ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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1995/夏 VSヒョウタ

 

 件の2時間後。

 俺が本部で用事を終えてから慌てて観覧席の中段へと戻れば、既に本戦……その初戦が始まっていた。

 

 

「来たわね。……遅いわよ、ショウ」

 

「悪い、ナツメ。これでも合間に抜けてきたんだが……おっと、もしかしてもう始まってるか?」

 

「ええ。シュンと、ヒョウタの試合は。少し前に始まっているわね」

 

「うふふ。ショウ様の教え子同士の対戦、非常に楽しみな試合ですわね」

 

 

 エリカとナツメの前の席に身体を預け、俺も闘技場を覗き込む。目下バトルフィールドの中では、シュンとヒョウタとが互いのポケモンを出して攻防を繰り広げていた。

 シュンのポケモンはマダツボミ。対するヒョウタは……おお。

 

 

「初っ端からズガイドスか。のっけから飛ばすなぁ」

 

「ズガイドスと言えば、ヒョウタさんの『エース』でしたわね」

 

「そうね。でも、意図して始めから勝負を仕掛けたのだと思うわよ?」

 

「……ええ。私も、ナツメの意見に賛成」

 

 

 エリカとナツメとミィの順に、女性陣が解説を付け加える。

 ……ま、それもそうだな。シュンの手持ちはマダツボミ、クラブ、イーブイの3体。つまりヒョウタの視点で考えれば、どこかで流れを断ち切らない限り、岩タイプのポケモンとはタイプ相性が悪いのだ。マダツボミだけでなく、シュンのエースである攻撃力の高いクラブも、相性の悪さの中で攻略しなきゃいけないからなー。いや、岩タイプは素で弱点多いけどさ。

 

 

「ズガイドスでマダツボミを力づくに突破して、クラブにはズガイドスを交換したイシツブテをあてて……補助技で五分五分に持ち込むとか、かしらね」

 

「ええ。ヒョウタさんとしては、クラブとマダツボミを突破したなら ―― 言い方は悪いのですけれど、勝ちも同然。シュンさんのイーブイを戦力としては捉えておらず、そこに勝機を見出しているのでしょう」

 

「……」

 

 

 成る程。ナツメとエリカの話した方策は、いかにも堅実な……机上での戦いが得意なヒョウタらしい考えではある。

 確かにヒョウタは、同じ師匠(ルリ)から学んでいる同門であるために、シュンのイーブイ(アカネ)が殆どバトルの練習をしていないってな事実を知っている。クラブとマダツボミさえ倒せば、って考えてしまうのも無理はないか。

 そんな会話と思考を巡らす俺達の目の前で、シュンのマダツボミは無理やり突破しようとしたズガイドスを得意の技で相打ちに持ち込んで見せた。

 

 『ずつき』を受けつつ後退して、マダツボミ得意の急所狙いの『つるのムチ』。

 

 引きつけたせいでマダツボミもダメージを受けたが、これでヒョウタは突破力のあるズガイドスを倒されてしまった事になる。エースの先発が裏目に出た結果だ。

 ……しっかし、見事な手際だな。シュン。始めから準備してたっぽいし、ヒョウタが初っ端から「仕掛けてくる」のも一手として読めていたんだろうなぁ、これ。

 

 

「そう、ね。順を追って考えれば、相性が悪いというのは誰にでも判るもの。なら相手は、『勝つための手段を仕掛けて来る』。シュンも、そう考えていたのでしょ」

 

「だな。……ううん……となるとやっぱりヒョウタは後手か。イマイチ硬さが抜けないんだよなぁ。トウガンさんの場合なら、その磐石さが良い所では在るんだけどさ」

 

 

 俺がそんな事を考えていると……しかし。

 

 

「―― あら。トウガンさんと比べるのは失礼じゃないかしら? ヒョウタ君にだって、彼には彼なりのポケモンとの関係があるのよ」

 

 

 観戦している俺達の後ろから、突如聞こえた第三者の声。

 明るく凛としたこの声は……って、俺は午前中に嫌というほど聞いてるんだよな。いや、別に聞いてて嫌な声ってんじゃあないけど……

 

 

「それはともかく。あー、どもですシロナさん。そういえば、さっきはポケモンバッカーズでの試合を有難うございました」

 

「ふふ! ショウ君……は、久しぶりよね。それにしても、ポケモンバッカーズ。わたしは見事に引き立て役にされちゃったけれどね?」

 

「いやぁ……ああいう遊びはミュウが乗り気ですんで。負ける理由もありませんし、勝たせて貰いました」

 

「あらら、流石は最年少チャンピオン。言ってくれます」

 

「だから『元』ですよ、『元』。とっくにチャンピオン位は降りてますって!」

 

 

 いつかのシンオウで出会った時と同じく、茶目っ気を混ぜながら笑うシロナさん。

 午前中にエキシビションとしてバッカーズで対戦したシンオウ地方のチャンピオンはそのまま俺の後ろの席に腰掛け、観戦を開始……するかと思いきや、俺に向けて再びの満面の笑顔を向けてきていた。

 ……なんですか。笑顔が眩しいんですが。……ってかこれ、シロナさんが興味津々の時の笑顔だよなぁ。嫌な予感しかしない。

 とか何とか身の危険を感じていると、表情そのままにシロナさんが切り出してくる。

 

 

「でも、和服も似合っていましたよ ―― ルリちゃん!」グッ

 

「「です(わ)よね!」」

「ええ、そうね」

 

「いやいやいやいや、待てい。違いますから! あれ、シャガさんから送られてきたチャンピオン衣装なんですって!」

 

 

 頼むから同意しないで女性陣っ! 半ば判ってたけどっ!!

 件の和装だって、BW2でイッシュの少女チャンピオンが着てたのとは趣向が変わって綺麗+可愛い系統のものになってこそいたんだが……それ自体は何の救いにもなっていないっていうな!?

 けれど、そう。実は俺のチャンピオン就任の際、海外から幾つか荷物が送られてきていたのだ。荷物のその中身は、あの船長からの親馬鹿写真やらフウロ両親からの子育て日記的な手紙、シキミさんデビュー作のサイン入り献本などなど。そんな中、シャガさんから送られてきたのが件の「準和服」一式だったという流れなので。この送り主の中でルリの正体を知ってるのはシャガさんだけだけど、梱包を任されたシャガさんが贈り物をひとまとめにしたらしい。

 ……いやさ。リーグチャンピオンは何やら正装をする必要があるらしく、俺は決して、自ら好んで振袖でひらひらで煌びやかーな和服なんて着ていた訳じゃあないんだけどな?

 

 

「本当ならルリがチャンピオンとして公式バトルに出る際には、あれを着て行く予定だったのよ? でも、ルリがチャンピオンに着任している1年ちょっとの間には挑戦権をもったトレーナーが現れなかったのよ。残念だわ」

 

「頼むから心底残念そうに言わないでくれ、ナツメ。……俺は結構本気でビクついてたんだぞー」

 

「ふふ。ですのでお披露目となる今回は、僭越ながら、わたくしエリカが着付けを担当し、小物を選ばせて頂きました。シロナ様にもお気に召して頂けたのであれば、……ふふふふ。家元冥利に尽きますというものですわね」

 

「ええ。流石はカントーの才媛、エリカ嬢ですね。上品な中にあって美しさと可愛さを失わず、それでいてルリちゃんの強さと明るさと無邪気さを失わない、見事なお手前でしたよ!」

 

 

 あーあー、聞こえない。嬉しそうなシロナさんの声も、撫子ドヤ顔なエリカの声も聞こえないぞ、俺は。

 美しさは百歩譲って服のお陰であったとして、可愛さは千歩譲って変態シルフ社製の変装セットで作っているものだからあったとして。

 ……無邪気さとかな!

 

 

「あら。貴方も、とうとう。譲るものが多くなってきたわね。これも慣れのせいなのかしら」

 

「……ぅぉぅ。……慣れたくはなかったなー……っていう台詞も実際、何度目だか判らんが」

 

 

 いつもの能面のまま鋭いツッコミを繰り出すミィ。そのツッコミに俺が肩をがっくり落とすリアクションで落ち込んでいると、ナツメが此方を覗き込みながら不思議そうに小首をかしげた。

 

 

「別に良いじゃない、実際ルリは可愛いんだし。それともショウ、可愛いのが嫌なの?」

 

 

 ああ、いや、

 

 

「いやさ。可愛いのはいいんだよ、可愛いという現象そのものと可愛い人に罪はない。可愛い万歳。……けどそれが自分だと、アイデンティティ的に危機感があるだろ。可愛いとか。まぁ自業自得だとはいえ、な。……ってほら、シュンもヒョウタも次のポケモン出すぞー」

 

 

 闘技場に沸いた歓声につられ、俺は視線を再度の闘技場へと向ける。ナツメは一瞬目を伏せた後、同じ様に顔を上げた。

 

(……目を見つめられながら可愛い可愛い連呼されると、流石にくるものがあるわね……)

 

 何となく照れて微妙に赤いナツメも可愛い訳だが、それはさて置きバトルだバトル。

 

 

「頼んだっ ――」

 

「……えっ!?」

 

 

 1番手はマダツボミとズガイドスが相打ち。次手としてシュンが繰り出したポケモンを見て、ヒョウタは驚きの表情を隠せないでいた。眼鏡が微妙にずれてるし口は開いたままだ。

 

 

「さぁ、ここ()正念場だぞ……どうする? シュン」

 

 

 呟いてみるも、試合は着々と進行してゆく。

 ヒョウタは次手としてイシツブテを繰り出す。シュンの繰り出したポケモンと相対し……2(ターン)のやり取りの末、先に倒れたのはヒョウタのイシツブテだった。

 予想を裏切る展開によって会場が俄かにざわめく中、それでも更にバトルは進む。

 目論見の外れたヒョウタの3体目は、なんとヨーギラス……だが。

 

 

「―― ブクク、グゥ!」

 

「ヨギラッ!? ギァゥ!?」

 

 

 如何せん、進化先の大怪獣は兎も角、ヨーギラスとて未進化ポケモンだ。相性を活かした戦法を実践する……しかも攻撃種族値抜群なクラブの水技によって、成すすべなく倒されてしまった。とはいえヒョウタは戦況を思惑通りに進めることができなかったんだから、この結果は戦術的な予定調和といえなくもない。

 いずれにせよ、これにてポケモンバトルはシュンの勝利。シュンは本戦の一回戦を突破したことになる。

 ……しっかし、となると、だ

 

 

「次の相手は……あっ」

 

「? どうなさったのでしょう」

 

「勝った方のコ……シュン君が走って出て行きましたね」

 

「……そう。そういうこと」

 

 

 シュンは勝利してヒョウタと握手を交わした次の瞬間踵を返し、闘技場の外へと走っていった。

 疑問符を浮べるエリカやナツメやシロナさんと違い、その訳を知っているミィだけが(表情には出さないが)納得している風なオーラを出していて、だな。

 

 

「まぁ、イツキとヒヅキの試合は向こうの闘技場だからな。結果を観に行ったんだと思うぞ」

 

「そう、ね。……これも、運命と言うのかしら」

 

 

 ミィがなんか意味深なことを言ってるが、単純にヒョウタよりもシュン達のがうわ手だったってだけだと思うぞ。

 ……さて、さて。

 

「(……あっちの会場はどうなっていることやら、ってな)」

 

 これで状況が状況なら、運命と言えなくは無いのかもしれないけどなぁ。

 ……さて。

 

 

「? ショウ君、どこに行くのですか?」

 

 

 俺が腰を上げると、実はポップコーンを持って観戦スタイルをびしっと(と言って良いのかは判らないが)決めたシロナさんが、不思議そうに首を傾げていた。だから、そういう仕草も似合うのは美人様様ですねー……じゃあなくて。

 

 

「バトルも終わったし、も1回タマランゼ会長のとこに行ってきます」

 

「そのご用事というのは、例の計測機器の事ですわね? 随分とニュースにもなっていました」

 

「そういえばそうですね。……今年からカントーでだけ、導入されたんでしたか。凄い技術ですよね。シンオウ地方には売ってくれないのかしら?」

 

「あー、いえ。あれは俺らの管轄じゃあないですし……それに、今はあくまで試運転です。もうちょっと期間を置いてから買うのをオススメしときますよ。シロナさん達には」

 

「……へぇ?」

 

 

 話に挙がったのは、トレーナー同士の間に表示されている電光掲示板 ―― とそれら周囲に付属する計測機器の事だ。シロナさんの言葉にある通り、電光掲示板の設置はカントーのリーグで先駆けて行われている事業でもある。

 実際、テレビ放映などを考えると画期的なだけでなく実に有用な仕組みではあるんだろうな。ポケモンのHPのやりとりが一目で判るようになるんだし。

 そしてその中には、俺達オーキド研究班が血の滲む想いで収集している身体測定データが使われている訳なのだが……んー。

 

 

「そういえば、結局こうして使われているって事は……止められなかったのよね」

 

「残念ながら、お偉いさん方に押し切られたんだよ。本当は何とかして止めたかったんだけどなぁ」

 

「そう、ね。……はぁ。どうせ、不具合があれば技術者にお鉢が回ってくると言うのに……」

 

 

 ナツメと、最後にミィが溜息をついて憂う。

 こういう新技術を早く使いたいってのは気持ちとしては判るんだが……何でも先頭に立ちたがるお偉いさん方の事だ。理由なぞ心底くだらないもの……カントーが1番でなくちゃあ気が済まない、とかなんだろーな。

 そもそも仕組みが出来た時点で悟られてしてしまったのが失敗だったよなぁ。まぁそれもシルフカンパニーから流出したっぽいから、ぶっちゃけ防ぎ様はなかった。目を付けられたのが運の尽き、って考えるしかないよな。うん。前向きに。

 

 

「てな感じで、今はごり押しされてるから厳しいけど、タマランゼ会長は協力してくれるって言ってる。その辺詰めにもっかい行って来るから……んん?」

 

「……あのー、いいかしら?」

 

 

 ここで声を受けて振り向いてみれば、まだ思案気なシロナさんが小さく手を挙げていてだな。無駄に可愛い仕草ですね、おい。

 ……えふん。だから、じゃあなくて。

 

 

「はいシロナさん。御意見どうぞ!」

 

「指名をありがとう! ……えっと、そういう時こそチャンピオンとしての権限を振るえば良いのではないですか? いえ、ショウ君の場合は元・チャンピオンですけれども……」

 

 

 尤もすぎる質問だなぁ。シンオウ地方で育ったシロナさんならでは、だ。

 ……けど。

 

 

「あー……カントーだと『リーグチャンピオン』ってのは色々と特別な立場なんですよ。利用するにやぶさかではないですけれど、これに関して言えば振るうことの出来る権限なんて全く持ってないんです」

 

「そうなの?」

 

「はい。その辺り、バトルクラブが前身になっているシンオウその他地方とは大きく違う点ではありますね。……さて。時間なんで行ってきます」

 

 

 トレーナーツールに表示された時間が丁度待ち合わせの10分前になったんで、俺は少し早めながらも会話を切り上げる事にする。目的だったシュンの試合、その結末までは見届ける事ができたしな。

 ……っと、忘れてた忘れてた。

 

 

「あー……俺が向こうに行ってる間、ミィとナツメにカトレアの付き添いを頼んでも良いか? カトレアに、大会出てるのに仲間はずれだーって拗ねられてるんだよなぁ」

 

「ま、わたしは別にいいわよ。カトレアなら。エスパーに関してなら、まだまだ教えたい事もあるもの」

 

「……ただし、後で。見返りを要求するけれどね」

 

「わかったわかった。幾らでも何にでも付き合うって、ミィ。それにナツメもな」

 

「あら。それでしたら、わたくしはシロナさんのエスコートを続けさせて頂きますわね!」

 

「……わかったわかった。幾らでも何にでも、どこへでも付き合いますって。……今はこれで勘弁してくださいお願いだから」

 

「ショウ君、ただの口約束で3日間の拘束が決定するんですね……」

 

 

 哀れみの視線は止めて下さいシロナさん。ってか、だからこうやって負債ばっかりが増えるんだよな、最近!

 本格的に分身の術とか欲しい……なんて。満面の笑みを浮べて手を合わせるエリカ(達、ただしミィ以外)を横目に、俺はタマランゼ会長の元へと戻っていくのであった。

 





 とか言いつつ、すっかり毒されている主人公。実際バトルをするとなったらノリノリでルリとして振舞うのでしょうね、と。
 イメージ的にはアイリスさんのチャンピオン衣装からコスプレっぽさをマイナスして、着物っぽい細身仕様にして、あとは瑠璃色に染めればそれで大体あっているかと思われます。
 ……胸もないですし、結構似合いそうですね。あったら困りますけれど。主人公が。
 あと、シャガさんの目の前では着替えませんし、ライバルに脱がされたりもしませんよ! これ、大切です!

 そして流されるヒョウタ戦……。
 本拙作におけるシバさんの扱いを思い出します(ぉぃ
 作中でヒョウタ自身も話していましたが、岩って弱点がサブウェポンとして持たせやすく、また種族的なイメージの関係から防御が高く、相対的に特殊耐久が弱くなる傾向にありますからね……<くさむすび!
 その辺りを対策しないと、ジムリーダーは大変そうです。弱点木の実を持ってもらうか、あるいは砂パとかになるんですかね。XYで天候は弱体化しましたけれども……。

 あ、ちなみに。
 イッシュからの手紙の数々=フラグ維持のためのフラグ、で間違いはありませんのです(ぉぃ

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