大きな雨粒が闘技場に落ち始め、観客席の所々で傘が開き出した。
どうやら「観る側」である観客皆々様方も、ポケモンバトルの盛んなセキエイに住んでいるからには天候技にも慣れているらしく……観戦の準備は万端であるらしい。
そして、これもバトル観戦の慣れからであろうか。振り出した雨が
「……雨によって水タイプの技を強化し……土から泥を作ることでクラブの移動を妨げない環境へと変える。……成る程、シュン、君は……」
またぼうっとし始めたイツキはというと、ぶつぶつと状況把握を続けており、しばらくそのまま呟いた後……表情を変える。
「―― 残り1匹でも諦めない。その為の、ポケモントレーナー。……いいね。君は、凄く良い!!」
雨のフィールドの中、イツキは満面の笑みを浮かべていた。
……褒められるのはまだしも、「良い」っていわれると微妙に身の危険を感じるんです。いや、何でなのかは判らないけれども。
ひとしきり笑ったイツキは、ネイティをバトルスペースへと戻す。
ともあれ、学生トレーナーポケモンバトル大会本戦2回戦。
―― その〆となる、バトル!
「さあ行くよ、ネイティ!」
「トゥートゥー」
「決めよう、ベニ!」
「グッグ」ブクク
バトルスペースに2匹が戻った事で勝負が再開される。
最も高い岩場を足場にしているネイティと地面を歩くベニとの間には大分距離があり、そもそもネイティにダメージは与えられていない。
「(ベニはレベル16……ネイティは、少なくともそれ以上)」
……このままだと、キリンリキ戦みたいに遠距離から一方的に攻撃を受ける可能性が高いだろうか。
イツキにはまだ1匹いることだし ―― 初っ端から、「切り札」を切ってく!
「本当は相性を考慮して持たせていたんだけど、フィールドの利がある。……ベニ、『しぜんのめぐみ』!」
「グゥ……」
「! まずい……ネイティ、至急!!」
「トゥ、トゥ!」
岩場の上で小さく翼を広げるネイティ……へ、向かって!!
「―― グッ!!」
ベニが大きな鋏を振り下ろす。勿論、鋏自体は届かない。振り下ろされて、地面を叩く事になる。
……叩いた地面ついで、ネイティの足元の岩、弾けろっ!!
「……トゥッ」
――《バカァンッ!!》
岩がバカリと割れて、見事にネイティを巻き込むことに成功だ。
地面に落下したネイティは目を回し……てない。あの遠くを見てる目のままだなぁ。どちらにせよ起き上がる様子はないし、効果は抜群だったと信じたいけれど(願望)。
寄った審判が、動かないネイティを覗き込んで……判定を。
「ネイティ、戦闘不能! 勝者、シュンのクラブ!」
《ワァァァーッ》
歓声が鳴り響く中で、オレもこっそりとガッツポーズをしておいて……だ。
さて。これは別に、オレがエスパーに目覚めた訳じゃない。ベニの『しぜんのめぐみ』による効果である。
『しぜんのめぐみ』は持っていた木の実に応じてタイプと威力が変わる技で、オレがベニに持たせていたのは、「ミクルの実」。「ミクルの実」によって『しぜんのめぐみ』が岩タイプの技に変化した……というのが、今回ネイティを一撃で伸して見せたその種だ。
岩タイプなら、ネイティとバタフリーに一貫してダメージが通る。どうやら地面を叩いた攻撃力を基準として『しぜんのめぐみ』の威力はあがるらしく……特殊攻撃が決して得意ではないベニが切り札として使うには、うってつけだったしさ。
……とはいえこの「ミクルの実」自体、かなり珍しい木の実らしい。ショウの奴は「木の実名人の弟子だから」とか何とか言いながら園芸クラブの畑を魔開拓するし、その成果としてこういうのをほいほい収穫してくるからなぁ。何ともありがたみを感じ辛い。ありがたいけど。
「今のが、『しぜんのめぐみ』……?」
「ベニのは、ちょっと特別だけどな」
「グッグ!」
「……成る程。天候技によってパワーアップされた水タイプの直接打撃……『クラブハンマー』辺りを警戒していたんだけどね。離れていたネイティを一撃ってなると、どうやら効果抜群だったみたいだ」
イツキはネイティを抱き上げてその様子を確認した後、ボールへと戻す。どうやら岩タイプの攻撃だったというのは把握されてしまったらしい。
まぁ、どうせ木の実は消費されてしまったのだ。ばれた所で大差は無いか。
「さて、と。これで残るはバタフリー1匹だぞ」
「グッグ、グッグ!」
「おっけ。指示は任せてくれ」
そんな風にベニと気合を入れなおしている内に、イツキは再びモンスターボールを取り出す。
手ずから宙に放り、割れると、雨空にバタフリーが元気良く飛び出して。
「フリーィ、フリーッッ!!」
「……行くよ、バタフリー!」
いつにない程の気合を纏い、腕を振るった。
互いに最後のポケモン。体力はどちらも満タン。歓声によって闘技場がびりびりと振るえる感触。
オレも足元に居たベニに指示を出し、フィールドへと走らせる。
勝負は初手。ネイティの最後の仕掛け ―― 多分、『リフレクター』か『みらいよち』、もしくは『ねがいごと』を何とかしなくちゃいけないからな。
「(……読み合い、だな!)」
雨粒が頭上を濡らす中、それぞれの技の効果を順に思い出してみる。
『みらいよち』。
未来に攻撃を予知する、攻撃技。今の場面だと、ヒヅキさんの時みたいにベニに予期せぬ一撃を加えることが出来る為、体勢崩しという意味でも残しておいて損はない。
『ねがいごと』。
バタフリーに回復をかけることが出来る技。これも、残して置いて損はないな。
『リフレクター』。
ベニは物理攻撃が主体であるため、物理攻撃を半減できるこれも十分に可能性がある。
「(結局どれも可能性があると来た)」
だが、指示を受けて行動をしている以上、猶予は残り僅か。
どれかを予測して、それを打ち破るための策を練り……ベニを、勝たせてやりたい。
……。
……よく見れば、バタフリーの前面には薄く輝く壁がある。目を凝らせばぎりぎり。ヒヅキさんの時にも決め手となった、
時間がない。これに、賭ける!
「いけぇ、ベニ!!」
「グッグ!」ササッ
「フリッ、フリーィィ!」ヒラヒラ
ベニが時折泥を巻き上げながら、岩場を縫う様に接近してゆく。
対するバタフリーは岩場を上からひらひらと見下ろし、ベニを捉えられないでいる……のか? 地面に降りれないのであれば兎も角、ネイティみたいに足場を固定すれば此方を狙うことも出来るはずなのだが……。
「(……もしかして、『しぜんのめぐみ』を警戒してるのか?)」
実際には木の実は消費されているため、『しぜんのめぐみ』は使えない。
オレの読みは『リフレクター』。そのため、ベニには『かわらわり』によって『リフレクター』を無効化してからの『クラブハンマー』を指示してあるのだが……
「(……いや、だとしても……ああも移動をしない理由は無いだろ)」
だと、すれば。移動を、しない。
……っ!?
「まずいっ……切り替えだ、ベニ! 『クラブハンマー』!」
「グッ? グッグ」コクコク
「気付かれた……か! バタフリー、そのまま頼むよ!」
「フリーィッ!!」
土壇場で思い出せたのは、いつかのショウと双子のバトル……もしくは合宿に来てからのイーブイだけで4連勝のバトルを追想出来たからだ。
テレパス、およびサインによる指示 ―― その利点の1つが、指示の隠蔽。
……要注意の積み技、『ちょうのまい』!!
「頼むっ、……急所狙いっ!!」
勝負をこのターンで決めなければ。
HPを削り切るには『クラブハンマー』で急所を狙うしか、ない!
……頼むっ!
「グッ……グッグゥ!!」
《ブォンッ》――《 バシュンッ!! 》
「フリーィッ!?」
8の字に飛ぶバタフリーに向かって、跳びあがったベニが鋏を振り下ろす。
『リフレクター』に勢いを殺されながらも、直撃。……どうだっ!?
「フリッ、……」
羽の動きが止まる。
宙をゆらりと滑り、落下し ――
「―― 今だ、『サイコキネシス』!!」
「……フリィッ!!」
その途中でバタフリーがみるみる内に元気を取り戻し、
イツキの指示に頷いて素早く空中で切り返し、ベニの周りの空間一帯を歪めた。
《《 グワーァァンッ!! 》》
『ちょうのまい』によって強化された特殊攻撃だ。範囲を広げようが関係なく、岩場を含むフィールド全体を念の波が包み込む。
次々と岩にひびが入り、1つ、また1つと砕けてゆく。
「フリーィ……リーィィ!!」
《 ヒィィ 》――《 ビィィィィィンッ!! 》
「グッ、グゥ!?」
バタフリーが力をこめると同時、まるで空間が膨張したかのような破裂音が会場を震わした。
同時に突風が吹き荒れ、砂煙と岩礫が弾け飛び、フィールドの中は見えなくなる。
空調が動き始め、雨粒に落とされ、砂煙は段々と晴れて。
オレの視界に、映ったのは。
《……オッ》
「―― シュンのクラブ、戦闘不能! 勝者、ヤマブキシティのイツキ!!」
《《《 ドワァァアアアアーッ!! 》》》
膨れ上がる歓声。
バトルフィールドの中央に倒れているのは、審判の判定の通り ―― ベニ。
「……ふぅ。ありがとう、ベニ」
知らず息を止めていたらしい。
奥に溜まったそれらを吐き出しながら、オレはベニをボールへ戻して上を向く。
未だ雨粒は大きいままだ。
「(負け……。……あーあ、負っけたかー!)」
合宿に来てからも、ポケモンバトルにおける負けは何度もあった。
けれど、この試合は少し違ったもの。
勝ちたかった。勝たせてあげたかった。負けたくは無い、試合だった。
うーん……人生、なかなかに厳しいな!
「―― ありがとう、シュン」
「……ああ。オレも、ありがとう!」
歓声の中、差し出された右手を掴んでイツキと握手を交わす。
と。ついでに。
「イツキ。最後のバタフリーの『頑丈さ』の種を聞いてもいいか?」
「ああ、良いよ。……ボクのキリンリキは『ひかりのねんど』を持って『リフレクター』。ネイティが『ねがいごと』をしてる」
そう。バタフリーとのレベル差があるとはいえ、『あまごい』下におけるベニの『クラブハンマー』は、バタフリーを一撃で仕留めかねない威力を有している……はずだった。
しかし、それも軽減されているとすれば。
「つまりは、結局オレの読み負けだよな。ベニがネイティを一撃で倒せたから、『キリンリキの時点でリフレクターが張ってある』っていう選択肢を無意識に除外してしまっていたのか」
だから、ネイティが『リフレクター』を張ったと考えていた。『ねがいごと』までを考慮仕切れていなかった。
……ある意味、ベニの攻撃力が
「ボクも流石に、警戒していた物理攻撃の一撃でやられるとは思わなかったけれどね。大分焦って、HPを削るはずだったのを回復に急遽変更したんだ」
『クラブハンマー』は『リフレクター』によって半減され、『ねがいごと』で回復したバタフリーが積み技を併用して確実な止めを繰り出す。
つまりイツキは、
「それって、オレのポケモン達が……」
「うん。シュンのポケモンは一貫して物理攻撃……だよね? 『リフレクター』は張っておいて損はない。まぁそれも、マダツボミの『急所狙い』で突破されかけたけど」
「なるほど。
そう考えると、攻撃力を増す『ぜんりょく』ではなく『急所狙い』で仕留めに掛かっていれば、少なくとも相打ちには持ち込めていたのかも知れないな。
……ま、そういう振り返りは後にしておかなきゃな。
降り注ぎ続ける歓声を意に介せず、イツキはオレに向かって再び口を開く。
「シュン。君もボクと
「……ショウといいイツキといい、オレに過大な期待をしている気がするんだよなぁ」
「あはは! でも、シュン。君達とのバトルは本当に楽しかったし、嬉しかった。今も余韻が残ってる。これは、揺ぎ無い事実だ」
言うと、イツキは仮面を手に取った。
何の事はない。イツキだって、やや視線は鋭いが、オレと同じ普通の少年で。
「―― またいつか、バトルをしよう!」
イツキは満面の笑みを浮べる。例え仮面を被っていたとしても、これじゃあ全く隠し切れはしないだろう。
……そうだなぁ。少なくとも、これだけは確約できる。
「次に会う時は、オレも、オレのポケモンも……もっと強くなる。だから ―― 約束するよ、バトル!」
負けない様にオレも笑みを浮かべる。
そうしてイツキと視線を交わして……オレは闘技場の出口へと引き返していった。
――
――――
数日の後。
この大会は、勢いのままに勝ち進んだイツキが見事に優勝を決めた。
2位はホウエン地方から、フヨウさん。
決勝戦でイツキとの死闘を繰り広げた結果、僅差での2位だ。彼女とイツキはどちらが優勝でもおかしくはなかっただろう。
3位はシンオウ地方のスズナさんという人。
氷タイプのポケモンと天候を操っての上位入賞で、強いて言えば、エースのユキメノコが上位2人に対してタイプ相性が悪かったのが敗因か。
他にもあのカトレアお嬢様が8位入賞を果たしたり、各地のトレーナーが表彰をされたり。
そうして終始歓声に包まれたまま、セキエイ高原における学生トーナメント……そしてセキエイ高原における合宿は、幕を閉じたのであった。
さて、尻切れヤンヤンマですがこれにて夏編が終了になります。
何時になく仕込みすぎたせいで壁張りのタイミングとか、クラブの恐るべき攻撃力とか、そういうのが読み辛いとは思うのですが……駄作者私の力不足なのです。
そしてナイトヘッドとか、上でも自分で効果が無いって書いているというのに……駄作者私。
因みに最後の急所お願いは、壁張りされている上に何かある、とシュンが感づいた故の行動となっております。
……とはいえマダツボミの様になるには練習が足りなく(そもそもレベル技の先行習得なので熟練度(仮)はあがり辛いのです)、こういう結果になってしまいましたが。
敗北。
かの主人公では出来なかった事、その1つになります。
本来であれば、バトルで負けた方が主人公は成長すると思うのですよね。
……さて、ここから頑張って再起してもらわねば!
ということで、夏編の後暫くはイベントの消化にはしる予定です。
以下、バトルについて。
久々に解説が長いですので、御注意を。
>>マダツボミの『つるのムチ』二刀流。
拙作中でミュウツーがやっていた『サイコカッター』二刀流みたいな感じですね。
「バリエーション」も一応の解説をしておきますと、『慣れている近距離技の能力を多少弄れる』といった感じです。
『ぜんりょく』……攻撃力アップ(↑)、PP消費アップ(↓↓)、急所率(↓)
『なわとび』……PP消費アップ(↓↓)、攻撃力ダウン(↓↓)(2本分合わせても通常以下)、2本目の蔓に特殊効果付与が可能(↑)
『急所狙い』……急所ランク+1~3(↑)、攻撃力ダウン(↓)、PP消費アップ(↓)、命中率ダウン(↓)
といった感じかと。これで遠距離>近距離という技の優劣を少しでも軽減する意味合いもありますね。
駄作者私の打ち出すものなので、当然といいますか、「元の技の効率を超えることは絶対に出来ません」。
何かを尖らす代わり、何かを余剰以上に消費されます次第。
因みに、ポケスペより「100万ボルト」がイメージ元です。あれは遠距離でしたけれども。
>>天候技に訓練された観客
実際、ポケモンバトルを観戦するとなったらかなりの忍耐力が必要そうですよね……とか思ってました。雨や日照はともかく、砂嵐はやばいでしょうねー。ごわごわ。
甲子園の観戦慣れしてる感じです。セキエイ高原に住まう人々。
エレキフィールドとかミストフィールド辺りなら、観客席までは届きません……よね?
>>『しぜんのめぐみ』
XYで色々と強化された技の1つですね。擬似物理版めざぱとして使用できる可能性のある技で、効果は作中の通り。
とはいえ持ち物が制限されてしまう以上、何かしらの奇襲やピンポイントで使うと言った工夫が必要そうです。こういう技を使いこなせたらカッコいいと思ったりしております。
本当は木の実を投げる技になる予定だったのですが、『しぜんのめぐみ』はHGSS辺りまでマシン技だった事もあり、その習得範囲の広さから……どうにも投げられそうにないポケモンが多くおりまして。
岩場でしたし、地面を叩いてもらいました次第。実は投げても良い、とかとか。
>>木の実。ミクルの実。
努力値調整→趣味の園芸→レア木の実の育成……と順調かつ着実に進化を果たしてますね。
因みに木の実の説明で最もロマン溢れるのは「スターの実」かと。この世の果て……そこに全てを置いてきた。探せ!>幻の実
では、では。
……ところで皆さん、BW2の主人公が素敵お団子のメイ(ちゃん)だとすると、手持ちポケモンは何が似合うと思います?
……もうちょっと目標を具体的に書くと、今現在、私、BW2の特別編を執筆中でして。
ある意味ではスクール編と対を成すというか、地続きというか、そんな感じの内容になります予定です。とはいえプロットをあげたら結構な話数になりそうなので、いつ投稿するかは未定なのですけれども(苦笑
それで、手持ちを……と自分で考えてみたり現地ロケ(という名のサブウェイ巡り)をしてみたりしたのですが、悔しいことに、BW2のNPC版キョウヘイ&メイは手持ちのバリエーションが多すぎたのです(あと、パッとしませんでした)。
それで、私だけで考えていても……という流れで皆様方にお伺いを立てました次第。
作中で使用するキャラクターの方針的なものは、キャラ立てのために作ってあるものがございますので、活動報告に載せておきたいと思います。活動報告もしくはメッセージ等でご意見をば賜りたく。
……ですが、基本的には皆さんが「メイちゃん」と聞いてまっさきに思い浮かべるパートナーをお伺いしたいので、そちらはご覧にならず直にイメージできるポケモンを教えてくださっても一向に、全く、むしろ喜ばしいほどに構いませんので。
では、では。