Θ―― セキエイ高原、闘技場/予選会場
トレーナーズスクエアを挟んで反対側に立つ少女が1人。その顔からは今、はっきりとした焦りが見てとれる。
国中のエリトレ組生徒が集まって開催されたポケモンバトル、セキエイ大会の予選総当り……その最終戦。ここまで戦況は上々。このバトルはオレらに有利に事が運んだからな。そりゃあこれ位の差はつけられるか。
オレの手持ちは全て残っているのに対し、対戦相手 ―― ホウエンエリトレのマリカは残り1匹。
ヒトデマン VS クラブ!
「ベニ! 『おんがえし』だッ!!」
「くっ……ヒトデマン、『じこさいせい』!」
「ヘアッ!」
《シュワワンッ》――
「グッグ!」
――《 べ ゴ ン ッ !!》
ヒトデマンの身体が仄かに光りだし、
倒れ込むヒトデマンの気絶を待たずして、審判が素早く判定を下した。
「トレーナーマリカのヒトデマン、戦闘不能! よって勝者、シュンとベニ!」
「っし! やったなベニ!」
「ッググ、グッグゥ!」
縦に揺れる
これでバトルはオレの勝利。オレことシュンは、1回戦の総当りグループを(何とか、辛うじて)全勝で勝ち抜けた事になる。
……いやぁ、実際ギリギリの勝負ばっかりだったなぁ。今のバトルひとつとってみても、相手のヒトデマンに練習不足の水中戦に持ち込まれたけれど、強引な力技で突破した感じだ。
「やっられたぁ! ……戻ってちょうだい、ヒトデマン。……ああごめんなさい、マリサ、マリカ姉さんっ……!」
「両者、整列して握手を」
「あ、はいっ。ごめんなさいっ!」
頭に手を当てながら落ち込む少女は進行命の審判によって急かされ、ヒトデマンを収めたボールを慌てて腰につけた。既にバトルフィールド中央を陣取っていたオレに早足で近寄り、右手を差し出す。
「君のポケモン、良い鍛え方をしてるわね。バトルは完璧にわたし達の負けだわ。勝負、ありがと!」
「いえ、こちらこそでした。マリカさんも強かったです」
「世辞ね。いやみたらしくないのがせめてもの救いかしら。……でも、油断しない事。わたしの姉さんは強いわよ?」
「……あ、と。……はい……?」
何故か自らの姉を自慢してから去って行く彼女に適当な相槌をうっておいて、遠ざかるその背を見つめる。……彼女の言う姉さんってのが誰だかは分からないが、そもそもトーナメントでオレと当たる位置に居る人なのだろうか。いや、ここで考えた所で判らないのは確実なんだけどさ。理由不明の姉押し。
その後後始末を終え、審判員にお礼を言ってから闘技場を後にして、廊下を戻って行く。これにて予選は突破で、明日からは本戦になる。これもポケモンバトルの聖地・セキエイ高原で行っているからなのであろうか。勝ち進むたび、気分的にも自分がリーグ参加者な感じがして、いつも以上に高揚している実感がある。
足取りも心なしか弾むイメージですとも。そんな風に歩きながら……とはいえ、まずは目先の課題を片付けよう。
「バトルの振り返りは……っと。でも、今回は結構段取り良く進んだよな。誰も戦闘不能にはならなかったし。強いて言えば ――」
「―― 強いて言えば、水中戦の練習しなきゃあな……てトコだろ。シュン?」
「おっと、このいきなりな感じはショウか?」
そう言いながら振り向くと、ロビーの横から白衣を丸めて小脇に抱えたショウが気さくな感じに手を挙げていた。どうやら、このタイミングを狙っていたらしい。だとすれば。
「ショウ。お前は、水中戦の練習なんてとっくにしてますよーってな顔してるよな。……試合、見ててくれたのか?」
「おう。まぁ、今回は俺もミィも大会には参加してないからなー。観戦と、それに手助けぐらいはするさ。……それより……ほい、俺はこれを届けに来たんだよ。木の実を幾つか、サークルの果樹園から送ってもらったから」
おお、ありがたい。頼んでいた例のブツ、って訳か。
ショウはその鞄から、様々な色の木の実を取り出してはオレの手に乗せてゆく。それらを一つ一つ受け取り、
「どうもアリガトな、ショウ。いやぁ。どうも決勝トーナメントにもなると、ポケモンに持たせる道具も切り札になるものが必要でさ。助かったよ」
「はっは、やっぱり大変だよな。何せ相手はタマムシ、ヤマブキ、シンオウ、ホウエンでも屈指のポケモンバトル大好きトレーナーとそのポケモン達なんだし。てぇ訳で、それら木の実は十分に手札になりうる。お前が見極めながら使ってくれよ、シュン」
「勿論だよ。……それで、そういえば……」
「あ、そうそう。向こうも心配はいらないぞ。ほれ、ミィからの通信だ。ヒヅキも予選は勝ち抜けたってさ」
ショウが差し出した見慣れない機械にミィから送られたと思われる文章が表示され……その下に、頬に掌を添えた優美な仕草でオホホ笑い(ぽい事)をしているヒヅキさんの画像が添付されていた。
おーし……よかった。何とか彼女も、予選を勝ちぬけてくれたらしい。いや。彼女の実力はポケモンのレベル的にみても正味オレよりずっと上だし、よっぽど当たりが悪くなければ抜けられるとは思っていたけどさ。実際に勝ち抜いたのをみるとほっとするというか何と言うか。
「これで、本戦の一回戦でヒヅキとイツキのリベンジマッチが実現したな。いやぁ、名前の字面が実に似てる!」
「それはどうでも良いだろう……というかショウ、ヒヅキさんとイツキの因縁を知っててその反応はどうなんだ、お前」
「勿論わざとだけどな?」
「それも知ってるよ。ショウはそういう奴だしさ。でも、それを言ったらオレとお前の名前だってややこしいじゃないか」
「あー、シュンとショウだからなぁ。……そうそう。ついでに言えばタマムシスクールの上級科生にはシュウって名前の先輩も居るらしい。昨年の年度末バトル大会でベスト64入りしてるぞ」
「それはどうでも良過ぎるだろ……順位も、低くはないけど高くもないし」
どうでもいいにも限度って物があると思ってたんだけど、ショウと会話していると、どうにもその垣根が際限なく崩されて行く気がしてならないんだよな。どうでも良過ぎて。
そんな会話に思わず呆れ顔を浮べていると、ショウはいつもの通り屈託なく笑う。
「ははは! まぁんな訳で、相手がイツキにしろヒヅキにしろ、シュンは決勝トーナメントで1勝しなけりゃ当たらない……と。そんなこんなで大切な、1回戦のお相手は?」
「そのお相手を確認するためにこうしてロビーまで戻ってきたんだ。もうすぐその電光掲示板に出る予定らしいけど……おっ」
丁度話題に出した所で、ロビーの大掲示板が切り替わる。グループ表と案内だったものが、一面の
オレもすぐさま自分の名前を探し、その、相手は。
「―― へえ!」
「オレの相手は……ヒョウタ!?」
何やら楽しげな笑顔を浮べるショウの横で、オレは思わず顔を歪ませる。
ヒョウタは所謂ショウのグループに属している眼鏡の少年で、遥々シンオウ地方からカントー地方はタマムシにまでポケモンを学びに来た奴だ。
同じ様な境遇にあるリョウとよくよく一緒に居て……うーん。ルリの講義も一緒に受けているし、何れにせよ一筋縄ではいかない相手になるだろう。
「へーぇ……面白い組み合わせになったじゃあないか」
「そりゃあショウ、お前からしたら面白いかもしれないけどな」
だから楽しげに笑うなよ、ショウ。オレの場合はイツキにしろヒヅキさんにしろ、勝負するために一回戦は負けられない戦いなんだってば。予選の時も必死だったけど、総当りの予選は「負けたら終り」じゃなかったからさ。
そう、ショウに向けて告げてやると。
「成る程なぁ……負けられない、か。だとすれば、次のバトルはきっと良い経験になるぞ。俺も昔、そんな感じのバトルをした経験があるからなー」
「ショウのそれっていつの事だ?」
ホウエン組の奴等曰く、昔からバトルも上手かったショウが「負けられない」って、相手も相当な奴だと思うんだけど。
「むしろ事実的には相手の方が強かったかも知れんが……んー、2年くらい前かね。体感的にはもっと長い気もしないでもない……が、俺の場合はちょっと特殊だったからなぁ。バトル大会じゃあなくて、悪の組織の幹部とのポケモンバトルだった」
「うっわぁ。9才の男子児童が悪の組織の幹部と決戦とか ―― 絵面が酷いぞ」
「はっは。あれは流石に、必要に駆られてだったけどな?」
そんなシチュエーション、オレなんかは一生掛かっても経験するかどうか判らないんだけど。
どこか感慨深げな顔に変えて、ショウは続ける。
「けど今回は違う。学生のバトル大会だから、背筋に走る怖さはない。そういう意味じゃあシュンはもっと素直に燃えられるだろ、ポケモンバトルにさ。……楽しめば良いんだよ。自分も、ポケモンと一緒に」
ショウはにやけた顔のままにまっすぐ、ルリみたいな事を言う。うーん……
「……すっげぇ理想論だな。そんな鋼のメンタル、是非ともオレも身につけたいもんだ」
「っはは! まぁ、違いない! ……おぉっと。そろそろ約束の時間か」
さっきの機械が振動して、ショウに何かしらの時間を伝えていた。どうやらあれにはアラーム機能も付属しているらしい。
オレも腕時計で時間を確認すると、トーナメント開始の2時間前を指し示していた。
「それじゃあ約束してるトコに急ぐ……前に、俺からもちょっとだけアドバイスしとく。―― シュン。早め早め、ポケモンセンターには今の内に行っといた方が良いと思うぞ」
「……ん? でもポケモンの体力を万全に、って考えるならギリギリに行った方が良いんじゃないのか?」
現在はバトルの2時間前。
だがポケモンセンターに預けて手持ちポケモンの回復をするとしても、今のオレの手持ちの消耗具合であれば30分もあれば十分足りる筈だ。もっと大きなダメージを受けているなら別だけど、……強いて言えば。
「直前だと同じ様な事を考えたトレーナーで溢れかえって混雑する、とかか?」
「ん~……今回の大会は学生参加だからな、連戦には慣れてないトレーナーが多いだろうから、それもあるっちゃあある。けどこの場合は、より単純な発想になるなぁ。……シュン。お前、休んだ直後で身体が動くと思うか?」
「そっか。ウォームアップをしておくべきなんだな」
ぽつりと口に出せば、実に楽しそうな笑顔を浮べたショウがグッと指を突き出して。見事なサムズアップだ。
でも、そういえばそうだ。ポケモンセンターにある回復機器は、ポケモンのデータ化を利用して傷などを治すらしいけど……何れにせよ目覚めてからバトルまで、時間を置く必要はあるに違いない。
「ま、そーいうこと。これも本当なら連戦を経験しないと身には着かないんだろうけど、シュンの場合、俺との朝練という経験があるだろ? あの身体を解す感じで同じ様にやってれば、本番での硬さも少しはマシになる筈だ。あとは、本戦は予選と違って客数も入る。ポケモンの緊張具合とかコンディションにも気を配っとくと尚良しだなー」
「おー、流石は経験者。わかった。……というか、あの朝練にそんな意味があったのか?」
「あー……いや。それはただの結果論だな。狙っちゃあいない。でも、色々なシチュエーションを考えておくのは悪くなかっただろ? 実際こうして身になっている訳だしな。……ん、と。これ以上は邪魔をしちゃあいけないか。そんじゃな、シュン。本戦も頑張れよー!」
「おー、頑張るよ」
最後に声援を送って、ショウは観客席のある方向へと駆けて行った。
しっかし、ショウの奴はいつでも応援してくれているな。思えば昨年度のスクール交流会の時からそうだった。エリートトレーナークラスだって、進学を決めたのはオレ自身だけど……その情報元はショウとミィ。何故アイツらみたいな天才 or 天災達にこうも目をかけて貰えるのか、は、……うーん。
「(……何かこう、過剰な期待をかけられている気がしないでもないなぁ)」
その何の期待の対象が何なのか、はさっぱり判らないんだけどさ。
……さて。こうしてぼうっとして居るのも、試合前だから時間が勿体無いか。それじゃあ、
「まずはポケセンに向かおうか」
オレは脳内にセキエイ高原の闘技場に据えられたポケモンセンターの内、程よく空いていそうで練習場が近そうな場所を思い浮かべながら歩き始める。
さては、本戦に向けての準備を始めるとしますか!
最近、バトル描写に悩む時間が多くなったなぁ……と思っていたのですが、よくよく考えれば当然でしたね。手持ちポケモンが3VS3に増えていたんですもの(ぉぃ
ちな、振り返ってみても今までは最高でも2VS2。変則でミュウツー戦の1対5、ブラッグフォッグ戦の1対多でした。
……これでフルバトルなぞやろうものなら、どのくらい掛かるのやら。先が忍ばれますね(←まるで他人事
因みに。
どうせプロットは組んでるんだからバトル以外は悩まず書けと言ってくれた友人方に感謝を。仰るとおり。地の文なんて飾りです(ぉぃ
いつも応援の感想を、メッセージを送ってくれている皆様方に感謝を述べつつ。いつもありがとうございます。バトルが長考になる原因もはっきりしたので、ちょっと頑張ってみました次第。
▼エリートトレーナーのマリサ、マリカ、マリア
出典:HGSS
コガネの下、育て屋向かいを波乗りして南下した先に待ち構えるエリトレ三姉妹より、本作にはマリカ嬢が出演。ある意味では印象に残るイベントのため、覚えている人たちも多い……かなぁ? と考えまして採用しております。
作中の台詞から推察するにマリサ<マリカ<マリアの順だと思われる(マリサ=マリカでも可)。マリカの台詞内にて、マリサは名前呼びなのに、その後に待ち受けるマリアが「ねえさん」呼びとなっております。つまりマリカとマリサは対等かそれ以下では……とどうでも良すぎる考えを等等。
因みに、手持ちポケモンは、マリサはトサキントとアズマオウ。マリカはヒトデマンとスターミー。マリアはシェルダーとパルシェン(の、はず)。
台詞の内にて2名から異常な姉押しがあるのですが、長女とその他で言うほど実力が離れていないと思うのは、わたくしだけでしょうか? レベルも一緒ですし。
……むしろパルシェンは特殊で攻めれば何とかなると……
(スキルリンク『つららばり』で身代わり貫通で串刺しにされる、駄作者私のスナイパーピントレンズ気合いだめスピアー(浪漫))
……ぐわあ。
マリサ「おねえさんに仕返ししてもらうからっ!」
マリカ「油断しない事ね! 姉さんは強いわよ!」
マリア「妹達を随分可愛がってくれたわね!」