1月も終わりを迎えようとする某日。
タマムシ大学傘下で最も顔の広い「報道サークル」から、いよいよ2月に開催を迎える「タマムシ大学トレーナーズスクール上級科生ポケモンバトル大会」についての
記事の内容は、大会のあらましやお偉い方のコメントに始まり……それはさておき……「参加選手の紹介」こそが、注目を集める本記事である。
これはタマムシ大学においては毎年恒例ともいえる記事なのだが、しかし、今年は一層の熱が篭っていた。
その理由の1つが、前年度に伝説的な記録を残したトレーナーである「ドラゴン使いのイブキ」がジムリーダークラスとして再びの参戦を表明している事だ。
昨年にイブキを下した選手は気紛れから他のスクールへと移っているということもあってか、その対抗馬の予想が学内における話題を独占しているのである。
既に大学及び大学院の生徒達の間では、優勝予想による賭けが行われていた。こういった賭け事は本命が
そんな中。
研究棟にぽっかりと開いた中庭の一角、今は枯れて蔦だけになった藤棚の下。
とある少年が手に持った見本誌を開き、覗き込んでいた。
「―― ほうほう。ねえビビ。やっぱり、対抗馬といえばマツバ寮長が本命ッスかね?」
「ビビーッ!」
呼びかけに応じて、隣に居たポッポがぴょんと跳ね上がる。
雑誌の巻頭。見開きで男子勢のグラビアを飾るのは、優勝候補とされるマツバ選手だ。
彼はジョウト地方のエンジュシティ出身。ジムリーダークラスの実力者で、男子寮の寮長でもある。
ポケモンの専任タイプは「ゴースト」。エースであるゲンガーの得意な強襲や、トリッキーな変化技を利用した緩急を加えた戦い方を得意としている。
本人も「千里眼」と呼ばれる未来予知、遠視に類似した能力を持つ血筋であり、その読みの鋭さも一級品であることは言うまでもない。
「この辺のは先輩方が書いたんスよねー。特に注目が集まっている昨今、学生トレーナーの中にも人気がある人が居るのは判るッスけど……見開きグラビアて。アイドルトレーナーじゃあないんスから……」
「ビビーッ!」
「ビビには好評みたいッスねー。……まぁ契約とか色々あるんでしょうし、次ッス」
少年は次々と頁を捲っていく。
幾人か、ジムリーダークラスの選手が紹介された後、昨年のイブキ選手の例もあってか、同大会に参加を表明しているエリートトレーナークラスの選手も紹介がされていた。決して侮ることが出来ない……というあおりの文句。
「ジブンが記事書いたのはこの辺スけど……あーぁ、やっぱりかなり削られてるッス」
少年がインタビューを行ったのはエリートトレーナークラスの選手。中でもシンオウ地方出身のリョウ選手と、ジョウト地方出身のハヤト選手は、記事も担当していた。
それぞれが『飛行』と『虫』タイプのポケモンをエースに据える。ハヤト選手は堅実な試合運びを、リョウ選手は以心伝心のコンビネーションを武器とする……両名共にエリートトレーナークラスでは注目株のトレーナーである。
しかし両名の記事はエリトレクラスを纏めて取り扱った半頁、その一角に小さく扱われるに留まっていた。
「まぁ、参加する選手の数だけで100をらくーに超えるッスからねー。仕方が無い仕方が無い、ッス」
「ビッ、ビビッ」
「とはいえ今年はエリトレクラスが来ると思うんスよねー。これ、ヤジウマの勘ッスけど。……お。次は女子のエリトレクラスの人ッスね」
続いて捲られたページには女子勢。
中でもエリートトレーナークラスの注目株として、セキチクシティのジムリーダーキョウの娘であるアンズ選手と、エスパー御家の息女であるカトレア選手の特集が組まれていた。
「おーお。……アンズ選手はジムリクラスでもないのに毒タイプばっかりを使うんスよねぇ……。お父上譲りの毒使いなんで、エリトレクラスだとはいえ経験の不足はなく、むしろ扱いやすいって言ってたッスもんねー。その辺の木に逆さにぶら下がりながら」
「ビービッ!」
「うんうん。ヤマブキではなくあえてタマムシを選んだエスパー界のじゃじゃ馬娘、カトレア選手も要注目ッスね!! ……というか女性陣は写真が多いッス。やっぱり写真栄えするッスからねえ。……カトレア選手だけは執事さんの後ろに隠れてるッスけど、執事さんがイケメンなのでこれはこれで絵になってるッス」
「ビ、ビビービッ!」
「うん? もっと他の選手に……? でも、特集記事は次で最後ッスよ?」
自分のポケモンとそんなやり取りをしながら、残り少なくなった頁を捲ると、いよいよ巻末ぶちぬきのグラビアで紹介されるのがイブキ選手。
ジムリーダークラスに制服はないため、イブキ選手はフスベのドラゴン使いとしての正装であるマントを羽織り、腰に手を当てるというポーズ。
……ただ。
「……うわーぁ。ぶっちゃけ、なんか奇妙な格好ッス。ワタルさんのマントは威厳があって良い感じッスけど、イブキさんのはマントがどうとか以前にそもそもぴっちりしたスーツの意味が良く判らないッス……」
「ビィッ!!」
逆に言えば、服装については個人のセンスに任されてしまう。……とはいえ彼女の格好はいつも「こう」であるため、周囲からはいつもの事だと慣れた様子で受け止められているのだが。
言うまでも無く今大会の最有力優勝候補であるにも関わらず、写真に写る彼女の表情は険しい。それはインタビューの内容からも読み取れた。
「なになに。……『チャンピオン級の実力を持つ兄者に追いつくためにも、私は常に1番でありたい。また、ドラゴン使いに求められる1番とはより高いレベルにおけるものだと考える ―― 』……だ、そうッス。かなり端折ったけれど、なーんかお堅い感じッスね?」
「ビービ!」
「ワタルさんのあの発言を意識してるんでしょうけど、これだとかなり違った見方になってるッスよ……。しかも何と言うか、これって『ドラゴン使いはレベルが違うんだ!』って言う、傲慢な感じにも聞こえるッスからねー……」
「ビビッ?」
「うん。そうッスね。イブキさんがそういった悪意を持って言葉を発したかどうかは判らないッスよ。なにせあくまでインタビューッスから」
「ビビビィッ」
「勿論ッス! ヤジウマはヤジウマなりの信念ってもんがあるッス!」
少年がぐっと拳を握ると、隣のポッポが囃し立てるように周囲を飛び回った。
そうこうしている内に、日も傾き始めていた。
少しずつ冷え込み始める中庭。
体を小さく震わせ、最後にと、先輩方と共に作り上げた記事を確認しながら、少年は知らず呟いていた。
「……しっかし。こうして選手達が出揃ってみると、壮観なもんッスねー」
少年の持つヤジウマ根性だけではない。あらゆる人々に期待を抱かせる何かが、今大会にはあった。
ポケモン学、そしてバトル研究の最先端であるカントーに住まう人々だからこそ、来る気配を鋭敏に察知し ―― 知らず期待を寄せている。
革命児たる元チャンピオン・ルリと、そのポケモン達が垣間見せた、新たなポケモンバトルの時代に。
そして次代を担う、トレーナーとポケモン達の戦いに。
「やっぱり、楽しみッスよね。ビビ!」
「ビー、ビッ!」
すっかりテンションの上がった両名。
隣に居たポッポが頷き、大きく翼を広げ。
「―― おーい、ヤジウマーっ! そろそろ印刷終わるぞー。左留め手伝ってくれー」
「あ、了解ッスー!! ……週明けの大会に合わせてでかさなきゃいけないッスからね。行くッスよ、ビビ!」
「ビビーッ!!」
サークル仲間の呼ぶ声に未だ仕事が待っていたことを思い出し、少年とポッポは立ち上がり、印刷室へと駆けてゆく。
―― しかし彼はベンチに、見本誌を置き忘れていた。
ポケモン・スクールジャーナル「Celadon & Rainbow」号。
《ヒュゥゥ……》
――《パラ、パラパラ》
風でページが捲れてゆき、最後の1ページ。
そこには参加選手全員の顔写真と、簡易のプロフィールがまとめて載せられている。
エリートトレーナー候補の顔写真が、卒業アルバムもかくやとギュウギュウ詰め。精々が賭けの大穴探し程度にしか使われないであろうその中に、本気で優勝を狙う1人の少年がいる事を、今は誰も知らない。
大きな注目を集め待ち望まれた、タマムシ大学トレーナーズスクール上級科生ポケモンバトル大会。
その開催をいよいよ2日後に控えた、土曜の出来事であった。
次回よりバトルバトル。ついでにバトルです。今回更新分のあとがきがバトルっていう字で埋まりそうですホント。
イブキさんの格好がいじられるのは公式ですね。HGSSエリカさま&ミカンのやり取りより。
でもポケギア会話によれば、里のみんなは羨望の眼差し(と、本人が、勝手に、思っている)だそうで。技マシンの名前のネタといい、ツンデレ以外にも色々と属性はあるのですよ!
……その辺りをつけばイブキさんも可愛い系ツンデレに様変わり出来るでしょうに……と、言うわけで(何。
切りも良く。
今回更新分はここまで……
……と、みせかけて……?
▼ヤジウマさん(少年期)
覚えている人がどれだけいるのかは判りませんが、原作、初代およびFRLGのヤマブキシティに登場する人物です。
ロケット団の事件が解決された後、フレンドリィショップの正面にピジョットと共に駆けつけて、
「もう終わってる……? すいません! ジブン、根っからのヤジウマなもんで!」
……的な、印象に残る台詞を残すキャラのたったお方。
(いい加減ご存知の方も多いかと思いますが)、駄作者私、こういう脇役が好きなんですよね。
という事で、どこかで出演させておきたいと考えていた結果、ここでの登場と相成りました次第。
因みにビビーッ!と鳴くポッポ(ピジョット)は原文ままです。