―― Side ミィ
場所はシルフカンパニー本社の7階のとある部屋。ここは私自身の研究室でもある。
部屋の中を移動し、シルフ内に張り巡らされていて最近ではヤマブキジムの仕掛けにも採用された「転送機能」を大いに使用して開発した四次元カバンを、肩から袈裟にかける。そして机の上からモンスターボール4つを手に取り、いつも通りにひらひらとしたスカートの横にあるホルダーへとつけた。
「(……これで、と)」
開発室の入り口を兼ねた出口へと立ったところで最後にインバネスを羽織り、振り返って研究班に声をかけることにする。出かけの挨拶というコミュニケーションは、非常に重要なことだろうと思うのだし。
「それじゃあ、行ってくるわ」
「あ、行ってらっしゃい! 所長!」「秘書の仕事も頑張ってくださいね!」「ポリゴン別の駆動データはこっちで溜めておくので、心配しないで下さい」「今日も美しいです、ミィ所長!!」「所長は9才だぞ? つまりロr「頼むからそれは言うな!」「……むしろ……ペd「うああああ倫理っ、倫理的規制ッ!!」……」
かといって、こうも一斉に返事をされても聞き取れはしないのだけれど。
とはいえ、心配または応援されているということはハッキリと分かる。……その大部分が好意や厚意から来ている事も、同時に。私たちも、少しは変わることが出来ているのでしょう。
「えぇ。……戻ってきたら、一気に進めるから。覚悟していなさい」
そう告げて、振り向いて歩き出す。後ろで班員やその他研究者から一斉に、ただし今度は悲鳴が上がった。けれど、なんとなく、確信にも近い形で、皆分かってくれているとも思う。
「(さて……)」
部屋から出たところでまずは、シルフ内部において超常技術・オーパーツまたはオーバースペックだとの呼び声も高い「転移床」でもって、社長室まで向かう。
途中で幾つか、中継の部屋を通ることにはなるのだけれど……と、
「ミィさん! お時間よろしいですか!?」
社長室へと向かう途中で、とある職員に呼び止められた。この職員は確か……
「開発部の方、ね。時間は大丈夫だけれど」
「はい、有難うございます」
目の前の青年は深く頭を下げ、しかし本当に急いでもいる様で、すぐに話の続きに入る。
「それでなんですけど、ちょっとヤマブキの医療施設にですね。リハビリまで継続した治療が必要だと思われる容態のポケモンが運び込まれるそうなんです」
「えぇ。……もしかして、貴重な野生のポケモンなのかしら」
「はい。大型のポケモンで、できれば水槽なんかもあったほうが良いみたいです」
ヤマブキにはカントーでも有数のポケモン治療施設がある。そこは容態の苦しいポケモンや国のお偉いさんのポケモンなんかがよく利用している場所なのだけど、同時に最も多くの民間トレーナーの役にも立っている病院。つまりは、病床数が多く地域全体をカバーする大規模病院であると言うこと。
野生のポケモンの多くも容態によってはここに運び込まれる。しかし、それが貴重なポケモンとなれば話しは別。なにせ、前述の通りに「お偉いさん」が多くいるのだから。
その様な方々のいる前で長期の療養をすることになると、もれなく目を付けられた上で治療の途中にも関わらず権力を振りかざされ……終いには連れて行かれると言う事態が立て続けに起きていたみたい。
そこで、そういった立場のポケモンが来た場合にはシルフで療養部分を送る契約になっている。これは、私が立場を使って取り付けた仕組みなのだけれど。
とは言っても病院長もお偉いさんの行動には困っていたらしく、「シルフにこのポケモンのトレーナーがいる」や「シルフ内にあるリハビリ施設が必要だ」等と言ってこういったポケモンをしっかりと治療できることには、むしろ感謝してくれていた様でもある。
「了承よ。私の、実験場の方ならいくらでもスペースがあるし。自由に使っていいから。……はい、これで使える筈」
「有難うございます! お時間取らせてすいませんでした!」
手元で、この間試作したツールを使って直属の班員にメールを送った。大型のポケモンとなれば、確かにいつもよりスペースが必要だし。
「別に、構わないわ。リハビリ用具の開発だけでなく、水槽管理なんかも頑張ってあげて」
病院からのこの仕組みを知っているのはシルフでもかなり少数であり、信用おける人員でしか展開していない。こうして私に直接聞きに来るのは、正しい判断だとも思う。
私へと挨拶をした先程の青年……ポケモン用リハビリ器具の開発に取り組んでいる青年である……は、最後に一礼してすぐさま別の階へと転送されていった。恐らくは、もう開発に取り掛かるつもりね。
……こういう実直な青年だからこそ、この仕組みを知る人物に選ばれているのだけれど。
――
――――
その後数分歩いて、目的地である社長室へと着いた。カバンのサイドポケットからカードキーを出し、秘書権限の入室をすることに。
「社長、ミィです。入ります」
「おぉミィ君か。わたしの都合で呼んでしまってスマンね」
「いえ」
「只でさえ人員不足から護衛を兼ねた秘書なんていう立場をして貰っているのに、研究の方も大変だろう?」
「特に、構いません」
社長との恒例となっているやり取りをしながら、社長の向かいに腰掛ける。今日の話の内容からして周りに秘書はいないけれど……一応、警戒はしておきましょう。
「では、今回の『お願い』なのだけれどね」
「はい」
「タマムシシティに、保護してもらいたい女性がいるのだ。対象は……これだね。手書きで済まないが」
社長はそういって懐から手書きのメモ帳を出し、紙を切り取って私へと差し出す。するとその紙には、1人の女性の名前や住所なんかが書かれていた。
「社長、詳細を」
「相手はロケット団だよ。彼女は鳥ポケモン使いの第1人者でね。彼女が協力してくれることで作られている、秘伝マシンがあるのだよ。なんとかこちらで彼女が襲われる計画を察知することが出来てね」
「そう。……どこへ、移送するのかしら」
「隠れ家はタマムシの郊外に確保済みだ。キミには極秘で彼女を其処まで、……ただし『全く』人目に付かずに連れて行って欲しい」
「『彼女の存在が』、全く人目に付かなければ良いのね」
「あぁ。事後周辺の情報操作については任せてくれたまえ。ただし、知ってはいると思うがタマムシには規模の大きなロケット団支部があるからね。見回りの班員もかなり増えてきているよ。その分には対応してキミ以外の人員も幾人か派遣しているのだけど、中核はやはりキミに任せたいんだ」
また、ロケット団なのね……との呟きは口には出さず。ただし、思うのは思想の自由。しかし成程。これは確かに、シルフの利益にはなりうるでしょう。……あとは、
「一応、聞くのだけれど。……移送場所がタマムシ郊外なのは、逃がすにしても離れすぎると彼女の管理がしにくいからで合っているのかしら」
「管理ではなく、護衛と言って欲しいところなんだがだね。いや本当に」
「……まぁ、それはどちらでも良いの。で、本当の目的は『こちら』なのね」
私が、紙に書かれた「お仕事」の中核部分を指して言う。
「ははは。まぁ、そういうことだ。彼女を逃がすのは言わば撒き餌になる」
「……委細、承知よ」
「お願いしたよ。……今はかなり従っている所もあるが、私としても奴らの思い通りに進められては困るからね」
手元でメモを燃焼廃棄。向かいでは社長が苦々しい表情を浮かべているけれど、まぁ、会社の利益を気にしているのは立場的に正しい事。そこに会社利益以外の要素が入っているのかは……まだ、分からないのだけれど。
「それじゃあ。……出張手当は、気持ち多めでお願いしたわよ」
「うむ。わたしは太っ腹であるからして、それに関して全く問題はないよ!」
とりあえずそう告げると、社長はこれまたいつもの口上で応えた。……やっぱり、金持ちね。
ΘΘΘΘΘΘΘΘ
所変わってタマムシシティ。ヤマブキから隣のタマムシシティに行くのならば、そんなに時間はかからなかったのだけれど……
「……服が、違うと落ち着かないわ」
ゴシック&ロリータ(いつもの)は目立つので、着替えてから町へと入った。しかしやはり、アイデンティティがなくてはいつもの調子も出ない感じがしている。……今のところは、仕事に集中して早く終わらせることにしたい所。
「さて、まずは……タマムシマンションからね」
思考を切り替えて仕事へと向けるけれど……あそこの管理人のお婆さんにお願いし、マンション屋上を借りたい。タマムシは街中央部の建物が比較的低く造られているため、屋上からならばロケット団の行動が確認しやすいから。
そう考えて、タマムシマンションへと足を向けることにした。歩きながら周囲を確認しても平日昼のタマムシにおける平常運転で、多くの人とポケモン達が行きかっている様子が見て取れた。
「(むしろ、昼のほうが抜け出し易いのかしら)」
この人の多さからそう考えるものの……その場合にはバトルにならない様に調整しなくてはいけない。それに、人の多さから「見つかりにくい」事はあってもやはり「全く見つからない」とするには夜の方が出易い気もしている。
「……こうなると、面倒ね。後で考えましょう」
そんな事を考えている内にマンション前に着いているし。なんにせよ、ロケット団の動向を見てみなければ始まりはしないのだから。
そしてたどり着いた目の前のマンションの入り口を潜り、1階管理人室にいる管理人のお婆さんへと声をかける事にする。
「管理人さん、マンションの屋上を借りてもよろしいかしら」
「おや、ミィちゃんじゃない。どうぞ、ご自由に」
「有難う、ございます。帰りにはお線香もあげて行くから」
「いつもありがとうねぇ。この子も喜ぶよ」
快諾ね。
今日も管理人室でポケモン達に囲まれているお婆さんから了承を得たところで、早速とマンションの屋上へと登っていく。ゲームでは裏口から入らなくてはいけない部分もあったけれど、そもそも町を見渡すのならば正面から入っても問題ない。というか、いざとなったら柵を越えてしまえばいいのだし。
そのまま階段を上り続け、マンションの屋上へと出た。このおばあさんが管理しているマンションの屋上は、どこも非常に綺麗な花壇が整備されている。太陽の光を浴びて水がきらめいている様子から見ても、今日も花達は元気な様子で。少しばかり安心するわね。
そんな花壇の脇を抜け、屋上の端へと立ってから町全体を見渡す。
「……やっぱり、黒い奴らは目立つわ」
案の定ロケット団員はあちこちに配備されている。
……いえ、何人かは只のサボりかしらね。動きに全く統制がないし。
……あと、何故あんな制服にしたのかしら。ここからでもハッキリと判るくらい目立つの……あぁ、あいつ等なら目立った方が都合が良いのね。成程。黒でも着なければ威圧感が出せないのだとも思うし。
そんな感じで暫く動向を見てみると、
「対象の、家の周り。数人いるわね。……どうしようかしら」
会社の方から対象である彼女へも連絡は行っている筈なので、家から無用心に出るということはないと思うのだけれど。かといって家に近づいた段階で団員に目を付けられてしまっても、活動しにくいことこの上ない。
「……手っ取り早く、遠ざけましょうか」
この策で、この問題は解決。次に……経路の確認が必要ね。
そう考えて、今度は体を右へと向ける。先程立っていた南側から西側へと立ち位置を変え、郊外にサイクリングロードの存在する方向を見ようとする。すると、視界に一人の少女の姿が映りこみ……まずは、挨拶。
「……あら、こんにちは。今日も花壇の世話をしているのね」
「あ、ミィちゃん! こんにちは!」
「えぇ。……貴女のお爺さんもお元気かしら」
「うん! 相変わらずポケモンの研究ばっかりなのは、少し気に食わないんだけどね……」
隣にあるマンションに住んでいる顔見知りの女の子が、先程私が昇ってきた階段から顔を出し、こちらへと歩いて来ていたのだ。因みに隣のマンションもここのお婆さんが管理しているために、この女の子がいつも両方のマンションの花壇の世話を行っている。ボランティアらしいのだけど……好きでやっているのなら、私が口出しする事ではないわね。
そんな顔馴染みの女の子と挨拶をし、そのまま幾つか言葉をかわす。女の子が花壇の世話へと戻ったところで、西側の街並みへと視線を向けた。
「(……良い景色。流石は、『虹色の街』と言った所かしら)」
こうして高い位置から見渡してみると、タマムシシティは実際に非常に多くの植物に囲まれている。ここや隣の屋上だけでなく緑系統で統一されている街中のいたるところに花壇があり、その中を人とポケモン達が歩く。その街自体もまた、周りを森で囲まれている。対象が匿われる事になる郊外の宅も、その森を通って向かう事になるでしょう。
……ただし、水質の汚染が進行している街でもあるのだけれど。
「(まぁ、それは良いわ。……さて)」
これで確認は終了。後は下調べと行動のみ。行動はとりあえず夜として……顔を隠すことも必要ね。そしてこんなことならメタモンを捕まえておけばよかった、と、少しだけ思う。
「……今度、譲って貰おうかしら……」
公式リーグの戦闘では使い辛いけれど、メタモンの用途は計り知れない。主に変装や奇襲で。ならば、手元に置くのは確定としたい。
こうして今後の予定を1つ追加して……時間潰しにショウの妹とでも遊んでいようかしら、と考える。ならばとりあえず、件の妹が家族と共に住んでいる隣のマンションに移動してみよう。そうして行動方針も決めた所で、一先ずは花壇の世話を続けている女の子の手伝いを開始するのであった。