ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

126 / 189
1995/夏 ヒヅキVS

 

 Θ―― セキエイ高原、闘技場/本戦会場

 

 

 ――《 ドッ、》

 

 《《 ワァァァァーッ!! 》》

 

 

 ヒョウタとのポケモンバトルに勝利こそしたものの、気が気でなかったオレは、すぐさま別の……ヒヅキさんとイツキがバトルをしている会場へと足を走らせた。

 歓声に連れられる様に階段を登り、観客席を潜れば……

 

 

「頼みます ―― ブラウンっ!!」

 

「ブィ」コクリ

 

「さあ、仕掛けるよ! ネイティ!」

 

「トゥートゥトゥー」

 

 

 局面は、既に終盤へと差し掛かっていた。

 イツキの腕から降りてぴょんぴょんとてとて跳ねるネイティに向かって、ヒヅキさんがイーブイ(ブラウン)を繰り出した。ここで電光掲示板の表示をみれば、イツキのポケモンは残り2匹。対するヒヅキさんは、ブラウンが最後のポケモンとなっていた。

 ……状況だけを見ればヒヅキさんに不利。しかし、だとすればこの会場の盛り上がり様は何なんだ?

 

 

 

「お、来たなシュン。こっちだ、こっち!」

 

「席はとってあるかんなー」

 

「ってカズマ、ナオキ! それにアサオに、リョウヘイもか!」

 

「……」

 

「まぁな。オレもリョウヘイも応援するならホウエン地方のトレーナーだが、それはまぁどうせフヨウさんが勝ち進んでくれるだろうからな。それよりはシュンの興味が向いているヒヅキとやらに興味があったんだ。それで、そっちの初戦は勝てたのか?」

 

「一応はな。……どうなってる?」

 

「ヒヅキさんがイツキのキリンリキを倒し、ネイティを引きずり出し ―― そのネイティもあと一押しで倒れる。つまり、状況的には既に1対1へ持ち込んだ所だ」

 

 

 同じシンオウ組だからこそヒヅキさんの試合の観戦に来ていたカズマとナオキ、それにアサオとリョウヘイのホウエン組も同じ区画に座ってくれていた。

 闘技場から視線を外さないカズマが、着いたばかりのオレへと解説をしてくれる。が。

 

 

「でも……というか、なんでこんなに盛り上がってるんだ?」

 

「……フン。あの仮面ヤローは今まで、手持ちのポケモンを倒された事が殆ど無いんだとよ。ちっ、ふざけてやがる」

 

「ああ、言い方はあれだがリョウヘイの言う通りらしい。……だからこそ、こうして2匹を倒したヒヅキさんが注目されているって訳さ」

 

「まぁイツキって奴が注目されてたせいで、初めっから観客は多かったけどなー」

 

「それにイツキ生徒は、キリンリキとネイティ以外の『3匹目』に到ってはスクールトーナメントにおいても使用すらしていなかったと聞くぞ」

 

 

 へぇ。とすれば、まだ見ぬ手持ちに対する興味による集客もあるのだろう。

 ヤマブキのスクールは(これもエスパーのせい……なのかは知れないが)秘密主義で有名だ。生徒達の間ですら、手持ちポケモンなどの事前情報は殆ど出回らないらしい。

 実際「スクールトーナメントで優勝してるんなら手持ちくらいは」と思っていたオレも、イツキの手持ちに関しては2匹までしか調べられないでいるのだ。

 そんな目の前では、刻一刻と局面が進んでゆく。

 

 

「トゥ、トゥーッ……」

 

 ――《パタンッ》

 

「ネィティ、戦闘不能!」

 

 

 ヒヅキさんのブラウンが『でんこうせっか』を繰り出してネイティの体力を削りきってみせた。これで本格的に1VS1。歓声も一層強いもの、熱狂的なもの、期待をはらんだものへと塗り換わっていて。

 ……さて、これで互いに最後のポケモンだ。ヒヅキさんのブラウンはショウのイーブイと同じく特性が「てきおうりょく」であり、レベルも16と圧倒的に高い数値を誇る、名実共にエースのポケモン。

 因みに「てきおうりょく」はノーマルタイプの技の攻撃力が増す特性だ。その攻撃性能もあり、よっぽどの事がなければ1対1(タイマン)勝負に負けることは考えにくく……

 

「(けど、それはイツキも同じだろうな)」

 

 とかとか、オレは思っていたのだが。

 電光掲示板の画面を見ればイツキの手持ちの内、倒されたネイティもキリンリキもレベルは14。実際、夏の時点であることを鑑みれば高い数値ではある。だがヤマブキスクールのトーナメントを勝ち抜いた経験値があるのなら、もっと高くてもおかしくないとは考えていたのだが……?

 そんな考えをめぐらせる中、イツキは最後のモンスターボールを振りかぶった。

 下手投げで放られたボールの中から光が溢れ、

 

 

「ボクの最後の1匹だ。……頼んだよ、バタフリー!!」

 

「―― フリーッ、フリーッ♪」

 

 

 ボールの中から現れたのはイツキの代名詞たるエスパーポケモンではなく、「ちょうちょポケモン」。4枚の羽をパタパタと愛らしく動かす、バタフリーであった!

 

 ……。

 

 

 

「って、良いのかエスパーぁ!?」

 

「はぁぁぁぁああああ!?」

 

「シュンは良いリアクションすんのなー」

 

「リョウヘイのガラの悪さもことリアクションに関しては好印象なのだな……」

 

 

 突然のバタフリー(バタフリーが悪いわけではなく)に、エスパーポケモンの登場を期待する雰囲気にあった会場全体がどよめいた。

 いや、でも、仕方が無いだろ。これはびっくりするって。

 衝撃を反芻していると、隣のカズマが思案顔になる。

 

 

「それにしてもバタフリー、か。……いや確かに、エスパーポケモン使いという先入観が強かったが……これならば、確かにな」

 

「なんで?」

 

「なんでとか聞くんじゃないナオキ。お前はそうやって鈍いから、いつまでたってもチトセと進展しないんだ。……いいか? バタフリーは虫タイプ。対して、イツキの居るヤマブキスクールはエスパーポケモンが多い。至極単純だろう?」

 

 

 カズマがそう解説してみせる。恐らくスクールトーナメントに優勝した理由として、バタフリーのタイプ相性をあげているのだろう。

 ……とは言っても、その思考には重大な欠陥が在るぞ。

 

 

「それは違うんじゃあないか? だってイツキは、そのバタフリーを出さないで優勝したんだからな。オレが調べた所、ヤマブキスクールのトーナメントを制したのはネイティが習得しているゴースト技が大きな武器になってたし」

 

「そ、そういえばそうか。……ん? だとすれば、イツキはなんでバタフリーを……」

 

 

 オレの指摘で火がついて、あーだこーだと男子陣で悩んでいる内に、会場のざわめきも一旦収まりを見せる。

 ボールから出たバタフリーは一度イツキの元へと戻り、その周囲をひらひらと舞った。仮面の口元が弧を描き、笑顔を見せると、バタフリーは元気良くフィールドへと向かって。

 ……これは。

 

「(ああ……判るかも知れないな。多分あのバタフリーは、イツキの……ポケモントレーナーとしてのポケモンなんだ)」

 

 エリトレとしてエスパーとして。そして何よりポケモントレーナーとして、だ。

 スクールトーナメントは結局、「エスパー」として参加する生徒が大半だったに違いない。エスパートレーナーの長所を伸ばすというのは、ヤマブキの採る基本的な方針でもある。

 だとすれば、その様なトーナメントを勝ち抜くに必要なのは「同属対策」だ。たとえばショウのイーブイも使ってた『シンクロノイズ』とか、イツキのネイティみたいにゴースト技を覚えさせるとか。それに加えてエスパー能力も秀でているとなれば、あとはイツキの実力次第で優勝も十分に可能になるだろう。

 ……そして実際に優勝したということは、その実力の程を自ら証明して見せたという事でもあるな。うん。

 さて。イツキはバタフリーをフィールドへと向かわせ、曲芸師の様な腕捌きでモンスターボールを浮かせつつ、言い放つ。

 

 

「皆に見せよう、バタフリー。君とボクの……トレーナーとポケモンとの力を!!」

 

「フリーッ、フリーィィ!!」

 

「来ますわよ、ブラウン。……絆の力では負けていないと信じています。ここまでやれているのです。勝って見せましょう!」

 

「ブイ」スッ

 

 

 言葉を受け、前傾姿勢のブラウンがヒヅキさんの前に立ち塞がった。まるで姫を守る騎士の様だ。

 対するバタフリーはどこまでも自由にフィールドの空を飛びまわる。イツキも似ていて、とても楽しそうな雰囲気を身体全体から発し。

 会場が息を呑む一瞬。

 

 トレーナーの指示が、交錯した。

 

 

「―― ブラウン!」

 

「―― バタフリー!」

 

 

 重なったのは、互いのポケモンを呼びかける声だけ。ヒヅキさんが練習していた「非動作のサイン指示」、イツキも同様の技術による指示であろう。

 声はなくとも、ブラウンもバタフリーも動き出し、

 

 

「フリリ、フリーッッ!」

 

 《ヒィッ》――

 

「ブイ、ブ ―― イッ」

 

 《ビュンッ!》

 

 

 バタフリーが僅かに先手を取って、『ねんりき』を面で展開した。その壁をブラウンが突破して……そのまま!

 

 

「ブイッ」

 

「フリーッ!」

 

 《バシバシッ》――《ヒィンッ!!》

 

 

 攻撃が当たると同時、掲示板に表示されたバタフリーのHPがぐっと減少する。半分ほどか。対するヒヅキさんのブラウンは3分の2程度が残っている。

 ……これで形勢は、有利!!

 

 

「ブラウン! そのまま『おんがえし』!」

 

「ブィ」チラッ

 

 

 初手を優勢に終えたヒヅキさんが勝負を決定付けるべく『おんがえし』の指示を出すと、ブラウンが視線で頷いた。

 射程内。空中で体勢を崩しているバタフリーに脚を向け、駆け ―― これで決まるか!?

 

 

「―― まだだ、バタフリー!」

 

「フリッ、……フリーィィィ!」

 

 《バサッ、バササッ!》

 

 

 ヒヅキさんと同着で指示が飛べば、バタフリーがブラウン目掛けて広範囲に『ねむりごな』を降らせる。

 ……これは拙い。ブラウンが『ねむりごな』を受ければ、形勢逆転の可能性が十分過ぎるほどに出来る!

 ブラウンの「持ち物」は「シルクのスカーフ」。これまたノーマルタイプの攻撃力をあげる道具であるらしい、が……素早さで僅かにバタフリーに先手を取られている以上、トレーナーとしては信じる他に手が無い場面なのが非常に悔しい所だ。

 しかしブラウンは迷いなく、振り返る事無く、一直線に駆けて行く。……勝負どころだ。『ねむりごな』の中を突っ切るつもりか!

 

 

「お願い……ブラウン!!」

 

「ブィ、ブィ ―― 」

 

「フリッ!?」

 

 

 ブラウンがバタフリーへ向けて跳ぶ。粉の中を突っ切って、それでも動きは衰えない。宙に浮くバタフリーの目前で、前足を振りかぶる。

 よし、よし! これで ――

 

 

 《ズバシッ!》

 

「!? ―― フリィィ、」

 

 

 当たった!

 

 ……と、

 

 

「フリイッ!」

 

 《ヒュワッ》――《ィンッ!!!》

 

「ブイッ!?」

 

 

 思ったその直後。バタフリーが『おんがえし』によってよろめくと同時に ―― 何故かブラウンまで吹飛ばされていた。

 ……え、何? 何をされた? 少なくともバタフリーに関して言えば、技を出した挙動はなかった筈だ。

 目の前で同じくヒヅキさんも狼狽しているが、イツキは勿論待ってなどくれはしない。

 

 

「よし! このまま攻勢だ、バタフリー!」

 

 

 まだまだ余裕のある様子のバタフリーが、ひらひらと舞いながら反撃に出た。空間が歪んで ―― 歪みの具合からみて、『サイコキネシス』!

 

 

「フゥ、リーィ!!!」

 

 《《 グニャッ! 》》

 

「……『こらえる』っ!!」

 

 

 「先制技」であることを利用したヒヅキさんの「指示後だし」。

 吹飛ばされた先で立ち上がったばかりであったブラウンが地面に低く構え、再びの衝撃によって床を滑り、

 

 

 ――《ズザザザザァッ!》

 

「ブィ……ブィ、ブィ……!」

 

 

 だがなんとか『こらえる』を成功させ、そこから再び立ち上がった。

 よし! と、思わずガッツポーズをしてしまうが……それよりも今は気になる事がある。なにせ電光掲示板に表示されたバタフリーのHPは「とっくに空になっている」のだ。

 ならば何故、HPが無いバタフリーは未だ元気一杯に飛び回っているのだろうか?

 ……そういえば。さっきもキリンリキやネイティに対して思ったけど、満を持して出したにしてはバタフリーのレベルが低すぎる気もするな。件の電光掲示板に、バタフリーのレベルは14と表示されていて……って、

 

「(うわ……嫌な予感。……もしかしてあの電光掲示板のデータ、正確じゃあないのか!?)」

 

 それは運営側としてやばいだろう!?

 とか言っていても仕方がない。多分バタフリーにしろネイティらにしろ、実際のレベルはもっと高いものであると仮定すれば、この状況には説明がつけられてしまうのだ。

 ……だとしてもブラウンだってレベルは高い。今のバタフリーの「元気さ」、それ自体にはもっと他の種が在るはずで。

 そう考えて眼を凝らせば、バタフリーの前面にうっすらと「光り輝く壁」が見て取れた。可視範囲ぎりぎりにまで薄められたそれは、

 

 

「っ、『リフレクター』!?」

 

 

 張ったのがキリンリキかネイティか……弾き飛ばしたのが時間差のエスパー攻撃だとすると、『リフレクター』自体はキリンリキ……? いや、どちらもネイティと言う可能性もあるけど……。

 しかし今は、その辺りを詮索している時間が勿体無い。『リフレクター』により物理攻撃を半減されていると見るや否や、ヒヅキさんは特殊攻撃に切り替える。

 

 

「……ブラウン! 『スピードスター』ですわッ!」

 

「……ならバタフリー、迎撃! 『スピードスター』!」

 

 

 指示を受けたブラウンが口を開き、星型の光線を吐き出そうとするも、

 

 

「フリーィィイッ!!」

 

 

 僅差で先手を取ったのは、素早さに勝るバタフリー。

 星と星がぶつかり合い、弾け、先手を取ったバタフリーの『スピードスター』がブラウンのそれに割って入る。

 もとよりノックダウン寸前のブラウンは足の鈍りもあり、『スピードスター』による迎撃を避ける事が出来ず……その場を一歩も動かないままに巻き込まれてしまった。

 

 

「ブ ―― ィ」

 

 《バシバシババシッ、―― バシバシバシッ!!》

 

「ブ、……ィ」

 

 

 雨あられと降り注ぐ、星型の光線。

 それでも倒れこまず、その場に伏せ込んで目を閉じるブラウンの様子を見て、審判がすぐさま勝敗を告げた。

 

 

「……! イーブイ、戦闘不能! よってこの勝負、勝者、ヤマブキシティのイツキ!」

 

 

 歓声が沸き溢れる。イツキの肩にバタフリーが止まり、ヒヅキさんはトレーナーズスクエアからフィールドへと飛び出した。

 タイプだけには拘らない。エスパーポケモンでないながらに、エスパータイプの技を活かす。これはきっと、イツキの出したエスパートレーナーに対する答えでもあるに違いない。

 流石におかしいと感じた運営側によって、再解析がされていたのだろう。電光掲示板に表示されたバタフリーのHPは綺麗な緑バー……安全圏にまで「修正」されていた。

 ヒヅキさんはブラウンを腕に抱き、自らの敗北を噛み締める表情のまま電光掲示板に眼をやった。バタフリーの残ったHPを見届けると、喉元まででかかった溜息を押し込め、微笑みかける。

 

 

「よく頑張ってくれましたわ、ブラウン。わたくしも貴方の勇姿に答えられるような人間でありたいと、改めて思いましたわ。……だから、これはお礼です」

 

 

 目を瞑り、ブラウンの頬にキスをしてからモンスターボールへと戻す。どこまでも気障と言うか、お姫様というか。ヒヅキさんだからこそ許される所業だな。

 いつしか傍に、バタフリーをボールへと収めたイツキが立っていた。ヒヅキさんが再び立ち上がった頃合をみてイツキは右手を差し出し、差し出された手を、ヒヅキさんは掴み返す。

 ……ただしジト眼で睨みながら、だけども。

 

 

「……今度こそ『わたくし達の』敗北ですわ、イツキ」

 

「そうだね。ボク達の勝ち。……でも君達は、君も、君のポケモンも、とても強かった。だからこそ、こんなにも楽しいポケモンバトルだったんだと思うんだ」

 

「ええ。わたくしも楽しかったですわ。……ただし、次はありません。今回の敗北はしっかりと糧に出来るものでした。―― その背はしっかりとこの眼に焼付けましたわ。待っていなさい、いつかはわたくしが勝って差し上げます!」

 

「いつかまた、受けてたつよ。でもその時にはボク達も、もっともっと強くなっていると思う。だから、負けない。そのためにも今、世界へ向けて足掛けているんだからね」

 

 

 最後に握手を交わして、観客達が鳴り止まない拍手を送る中。時折歓声に対して手を振りながら、ヒヅキさんは堂々たる笑顔で引き返していった。選手通路……観客席からは見えない位置へと入ると、そのままその姿は見えなくなる。

 ……。

 

 

「シュン。なんだ急に、立ち上がって」

 

「悪い。ちょっとイツキのトコに行って来る」

 

「? おい、そっちは確か……」

 

「……ちっ。イツキの居る選手入場口はあっちの、東側だろ。間違ってんじゃねえよ」

 

「おっと。ありがとな、リョウヘイ」

 

 

 助言をくれたリョウヘイにお礼をいいながら、オレは指差された西側の(・・・)通路へと降る。おかげでどうにか、怪訝な顔をした他の友人達からは追求をされずに済んだ。

 階段をおりきると、今度は長い通路を進む。「スタッフオンリー」になっている区域の入口に立っていた係員の人に選手証を照合してもらい、闘技場へと続く選手通路を目指す。

 

 ここまで来ればもう歩いている人はいない。

 

 ただ、壁に背を預けて脱力しているポケモントレーナーが1人、居るだけだ。

 

 

「……あら、シュンですのね。ご免あそばせ、と」

 

「別に、今くらいは気にしなくて良いって」

 

 

 足から崩れそうになったヒヅキさんを、オレは差し出された手を掴んで引き上げる。

 立ったヒヅキさんは涙を流していなければ、いつかの様に無力感に苛まれた表情も浮べていなかった。

 どこかさっぱりとした、憑き物が落ちたような……いつか鏡で見た覚えのある顔。

 

 

「わたくしにも判りました。あのバタフリー……あれはきっと、エスパーである彼が出した結論でもあるのでしょうね。……ポケモントレーナーとしての彼に負けたんですもの。それは、悔いがないといえば嘘になりますが……」

 

 

 レベルも整えた。調べて、エスパー対策もした。ポケモン達にも出来る限りの育成を行った。

 だからこそ、全部を出し尽くして ――

 

 

「まさか、ですわね。……全力を出し尽くして届かないと言う事が……それ以上に。こんなにも『嬉しい』とは、思っておりませんでしたわ」

 

 

 コトブキカンパニーのご令嬢はある意味では輝かしい ―― 獰猛な笑みを浮かべ、どこか未来へ向けて笑っていた。

 ……いやぁ。というか、これ、見事にオレの二の舞ですよねと!

 

 

「でもヒヅキさんは実際、惜しかったと思うよ。足りなかったのはあと一手。イツキのキリンリキとネイティが『みらいよち』や『リフレクター』を仕込んでいなれば……サポートをしていなければ……あるいはヒヅキさんが途中でそれを読めていれば、って感じだった。結果論だけどさ」

 

「ええ、そうです。……ポケモントレーナーの力の如何によっては、わたくし達はあのイツキに勝てたのです! それが判っただけでも、戦った甲斐はあるというもの!!」

 

 

 バトルが終わった興奮もあるのだろう。テンション高めのヒヅキさんは、そのままお嬢様らしからぬ鼻息の荒さでもって捲くし立てた。

 いやさ。この結果で奮起するかどうかはヒヅキさん次第だったんだけど……まぁ彼女の気性であればやる気は出るだろうな、というのはオレ自身も予想してはいた。結局合宿の間は初日以外殆ど一緒に居たから、その性格も想いも理解する時間はあったしさ。

 そんな感じで自分を納得させていると、捲くし立てていたヒヅキさんが口を閉じ、此方へと視線を向けていた。微妙に居ずまいを直して、髪の端をちょちょいと整えて。

 

 

「……こほん。それはそれとして、シュン。貴方にも随分と協力をしてもらいましたものね。何か、貴方に、わたくしから出来ることはなくって?」

 

「ん? いや、オレもヒヅキさんに練習を手伝ってもらって助かってるからさ」

 

「ですが、わたくし達がここまで……イツキに肉薄するレベルまで上達できたのは、間違いなくシュンのお陰でしょう?」

 

「そうでもないんじゃないか? ヒヅキさん自身が頑張ったってだけで……」

 

 

 特に返して貰うような恩は作っていない。十分に還元はされている、と思うんだけど。

 

 

「それではわたくしの気が済みません。何か、何かないのですか? 次は貴方がイツキと勝負するのですし、尚更……例えばコトブキ社製の製品とか、欲しいものはありませんか? お父様に頼めば多少の無理は効きますわ」

 

「うーん……と、言われてもなぁ」

 

 

 悩んでみるけれど、実際、この試合直前になって出来ることは少ないだろう。

 秘策の種(文字通り)はショウから受け取り済みだし、オレとその手持ちポケモンの技量は出来る限り磨いたし、今からバトルの練習をする様な時間でもないし。

 コトブキ社製品……は、確か開発中のランニングシューズとかがあった筈で、そういうのは欲しいと言えば欲しいけど……これもバトル自体には関係ない。

 

 

「そもそも試合前だし、カタログだって持ってないよな」

 

「それは……そう、です、わね。ですが、恩義を感じているのは確かですもの。返さなければわたくしの気が済みません。この様な不躾なお礼など、シュンにとってはご迷惑だと承知の上で……ですが」

 

 

 そう言うと、ヒヅキさんは考え込んでしまった。

 ……どうにも令嬢らしく、こういう所は頑固だよな。仕方が無い。それじゃあ、

 

 

「それじゃあさ。その内に、って事にしとこう」

 

「その内に、です?」

 

「そうそう。合宿が終わるまでに。もしくは、合宿が終わったって連絡が取れなくなる訳じゃあないだろ? その内に、ヒヅキさんの気が済む形でやってくれればそれで良いよ」

 

「……ですわね。シュンはイツキとの試合を控えているんですものね。申し訳ありません。わたくしとした事が、つい熱くなってしまって……」

 

「いいっていいって。それじゃあ、はいこれ。オレの連絡先だから」

 

「ありがとうございます。後で連絡させて貰いますわ」

 

「おっけ、了解。それじゃあ……ああ、そうそう」

 

 

 一旦振り向いたものの再び足を止めたオレを見て、ヒヅキさんは疑問符を浮べる。

 でも、これだけは試合の直後である今、伝えておきたかったからなぁ。

 

 

「ヒヅキさんとイツキの勝負、見ていてワクワクするポケモン勝負だった。頑張れ……っては、これ以上はないだろうから言わないけどね。……ありがとう。オレも次、頑張るからさ。見ていて」

 

 

 こっぱずかしいお礼を言ってから、オレはヒヅキさんに背を向けた。

 慣れない事をしたせいであろう。オレは微妙に早足というかむしろダッシュで、イツキとの試合会場に向かう羽目になる。

 ……そのバトル開始までまだまだ時間があるって言うの、忘れてたんだけども!

 

 





 今話の「元凶」につきましては、元々あのHP表示が謎技術過ぎると思ったのが切欠ですね。ポケモンごとの個体差があるというのに、正確に表示できるはずもないでしょうと。いえ、前話からみえみえの伏線を張ってましたけれども!

 あ、因みに遅くはなりましたが「ポケモンバッカーズ」についてはポケアニ映画、ゾロアークのやつを参照してくだされば。冒頭とエンディングでやっているポケモンスポーツだそうです。ルールは殆ど捏造ですけれども。

 バタフリーについて。
 序盤虫ポケ。最終進化系というだけでも低レベル帯のバトルにおいては脅威ですね。低いレベルでエスパー技を扱えますうえ、エスパーポケモン一色にするのは攻略側としては……と考えたうえでの選出となりました。
 イツキは見ての通り重要な役ですので、……シュン達としてはなんとか攻略の手口を「見つけたい」ところですよね。きっと。

 ついでに。
 作中、シュンの思考より「先制技」の定義がちょっとずれているように感じるかも知れませんが、これもまたある意味では布石です。
 シュンの中では「先制攻撃をするダメージ元」ではなく、「優先度を持たない技に『先んじて繰り出すことの出来る』技」が「先制技」と解釈されているようです。
 ……「せんせい」とか連呼してますが、ドサイドンさんやイャンクックさんは関係ないのですよ? 本当です。


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