走っていった対象を見送り、出て行った後の家を見張ること数時間。つい先程連絡があり、彼女は無事に隠れ家へと着く事ができたみたい。手持ちの2匹が戻ってくるまではまだまだ時間がかかるとはいえ、まずは無事であったことを喜びたいと思う。……ただし、私の仕事はここからが本番になるのだけれど。
そうして気を張って森の中で声を潜めていると、既に先程の騒ぎも収まった彼女の家へと1人の女が近づいて来るのが見えてきた。
「(……これは、来たわね。制服着てたら丸わかりでしょうに)」
未だ明かりのついている家へと近寄ってきた制服の女は、至極自然な動作で私の正面……東側へと回る。そして、窓を覗き込んでカーテンの隙間から……中を見た。これで確定でしょうと考えて、相手が周囲に指示を出したところで声をかける。
「貴女、ロケット団ね」
「……」
「此方へ、ついて来なさい」
私の「ロケット団」との呼びかけにこちらへと正確に振り向いた女を、変声機械を使った声で森の中へと案内する。
私は現在全身黒ずくめで暗闇の中に立っているのだから、威圧感たっぷりで……これはむしろあり過ぎて余分だと思うのだけれど。と、そんな不審人物に言われるのが効いたのか、女は素直に私の後ろをついてきている。
そのままかなり郊外の、ある程度森の開けた場所へ出てきたところで……こちらから用件を切り出すべきね。
「さて、貴女。捕まって貰うわ」
「……ってちょっと、いきなり過ぎよ! もうちょっとなんか雰囲気があるでしょう! あたくしはあそこに住んでいた女を……」
「もう、いなかったでしょう」
「だから追跡を……って、ああああーーーっもう! さっきまでの威圧感は何だったのよあなた!? あたくしが馬鹿みたいじゃないのよー!」
……彼女は、両手を振り回しながらこの様な会話をする事を選択したみたい。むしろ今の貴女の台詞でシリアスはぶち壊しになったのだけれど。
「というか、捕まれってんなら何であたくしをこんな森の奥まで呼び出したの!」
「黙秘権を、行使」
「……っ! くききききーーっ! ふっざけんじゃあないわよ!」
あ。見た目にも直ぐ分かるくらいに、切れたわね。
向かいにいるロケット団女は怒りのままに腰につけている3個のモンスターボールの内の1つへと手をかけると、掴んだ手ごとビシリとモンスターボールを突きつけてきた。こちらもコートの中でモンスターボールに……実は出会った瞬間から手をかけているけれどね。
「あたくしとポケモン勝負しなさい!」
「意外と、正々堂々としているのね」
「うっふっふっふ。あたしは幹部よ? バトルの実力があるからこそこの立場なの!」
「……幹部。周囲に、お仲間も沢山いるのかしら」
「なーんだ、分かってるんじゃない。確かにあたくし達をつけて来る様に指示をしてあるわよ。いくらあなたが強くったって、多人数では勝ち目はないでしょ?」
「なら、何故一斉にかかって来ないの」
「勿論、あたくしの強さを部下どもに示すためよ! この真っ黒ヤロウ!」
挑発のつもりなのか、私を思いっきり指差しながらそう告げてくる。……まぁ、バトルは受けておきましょうか。
「(……バトル前に、確認)」
森の中でも比較的辺りが開けた所に出たからか……ヤマブキ・タマムシ両方の街の明かりが差しているため、暗すぎる訳ではない。そして地面も土や雑草の生えた平々凡々なもの。障害物もない。強いて言えば周囲に木々はある。相手は手持ち3体、こちらは2体。
……これで良いわね。
「良いわ。……受けて、たちましょう」
「悪いけど、覚悟してもらうわ!」
互いの言葉を皮切りに、ほぼ同時に手をかけていたボールを――投げることに。さぁ、行きましょう……か!
「お願い、ミニリュウ」
「行きなさい! アーボック!」
「リュ!? ……リュウ!」
「シャァアボ!!」
目の前で森が開けている空間の闇中にドスっと、アーボックがとぐろを解きながら現れる。こちらも同じく……いえ、似ているけれど、こちらは竜よ。竜。今年の初めに捕まえたこのミニリュウは、流石は初期懐き値も低いドラゴンなだけあってバトルで息を合わせるのには少し時間がかかったけれど、今ならば大丈夫。
……さて、出張してフスベのトレーナー設備を整えると同時に「竜の穴」で私と修行していた成果を見せてあげましょう、ミニリュウ。
まずは『でんじは』から。
「ミ……リュウ!!」
《ビッ、ビビッ!》
「くっ、早いわね! こちらもへびにらみよ!」
「シャボッ! ……(キッ!)」
「リュー!?」
ミニリュウが指示の先出しで先手を取り『でんじは』を放つも、相手も『へびにらみ』でこちらをマヒ状態に。これで、両方がマヒ状態ね。
ボールから出したときのミニリュウの反応からして、アーボックの特性は『いかく』。ミニリュウの攻撃は1段階下げられている。逆に言えば相手は『だっぴ』ではないのだから、マヒが解ける心配をしなくて良いのだけれど……そこに関しては、実はこちらも一緒。
なら次は、
「ミニリュウ、高速移動」
「アーボック! どくばりを出しながら、接近よ!」
「ミ、リュー……ゥゥ」
「シャアアア!」
――《シュビビ!》
アーボックの口から放たれる『どくばり』を受けながらも、指示に従ってくれるミニリュウはだらーんと体から力を抜き、反応速度を上げることで早く動ける様になる。
……これが『こうそくいどう』。……えぇ。ゲームの説明文からはどうとでも取れるけれど、この世界では別に瞬間移動する訳じゃないわ。アニメだと保存則を無視して倍速になるけれど。
それは置いておくとして、これでミニリュウは素早さ2段階アップ攻撃1段階ダウン。これで、もういいかしら。なら反撃。
「ミニリュウ、……りゅうのいかり」
「ああもう、なんなのよそのポケモンは! かみつきなさいアーボック!」
「リューウ」
《ボワッ!》
「……! シャ、ボ!!」
――《ガブッ!》
ミニリュウが体を起こし口元から青い炎の様な衝撃波、『りゅうのいかり』を出した。噛み付かれながらも当て続け、離れたところで同時にアーボックから距離をとることにする。
……レベル的にもステータス的にもこちらの1番のダメージ源となる、『りゅうのいかり』。『かみつく』で反撃はされているけれど、こちらは『マヒ』がかかっているから防御面は気にしなくてもいい筈。あと、女幹部が「なんなのよ」と言ってるのはミニリュウがつい最近見つかったポケモンだからかしらね。
「りゅうのいかりよ、ミニリュウ」
「アーボック! もう1度噛み付きなさい!」
距離をとって仕切りなおした所で両者共に先と同じ指示が飛び、私たちの目の前で『りゅうのいかり』による衝撃波がアーボックにまたも直撃。それとほぼ同時に、3メートル以上の巨体でもって暗闇の中をズルズルと這いながら突っ込んでくるアーボックから『かみつく』を再度当てられる事になった。
……『りゅうのいかり』は「HP40の定値ダメージを与える」という技。この40という数値は序盤ではとても大きな数値だし、アーボックの種族値的に……
「これで最後ね、ミニリュウ……たいあたり」
「ミー! ――」
「なめてるの! 噛み付……え!?」
「……シャ!?」
驚く女幹部とアーボックの前でこちらのミニリュウは「姿を消したように見えるくらいに早く動き」、
――《ズガガンッ!!》
相手のアーボックの大きく開いた紋様部分に、体ごと突っ込んだ。
「シャァ!? ……ボッ……」
《ドスン!!》
「ミーリュー♪」
相手のアーボックが暗闇の中の地面へと倒れこんで、ミニリュウがこちらへと素早く戻ってくる。……まずは、1体ね。
「戻りなさいっ! ……なんでそんなに硬いのよ、そのナメクジ!」
「それは、怒っていいのかしら」
「ひうっ! ……い、いえ、まだ私には2匹の手持ちがいるのよ!! まだまだ!」
「……お疲れ様、ミニリュウ」
こちらも声をかけてからミニリュウをボールに戻す。ナメクジ、とは外見的に的を得ているとも思うのだけれど、この場面で手持ちに向かって言われては気持ちが良い言葉ではないのだし、プレッシャーでけん制しておく。まぁ、今はこれだけで良いわ。
さて、ここで相手にも「硬い」と評された私のミニリュウの解説。
……実は、私のミニリュウの特性は何故か『ふしぎなうろこ』。
この特性は「状態異常がかかっていると防御が2倍」というものなのだけれど、夢特性という普通とは違った特性のバージョンになる。夢特性はFRLGじゃあ手に入らない筈……と、それにしても。この特性のミニリュウが進化したら、かの凶悪な『マルチスケイル』カイリューになるわね。まぁ良いのだけれど。
さて、つまりは只でさえ努力値は防御気味に振っている所へ『へびにらみ』でマヒにもなっていたミニリュウは特性が発動して防御が上昇しており、物理攻撃である『かみつく』に対してもかなりの耐久を発揮することが出来た、というのが「硬さ」の理由。
さらに言うと、先程のとどめに使用した技は勿論「たいあたり」なんかではなく……これまた『しんそく』というノーマルタイプの強力な先制技。因みにこちらは、ドラゴンの本場であるフスベでの施設設置の仕事の合間を縫って長老との修行を行うことで手に入れた、れっきとした努力の賜物。一応隠しておくために、別の技名の指示で発動させたけれど。
そして、そんなことよりこのミニリュウが成長した未来の『マルチスケイル』『しんそく』の揃ったカイリュー。これはどう考えても……いえ。やはりというか、別にこれも良いわね。えぇ。弱くて悩むよりは、強くて悩む方が幸せな悩みの部類に入ることでしょう。
まぁ、あとは育ててみて様子見ね。……さて、次。
「くっ、次はあたしのエースよ! ……行きなさい、ラフレシア!!」
「レシァー、ラフゥ!」
相手のラフレシアが女幹部の投げたボールから出て、「らふぅ」との鳴声と同時にぼふんと花びらが跳ねる。花粉は……あら、凄い量ね。やっぱり。そして、
「(エースが、ラフレシア……)」
キントラノオ目トウダイグサ科ラフレシア属。
……じゃあないわね。あれは確か光合成をしない筈だし。
フハハハハ、怖かろう!
……でもないわ。ポケモンだしね。私も、身を削ってまで質量を持った残像は残したくないわ。
なんて。一通り消化したところで。
私の目の前ではロケット団女幹部がエースと呼んで繰り出したラフレシアが咲き誇っているのだし、こちらも相応のエースで持って迎え撃たなければ失礼かしら。
―― そして、時間も。
「そろそろ、ね」
「? あなた、何を言って……」
――《ピロリロリー♪》
丁度良いタイミングで、私の腕にある試作トレーナーツールに連絡が入る。これで準備は万端になったわね。……さぁ、行きましょう。
「貴女のエースが、そのラフレシアなら。……私もエースでもってお相手するわ」
「……? 何よ、急に。確かにあなたにはさっきのナメクジもまだいるけれど、戦闘ダメージや状態異常は残ってる筈。なら、実質それ1匹みたいなものじゃない!! 数でもこちらが上だってのに、なんなのよその余裕は!」
「そうね。出てきて、お願い……『ぽりおつ』」
――《ボウン》
「キィ……カタカタカタカタ」
「まぁた、見たこともないポケモンを出して! ……いいわ。そのカラフルな水飲み鳥っぽいポケモンも、あなたを倒した後であたくし達が頂いてあげるわよ!!」
「そう」
「やりなさいラフレシア! メガドレイン!!」
「レーシァー!!」
相手のラフレシアよりは、早い。メガドレインを主力としていることから、こちらとはレベル差もあるでしょう。ならば、一撃で。
「行きましょう、
――『はかい、こうせん』」
「クルッ、パタパタパタ……」
――《キュイイイイイイン……》
「……えっ。ちょっとその黒い光線なによ! 何すんのよ!」(走馬灯)
「ラァーフー……」
「真ん前向いて、前方270度」
「シー、カリカリカリカリ……」
――《ゥォン!!》
「ええぃ、部下! 下っ端! お前達、あたくしを助けに……誰もいない!? え!?」
「レェーシー……」
チャージ終了。
「……主砲、てーっ」
「……カリカリカリ、ピコン♪」
「あ、あなたの格好だけじゃなくてビームまで黒とか! そういえばあたくし制服が黒色は可愛くないとおm」
「……アーァァァ」
黒い光線が木々を巻き込みながら扇形に放たれ、ラフレシアに直撃。ついでに、相手のトレーナーが余波に巻き込まれることになるかも知れないわね。わざとだけれど。
《シューン》
――《ドギャギャギャギャギャ!!》
――――《《《ドギャンッ!!》》》