マイ及びその母と別れた管理棟を出て、10分も歩けば男子寮に到着する。
しかしながら後片付けや明日の準備のため、敷地内には未だ数多くの生徒達が残っている。
そんな生徒達を眺めながら歩き、その途中の出来事であった。
「―― それでは明日の計画を建てたいと思うのだが、どうだろう」
誰も回りに居なくなった頃合を見て、ゴウが話題を切り出したのだ。
「んだよゴウ。今日は全然全く無事だったんだし、良いんじゃねえの?」
外灯の明かりをバックに、ユウキがいつもの調子で、頭の後ろで腕を組みながら言う。
楽観的に過ぎると取られかねない発言だけど……まぁ、気持ちは判らないでもない。勘違いされてもあれだし、オレもユウキを弁護しとくか。補足的に。
「ま、そうだな。今日はマイを連れ回してみたけど、ロケット団からのアプローチは一切なかったんだろ?」
「む、それはそうだが」
本日マイを連れ回したのはこの通り ―― つまりはマイが未だ狙われているのかを確かめる為でもあったのだ。
そして、安全だろうという判定を下したのは他でもない、そういった行動に長けているゴウ自身の発言である。ゴウに曰く「視線を感じなかった」のだそうだ。
大勢の人に紛れるならば、初日である今日は観察するに絶好の機会。3日の中で段取りをつけるとしても、これ以上はないロケーションである。だとするとアプローチが無かった今、ロケット団のマイへの興味、引いてはロコンへの興味も薄れていると考えて良いとは思うのだが。
……そんでも、ゴウの言う事だしな。意味はあるに違いない。
オレも考えてみよう。だとすると、だな。考えながら口に出してみるとして。
「明日の行動予定は……メインはマイを兄と合流させること。で、ロコンの引渡し。必要なら兄の護衛。ギーマさんに曰く、警備もシフトも今日と同様で薄くはならない。メインイベントのバトル大会があるけど、オレらは出場しないから関係ない。出店に関しては今日と同じの筈で……」
次々と挙げてみるが、これといって今日との違いは無い様に思える。
……いや、違うか。今オレが挙げたのはあくまで「開催側」のスケジュールであって。
「―― 客入りは多分、今日より多くなるな」
「流石はシュン。そこに気付いてくれたか」
オレのこの返答に、ゴウが意を射たとばかりに頷いた。
しかし、そう。明日はメインイベントである「バトルトーナメント」が催される日なのだ。
タマムシでも大人気のポケモンバトル。しかも学生達が多く参加する規模の大きなものとあって、最高の集客要素を持っている。
……で。
「それで、どうなんだ? 客に混じってロケット団は入りやすくなるだろうけどよ、どっちにしろロケット団はロコンに執着してないんじゃねぇの?」
「ああ。ユウキの言う事にも一理ある。僕も今日1日の観察を経て、マイとロコンの安全と言う意味ではかなり増していると感じた」
「それじゃあー、何が問題なのー?」
「そこはもっと別の観点だろ? ゴウ」
「そうだ」
オレの問い掛けに、ゴウが語気を強める。
「―― うむ。マイの安全がどうこうと言うよりは、だが。ロケット団の狙いが『人が多く集まる場所』で行われるものだとしたら……その決行は間違いなく、明日になるのではないか?」
「……っ」
この言葉に、ユウキは思わず息を呑んだ。
……そうなんだよな。ロケット団は別にマイを狙うとは言ってない。オレ達は身近にある危機を避けようと努力をしていたのだが、どうやらゴウは違ったらしい。「学園祭に集まってくる人達の安全を」という視点にあったのだ。
その中には……というか、恐らく、ノゾミは最優先の
とはいえゴウの事だ。全く手を打ってないとも考え難い。となると。
「その事は、ギーマさんには、もう?」
「無論だ。先ほどの自由行動の時、会長へ直接伝えてある。しかし、ジュンサーさん達は元よりそのつもりだったようだな。判っている、とだけ返されてしまった。……しかし僕達が意識しているかいないかで、マイの安全はまた違ってくるだろうと思ってな」
「だな。それで明日の計画を、って訳か」
「うむ。言葉が足りなくてすまないな」
ゴウがしかめっ面をして軽く手を合わせる。珍しく殊勝な態度のゴウに、ユウキが若干驚いている。……いやゴウは基本誰にでもこんな感じなのだが、例外がユウキとケイスケだってだけなんだ。
さて。そうなると、優先順位が変わってくるだろう。
「それじゃ兄との合流よりも安全を優先したほうが良さそうだな。なにせ兄は明日から予定が空くっていうだけで、明日じゃなきゃ渡せない訳じゃないんだ。最悪、学際期間が終わってからでも良いんだし」
「僕もそう考えている。しかし姫君……ではなく、ノゾミにも、学園祭を楽しんでもらいたいという気持ちはある。何かあれば警
「なるー。そこまで言われりゃ納得だな。ま、おれとしちゃあ明日何にも無い事を祈るけどよ」
「……ふーん? じゃあー、巻き込まれないように注意しないとねー」
「ケイスケの言う事は最もだ。……普段からそうしてくれていれば、僕の負担も減るのだがな」
ゴウがしかめっ面のまま、こめかみ辺りを押さえる。先週も試験対策のレジュメとかコピーしまくりだったからなー。お疲れなのだろう。
そんなゴウをオレが労い、ユウキがはしゃぎ、ケイスケが伸びた調子のお礼を言って。
マイの兄だと言う人にはその通りに伝えて欲しい旨を、マイ宅へ連絡をしておいて。
オレ達は男子寮へと帰り、学祭1日目の眠りに着く事にした。
Θ―― 新B棟前広場
そして翌日。
舞う紙吹雪。行き交う人々の波が寄せる。
路上に積もる紙吹雪。行き交う無数の人々。無数の人々に連れられるポケモン達。
タマムシ大学の学園祭は、ご覧の通り、何事もなく2日目を迎えていた。
新B棟は管理棟に隣接されている新造の校舎である。それだけに人の数も多いのだが……こうして賑わっているのを見ていると、まるでロケット団の犯行予告なんて無かったみたいな平和な様子だな。
まぁ一般には話されていないし、大々的には伝えられていない。オレから口頭でちくったのみ。だから無いなら無いで、それに越した事はないんだけどさ。
「ほらマイ、ノゾミ! 今度はあっちのお店を見に行くわよ!!」
「ナツホ、早いよ……」
「……」コクコク
本日は仕事の無い女性陣が合流し、マイを引き連れまわしてくれている。
昨日のオレみたいに無計画に行くと、只の散歩になってしまうからなぁ。こういう時にアクティブな(女子)がいてくれるのはオレとしても大変にありがたい。
先で声をあげるナツホと、マイの手を引いて連れて行くノゾミ。そんな様子を、さて、オレらはと言うと。
「お前は行かねえのかよ、ヒトミ」
「あたしはああいう一般的な女子とは感性が合わないからねえ」
「……うっわ。良いのかよ、それで」
「別に良いんじゃない? それで困ってはいないんだもの。ほらユウキ、トーナメントの調整に付き合いなよ!」
「ってうおわ、引っ張んなよ! 待てって、せめてシュンに……ぁぁぁぁ」
そしてまた、2人消えたな。
というかヒトミはトーナメントに参加するのか。そう言えば公の大会なんかよりも、こういった局所的な大会の方を好んで参加している気がする。その辺りには彼女の気性も関係しているのだろうけれども。
残ったオレとゴウは、新B棟の壁に寄り掛かり……ん。
「やはり腑に落ちないという顔をしているな、シュン。……事件の事か」
「……うん。まぁ、多分そうだ。いやさ。何というか、やっぱり当事者だからだろうな。このまま何事もなく終わってくれるのが1番なんだけど、あの犯行予告が意味の無いものだとは思えないんだ」
「それには僕も同意しよう」
そう言って頷くゴウ。ゴウの同意を得られるならば、オレの勘も捨てたものではないだろう。
……ああ、因みにケイスケは休憩スペースの受付当番。恐らく率先して睡眠という名の休憩を取っている。
そんな風に、オレが今は無きドラゴン使いについても想いを馳せていると、ゴウは表情を変える。先ほどの話題の続きだろう、と、オレも少しだけ気持ちを切り替えておいて。
「……あの幹部が仕掛けてくるとすれば今日だ、という予測には覚えがある。実は、僕とノゾミの実家があるチョウジの里も、昔にロケット団の襲撃を受けていてな。その際に漂っていた不穏な雰囲気は忘れもしない。そしてその不穏な雰囲気は、今の学園祭も同様なのだ」
「つまり今、この学園祭は、オレには判んないけど不穏な雰囲気だって事か」
「ああ」
率直に言ってそれは嫌だ。折角の学園祭だというのにな。
ついでにオレにもゴウみたいなことが出来ないかと、少しだけ神経を尖らせてみる。眼を瞑って……うん。当たり前だけど、判らないな!
オレは雰囲気とやらを読み取ろうという試みを早々に放棄。話題を変える事にする。
「それにしても、チョウジはその時大丈夫だったのか?」
「ああ。僕らお庭番集が撃退したのでな、実質的な被害はなかった。……とはいえ、その襲撃に紛れてロケット団の息の掛かった人間が里に紛れ込んでしまう結果となった。未だに尾を引いている部分もある」
「へえ、そんな事もあるんだな。……そういう意味じゃあタマムシは厳しいよな。あの黒い制服のお人達はどこに潜んでいても不思議じゃあないし」
「うむ。建物もそうだが、そういう意味では大学の敷地内だとて油断は出来ないだろうな」
「それでもま、街の中央部に独りで居るよりはマシなんじゃないか? 年齢層とか、制服とかさ」
「ふ。違いない」
先日の語りの通り、マイの安全という意味ではかなり十分に確保できている感ありありだ。
となると、やっぱり、本当に今日仕掛けてくるのか ―― という部分が気になる所か。相手が何をするのかが判らない内は漠然と警戒をするしかないので、緊張感も募るばかりだ。
ロケット団の襲撃について思考を廻らせつつ。
……すると、ぼうっと学祭の景色を眺めているオレとゴウの前を、姦しい集団が横切った。
「今日はわたしがトーナメントで華麗に優勝してあげるんだからっ! 見てなさいよね、レッド!!」
「……。……?」
「煽るんじゃねえよおてんば人魚……って、おいレッド! 待てってんだよ、てめえも! オレがせっかく外国から帰ってきてんのに……だからリーフ、てめえもどこ行くんだよ!?」
「おー。レッドの目が輝いてる……。うんうん! 判るよ! あたしもあたしも!」
うん、子供ばかりの集団だったな。
学祭では珍しい光景じゃあないけど、ま、とりあえず緑の男子が大変そうだ。先頭の女児(おてんば人魚とやら)に触発されたらしい赤い上着の男子……だけでなく、黒のワンピースの娘がどこぞへと走っていった時点で、収集はつかなくなっている。頑張れよー。せめて迷子になるなよー。無茶振りだけど。
――《 ヴー、ヴー 》
「っと。残念ながら、連絡だな」
「ふむ。ギーマさんか。ここは任せて行って来てくれ」
「頼む、ゴウ」
ここで予定調和といわんばかりに
お言葉に甘えて、この場はゴウに任せ、生徒会室に向かうとしよう。
Θ―― 管理棟/生徒会室
「―― さて、君に来てもらったのは他でもない。嫌な知らせで悪いが、あの小さなレディーから始まった流れだ。君の耳には入れておかないといけないだろうぜ」
「うわ。やっぱ、嫌な知らせなんですね」
開口一番、コインを弾きながらの台詞がこれである。
そろそろギーマ会長のノリには慣れてきたとはいえ、それにしても、内容が悪いものだと肩を落とす他にオレの反応も無いな。
「とはいえ、聞かせて下さい。遂にロケット団が動き出したんですか?」
「そうだ。……これを見てくれ」
ギーマ会長が広げたのは古風な手書きの文面 ―― ではなく、パソコンの画面だった。電子メールらしいそれを、オレも横から覗き込む。
『諸君、我々からのメッセージは受け取っただろうか? 準備は万端だろうか?
では、我々とゲームをしようじゃないか。
我々ロケット団は、学園祭の敷地内に爆発物を仕掛けた。本日午後5時の閉会と同時に爆破する。止められるものなら止めて見せろ。
ゲームと称したからには、勿論、ヒントを与えている。
大学の敷地内の所々に、現在、野生のポケモン達を解き放っている。赤色の首輪が目印だ。首輪の裏につけた記録媒体に爆発物の数や場所を示している。野生ポケモン達を捕まえれば、その回収に近づくことが出来るだろう。
尚、戦力として警察に頼るのは構わないが、一般人にこの情報を公開した場合はその情報を掴み次第すぐさま爆発させる事とする。君達の力で解決して見せることだ。諸君等の健闘を祈る』
読み上げた所で視線を逸らして、溜息を1つ。今コマタナは居ないが、何処からともなく「困ったな」と聞こえてきそうな心境だ。
ついでに溜息をもう1つ。……気持ちの整理の為に吐き出されたくらいで逃げる幸せなら、此方から勘弁願いたい。
兎に角。兎に角だ。
「突っ込み所は山ほどありますが、兎に角、これで紛う事無く犯罪ですね」
「ああ。ジュンサーさん達も本腰を入れて動き出している。本来ならばお客さん達に協力してもらい会場から退避してもらうのが安全策だろうが、気付かれたら爆破させるという無茶振りまで追加ときている。『気付かれた』がどの程度なのか、一般人というのをどう定義するのか……というその匙加減も向こう任せだというのにな。……やれやれ、何を考えているのやら」
ギーマ会長はそのまま「お手上げ」のポーズをしてみせてから、何かを思案しているような素振に。
オレはまず、時計を見る。今は昼時。午後5時となると、残すは約5時間か。爆弾を探すだけの時間は十分にある。「健闘を祈る」という言葉に悪意はあっても虚偽は無いらしい。
それに一般客も……ん?
「そう言えば、オレには話しても大丈夫なんですか? 一応オレ、一般生徒なんですが」
「ああ、此方としては君も当事者だと考えている。伝言を頼んだ時点であちらさんもその積りだろうとね。……という訳で逃げるなり協力するなりしてくれると嬉しいぜ、君」
「……いやそれ、一択じゃないですか」
「くっく! ま、その辺りは心配ご無用。こちらも秘密兵器を続々と呼び寄せている最中なのでね。精々、このギーマに伸るか反るかのゲームを挑んだ事を後悔させてやるさ」
悪人顔してるな、ギーマさん。のりにのっている様子で何より。
「しかし、いくらポケモンマフィアだとは言え、こうも大勢の人たちを巻き込むのは珍しい事例になるな。あいつらはあまり一般人を傷つけない辺りが憎めないと思っていたのだけどね。……このギーマ、その点については少しばかり疑問も感じるが……ま、それは追々考えて行くことか。まずは目の前の厄介事を無事に片付けて、祝杯をあげるとしよう」
「ですね。ではまず、オレはオレでマイ達の安全を確保しに行きます。協力はその後で構わないですよね?」
「ああ。引き続いてトレーナーツールを連絡に使用させてもらう」
「判りました、連絡待ってます。それでは」
「悪いね。是非とも頼むよ。此方も精々、トーナメントに意気込んでいるイブキの説得に奔走するとするさ」
オレは最後に頭を下げ、入口にいたヒロエ寮長にも挨拶をして生徒会室を出る。
さて……まず、爆弾についてだ。オレが当事者としてカウントされるというのならば、こういった厄介事に慣れているゴウにも協力を仰ぐことにしよう。
ユウキとヒトミは恐らく、この事件に関しては一般人のカテゴリだ。ロケット団と相対したとはいえ、ユウキはユウキだからな。何よりバトルの調整をするとか言ってたから、近くに居ないだろうし、仔細は話さずに居ておくとして。
……問題はやはり、行動を共にしている幼馴染らの側であろう。
うーん。何とかして説得、しなくちゃいけないよなぁ。
よし。まずはそっちから、気合入れて口を動かしに行きますか!
説明を詰め込んだ一話となりました。なってしまいました。文量のせいで分割せざるを得ませんでしたね……
尚、本作は(飯)テロやらを一切支援しておりません。
一市民の妄想という事でお許しください。
……いえまぁ、日和っている駄作者私の性質だと云々かんぬん!
ちょろっと出演致しましたレッド達は作中現在10才。トレーナースクールに通っている年代となりますね。原作を来年に控えてのはしゃぎっぷりと相成りました主人公。
本作においてレッドの妹設定のリーフは、年を跨いで年末の同学年という辺りで何卒のご容赦を。