ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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1995/夏 ポケモンリーグ「が」お膝元

 

 

 Θ―― シロガネ山/山腹

 

 

 夏なのにしんと冷えた空気が、辺りを覆っている。

 寒さに耐えながら重い荷物を背負うオレ達一団は、ただひたすら白い山道を道なりに登る。

 

 

「人は何故山に登るのか……」

 

「そこに山があるからだろ、相棒」

 

「意外と平気なのだな、ケイスケは」

 

「うーん。ボク、フスベ出身だからねー。山は遊び場だったしー、寒いのもへーきだからー」

 

 

 こうして軽口を叩くのも億劫だが、叩きでもしなければ戦えない。

 ……だが、そう。今日こそはセキエイ高原合宿が目玉。

 

 オレ達は志願し、シロガネ山・山中踏破という荒行を行っているのだ……!

 

 

「ねぇ、ノゾミ。……脚が、重いん、だけど。忍者的な、あれで、なんとか、……ならない?」

 

「……ごめん。ナツホ。無理」

 

「いやいや。そりゃあナツホが悪いでしょうよ」

 

 

 なにせコガネシティやタマムシの街中からも眺めるほど険しい「霊峰」シロガネ山、その山腹だ。オレ達は現在尾根を伝い、道中据えられた山小屋を目指しているのだが……うん。

 ガイダンスの際にも書かれていた「シロガネ山山中踏破」と「チャンピオンロード野営訓練」。実はこれは、志願制だった。オレとしては折角の特別授業を受けない理由はなく、シロガネ山に興味が合ったこともあり、真っ先に志願していた。するといつしか我が友人達も……という流れの末に今に到る。

 因みに。選択した少数派の生徒以外は今も変わらず、闘技場で講義とバトルの繰り返しを行っているはずだ。様々な特別講師による講義も興味がない訳ではないが、それは後からレジュメを貰えばある程度は何とかなる。それに比べて、実地授業は「行かなければ学べない」のだ。

 

「(いやま、その為に防寒具買ってたし。それに、シロガネ山には一度行ってみたかったからなぁ)」

 

 シロガネ山は一般的なトレーナー達の間ではある種の神聖視を受けている山だ。入山には本来、特別な認可が必要で、チャンピオンの位を持つトレーナーや、何らかの仕事があって認可を受けた場合しか足を踏み入れることは許されないのだそうだ。だからこそ団体がシロガネ山に足を踏み入れるのは、歴史上類を見ない事例だと案内のお姉さんが言っていた。

 その分、シロガネ山の野生ポケモン達は実にワイルド。現在通っているルートは比較的安全な部分らしいが、それでも、オレ達のポケモンでは束になってやっとのこと撃退に持っていける程度だ。さっきリングマが出てきた時なんて総力戦も良い所だった。

 また通常の山と違いそこそこの標高まで来ると、足元にはうっすら雪が積もりだす。僅か数センチの雪は疲労を濃くし、足場も悪くなる。今も先導をしてくれているナツメさんが居なかったら、というのは考えたくもない。ヤマブキスクールの綺麗なエスパーおねぇさんは、野生ポケモンに対する保険という意味でも引率という意味でも、自信を持って信頼できるお方だ。口数こそ少ないが、今も前方の安全を確認しながら視線でオレ達の移動を待ってくれているし、エリカ先生ほど顕著ではないにしろ指導者としての能力もあるに違いない。流石はエスパー少女兼ヤマブキジムリーダーだ、と感心しておくとして。

 勿論、向学心旺盛なエリトレ組の方々の事。シロガネ山踏破に参加した学生メンバーはオレ達だけではない。オレはその他横を歩いているメンバーの方を向き……そうだな。

 

 

「カズマ達は意外と平気そうなんだな?」

 

「ああ、俺達の地方は年中雪が降っている地域もあるからなぁ。単に慣れているだけだろ」

 

「でも、シュン達はよく志願したよな。オレとカズマは折角だし、観光含めて来てる様なもんだかんなー」

 

「……」

 

 

 シンオウ組からの使者が、ここにも3名。

 同室のカズマとナオキは本人達が言っている通り、ロビーに置かれたシロガネ山のパンフレットを見、観光を含めての思い出作り目的での参加らしい。よりにもよってこんなキツイ思い出を作らなくてもとは思うが、それを含めての思い出なのだろう。そもそも2人とも体力に自信があるみたいだし、他の班には同様の友人等もいるらしい。なら、オレがとやかく言うことでもないだろう。

 

 でも、そう。もう1名。

 

 

「……は、……は、」

 

 

 厚めの防寒着を着込み、フードを深く被り、淡々または耽々と脚を進める女性徒。

 防寒具に覆われて顔ははっきりと見えないが、息を荒げ、白い吐息を絶え間なく吐き出しながらも、その視線は真っ直ぐ前を向いている。

 ……なんかこう、一生懸命というか。そんな印象を受ける生徒だ。合流した際にカズマ達に聞いてみたのだが、シンオウのエリトレ組では結構有名な生徒ではあるらしい。

 彼女はその名を、ヒヅキさんと言う。

 

 

「―― は、ふぅ」

 

 

 ヒヅキさんは時折腕を挙げて、汗を拭う。凛としたその眼は未だ、まだ見ぬ先へと向けられていて。

 ……いや。痛い痛い。物理的に痛い。

 

 

「頬が痛いって。……ナツホ」

 

「あに見てんのよ。ほら、ナツメせんせを待たせても駄目でしょ」

 

 

 ヒヅキさんの方を向いていると、いつの間にかナツホに頬を(つね)られていた。

 指し示された方を見ると、一段上の岩場でナツメさんが腕を組んで目を閉じている。どうやら待たせてしまっているのは確からしい。

 うし、ナツホの言う通りだ。

 

 

「気合入れて登るべし」

 

「今さっき抜いてた奴が何言ってんの。ほら、行くわよ」

 

 

 なにせオレ達は最後の組なのだ。日が暮れる前に、なんとしても山中に建設された宿泊所まではたどり着かなければなるまい。

 今回のシロガネ山踏破に参加した他の学生も待つ山小屋へと急ぐべく、オレはナツホと共に歩調を速めることにした。

 

 

 

 Θ―― シロガネ山/山小屋

 

 

 道中は苦行にも関わらず、山小屋の中はかなり広々としており、団体が十分に宿泊できる設備を備えていた。火をくべる型の薪ストーブが中央に設置された、円形にソファの設置されたリビング。やや奥まった場所にシステムキッチン(というには広いが)が置かれ、個室は流石に少ないものの、1階と2階で区切られている。ここも初めから男女団体での使用を考慮した施設だという事なのだろう。

 合宿に参加したトレーナー達の内、志願してシロガネ山に登ったのは40名ほどだ。男女混合の地方もバラバラだが……いや。オレ達(・・・)ショウ達(・・・・)で、タマムシ組は全員なのだが、思ったよりはシンオウとホウエンから来てる人も多かったなぁと。道中は苦行なのに。

 とはいえ山荘的な雰囲気を持つこの山小屋は、如何にもな学生旅行にピッタリだ。確かに、カズマ達の言う通り思い出にはなるだろうなぁ。道中は苦行だけど。

 

 

「ユウキ、生きてるかー?」

 

「へんじがない。ただのしかばねのようだ」

 

 

 よし、コイツは元気だな。迷子の達人たるもの、脚力も生半可ではないらしい。

 だがオレやユウキの様に、山小屋についてまで余力を残している様な……「こういった事態を想定して、体力もつけているトレーナー」は少数派だった。

 40名の内、上下階に分たれたリビングに残っているのは10余名程度だ。その他の生徒はご飯を食べると共に寝所へ直行している。

 残っている生徒はというと、

 

 

「おっ、もうニュースしか入らなくなる時間かよ。チャンネル変えないか、ゴウ?」

 

「僕としてはこの時間のニュースは見逃したくはないな。この時間に見ておかなければ、他に見られる機会は無いだろう」

 

「ニュースも。大事」

 

「ゴウもノゾミも真面目だからねぇ。あたしは、スポーツニュースとポケモンニュースで十分さ」

 

「うーん、オレは流石に疲れててニュースの内容が頭に入ってこなさそうだ。ナツホは?」

 

「シュンと似たようなもんね。腿がだるいわ」

 

 

 まず、2階の吹き抜けの横でテレビを眺めているオレら。

 

 

「きつい。山登りきつい」

「プールィ~♪」「ブィ……ブゥィ……」

 

「私は、寒くなければ。万事が良いのだけれど」

「ビリリー」

 

「ショウに言われて体力をつけていて、今日ほど良かったと思う日はありません……」

 

 

 机の上でプリン抱えながらテーブルに突っ伏し膝にはイーブイを乗せるという、両手に花状態でだれているショウ。

 その向かいでビリリダマを転がしながら抑揚なく本を読んでいるミィ。

 眠るゴチムをボールごと机に置き、無表情+疲れ顔のカトレアお嬢様。

 因みにこの他の面々……リョウとヒョウタとミカンちゃんも山荘には来ているのだが、夜半を過ぎると同時に部屋へと潜り込んでいた。どうやら結構身体に来ているらしい。

 そして、残る「余名」の方々。

 

 

「ヒヅキさんは明日の自由時間どこ行くのー?」

 

「―― ええ。わたくし、折角なので洞窟の中を見てみたいと思っています。皆様はどうなされます?」

 

「あたしかー。かなり脚に来てるから、明日はこの辺りで散策かな?」

 

 

 オレやショウ達の居る2階とは別。階下では件のヒヅキさんが、所属しているのであろう女生徒グループと共に談話の最中だった。

 先は見えなかったが、凛々しく気品のある顔立ち。佇まいにもどこか可憐さがにじみ出るその様は、ヒヅキさんが聞いた通りの「お嬢様」であることを示しているのだろう。

 お嬢様。彼女はどうやら、さる会社の御令嬢らしい。人としてのスペックの高さと共に人望も厚く、向上心の強いポケモントレーナー達の中心人物である……とは、シンオウ在住のナオキ談。

 カトレアお嬢様みたいに旧家のって訳じゃあなく、毛色の違うお嬢様。だがしかし、確かなればお嬢様2号。

 

 

「ヒヅキさんはアクティブだよねー」

 

「ええ。今の内に吸収できるものは、しておくべきなのですからと!」

 

「ついでに熱いねー」

 

 

 女友達に囲まれながら、ヒヅキさんは目を輝かせる。実際、彼女の真っ直ぐさは言葉だけでなくその表所にも現れていてオレの想いと通じる部分があるとは思う。

 ……だが彼女の横顔に、オレは僅かな違和感(・・・)を覚えていた。

 どうしてだろうか。何故だろう。

 そしてついでに、とりあえず。答えのでない長考から思考を逸らしてもう1つ。視ていたヒヅキさんのある部分に、否応なしに目が留まる。

 具体的には腹部の上、首より下くらい。

 隣のユウキがにたりと笑う。……仕方が無い。怖い怖い女子たちは傍にいるのだからして、目線会話で冒頭の言葉をリピートしようじゃあないか。

 

 

「(人は何故、山に登るのか……!)」

 

「(そこに山があるからだろ、相棒……!)」

 

「(ユウキ、シュン。それは胸を見ながら話す台詞ではないと思うぞ……!)」

 

「(おっきいよね~)」

 

 

 これはきっと、人生の話である。山あり谷あり。

 ……いやすいません目下に居るお嬢様の胸のお話ですどうかご容赦をば。

 まぁつまり、あんた本当に11歳ですかと。女生徒の方が成育が早く、彼女のカリスマ性や率直な人柄の影響もあってか、ヒヅキさんはまさに「人の上に立つ人」というオーラを放っていた。胸の大きさも所以たる部分であるのだろう(混乱状態)。

 などと、残念思考を広げつつナツホらに悟られはしないかと内心恐々で居ると。

 

 

「……ふわぁ……と、もう11時じゃない。ヒトミ、どうすんの?」

 

「うーん……ま、あたしもそろそろ寝ようかね」

 

「うん。わたしも、そうする」

 

「だそうよ。そんじゃね、シュン。また明日一緒しましょ」

 

「おっけ了解。朝飯ロビーで」

 

「はいはい」

 

 

 ナツホとヒトミの一声にノゾミも同調し、3人の泊まる部屋へと向かっていった。

 ヒトミはパソコンを抱えて、ノゾミが能面と手を振り、オレとナツホが幼馴染としての少ない会話をして別れる。すると。

 

 

「―― さて。女生徒の皆様はお疲れだそうだぞ、ミィにカトレア。お前らは寝なくて良いのか?」

 

「えぇ。私は、別に」

 

「アタクシは、ショウとミィが居るなら」

 

「さいで」

 

 

 この機を見計らって、気を使ったのか、ショウがミィ達に尋ねていた。

 ミィは兎も角、カトレアお嬢様は疲れても居るようだ。が、頑としてこの席を譲るつもりはないらしい。

 それを判っていながら、ショウはこれ以上口を開かなかった。……ああ、この顔は見たことがあるな。どうやら明日はカトレアお嬢様のフォローに回ることを「決めた」っぽい。

 質問を終えると今度は、オレ達男子4人組に口を向けた。

 

 

「……んで、だ。シュン達ならシロガネ山にも来るんじゃないかなーとは思ったが、予想以上に来てるよなぁ。他の生徒も」

 

「ああ、ヒヅキさんとかの事か?」

 

「そだ。ナツメが言ってたぞ、彼女は根性あるって」

 

 

 他の生徒と聞いて真っ先に浮かんだ名前をオレが挙げると、ショウが同意。先程までオレの所属する班を先導してくれていた女性の名前を挙げていた。

 しかし、ナツメさんだ。この名前に、ゴウが唸る。

 

 

「ふむ。ナツメさん、か。……エスパーの台頭するヤマブキスクールの理事をやっている、現役ジムリーダーだな。今回の合宿にも着いて来ているが……彼女は教師ではないのだろう?」

 

「教師じゃなくても、ジムリーダーなら教えるだろ? まぁおれとしちゃ美人教師の台頭は望む所だからよ」

 

「あっはは! まぁ、美人だってのには同意しとく。友人として後が怖いからな」

 

「やはり知り合いか、ショウ」

 

「えぇ。ナツメは2つ年上だけれど、ショウの幼馴染でもあるわね。……なら当然、私の、でもあるのだけれど」

 

「アタクシにとっては超能力の師匠ですね、ナツメお姉さまは」

 

「へぇ、そうなのか」

 

 

 そのままミィとカトレアを交えて、暫く話しをする事にする。

 こうして聞いてみれば、カトレアお嬢様はどうやら「御家」と呼ばれるエスパーの家系に生まれているらしい。どういう経緯か知り合ったショウにポケモントレーナーとしての指導を、超能力制御に関してはナツメさんの指導を受けているという事らしかった。

 ナツメさんは、ショウがシオンタウンの孤児院を手伝いに行くといつの間にか居たり。シルフカンパニーや格闘道場に顔を出しに行くと、予知したナツメさんが立っていたり。ジムリーダー試験に2人で対策を立てて臨んだり、格闘道場との公認ジムを賭けたポケモンバトルだったり、ジムリーダーとしてリーグに挑戦したり。聞いている限り実に、ショウの一派の者と言う感じだ。あ、勿論良い意味で。

 そしてその内容を聞いている限り、ナツメさんをタイプ区分けするとクール+不思議系だな。

 因みにタイプ区分けは、カトレアお嬢様はそのまま不思議お嬢様系。ミィは総合強者優美系。ヒトミは姉さん系で、ノゾミは素直クール。……ナツホ? ナツホは言うまでもなくツンデレで良いだろう。

 そして会話が区切りを迎えると、自然に、先までオレ達が視線を向けていたヒヅキさんに関する話題が中心となった。

 

 

「で。ヒヅキさん、だっけ? お前なら立場的にも知ってるんじゃあないか、ミィ」

 

「そうね。……あれは、女子の中心になるべくしてなってる女よ、きっと」

 

「ふぅん。でも……彼女、バトルはそう強くもないみたいだけれど……」

 

「そうなのか?」

 

 

 カトレアお嬢様……お嬢様1号の言葉に思わず反応する。この問いに、1号はこくりと頷いて。

 

 

「ええ。彼女もイーブイをパートナーにしていました。が、上手くバトルを出来てはいないようでしたね……」

 

「あんなにやる気はあるのにか?」

 

「ハイ」

 

 

 ヒヅキの実力をダンと斬るカトレアお嬢様。その後を継いで、ショウが早速のフォローに回る。

 

 

「あー……カトレア。ヒヅキさんのバトルって、アレか? イツキと勝負してたヤツ」

 

「そうです、ショウ」

 

「なる。でもありゃあ、厳しいバトルだったろうになぁ。……待て、皆まで言うな。解説するから」

 

 

 流石のフォロー力と如才ない読み力を発揮するショウが、身振り手振りを加えながらちょっと悩む。

 顎に手を沿え、言葉を捜した後。

 

 

「んじゃあまず、合宿でやってる合流バトルの話から。あの初日、俺の注目してたトレーナーも、課題でポケモンバトルをしていたんだ。彼の名前はイツキ。ヤマブキシティのトレーナースクールで、エリトレ組ながらにスクールトップの実力を持つ、エリトレ組の生徒だ」

 

「うわぁ……化け物かよ」

 

 

 ユウキが呻くが、それも仕方のない事。一般的なトレーナーの実力として、上級科を持つスクールでは『 エリトレ << その他上級科 < ジムリ 』という公式が成り立つ。

 因みに現在オレ達のタマムシスクールでは、昨年度エリトレ組ながらにスクール主催の年末バトル大会で準優勝したイブキさんが生ける伝説とまで化している。

 しかし彼女のそれですら、エリトレ組の実力が少しでも上級科に近づく年末大会での出来事だ。その事からも、夏の時点でその地位を確立しているイツキ生徒がとんでもないという事がお判りいただけるだろうか。

 因みの因みに、そのイブキさんの幼馴染であるらしいケイスケは既に薄めで寝息を漏らしている。あののんびり声が聞こえない時点で予想は出来たが、この時間まで起きていただけでもケイスケにしては上出来だろう。

 

 

「でもって、彼は生まれつきのエスパーでな。大道芸人をしている親の都合から世界を転々としていて、ポケモンバトルの経験は豊富。だからこそ洗練されたバトルの技術を持っている。……彼とは直接の顔見知りじゃあないけど、シンオウに居る知り合いの弟だって事もあってさ。バトルも腕が立つって言うから、眼はかけてたんだ。……んで、そのバトル合宿初日。イツキの相手は彼女、ヒヅキさんだった」

 

 

 ここでショウは若干渋い顔をする。迷ったような間の後、

 

 

「まぁ、結果は想像できるだろ。エスパーとしての利点を最大限生かしたバトルをするイツキは、ヒヅキさんを歯牙にもかけず圧倒した」

 

 

 結果だけ聞けば、ショウ……や、後から聞く限りミィやカトレアもなのだが……のやらかした圧勝と大差はない。

 だが1つ、違う点がある。

 今まで見ていたから、オレには判る。ショウのバトルは ―― 相手を打ちのめすものではないという事を。

 ショウのバトルは視た者。更には対戦した相手にすら、希望を抱かせるのだ。こうなれれば、こうあれば。自分もポケモンも、もっと強くなれるのではないか……と。それはショウ達が創意工夫を凝らした技術で勝負しているから、が理由で間違いないだろう。イツキとは大きく違う点。「才能」だ。

 同じくエスパーという境遇にあるカトレアお嬢様は、これを聞いてぽつりと呟く。

 

 

「……ふぅん、成る程。彼女は努力家と聞いています。それを彼が超能力に感けた方法で勝利したとなれば……彼にその気はなくとも、折れる(・・・)でしょうね」

 

「あー……まぁイツキとそのポケモンからしてみれば、超能力で勝てるってんならそれで勝った方が練習になるからなぁ」

 

「でも、それは。組み合わせが悪いわね。彼女はあくまで、『生徒』よ。ポケモントレーナーとしては駆け出しでしょうに」

 

 

 つまり、イツキ自身は勝つべくして勝ったと思っていても……受け取る側が不味かったと言う事か。ヒヅキさんに非がある訳ではなく、バトルとしてはイツキにも非はなく。

 ……けどなぁ。よく判る。努力を、超能力で負かされたら、そりゃあ腐るわな。

 

 

「うおぉ……怖ぇなぁ、エスパーってやつ」

 

「ふむ。だがナツメさんもカトレアさんもエスパーだぞ、ユウキ」

 

「エスパー最高ぉぉっ!」

 

 

 微妙に視点の違うショウらと、いつものやり取りの我が友人。

 だがオレの頭の内には、お嬢様1号の言葉が響いていた。

 ……「折れる」、か。オレが感じた違和感も、この点に由来するのかもしれないな。

 しかしとなれば、とりあえず。才能もトレーナーとしての実力もあるという、イツキは。

 

 

「―― それ、オレの一番苦手なタイプなんだけどなぁ」

 

「でもそんな事言ってられない……か。大変だよな、シュン」

 

「他人事だと思って言ってくれるなぁ、ショウ」

 

 

 あくまで動じないショウに向かって、せめてもの悪態をついておく。

 すると苦笑いを浮べたオレの肩を、ユウキが勢い良く組んだ。

 

 

「へへ。でもシュンならやってくれると思うぜ? そうだろ、ゴウ!」

 

「そうだな。……シュンの眼はヒヅキさんのそれに似ているが、似て非なるものだと僕は思っている。折れたら、建て直せばいいからな」

 

 

 信頼感を顔に浮かばせ、ユウキとゴウがそれぞれ笑った。

 我ながら良い友人を持ったものだ、と思う。プレッシャーでもあるけどな。

 

 

「さて……そろそろおれらも寝ようぜ。明日に響くだろ?」

 

「む、ユウキの言う通りか。だが、せめてこのニュースが終わってからにしよう」

 

 

 だらりと格好を崩したユウキの横で、ゴウは腕を組みながらじっとテレビを見つめていた。

 まぁ、あと4、5分で終わるニュースを待っているくらいは苦にもなるまい。どうするかね。オレもシロガネ山を登って疲れているからとボールに収めているポケモン達を外に出して、コンディションのチェックでもしてみるか。

 そう、考えていると。

 

 

『―― それにしても最近、ロケット団という組織の活動を良く聞きますね。これまではあまり耳にしない単語でしたが、昨年辺りから台頭してきましたね』

 

『いえ、実は再浮上といった方が正しいのです。これをご覧ください』

 

 

 テレビの中。キャスターが出したフリップには、年表が書かれていた。その始まりは意外と古く、1960年代にも遡っている。

 

 

『活動が沈静化したのは1970年代後半。ロケット団の中心人物と見られる方が捕らえられ、組織は成りを潜め、地下へと潜り込みます』

 

『え、組織は残ったんですか!?』

 

『はい。組織の規模は構成的にも人員的にもとても大きく、その活動を抑えられただけでも当時は大きな成果だったのです。さて。ですが ―― ここ、一昨年ですね。今までは地下に潜んでいたロケット団は、あの「カントーポケモン事変」にも関わっていたとされる証拠が幾つも発見されました。ここで犯罪組織としての知名度が、全国的に再浮上します』

 

『……そう言えばそうですよね。秘伝技のライセンスなんかも、犯罪組織を引っ掛ける検問的な目的と思われるものが幾つか含まれて居ますし』

 

『良い着目ですね。つまり以前からポケモン犯罪組織としては有名だったのですよ、ロケット団は。それが何故最近になって活動を活発にしているのか、というのはわたしにも判りません。ですがいずれにせよ、市民の方々とそのポケモン達にとって、犯罪組織がのさばるというのは良い事ではありませんよね』

 

『それはそうです。―― 』

 

 

 特集はそのまま、ロケット団の活動を一通り振り返り、活動がこれ以上活発にならなければ良いのですが……というひよった結論でもって締めくくった。

 後に流れるポケモンスポーツニュースの番組を終始無言で眺めていると、

 

 

「―― なぁ、シュンとゴウとユウキ。起きれるならケイスケも……少し聞きたいことがあるんだが、良いか?」

 

「ん? なんだよショウ。お前からの質問なんて、珍しいじゃねぇか」

 

「いやぁ、カトレアは海外育ちだし、こればっかりはな。えふん。……んで。お前ら、ロケット団の事、知ってるか?」

 

 

 ショウが何かに興味を持ったらしい。

 というかショウの口ぶりからしてロケット団は知っているみたいだし……オレ達に何を聞きたいのだろうか。そもそも知ってる、ってのもショウにしては漠然とした質問だ。

 オレを含め、一同が考え込む。

 

 

「唐突だな。……ふむ。僕は最近の活動しか知らないが……ケイスケ?」

 

「んんぅ。……んー? ロケット団~? ボクはぁ、知らないかなーぁ……」

 

「まぁ、オレもゴウとケイスケに同じく、だな。ショウが聞きたいのは多分、活動が沈静化する以前の情報だと思うんだが……そもそもオレ達生まれてないしなぁ。最近は名前をよく聞くな、ってくらいだ」

 

「つーわけで、おれも知んねえな。スマン、ショウ。力にゃあなれないみたいだ」

 

 

 この返答を聞いて、ショウが顎に手を添える。

 暫しの間の後。

 

 

「うし、あんがと。……そんじゃ、ロケット団をどう思う(・・・・)?」

 

 

 またしてもよく判らない質問だ。しかし、先よりは答え易くもある。

 うーん……感覚的なあれでいいのなら。

 

 

「オレは、面倒くさい集団だと思う」

 

「シュンがそんなら、おれははた迷惑な集団だと思うぜ?」

 

「……そんなものか? 僕としてはポケモンの犯罪集団、というだけで劣悪なものにしか思えないんだが」

 

「んー……どーでもいーかなーぁ」

 

「ほー……へーぇ……ふんふん。中々やっぱり、違うもんだな。うし、どもな。参考になった」

 

 

 オレらがそれぞれ違った答えを返すと、ショウはそれで質問を終えた。

 いったい何を聞きたかったのかは判断つかないが……

 

 

「まぁ良いか。女子陣も寝た事だし、オレ達もそろそろ寝よう」

 

「そら賛成だ」

 

「ニュースも丁度終わった所だ。待たせて済まなかった、シュン。……ほらケイスケ」

 

「んー、ぅ」

 

 

 眠気には勝てまい。木製の椅子から腰を浮かし、ゴウに抱えられたケイスケが眼を擦りながら。

 

 

「ショウはー、寝ないのー?」

 

「なっはは。いやなに。実は研究の詰めをしなくちゃいけなくてさ。……もうちょい、……あと1時間半くらい」

 

 

 1時間半もやってたら深夜を過ぎる丑の刻だ。偶には素直に寝ろよ、ショウ。

 

 

「忠告はありがたく思うけどな、そうもいかないのが仕事というもので」

 

「……まぁ、良いわ。私とカトレアがついて早めに寝させるから、貴方達は先に寝ていて頂戴」

 

「アタクシも、ですか。……いえ。喜ばしい事ですね」

 

「仕方が無い、か。そんじゃ根詰めすぎるなよ、ショウ」

 

「おう、気遣いならいつでもありがたく受け取るよ。やすみー」

 

 

 暖炉とテレビの前で手を振るショウに各々が挨拶をしつつ、オレ達は自分の部屋へと戻る事にした。

 明日はここからシロガネ山に出て、明後日には来た道を引き返さなければならないのだ。体力は、出来る限り温存しておくべきだからな……。

 うん。眠い!

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

「それで、ショウ。アタクシが同席して良い類の相談なのですか?」

 

「こういう勘は効く様になったよな、カトレアは。まぁもう少しまってくれ。もうすぐ……」

 

「―― 来たわよショウ。相変わらず無茶な提案を通すわね、貴方は」

 

「よっすナツメ。悪いな」

 

「本当にそう思うのなら埋め合わせをする事ね」

 

「善処するよ。ま、その内に」

 

 

 向かいのカトレアとも挨拶を交わして、ナツメがソファに腰を下ろす。座った後髪をすいて瞳を閉じ……あれは多分、辺りに人がいないかを確認してくれてるんだろーな。流石はナツメ、頼りになる。

 

 

「大丈夫みたいね。……それで……わたしを態々、シロガネ山の山登りに付き合わせた理由はなんなのかしら? 伝令出来るミィが居るのに直接呼んだってことは、話し合いをしたいんでしょう?」

 

「そうだな。ヤマブキのジムリーダーになったからには、知ってると思ってさ ―― ロケット団」

 

 

 この単語にナツメが目に見えて顔を強張らせた。次いで、しかめる。

 

 

「……それをわたしに聞くと言う事は、やっぱり、居るのね」

 

「ああ。リーグでもぽい奴等がちらほらとな。だろ? カトレア」

 

「ナルホド。だからアタクシも呼ばれたのですね。……はい。ショウの言う通り『悪意』……の様なものを滾らせた面々が、セキエイ高原に潜んでいるのは感じ取れました」

 

「へぇ。……カトレア。それは、総体?」

 

「ハイ、その通りですお姉さま。多過ぎて(・・・・)、根幹は掴めません」

 

 

 エスパー2名が会話を繰り広げるのを、考えながら聞いておく。

 そう。これは夢 ―― 俺が思い描いたものを実現するに、避けて通れない障害なのだ。

 ついでに言えばタマランゼ会長の意思やら、その他諸々の利権も絡んでいない事はないが……ま、結局は自分のためだよな。うん。

 

 

「それで? 話はわかったけど。具体的にわたしを呼んで、ロケット団相手にどう動いて欲しいのかしら?」

 

「それは、私が。同行するわ、ナツメ」

 

「ミィが居た方が良いようなものなのね。……それ、大分大変じゃない」

 

「うーん、実はエリカやらシロナさんやら、チャンピオン面々には話を通してあるんだ。動きだけならスムーズに行く。ミィが行くのは、情報処理面と『黒尽くめ』としての活動の一環だ」

 

「へぇ。……ああそう。だからこんなに大規模の合宿を計画したって訳ね?」

 

「そだな。俺は学生として動く他、まぁ、そもそもこの場を作るために結構道理を引っ込めたからなー……。餌として使った、元チャンピオンとしての企画を実行しなくちゃあいけないんだ。そんで動けないんで、今回はちょっと色々と協力して欲しいかなぁ……と」

 

 

 先に待つその企画の事を思うとどうしても浮かぶ渋面を出来る限り抑えつつ、ナツメに視線を送る。

 するとナツメは、

 

 

「……ふふふっ」

 

 

 口元を隠しながら、笑っていた。

 ……クールで不思議なナツメがこうして笑みを見せてくれるというのは、俺としても素直に嬉しい。あの泣いていた少女が笑ってくれるのならば、それは代え様のない報酬なのだ。

 弟子も出来て、ジムリーダーになって。それでもナツメの物語は終わらない。まだまだ先を見据えていられるその事実をこそ、俺も、とても嬉しく思える。

 …………ジュジュベ様になるんなら、1番に観に行ってやろうかなー……なんて無駄思考は繰り広げつつ。

 ナツメが、一頻り笑い終えてから。

 

 

「ええ、大丈夫。今に始まった事ではないけれど、ショウに頼られるのは悪くない気分よ」

 

「……主にエスパー関連ばっかりだからなぁ。いや、ホントすまん。本気で何か埋め合わせ、用意しとくから」

 

 

 手を合わせながら礼を言うと、ナツメはいつもの素っ気無い態度で期待はし過ぎないでおくわ、と返してくれた。

 だが……うっし。これで仕込みはある程度完了したハズだ。後は仕上げをごろうじろ、と。

 ……うん。隣のカトレアのジト目が、痛い。どうしましたかお嬢様。

 

 

「ふぅん。……ところで、ショウ。ナツメお姉さまには協力の見返りがあるのに、諜報活動を行ったアタクシには何もないのですか」

 

「……あ、お、おう。……ちょっと考えとく。いやカトレアの場合、どこか連れ出すにもコクランと『御家』の許可が必要だしな?」

 

「あら。私は、いつも手伝っているのに。返してもらったという記憶は遥か彼方ね」

 

「……債務が多過ぎて返すのが間に合わないっっ……!?」

 

 

 多額の借金に溺れる前に、どうやら返済方法を考えなければならないらしい。

 ……随分とあれな死活問題だな。研究を終えたら、真っ先にその辺を何とかしなくてはなるまい。

 いやま、俺の今後の為にもな!!

 





 と、とりあえず今回はこの辺りまでです。

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