「おやおや……あなたは、我々の邪魔をしに来ましたか。なかなかに頭の回るトレーナーのようですね」
縦穴の反対側へとダッシュで回り込み、相対した後のロケット団幹部(俺予想)による第1声である。
ついでに状況確認、と視線を横に水平移動させるとそこにはトラックの様なものがあり、さらにその横には大量のモンスターボールが積まれていた。未だトラックに積まれていないあのボールの中に、恐らくはピッピが入っているのだろう。
……あと、いきなり変装がばれてる様なんだが。
「変装は無駄ですよお嬢さん。私は、今回の作戦に参加している団員全ての顔を記憶していますからね」
けど性別がばれてない様子! 女装しといて正解だなおい!!
……なら、とりあえずは少しでも女っぽく話すか。
「あー……あたしとしても本意ではないのよね。この格好は」
「けれど、お嬢さんはその格好のおかげでここまで来るのに時間がかからなかったのです。……全く。あなたさえいなければ、我々が逃走するにも十分な時間があったでしょうに」
我々、とは言ってるものの周囲には他の団員がいないし、下っ端を「尻尾切り」にして逃げるつもりなんだろーな。
どうやら、ロケット団の逃走を防ぐことには成功しているみたいで……いやはや。女装した甲斐もあったというものだ(切実)。
で。折角逃げるのなら、
「なら、ピッピ達は置いていってくれない?」
「だからといって我々を見逃すつもりもないのでしょう、お嬢さん?」
むぅ。まぁそうだけど、いざとなったら優先するのは俺的にピッピだからな。
……因みに、お嬢さんと言われる度に背筋が嫌な感じにゾクゾクしてるのは秘密だ。
「嫌な感じに」な。大切だから2度言いました。
「我々はボスの為、組織の為に動いてまして。……私にも幹部の意地というものがありますし、何よりも組織のためには簡単に退くことが出来ないのです」
そう言って、あたs……。
……「俺」の目の前に居る、格好は下っ端大してと変わらないが言質から幹部であることが確定したロケット団指揮官(男)はモンスターボールを構える。
けど、ばらしていいんだな。階級。まぁ良いか。
「ま、あなたがそのつもりなら仕方ないわね。……トレーナーらしく行きましょうか」
言いながら、地形と状況を素早く確認。
・時間は夜で、ついでに満月。明るさは十分とはいえ、ハンドサインなんかは見えにくいかも
・場所はオツキミ山頂付近で、見晴らしは良い。空は自由に使える
・こちらから20~30メートル先、相手にとっては後ろである位置には、件の本部兼縦穴。
・地面は土で、ゴツゴツした岩も見えている
・穴の中にはサクラ・カスミ・ナツメがいるけど救援に来るには下っ端団員を倒した後に洞窟内を行き来しなくてはいけないので、恐らく間に合わない。万に1つタケシ達が来ても、恐らく、複雑な道筋だった頂上ルートには中々出ることが出来ないと思う
・相手は幹部級(男)で、強いと思われる。手持ちと見られるボールは2つ
・こちらの現在の手持ちはニドリーナとピジョン。最終手段でのみ、ミュウ
……こんなもんか。
「(よし、行くかな!)」
さて、と。
俺は少なくとも、バトルに関しては強くなる、と決めた。
そして、この現実のポケモンバトルは「ゲームの様にバトルに負けて目の前真っ暗、ポケセンからのやり直し!」とはいかないという点で、今までのバトルとは異質のもの。
こちらにとっては初めての……
「私は非力ではありますが、戦うことになったからには容赦致しません。例え相手がお嬢さんであろうと、変わりませんよ」
俺達の住むこの世界の為にも負けたくはない、一発勝負(まけられない)、戦いなんで!
「んじゃ……あたしに、力を貸して! ニドリーナ!」
「ギャウウ!!」
「行きなさい。……ヘルガー!」
「グルルルルゥ……ウワゥ!」
あ、因みに「あたし」とかほざいてるのは俺だからな……とか言ってる場合じゃないな。相手がヘルガーだ。
俺とニドリーナの目の前でヘルガーがスタッと縦穴の淵の岩場へ降り立ち、月の光に照らされつつ唸り声を上げる。
……。
「(いや、ヘルガーて! カントーの……ポケモンだけど、FRLGでは……出るけどさ!)」
ヘルガーがここにいることを理屈だけでも否定したかったんだけど、出来ませんでした!
言い訳すると、ヘルガーはHGSSの時代になってからタマムシ横の道路で出現するポケモン「デルビル」の進化系である。つまり、この時代では少なくともナナシマでなければ見かけないポケモンの筈だったのだ。
「ふふ。このポケモンは、お嬢さんにはあまり馴染みはないでしょう? せいぜい、対抗策に悩んで下さい」
こっちとしては知ってるんだけどな。
相手の幹部としても、こちらの地方では珍しいポケモンを使っている事自体がロケット団においても一種のステータスだと思うし、自慢しておきたい気持ちが多分にあるんだろう。多分。
いや、ヘルガーは知ってるけど(2回目)。
……というか。この世界の法律で、そのポケモン(ヘルガー)は他の地方からの外来種の様なものになるから、検閲されてないと持ち込み不可なんですが。悪の組織に言っても無駄だろうとは思うけど、こういう奴のせいでタマムシの横に住み着くんだろうなぁ。デルビル。
しかし、などとまぁ、無駄思考の内に分割思考してたから今目の前にいる奴の正体にはあたりをつける事ができた。
「(『あいつ』のラジオ塔での手持ちと、倉庫での手持ちからして……)」
思考し、考察する。
特にロケット団はよく「逃げる」事や、「ポケモンを道具としか思っていない奴が多い」事を念頭に置いておく。そして今の世界は「HGSSではなく、FRLGの時代」であることからも残りの1匹を考察する。
「(なら、もう1匹はアイツ。多分だけど)」
「逃げる」事も選択肢に置くのであれば、もう1匹の選択肢であるゴルバットよりもこちらを選ぶだろう。
これは、勘ではあるが確信に近い。
「(ここは女の勘に頼ってみましょう)」
女装してるし別に良いだろう(良くはない)と、都合の良い部分のみを拝借。
そしてもう1匹の対策のために……これで連絡を、と。
「……よし! ニドリーナ、にどげり!」
手元で素早く連絡を終えながら、ニドリーナへ技の指示を出す。
相手のポケモンが殆ど予想できなかったために指示の先出しをせず様子を見ていたけど、『にどげり』は効果抜群だし!
「ギャウウ!」
「……ヘルガー! かえんほうしゃを!」
「グルアァ!」
――《ボオォウ!!》
……うわぁ、凄い炎……って、
「……ギャ――」
《ドスッ!》
「――ウゥッ!!」
《ドガスッ!》
「ガフッ!! ……グルルル」
『かえんほうしゃ』の炎を受けきったニドリーナの『にどげり』が命中し、相手のヘルガーが土の上を盛大に吹き飛んだ。
しかし、……耐えてくれた! 有難うニドリーナ!
ヘルガーは特攻種族値が「110」で、これは高い部類に属しているだろう。そんなヘルガーによる『かえんほうしゃ』はニドリーナの種族値じゃあ耐えられないかなとも思ったのだが、何とか耐えてくれた様だ。
ダメージ確認含めてポケモン図鑑でニドリーナを確認(チラ見)すると、
「(レベル30、常態異常なし。体力ゲージは赤で僅かに残ってるな)」
本当にギリギリだったみたいだな。危ない危ない……。
因みに相手のヘルガーは今のところ図鑑には登録されていないので、レベル判別とか出来ないという状況……なのだが、
「(けど、ヘルガーが『かえんほうしゃ』覚えるレベルは50過ぎの筈だ)」
そのレベルならば間違いなくニドリーナは一撃でやられていただろうし……
と、いうことはレベル自体はニドリーナと同程度で……技については「技マシン」かね? ロケット団のゲームコーナーの景品に『かえんほうしゃ』の技マシンあるしな。
……いや、このレベル帯のヘルガーで『かえんほうしゃ』はずるいわー。
と、少しばかり絶望するも……ヘルガーの防御種族値の低さも結構酷いもの(防御種族値は50。ニドリーノで67、ピジョンですら55はある)なので、相手も残りゲージは少ない筈だ。
なら、読みさえあたっていれば……いけるな!
「お願い、ニドリーナ! どくばり!」
「ギャウ!」
「ヘルガー、もう1度かえんほうしゃです!」
「グルル……ガァア!!」
《ボボッ……ボオォウッ!!》
出来れば一撃とばかりにニドリーナに『どくばり』を指示するけど、ニドリーナよりもかなり高い素早さ種族値であるヘルガーには先手を取れず、炎に包まれたニドリーナがやられる事となる。
そして、リアルバトルなので急いでニドリーナをボールに戻すことに。
「戻って! ……ありがとう。無駄にはしないからね」
「戦闘不能ですね。……さて、残り1匹で私に勝てますか? お嬢さん」
目の前のロケット団幹部は、降伏しろと言わんばかりに語ってくれる。
けど、こちらには十分なアドバンテージがあるし、
「(よし。……サクラさんはやってくれたみたい)」
電子媒体に返ってきた文面からして、こちらの仕込みも完成した様子だ。
……んじゃあ、行きましょうか!
「行こう! ピジョン!」
「お嬢さんの残りの手持ちはピジョンですか。ヘルg」
――《ズガッ!》
「グルゥッ!? ……! ……」
「――ピジョオッ!!」
相手の指示を遮る程の速さで『でんこうせっか』を当てたピジョンが鳴声を上げると、その後ろでヘルガーが地面へ向けて倒れていき――
――《ドサッ!》
「何!? ……ヘルガー! まだ、体力はあったはずだ!」
うし! まずは強敵撃破だ!!
因みに今のやり取りを解説すると、
指示の先だしで『でんこうせっか』、それに加えてポケモンをボールから出したときのあの「名乗り上げ」(鳴声をあげるあの行動である)を抑えることで、ピジョンの出せる最高スピードを使った先制攻撃をしたのだ。
効果抜群の『にどげり』で体力が減少していたヘルガーは、何とか倒れてくれたようだ。
そして、アイツが「まだ体力が~」とか言ってるのは……何時ぞやのナツメの様に「この世界では悪・鋼タイプが正確に認識されていないから」だろうな。
つまりは「悪タイプに格闘タイプが効果抜群だとは知らなかった」んだと思う。つか、だからさっき余裕ぶっこいてたんだろーな。アイツ。
さぁて。ゲームでの手持ちではエースだったヘルガーを倒したところで、こちらの読みが正しければ……次のポケモンは!
「……行きなさい、マタドガス!」
「マァータドガス!」
「……くっく……お嬢さん。ヘルガーを倒したのは見事です。ですがこのマタドガスで、私……いえ、我々は勝利したも同然なのです。何故だかわかりますか?」
「……知らんです」
「ピジョ?」
「我々ロケット団のこの場での勝利とは、なんだと思います」
「……いや、だから知らんです」
「ピジョ」
何か語りだしたんだけど。
「それは……『ここにいるピッピを持ち帰ることが出来ること』なのです」
「まぁ、それはあたしが阻止してやるですけど……かぜおこし!」
「ピジョッ!」
――《ゴォウ!》
「マァァタ……ドガァス♪」
ピジョンの『かぜおこし』があたり、マタドガスの位置も移動する。が、ダメージ自体は大してないだろうな。ピジョンの種族値的に。
「その威勢だけは買いましょう。……マタドガスを後方にある本部の縦穴にでも落とそうと思ったのでしょうが、そうは行きません。私のマタドガスの特性は『ふゆう』です。特性について、トレーナーズスクールでもっと学んでおくべきでしたね」
まだスクール行く予定は立ってないんだけどな。特性も知ってるし。
さてさて……念のための仕込みも、今をもって完了だ。
「……では、これを食らいなさい!」
そうい言い放ったロケット団幹部は右手を挙げ、
「マタドガス……『じばく』!!」
目を閉じながら、初っ端からこちらの「予想通りの技」を指示してくれた。
よーしよし、何とも有難いことだな!
「ピジョン、でんこうせっかを連打でお願い!」
「……ピジョ?」
――《ズガッ!》
「……おや?」
「ドォガース!?」
ピジョンも少し不思議に思った様だが、素早く指示に従って『でんこうせっか』を繰り出してくれる。
そこに至って、目の前のロケット団幹部は自己陶酔でもしていたのか、ようやくと何も起こっていない現状をおかしいと思った様だった。
……まぁ、かなり遅いけどな。
――《ズガッ!》
「……え!」
「ドガァッ!(鳴声)」
――《ズガッ!》
「いや、何故……『じばく』です!」
「ドガッ!(鳴声)」
――《ズガガッ!!》
「マタドガス、どうしたのです! 『じばく』!」
「ド! ガ!(鳴声)」
――《ズガガガッ!!!》
「マタドガスさん! 『じばく』ですよ、『じ・ば・く』!」
「ドガァアス!?(多分悲鳴)」
ここで図鑑を見てみると、相手のマタドガスはレベル35らしい。しかし体力ゲージは削られて赤くなり、残り僅かだ。
……こちらのピジョンは未だレベル28なので、1対1で普通に戦っていたなら簡単に負けたんだろうなぁ。
「ピジョン、最後だよ!」
「ピィ、ジョォ!!」
――《ズガッ!!》
「マタドガアァァス!!」(ロケット団幹部)
「マァアタ、ドガァァ……」(マタドガス)
――《フワッ》……《ドスッ!!》
明るい満月が水平線へと近づいている中で、マタドガスは地面へと落下する。そしてその横にはロケット団幹部もへたり込んだ。
「では、これにてあたしの勝利ですね。観念して下さい、幹部さん?」
ニッコリと笑いかけながら、未だ意気消沈しているロケット団幹部を完全に捕らえる事にする。素早くニドリーナに『元気の欠片』をあたえ、こちらの手持ちも復活していたしな。
……しっかし流石に、ここまで読み通りになるとは思っていなかったんだけどなぁ。トキワで戦ったサカキのイメージが強すぎて。
やはり読み合いも含めて、ボスであるサカキが異様に強いということなのかね? バトルには勝てたから別に良いんだけど。