ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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1995/秋 VSロケット団⑤

 

 晴れた(・・・)夕空の下、前線で戦うルリの姿が小さく見える距離にて。

 クラブ(ベニ)と対峙したガラガラの『ホネこんぼう』の一撃が、鋭さをもって振るわれる。

 

 

 ――《ボゴンッ!!》

 

「グッグ……!」フラッ

 

「戻ってくれ、ベニ!」

 

 

 ベニが奮闘してくれている内に、倒れたミドリに『げんきのかけら』と『きずぐすり』を使用して再び戦線へ。

 

 

「……連戦で悪いけど、頼むミドリ!」

 

 《ボウンッ!》

 

「ヘ、ナァァ!」

 

 

 草葉が揺れる中を、ミドリは根に力を込めて立ち上がってくれた。……ミドリが時間を稼いでいる間に、今度は手元で2匹を回復する。

 こんな後手後手の状況を、既に2度も繰り返している。申し訳ないけれど、出来る精一杯の反撃でもある。

 戦況は変わらず劣勢。ミドリが一撃を与えられるかに勝負の結末が委ねられてしまっているという不甲斐のなさだ。トレーナーとして何とかしてやりたい場面でもあるんだけど……

 

「(それにしても、ガラガラの攻撃力が圧倒的に過ぎる!)」

 

 ミドリが『つるのムチ』で遠距離戦闘を仕掛けようとも、ガラガラの両手に持った骨に弾かれる。逆に向こうは此方を一撃でのせる攻撃力を持っていて。オレらがいくら慎重に事を進めようとも、ガラガラの一挙動で覆されてしまうのだ。しかもあのガラガラは、戦況を左右できるほどの実行力をも備えているから質が悪い。

 

「(流石はボスってとこか。これは何と言うか、ゴウじゃないけど、理不尽だな。……でもさ)」

 

 とはいえ理不尽なのはこの世ではなく、只のレベル差である。理不尽に屈している暇も無い。そろそろ反撃の策をうたねばなるまいな。

 なにせ、戦況を覆す……そんな経験を積む為に、今、オレらは渾身立ち上がっては必死に向かうのだ。

 

「(策については一応、これはというものを思いついてはいる)」

 

 しかし踏み切ったが最後、手持ちの回復はままならなくなる。つまり失敗=オレらの負けとなる事を覚悟しなければならない。

 踏み出すに、少しだけ勇気が必要だった。

 でも。

 

 

「ヘナッ……ヘナッ!!」

 

 

 オレの前で頑張ってくれているミドリを。

 それに。

 

 

 ――《《カタカタカタッ!》》

 

 

 『げんきのかけら』を溶かし、すぐさまボールの中で立ち上がってくれたベニ。それに震えながらも強い眼差しで此方を見上げるアカネを見れば。

 ……こんな弱気でいたら、駄目だよな。オレはポケモントレーナーなんだからさ。

 良し。

 状況のループに陥っている以上、決断は早くて損はない。感覚は、イツキ戦のものを思い出せ。上手く事を運べた成功体験……ではないけど、まぁ、あのバトルは負けたにしろ良い感覚だったからさ。

 一撃。『ホネこんぼう』によってミドリが戦闘不能に。その身体がふらりとよろめき。ありがとう……そして、

 

 仕掛けるなら ―― 今!

 

 

「頼む、アカネ!」

 

 《ボウンッ》

 

「……ブィ!」

 

 

 ミドリに替わって顔を出したアカネが、捉えられるその前に、指示を出す。

 状況を打開……打破する為の一手。戦況を俯瞰し覆す為の、トレーナーとしての思考 ―― 変化技!

 

 

「『あくび』!」

 

「ブイィ……。……クァァ」

 

 《ホワワーン》

 

「ガラ、ラァ?」ブンブン

 

 

 ガラガラの一歩は……よし、遅い! やっと効いて来たな!

 これまでも2度ほど使ってはいたのだが、アカネの『あくび』は未完成。しかもレベル差やら距離やらが影響してか、かなりガラガラに効き辛かったのだ。

 だからこそ、重ねがけ。どうやら賭けには勝てている……このままいくぞ!!

 

 

「アカネ、『あまごい』!」

 

「ブィ ―― ブイッ!?」

 

「うん? 何を驚いて……って」

 

 

 アカネが『あまごい』を繰り出そうとした瞬間だった。

 オレもそちらへ視線をやる。すると。

 

 

「ガラァ……」

 

 

 倒れかけていたガラガラは半身を起こし、

 

 

「―― ララッ!!」

 

 《ブンッ》――《ヒュンヒュンヒュンッ!》

 

「っ、アカネッ!?」

 

「……!」

 

 

 《ドズッ!》

 

 

「ブィッ……ブゥィ」トスリ

 

 

 飛来した『ホネブーメラン』による直撃を受けてしまった。

 決して欲張った訳ではない。この後の流れに、『あまごい』による援護はどうしても必要だった。しかし間違いなく眠気に襲われているはずのガラガラは、鈍る身体をおしてアカネを打ち倒してみせたのだ。

 此方の想像を超えてきたその執念は、恐ろしいまでのものがあるな。

 

 

「……戻ってくれ!!」

 

 

 アカネをボールに戻して労いながら考える。それにしても『ホネブーメラン』だ。成る程。間接中距離物理技も搭載してるってのか。隙が無いな!

 

 

「ガラァッ」パシッ

 

 

 戻ってきたホネをぱしりと掴み、ガラガラは瞼を辛うじて開く。

 けれど……さて。このタイミング……どうだ!?

 

 

 《ポツ、ポツ》

 

 ――《ザァァァァァ》

 

 

 良しだ!!

 どうやら、足を鈍らせる効果は確かに発揮されたらしい。アカネの残してくれた『あまごい』が何とか間に合い、屋上庭園には雨粒が落ち始めていた。

 ありがとな。……だから、次を!

 

 

「頼んだ、ベニッ!」

 

「―― グーッグ!!」

 

 

 次手はベニだ。

 天候は雨。ベニの水技を活かせる場面……だけど、ここは違う。相手のガラガラはレベルもそうだが種族的に防御力も高い。だとすれば、攻撃を仕掛けるべきはここではなくて。

 ベニは飛び出すなり、雨粒が落ちる中、既に慣れた手つきで泥を掻き分けた。

 

 

「連続で『どろかけ』だ!」

 

「グッグッ、グゥ!!」

 

 ――《ベショベショベショッ!!》

 

 

 そして得意の物理攻撃を差し置いて、ガラガラとの遠距離戦に転じた。

 庭園に落ちた雨粒が作り出す、即席の泥。ベニはその大きなハサミで泥をすくっては、ガラガラに向けて射出する。

 だから、

 

 

「ガラッ……ガラッ!!」

 

 《バシバシバシッ!!》

 

 

 展開については先ほどと同様。ガラガラは両手に持ったホネを振り回し、泥玉を叩き落し始めながらゆっくりと距離を詰め始めた。

 ただし今度は、『あくび』による眠気が要素として加えられている。鈍った動きでは全ての『どろかけ』を迎撃するのは不可能であり……1つ2つと直撃をし始め。

 だから、ガラガラは行動を変えてくるだろうとの予測も出来ている。

 来るぞ! 『ホネブーメラン』!!

 

 

「ガラ ―― ラッ!!」

 

 《ブオンッ》――《ヒュヒュンッ!!》

 

 

 ガラガラ渾身の『ホネブーメラン』。それはミドリの『つるのムチ』と同様、ガラガラ自身の腕力によって振るわれる、間接的な物理攻撃である。

 その勢いは凄まじく ―― それでも。

 

 

「グッ、グ!!」ブンッ

 

 《ベショッ》――《バシンッ!!》

 

「……ッグゥ」

 

「……! ありがとな。ベニ」

 

 

 『ホネブーメラン』と相撃ちに『どろかけ』を放ち、倒れ込んだベニを、オレは足元から抱きあげる。

 ベニに直撃して跳ね上がったホネを、ガラガラは苦も無くキャッチする。どうやら泥塗れになったのと引き換えに、眠気は大分晴れてきたらしい。その動きはかつての精細を取り戻しつつあるように見えた。

 

 

「―― ガラララッ」

 

 

 そしてまた、立ち上がる。

 両腕で油断なくホネを構えながらも、ガラガラは既に満身創痍だ。元からロケット団によって傷つけられてもいたのだろう。

 その姿は何かを守ろうとする強い母そのもので。

 ……それでも、此方にしてみれば負けられないバトルだから。

 

 

「でも ―― だから!」

 

 《ボウンッ!!》

 

「ヘナッ!!」

 

 

 こんなに強い相手だからこそ、立ち向かう意味はあるのだと信じるべきだ。

 雨粒に降られ。満を持して。オレは「げんきのかけら」にて三度(みたび)復活してくれたミドリを、万感込めて送り出す。

 

「(……そうだ。だからといって)」

 

 ガラガラの境遇に若干の意識はあれど、バトルを止めるつもりはさらさら無い。

 ルリを通じて、ポケモン達と交流を図ったことが根付いているのだろう。

 イツキに負けた際、オレなんかよりよほど落ち込んだポケモン達に、固まっていた価値観を壊してもらったのも要因かもしれない。

 

「(今なら大丈夫。ポケモン達は確かに、バトルを楽しんでもくれている)」

 

 ポケモンバトルにおいて、無意識の内にポケモン達を「他」だと思っていたから気が引けたのだ。

 それは違う。答えは無数にあるにしろ、少なくとも、オレにとって。

 

「(オレにとってのポケモンは ―― 同じ目標を持つ仲間で)」

 

 オレもまた、ポケモン達と一緒に戦っているのだ。

 例えば今、ガラガラにミドリもが負けてしまったならば ―― いやむしろ、負けてはならない闘いで、勝ち筋すら見えないならば今すぐにでも ―― 今度はオレが身体を張って立ち塞がるなり、目の前が真っ暗になるその前にポケモン達を抱えて格好悪くも逃げるなりすれば良いだけの話。

 だから今はまだ、勝つ為に、全力を尽くすべきで!!

 

 

「行くぞ、ミドリッ!!」

 

「―― へナナァッ」

 

「! ……ガラ」

 

 

 覚悟を持って腕を振り上げたオレに反応し、ガラガラはホネを構えた。

 あれだけみせたのだ。ミドリの『つるのムチ』を警戒しているのだろう。間違ってはいない。効果は抜群。今だってミドリが最も得意とする攻撃は『つるのムチ』だ。

 

 だけどな。ミドリが物理攻撃だけと決め付ける ―― それは、時期尚早だろ?

 

 そんな思考を、勝手に作られた枠型をこそ、誰もが打ち破って欲しいと願っている。

 ……そうだよな、ルリ。それにショウも!

 

 

「―― やってみせようミドリ!!」

 

「ヘナッ!!」

 

 

 声を張り上げる。ミドリは気合十分に応えてくれた。

 返答を受け、オレは面を上げる。

 ……経験則。アカネがもたらした雨は、あと攻撃2回分は保たれるハズ。

 あれからオレが頭を悩ませ続けたのは、ポケモン達を組み合わせた「戦術」。「上手く」戦う方法だ。それは誰かがサポートをし、誰かがそれを活かした攻撃に転じるという「型」でもある。

 

 そうして、オレが悩みぬいた末に捻り出した1つの鍵が ――「天候」。

 

 天候はオレのポケモン達を強化するに「通りの良い」ものだった。

 例えば『あまごい』によってもたらされる雨は、水タイプの攻撃を助長する効果を持つ。ベニの水技を十分に活かすことが出来るだろう。また、泥技を使う為にも活用できる。

 例えば『にほんばれ』によってもたらされる日光は、ミドリのもつ特性「ようりょくそ」から素早さを上昇させてくれる。炎タイプの技の威力もあがるけど、先手を取れるというのは余りあって大きなアドバンテージとなるだろう。

 とはいえ、他にも様々な恩得はあるけれど、天候は場全てに効果を与えてしまう。つまり相手にとってもプラスに働くのである。上手く組み合わせる……トレーナーの手札とするには、天候それだけ以外にも。

 

「(何か『もう一押し』が欲しいと考えてたんだよな)」

 

 物理攻撃である『つるのムチ』が得意なのはミドリ自身。だとすればきっとそこにワンポイント、何かを加えてみせるのがポケモントレーナーとしての役目。

 だからオレは、何とか見出した。ルリの授業を通して学びに学んだ「技」の中に、その答えは在った。

 今はその中心こそ、ミドリ。

 

 ……さぁ、見せてやろう!

 頑張って練習した切り札と、オレら全員の力を!!

 

 

「―― ミドリ! 『ウェザーボール』だ!!」

 

「ヘッ ―― ナァァァァ!!」

 

 

 ミドリが両の葉っぱを振り上げる。

 空を落ち葉を滑る雨粒達をかき集め、見る見るうちに、頭上で水球が形成されて行く。

 巨大化した水球が渦を巻き、水飛沫がびしびしと頬に跳ねてくる。

 

 

「ガラァッ!?」

 

 

 正面で迎え撃とうと構えたガラガラの、驚き顔。

 ミドリが練習していた技……『ウェザーボール』。天候によってタイプが変わる、物理以外の力で発動する特殊技だ。

 ガラガラにはタイプ的にも効果は抜群。いくら防御が得意でも、特殊攻撃にそこまでの耐性はない筈だ。しかも不定形である水の大玉ならば、ホネでは防御できまい!

 圧縮された水の玉が直径3メートル程に。よっし……

 

 ……いけぇ!!

 

 

 《 ズ 》――《 ドバァンッッッ!! 》

 

 

 投じられた水球は、目を見開いたままのガラガラへと落下、直撃、破裂した。

 植物の生育のため、水はけが良いとはいえない土。足元を水が流れて行く。まだだ。レベルの差があるぞ。一撃で倒せるなどという都合の良い想像を、今はまだ捨て置こう!

 ミドリはもう1度、『ウェザーボール』を構え……

 

 

「ガラッ……!」

 

 

 でも、この相手がそんな隙を逃してくれるはずも無い。

 完全に弾き飛ばす事は出来ずとも、両腕の『ホネこんぼう』で出来る限り相殺したのだろう。ガラガラは水塗れの身体を僅かに起こし、執念でもってホネを振るう。

 ……ここは祈って!!

 

 

「ガラッ!」

 

 《ヒュヒュヒュンッ》――《カランッ!!》

 

 

 通じた祈り!!

 そう。ベニの執拗な『どろかけ』によって「命中率」を奪われていたガラガラは、あらぬ方向へとホネを投じていた。

 一瞬水で流れるかもと考えはしたが、『ウェザーボール』が瞬間的な攻撃だったことやガラガラが正中を守っていた事が幸いし、作戦成功である。

 相手ポケモンが残り1匹、もしくは野生ポケモンを相手にする時の優位な点。

 

「(……状態変化の、持続!!)」

 

 つまり、命中や能力の低下を能動的に戻す術を、ガラガラは保持していないのである。

 トレーナーがいれば、能力の低下や一部の状態変化はボールに戻すことでリセットされる。しかしラムダから離れている様子のこのガラガラは、『くろいきり』などの変化技がない限り、バトルの最中にそれを回復する手立てが無い。

 それに加えて、野生ポケモンは変化技に疎いのが通例であるらしい。だからこそ、このガラガラがそれら変化技を覚えている……覚えていたとしても積極的に使ってくる確率は低かった。勝算は十分って事だ。

 オレはミドリに目を向け、……ま、言わずとも判ってくれているのだけれど……再度の指示をする。

 水球が作り上げられる。バトルを、終わらせる為の!

 

 

「―― 『ウェザーボール』!!」

 

「ヘェ、」

 

「……ガララッ……」

 

「―― ナァッ!!!」

 

 《 ドッッッバシャァァァン!! 》

 

 






>>どろかけ
 クラブの『どろかけ』については、過去作限定の教え技となっていたはずです。
 低レベル帯ではよくよくお世話になりました技ですよね。命中率低下。特にコガネシティのミルタンク戦とか、マグマラシが『えんまく』で頑張ってくれます。ワニノコはそもそも相性が悪くなく……チコリータはもっと頑張って(ぉぃ。


>>天候&ウェザーボール
 シュンのは所謂、一貫した天候パーティというのとは少し違います。
 作中の語りにある通り、イーブイを基点として天候を切り替えながら使いこなす特異な型となっております。
 シュンのパーティを見た(作った)瞬間から、このポケモン達をどうすれば生かすことが出来るのか……というのは私自身よくよく考えていた課題でしたので。
 クラブは未進化最高クラスの攻撃力(と防御力。ただしHPは少ない)。
 マダツボミは天候によるタイプ技レパートリーと「ようりょくそ」による底上げ。
 ……という訳で、残すは最後の1ピース。主題に挙げていた彼の成長を待つばかりですね。とはいえ原作HGSSで登場した際のシュンの手持ちをご存知の方は、それも今更かとは思うのですが(苦笑

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