ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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 Θ―― 男子寮/325号室



「さて。秋もすっかり深まり終盤なわけだが……シュン、宿題は終わらせてるか?」

「今、最後のレポートを〆にかかってるとこだよ」


 いつも通りの部屋で、ショウが突然語り出す。
 エリトレクラスには「秋休み」という、学生にとっては別段嬉しくない行事がある。
 「秋休み」は名目上、学園祭の振り替え休日である。学園祭から授業を挟んで間を置いて、1週間ほどがまる休みになるのだが……こうして宿題を出されるなら大差無いと思うんだよな。オレとしては。
 とはいえ休みは休み。こうして宿題さえ終わらせてしまえばどうという事は無い訳で。


「ナツホ達と集まって、昨日1日で根性入れて殆ど終わらせたからな。これさえ終わればあとは休むだけだぞ?」

「そーか。……んー、そりゃあ良い事だ。うん」


 しかし、オレに尋ねた側であるはずのショウの表情が芳しくないな。
 ……ん?


「もしかしてショウ、終わってないのか?」

「あー……実は、な。最大の課題が残ってる」


 残る秋休みは6日。
 ショウの進み具合にもよるものの、物事には全力が基本のショウが、課題なんていう真っ先に取り組みそうなものを「手付かず」という状況は考え難い。半ばまでは終わらせてあるはずだ。そう考えれば時間には十分余裕があるといえよう。
 だがそういったオレの予想に反し、ショウは未だ心苦しい面持ち。白衣と制服をベッドの上に放り私服に着替えると、時計を確認しながら部屋の入口まで歩いて……ドアノブに手をかけた。どうやら何処かへ出かけるらしい。
 外で課題を片付けるとか、流石はショウ。日がな図書館に篭って宿題を進めたオレらとは違うな。実に斬新だ。とはいえショウはタマムシ出身。コイツなら行きつけの喫茶店の1つや2つあっても不思議じゃないな。そしてそこには、ほぼ間違いなく美人さんが居る筈だ。それがショウという友人なのである。


「そんじゃあ行ってくる。最後の課題を片付けにな」

「なんだか判らないけど、気合十分だってのは判った。ショウの健闘を、部屋の中でポケモン達とチップス食べながら祈ってるよ」

「おう。こればっかりは残しとく訳には行かないからなぁ。負債が貯まり過ぎてて6日もかかる。……そんじゃな!」

「おー。がんばー」


 ショウは最後にグッと拳を握り、外へと走って出て行った。気合が十分過ぎるだろ。

 ……。

 ……んん゛?


「―― 6日もかけて、課題?」


 オレらが1日で終わらせる事ができた課題を、か?
 ショウの奴がオレらよりも手が遅い、というのは考え難い。となるとポケモンレンジャー関係か……


「……まあアイツの場合はもしくは、ってのも可能性としては大きいか。研究もやってることだしな」


 などと、浮かんだ疑問は早々に放棄し、研究万能説を提唱しておいて。
 だって考えるだけ無駄だと思うしな。それよりもこっちはこっちで、休みを満喫するとしよう。


「さて、まずは買出しに行くか。……出てこい、皆っ」


 《《ボボボウンッ!》》


「……ブィッ」
「グッグゥ!」
「ヘナナッ」ビシッ


 繰り出したポケモン達と共に、まずは、チップス菓子でも買いに行こうと思い立った火曜日なのであった。
 ……うん。頑張れよー、ショウ。割とマジで。




1995/冬へ 甘い(甘い)お話

 

 

 Θ―― 女子寮/エントランスカフェ

 

 

 ―― Side ノゾミ

 

 

 

 ミカンからその話題が切り出されたのは、火曜日。

 秋も深まり、朝晩の冷え込みが強くなり始めた頃だった。

 

 

「ショウとルリにお礼をしたい、ですって!?」

 

「ひゃっ、はい!?」

 

「ナツホー、もうちょっと声量押さえてあげてよー。ミカンが怖がってるじゃあないか」

 

「うん。ヒトミの言う通りだね」

 

 

 わたしの言葉にナツホがうっと言葉を詰まらせた後、ごめんと呟く。

 女子寮の1階、クリーム色したカフェ「えれくとろん」の店内。正面にナツホとミカン。隣にはヒトミ。

 先のミカンの言葉は、朝にカフェに集合して季節物を注文している間に発せられたもの。

 お礼をしたいというのは悪くない。むしろ良い。それでもナツホが声を荒げたのは多分、挙げられたショウ君の持つああいった(・・・・・)人気に対しての苦言染みたものだ。

 ……でも仕方が無い。こういうのは唐突だって、少女漫画でも言っていた。ミカンのそれは、まだよく判らないけれども。

 ミカンは、ショウ君にはお菓子の件でずっと後押しをされていた。ルリには、この間のマイの件で命を救われたと聞いた。ナツホはキレ気味だったけど、そこにお礼をしたいというのは、わたし的には普通の事だと思う。

 少し「はんすう」する。わたしは口数が少ない分、物事を黙って考えるのは好きだ。ミカンの方からお礼がしたいと。人……とりわけ男子が苦手な彼女にとっては大きな決断で、イベントだ。

 わたし達の学徒としての課題は終わっている。手伝える。是非とも成功させてあげたい。……だとすれば、少しだけ問題が隔たっている。

 

 

「ミカン」

 

「…………は、はい。すいません」

 

「謝らなくて良いよ。……でもショウ君あまり学園の敷地内に居ないよ?」

 

「そ、そうなんですか」

 

「うん。そう。研究だって。ルリも結構出かけている」

 

「なるほど。つまりはノゾミ、敵を知り己を知れば百戦危うからずという事かい?」

 

 

 否定に留まらず、わたしの言いたい事をヒトミが察してくれた。頷く。

 ショウとルリには神出鬼没な所が有る。つまりミカンが挙げた2人とも、休日では遭遇からして難しい。

 ……作戦の成功の為には、まずそこを打開したい。先ずは。

 

 

「連絡先は知ってる? ショウ君の」

 

「……あ、いえ。お菓子の時は……いつもショウ……君、から、迎えに来てくれていたので」

 

「そう。難しいね。ルリも、あの図書館の屋上庭園にいつも居るわけじゃない」

 

「シュンからの返信来たわ。ショウは今日からまた出かけているって。しかも秋休み全部。あによアイツ、ミカンのお礼を受け取らないつもり?」

 

「まぁまぁ、落ち着きなよナツホ」

 

「―― お待たせしましたー」

 

 

 ここで、わたしが注文した栗きんとんが店員さん(休みの日にバイトをしている知り合いの娘だ)によって運ばれて来る。店員さんに軽くお礼。ナツホがまたねといって分かれる。

 思考を中断して楊枝を握る。甘いものは大事だ。みんながみんな、自分の注文したお菓子を1口掬って口に運んだ。栗きんとんの「こわくてき」な甘味が口に広がり鼻に抜けた。うん。美味しい。

 わたしは右手に楊枝を摘むまま、続ける。……両者ともに居場所は不明。だとすると。

 

 

「ルリを呼び出すにもわたし達には繋がりが無い。いつもショウ君が連絡役をしてたから」

 

「だね。だとすればまず、狙いはショウに絞るべきだろうねえ」

 

「そうなる。芋づる方式だね」

 

「ふーん……でもミカン、適当に会った時にお礼を渡しても良いんじゃないの? 秋休みが終わって学校が始まれば、ショウには自然に会えるでしょ?」

 

 

 ヒトミと話しながら方策をまとめていると、ナツホが意見を差し込んだ。

 確かに、急がないならそれでもいい。でも、と、わたしはミカンに視線を送る。

 

 

「……あ、いえ、そのぅ。……出来ればこういうのは、その、決心が揺らがない内にと思います」

 

 

 珍しく。ミカンは目を覆い隠す前髪の奥で、確かな炎を燃やしていた。ぐっと拳まで握られている様にはどうにも愛らしさといじらしさを感じる。

 ……うん。

 

 

「決心が揺らがない内に。いいねえ。何かこう甘美な響きのある台詞だねえ。それは、アタシ達にはないねえ」

 

「うん。青春」

 

「……あ! ちが、ちがうんでっ」

 

 

 わたしとヒトミのからかいに、ミカンは慌てて腕を振った。やはり可愛らしい。違うのは知っている。それでも、告白でもする様な物言いだったには違いないから。

 ……青春。良い言葉。スクールに通い始めるまで、わたしには余り縁が無かった。ナツホ達が教えてくれたから。

 一息ついて、再び考え込む為の糖分補給にと栗きんとんに食指を伸ばす。そんな言い訳染みた糖分補給を堪能していると、わたし達を見つめていたナツホがぽつりと言った。

 

 

「つまりミカンは、そのショウ達へのお礼を秋休みの内に渡したいのね。……あによ、まどろっこしい。ミィからショウとルリの行動予定を聞いて、後をつけて渡せば良いじゃない。ミィならそれくらい知ってると思うわよ?」

 

 

 ……おおー。思わず感嘆。なんという肉食ナツホ。でもこれは良い。わたしにはない、攻めの発想転換だ。

 ミィ。同じ女子寮に住む、同年代の、ショウ君とは幼馴染だという、ステルス機能を有したゴスロリの女の子だ。図書館のお姫様でシルフカンパニーの研究室長でもある。

 彼女なら間違いなく連絡先は知っている。「そう言った観点」からみるとミカンとは敵対関係かもしれないにしろ、お礼をするためだと突き通すことは出来る。……でも多分、彼女はそういった部分に頓着せず普通に教えてくれると思うけど。そういう人だ。

 うん。どっちにしろ方針は決まり。

 

 

「わたしはミィの連絡先は知ってる。部屋が近いから」

 

「流石だねえノゾミ。それじゃあ連絡先を聞きながら……と。ミカン。お礼の品ってのは、もう?」

 

「す、すいません。それも少しお知恵を借りられればと思って……」

 

「なら決まりね。街に買いに行くわよ! ほらミカン、準備よ準備!」

 

 

 ナツホがミカンの手を引き上へと向かう。多分上着でも取りに行ったのだろう。仲が良い。

 大都会だとはいえ、また「こおりのぬけみち」にもほど近いわたしとゴウの故郷チョウジタウン程ではないとはいえ、タマムシシティは寒い。それも冬に差し掛かっているのだから当然で、外出するなら尚更。

 わたしも上着を取りに行こう。甘味の最後の一口を放ると、勘定の紙を持って会計へと向かった。ナツホとミカンの分はわたしとヒトミが折半して支払った。

 ミィに連絡した所、ショウ君は本日シオンタウンの孤児院に行っているらしい。流石に遠い。という訳でわたし達もその日は買い物。翌日水曜日より作戦を決行。

 かくして一大事、ミカンの「お礼を渡そう大作戦」が始められた。

 

 

 ――

 

 ――

 

 

 ……でも、何せ相手が相手。

 やはり、事は簡単には進まない。

 

 

 水曜日。

 ショウ君はエリカ先生と一緒に歌舞伎の演目「助六(すけろく)由縁(ゆかりの)不思議花(フシギバナ)」を観に行っていた……!

 その後もそのまま街をぶらぶらして男性向けの香水を紹介されたり、「御用達」っぽい雰囲気の織物屋さんに寄った際に当代の娘に引き連れられて……と、周囲から勘違いをされていたり。

 近づけない。うん。明らかにデートだし。着物だから目立つし。先生と生徒だし……背徳的だし。エリカ先生は家元だからか、両親まで引き連れているし。そしてショウ君の両親も何故かいるし。

 あれは外堀を埋められているね。うん。逃げ場が無い ―― という事で退散。

 

 

 木曜日。

 ショウ君は、ナツメさんとバトルの練習をしていた。

 バトルについてあれこれ相談をしながらも、リニアの話とか、孤児院の話とか、カトレアさんの話とか。仲が大変良さそうだ。そして多分、ナツメさんにはわたし達の尾行がばれていたね。

 何だろう。それでも見せ付けるのが趣味なのか、わたし達を気にせず服を買いに行ったりしてた。ジムリーダーの制服について「女幹部」とか発言したショウ君がムチ(の様なもの)で追い回されていた。ナツメさん、それじゃあ完全に悪役です。

 でもその後にショウ君から実は真面目に選んでくれてた服をプレゼントされて赤面ナツメさん ―― という事で退散。

 

 

 金曜日。

 カトレアさんにポケモンバトルの練習をつけてた。毎日の様にバトルしてる。バトル好きだね。知ってた。

 どうやら、カトレアさんはエスパー能力の制御に加えてショウ君のサイン指示を練習しているみたいだ。ポケモンに指示を出すその様は、結構手馴れているように見える。

 ショウ君に向けて褒めて褒めてと、表情少なに詰め寄るカトレアさん。髪がぶわぶわしてる。どんな原理なんだろう。そしてバトルの振り返りに集中してて素っ気無くされたのに、何か、嬉しそう。潜在的なのかな。

 ショウ君はそのまま、コクランさんに勧められ宿泊したらしい。流石にそこまでは尾行しなかったから ―― 途中で退散。

 

 

 などなど。など。

 こうして3日ほどつけ回した結果、ショウ君には隙がない事が判った。

 くじけない。ここまでは想定内。勝負は次の土曜日。

 ……その、筈、だったんだけどね。

 

 

 ―― 件の土曜日。

 

 

「勝負ですの、ショウ!」

 

「あの、コリンクが3色牙を覚えて来たのでお手合わせ願えますか?」

 

「……あー、……あのな双子。連絡先はどうした、連絡先。前もって連絡をって言ったよな?」

 

 

 出先のカトレア御家から寮に戻った所を待ち伏せていたら、そんな不審わたし達よりも先手を打った超絶不審人物らがいた。

 2人。顔が似ている。ショウ君が口に出した通り双子なのだろう。尊大な態度の姉がツインドリルを揺らして、びしりと指差し。

 

 

「偶然のほうが運命的でしょう!!」

 

「だ、そうです。姉さんの言葉は良く判らないですけど、……あはは。運命的って言葉にはロマンを感じまして」

 

「それでオレが寮に帰った所を待ち伏せて、こうしてバトルを挑んだってか。それは偶然でも運命でもないと思うんだが」

 

「バトルだけでなく解説もお願いしたいわ!」

 

「あ、それは是非とも。お疲れの所申し訳ないですが、お弁当とか作ってきてみたので、お礼も出来ると思いますよ?」

 

「……まぁ新しい手持ちも居るし、バトルは望むところだけどな!」

 

 

 なんだかんだ言いながら、ショウ君は2人のバトルに付き合う様子だ。

 またしても空振り。ミカンがややも涙目になりつつある。わたしはその頭を撫でながら、それならばと午後に狙いを定め。

 

 

 ―― 昼食後。

 

 

「ふむふむ。それじゃあこれっていうのは……」

「ゼニゼェニッ」

 

「おー、元気良いなゼニガメ。……んでカレン、それは副次的にだな」

「のっのっ」

 

「……ふんふん」

「ゼーニーィ」

 

 

 ……だのに。午後には知らない女の子が入れ替わりに隣へ。しかも白衣。研究の仕事っぽくて近寄れない。春には藤棚が備えられていた木枠の周囲に今は水が張られており、そこでヒンバスとゼニガメが水を掛け合っている。

 以下、偶然通りがかったシュンによる質問で始まった会話の内容だ。

 

 

「それでショウ。隣の人は誰なんだ?」

 

「貴方から紹介して頂戴な。これでも私、見知らぬ人を面にして緊張してるのよね」

 

「そんなキャラだったかお前。……あー、それじゃあ紹介を承りまして。こちら、俺と同じくエリトレとレンジャーのクラスを掛け持ちしてる天才同級生。名前はカレン。今は一緒に研究してるんだ」

 

「紹介に預かったカレンよ。宜しく」

 

「ご丁寧にどうも。シュンです」

 

「シュン君ね。多分覚えた。……専攻というか、このショウ君とは論文の内容が似通っているのよ。わたし、強すぎる技って余り好みじゃないのよね。その点、ショウ君の技についての研究は鱗ぼろぼろよ」

 

「ゼニゼーニィ」

 

「いや、鱗ぼろぼろて。表現表現。ゼニガメも合いの手を入れるなよ」

 

「ええ? 通じるなら問題ないでしょうに」

 

「ゼニィ?」

 

「おー、あざといぞゼニガメ」

 

「―― ああっと、居ました居ました! ハァァァァァンチョーォォォォォッッッ!!」

 

「げふ。……声がでかい、あと背中が痛いぞ我が班員」

 

「のっ、のっ!?」ピカーン

 

「なんですかヒンバス? ……あ! それとも今は研究所じゃあないのでショウさんとか呼んだ方が良いですか!!」

 

「俺のが年下だから、呼び捨てで良いですって。……大丈夫。大丈夫だぞー、ヒンバス。俺はそこまでやわじゃない。『ひかりのかべ』もありがたいが、この人のタックルは特殊攻撃じゃないんだ。見た目とか夢見がちなんで勘違いし易いが。あのサイトのトップで閲覧注意の忠告してる人とは世界線が違ってだな……」

 

「それならハンチョーもわたしを呼び捨てにしてくださいよーぅ! 前はしt」

 

「さーて何のことだか心当たりが無いなというかこのやり取りは初めてだいいな?」

 

「ショウが必死だ……。あ、でも、お久しぶりですマコモさん。学園祭の事件の時以来ですね」

 

「はい、お久しぶりですシュン君」

 

「……ってか、ショウもハンチョーなんですか?」

 

「ショウ君はハンチョーですよ!!」

 

「一昨年に図鑑作った時のな。今はただの研究仲間だって」

 

「……名前で呼んであげれば良いじゃない?」

 

「ニヤニヤすんなカレン。……あー、判った。判ったよ ―― マコモさん。これで良いか?」

 

「おっけーです!!」

 

「のっ!」

 

「順応性高いのなー、ヒンバス。釣れるポイント決まってんのに。……あー、まぁ、それは良いとして。件のマコモさんは何の用事であんな大声上げながら走り回ってたのでしょうかと」

 

「あ、そうですそうです。この間調査を手伝ってもらった『デルパワー』についてなんですけれど、イッシュ地方に置いている分室からとても興味深いデータが届いていまして」

 

「デルパワー……ドリームワールドの調査の副産物だったな。プリンが『うたう』で協力した研究の。特性と地方特有の力場と、ポケモンの『野性』の関連性って題目だったか」

 

「はい!」

 

「それってもしかして、ショウが教えてくれたアカネの特性のやつか?」

 

「ああ。シュンのイーブイには随分と素養があったからな。『特性の変化』と『隠れ特性』。ドリームワールドによって引き出された特性の方が、ポケモン本来の能力に近いんだそうで」

 

「なになに特性の変化? それ面白そうじゃない。わたしにも一枚噛ませなさいよ」

 

「圧さないでくれカレン。色々と当たるから。というかまだ十分なデータが無いんだって。……一部で実用化はしてるんだけどなー。カプセルには到ってないし」

 

「それでそれで、ハンチョー! その研究の事なんですが、実は『(オー)パワー』というですね ――」

 

 

 等々。

 途中からマコモ研究員さんが加わり、研究の話題が加熱。益々入り辛い雰囲気となってしまったため、撤退を余儀なくされた。

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 そして最終、日曜日。

 カフェ「えれくとろん」に集まった女子4名は、いずれもが机に突っ伏していた。疲労と心労による気力の減退が原因だった。

 ……手強い。この4日間ショウ君を追い掛け回して実感できた。うん。手強過ぎる。

 まさか連日のように女の子を周囲に配置してガードを固めてくるとは。隙が無い。それも自発的にではないから、こっちの介入を許さない偶発性がある。あらかじめ予定を建てて動くと、その不確かさによって阻まれるのだ。

 そんな風にショウ君を追っかけまわして、遂には秋休みの最終日になってしまった訳だけど。残念ながら、ミカンのお礼を渡すという目的は達成されていない。

 

 

「……はぁ。今日もやるのね、ミカン」

 

「あ、あの……ナツホさん達には、ご迷惑をお掛けして申し訳ないのですが……その、今日こそは」

 

「だねえ。ミィに曰く最後で最後の本日、ショウは仕事みたいだし。可能性は一番高いんじゃあないかい?」

 

 

 ヒトミの言う通り。今日のショウは、女子寮から見える位置……第2体育館の一室に潜んでいた。どうやら誰かと待ち合わせをしているらしい。

 ただ連日の流れからそれが女子だった場合、帰宅時を狙うしかない。仕事とは言え相手が女性の可能性は十分……という訳で、長期戦を見越して寮の中で待機をしている。

 女子寮自体が3学年合同で使用している建物で。連休だとはいえ人も少なく無い。各自のんべんだらり。

 

 パソコンを前にカフェラテを含むヒトミ。

 ミネラルウォーターのミカン。

 モンブラン増し増しのわたし。

 

 

「―― ぶほっ!?」

 

 

 そして、ロイヤルミルクティーを噴出すナツホ。

 

 ……あ、噴出すとはいっても小さく。ほんの僅かに。一滴くらい? そこは女の子の尊厳を守った。

 

 

「毒霧とは新技だねえ」

 

「そうじゃなくてっ……ルリが居たわっ!?」

 

「えぇっ!?」

 

 

 ナツホの(噴霧)の先へと一斉に振り向けば、確かに可憐なツーテール。ルリが姿を現していた。彼女もミカンの標的(語弊)だ。お礼をするならこの機会を逃すことも無い。

 

 

「それなら今よ! ミカン!」

 

「は、はいっ!」

 

 

 ナツホに背中を押され、ルリの後を追って第二体育館へと駆け足に突入するミカン。

 ……それにしても何故ルリがここに来たのだろう。と、考えていると、暫くして3人(・・)。ルリと、ショウ君に連れられたミカンが部屋から出てきた。

 わたし達は女子寮の風除室に移動して聞き耳を立てた。知り合いの娘が心配そうな視線を向けてくる。大丈夫。食い逃げじゃない。

 息を潜めていると、少しだけショウ君とミカンの会話が聞こえた。

 

 

「そ、そのっ。……元チャンピオン……け、敬語とかっ使ったほうがっ……」

 

「あー、ミカン。今のは秘密な。本来のラッキーでトゥラブルなお約束と男女が逆だって突っ込みを入れたくは思うが、その内ちゃんと説明するから。あんま萎縮されるとそれこそ困るぞーと」

 

「……が、頑張りますっ」

 

「おう。頑張ってくれると俺としても助かる。……そんじゃあ、その説明とミカンの話っていうのを含めてだな。話をするには……んー、そうだな。この辺だと、あっちか」

 

 

 そう言って、ショウ君が先導して建物を出て行く。

 二兎を追ってはいけない。ミカンは当初の作戦通り、ショウ君を先方のターゲットにしていた。しかしどうやら、会話から察するに、お礼はまだ渡せていないみたい。

 ……でもショウ君の秘密を握ったと。やるね、ミカン。

 当の元チャンピオン・ルリは言葉を発しなかったが、ショウ君およびミカンと分かれたところで『テレポート』していた。やはり彼女の側は放っておくしかない。

 しかしショウ君だ。ワタル→ルリだと思っていたけど……こうなるとルリ→ショウ君の線も怪しく思えてくる。わたしは恋愛探偵ではないから、そこまで立ち入った追求はしないけど。

 

 建物を出た2人。ミカンに歩調を合わせるショウ君は、少し敷地を逸れた所にある甘味処のノレンを潜った。

 わたし達は近くの茂みに身を潜める。怪しいのは十も承知だ。お母さんに手を引かれたそこの子、真似をしてはいけないからね。

 お店の外観を観察すると、看板に横文字が躍っている。確か、雑誌で紹介されていた覚えがある。持ち帰りも出来る「季節のたると」が看板メニューだった筈だ。

 ……女の子を案内するのに甘い物。これは良い。ただ、男の子がこういう場所に詳しいのは、いただけない感じもする。他の女子の影が見え隠れするからだ。先にあげたのも何処かの旅番組などではなく、「がぁりぃ」を売りにする服飾雑誌の特集であったはず。隠れ家的なという文句で。

 他の女の子に連れまわされ、否応無しに甘味処の情報を得る。それもショウ君なら尚更だ ―― けど、うん。

 

 

「それも違うかな」

 

「? 何が違うってのよ、ノゾミ」

 

「ナツホは判らない? ショウ君の場所選びのこと」

 

「えっ……え?」

 

「あっはっは、ナツホには難しいかもねえ。……こんな雰囲気の良い場所の喫茶店を選ばれると、デートの為に下調べでもしたかと感じるのが正直な意見だけど……今回は偶然からだね。となると、他の女の影を感じるってのが素直なとこさ」

 

 

 そういえば下調べという線もあったか。でも、そこまでは同意。

 情報入手の前提を、「他の女の子から」とする。そんな情報だということを忘れて、目の前の女の子を喜ばせる為にと、甘いもののお店を選んだ。これがよくある流れ。ナツホは例外としても、大変に判りやすい流れ。

 ……でも、ショウ君はきっともっと「したたか」だ。それについては確信がある。だから。

 

 

「だからわたしもそう思ったんだけどね。初めは。でも改めて、それも違うかな」

 

「……へえ?」

 

 

 ヒトミがいぶかしんでくれる。探偵の助手役とかが似合ってると思う。探偵わたし、解説しよう。

 

 

「多分、ショウ君がこの店を選んだのはわざと。意図的だね」

 

「わざと?」

 

「意図的に?」

 

「うん。意図的にこの店を選んで ―― 意図的に他の女の子の影をちらつかせている。ミカンにあまり踏み込ませないように」

 

 

 それは大別すれば「気遣い」に分類される楯なのだろう。影が見えれば「そういう」意味で近付こうとした女の子は尻込みする。

 ……普通は。普通はね。だから逆に言えば、ショウ君の周りの女の子はそれら楯をぶち破って接近する娘ばかりだという事になる。何と言うか、次元が違うのかもしれない。

 他の女の子達が近くに居て、ショウ君はそれをこっそりと提示した。ある種の想いを持つ女の子だけがぶつかる楯を。本当にただお礼をしたいだけの娘は、これには傷つかない。お礼を言って美味しく食べて、それじゃあねで済むから。

 相手に優しい戦法だ。そしていやらしい。

 多分この気遣いを、ミカンは察することが出来る。聡い子だから。察して、どうするのか。ミカンが自分の心と向き合う良い機会。

 ……傍目に見ているわたし達にとって、ミカンの気持ちは一目瞭然だけど。だって、後を追うだけで4日だ。そうでもなければこんなに執着する筈は無い。何よりショウ君は、ミカンが扉を開く手伝いをしてくれた人だから。優しい人だから。

 店の中の2人は幸い、こちらからも表情を確認できる窓際の席に座ってくれた。声が聞こえなくても判る。先ほどの「説明」だろう。ショウ君が中心となって話を振りながら、コーヒーを減らして行く。

 「それでも」。ショウ君の飲み物が無くなった頃合。窓の向こうで、ミカンは覚悟を決めたようだった。

 勢い良く立ち上がる。

 唇を別ち喉を振るわせる。

 全力で頭を下げる。

 そこでお礼の品を2つ共に差し出した。ショウからルリにも渡してもらうつもりなのだろう。

 それよりの問題は今、ミカンがどんな言葉を口にしたかだ。文句によって方針が決まる。

 友か。愛か。

 

 

「――、……。―― っ!」

 

 

 ああ。でも、その真っ赤な表情で十分に伝わった。

 ショウ君は少々ぽかんと口を開けていたが、すぐに苦笑いを浮べた。予定としてはここで切り上げるつもりだったのだろう。けど、ミカンに機先を制された形だ。

 ミカンに座るよう促すと、ショウ君は適当な品を追加で注文した。待っている間にトレーナーツールを差し出す。連絡先を交換するらしい。ミカンの喜びに埋もれた顔。これからの戦意に満ちた顔。それだけで十分な戦利品……で。

 

 

「――、」

 

 

 ……十分だと思っていたら、ショウ君も何かを差し出した。あのショウ君の事だ。恐らくはミカンが頑張ってサークルの「お菓子班」を取り仕切った事に対するお礼といった辺りか。

 お礼をしようと思ったらお礼を送り返される。抜け目のないやり口(サプライズ)

 勧められたのだろう。ミカンは逡巡の末、その場でプレゼント……髪結を付ける。頭の左右に2つ。垂れていた前髪が開けて、綺麗な目が露出する。ショウ君が感想を言って、ミカンの顔色がリンゴかトマト。

 うん。そろそろ、わたし達が紛うことなきデバガメだ。

 

 

「馬に蹴られる前に退散だね」

 

「確かに。ミカンも頑張ったみたいだし、アタシらは引き時だねえ」

 

「……はぁ、まったくもう! ミカン、あの子、わざわざ修羅の道を選ぶことは無いのに。……応援するしかないじゃないのよ!」

 

 

 最後にそう言って、わたし達は街路樹の茂みから離れていった。

 ナツホの「修羅の道」という文句は言い得て妙だ。確かに難敵。攻略し難い大山。

 でも挑むくらいは自由だと思う。応援するのも、勿論自由。

 そこに可能性はある。未来は無限に広がっている。

 先日、学園祭の後にゴウもそう言ってくれていた。姫君として持ち上げられるわたしも同様なのだと。狭い世界に閉じこもる必要はないのだと。

 ……そしてわたしがどんな決断をしようとも、彼は傍にいて応援をしてくれるのだと。

 だからこそわたしも頑張ろうと思えたのだ。彼を……また、彼が気にしている友人の応援を。

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 冬に向けて日々冷え込みは増してゆく。

 外から室内へ。わたし達が女子寮の「えれくとろん」でお菓子を囲む日は数多い。

 テーブルを彩る甘さ。その内にミカンの1つか、ミィやカトレアが居る時には2つも3つも。

 甘い話題が乗ることになったのは、きっと、喜ばしいことだ。

 ……うん。おいしい。頑張ってね、ミカン。

 

 





 今回はこれ単発の更新です。書き方を大分変えて寄せて、今話をお送りしました。
 主人公は探偵染みた思考と、どこぞのよろしく無駄な事を考える頭を兼ね備えた女の子。ノゾミとなります。
 内容はタイトルの通り。砂糖砂糖。
 「助六由縁不思議花」は、本来フシギバナの所が「江戸桜」になります歌舞伎の演目ですね。結構メジャーな方かと。なお、この演目は最後に男女が心中します(ぉぃ。これをエリカさんと見たあたりに主人公の苦労を感じていただければ。

 ゴウとノゾミのコンビは書いていて好きですね。どちらにも自分があって。今話を通してノゾミの属性「クール」に「お茶目」を追加できたならば目論み通り、嬉しく思います。無口だからといって脳内までがぼうっとしている訳じゃあないですよね。むしろ話さない人ほど頭は忙しなく動いているものかと。

 今更ですが予告をしていたはずですので、ミカンについて。
 HGSSのアサギシティでジムリーダーをしている女の子です。鋼タイプのポケモンを得意としています。灯台でデンリュウを助ける為に奔走したり(走るのは主人公ですが)、HGSSにおきまして大食らいの属性が追加されていたりと、懸命という言葉が似合うキャラクターですね。
 あと、スタッフに愛されてます(笑。ヤマブキ道場での再戦はメンバーがガチ過ぎて!
 今作におきましては前髪少女となっていたのですが、ここにて転機をば演出させていただきました。人の性質的にはまったくもって相性は悪くありません。是非とも頑張って欲しい所ですが、スクール編を終えたらジョウトに帰ってしまいますね。どうしましょう(ぉぃ
 プラチナではハガネールの「ネール」でマスターランクコンテストに出場する彼女の姿が確認できます。その「ネール」はHGSSでポケモン自由の交換をすることができたり。ミカンファンの方はHGSSを周回する事でしょうね。私はしました。

 そしてはたして、体育館でミカンが見たものとは……!
 (続かない。ご察し!)

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