!!!!、俺がみんなを守る!!、皆俺に力を貸してくれ!!、俺は強くなるんだァァ!!みたいな王道主人公が織りなす胸熱で楽しい物語と違い、最初から強くて落ち着いている烈火や独自設定多数で非常にとっつきにくい物語だったかと思います。
リリカルサイドもA’sから数年経っていて、原作主人公のなのはも、なのはちゃんからなのはさんに半分以上足を突っ込んでいるような状態で頼りになる年代だったので余計にだったかもしれません。
ですが、今話を見て頂けれはお分かりかと思いますが、この章は次話から所謂過去編、実質第0章であり、ある意味では烈火にとって始まりの物語となります。
本来ならば、海鳴を離れてなのはと再会するまでにやるべき話でしたが、紆余曲折を重ね、漸くお披露目です。
執筆の励みになりますので、感想等頂けましたら嬉しいです。
では、次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!!