年が明けてすぐ。
ショウに用事があるという事で、オレとケイスケもスーパー秘密基地から外出。とはいえ試合前にだらだらと過ごすつもりにもなれず、オレはヤマムシ樹海域から直行できるヤマブキシティの格闘道場へとお邪魔していた。
午前と午後15時までを師範代の方々の筋肉ポケモン達に揉まれ、汗を流してから格闘道場の外へ。
「―― さて。これくらいにしておいて、だ」
ポケモン達はボールの中でくたくたになっているが、時間だけは残っている。
なので、ついでに余り来る事のないヤマブキシティの街並みを見学しておくことにする。タマムシシティに居るとそれなりに物は揃ってしまうので、態々ゲートを潜ってまでヤマブキシティに来る理由がなかったんだよな。シオンタウンに行く時にはシェルター建設に伴って増設された地下道か、もしくはカーゴを使うからさ。
そんな訳で街並みを眺めつつ、時折シルフ社製の道具なんかを見学。試合に向けたポケモンの道具選びの参考にしておく。
すると、だ。
「―― っし、これで挨拶回りは終了だな」
「ナツメお姉さま、本日もご指導ありがとうございました……」
「また来なさいね。ショウも、カトレアも」
ちょっと大き目の一軒家から、見知った2人が顔を出していた。
玄関先で見送りをしているのはこの街の公認ジムリーダーであるナツメさん。伸びをしているのはショウで、無表情なのはカトレアお嬢様である。
遭遇率高いな……と考えながらぼうっとしていると、ナツメさんが家の中へ引っ込んだ直後に、気配察知能力に長けたカトレアお嬢様と視線がばちり。ショウの袖をくいくい引っ張り、件の奴めも此方を認める。
「おおっと、シュンか。こっちの都合で練習休みにして悪かった。もしかして格闘道場か?」
相変わらず頭の回転というか状況察知が早いな。
オレはショウの言葉に頷きながら、格闘道場でポケモン達の体術的な練習をしていた旨を話しておく。
「……という感じかな」
「体術なー。良い着眼点だ。俺の手持ち達も、公式戦に向けては練習しておくべきなんだよなぁ……」
顎に手をあてながら、ショウはちょっと悩んだ素振。
ついでに、ここで帯同していたエスパーお嬢さまを気遣ってか。
「っと。ナツメの家の前で駄弁ってても仕方ないし、シュンも一緒に夕飯食いに行かないか?」
「まぁ、どうせ秘密基地に帰る頃には夜中になるし、それは良いけどさ」
「……此方ですね」
疑問符を挟もうとしたオレの前に、カトレアお嬢様が一歩進み出る。
ききぃっ。とかブレーキ音。
……ヤマブキシティの環状線沿いに、黒塗りの車が1台。勿論長いやつ!!
「オレは何処に連れて行かれるんだ……?」
「カトレアの別宅だなー」
「……ですね」
当たり前だろ的な口調のショウと無言の同調カトレア。
いやさ、お前らはそんな風に通常運転だけどさ。気にすんなというのは無理な話なんだよ、普通はな!
ΘΘ
中に冷蔵庫とかバーカウンターが在る謎の車に(びくつきながら)乗って、ヤマブキシティを南側に進むこと15分ほど。目の前に鎮座しましたる別宅は、到底別宅とは思えない豪華さだったりした。
面積はそれほどでもない。けどメイドさんと執事さんが居る時点であれだし、絵画とか飾ってないからな普通の家は。
脳内で初体験豪邸に突っ込みを入れつつ、リビングへ。連絡は行き届いていた様子で、食卓には既に万全のセッティングがしてあった。
「シュン君は此方へどうぞ」
ザ・執事コクランさんに促されるまま、3人掛けと思われる小さめの机に着席。もしかしなくても、これ、人数に合わせてテーブルも選んでるよな……。
とはいえ食事はオレに合わせてあるようで、テーブルマナーとかは気にしなくて良さそうな品目だった。カトレアお嬢様は膝の上にムンナを抱えているしさ。
戦々恐々たるオレの目の前で、ショウは慣れた調子でナプキンを広げてゆく。
「まぁ色々とあるんだよ、お金持ちには。お金をかけるべき場所にかけるのは義務なんだと」
「……それは基本、見栄と呼ぶべきものなのでしょ。アタクシは心底くだらないと思っています」
「ムミューン?」
「何を仰る純粋培養お嬢様」
「ですがそんなお嬢様を少しずつでも外に触れさせてくれているのは君だよ、ショウ」
うわー、ここでコクランさんからの反撃か。対面する形で席についているショウは、苦虫口内大粉砕な表情でコクランさんからの生温い視線を受け止めていたりする。
コクランさんが視線を此方にも振りながら、続ける。
「丁度良い。シュン君。食事ついでに。……イッシュ地方は『御家』のお嬢様が、どうして外国はこのカントーにまで来ているのか、理由を聞いたことはあるかい?」
「いえ、理由までは聞いてないですね。想像はつきますが」
カトレアお嬢様、ショウにぞっこんだからなぁ。理由の1つ。
と、顔には出さず。コクランさんは察してくれているだろうけれどさ。
「その考えも的中はしているよ。でもこの留学は色々な条件が重なって実現した出来事なんだ」
「いやー、コクラン? その話題は……あー……」
「友達甲斐のない友人の身の上話くらい、オレにさせてくれてもいいじゃないか?」
「ムー、ナーァ!」
「……ムンナは押しが強いなぁ。まぁ……ん、俺が羞恥に耐えられれば良いんだが」
「ふぅん。なら、お食事のお供には良さそう。続けなさいコクラン」
「は」
「カトレアまで楽しむ気満々だなおぃ……はぁ」
「ムナーァ」
どうやら観念したらしい。
溜息の後、ショウとカトレアお嬢様が食事を口に運び始めたのを見計らい、コクランさんのターン再び。
「ショウとお嬢様は本日、新年の挨拶回りをしていたんだけど」
「挨拶回りですか?」
「うん。『御家』はショウの研究のメインな出資者だからね」
カトレアお嬢様が研究の出資者か。
うん。そっか。……成る程。
「それは……ヒモですね」
「ああ。ヒモだね」
「……ヒモ。そうですか」
「ヒモヒモ言うなよ」
「あ、話の腰を折ってすいません」
「いいさ。話を戻そう。さて、そんなヒモ友人なんだが……お嬢様と一緒に年始の挨拶に回っていたんだ。シュン君、君が合流したのはナツメさんの家の前だったと聞いたけど」
「そうですね」
確かにナツメさんの自宅前だった。
オレが頷くと、「それはタイミングが良かった」とコクランさん。
「ナツメさんはエスパーの大家の息女で、公的な立場もある。しかもお嬢様の超能力の制御訓練にまで力を貸してくれているんだ。だからナツメさんの家のは最後に回された、私的な挨拶だったんだよ」
「へぇ。あ、他にはどんな所を?」
「他の出資者は主にカロスやシンオウ、それにホウエンなんかの各地方に在る『ポケモンエネルギー』関連の会社……だったかな、ショウ?」
「そーそ。その辺の会社の支部は殆どヤマブキにあるんでな。でもシルフは除外した。あそこは利権が面倒だし、ミィが居るんで十分だろーと思う」
ほうほう。
ポケモンエネルギーっていう単語があまり聞き覚えはないけれど、ショウが抱えている研究の数を考えると複数の出資場所があって然るべきだしな。納得。
「だね。……と、そんなお抱えでもない研究者に出資をする余裕のある会社ってのは、ご察しの通り少なくてね。タマムシのご令嬢の家とかも有力筋だったんだけど、あそこは研究者に出資するような毛色ではないから、オレの仕える『御家』が1番乗りだったっていう訳さ」
「……一応の注釈を。『御家』それ自体がショウへ出資しているわけでは有りません。出資はあくまでアタクシが動かす事の出来る『御家』の一部、ですね……。……ますますヒモでしょうか」
「ムナーァ?」
「もうヒモで良いけどさ。仕事はしてるぞー」
「わっは! ……ショウにも耐性がついてきてしまった所で、お嬢様の海外留学の話だ」
コクランさんがショウの真似をしてひとさし指から薬指まで、3本をぴっと立てる。
「端的に言えば、留学の理由として公的に『御家』へ提出しているのは3つだ。1つ、お嬢様の超能力制御の特訓。2つ、お嬢様のカントーにおける事業拡大。3つ、お嬢様をイッシュでのゴタゴタから遠ざけるため。1つ目に関しては、お嬢様の能力が日に日に強くなっているというのも大きいね」
どうやら自分の能力と向き合う期間というのは、エスパーが必ず通る道であるらしい。
なのでそこについてはあまりツッコミを入れず。……けどさ。
「えっと、イッシュでのゴタゴタ……ですか?」
「ああ。イッシュでは今、巨大な組織が台頭してきていてね。これは名前は伏せておくけど、お金の循環が兎に角激しいんだ。イッシュを環状に結ぶ最後の橋、『ワンダーブリッジ』の建設再開。リーグの移設に伴う周辺地区の整備。サザナミ湾からセイガイハシティにマリンチューブを繋げるなんていう壮大な計画まである」
「マリンチューブはあれ、利益に絶対見合わないけどな」
最後に突っ込むショウは、まるで見てきたように言うけど。
……見てきた……って、おいおい。
「まさかショウ、その辺も関係してるのか?」
「直接じゃあないけど、一応な。マリンチューブ建設に伴う現地ポケモンの分布調査とサザナミ湾沖の海底の調査を、俺がポケモン研究者の肩書きで請け負ってた。影響予測については丸投げしたんで、合宿前に何とか終ったな……調査は隠れ蓑で、実際やらされたのは古美術品の宝探しだったが」
ショウが呆れた感を滲ませながら昼食を口に運ぶ。
相変わらず規模の違う11才だ。でも隠れ蓑とか、むしろそれ、オレが聞いて良い話なのでしょうかと。
「良いんじゃないか? 表向きはそうなってるし、オレがイッシュに出張したメインはあくまで、シッポウ博物館に化石再生技術を売るのとマコモさんの研究手伝いだったしな」
「……化石再生技術は、確実に『向こう』に横流しされましたよね」
「言ってくれるなカトレア。お金を積まれた上に社会表面上の体勢を整えられると、お上が折れるんだよ。それに一応、証拠は残ってないぞ」
「証拠はなくとも……エスパーの勘です。ですよね、ムンナ」
「ムャー!」
「俺の悪い予感も流されてるっては言ってるけどな。はぁ。ま、組織が組織だから技術拡散はされないだろーと思っとくよ」
意外とお茶目なカトレアお嬢様に相槌をうって溜息を連発するショウ。その『向こう』とやらも聞いちゃいけない範囲な気がするから忘れておこうな。うん。台頭してきた組織とやらとイコールで結べそうだ。
オレは、この間を利用してコーヒーを持ってきたコクランさんからカップを受け取りながら。
「そんなこんなでイッシュではゴタゴタが起きていて、ただでさえ能力が不安定な時期に突入するお嬢様は引き離しておきたかったという訳なんだけど」
流れのまま背筋を伸ばすコクランさん。
オレを見て、カトレアお嬢様を見て、最後にショウへ笑いかけて。
「―― さて、オレはあくまで執事。ここで1つ質問だよ。そもそも、お嬢様を海外へ連れ出すなんていう無理難題を、提案して、通して。出資者なんていう社会的立場まで用意しつつ……ポケモンバトルの師匠をしながら、ホームシックにならないように何かとつけては連れ回す友人役まで兼ねてくれているのは、誰だと思う? 知っているかい、ショウ?」
「さーて、だれだろなー」
要はショウの奴、コクランさんの立場じゃあ土台無理な、「深窓の令嬢たるカトレアお嬢様を連れ出す役」を担っているのだろう。昔からそういう役目を請け負っているとすれば……まぁ、惚れた腫れたは自然な流れでもある。御伽噺とか童話とかそっち系だけどさ。
観念したようなしてないような。ショウは微妙に下を向き、食後のコーヒーを口に含み。
「……つってもエリトレクラスでの友人も居るし、ミミィ達アイドル新人グループとも仲良いだろ? 俺の出番は減ってる減ってる」
「オレとしては、それもショウのおかげだと言っているんだけどね」
「あーあー聞ーこーえーなーいー」
「(それもショウのおかげなのでしょ……)」
「耳を塞いだからといって、直接脳内に……! 芸が細かいなっっ」
超能力を使用してまでお茶目さを発揮するカトレアお嬢様。それに執事のコクランさんまで、本当に楽しそうな様子だ。
うん。ショウの言う友人っていう関係性は、断じて間違いではないのだろう。
「―― はぁ。……ちょっと花摘とか行ってくる」
「中二女子っぽい発言だね」
「そんじゃあ
コーヒーを飲みきった頃合で、ショウがトイレに席を立った。勝手知ったる別宅。トイレの場所は心配ない様子ですたすたと部屋を出てゆく。
席が1つ減って。コクランさんとカトレアお嬢様が、食事を終え始めたオレに向き直った。
ちょっとだけ雰囲気が変わる。
「さてシュン君。今の内に、ちょっと聞いてみたい事があるんだけど、良いかな」
先ずはカトレアお嬢様の後ろ、コクランさん。
今の内に。ショウが居ない内にと言うことだろう。むしろそのための昼食の席だったんじゃないかな……とは、オレの邪推かも知れないけどさ。
「勿論良いですよ。何です?」
「ありがとうございます。……お嬢様」
「ハイ」
促され、お嬢様が口元を拭いてから。
ムンナを抱きかかえながら、無表情気味に、ぽつりと。
「ショウの目標?」
「ハイ。彼がこの国を、そして外の国をも駆けずり回っている理由……です」
「ムーミャァ」
どうやらお嬢様は、ショウの目標について尋ねておきたいらしかった。
確かにオレは知っている。ついこの間支援レベルが上がったばかりだしさ。ただそれは、本人が居ない間にカトレアお嬢様に伝えてしまって良いものか。
……少し悩む所だけど、まぁ、友人であるカトレアお嬢様とコクランさん相手なら心配あるまい。むしろ手助けになってくれる筈だし、悪いようにはならないだろう。
オレは2人に、ショウが建設を目指しているという複合型ポケモンバトル施設についてさわりだけ話しておく事にする。
「―― バトルフロンティア、ですか」
「はい。ショウはそう言っていましたね」
オレの話した「バトルフロンティア」について、カトレアお嬢様は暫し黙考。
ちらりと視線をトイレの側……ショウの側に向けながら、さっきよりやや小さめの声で。
「……ただでさえショウは色々、面倒な問題を抱えています……それは、シュン。貴方もご存知でしょ?」
「ですね」
面倒な、というのはショウもよくよく言っていた。全部それで済ませてしまう困った奴でもあるのだけれど。
カトレアお嬢様は両手を合わせ、指を絡め、目を閉じ、祈るような仕草の後、再び開く。
「……アタクシは時々、ショウが突然消えてしまう。そんな夢を見ます」
未来の話なのだろう。エスパーお嬢様が語ると信憑性がぐっと増してくる。
バトルフロンティアへと到る道の何処か、はたまた、近い内か。いずれにせよ穏やかじゃない予知である。
「ショウは、何か、とても大事な役目を担っている人。アタクシは、ライモンシティで彼に初めて出逢った方法からして、出逢いも出逢いでしたし、これは神様とやらに導かれた運命なのだと思っていますが」
そこは少し嬉しそうに。しかし、表情はすぐに戻す。
「……彼は、立ち隔たる岐路を目前に控えるショウは。アタクシになど構っていて良いのでしょうか。そう思うことも、少なからずあるのです。嘗ての彼を縛っていた焦りは、今は消えた様子ですけれども、なればこそ。……アタクシは、ショウと同じものを見たいと想い、願い、この国へとやってきました。そしてその願いは、成就しております。他ならぬ彼自身の手助けによって」
自分の力だけでは、という事なのだろう。ショウへの恩義を強調しておいて。
それでも、挫けず折れず。エスパー大家の息女たるカトレアは、唇の端を緩やかに吊り上げた。
「ムァッ!」
「ええ。わかっています」
お腹に抱えたムンナにも一瞥くれて。
カトレアお嬢様は視線を上げる。
「……アリガトウ、シュン。彼の目標を知れて、良かった。今度は、アタクシが彼を支える番。きっと、そういう事なのでしょ……。アタクシは彼の後ろ盾にも、相棒にも、場所にでもなれると思います。アタクシが耐えてきた『御家』という力は、アタクシ自身にとっては嬉しくありませんでしたが、そういう役割には向いていますので」
最後にはそうやって笑えるのだから、ショウの友人というのはどうにも強度が高い人たちなんだろうな。隣ではコクランさんも頷いているしさ。
カトレアお嬢様とコクランさんはそのまま、ショウがこれまでに仕出かした(無茶もしくは馬鹿な)事件について楽しそうに語ってくれた。それこそトイレから戻ってきたショウが第一声「楽しそうだな」って言うくらいには。
こうして、会食それ自体は恙なく楽しく進んだのであった。
―― とはいえ、キチンと攻勢も忘れないのがお嬢様。
ヤマブキシティの別宅で食事を終え、その帰り道。太陽がヤマブキシティの壁際にかかる頃。
別宅の前にまで見送りに来たカトレアお嬢さまは、最後にショウを呼び止めた。ショウは嫌な予感だ……と小声に出しつつも、振り返り。
「……ねえ、ショウ」
「なんだ、カトレア」
赤くなり始めた空を背景に、やや冷たい空気がお嬢様の髪を揺らす。
ここで特大、お嬢様は笑顔を浮かべ。
「貴方をヒモにというのは、虚言では有りませんから……失敗した時にはアタクシの元へ来て下さい。ふふ、養ってさしあげます」
「うん、オレも良い案だと思うよショウ。どうせだからお嬢様の執事になればいいさ」
「ムー、ナァー!」
コクランさんと2人揃って、そんなことを言い残し、別宅の中へと戻っていったのだった。
ショウはぽかんとしたまま、困った風味で頬をかいて。
「……これだから油断ならん」
溜息を吐き出しながら、そんな風にのたまう(照れ隠し)。
もう結婚しちまえよお前ら。ああ、でも、それだと第一次嫁大戦とか勃発しそう。ショウの場合は。
……そもそも年齢的に結婚できないけどさ! 一般的には養われるのが普通だぞ11才!!
なんか「全て乗り越えてきたぜ」っぽい雰囲気は出してますが、カトレアお嬢様の力が暴走するのはこれからだという……(ぉぃ
今月はまだ更新予定。あくまで場繋ぎでした。