1992年6月後半、俺はヒウンシティの港にいる。
ここから海路にてギアナ入りする予定であるため、今から船に乗り込むつもりだ。
「そんじゃな、コクラン」
「ああ。元気で、ショウ。調査のほうも頑張れよ」
「それは言われずとも」
俺は数日間世話になったコクランと笑顔で握手をして、船へと乗り込む。
さぁ、これからが調査の本番だな。
―― 数十分後。
「ハ、ハンチョー! 班員の6割が船酔いしましたぁ!!」
「流石ぁ! 俺の班員は予想を裏切らない駄目っぷりを発揮してくれるぜ!」
流石は研究班! フィールドワークには慣れていても海上は別だった!!
……さて、船酔いしたやつらには酔い止めを一気飲みさせて船室で寝かせておくよう指示し、俺は甲板に戻ってきた。
船上ではやはり甲板が一番落ち着くというのは俺だけじゃあるまい!
……と、俺は甲板端に立って風を浴びながら水平線へ目を向ける。
……あー……風が気持ち良いぃー……
……あー……
「イルカいねーかな……じゃなくて、とりあえず計画を見直そう」
イルカポケモンって少なくともFRLGとかBWにはいないよなぁ……とか無駄思考も展開しつつ、俺は計画の見直しに入る。
……資料はまとめたものを船室から持ってきているので問題なしだ。
さて。ここでいよいよ、初出の情報をおひとつ!
「(まず、フジ博士の目的は ―― 『ミュウ』の遺伝子サンプル採取!)」
ポケットモンスターというゲームにおける流行の一要素。
幻のポケモンたるミュウが関わる、歴史的にも学術的にも一大イベントである!
ゲーム内で展開されないそのくせ、ポケモン屋敷での日記では描かれる。実在する「ミュウ
「(まー、楽しみだよな。これこそゲームの世界にきたからこそ見られる、体験できるようなイベントだしさ)」
実際にはすんごい大変なイベントではあるのだけれども!
……とまぁ、そんな感じだので。
俺の研究班の第1目的は、その対象『ミュウ』の捕獲になる。第2目的がフジ博士の研究班の護衛。第3目的が図鑑周りという後付けだ。
現地ポケモンの生態調査、捕獲という分野にミュウの調査を含んでいるため、まぁ嘘ではないんだよな。
そのため。
「(とりあえず俺は、野生ポケモンとの戦闘と護衛に集中したいんだが、……)」
正直ものすごく嫌な予感はしている。なぜなら、ミュウと戦闘になった場合に矢面に立つのは俺達、護衛班だろうと思うからだ。
さらにそんなミュウは、非常に高い戦闘能力を持っている可能性がある。
……というか、可能性どころの話じゃなく俺の中じゃあほぼ確定だ。苦戦必死!
……けど図鑑完成のためには、たとえ秘匿データ扱いになろうともミュウのデータは欲しいところだからなぁ。どうなるんだろ。楽しみ半分、不安半分。
「……でまぁ、ミュウ用の戦闘対策はこっちの国に来る前から可能な限り練ったんで。実践待ちだな」
もちろん戦闘にならないのが1番良いのだが。
しかしそれ以上に、ここで問題になるのは現地ポケモンとの戦闘になった場合だ。
俺はまだ良い。多少なりともイッシュのポケモンを知っているため、ギアナのポケモンもそこそこ対処できるだろう。
だが他の護衛班員は、初めて遭遇するポケモンに対処することになる。それはキツイ。
……本当は俺が班員に知識を分けてやれれば良いのだが、時代的にそうもいかない。なにしろ、未だ外国のポケモンは一切図鑑に登録されていないのだ。それは不自然すぎる。
念のため護衛班には全員に「けむりだま」を持たせ、各種スプレーも大量に準備はしている……が、スプレーを越えてくるということはある程度戦闘意欲の強いポケモンであるということであり……
「まぁ、その時は多勢に無勢で囲んで倒すか」
かなり邪道だが、そうも言ってられないだろう。多分そうなりゃ相手が逃げるし。
まぁこんなもんか? あとは。
「……あー、そうだ。『たつまき』についての考察があったな」
そう。前回のコクランとのバトルにおいて、俺のピジョンは『たつまき』という技を使った。
ちょっと調べた。『たつまき』はHGSS以降ならばレベル22で習得する技で……レベル的には俺のピジョンは覚えることができる。レベル23だから。
だがしかし。
「……この世界はFRLG。初代リメイクのはずなんだよなぁ」
FRLGだと、確かに覚えられない。
いちおうまぁ、世界線やらバースやら、考え方はあるんだろうけどさ。
「(……うーん。脳内で屁理屈こねる! 仮説をせめて地続きにしたい!!)」
確かに、FRLGだと覚えられない……けど、このポケモンの世界は時系列順に進んでいるようだった。
現在1992年、FRLGの舞台が1996年、HGSSが1999。ここあたりはおおよそ確定。
「……『年代が』というより、『年代しか違わない同じ世界』だからなぁ」
ということは、ポケモンの覚える技の違いっていうメタ的な要素はどこから影響されている……?
この流れで単純に考えるなら、年か。時間の経過によってポケモンに訪れる1番の変化は。
……『新しいポケモンの発見』か!
この世界のポケモンの発見は、レッド達が冒険した辺りの年から一気に進む。これはまぁ、メタ的な視点でみればゲームが発売されるのだから当然なのだが。
……あぁ、ちなみに現在のポケモンの「発見」についての制度は、オーキドの「図鑑」と「研究の精度」が各国のポケモン学会に認められたことから……「図鑑に載る」ことが「新種の発見」となっている。
とはいっても図鑑自体も未だ中途半端であり、各地方へ渡されるのはまだ先のことなんだけどな。
話を戻そう。
新しいポケモンが発見されるということは、各地方のポケモンの交流が進むということ。そうなれば新しいポケモンとのバトルも増えるだろう。
それで、多くの種類のポケモンと戦う・出会うことによってピジョンの……いうなれば覚える予定である「技リスト」のようなものが「更新された」……みたいな感じかね?
「新しいポケモンとのバトルによる外的刺激が要因、って感じか。……仮説だけど、確かにカントーでしか戦わないなら相手は少ないよな……」
ポケモンにはあらかじめ闘争本能みたいなのがあるっていうし……その辺が影響してる、とかかね。
何よりこの仮説なら、俺のピジョンが『たつまき』を使えるようになったのは「外国に来てポケモンと戦ったこと」が原因だと結論付けることができるしな。
……あとは、外国とかの環境の変化とかも関係するかな?
……えーと、あとは……。
「……要因自体はきりがないか。有力なの出せたし、まぁ、こんなんで」
覚える技が増えるなら良いことだろう、うん。こんな感じで良いや。
なんか結局は「仮説だけど」に尽きるので俺は思考をやめ、ボールから外を見ていたピジョンとニドリーナをボールから出すことにする。
「ほい、出てきて良いぞー」
――《ボウン!》
「ギャウゥ!!」
「ピジョ? ……ピジョッ!」
2体がボールから出てくる。
ニドリーナはビクビクしながらも恐る恐る海面を見ており、ピジョンは飛び回る……かと思いきや俺の肩にとまって周りを見ている……
……ってピジョン、重い重い! お前30キロで、俺8才だから!
「……!? ……ギャウ!」
痛い痛い! ニドリーナ、抱きつくのは良いけど勢いで痛い!
まぁ、調査については……頼りになるこいつらと一緒に。何とかするとしよう!
ΘΘΘΘΘΘΘΘ
そして、未だギアナへと向かう船の上。
盛大に時間が余っているので、テンションの高い我が手持ちポケモン2体を甲板に残し、俺自身は船内を散歩し始めてみる。
……ああ、そうだ。暇なんだってば。どうせ着くまでにしなきゃいけない仕事がある訳じゃあないからな。そんなもんは、向こうで終わらせてくるに限る!
「(だからといって、1人じゃあすることもないんだが!)」
そんな少しばかりの孤独感を感じつつ、ほぼ貸切となっているカーペット敷きの船内を歩き続ける。
ただでさえ金のあるフジ博士に、『御家』が出資したこの船。船内には何故か売店などもあり、完全に観光船といった雰囲気だ。……売店、ね。
「あー……そうか。これ自体、カトレアの家が所有してる船なんだな」
なにゆえ俺でも判別がついたかというと、売店内のお土産グッズに見覚えのある家紋が記されていたからである。さらに家紋をどこで見たかと問われると、主にメイド服とか執事服の襟元とかで、と。
……しっかし、なるほど。商売が手広いなぁ、『御家』は。
そんな風に船内の風景を眺めつつ、らせん状に階段を登る。今現在俺は船の前方上側へと歩いているのだが、だからといって、目的地などありゃしない。散歩だからな。
そのまま階段を数個登り終え、さらに前方へと歩いていると……。
お、扉があるな。
「なになに……ふむ。船長室だそうで」
とりあえず、扉にかけられた表札を読み上げてみる。
目の前に扉があるからといって勝手に入る気にはならないが、こうして来てみたからには、高台からの眺めを見てみたい気がしなくもない。
「とりあえず外に出る道を探してみるか。えーと、こっちか?」
ここに船長室が存在するという事は、現在地は船の高い部分なのだろう。上手くいけば外に出る道はあるはずだ。結果として甲板以外の場所に出ることになるんだろうが、別に景色が見られればどこでも良いし。散歩だから。
「―― 生まれましたぁぁぁぁ、ですとぉぉぉっ!!??」
……若干投げやりに考えていたのが仇となったのか。
目の前にあった扉がドバァンと開かれ、いかにもな船長帽子をかぶった人物が飛び出してくる。それこそまさに、外へと飛び出していきそうな勢いだ。まぁ、こんな海のど真ん中で外に飛び出したところで何が出来るわけではないけどな。
ついでに言えば目の前の男は有線式の通信機を手にしており、外に飛び出したのではむしろ通信状況が悪化するだろう。断線とか。
飛び出してきたその人物は通信機を抱えつつ、何故か急ブレーキをかけ……。
なんでだよ。俺と視線がばちり。
「ああ、そこのアナタっ! 聞いてくださいよ!」
「……え? まさか、この流れで俺に話しかけてるんですか!?」
「今年、いえ、たった今!! わたしの娘が生まれましてね!!」
「しかもこちらの都合を省みない!!」
あんたはたった今、何の用事なのかは知れないが外に出てきたばっかりじゃないのかよ!?
……取りあえずは落ち着いてほしいので!
「……いや、それはめでたいことですが。見るからに船長なお人が何で部屋から飛び出して来てるんです?」
「……ですねー。でも、娘が生まれたんですよ。これって一大イベントじゃあないですか」
「だからといって船長業務を投げ捨てられても困るでしょ」
「……ですねー」
うむ。こちらがテンション低く切り替えを試みてみると、どうやら目の前の船長も頭が冷えた様子で。何より何より。
Θ
船長室に入り、狭い室内の中央に据えられたソファに腰を下ろす。船長からはボトルに入ったワインを差し出されるも、それをジトッとした視線で断る。
「む、だめかい?」
「いやいや、みりゃあわかるでしょうよ……俺は未成年ですって」
「はは、そうだね」
よくわからんが、海の男ジョークなのか? これは。もしくは社会に出たら学ばなくてはいけない、面倒なあれなのかもしれないが。
目の前で快活に笑う、しかし海の男にしては豪快さが足りない印象を受ける船長は、自らのブリキ製のコップにのみワインを注いで腰をおろした。そしてワイン飲むのにその容器かよ……個人の自由だけどさ。
「そんなことより、なぜに俺を相手に選びましたか」
「はは、なにせ我が船員達は堅物ぞろいでしてね。娘が産まれたなどというのろけは、話をされるのであれば仕方なしに拝聴しますが、だからといって、わたしにそんな話をされた所で本心から楽しむには時期が悪い。せめて、陸が近くになってからするべきでしょう」
そう、目の前に腰掛けた船長は話す。……しかし内容こそ「それっぽく」話してはいるが、色々とツッコミどころが満載だ。まずは、
「遠洋に出ているわけでもないのに、ですか?」
「……」
「それに、嘘つけ。堅物ばかりじゃあないでしょうが。俺がここまで歩いてきただけでも、気の良い船員とその手持ちのドッコラーたちに幾度となく絡まれましたよ」
「……ううむ」
この追撃に、壮年の男は頭をボリボリと掻く。
表情を申し訳なさそうなそれに変化させ。
「……なんとも思考の早い少年だ」
「んな悪態つかず、素直に娘さんについて惚気るならば話を窺いますよ。……まぁ確かに、今の時間じゃあ船員は忙しいでしょうからね。あくまで船にとって客である俺ならば、どうせ近場にいましたし、存分にのろけていただいても構いません」
「すみません」
「よろしい」
「では、是非ともこの写真を見てくださいッ!! たった今、画像が妻から送られてきたのですっっっ! まるで、天使の様なッッッ!」
「はいはい。どれ、拝見しましょう」
異様に切り替えの早いこの男。……そういえば、子どもを授かるような年齢で船長だというからには、かなりの「やり手」なのだろう。卑猥な意味ではなく。などという小ネタを思考内に盛り込んだ理由は、この男に対する小さめの意趣返しである。
そう考えながら男が胸ポケットの内側から取り出した写真を眺めると、短い白髪を生やした赤ん坊が映し出されていた。
「おー……ではまず普通に、おめでとうございます。可愛いですね」
「えぇ、まるで、天使のようなッッ!!」
「はいはい」
俺としては「人間扱いしてないぞー」とか「その喩えはさっきも聞いたぞー」なんて突っ込みをいれたい所ではあるんだが、幸せ絶頂な人には何を言っても効果が無いだろう。ならば、聞いてやるだけ聞いてやるのが1番賢い流しかたなはずだ。
そんな風に暫く話を聴いていてやると……ふと、今まで話し続けていた男の顔が下へと傾いた。お、そのそろ来るかな。
「しかしですね、1つだけ問題があるのです」
「ふむ。その問題の為に、俺へと目をつけたんでしょうけど……一応お聞きしましょうか。何なんです? 問題ってのは」
「その件(くだり)に関しては申し訳ありません……おほん。申し訳ないながらも話題を移らせていただきまして、問題というのは『この娘』の名前についてなのです」
「『この子』の名前ですか」
写真に写った子は、保育器の中に入れられており……ああそうか。保育器の横合につけられたネームプレートに未だ名前が書き込まれていないってのが、悩みという訳か。
「生まれる前に決められなかったんですか?」
「ええ。恥ずかしながらわたし、船長になったばかりで忙しくてですね。いずれは片田舎に自分の船を持って、渡しの船長などもやってみたいものですが……話が逸れましたね。つまり、妻と話し合いをしていないんですよ」
「ほうほう」
「この航海から帰った暁に、顔を合わせての話し合いをと相談していましてね。ですが……その際に案の1つも持ち寄れないのはどうかと思いまして」
「つまり、今日出逢ったばかりのこの俺に、名前案を考えてほしいと。そう仰る訳ですか」
「恥ずかしながら」
俺のちょっと棘のある口撃にたははと笑いながらも、先ほど恥を晒してしまったからにはこれ以上恥ずかしがる事はないという反応の新米船長。
……うーん。案くらいなら、まぁ別に良いかな?
「決めるのはちょっとあれですけど、案を出し合うくらいならまぁ。……俺の鞄を持って来てくれますか? その中に、植物図鑑があるんで」
「ほう、成程。ネーミングを沢山眺めていれば良いのが浮かぶかもしれない、という理屈ですか」
「まー、何にも縁がないよりは選びやすいんじゃないですかね。んじゃあ、図鑑持ってきて選びましょう」
「はいッ」
「……ただし、あなたが昼休憩の時に、ですよ?」
「うっ……そうですね」
まったく。何か1つの事に集中すると周りが見えなくなるタイプなのか。こりゃあ奥さんも大変だろうなぁ……なんて風に考えつつ。俺は自室へと図鑑を取りに戻るのであった。
―― そしてその数日後、俺たちはギアナへと到着する。
「それじゃあ、お世話になりました船長さん。まぁ、帰りもお願いしますけどね」
「向こうの野営地に無事に着くことを祈っていますよ、班長君」
船から荷物を運び出しつつ、ここまで乗せて来てくれた船長へ挨拶をしておくことに。
けどさ、
「……いやいや、班長代理ですって」
「はは。それに、『この娘』の名付け親に何かあったら、それこそ幸先が悪いです」
「そんな大層な事はしてないですけどね。つか、本当にあの名前で良いんですか?」
そう。
俺は船室でこそ「この世界で名前って言えば植物だろう」なんて考えてはいたものの……今回ジャングルに調査に来るにあたって乱読しておいたその図鑑は、
『危険! 毒持ち植物図鑑!!』
などというネーミングだったのだ。子どもに付ける名前がそんなんで良いのか、おい。
……いや。俺は意味さえこもっていれば、あと、過度にあれな名前じゃなければ別にいいとは思うんだけども。
「はは、良いじゃないですか……ホミカ。可愛いですし。それに、」
「それに?」
「毒なんて、それこそ人間にとっては『そう』であると言うだけなのです。植物にとっては自らの種族を守ってくれる大切な自衛手段ですし……それに、人間誰しも毒なんて持っているものでしょう?」
「……」
まぁ、言われてみれば確かにな。でも、
「……でも、だから、人間につける名前なんでしょうが。それ。人間にとって毒だっつーのは変わらんでしょう」
「……ですよねー」
なんか良い事言って誤魔化そうとするなっての。
まぁ、俺が選ぶのを手伝ったこの名前は採用されるんだろうけどさ! 原作的に!!
20220811/いちおう追記。
ミュウイベントをちょっと詳しく説明。
覚える技周りの説明もちょっとだけ追記。
ここはにじファンさんから移行した際に書き下ろした、比較的新しい部分なのですけれどね……。ええ。比較的!!