ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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Θ― 彼女のお仕事②

 

 

「あら、ミィちゃん。もう行っちゃうの?」

 

「はい。小母様、有難うございました」

 

 

 玄関で靴を履いている最中、見送りへと来てくれたショウの母親へと頭を下げる。

 時間は既に23時を過ぎたから、子供が帰るのに遅過ぎる事はあっても決して早くはない時間帯なのだけど。実際として、さっきまで一緒に妹と遊んでいた花壇の女の子は既に家に帰っている。……まぁ、ショウの妹と暫く遊んでいたのはとても良い時間潰しになっていたみたい。

 

 

「服なんかもいっぱい貰っちゃって、悪いわねー。ショウも中々帰っては来れないし、拗ねちゃってるのよ。ミィちゃん達が度々遊びに来てくれて、とっても助かってるわ」

 

「……いえ、ショウも忙しいのだと思いますし。遊びに来るのは私としても楽しいので」

 

 

 いつもとは違う動き易い靴を履き終わったところで後ろへと振り返り、正面で微笑む友人の母親へと苦手ながらも精一杯の笑みを返す事にする。

 むしろ、服に関してはかの妹へ自分のセンスが移っていってしまっている様な気がするから、罪悪感を感じる様な気がするのだけれど。そういえば口調もどことなく私に似てきている気もしないでもないし。……まぁ、気にしないのが良いでしょう。

 

 

「小母様、それでは」

 

「また来て頂戴ね、ミィちゃん」

 

 

 再会の約束をした後で、マンションの入り口から出て行く事にする。

 

 出た後は待ち合わせをしているタマムシの南側へと歩く。街中は23時とはいえ未だ人が大勢歩いている辺りは、ヤマブキと同じく都会。

 

「(この状況を見る限り、人を集めるための作戦を取ったのは正解みたい)」

 

 さて、その件の作戦を行ってもらう中心人物は……どうやらもう来ているみたい。歩きながら目指していたタマムシジムの裏手に、1人の少女が立っているのが見えている。

 

 

「こんばんは、エリカ」

 

「ようこそ、ミィ。こんばんは」

 

 

 目の前でふかーく頭を下げている着物装備少女、エリカが挨拶を返した。

 

 

「じゃあ、エリカ。いきなりだけれど、ロケット団員の駆逐手伝いをお願いね」

 

「分かりましたわ。……それにしても、ミィも大変なのですね」

 

 

 つまりは、来年度にはこの街のジムリーダーとなるであろうこの少女と連携を確認する予定だったと言う事。

 これがロケット団を対象の家から遠ざけるための対策へとなる。奴らは犯罪者であるのだから、公式な権力を使いさえすれば退かせるのに問題はないという訳。

 そして、

 

 

「これも、私が望んだ事よ」

 

「それはわたくしも存じております。ですが、友人として……心配なのは当然でしょう?」

 

「……そう、ね。有難う、エリカ」

 

 

 友人の心配へはせめてもの誠意と感謝の念を持って返すことにしたい。

 現状として、トレーナーに関する制度は近年で急激に発展してきているため、年長者も多いシルフ社内ではトレーナー資格を持つ人物は以外にも少ない。護衛などの多くは民間会社などに頼っているのが現状となっている。そんな中だからこそ、未だ正式なトレーナーではないが戦闘知識があり現状の社内ナンバー1トレーナーに「なってしまった」私が、こうしてお仕事を行っているのだから。

 

 

「出来るだけ、気をつける」

 

「はい。そうしてくださいまし。……それにしても」

 

 

 会話内容が纏まった所なのだけれど、このタイミングで……何かしら。

 

 

「その格好も似合ってますよ、ミィ。お世辞ではなく!」

 

「……」

 

「まさかピクニックガールの格好でここへいらっしゃるとは思っておりませんでした。長い黒髪も映えますし、表に見えている肌面積もいつもより……」

 

 

 これも只の変装だと言うのに……そして、目の前のエリカはまだ褒め続けているのだけれど。いえ、これは普段の格好(ゴスロリ&インバネス)とのギャップが効いているのかしらね。

 ……褒められること自体は嬉しいとはいえ、このまま褒められ続けても面倒。

 

 

「エリカ。有難う、とは言うけれど、私はもう行く時間。続きは終わった後で受け取るわ」

 

「あら、申し訳ございません。それではお気をつけて、ミィ」

 

 

 そういうとエリカは、自らの家でもあるジムの中へと戻って行った。じゃあ、私の方も行動を開始しましょうか。

 

 行動開始を決めるとまずは、郊外の森の中へと入って姿をくらます。タマムシは街の外周に高い建物が集中していることもあってか、郊外までは町の明かりが届かない。そのため森の中に入ってしまえば周囲は真っ暗闇となっている。

 ……因みに、この辺の森にはポケモンがいないのがいつもの事。街に隣接させていきなり木が生い茂っているためにポケモン達が近づき辛いのだと思う。

 次に、その場で人気がないのを確認したところで四次元バッグから全身を覆えるほどのコートとフードを取り出した。どちら共に色は黒で、夜間活動用。それをピクニックガールの格好の上から被った所で……しかし、普段であればロケット団よりも今の私の方が怪しい人物なのは間違いない。これは仕方ないけれど。

 そして最後に黒手袋と黒ロングブーツに履き替えたところで着替えを終え、コート内側のモンスターボールを取り出して足元へと投げる。

 

 

「行動開始よ。……レアコイル」

 

 ――《ボウン!》

 

「キュキュキュキュ、キュイイ?」

 

「周囲、警戒。お願いね」

 

「キュキュ↑ キュキュ↓」

 

 

 ボールから出したレアコイルは、そのコイル3体が連結した体のどこからか、鳴声を発して体を揺らした。

 ……この仕草は、了承ね。レアコイルは非常に無機物的な印象を受けるポケモンだけれど、こうして長い間一緒にいてみれば仕草や鳴声、あとは雰囲気なんかで色々な表情が見えてくるもの。他の人にも判るかどうかは、判らないけれど。

 

 

「レアコイル。合流後は、予定通りに。それじゃあ、行くわ」

 

「キュ、キュルルル……」

 

 

 金属の頭を撫でた後に暗い森の中を走り出すと、空中に少しばかり高めに浮いたレアコイルが少し遅れて着いて来てくれる。ショウのピジョン程ではないけれど、やはり高い位置からの方が警戒はし易いし。

 ……それにしても、こうして街の境を走ってみれば……タマムシシティとヤマブキシティ上空はかなり明るくなっている。ヤマブキは壁に囲まれているけれどタマムシはそれもないためか、郊外の森の暗さがより引き立っているような状況。

 

「(これは、格好の逃げ場所になっているわね。計算に入っているのかしら。……まぁ、良いのだけれど)」

 

 結局は先無き事、と打ち切られることになる思考は放棄し、そのまま暗闇の中でタマムシシティの東を目指す。そしてレアコイルを引き連れて郊外をぐるっと遠回りで走り続けたが、結果としては誰とも遭遇することなくタマムシシティ東端にある家へと着く事が出来た。

 ……さて。と、その場で木々の間から対象の家周辺を観察。

 

「(エリカは……いるわね)」

 

 流石はエリカ、と言いたい所。対象の家周辺にはエリカとジムトレーナーが大挙して押し寄せ、ロケット団員と言い合いをしている所だった。勿論、これは計画の通りで、家周辺にいるであろうロケット団員をエリカ達が問い詰めている最中。

 

 

「――。――た達、――不審――?」

 

「――! 俺達――、」

 

 

 さらにその周囲には、この時間に街を歩いている人達の多くが野次馬として集まっていた。エリカ達は打ち合わせ通りに街中を通ってきてくれたのでしょう……町中の人間が集まっているのではないかと言う程の人数だし、さらにはその集団を遠くの人も何事かと見ている状況。そして恐らくは、街中に配備されているロケット団員ももうすぐここへ集まってくる。

 ……これならば、今の内に出てしまえば見つからない筈。ここまでは作戦通りね。

 

 裏口の見張りを想定しているから森の中を通って家の「東手」へと近づき、窓をノックする。そして同時に、手元にある試作トレーナーツールから対象の連絡先へと連絡を送る。『電気はつけたまま、東側窓から、脱出』。

 すると暫くして、1人の女性が恐る恐る出てきた。人相からしても、対象者に間違いはないみたい。キョロキョロしながら出てきたその女性に対して私が木の裏から手招きをすると、女性がこちら……森の中へと走り寄って来てくれた。

 

 

「……ひやっ! って、あなたがお迎えの人なの?」

 

「……あら。私は、こんな格好なのに。その程度のリアクションで収めてくれたのは嬉しいわね」

 

「あなた女の人なのね……。でもいや、それは確かに。我ながらよく我慢したと思うよ?」

 

「キュ← キュイ→」

 

 

 何しろ此方は全身黒ずくめ。黒より暗いお語の主人公もかくや、という格好となっている。仮面はしていないにしろ、フードで頭すら隠れている分むしろ不気味には違いない。そんな相手に対して、女性であるにも関わらず叫び声をあげなかった胆力は賞賛したいと思う。まぁ、叫び声をあげたならば口を塞ぐのだけれど。

 ……あと、慰めてくれて有難うレアコイル。でも怪しいのは事実よ。

 

 さて、彼女も少なくとも恐怖を表面に出してはいないのだし。さっさと脱出しましょう。そう切り替え、彼女に向かって方針を告げる。

 

 

「このまま、北回りで郊外を通って脱出。場所周辺には護衛も既に。そして、私のレアコイルがこのまま貴女を先導するわ。……あとは、この子」

 

 ――《ボウン!》

 

「ギューン!」(小声)

 

「想定外の人や、組織の奴らに遭遇した場合にはこの子……ニドリーノが野生ポケモンを装って相手を警戒しながら、折を見て逃走する予定。周囲を先行索敵しているレアコイルが事前に接近を知らせるから、そうなったら貴女は一旦遠回りして向かいなさい」

 

「分かった。よろしくねレアコイル、ニドリーノ」

 

「キュキュキュキュ」

 

「ギュウン!」

 

「そして、これを渡しておくわ。地図よ」

 

 

 そう言いながら、私は相手へ紙切れを差し出す。女性は暗い中で必死に覗き込みながら、

 

 

「……これ、タマムシから結構近いのね」

 

「そこは、森に囲まれているし一般人なんかは近寄らない場所だから護衛がし易いの。……あとは灯台下暗し……と言いたい所だけれど、ロケット団は恐らく街を逃げ出した時点で貴女を諦めるわね」

 

「そうなの?」

 

「えぇ」

 

 

 あの組織は良い意味で潔い。対象を捉えられなかったのならば、別の金儲けの方法を探す方が有益だと考えると思う。恐らくは、隠れきってしまえば後腐れも殆どない筈。

 

 

「向こうに着いてから、安全が確認されたなら貴女もかなり早めに自由になると思うわ。……さて、説明は終了よ。向こうへ走って頂戴」

 

 

 そう私が指示を出すけれど、彼女は自分のモンスターボールをちょっとだけ手に取り……

 

 

「……飛んじゃ駄目?」

 

「駄目」

 

 

 折角人目のない状況を作っているのに、そんなことをしては台無しになる。何より、空は色々な組織が重点的に出入りを監視しているの。勿論、ロケット団もね。

 

 

「ほら、行きなさい」

 

「はぁい、分かりました。……じゃね、シルフの小さな真っ黒ヒーローさん!」

 

「……」

 

 

 促すと、対象の女性が手を振りながら北側へと駆けていく。仕様がないので諦めて手を振り返した所で、かの女性は笑顔で向こうへと走っていった。そしてその彼女の前を私のニドリーノが、上空をレアコイルが予定通りに飛んで行く。無事に終えられると良いのだけれど。

 ……さらに、全く。自分にこれから窮屈な生活を送らせる相手に対して「ヒーロー」だなんて、彼女も強がりなのかお人よしなのか能天気なのか。

 

 

「……良いわ。私は、私に出来る事をするだけよ」

 

 

 そして、もう1度、森の中へと消えていく。

 

 


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