ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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Θ30ex ナツメさん家

 

 

 さてさて。

 オツキミ山でロケット団との決戦が予想されるからには、装備を整えなくてはならないだろう。そう考えた俺は1度、実家(マンション)のあるタマムシシティへと帰省し、本日は隣町であるヤマブキシティまで出向いてきている。

 ……トレーナー用品なんかはタマムシデパートで既に揃えてあるんだが、今日はまた違う用事があるのだ。それは、

 

 

「それでは、ヤマブキシティ公認ジム選抜試合を開始いたします。……まずはカラテ道場より、カラテ大王さん!」

 

 

 中央に立つ審判の声に呼ばれ、鉢巻きと胴着といういかにもな格好の人物が前へと歩き出す。目をつぶり大きく息を吸うと、右腕を引き……

 

 

「―― ォオオ、ッッス!!」

 

 《タァンッ!》

 

「頑張って下さい、兄キーぃぃ!!」「超能力かぶれをのしてやってくださぁーい!!」「ウォォォッ!」「」

 

 

 震脚ともに気合の一声を叫んだ。周りで見守る道場の人達も、合わせて野太い声援を送っている。

 ……ところで、震脚って空手だったっけか。別にいいけどさ。

 

 そして声援が一旦収まった後、審判は次に対戦相手の名前を告げる。

 

 

「現公認ジム、ヤマブキジム代表。ナツメさん!!」

 

「……はい」

 

 

 呼ばれた少女が静寂の中で立ち上がり、右手で長い黒髪を払ってから中央へと歩き出す。

 目を瞑ったまま歩いていたナツメは、しかし、暫く歩いた所で立ち止まった。すると後ろから見守っている壮年の男性が口を開く。

 

 

「ナツメ」

 

「……はい」

 

 

 呼びかけられてはいるのだが、ナツメは中央を向いたまま振り向かない。

 

 

「わたしがお前の実力を認めただの、認めていないだの、そういうのはどうでもいいのだ。……最近のナツメはとても楽しそうに、かつポケモンを活かした戦い方をしている。そんなナツメの成長を見たいと思うこれは、親心というものだ」

 

「……」

 

「だからこそ、この場で『ヤマブキジムの皆には』実力を認められなければいけない。……まぁ、負けたところでどうということはない。私設ジムに戻るだけだがね」

 

「……でも」

 

「なぁに。お前はただ、お前のポケモン勝負を見せてやればいいのだ。……我が娘よ」

 

「……はぁ。それでは、余計に緊張するだけですよ。父さん」

 

「む? そうか?」

 

 

 溜息をつきつつ、自らの父へと苦言を呈する娘。

 ……そう。本日はここヤマブキシティの公設試合場にて、ヤマブキシティの『公認ジム』を決める試合が行われる予定となっていたのだ。組み合わせは聞いての通り、ナツメVSカラテ大王で。

 

 ……そんじゃあ、解説タイムに入りたい。

 ヤマブキシティには公認ジム候補が2つある。その1つが、現ヤマブキジム。以前は私設ジムであったのだが、数年前にナツメの父親がリーグ入賞。その後行われた決定試合にも見事勝利し、公認ジムとしての立場を得たのだ。

 そしてもう1つは、現ヤマブキジムの隣に立つ ―― 格闘道場。その名の通り格闘タイプのポケモンをメインとしている道場で、その長であるカラテ大王もリーグ入賞する実力者であったりするのだが……如何せん、ヤマブキジムとじゃあタイプ相性が悪いこともあってか、数年に1度行われている決定試合において1度も勝利した事はないらしい。これ、カラテ大王談な。

 因みに、ナツメの父親は何度もジムにいっているため面識がある。俺の印象としては何ともつかみどころの無い、良く言えばやんちゃなオヤジさんであったと認識している(しかし悪く言えば、ただただ面倒な親父なのだが)。

 俺としては格闘道場も訓練の為に何度も訪れているため、カラテ大王のおっちゃんも気の良いお人だと知っており……むう。片方を応援するってのはなかなかに難しい試合だよなぁ、これ。

 

 そんな思考を続けている中、ナツメ父がまたも口を開く。

 

 

「それでは……ふむ。気負わずいくといい、ナツメ」

 

「今更です」

 

「それでは……うむ。フレー、フレー、ナ・ツ・メ!!」

 

「恥ずかしいです!」

 

「それでは……」

 

「あああ、もう! それ以上はさせませんよ!? 何をやっているんですか、父さんッ!!」

 

 

 おぉ。ナツメは、顔を真っ赤にして振り向いてしまったな。せっかくここまで耐えてたのに……いや、気持ちは凄い分かるけど。

 

 

「何って……応援だが」

 

「と う さ ん?」

 

「すまない。緊張をほぐそうと思ったんだ」

 

「……はぁ。もういいですよ。気持ちだけ受け取っておきますから」

 

「とはいってもなぁ……む?」

 

 

 なにやら超能力親子漫才を繰り広げている様子なのだが、その父親は何事かを思いついた顔で……

 

 

「ナツメ、ナツメ」チョイチョイ

 

「……(無視、無視)」

 

「(向こうにショウ君がいるぞー)」テレパシー

 

「……ぇ」チラッ

 

 

 あ、なんかナツメと視線が合った気がする。……なんぞ?

 

 

「……ぁ」

 

「(これはもう、緊張している暇は無いんじゃないか?)」テレパシー

 

「……」

 

「(終わったら祝勝会だ! ショウ君を呼べば良いぞ!)」

 

「……、ふう」

 

 

 何事かのやり取りを繰り広げた後。ナツメは再び目を閉じ、先程までのコミカルな雰囲気を吹き飛ばしてしまうほどの気迫(オーラ)を纏い直し、中央へと向かう。

 今まで放って置かれていた審判はこの期を逃すまいと声をかけ……ただし、若干弱気にではあるんだが。

 

 

「……あの、始めても?」

 

「待たせてしまい、すいません。……カラテ大王さんも、申し訳ありません」

 

「はは! なに、気にするでないわ!」

 

「有難うございます」

 

「そ、それでは合意とみて始めさせてもらいます。両者、位置についてください!」

 

 

 仕切りなおし、という表現がしっくり来る会場の雰囲気と共に、審判が告げる。

 さて。公設会場にはヤマブキジム及び格闘道場の人達だけではなく、リーグ関係者や街の一般人なども見学に来ているためか、非常に多くの観衆が集まっている。その中央で向かい合う2人へと、俺も視線を――

 

 

「―― あの、アナタ、あの人の……」

 

「ポケモン勝負、始めェェッ!!」

 

 ―― 《ワァァアッ!!》

 

 

 向けたかったのだが。歓声が沸きあがりナツメとカラテ大王の勝負が始まると同時に、隣に立つ女性が小声で話し始めていてだな。もしかせずとも、これは、

 

 

「……俺に話しかけてます?」

 

「はい。あ、あの、アナタ……対戦者の人と成りをご存知そうでしたから。ごごご、ごめんなさい! もしかして御迷惑でしたか!?」

 

 

 若干慌てながら手をぶんぶんと振るメガネの女性。

 

 

「まぁ、確かに知ってますけど。……人と成りを聞いて、どうするんです? 小説でもお書きに?」

 

「あああ、す、すいません! どうしてそのことをご存知で……って、あてずっぽうですよねすいません!」

 

「はい。雰囲気とかそんな感じから予測してみただけですねー。当たってたのは僥倖です」

 

 

 予測というか、知ってるというか。

 ……まぁ、そんな事はどうでも良いのだ。

 

 

「それより。人と成りを話せばいいのですか」

 

「えっ!? 良いんですかっ?」

 

「良いですよ。お気になさらず。では、カラテ大王……あの胴着を着ている方なのですが……って、胴着。分かります?」

 

「は、はい。今日アタシと一緒に来てくれているレンブさんが、鍛錬の時にいつも着ていますから」

 

「知ってるなら問題ないですね。ではとりあえず、カラテ大王から紹介しましょう。彼は、まぁ、率直に言うと真っ直ぐな人です。ポケモンにも人にも。そういう意味では、誰からも好かれるお人でしょう。あとは……手持ちのポケモンには専門タイプがありまして、彼は格闘タイプが専門です」

 

 

 言いつつ、しかし、バトルを見ることも忘れない。ナツメの初手は……フーディン。こないだ俺と交換進化させたやつだ。ナツメの他の手持ちは、俺が知っている限りはユンゲラーとバリヤード、あとモルフォン。今回の戦いは3対3なので……ううん。どれだろうと有利ではあるのだが、カラテ大王もそれを承知のはずで。となると、難しい気もするな。俺だったらどうするか……

 

 

「真っ直ぐな男……と。それでは、あの女幹部みたいな人……ナツメさんといいましたか? あの方はどうです? ……あ、フーディンが仕掛けますね。興味を惹くのに最初は大切ですよ……あ!」

 

 

 俺への質問をしながら戦況を観察する女性。思考があちらこちらへと飛んでいるその様は、どことなく俺に似ている気もするな(俺は口にこそ出していないが)。

 そんなら、解説と紹介を同時進行にしてみるか。

 

 

「ナツメは見ての通り、エスパーポケモン使い。同時にヤマブキシムの次期リーダーでもあります。ナツメ自身からしてエスパー少女ですし、バトルの実力は俺も保障しますよ。……さて。カラテ大王のエビワラーに対して、初手から『サイコキネシス』。実にフーディンらしい戦法ですが、」

 

「……ボクサーみたいなポケモンは、倒れません!? 効果は抜群ですよね!?」

 

「良いリアクションです。……恐らくはカラテ大王のポケモンが巻いている鉢巻の効果でしょう」

 

 

 エビワラーが耐え、フーディンへと『メガトンパンチ』を叩き込み……フーディンも耐えてみせる。ただし、互いに残りHPが僅かなのは間違いないだろう。

 そして、カラテ大王のエビワラーが巻いているのは恐らく「きあいのハチマキ」。低確率ではあるが、発動さえすれば「HPを1残して」攻撃を耐えるアイテムだ。今回であればタスキのほうが……と。結果論でしかないからな。そこはどうでも良い。

 ……あとそういえば、アイテム重複とか言うルールは、少なくともこういったバトルにおいては存在していないので。悪しからず。

 

 

「となれば、エビワラーは先制技しかないです。ほら、『マッハパンチ』」

 

「早いっ! ……あ、ああ!!」

 

 ――《ワァァァッ!!》

 

 

 消えるほどの速さで動いたエビワラーのパンチによってフーディンが倒れこみ、メガネの女性の叫びは歓声にかき消される。かなり際どい削り合いではあったが、先鋒対決はカラテ大王のエビワラーが勝利となった。

 で、次は……おぉ。ナツメはモルフォンを出したな。

 ナツメのポケモン的に耐久積み型はいないと思うから、エビワラーはもう1度『マッハパンチ』だとして……エビワラーが倒された後の流れを考察したい。うぅん、例えばカラテ大王の残り手持ちであるサワムラーならば、振り方によってはナツメのポケモン達に先手を取る事ができるだろう。しかし、あのお人の戦法からして……

 

 

「ああ! ……ボクサーポケモンさんは最後の一撃だけ当てて、蝶みたいなポケモンにやられてしまいましたね。次はどう考えます?」

 

「おそらく、カイリキーがきます。モルフォンのエスパー技は一致技じゃあ無いんで、威力に劣りますからね。耐えて、ごり押ししてくるでしょう。……ふむん。『ばくれつパンチ』で無理くりに来ましたか」

 

「―― だが、カイリキーの一撃は必殺の威力を誇る。それをあのポケモンは余裕で耐えて見せるか。良く育てられている」

 

 

 ……いや、待て。最後の解説は俺でも、ましてやメガネの女性のものでもない。ということは、

 

 

「レ、レンブさんっ!! ……もう。どこに行ってたんですか?」

 

「カラテ大王の所へ、少々挨拶にな。……こちらに戻ってくるには時間がかかってしまったが。もう戦いは中盤のようだな」

 

 

 腕を組み、厳ついガタイの胴着男 ―― レンブ。

 紹介が遅れたが、その隣でレンブへと声をかけるメガネの女性 ―― シキミ。

 どちらもゲームにおいて、イッシュ地方四天王だった方々だ。2人とも、特にシキミはゲームより若く見えているが ―― んなことより。

 

 

「あの……紹介をお願いします」

 

「ああっ! すいません! 御紹介しますね。こちらの方はレンブさん。今回この道場へ、古くからの友人であるカラテ大王さんの激励に来るという事で、わたしも同行させてもらったんです。……ああっ!? アタシの自己紹介がまだでしたすいません! アタシは――」

 

「彼女はシキミ。小説家の卵であり、また、わたしの友人兼ライバルでもある。ところで、キミは?」

 

「あー、そですね。どもです。……俺はショウ。立場的には、あそこで戦っている両名の友人ってところでしょうか」

 

「両名、か。それは中々に難しい立場だな……む」

 

 ――《ウォォオッ!!》

 

 

 自己紹介を終えたが……歓声によって会話が中断された。歓声の原因は、モルフォンがもう1度『サイコキネシス』を放ち、カイリキーを打ち倒したからだな。

 そして、バトルも最終局面に入ったため、俺たち3人の視線も自然とバトルフィールドに集まることに。さてさて、カラテ大王最後のポケモンはサワムラーのはずだが。

 

 

「ゆくぞ、サワムラー!」

 

「ワムラッ!」

 

 

 予想通りサワムラーがボールから現れる。

 ナツメはモルフォンへと腕を伸ばし、

 

 

「相手に不足は無いわ。さぁ、モルフォン……!」

 

「モールーゥ」

 

「ふはは、そちらのほうが早いのは想定済みよ! サワムラー、『こらえる』!!」

 

「ムラッ」

 

 

 サワムラーが両腕を交差し、モルフォンの念波を受ける体勢をとる。空間の歪みはそのままサワムラーへと迫り、

 

 

「ムー……ラァッ!!」

 

「……ふ。ふはは!」

 

 

 よろけながらも、倒れない。

 高笑いをあげるカラテ大王は勢いの良い踏み込みと共に正拳突きをし、

 

 

「行けぃ……『きしかいせい』ッ!!」

 

「サワムラッ!!」

 

「何ですって? くっ……早いっ!?」

 

「―― モルー!?」

 

 

 サワムラーの伸びた足が、ボフンと音をたてながらモルフォンを捉える。モルフォンは『効果いまひとつ』であるはずの格闘技、『きしかいせい』を受けて吹っ飛び、壁に激突した。

 審判が急いで駆け寄りモルフォンの状態を観察すると、

 

 

「モルフォン、戦闘不能! サワムラーの勝利!」

 

 

 判定を下した。

 しかしカラテ大王の素振りからして、また、同レベル帯であろうモルフォン相手に素早さ種族値で下回っているサワムラーが先制できたってのは……

 

 

「サワムラーの『きしかいせい』。威力が最高値なうえ……特筆すべきはあの速さ。エスパーポケモンに対抗できるほどの素早さだ。……これについてはどう思う、ショウ」

 

「え? えっ?」

 

「カムラの実ですかね。『こらえる』がありますし、わざと一撃を受けたんでしょう。大博打ですが、あの人ならやりかねませんというか、むしろやりたがるでしょうねぇ」

 

「え……えぇ?」

 

 

 そろそろ解説が必要か。隣のシキミさんがオロオロしているしな。

 そう考え、シキミを横目に見つつの解説を開始。

 

 

「ええと、カムラの実……空の力が云々というのはともかくですね。HP低値の時に、持ち主の素早さを上昇させてくれる木の実です。ついでに言うと、かなりのレアものなのですが……あの人は格闘修行とか言って各地を回っていますからねぇ。持っていても不思議ではないです」

 

「そして、『きしかいせい』。これもHPが低い時に威力がアップする格闘技だ」

 

「成程、成程。……そのポケモン、空の力を身に纏い ―― 起死回生の一撃を ―― 」

 

 

 解説を聞きながらメモ帳に書き込みしまくるシキミ。手元を殆ど見ていないが……まぁ、そこについては俺がとやかく言う必要はないだろう。多分、大丈夫に違いない。

 レンブは目を閉じ、腕を腰に当てると、満足そうな表情を浮かべる。

 

 

「この戦術。流石は我が友人、といっておこう」

 

「ふん、ふん。……体力は限界ギリギリですけど、それを活かしたコンボがバッチリ決まったという訳ですね。ナツメさんの最後の手持ちにもよりますが……残りの手持ちポケモンは両者共に1体。その様な状況を作り出した時点で、既に勝敗は決しているのではないでしょうか?」

 

 

 どうやら四天王候補だけあって、シキミは良い勘をしているらしい。

 確かに、単エスパーポケモンは先制技に乏しい。そのため、かの有名なカムラ「こらきし」コンボを決めたサワムラーを止めるのは難しいであろうとの予測がつくからな。

 ……けれども。

 

 

「俺はまだだと思うぞ?」

 

「む」

 

「ふぁい!? なぜです?」

 

 

 うん、普通はそうだ。普通はな。

 ……だが俺は、ナツメがこないだ手に入れたポケモンを知ってしまっているのだ。

 

 

「なにせ、ナツメが最初にフーディンを出したってことは……」

 

 

 フィールドへ視線を向けると、ナツメはいつもの無表情の上に ―― 微笑を浮かべている。これは間違いないだろう。

 そしてナツメは超能力でモンスターボールを浮かすと、前へと投げ出した。

 

 

「いきなさい ―― ソーナンス!」

 

「ソーォ、ナンスッ!!」

 

 

 形容しがたい姿の水色したポケモンは、スーパーボールから出るなりビシッと手を頭に当てている。これはあれか。アニメ補正か!

 

 

 ――《ザワ、ザワ》

 

「……あのポケモンは」

 

「なんかこう……愛嬌はありますけど、見ていると不安になるポケモンですね」

 

 

 観客ともども、レンブとシキミは出てきたソーナンスに戸惑っているみたいで。……まぁ、見た目に関しては置いとこう。んなことより、

 

 

「むうぅ、怯むなサワムラーよ! 『きしかいせい』!」

 

「……迎え撃つわ、ソーナンス! ――ッ!」

 

 

 攻撃指示を出すカラテ大王。そして、迎え撃つ指示を出すナツメ。

 サワムラーの足がソーナンスに直撃。

 ―― そしてソーナンスは、攻撃によって身体を大きく反らしながらもナツメからのテレパシー指示に従って。

 

 

「ナン、スゥゥゥゥ!!」

 

「んなっ!?」

 

「サワムラッ!?」

 

 

 ナイスリアクションだ、カラテ大王とサワムラー。

 ……そして、俺の隣にいる2人も。

 

 

「ふむ」

 

「か、体が膨らんでますよ!? 何ですかあのポケモン!? ……メモメモ」

 

 

 紙こそ食べないものの、バトルから視線を外さずメモ帳へと書き込みを続ける文学的少女なシキミ。レンブも、顔にこそ出さないものの驚いているご様子だと思われる。

 さて。ソーナンスは攻撃を受け、そのダメージを相手へと返すのが得意なポケモン。体が大きく膨らむのはその前兆だ。ということは、ナツメの指示は――

 

 

「――ナンスゥ!」

 

「ムラァァーッ!?」

 

 

 ―― ビタビタ、ビタンッ!

 

 

 『カウンター』。

 ソーナンスは激しく身体を動かし、サワムラーを巻き込んだ。

 

 

「返し技かッ! ……サワムラー!?」

 

「ム、ラァァ……」

 

 《バタンッ!》

 

 

「サワムラー、戦闘不能! 勝者……新ジムリーダー、ナツメ!!」

 

 

 《ド、――ワァァァッ!!》

 

 

 ……いや、むしろソーナンスにはカウンター技しかないんだけどな!? なんぞこのドMポケモン!!

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

「来てくれていたのね、ショウ。……でも、前もって連絡くらいはくれてもいいんじゃないかしら?」

 

「んー、万が一にもナツメの邪魔にはなりたくなかったからなぁ。杞憂だったみたいだけど」

 

「はっは。キミがナツメの邪魔になるはずはないじゃないか!」

 

「あはは。それは、ありがとうございます。……相変わらずですねー、ナツメ父……クロウメさんは」

 

「……はぁ。これが父親だと苦労するわ」

 

 

 むぅ。でも、父がこんな性格であるのは、エスパー少女にとって非常にありがたかった筈。ということはこれが噂のツンデレなのか(もしくはクーデレ)。

 

 因みに現在は、ヤマブキシティのとあるホテルのパーティ会場において祝勝会の最中である。さっきまで一緒だったシキミとレンブも会場にはいるんだが、俺と連絡先を交換した後には別行動となっている。

 このパーティの主催兼主賓であるナツメとその父は挨拶回りをしており、こうして俺のところにも来てくれているという次第なのである。

 

 

「ま、とりあえずおめでとう。ナツメ」

 

「そうね。ありがとう。……まずは目標を達成できたわ」

 

「あー、そういえばそうだよな。前々から言ってたし。俺の目標は遠いからなぁ」

 

「アナタの目標はなかなかに壮大よね……『まずはリーグチャンピオン』、なんて言っていたでしょう? 9才なのに、だわ」

 

「それも最近考えた目標なんだけどな」

 

 

 最近というか、こないだフスベに行ってから作った目標だ。とりあえず……とか言うには遠い目標ではあるな、確かに。

 そして、こちらにも話をふらなければなるまい。

 

 

「クロウメさんも娘さんが強くなってくれて、寂しいやら嬉しいやらで大変ですよね?」

 

「確かにね。ジムリーダーとしてのジム戦という意味でなら恐らく、わたしよりもナツメのほうが上だよ。それもいつも練習に付き合ってくれているキミのおかげなのだろうが……ショウ君。今更ではあるが、それは9才の子どもの台詞かね?」

 

「俺は9才です。でもって、寂しいのも当たってません?」

 

「まぁ、そうなのだが……うーむ。キミはその言動と見た目に、差がありすぎるのだよ。しかも自覚があるのだから質(たち)が悪い」

 

「見た目なんてすぐに追いつきますよ。子どもの成長は早いですから」

 

「……父さん。こういう流れになってしまっては、ショウに口で勝とうなんて考えない方が良いですよ?」

 

「どうやらそのようだ」

 

 

 流石にそれは過大評価だと思うぞー、と、頭の中で反論しても無駄だろう。

 そして……ふむ。そういえば。

 

 

「そうだ、ナツメ。来週の月曜日の夜辺り、予定空いてないか?」

 

「……、……夜」←ナツメ

 

「ぉぉう」←ナツメ父

 

 

 なぜか口を開いたままぽかんとするナツメ。そして台詞そのままのクロウメさん。

 何ゆえこの流れで……あ、成程。理解した。

 

 

「いやスマン。デートとかのお誘いじゃなくて。……いや誘い方が唐突過ぎるだろ。誘うにしても、最低限の雰囲気ってものが……というか親の目の前過ぎる。……これも違うな、えぇと」

 

「キミが子どもっぽくないとの会話だったからね。はは、ナツメも年頃という事か!」

 

「……はぁ。それで、ショウ。来週の月曜に何か予定があるのかしら?」

 

 

 非常に申し訳ない。もっと言葉選びに注心するべきだったか……なんてまぁ、反省はしておくとして。来週月曜日には、件の山狩りが待っているのだ。

 

 

「あー、そうだった。いや、重ね重ね申し訳ないんだが……少しばかり、大掃除をしようと思っていてだな。ヤマブキジムの力も借りたいと思ったんだが」

 

「大掃除……ね」

 

「ほう? ジムリーダーは既にお前だよ、ナツメ。ナツメの判断に任せよう」

 

 

 父からの言葉に、少しだけ考え込むナツメ。

 数秒の沈黙の後に面を上げ、その顔にはいつものクールな笑みが浮かんでいた。

 

 

「わかったわ。手伝いましょう。……わざわざこうして、わたしの試合に足を運んでくれたのだもの。研究に忙しい時期なのでしょう?」

 

「どーも、恩に着るよ……それに、他の理由もある」

 

「理由?」

 

「あぁ。こないだナツメに預けたソーナンスの調子も見ときたかったんだよ。別地方から預けられた新種だからな。元気そうでなにより」

 

「そうね。この子はレベルが上げ辛くて、使いどころも難しいでしょう? 今回は作戦が上手くハマったけれど」

 

 

 エスパータイプのジムリーダーであるナツメ。隣のジョウト地方で捕獲されたソーナンスはエスパータイプであるため、ナツメへと預けられていたのだ。データ収集の為にナツメへと預ける事を進言したのは、俺なんだけどさ。

 

 

「ま、それよりなにより、俺はナツメの友人だからな。大切な試合があるんなら、その応援に来るくらいはするさ」

 

「ふふ。ライバルでもあるのだけれど?」

 

「おー、そりゃ怖い」

 

 

 エスパー少女、実に怖い!

 

 なんていう、あれなやり取りを繰り広げつつ。……実はこの後、カラテ大王も交えてエキシビジョンマッチが始まったりなんだりして。

 和やかかつ盛り上がりもみせながら、エスパー少女とその父親(と、何故かカラテ大王たち道場の皆様方も)の笑顔と共に、祝勝会は進んでいくのであった。

 

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 ヤマブキシティ、とあるホテルの前。

 浅黒い肌に胴着姿の男と、黒い格好にメガネを装備した少女が会話をしている。

 

 

「それでは、ここで別れるぞ。シキミ」

 

「はい、有難うございましたレンブさん! ……アタシはこれから、シンオウ地方へと向かいます。世界的ゴーストポケモン使いであるキクコさんに師事するために、こうしてカントーまで出向いてきたんですが……シンオウ地方で最近話題になっている地面タイプポケモン使いの方の写真を見たところ、どうにも興味が沸いてしまいました。取材をしたいと思うのです!」

 

「成程。それで、修行は上手くいったのか?」

 

「おかげさまで。……キクコさん、流石にお強い方でした。それに、とっても魅力的です!」

 

「それでこそ、こうしてわたしが連れてきた甲斐があったものだ。……それではな、シキミ。次は、より高みで出遭う事が出来るように願っている」

 

「はい! それではっ!!」

 

 

 メガネの少女は手を振り、胴着の男は笑顔を浮かべつつも振り向かず。

 

 ―― 別々の道を、歩き始めていった。

 

 






 ナツメさんのヒロイン力が高めなお話。

 シキミさんやらレンブさんに、次の出番はあるのでしょうか……。

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