1993年も2月になった。
そして現在、俺の眼下には1つの里が広がっている。
「ここがフスベシティか」
「……、……」
予定通りに協会からの許可を貰った俺達は、研究の一環としてジョウトのフスベシティに来ることができていた。
目的は言わずもがな……ここフスベシティには竜種のポケモントレーナーが多く存在しているため、ミニリュウの進化系統についてのデータ収拾協力を要請するつもりなのである。
「……ま、さっさと山を降りるか。ミィ」
「……、……」
隣には先日カントーで見つかった新種、ミニリュウの親となったミィもいる……のだが。
「大丈夫か? ミィ」
「……なぜ、シロガネ山を迂回して通るとか、無茶なコースを……選択したの……かしら」
「いや、これは仕様が無いんだよ……」
そう。
現在俺達が立っているのは、フスベシティを「見下ろす」山の上。
ここ、フスベシティは俺達のいるカントー地方の隣、ジョウト地方にある里だ。位置的にはカントーの北西、ジョウトの北東に存在し、シロガネ山と呼ばれる高い山の一部に含まれている。
そのためフスベは岩肌を切り開いた部分に作られており、里へ到達するには山を登る必要があったのだ。
本来であればフスベの南側に位置するワカバタウン辺りからも登れなくはないのだが、1993年の状況ではカントーとジョウト間の交流は盛んではなく……徒歩での交通路が殆ど整備されていなかったという次第だ。
となれば、無駄に南下したうえに整備されていない道を歩いてフスベに向かうよりも、シロガネ山の近くにあってトレーナー設備まで存在するチャンピオンロードやセキエイ高原を通って来たほうが何かと楽だからな……。
「……私は、寒いところが……苦手なのよ……」
「高いところも苦手だったよなー、確か」
俺にとっては山越え……山越えとはいっても最寄のポケモンセンターからは半日程度しかかかっていないのだが……は大したことではない。寒いところはむしろ好きだからな。だが、ミィにとってはそうでもなかったらしい。
前にも話したことがあると思うが、カントーとジョウトの気候はかなり暖かい。しかし、シロガネ山周辺などの地域にになってくるとその限りではない。
雪は普通に降るし、フスベの周辺に存在する「こおりの抜け道」のように一面を氷に覆われた地域も珍しくは無いのだった。
「まぁ、その点に関しては謝るしか無いな。すまん」
「……さっさと、降りるわよ」
「いや、ほんとごめん」
「……い い か ら」
「へいへい」
なんというプレッシャー……!
という、PPすら削られそうなミィのプレッシャーに押されながら……
……俺達は山を降りるのであった。
ΘΘΘΘΘΘΘΘ
「ちょっとは暖まれたか?」
「そうね、もう大丈夫」
無事下山を果たしたミィは一旦、フスベにあるポケモンセンターへと寄った。
因みに俺はミィが休んでいる内に、町中で情報収をしていたのだが……
「やっぱり長老に聞くのが早いってさ」
「そう。なら、向かいましょうか……お世話になりました、ジョーイさん」
ミィは俺の言葉に頷き、自分の正面に居て話をしていたジョーイさんへ挨拶をする。その後少しばかり時間を置いて、俺達の立っている入り口へと寄って来た。
「なんとも話し込んでたな。ジョーイさんと」
「ここのポケモンセンターは、設備が殆ど整っていないから。少しだけね」
「そういえば預かりシステムも通ってないんだもんな、ここ」
山間の町にあるポケモンセンターであり、また、カントーの方が優先的に設備が整えられているため……ここのポケモンセンターには回復設備、宿泊設備程度しかなかったのだ。
これは確かに、トレーナーにとっては不便だろうな。
俺がそんな風に技術拡散の遅れを思っていると、ミィは俺の斜め後ろへと視線を向ける。
「そんなことより、……どなたかしら」
「あー、そうだったそうだった」
「……良いかな。若きトレーナーさん達」
ミィからの問いかけを受けて、俺の斜め後ろに立っている筋骨隆々でロマンスグレーの老紳士かつお爺さんが話し出す。
ミィが若干いぶかしんでいるのは、そのお爺さんの格好がロングコートなどで防寒対策がされているからだろう。
「そこの少年に尋ねられてね。私が長老のところまで案内しよう」
「ってことだ」
俺は上記の通りの情報収集をしていたのだが、その結果として……長老は殆ど「リュウの穴」からは出てこないらしかった。
そのうえ、一応連絡はしていたんだが、許可が降りたという話が通っていないようで……俺は洞窟の手前にいた門番さんに弾かれる羽目になってしまっていたのだ。
しかしそうして困っていた俺のところへ、運よくこのお爺さんが「リュウの穴」から出てきてくれる。そこを俺が素早くお願いし、長老のところまでの案内を了解してもらったという流れなのだった。
「理解したわ。じゃあ、向かいましょう」
「了解了解。……じゃ、お願いします」
「わかった。では、案内しよう……こちらへ着いて来てくれるかな」
そういうと、お爺さんは北側へと歩き出した。
俺達もその後を着いて歩いていく。
「――君達は長老にどの様な用事があって来たのかね?」
「少し、ドラゴンポケモンについての研究協力をお願いしに来たんです」
今俺達に問いかけているのは、案内してくれているお爺さん。
現在はジムの裏にある「リュウの穴」へ小船で向かっているのだが、そこに着くまでは暫くかかるため……その間に少し話をしていることにしたのだ。
お爺さんも話してみれば中々に話し好きな様で、積極的に会話を進めてくれているのは嬉しい限りだ。
「うむ。ここは竜の里。ドラゴンポケモンについて聞くのなら、確かに長老が相応しいであろう」
「そうですね……っと、それにしても助かりました。貴方が出てきてくれなければ、俺達は立往生でしたから」
「……連絡は、していたのだけれど」
「はっは。それは許してあげてくれないかね? ……今日は里の若者が『試練』を受けている日でね」
「試練……ですか」
「あぁ。この里では、『試練』にて長老に認められなければトレーナーとして旅立つことが出来ないのだよ。そのうえ今回の『試練』を受けているのは里の若者の中でも1番の使い手でね」
「へぇ……」
「今日来た私も、自分の用事を終えてからその使い手の試練に立ち会っていたのだが……」
――《ガコン》
「……む。船が着いたな。では、このまま私が祠まで案内しよう」
「何から何まですいません」
それにしても親切な爺ちゃんだな。本当はここまででも良かったんだが、着いてきてもらった方が確かに話は早く通るだろう。
……ならば、ご好意に甘えるのがいいだろうな。
そう考えてお礼を言うと、お爺さんは穴の中へと入っていく。俺とミィも後を着いて穴の中に入ることにするのだが、
――《グオォゥオウ!!》
洞窟の中では、何の音か判らないくらいの音が混ざり合い、唸っているのだった。
……ほんとに「リュウの穴」なんだよな、ここ。
「凄い音ですね……」
「……」
「この裏には滝が在るうえ、この中にある湖でも渦潮が発生しているからね。音が洞窟内に反響しているのだよ……こちらだ」
そう説明してくれたお爺さんの後についていくと、またも渡し舟が有る。
……いや、渦潮は大丈夫なのか?
「渦潮は、大丈夫なのかしら」
と、思ったらミィが既に質問している様だった。流石は行動早いヤツ……
「うむ。心配ない。裏口に着くことになるが、安全に行ける航路があるのだ」
「なら、いいわ。……行きましょう、ショウ」
「あー、分かった分かった……よっと」
「乗ったようだね。では、出発しよう」
お爺さんがボートを漕ぎ出す。……うわー、筋肉すげぇ……
俺の無駄思考はともかくとして、お爺さんはそのまま休むことなくボートを漕いで行く。進行方向の方を見ると、成程、木造の小さな社……いや、祠が見えてきた様だ。
かなり近づいたところで漕ぐのを止め、ボートを寄せきる。
「これが祠なんですか」
「うむ。長老はこの中にいるだろう……ちょっと待っていてくれ」
そういうと、お爺さんは祠の裏側、……ゲームで言えば「入れなかったところ」に向かって歩いていく。
「……ねぇ、ショウ」
あぁ。わかる、わかるぞ。
お爺さんはそのまま裏側から声をかけ、
――《ギィイ》
「「そこ、開くのか(ね)」」
祠の裏口のようなものが開いているのだった……。
正面から行かなくていいなら、『うずしお』いらなくないか! これ!!
「……入っていいそうだぞ、君達」
うぅ……折角のツッコミが流されてしまう……
と、まぁ。元々お爺さんには関係ないツッコミだから流されて当然なんだけどな……。