ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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Θ8-7 タマムシシティ、とあるマンションにて

 

 

 さてさて。我が家に突撃をかましてきましたる、エリカお嬢様。

 部屋に招き入れるしかないのか……という絶望(比喩では無く)と共に、いらっしゃったエリカお嬢様をリビングへ案内しておく。

 ……というか、今回の一連の攻防でエリカお嬢様との関りは出来たとは言え、親交と呼べるようなもんじゃあないと思うんだよな。なにゆえここで突撃をかまされるのか、理由は気になる所ではある。

 

 

「あなたのお客なんだから、おもてなしは任せたわね」

 

「まじか我が母」

 

 

 案内すると同時に、母親はひっつく妹を抱き上げて、厨房へと引っ込んでしまった。いちおうここから見える位置ではあるけれど……面白がってるだろ、あれはぁ!

 仕方があるまい。せめて高めのお茶請けと好物の餅モナカを戸棚から取り出し。しずっと振る舞いを整えて椅子に座ったエリカお嬢様の正面へ回って、粗茶とお茶うけを出しておいて。

 お茶を口に含んで。

 

 

「んで、どういう経緯でウチに来たんです? エリカお嬢様」

 

「えぇ。家出というものをしてみたのです」

 

「……いや、なんでです?」

 

 

 率直に来られた! ので、こちらもストレートに質問で返しておく。

 まぁなぁ。こっちの世界に産まれてからこの方、世情については俺としても色々と調べている。お嬢の場合、経緯とその心境は分からないでも無い。あくまで予想ではあるけど。

 とか考えていると、顔に出ていたのだろう。

 

 

「あら。ショウさんならば、今、我が家が置かれている状況はご存じかと思っていたのですが」

 

「俺の評価がやけに高いのは置いといて。……お家ですかぁ。知らないとは言えませんが、事実確認が取れてませんからね」

 

 

 茶請けをつまみつつ、世間話の体で話題を進める。

 エリカお嬢様が言う『我が家』というのは、家元とかタマムシジムとか、そういう世間的な立ち位置では無く……言うなれば社会的な部分。タマムシシティという街の、中心部分に食い込んでいる名家としての立ち位置のことだろう。

 

 

「貴方の予想が入っていても構いません。どこまでご存じか、お聞かせして貰っても宜しくて?」

 

 

 エリカお嬢様が「お伺い」を切り出してくる。本題の話を出すかどうか、最終判断のための材料にするんだろうな。だって俺7才だし。

 ここでこの話(・・・)を聞けるなら、願ったり叶ったり。リターンも十分。……ご期待には沿っておきますか。と、指折りながら内容を揃えてゆく。えーっと。

 

 

「タマムシシティはお隣のヤマブキシティと並んで、経済圏の中心。色々と派閥があるとは聞いてます。お家とやらは、その内においての文化的な中心部分。ポケモンジムという設備が設けられるにあたって第一候補として推され、そのまま役職に就くことになるほどの家柄だと」

 

 

 そういう部分が絡んできて、ここタマムシとヤマブキはポケモンセンターなどのトレーナー施設が優遇して設置された経緯もある。

 ついでに言えば、カントーは結構ここふたつの街に人口が集中しているので、公営のポケモンジムを設置する際にはあまり争いは起こらなかったとも。まぁ、ナツメさん家とカラテ道場みたいな相容れない部分はあったみたいだけどもな。置いといて。

 

 

「で。派閥とやらの進捗については……んー、俺が調べた限りでは。ここ数年の結果として ―― ゲームコーナーの進出は食い止めきれず、(ヤマブキ)側は地下開発が本格化。西側にはサイクリングロードの誘致。南側にはサファリパークで、北側では入り江の利権」

 

 

 エリカお嬢様が家出とやら……両親に反抗してみたくなるような。気に入らない部分があるとすれば、この辺だろう。

 街の開発。施設の誘致。資金の巡り。代表的なものを幾つか挙げておいて、さて。反応や如何に。

 

 

「……。……ふぅ。えぇ、仰るとおり。そして、その全てを譲る(・・)形になりましたわ」

 

 

 溜息と同意。どうやら話すに値すると判断されたみたいだな。うん。

 視線は下方。ゆらぐお茶の水面をじっと見つめながら、エリカお嬢様がぽつりと続ける。

 

 

「わたくしに力があれば……なんて、大仰なことを言うつもりはありません。わたくし個人の力なんて知れたもの。ですが、全てを通されるとは……悔しく思います」

 

「携帯獣学部のある街ですからね。向こう(・・・)も警戒しているのでしょう。他はエリカさんの言う通りかと」

 

「はい。……ただ、もう少しできることがあったのではないか、と。そう思ってしまうのです」

 

 

 ふーむ。責任感強いんだな、エリカお嬢様。

 さて。唐突に面倒な話を始めているけれども、少しばかり脳内で、整理という名の注釈を入れておくか。

 

 俺の生まれ故郷であるタマムシシティは、カントー地方の中心部に在る街。

 政策としての緑化が推進されている事もあり、ゲームの如く、緑豊かかつ人の賑わう先進都市となっている。個人的にはとても好きな街だな。うん。

 で。リーグとしては中堅であるカントーが、一気に世界的なポケモン文化の中心部となった理由 ―― タマムシ大学携帯獣学部、およびオーキド博士が籍を置いている街でもある。ここがミソだ。

 隣にあるヤマブキシティも相まって、お金が潤沢に回る土地だ。そこに先行って鋭く斬り込み、遂には踏み入った何か(・・)が居る。エリカお嬢様が先に挙げた周囲の土地開発なんかも一例に過ぎず、狙いはもっと深くにある。

 ……そうでもないと、こんな用意周到にやられちゃあ、困るんだよなぁ。何せこれ、俺らの目的にとっても障害なんだよ。

 とはいえだ。

 

 

「そもそもそれらは俺たちが生まれる前か、直後に立てられた計画でした。できることはあったにせよ、止めるのは無理でしょう」

 

「……はい」

 

 

 エリカお嬢様が何度も、噛みしめるように頷く。

 特に直近にオープンしたのは、ロケットゲームコーナーか。来年にはサイクリングロードが本開通。北の入り江周りはどちらかというとハナダシティのごたごた。ヤマブキシティおよびシオンタウン間の地下通路およびシェルターはリニア周りの下準備を兼ねていて、再来年辺りに出来上がる予定。

 こういうのが立て続けに続いたのもあって悔しさが再燃しているのだろう。今回の件に関しちゃあ、源流域にロケット団員が居た時点で入り込まれてるのは確定だからなぁ。

 実際の源流域の水質や野生ポケモンの流入なんて部分に関しては、まだ何とも言えないが……「お上に調査が必要と判断された」って時点で、問題として提起するには十分過ぎたってのもある。

 言っちゃあ何だが「外来ポケモン」って括りはいろいろと物議をかもしそうな話題でもあるからな。ここタマムシで言うと、金銀から出没したデルビルとかな? まだ見かけないんだけど、ゲームコーナーもオープンしたし、これからの事はなんとも言えん。

 

 

「そもそも俺個人の意見としては、流れそのものを止めるのはどうなのか、とは思います。時勢の偶然も重なって、毒タイプのポケモン達……開発が無ければ有り得なかったポケモン達。彼ら彼女らは『カントー生息』として認められることが出来ました。色々と策を(ろう)してくれたキョウさんには頭が上がりません」

 

「それは……そうですね。あの子たちは開発期の途上で発生(・・)した、産まれた……そういうポケモン達ですから」

 

「はい。俺としては確実に『良い事である』って、カテゴライズしてます」

 

 

 エリカお嬢様が頷いてくれる。

 カントーの草タイプは殆ど複合してるからな、毒タイプ。そこから斬りこんだ意味合いは、正しく受け取ってくれたようだ。

 

 

「ただ今回のようにカントーっていう土地を成す大元に影響が出るのは、当然良しとは出来ません。その過程で多くのポケモンに害が及ぶであろうことが、簡単に想像できますからね」

 

 

 俺としてはそう続けておく。

 今回の調査で言えば、源流域の清水にいたヒンバス。もしかしたらあれなんかも、初めから生息していたポケモンだったかも知れないからな。というか居たと考えるのが自然ですらある。ヒンバスは適応的にはむしろ、どこに居てもおかしくはないくらいだし。

 オーキド博士の『ポケモン図鑑』にはポケモン保護 ―― 密漁防止のための区域制限、情報制限があるんで、登録されるかは別として。ただ、もしかしたら。そういう世界であるからこその可能性を潰してしまうのは、やはりいただけないと思うんだよ。

 

 

「そもそもお家という家柄があったとしても。政治の分野にまで深く口を出せるかというと、そうではないはずです。……エリカお嬢が主に気に病んでいるのはゲームコーナーでしょうと推察しますが、あれの誘致についてご両親が強く反論できなかったのは、緑化政策を推し進めた反動でしょうからね」

 

「……」

 

「なので、意味を持つのはこの後の行動だと思います」

 

 

 ……だからこそ、ここでひっくり返しておく必要も、無きにしもあらず。なのだろう。

 俺は肯定しておくことにする。 

 

 

「きっと貴女の行動に意味はあります。だって家出ですよ? 子どもならではの、両親にまっすぐ届く行動です。抗議の意味合いもきっちり含まれています。その後の折檻があるにせよ、貴女はそれくらいは織り込み済みで動いているでしょうし……」

 

 

 どうして。何を狙って。そういう思惑をさておいて、勇気の必要な行動であることには違いない。

 エリカお嬢様は思慮深い行動をする人だ。だからこそ『家出をした』という行動に意味がないはずはない。

 あとは、その家出先になんで俺が選ばれたか。それについても理由は多分ある。……この年代にこういう(・・・・)話を出来る人なんて普通はいないよなぁ、って事だろう。

 俺としてもそっちの情報を得るための道筋はあって損はない。同様に、こういう会話が出来るのはミィくらい。ナツメはまぁ本格的にジムリーダーになってからかなと。

 だのでまぁエリカお嬢様が……もし。もしもだ。俺のことを。

 

 

「貴女にとっての俺が『友人』に分類されるのであれば。世間的にも『友人宅に遊びに行っていた』で済ませられるんじゃあないでしょーかね」

 

 

 ということにしておくのが、1番波風の立たない落とし所であろう。

 多少は年齢も離れているけれどご愛敬。さて、ご反応の程はいかに。

 

 

「……わざわざ理屈で道筋を舗装してまで、肯定をするのですね。貴方は」

 

 

 驚いてはいるが、少し呆れた様子もこみこみで……エリカお嬢様は笑っていた。

 んー。ならばよし!

 

 

「んでは、子どもらしくはない同盟の結成ですね。同士エリカお嬢。上手くやっていくことにしましょうということで」

 

「ふふ。謹んでお受けいたします」

 

 

 差し出した手のひらが握り返される。

 そのまま俺は腰を上げる。着いたばかりで申し訳ないが、エリカお嬢様にも着いてきて貰う事にしよう。

 外套をもいちど羽織って、玄関口を指さして。

 

 

「んじゃあ、夕飯の追加の買い出しにでも行きましょーか。ひとり増えましたんで、メニューとか変えてシンプルにしよかなと」

 

「あら。それはご迷惑をおかけして……」

 

「なら荷物持ちはエリカお嬢にお願いします。荷物持ちは我が母のカイリキー借りるんで、どうせカート押すだけですけどね。料理はどのくらいできますか?」

 

「えぇと、お母様の手伝い程度なら」

 

「十分です。なら俺とエリカお嬢で作りますか。……んじゃあ、行ってきます! わがははー、お米だけ炊いといてー!」

 

「あっ……あ、えぇと、えぇと……行ってきます!」

 

「行ってらっしゃいなー」

 

 

 最後に我が母から投じられたカイリキーのモンスターボールを受け取って、友人お泊まりイベントのため、ふたりで近くのスーパーに買い出しに出掛ける暮れの日であった。

 

 

 ……ついでにいえば。

 この後、お泊まりイベントの名に恥じず色々とハプニングがあったりはした。

 お嬢のモンジャラが料理を手伝おうとしてやけどしたり。

 寝間着の着付けを俺が手伝わされたり。

 我が母が俺らを一緒に寝せようと画策したり。

 まぁそんなことがあったけども……俺が心労ためただけなので、割愛させて!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして改めて見ても、聞いても。

 彼は不思議な印象を受ける人だなと思いました。

 

 

「どう、エリカちゃん? うちの息子は」

 

 

 入れ替わりに彼がシャワーを浴びている間。髪を乾かしてもらいながら。彼のお母様が、わたくしに向かって問いかけました。

 彼のポケモンであるニドラン♀がかけてきて、膝の上に乗って。そのまま鏡と向かい合いながら、問われた事について考えます。

 どう。……こんな男の子(・・・)が居るとは思っていませんでした、という感想になりますね。

 

 

「そうね。私からすればエリカちゃんも大概だけれど」

 

 

 苦笑なされて、そのまま続けます。

 

 

「そうね。まぁ、気むずかしくて面倒でいつも何か考えているような子よ。今日も貴女が来たとき、すぐに両親にこっそり(・・・・)連絡を、ってお願いしてくるような。そんな息子。……あの子とミィちゃんが『化石ポケモン』っていう研究分野を足かけにして大学に籍を入れたいって言ってきたときには『マジか』って思ったけれど……」

 

 

 溜息に苦笑を重ねて。それでも、前を向いて。

 

 

「けれどきちんと目標を見据えてはいるみたい」

 

「その目標とは、彼が今オーキド博士と一緒に居るという……?」

 

「そうかもね。でも、そうじゃないのかも。研究そのものと言うよりは、もっと奥を知りたがっているように見えるわね」

 

 

 化石復活のための細胞再生技術とか。枠組みとか。進化とか。そういう単語を並べて。

 

 

「でもまぁ、まだ目先の事に精一杯みたいよ。だから友人が増えてくれることは、素直に嬉しいのよねぇ」

 

 

 お母様が、じぃっとこちらを見つめています。

 

 

「そういう意味では、エリカちゃんの視点が一番あの子に近いのかも」

 

 

 わたくし、ですか。

 ……そうなのでしょうか?

 

 

「えぇ、そう。だって人とか、その後ろにある枠組みとか、環境とか。そういう部分にも着目しちゃう性格でしょう? あの子もそうよ」

 

 

 そう言われてしまうと、似ているような気がしてしまうから不思議です。

 

 

「それで、お眼鏡にはかなったのかしら? 正直親からしてみれば優良物件とは言えないけれども……この年であの性格してるのは貴重、とだけは言って(セールスして)おきましょうか」

 

 

 わざとおちゃらけた様子で、お母様はそう笑います。

 ……家出、だなんて。清水の舞台から飛び降りるくらいの決心で、けれど無計画にふらっと現れたわたくしを。自分で家出をしたそのくせ、「親にはなるべく迷惑をかけたくはない」だなんて。そういうわたくしの高望みを汲み取って、わざわざ買い出しにまで出掛けて……スーパーでわたくしと歩くことで世間に向けた「友人宅を訪れていたというアリバイ」を作ってまでみせて。

 こういう事が出来る人。そういう人。確かに貴重、なのでしょう。

 

 

「悩んでそうなのはエリカちゃんの顔を見たら判ったけれどね。多分それはあなたのご両親も同じだと思うわよ。だから多分、あの子のばらまいた筋書きには乗ってくれるでしょう」

 

 

 最後に髪を()きながら。

 

 

「だから、エリカちゃんがあの子の友人でいてくれるなら。いつかあの子が立ち止まった時、力になってくれると嬉しいわね」

 

 

 少しだけ諦めを込めた笑顔で、お母様はそう言って下さるのでした。

 

 ……だから、わたくしは決めたのだと思います。

 来年から始まるエリートトレーナーのコースを受講し、家を継ぎ、いずれは胸を張っていられるジムリーダーになろうと。

 ふらっと。そう。ふらっと……彼に甘えてしまった(・・・・・・・)わたくしが、今度はいつか彼の力になれればいいな、と。

 今度こそは、その時に、後悔をしないようにと。

 

 ついでに、ふと考えます。

 お眼鏡に適ったのか。……適ったのでしょう。特に考えなかったはずの家出の行き先。わたくしの足は、自然とここに向かっていました。共同したおかげで、頼りになる人なのだと感じていたからかも知れません。

 気にもなるのです。どこか遠くを見ているようなその視線も、考え方も。この年齢で同じ目線でお話が出来るのも、もちろん。

 

 だとすれば、彼の傍に居ることはやぶさかではなく。

 明日も明後日も、いずれ来る未来も。隣に居て迎えることが出来たのならば。

 それはとても嬉しいことなのだと。

 そう、思えたのでした。

 

 






 わたしのイメージのエリカさんだと、どうしてもテンプレートなお泊まりの展開にはなりませぬ……。
 ゲーム外のものを統合しすぎるのも、原作味が薄れるのであれなんですけれどね。流れが流れなので仕方ない。ダイパよりもダブルの大会に備えてイエッサンなど育成する今日この頃。



・タマムシ周りのこと
 お金が潤沢に巡っております。


・外来ポケモン
 それも含めて生態系ですからねー。それだけでなく「ゲームマップの外」に居た可能性もありますし。……ただデルビルについてはあからさまに「それっぽ過ぎる」ので取り上げていますが。
 そもそも道路外やマップ奥なんかを見られないのは「ゲーム上の都合」として処理しておりますのであしからず。


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