『血沸き、肉踊る。そういうバトルが、ワシちゃんは大好きなのよん』
目の前で、師はゆったりと身体を動かす。
時に水の流れを模倣してのらりくらり。時に燃え盛る火の様に昂ぶり。時に雷の荒ぶる様を模して疾く。
かと思えばひょうきんに、くるりと飛び退ってはピースサイン。
その様は、今の自分にははるかに遠く及ばないものだ。肉体的には勝っているとしても、年月の重みには敵うまい。だからこそ、彼は我らに師と呼ばれ ―― ヨロイの管理者としても、信頼されているのだろう。
かつての国を守護した剣と盾。身にまとわれたるは鎧。王冠を冠り、馬上にあるその姿をもって、その者は王と呼ばれたのだ。
……呼ばれたのだ、そうだ。そうと聞く。伝聞ではあるが。
『そう小難しく考えなくても良いのにねぇ。キミは』
数匹の同期と共に道場での修練を終えた後、師はわたしだけを残して、そう語りかけた。
『今はもう、ヨロイとしての使命なんてあってないようなものでしょ。そういう存在で
こちらの表情を見てだろう。
仕方がないなぁ、と。我が子をいつくしむ様な苦笑い。
『ワシちゃんもね、色々と悩んだのよ。どうもポケモン、ひいてはポケモンバトルっていう
ふるりと手足を振り回して、ぴたり。まるでそこにあるのが当然の様に、構える。
『でも、だからこそ出来ることもあったのよん。この辺り、結婚してから学んだことでもあるし……そのためにワシちゃんが居るってまで、張れるほどの名前でもないけどさ。でもでも、キミ達には多くのものを学んで欲しいし、得て欲しいと思っているのよ』
その結果がこの道場に残ることでも ―― 他のトレーナーと外へ出ていくことだとしても。考え抜いて選んだ結論なのであれば、構わない。
「キミが選んで」と。師はいつもそう言うのだ。
『……そこで悩むのね。キミはだからこそ、数多いる同期の内でも飛びぬけて、ヨロイの資格を持つに相応しいとも思うんだけどねぇ。どうしょっかねぇ』
こちらの心情を察して、師は続けた。どうやらばれているようだ。
こうした察しの速さは、師ならではの技能であると思う。島を訪れる他のトレーナーも、それこそ元チャンピオンに挑んでくる凄腕のトレーナーも、奥方でさえも及ばない。
……強いて言うなれば。今のお弟子の中にひとり。どこか抜けていて、しかしそれすらも愛嬌で、人ともポケモンともすぐさま友になれる……その爪で真っ直ぐに天を衝く。衝いて、突き破ってしまうような。そんなトレーナーが居るけれど。しかし彼は年少だ。実力がまだ伴っていないと、師はいつも笑い飛ばしてばかりいる。
『う~ん。……そうだ!』
見つめていたわたしの前で、師はぽんと手を叩く。
何かしらを思いついた時のモーションだ。
『その内に、他のポケモンバトル先進国を巡ろうと思っているのよ。キミ、一緒に来ない?』
師の誘いである。否やはない。
ない……が。それは修業よりも大切なことなのだろうか。
『うん。少なくとも、キミが「どれを選ぶか」の参考にはなるね。……それは「型」に関することだけじゃなくって、もっと広い意味でだけども』
とても楽しそうに師は語る。ならば間違いはないだろう。そう思う。
そうしてわたしは、この国に来たのだ。
沢山の「人と共に暮らすポケモン達」を見た。
沢山の「ポケモン達と共に暮らす人」を見た。
沢山の「野生に在るがままのポケモン達」を見た。
沢山の「ポケモンを守ろうと、知ろうとする人達」を見た。
見聞を広げる。そういう意味合いで、目標は達せられた。
そうして実際、ひとりの人に興味も沸いた。
こうして調査に同行しているのも、そのためだ。
そして、おそらく。
おそらくではあるが、師はこの少年の中に、「見聞を広げるそれ以上の何か」を見出している。
師はカラテ大王と呼んだ友人と、夜な夜な、
何を見せてくれるのか。それを楽しみにして良いのか。
それはわたしにとって有意義なのか。
楽しめるからには、期待に応えたいとも思う。
悪の組織なにするものぞ。我が
その先に何が見えるのか。何を見せてくれるのか。
期待をしたいと、そう思う。
……結論から言うなれば。少年はわたしの期待に勝るものを見せてくれた。
ただし帰国した後、師にかけられた言葉はというと、こうだ。
『うふふ! どうやら他の楽しいこと、たくさん見つかったみたいね!』
唖然とした。題目が単純すぎるだろうと。
そして、その言葉がすんなりと納得できたわたし自身の単純さも、同時に。
『おんなじ子ども同士で過ごすの、楽しかったでしょ? 彼と一緒にバトルしてた時はさ。忘れてたでしょ、ヨロイの役目なんて。それで良いのよん。別にチャンピオンになりながらでも、お役目なんてこなせるくらいのものなんだし。……どう? こんどキミも、誰かと一緒に旅をしてみる?』
あの探検の先でバトルをした時のわたしと同じ、快活な笑顔で。
研究ではなくバトルの際のあの少年と同じような、しかし茶目っ気に勝った笑顔で。
そのまま年を取ればこうなるのだろうなという、まるで悪戯に誘う少年のように……「キミが選んで」と。
師はいつでも、そう言うのだ。
本日ふたつめ。
ほんとはあとがきにこれを置こうと(愚考)していた。
きちりと仕様を守って、普通に置きなさいな……。裏と表の、みたいな演出をしたいのはわかりますけどね。だったら普通に区切ればよい。