ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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1995/冬 ポケモンバトル開拓戦線

 

 

 屋上へと移動するショウの後ろを、数歩遅れて着いていく。

 階段を何階分を上ったか判らない。幾つもの折り返しの末に到達した扉が、ぎぃという軋んだ音をたてて開く。

 風が冷たく頬を触れる。ビルの規模から予測はしていたけど、改めて見ても小さい屋上だ。

 やや廃れた雰囲気のタイルは、所々が修復剤によって埋められている。そもそも、花壇とはいってもプランターに入った花々が2列。ビニールハウスのかかった簡素なものが、隅にぽつりと置かれているだけだった。

 それらの傍に屈みながら、ショウが早速と問いかける。

 

 

「そんじゃあ相談を後回しにするとして。……聞きたいことってのは、なんだ?」

 

「ショウの事と、あとは研究の事かな。あれだ。ルリがオレらにデータ計測の依頼をした理由を聞きたくってさ。データの集計をしてるショウなら知ってるだろ?」

 

「成る程なー……それは確かに、知る権利もあるなぁ」

 

 

 これが1つ目の質問。

 ルリに曰く、先日を持ってポケモンの肉体データの計測は終了を迎えたらしい。あとは年末の大会を通してのものだけで済むとか何とか。

 先日挙げた課題(の様なもの)。ショウの事を知るための第一歩。一般の研究協力トレーナーに依頼すれば良い所を何故、わざわざ、エリトレの生徒を選出してデータを集めたのか。その目的を知りたいと思ったのである。

 なにせオレらが1年近く協力した研究だからな。内容にも興味はありありだ。

 

 

「そんじゃあその前に……ほいっと」

 

 《ボウンッ!》

 

「―― コンッ」

 

 

 ショウはあくまでプランターの様子を確認しつつ、慣れた動作でモンスターボールを放る。外に出したのはロコン。先日マイから渡された新たな手持ちポケモンである。

 ロコンはすぐさまショウの横を離れ、

 

 

「コゥン」プイ

 

 

 つんとそっぽを向き、我関せずとばかりにフェンスの上へと飛び乗った。

 その様子に苦笑いをしながら、ショウは解説を付け加える。

 

 

「ロコンはここの景色がお気に入りでな。……落ちるなよーと、忠告だけはしておいてだ。実はここ、タマムシシティの北部開発で1番最初に建てられたマンションなんだ。だから人も疎らだし、借りてるのも住民ってよりは業者の方が多い」

 

「業者っていうと、会社が入るようなビルを兼ねてるのか?」

 

「そういうことだな。正面から入ると色々な看板が出てるんで一目瞭然だと思うぞ。ただ、このマンションは改修とか色々と訳ありなんだよなー。裏口はこうして屋上にしか繋がってないとかな。まぁ都合が良いんで、オレとミィがポケモンを始めて持った頃はここでバトルの練習をさせて貰ってたもんだよ」

 

 

 ショウは目を細めて懐かしみながら、腰に手を当てる。

 成る程。人目を避けるってのは判るかもだ。トレーナー資格を持ってないとバトルの練習1つとっても色々と言われるものだしな。巡回業務のジュンサーさんとかに。

 

 

「おう。そんで、会社って定時を越えると人が帰るんで、4階の神様と管理人のおばあさんくらいしか居なくって ―― こないだまでは隣のマンションの女の子がプランターの整備をしてくれてたんだけどな。その子がこないだ旅立ったんで、今はこうして俺にお鉢が回ってきたって訳だ。昔にバトルの練習場所として使ってた分を恩返し、って感じかね」

 

 

 良く判らない単語を挟みつつ、ショウはビニールを剥いで土の様子を確認する。どうやら別段手を加える必要は無かったらしい。うっし終わり、と呟いて再び腰を上げた。

 ちかっと光が横目に入る。丁度フェンスを挟んで、タマムシシティの夕焼けがお目見えしていた。

 隅に有る掘っ立て小屋に入るでもなく、そのままフェンスの横へ。ショウが足を止めたので、此方も同様に。

 端に立つと尚更判る。とても、夕焼けが綺麗な場所だ。タマムシシティは外観保全の一環として外側の建物ほど高くなるという建築基準があるため、街北部のここからはかなり遠くまでを見渡せた。

 空の端に夕日が沈み、秋を経て修復を終えたサイクリングロードが、林の向こう……海の上を一直線に伸びてゆく。

 

 

「良い景色だろ?」

 

「ああ。ロコンがお気に入りの理由がよくわかるよ」

 

「コゥン」プィ

 

「あっはっは。……そんな訳で。そんじゃあここなら誰にも聞かれないし、話しを始めるかね。さっきの質問からすると、まずはルリと俺がしていた研究についてだな。……それはやっぱり、理由からだよな?」

 

 

 苦笑を重ねた『わるあがき』の様に、ショウは尋ねた。

 此方が当然ながらに頷くと、念を押してくる。

 

 

「……結構つまらないし長い話だぞ。それでもいいか?」

 

「こっちから頼んでるんだ。つまらないとか言わないって」

 

「はっは! それもそうだな。まぁ言わなかったとしても内心思うかもしれないからな。前置きをしただけであって……ん、どうでも良すぎる。本題に行くか」

 

 

 仕切りなおしだ、と。

 ショウは身体を傾け、フェンスの上で夕焼けを見つめるロコンを横目にみつつ。

 

 

「凄く簡潔にまとめると、色々と『面倒くさい』って話なんだが」

 

「いや、そこはせめてもうちょっと噛み砕けよ」

 

「あー、そんじゃあまず、このカントーのポケモンバトルに関する利権争いが面倒くさい」

 

「……それはそれでざっくりいったな」

 

 

 まぁ、「それ」が面倒なのはオレも重々承知してるけど。

 

 

「エリトレは必修にポケモン学があるんで、シュンもある程度は知ってるよな。カントーがポケモン最先端だって言われてる理由」

 

「ああ。このカントーだけは、バトルよりもポケモンの研究が先立った……だよな? だから今でもバトル最前線で、研究の最先端でもあるんだろ」

 

「その通り。詳しく言うと……先ずカントーで研究が始まって、ボールの量産とかがされて、それが結果として一般にポケモンバトルを流行らせた。その『ポケモンバトル』のムーブメントによって各地方にバトルクラブが設立されて……バトルクラブが、カントーを真似して(・・・・)ポケモンリーグを作ったんだ。だから源流が違う。他の地方は自治だってのにカントーのリーグは協会が仕切るし、チャンピオンの扱いも違うしな」

 

「うん? そうなのか。チャンピオンのについては初耳だ」

 

「あー……テストに出たりピックアップされる事は絶対に(・・・)ないが、実は教科書にも隅っこの方には書いてあったりする。……何と言うか、カントーは看板扱いなんだよ。リーグチャンピオンは原則1人だけどチャンピオン位を持ってる人は何人も居るって面倒な仕組みも、カントーのあれこれを基にしてるからだしな。つってもそれは今のホウエンみたいに役立つ仕組みでもあるから、さて置くとして」

 

 

 話題を置いて、最大級の溜息を吐き出し、改めて顔を上げるショウ。やはり呆れ顔だ。

 

 

「でもなー。これって他の地方よりも、なんでかわからんが、大元になった筈のカントーのが面倒くさいだろ?」

 

「うん。そりゃご尤もだ」

 

「だから俺は、その辺りを改善したい。出来ればぶっ壊したい。よりにもよって好きなもの……ポケモンバトルの周辺で面倒くさい事態が蔓延(はびこ)るってのは、ちょっとガマンできん」

 

「出来ればの後が控えめになっていないんだけど」

 

「その辺はまぁ脳内で適当に変換してくれると助かるなーと」

 

 

 話題を切り替えるのだろう。ショウは腕を組みなおす。フェンスから背を離し、顎に手を当てる。

 

 

「そんで、肝心要の解決策は後々に来るとして、次題だ。……知ってるか、シュン。俺って天才なんだそうだぜ」

 

「だそうだな。こうして身近に過ごしてみて、やっぱ天才ってのはレッテルに過ぎないとは実感できたけど」

 

 

 天才って便利な言葉だよな。文字数が省略できるって意味でさ。

 というか、お前はどっちかって言うと努力の鬼だよショウ。

 

 

「そう言ってくれるのは助かる。けど、それってやっぱりシュンが近くに居るから判る事なんだよな。どれだけ努力を重ねても、社会的な評価は『天才』の一言で済む」

 

「へぇ……ショウもそういうこと考えたりするのか?」

 

 

 天才って呼ばれるのは努力を無視されているようで嫌だー、とかそういう話なのかもしれないな……と思ってのオレの発言だったのだが。ショウはすぐさま手を振って否定する。

 

 

「ん? あー……いや、言い方が悪かったな。俺は大学に早期に入学する必要があって、それを目指して『天才』っていう評価を貰ったんだよ。自分からな。だから俺は俺自身を『天才で良かった』と思ってるんで、これについては自分のことじゃあ無くてだ」

 

 

 ヤマブキの有る方角をちらっとみて。

 

 

「けど、俺の友人にはやっぱりそういう人も何人か居る。エスパーの能力なんてのも、生まれつき……望んで得たものじゃあないしな。友人がそれで悩んでた時期もあって……今はそいつも、笑ってくれる様にはなったけど」

 

 

 生まれつき。そう言えばケイスケも言っていたな。生まれる場所は選べないって。それと似たような話だ。天から授かったギフトは、残念ながらクーリングオフが効かないのである。

 オレの表情を伺っていたのだろう。納得した所で、ショウはうんうんと頷いて。

 

 

「妬まれるんだよなぁ。才能って。勝った負けたのバトルの世界だと尚更で、面倒なんだ」

 

「実に摘まされる話だな」

 

「まぁ、それが普通なんだけどな」

 

 

 ……これ、普通なのか。

 才能に纏わる云々。このスクールに入る前までは理解できていなかった世の仕組み。到底普通だとは思っていなかったけど……言われてみればそうなのかも知れないな。才能の影に有る努力を知らず、「ずるい」と嫉妬する事は簡単でもあるのだし。

 

 

「おう。俺は普通だと思うぞ。そんでも、それが普通だって知るのは本来もっと後になってから……成長してからの話で。だのに、結果的に誰かが傷つくってのはやっぱり面倒くさくて」

 

「……傷つく、か」

 

「まぁな。相手も自分も傷つく。面倒だろ? ……だから俺は考えてる。そういうのを埋めてやろう、って。エスパーなんかに張り付いたレッテルは、もののついでにぶち壊してやろうって。天才なんてのはバトルを盛り上げるための広告文句に過ぎないんだ、ってな」

 

 

 ショウはぐっと拳を握る。

 握った拳はすぐに解き、ぴっと指をたてて。

 

 

「……となると、まずは学生トレーナーのレベルアップに落ち着くってな訳で」

 

「オレの脳内ではまだそこまで追いついてはないけど……もしかして、オレ達に教えてるのってそういう……?」

 

「ん。まぁなー。目指す先はもっとあるけど……第一段階となると、そうだ。学生達が成長する曲線(データー)が欲しかったんだな、つまりは。これが研究の目的だよ」

 

 

 ポケモンバトルが上達する。ポケモン達がきちんと育つ。それを確かめることが第一の目的。

 ……第一の、ということはだ。オレが目線でその先を促すと、ショウは頬をぽりぽりと指で掻いて。

 

 

「あー……そうだな。双子からエニシダさんの話も聞いたんなら、良いか。ここでいよいよお待ちかね、これら『面倒くささ』に対する解決策のご登場だ。これが最終目的でもあってだな」

 

 

 既に解決策が有ることを、驚くつもりは無い。むしろやっぱりなという感じだ。元よりショウは、そこへ向けて動いているのだろうから ―― うん。奇妙なまでの信頼感。

 お待ちかねという言葉を示すように、じらすべく、ショウは指でこつこつとフェンスを叩いた。立っている場所を揺らされたロコンが少しだけショウに抗議のじと目、また、イーブイ(アカネ)の体毛にもよく似た茜色の夕陽に視線を戻し。

 

 

「随分先の話にはなるだろうけど ―― 俺は、色んな人を巻き込んで『バトルフロンティア』ってのを作ろうと思ってる」

 

「……開拓戦線(バトルフロンティア)?」

 

「そーそ。ただポケモンバトルをするってんじゃあない。例えば冒険しながら。例えば借り物のポケモンで。例えば、ポケモン自身の判断に従って ―― とかな。色んなバトルが出来る場所。トレーナーとポケモンとで、存分にバトルを楽しめる場所だ」

 

 

 どーだ、凄いだろ!!

 そんな言葉が続きそうなほど、心底楽しそうな表情で、ショウは語る。

 

 

「だって、そうやってバトルをしていれば絶対に気付くだろ? トレーナー側が特別だろうがエスパーだろうが、全部のポケモンを意のままに操れる訳じゃあない。タイプ相性が大きいし運の要素もあるから、読みが鋭くても必ず勝てる訳じゃあない。結局はエスパーだって、ちょっとコミュニケーションツールが多い ―― ポケモンと仲が良いだけのトレーナーに過ぎないんだ」

 

 

 ……成る程。流石はショウ。エスパーの云々についてはぼんやりとしか固めていなかったのだが、言葉にするとそうなる訳か。

 学生レベルのバトルであれば十分に脅威なエスパーだとて、実力が拮抗してきている同士だと……うん。

 

「(どうせエスパートレーナーとエスパーポケモンが揃ってないと、テレパスは成り立たない訳だしなぁ)」

 

 テレパス等々が通用するのはエスパーな人間とエスパータイプのポケモン、それらがセットになった状況と固定されている。逆に言えば、エスパーポケモンが選出されると判っているなら「あく」タイプやら「虫」タイプを選ぶなりの対策が出来るのである。もしくは、タイプの特徴から特殊防御に特化したポケモンを選ぶという選択肢もあるな。しかしつまりは「型に嵌っていることそれ自体」、レベルの高いトレーナーにとっては駆け引きの材料に過ぎないと言う事なのだ。

 ただ、これが判るのは多分、オレがエリトレで10ヶ月近くを学んだからなのだろうけど。

 

 ……。

 ……あ、そうか!

 

 

「だからだ。そういうレベルでポケモンバトルを語るためには、相手をするトレーナーも一定の実力が無きゃいけない。バトル施設を丸ごととなると尚更。なればトレーナー全体のレベルアップを……って話に戻るわけだな?」

 

「そうなる。しかも全世界のトレーナーを、ってな大々的な目的を掲げてるんだこれが」

 

 

 それは何と言うか、ほんとに壮大だよな。

 

 

「判ってるし、知ってるよ。でも今の俺がそうやって考えられるようになったのは、シュン達のお陰なんだぜ?」

 

「オレが? むしろ教わってばかりだった気がするんだけどさ」

 

「いやいや。お前らは、この1年でそれぞれに成長してくれたからな。特にシュンとヒトミ、それにリョウやミカンなんかは、ポケモン側の身体データで見てもトレーナーのスコアから見ても劇的なもんだ」

 

 

 ここは、本当に嬉しそうに。

 

 

「だからこそ出来ると思った。全員をレベルアップさせるっていう、絵空事。全員で新しいポケモンバトルを作るっていう、彼方の夢」

 

 

 髭は無いのに指で顎を撫で、腰に手を当てる。

 

 

「……まぁ俺自身、そうやってレベル高めのポケモンバトルができる場所があったら楽しいだろうなぁ……と思わないことが無きにしも非ずだけどな! 最後は自分の為だって締め括るのも大概だけど、でも、一石三鳥かそれ以上の可能性が有るんなら目指してみたいと思ったのは本当だぞーっと」

 

 

 そう言うと、ショウは続けての笑顔を浮べた。

 けどここからのそれは明らかに違う。あの日。出遭った日から思っていた……オレが好きになれない、ルリなんかが頻繁に浮べている「奇妙な笑顔」だ。

 最近わかってきた。ショウとの会話は、ここで終わらせてはいけないのだ。

 自分のいる場所を自覚しているからこそ、そこに他人を巻き込まないための……踏み込ませないための壁を作ってしまうから。

 

 バトルフロンティアってのを作ることで、協会の利権を分散させて。

 バトルのレベルを底上げする事で、エスパーとかの枠をぶち壊して。

 そんなバトル開拓の最前線で、ショウ自身はポケモンバトルを楽しむと。

 

 ……成る程。そう聞くと確かに、一石三鳥だな。そのためにどれだけの苦労を要するのかは、お察しだけどさ。

 兎も角。どれだけの困難が待ち構えていようとも、ショウは既に、そのための道を歩み始めているのだろう。

 そんな事を考えている内にも、ショウは話を続ける。

 

 

「だからさ、シュンが今日こういうことを聞いてくれて、ちょっと嬉しかったよ。誘いやすくなったからな!」

 

 

 オレも誘う気満々だよなぁ。とはいえ、話を聞いて楽しそうだとは思った。今のオレなら参加する気は満々だ。

 ショウはちょっとだけおどけてみせて、違和感無く話題を紡ぐ。申し訳なさそうに。

 

 

「だから…………んーと、な。俺からも聞きたかったんだ。シュンはそう言う才能を相手に戦って。勝てるかも定かじゃあないのに必死で努力して。辛くは無かったか? お前らは ―― 楽しかったか?」

 

 

 頬をかきながら口にしておいて、ショウは視線を逸らした。

 面倒というか、むしろ率直に ―― 友達想いな奴だな、と思った。

 この話題を出すこと自体が怖いのかも知れないな。だからオレは、問いかけたショウの表情にこそ問いかけてやりたい。お前は辛くは無いのかと。

 ……ただ。今それを率直に問うのは野暮と言うものなのだろう。こいつも捻デレだからな。湾曲で婉曲で遠回しで迂遠な言い方をする必要があるのだ。

 ならばこうしよう。オレの返しは決まっている。

 

 

「そりゃ勿論。楽しいに決まってるさ。オレはいつだって、自分とポケモン達がバトルに勝つその瞬間を信じてにやけてるさ。でもな、ショウ」

 

「ん、おう」

 

「それに加えて ―― そもそも努力が楽しいんだよ。これもさ、お前が教えてくれた事なんだ」

 

「……あー、そうか?」

 

「ああそうさ。……お前がそう(・・)しなくちゃいけない事情に関しては、これだけ偉そうな事を言ってはいるけど、実は良く判らない。でもお前はきっと、自分が楽しいってだけじゃあ自信が持てなかったんだよな? だからオレらに指導をすることで確かめたかった。他の人も、自分と同じく、努力すら楽しめるのか否かを。それは伝わったよ。友人だからさ」

 

 

 不器用というよりは、やはり、面倒という単語が似合う。コイツ以外にこんな11歳はいないだろうな。

 でも、大事な友人だ。だからこそはっきり言ってやろうと思う。オレは、このスクールに入ってきた頃の心境を思い返しながら。

 

 

「……オレ、実を言うとさ。お前やルリに言われるまで、ポケモンをバトル以外の時にボールから出すって事すら疑問に思ってたんだ。バトルに付随した場面以外でボールから出す必要があるのか、って。バトルで強くなりたいっていう気持ちは昔からあったのにだぞ? 今にしてみればありえないよな。ポケモンの事を理解せずして強くなれるはずは無いのに……」

 

 

 きっと漠然とし過ぎていたのだ。どうやれば強くなれるか、っていう部分が。

 それを晴らしてくれたのが、道を示してくれたのが……ショウ達だ。

 

 

「だけどオレは、こうやって普通に生活してみて……ポケモンってなんて不思議で楽しい奴らなんだ、って思ってる。便利な一面も有る。互いを互いに役立ててる相互利益の関係でも有る。でもそれを超えて、楽しいって思えたんだよ」

 

 

 勝ちたい。その一念は強いだろう。ただ、それだけで見える限界なんていうのはたかが知れている。

 そこから上を見る為に必要なのはきっと、胸に渦巻く何がしかのエネルギーで。

 それはきっと、学生にとっては楽しさに他ならなくて。

 

 

「ああ。楽しいんだ。一緒に努力を重ねる事。先にある何かを目指して一緒に居る事。その時点が、通過すべき場所を走り抜けることそれ自体が、もう楽しいんだよ。努力には苦しいことも有る。負ければ悔しい。負け続ければもっと悔しい。辞めたくもなるかも知れない。挫折するかもしれない。それがポケモン以外の事……例えばエスパーだから、って部分が際立って負けたとかならさ。それはきっと、果てしなく悔しいだろうと思う」

 

 

 実際にあの日、リーグで負けた父の姿を見たかつてのオレは、そう思っていた。

 あの人はバトルに負けて悔しいのだろう、と。それもエスパーなんていう先天的な、努力を否定されるような部分が鍵となって負ければ尚更だと ―― そう、安易に。

 雪の振るセキエイ高原。決勝戦。夕陽に、父の俯く背が溶けて。

 

 

「……うん。あの日の子どもだったオレは、ただ『画面の向こうから見ていただけ』だって言うのにな」

 

 

 幾つもの後悔が転がる。

 当事者どころか、会場にすら行っていないというのに。まだ隣にポケモンもいないというのに。

 傲慢。知ったかぶり。だからこそ当然、俯く父の表情は判るはずもなく。

 その顔に浮かんでいたのは、イツキに負けたヒヅキさんやオレと同様、「悔しさの向こうに存在する楽しさ」に所以するものだったかもしれないのに。

 オレらの様に、再び立ち上がる時には。……もっと強くなっていたかも知れないのに、だ。

 

 

「大丈夫だよ。オレはさ。勝ち負けは重要だけど、そこだけに全部を求めてるトレーナーなんて、きっといない。……まぁ、それで帰って来なくなって家族をほっぽった辺りはやっぱり間違いなく、馬鹿親父と呼ぶに相応しいんだろうけど」

 

 

 馬鹿親父は兎も角。さて……ここからがオレにとっての本番だ。

 ああ。先が有るのは嬉しい事なんだ。オレの上にも前にも、ポケモンバトルにまだまだ先はある。未だ教わる身の「オレは」、そう思えている。

 ルリが先陣を切り、ショウや、多分ミィなんかが押し上げ、誰かが満たしたこの世界を。

 だからこそオレは、向かいに立つ友人に問いかけてやりたい。奴の言葉を借りるならば、「面倒くさく」も……曲げに曲げた先の、ここで。

 視線を交わす。空気を悟ったのだろう。ショウは一旦、観念と共に目を閉じ。

 

 

「―― ここで本題か。シュン、聞きたかったことが有るんだろ? ……まだ質問は受け付けてるんだが」

 

「ああ。ショウ。なぁ。……お前はそれで、辛くないのか?」

 

 

 尋ねた向かいのその眼は、何処か遠くを見たままだ。

 返答は無い。オレはそのまま続ける。

 

 

「きっと、多分、お前は知ってるんだろ。この先に。努力を重ねた先に、もっと広くて深いバトルが待っていることを。お前が思い描いているポケモンバトルって言うのは……心底楽しめるバトルって言うのは、今よりずっと『先』にあるものなんじゃないのか?」

 

 

 マラソンなんかは、後追いのほうが有利だと言う話を聞いたことが有る。スリップストリームとか流体学だとかの話じゃあなく、精神的な話だ。

 そういう意味でショウがトップランナーの一員なのは間違いない。双子の話からも、それは確かである。珍しくも無いポケモンだけで、レベルでも劣っているのに、強敵を相手に勝ち進む。確かに希望と言い表すことが出来るに違いない。

 

 ―― ただその視点は、希望を「見上げる」立場からすれば、なんだけどさ。

 

 しかしどうだろう。希望その人が立つ場所は、当人からすれば、心苦しい場所でも在るはずなのだ。

 圧倒的に少ない光。見上げた先の暗さ。

 押し広げる側の……到達し終えた先に立ち塞がるのはきっと、どうしようもない閉塞感だけであるはずなのに。

 未来にたちこめ行き場を無くしてどろどろと溜まった闇であるはずなのに。

 天井の見えた世界こそが、物悲しいはずなのに。

 そして、そんな閉塞感を打開すべくもがいているのすら、ショウ自身なのだ。世界はショウを助けてはくれない。戦っている当人なのだから当然でも有る。

 ショウやルリが居る場所はきっと広げる側だからこそ。

 そういう(・・・・)―― 独り、端っこの場所だ。

 

 

「お前こそだ、ショウ。今のお前は楽しいのか?」

 

 

 感慨を込めて言い切った。

 ……ただ。ただな。オレはショウに期待している部分も大きい。コイツならばそれすらも……。

 

 

「あー……心配をどうもな。なら、期待に応えて訂正を挟んでおくか」

 

 

 そこまで(・・・・)を理解して、ショウは表情を変える。

 笑みの種類を、誰しも惹き込む、魅惑的なものへ。

 

 

「俺は、楽しいぞ。今のポケモンバトル」

 

 

 ここでショウはロコンの側をちらりと見る。未だ夕陽に見惚れたままの彼女(ロコン)

 そんな風に御せずにいる「面白さ」をとってか、ショウは屈託なく笑った。

 

 

「そもそも俺だってバトルも育成もまだまだだぞ? 試す事だって沢山有る。シュンが指摘してるのは、どっちかというと競技用のポケモンバトルの事だしな」

 

 

 例えば先に挙げたバトルフロンティアにおけるバトルなどは、その「競技用」と違うものなのだろう。

 オレが目線で理解を伝え、先を促すと、ショウは頷く。

 

 

「俺も『その先』には至ってない。今はリーグや、多くのエリトレ達が立っている場所こそがポケモンバトルの最戦線で、スタートラインでも有るからな。だから、俺だってその辺りには戻ってこられる。悩むことはあるにしろ辛くは無いぞ」

 

 

 ここに至ってオレの努力が実を結ぶ。

 いつもの、一見強がりに思える「自己満足さ」だけでなく、ただ、と続けた。

 

 

「シュンの指摘は正しいな。この壁を突き抜けるには俺達だけじゃあ足りない。それは間違いない。だってそもそもポケモンバトルって、1人や2人や3人じゃあ回らないもんだからな。 ―― それでもこの壁の向こうに、『先』は間違いなく在る。知ってるんだ。未来の俺がそこを目指しているのも、まぁ、間違いないかね」

 

「なら寂しいか? だってそこ、お前とかミィ、他にはルリくらいの数人くらいしか居ないんだろ。雰囲気的にさ」

 

「……。……あー……まぁ、近い人はいるけどな。カトレアとかコクランとかナツメとかエリカとか。近い奴らで固まってしまったからこそ閉塞してるんだが」

 

「だろうさ。だったらオレらもそこを目指すよ。何せ結果も過程も道中も、楽しい事ずくめだからな」

 

 

 オレも先を目指す。いやにすんなりと言葉がでていた。

 これはショウやルリに教わったことに対する恩返しでもあり、オレ自身の利でもある。つまりは一石二鳥なのだから。

 効率すらも兼ね備えたこの返しに、オレの友人は改めて苦笑した。

 

 

「凄いな、その言い方は。逃げ場が無い。前々からシュンはそーいうの得意だと思ってたが」

 

「磨かれたとしたらそれは多分、お前とかルリのせいだぞ。だってお前ら面倒すぎるし」

 

「うわー、返されたかー。……ま、実際のところあんま心配されなくてもだいじょぶだって。バトル以外でなら、協力してくれる人達も結構居るしな」

 

「……うん? もしかしてお前が異様に顔が広いのって、今話した策略のためなのか?」

 

「それもある。でも、単純な興味ってのも大きいかね」

 

「そういう部分では全く敵う気がしないんだけどな……」

 

 

 苦笑しながらお手上げのポーズをしてみせると、ショウがそんじゃあと話を切り替える。

 

 

「そんじゃあ質問に引き続きまして、お待たせしました『相談ごと』とやらを承るとしますか。……ま、大体判るけどな。この流れなら」

 

 

 ああ。思考の回るショウならこれで判るのかも知れないが、普通は言わなきゃ判らないんだよ。それに、こういったものは口に出すことそれ自体が一種のケジメでもあるからな。

 屋上にて。唇を離し、喉に力を入れる。

 

 

「―― 冬休みさ。オレの練習に付き合ってくれ!」

 

「おう、いいぞ。そら勿論」

 

「荷物にはならない。寄り掛かりもしない。ただ、頼ったらアドバイスはくれ!」

 

「おう、いいぞ。それも勿論」

 

「そしてオレに……お前の目指す場所を見せてくれ! 一緒に!!」

 

「おう、いいぞ!」

 

 

 張られた声に、小気味よく返事をしてゆくショウ。

 やっぱり楽しそうだな。いや。参加するのはオレなので、オレが強くなることはこいつ自身も望んでいるのだろう。いいさ。一石二鳥という事にしておいてやろう。そこにショウ自身の思惑もあるのであれば尚更だ。

 

 

「頼んだ!」

 

「うっし、やってやりますかね!」

 

 

 拳を握り、ショウのそれとごつりと合わせる。

 フェンスの上からこちらを見ていたロコンが、音に合わせてふぃとそっぽを向いた。

 

 

 タマムシスクールにおける、ポケモンバトル。

 目指すは2月初めの「年度末大会」。

 ジムリその他の上級科生が圧倒的に有利といわれる大会でもあるその中で、ただの1エリトレ候補生たるオレが優勝を目指す。

 ポケモンバトルの最前線へと。

 格付けをひっくり返すためのチームが、こうして、本格始動と相成った。

 






<タラリラリラ~

 ショウ との 支援レベルが A になりました(空耳)!!



 と、言う訳で2話にて更新区切り。
 幕間をゲームにおけるNPC、つまりはモブキャラ達で構成したのはこうした理由からでした。

 ……作中でショウに解説していただいても良いのですが、流石にメタメタしいので一応の解説を。

 「バトルフロンティア」とはRSEおよびPt、HGSS(PtとHGSSは同じもの)に存在するポケモンバトル施設です。
 ポケモンにおきまして、シナリオ上のNPCの手持ちポケモンには、実は努力値が入っていません。個体値すら最低値。ジムリーダーやライバル、悪の組織のボスといった格上で初めて6V(全個体値最高)、(ただし努力値なし)のポケモンを繰り出してくるという仕組みになっています。
 ですがこの「バトルフロンティア」は別でして。フロンティアブレーン(バトルフロンティアのボスみたいなもの、という解釈で正しいかと)と戦うまでに当たる全てのモブトレーナーのポケモンには性格及び努力値の計算がなされていますという。
 また、他作におきましては「バトルタワー」、「バトルサブウェイ」、「PWT(ポケモンワールドトーナメント)」、「バトルシャトー」などが同様の仕組みを有していたりします。
 そのため、原作の世界を作り上げる為に ―― という題目を掲げている主人公達としては、「バトルフロンティアまでも再現してこそ、原作」という途轍も途方もない場所を目指しているという訳なのでした。
 ええ。無茶振りですけれどね(Japanese DOGEZA)!!


 因みに、途中のシュンの語りにゲーチスさんの勧誘文句を思い出していただけると嬉しいです。
 で、そんな文句が(こうして雰囲気を作る必要も無く、初出演だのに)すらすら出てくる辺りにゲーチスさんのキャラを感じていただければと(笑。

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