ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

143 / 189
 申し訳ないのですすいません。
 学園祭編は今話にて毎日更新を一旦停止となります。
 仔細はあとがきに。
 


1995/秋 VSロケット団③

 

 Θ―― 国立図書館前/カフェ

 

 

 

 それで何ゆえ、カフェへと向かうのだろうか!

 な。オレ、ついさっき結構良い感じでゴウと分かれたと思うんだけど?

 

 

「一応、理由はあります。確証が欲しいんですよ」

 

「確証?」

 

「はい。ロケット団の思惑についての、確証です」

 

 

 どこぞの探偵よろしく、遠くを見る目でルリは続ける。

 

 

「ですんで、こういう相手有利な時には裏技を使います。ナツメ……は、今年の学祭2日目は来ない予定と聞いてます。それで、ここへ来たのです」

 

 

 言いながら店に向き直る。

 確か、このカフェは普段からサークルで使用されている建物だと思ったが……学祭仕様に本格的に飾りつけのされた店の入口を、無造作に潜る。

 動いた扉に合わせてカウベルが鳴る。すると、奥から喫茶店の制服といやに似合うスーツに身を包んだ2人組が出てきて応対してくれた。

 

 

「いらっしゃいませ、ルリ。それにシュン君も、いらっしゃいませ。お席はカウンターをどうぞ」

 

「いらっしゃいませ。……ルリ、ですか……」

 

 

 今回は主従ではなくどちらも従に徹した……エスパーたるカトレアお嬢様と、コクランさんであった。

 どうやら2人が属している午後茶サークルは、こうして喫茶店を開いていたらしい。

 オレとルリはカトレアお嬢様に案内され、入ってまっすぐカウンターの席に腰掛ける。

 

 

「カトレアと、学園祭の期間中にここに来る約束をしていましたからね。ついでに少し、そちらの手をお借りしたく思ったので」

 

「おや、お嬢様の力をかい?」

 

「ええ。少しくらいのズルは許される状況でしょうと」

 

「お喜びになられると思いますよ」

 

 

 そう言って、コクランさんが身体を横へとズラす。

 ルリがその奥へ……カップを用意し始めているカトレアお嬢様へと笑いかけた。

 

 

「制服、良くお似合いです。トラディショナルな雰囲気と色使いがカトレアの髪にマッチしていてとても可愛いですね」

 

「――! ……」

 

「それで?」

 

「それで、じゃないですコクラン。どんな無茶振りですかそれ。……カトレア、忙しい所を申し訳ないのですが、予知をお願いできますか?」

 

「……ええ、勿論です。ワタクシの力が必要であれば、尽力いたしましょう。……順番として、まずはお茶を用意するけれど」

 

「ムンムミューン♪」

 

 

 何かを噛み締める様な間の後、微笑でもって返すエスパーお嬢様。その機嫌やよし。

 カトレアは無表情気味で少々判り辛いのだが、肩口辺りに浮かんでいる手持ちのムンナが主の喜色に応じるようにピンクの身体をゆらゆらと揺らしているため、今回に関して言えば間違いなく上機嫌だろう。

 

 

「それは良かった。……おー、カトレアが淹れてくださるのですか」

 

「不肖ながら、練習しましたので。お口に合うと良いのですが」

 

「お嬢様は練習を頑張っておいででしたよ。ついでにルリ。お嬢様とおれが準備をしている間に状況と依頼の説明をお願い出来るかい?」

 

「それはご尤も。判りました ―― それでは戦況を」

 

 

 皿やスプーンの準備を始めたコクランを正面に、ルリは現状の説明を始めた。カトレアは一旦奥に行って牛乳を温め始め……オレは若干の手持ち無沙汰となる。

 ここで周囲を見てみると、どうやらこの喫茶ではポケモンを出しておくらしい。店の中の所々にはエスパーポケモン達が気持ち良さそうに浮遊していた。

 地理的に学園祭の中央部からはやや離れているため、比べれば人の数は多くもないんだが、落ち着いた雰囲気でポケモン達とお茶を楽しむ人々が席を埋めているのが良い塩梅だと思う。「居付き易い」というか何と言うか、そんな感じだ。

 しかし、つまりルリは、カトレアお嬢様のエスパー力を借りる為にこの場所へ来たということなのだろう。だとすれば、エスパーお嬢様の機嫌が良さそうなのは好都合でもある。

 注文したダージリンとロイヤルミルクティーの茶葉をコクランさんが蒸し、カトレアお嬢様はカップを温め。そのまま練習したのだろう危なげない手つきで、飲み物を目の前に運び……運ばれたカップに口をつける。

 

 

「……渋い」

 

「シュンのは煎茶だからね。ミルクと砂糖は任せてもらえるならオススメで入れるよ」

 

「頼みます、コクランさん」

 

「美味しいですよコクラン、カトレア。んー……あー……でも、手伝うにしても無理はしなくて良いですからね? 前の時もそうでしたが、予知(ファービジョン)なりの超能力というものは、人が多い場合に難しくなると聞いてます」

 

「…………。……心得ておきます。アナタからの心配は喜ばしく思えます……」

 

 

 カトレアお嬢様を見慣れていない人には、一見、今の微妙な間が不機嫌そうにも映るかもしれないが……オレは違う。流石に半年以上見かけてると判るもんだな。何かこう、必要とされて喜んでた感じだった。

 ……うーん、忙しくて喜ぶって……と。これはお嬢様に失礼だな。くわばらくわばら。

 

 

「コクラン……?」

 

「ええ、お嬢様。今ならば落ち着いていますし、構わないと思います」

 

「……では」

 

 

 依頼を受諾し、カトレアお嬢様は目を瞑った。予知を始めるようだ。

 

 

「……」

 

「……ゴチ?」

 

「ムーナ~ァ♪」

 

「(……)」

 

 

 眼を閉じたカトレアを見て、周りに手持ちのポケモン達が集まってくる。ムンナが肩口に浮かび、ゴチムが足元で瞑想を始め、ユンゲラーが斜め後ろに控えたまま同様に眼を瞑る。 

 当のお嬢様は、髪をうねうねさせ、暫くの後、再び開眼。

 開眼して……そのままぼうっとしているな。何だ?

 

 

「どうなさいましたか、お嬢様」

 

「爆弾……。爆弾、ですか」

 

 

 何かを考え込んでいるらしい。

 コクランさんの問い掛けにぶつぶつと呟き、此方に視線を向けて、疑問符。

 

 

「……ルリ。それに、シュン。その爆弾というものは、本当に存在しているのでしょうか?」

 

「だそうですが、シュン君。先ほど会長から、その辺りについて説明はありましたっけ」

 

「? ……まぁ、言われてみれば爆弾らしきものは回収されたみたいだが爆弾だとは判ってない……よな?」

 

 

 確かジュンサーさんは、回収よりも被害の無い場所へ移送するのを優先していると説明していた。処理はまだだ。それもまぁ、人海戦術でやってるからには人手も足りないし、妥当だと思っていたのだが……。

 同じような事を考えていたのだろう。オレの横では、ルリがうわぁとでも言いたげな顔をして、尋ねる。

 

 

「カトレアさん。あー、もしかして」

 

「ハイ。その通りです。……悪意を持っている、ロケット団と思われる方々は確かに大勢存在しました。その方々に関しては恐らく、下っ端でしょうし、爆弾についても仔細は説明されていないのでしょ」

 

「つまり?」

 

 

 カトレアはコクリと頷く。

 どこか遠くを見つめる眼で、オレらの予感を肯定した。

 

 

「―― ナツメお姉さまには程遠く及ばぬ、ワタクシの大雑把な予知ではありますが……現状。人工物たる爆弾が爆発するイメージは平行林立、何処にも存在し得ないかと……」

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 5分ほどか。

 カトレアお嬢様手製のお菓子は甲斐甲斐しく四次元鞄に仕舞いこみ、コクランさんに見送られ。

 大通りから離れ、閉会も間際。辺管理棟前の閉会セレモニーに集まっているようで、道を歩く人はかなり少なくなっている。

 カフェテラスを出て直ぐに、ルリは顎に手をあて、唸るように声を出し始めた。名探偵の種明かしというか、推理というか。そんな雰囲気を醸し出している。美少女は何かと得だな。唸っているだけなのに。

 

 

「それは兎も角。何を唸っているんだ? ルリ」

 

 

 先ほどのカトレアお嬢様の予知の通り爆弾が存在し無いとすれば、前提を覆す驚かしではある。

 しかし無いなら無いで「ロケット団のハッタリだった」で済む話じゃあないのか?

 いや、ルリが悩んでいるからには済まない話なんだろうな……と考えを回していると、ルリが人差し指をピシリと立てた。

 

 

「……あまり気は進みませんが、解説をしましょう。実はジュンサーさん達にはもう1つ機器を配ってもらっていたんです。これ、レベル測定器という奴なんですが」

 

「ああ、見たことあるぞ。オレ達のツールにはプリセットで入ってる奴だよな、レベル測定ツールって」

 

「ええ。エリトレはレポートを書く必要がありますから必須アイテムですね。同時にこれはショウ君らの研究成果の1つでもあるのですが……これ、実は一般に出回っていないんですよ」

 

「そうなのか? 便利なのに」

 

「まあバトルをする人には便利ですが、一般生活には必要ないですから。それに買うにしても、子どもにとっては結構なお値段なんですよ。ですが今は試験期間中でして……トレーナーカードのデータ更新がわざわざポケモンセンターでされるのには、費用削減の意味合いがありますという。まぁ、それでも来年度にはトレーナーツール用のアイテムとして販売される予定ですが」

 

 

 公共事業として考えると、って訳か。成る程な。

 

 

「少し話が逸れましたので、ここまでは置いておきまして。さて、ツールによって集めましたデータによると……君達が最初に戦ったロケット団員がくりだしたラッタは、確かレベル10でしたね?」

 

「ああ。解析によれば、だけど」

 

「マコモさんによる開発ですので、概ね間違いはないでしょう。腕は信頼しています」

 

 

 腰に手を当て、少し誇らしげにルリは話す。その言葉尻からは、確かな信頼感がにじみ出ている。同じ研究班に属していたという他にも、マコモさん本人の性格は「ああ」にしろ、開発という分野で見れば大変に優秀な人なのは間違いないのだろう。今は海外で1つ、研究のプロジェクトを任されているというしな。

 

 

「えふん、それも置いといて。振り返りを続けます。先ほどあたしのクチートが倒したマタドガスがレベル22。シュン君達が倒したゴルバットが、レベル18と15。……実は他の皆さんが戦ったというポケモン達も、軒並みこんな感じでして」

 

「……何か変なのか?」

 

「はい。あたしは変だと感じます。……最近というか何と言うか、まぁ、あたし達が手を出している研究の1つにポケモンの進化レベルという分野があります。これはトレーナー毎にばらつきがあって、今挙げたポケモン達も可能性だけで言えばありえないレベルではないんです。実際、レベル7で進化したピジョンとかの報告もありますからね」

 

「進化レベル……って、レベル7? それはかなり凄い様な……」

 

「あっはは、ですよね! とはいえこれは、かなぁり稀少な例なんですけどね。こういうのがあるから研究は楽しいので」

 

 

 明朗に笑うルリ。ここで一旦言葉を切って。

 

 

「ですが語りました通り、可能性が無くは無い。野生でも低レベル進化はありますし、そちらの要因については目下研究中です。だから……偶々、低レベル進化した相手と連戦になった。偶々、ロケット団員がそれを持っていた。偶然が重なったと」

 

 

 ありえなくは無い。しかし偶然が重なりすぎている、といった所か。確かに不自然だな。

 

 

「ここで重ねて、研究途中のデータでも予測が出来る結論を1つ。野生は別として、人の手持ちとなったポケモンの低レベル進化には、ポケモンとトレーナーとの『親密度』が関わっている ―― 『親密であればある程、ポケモンは早く進化をする傾向』というものがあるんですよ。これは進化レベルの閾値だけではなく、経験値の増加などの他の要因もあるかも知れませんが」

 

「……ん? でも、それって」

 

「はい。ポケモンと親密とか、これって、ロケット団には当て嵌まりませんよね? それはもう全くと言って良いほど。むしろ野生ポケモンの例を鑑みるに、進化して無くてもおかしくは無いかと」

 

 

 それはそうだ。何せあいつ等、戦ったポケモンを「ひんし」のまま投げ捨てて逃げるくらいだからなぁ。

 ロケット団を組織する人の数は膨大だ。それ故に、中には大事にしている人もいるのかもしれないが……でも、オレらが出遭ったロケット団員は全て「そんな」奴らで。多分、組織の大多数はポケモンを道具としか思っていない人達なのだろう。予想はついてしまう。

 ここまでを語り、ルリはにやりと笑って見せた。

 

 

「人の多く集まる学園祭。実在しない爆発物。低レベル進化したポケモン達を手持ちとする団員との不合理なバトル。そして、それらの糸を引く ―― ロケット団。出来すぎだとは思いませんか、シュン君?」

 

「……それが必然だって言いたいんだな? ルリは」

 

「まぁ確定はしませんけれども。でも悪い予感に限って言えば、その的中率に自信があるんですよ、あたし」

 

 

 少女らしい苦笑を浮かべ、ルリは紙吹雪の舞う空を見上げた。

 ルリとロケット団の間にある因縁 ―― カントー事変。

 この少女が2年前に収束させた、ロケット団の活動を発端とする大事件である。

 元々、悪の組織との争いには縁があるのだ。浮べられた苦笑には「仕方が無い」という観念が大いに含まれている様に感じられた。

 

 

「……でもま、それもお役目なので。その悪い予感を、これから確かめに行きます」

 

 

 ルリは笑いかけながらも拳を握っていた。やる気は十分といったところか。これはこっちも出来る限り脚を引っ張らないように、気合入れていかないとな。

 しかし……うん?

 

 

「……どうせですし聞いてしまいましょう。シュン君。どこか、ロケット団が潜んでいそうな場所に心当たりはありませんか? あたしは学園祭の準備期間は席を空けていたもので、今の学園の様子には詳しくなくて」

 

「おいおい、肝心の場所が不明なのか?」

 

「残念ながら候補が多過ぎでして。手当たり次第の予定でしたが、あてがあるのならばそこを優先したく思います」

 

 

 その場所にはあたりをつけていなかったらしい。

 オレも少し考えてみる。うーん……と、だな。

 

 

「……屋上とか、どうだ? 庭園化してる屋上なら身を隠すには好都合だし、高さがあるから学祭の様子は見渡せる。出し物として解放してる区域じゃなければ、学園祭の期間中も屋上には一般人立ち入り禁止だしさ」

 

「! それ、ジュンサーさん達のシフトは?」

 

 

 どうやらピンときてくれたご様子。

 ルリのはっとした顔を見つつ、オレはぼやっとシフトを思い返す。確か……

 

 

「……基本的にはお客が間違って入らないよう、入口を固めているだけだな。巡回も元からの警備員の定時のみ。マズいな。逆に言えば、入ってさえしまえば潜むのに便利なことこの上ない」

 

「恐らくはビンゴでしょう。決まりですね」

 

「待て待て。どこの屋上に向かうんだ? 屋上ってだけなら校舎の全部の上にあるんだが」

 

「……うーん。絞ってみます」

 

 

 この指摘に、ルリは唸りながら手元のツールで地図を見始めた。

 その中には、赤色のマーカーが16箇所で点滅している。捕まえたコラッタ8匹に対して遭遇ポイントが16箇所な理由は単純。逃げられて再度の遭遇を図ったからだ。

 ……ツーテールを風になびかせ、画面を見つめ。

 

 

「―― 管理棟」

 

「え、なんだって?」

 

「可愛い台詞でも告白の文句でもないので、難聴で聞き返さなくて良いです。管理棟と言いました。見てください。マーカーの場所を」

 

 

 律儀に突っ込みを入れてくれる部分にありがたさを感じつつも、反省の意を込めて視線を手元に。

 ……確かに、言われてみればコラッタ達の遭遇ポイントはどれも管理棟から離れた場所にある。オレとゴウが最初に遭遇したのもそうだった。わざわざ管理棟から遠ざかる方向に逃げてたし。

 でもそれは、野生ポケモンだからと言ってしまえばそれだけだと思っていたのだが。

 

 

「これが只の野生ポケモンならそう結論付けても良いでしょうね。ですがそこにロケット団の意図が介在している時点で怪しいものです。少し、見えてきました。ロケット団が今回の事件を通して何がしたかったのか」

 

「マジか」

 

 

 見えてきたとか、随分と早いな。何かオレの知らない情報を持っているのだろうか。ルリは。

 いずれにせよ狙いは管理棟に定まった。全ての爆発物(もどき)が回収されてしまえば、件の黒幕も撤収を始める可能性が高いため、残された時間は限られている。管理棟への突撃が最初で最後の接触チャンスとなるだろう。

 

 

「解説は長くなるので後に。ともあれ、虹葉祭2日目の閉会時間まで残り1時間もありません。まずはとっちめに行きましょう」

 

「オレも行くよ。最後までを確かめるのは、オレがゴウに托された役目だしな」

 

「あはは、大丈夫ですって。今更追い返したりはしませんよ?」

 

 

 それは助かる。ここまで来て年齢を理由に追い返されたくはないしさ。

 

 

「……あー、そうですね。丁度良い。ついでに……この半年間の講義に最期までついて来られた貴方へ、最後の講座と行きましょうか!」

 

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 

 実は、管理棟から屋上へ繋がっている通路は非常口しか存在し無い。

 これはルリがよく居る図書館庭園と同様に、校舎の屋上でも教材用の木の実などが栽培されており、その管理が行われているためだ。関係者以外の立ち入りが禁止されているのである。

 という訳で、本来、直線距離だけでいうならば非常口を開放してもらうのが早いんだが……しかしそちらにロケット団の人員を配置されていると、追い詰めるべき人物に逃走を図られる。ここまで来て逃げられるのは勘弁して欲しい所だ。

 そのためオレとルリは研究の為に屋上が解放されている研究棟を登って、屋上へと走るルートを選択した。いつだかイーブイ(アカネ)を貰う際、ショウに案内してもらった階段を、今度は最後まで登りきる。

 

 

「―― 居るか?」

 

「いえ、誰も。……各所への援軍要請は済ませました。管理棟の屋上まで急ぎます」

 

 

 屋上は木々に囲まれ、鬱蒼としていた。

 学園祭の華やかさと賑やかさが嘘のようだ。喧騒は遠く、風に吹かれて葉の擦れる音が聴覚を占めている。

 ……ま、屋上の光景としてならば、いつも通りであるのだが。

 

 

「(そんで、だな)」

 

「(もうお相手の御登場です。残念ながら、包囲に関しては間に合いませんでしたね)」

 

 

 足を止め、小声で話す。

 実働の部隊が爆弾処理などの為に郊外に集まっていたのが仇となった。ルリの呼んだ応援が布陣を完成させる前に、此方へと顔を出した……相手。

 

 

「―― へっ。やっぱり来やがったな、元チャンピオン様め」

 

 

 西日による木漏れ日の中。ふんぞり返っていたのは、紫髪の男だ。オレがあの夜、マイを守って対峙した幹部級のロケット団員である。

 読みが的中したらしい事を嬉しくは思うものの、ロケット団との遭遇はまかり間違っても嬉しくはない。そんな感じに、右手をモンスターボールに添えながら待機していると。

 

 

「あたしの事をチャンピオンと呼ぶ。……うーん、やっぱりこの変装は意味がありませんでしたね」

 

「その程度でおれ様の目を誤魔化せるとでも思ってんのか、元チャン様よぉ?」

 

「あー、いえ。だったらあたしの正体よりも……と。ありがたいんですが、どこか釈然としません」

 

 

 いやに落ち着いた様子のルリの方から、相手へと話しかけていた。しかも雑談の類だとかな。どんだけ肝が据わってるんだと。

 そんなルリを、男はこの間と同じ横柄な態度で見下ろし。

 

 

「しっかし、よくもまぁこの屋上におれ様が潜んでいるとアタリをつけてくれたもんだなぁ。お陰で、トンズラこく前に見付かっちまったじゃねえか。……はっはぁ! どうしてくれる!!」

 

「どうする……って、可能ならば捉えるに決まっています。貴方には『個人的な禍根』もあります。お相手、願えますでしょうか?」

 

「無理って言おうが、ふんじばってでも捉まえんだろ?」

 

「あはは。どうでしょうね」

 

 

 ルリとの応答には手応えの無さを感じたのだろう。男の視線は、こちらにも向いてくる。

 

 

「お前はこないだのボウズじゃねえか? そういや伝言ありがとよ」

 

「いや、あれ脅迫じみてたじゃあないですか……」

 

「がっはっは! ま、あん時のロコンにゃもう執着してねえからよ。安心しな。引き際を見極めるのも金稼ぎにゃあ重要でな!」

 

 

 何故か此方を安心させる様な言葉をかけ……態度を、一瞬の内に切り替える。

 両手を腰に。眉を吊り上げ。顔を突き出し。

 

 

「―― けどよ。悪ぃが、まだ研究は続いてんだ。少しばかり時間を稼がせてもらうぜ。……出てこい、ポケモン共っっ!」

 

 《《ボボボゥンッ!!》》

 

「ルバーァット!!」バササッ

「シャァァーボ!!」

「マァァ~タドガー」

「ラァッッタ!!」

「クァ? ……サカキサマ、バンザーイ!!」

 

 

 腰に着いたボールから、次々にポケモンが飛び出した。

 ゴルバット、アーボック、マタドガス、ラッタ。そして何故かオウム的に言葉を話すヤミカラス。

 そして、最後の1匹。

 

 

「―― ガッ、ガララァア!」

 

 

 ボールからではなく、転送で。

 太い骨を両手に構え、赤黒い首輪を着けた大柄のガラガラが、オレとルリの前に立ち塞がっていた。

 凄まじいまでの威圧感を発するそのガラガラは、仁王立ちのまま此方を睨みつけている。……覚えがあるぞ。この「嫌な感じ」の視線。

 

 

「まさか……」

 

「ほっほう、お目が高え。……こいつは今のおれ様の手駒の中じゃあ、1番強ぇぜ? 何せシオンタウンの東の原で群れのボスを張ってた雌ガラガラだからな。まぁ、捉える時……被っている骨を乱獲した時に、群れ1つ解散させちまったがな!」

 

「……!」

 

 

 そう。ガラガラがオレらに向けている……怨みつらみの篭った視線。

 それはエリトレクラスでポケモンを貰う際、もしくはシオンタウンの孤児院でよくよく見に覚えのあるもので。

 ……ロケット団!

 

 

「今は抑えてください、シュン。……所で幹部さん。その群れ、今は?」

 

「知らねえな。それより、おれ様にはラムダって通り名がある。頭のお堅い他の幹部と一緒にされちゃあ困るからよ、そう呼んでくれや」

 

「そうです? ではラムダ、その変装も解いて下さって構わないのですが」

 

「……ちっ、やっぱ知ってやがるかよ。でもそらゴメンだな。おれ様は素顔を知られていないからこそ好き勝手やれるってのを強みにしてんだ。売れるのは顔じゃあなく、ラムダって名前だけで良い。どうせ演技も上手くはないしよ」

 

 

 ルリによる些細な()撃に、男は居ずまいを直す。

 今のラムダは壮年の男として変哲の無い外見だ。肌も髪も違和感は無い。しかしルリの言う通りこれが変装だというのならば……半端無いな。どこの特殊工作員だよってレベル。

 段々と空気が重さを増してゆく。明らかに高レベルなロケット団のポケモン達から、視線が集中する。

 

 

「―― 男を守る前線の5体はあたしが。貴方は後ろを……あのガラガラをお願いします」

 

 

 その視線を、ルリは僅かに一歩踏み出すことで受け止めた。

 少し、呼吸が楽になる。今の内だと緊張の度合いを確かめ ―― 思う。

 先ほどルリから告げられた講義のシメ。「オレ()ポケモンの全てを生かした戦い」を探るに、これだけ上等の相手もそうないだろう。

 モンスターボールを握り締める。ボール3つがかたかたと揺れて返答。うん、頼りにしてる。

 男が大げさな動きをする。胸をそらし、今にも高笑いしそうなまでに。

 

 

「そっちのガキにしろ、お優しい元チャンピオン様にしろ。―― 許せねえだろ? ポケモンに悪逆非道の限りを尽くし、金儲けに使うロケット団が。ほうら、無駄な語りを入れて大義名分を作ってやったぜ」

 

 

 ……そう来るか。

 挑発だと判ってはいるが、心象はやはり良くも無い。

 

 

「―― 来な、ガキども!! お灸を据えてやる!!」

 

 

 男が腕を振り下ろす。

 オレとルリが、それぞれの相手に向かいモンスターボールを投じる。

 悪の組織とのポケモン勝負の火蓋が今、切って落とされた。

 

 






 という訳で、学園祭編は残り2話なのですが、後日談の裏話を追加しようという試みの為に一旦更新停止します。お待ちくださっている皆様方には、申し訳ないですすいません。
 追加の話はラムダとのバトルが終わってからの話になるのですが、(一応の)整合性を補正する為に、次話から停止です。何かあった場合に追記できるようにと。今までの文章に関しては大体枠組みの通りにかけてますので、手を加えるかどうかは微妙です。

 ……一人称はこういう風に説明不足になるので、Side使いをしてるんですよね。もっと構成が上手ければいいのでしょうけれども……まだまだ精進です。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。