世間では夏休み、などといわれる時期になった。
そして俺はというと、夏休みではあるが長期遠征に来ている。念願叶って、シンオウ地方にくることが出来たのだ。
「……っと、おー。着いた着いた。ここからさらに北だな」
俺はこの間転送先を実家の部屋に設定して来た(ついでに妹と盛大に遊んできた)四次元バッグを肩にかけ、いつもよりも動きやすさを意識した格好でマサゴタウンの南に存在する浜辺を歩いている。といっても服装に関しては、両親に色々と揃えて貰ったんだが。
「流石に長時間のフェリー移動は、キツかったけど。……まぁまずは無事に到着したことを喜んどくかね」
いつかの世界で言うならば本州最北端にあたる部分から、フェリーに乗って海路で渡って来ることにしたのだ。俺の手持ち3匹は船が大層お気に入りのようでテンションダダ上がりだったから、今はボールの中で眠っている頃合だろう。
そんな風に考えながら暫く歩いていると砂浜が終わり、町境に着く。そして今度はそこから時間をかけて、町の北西に位置するナナカマド博士の研究所を目指すの、だが。
「流石に、マサラよりは都会なんだな。マサゴタウン」
マサゴタウンは砂浜の町だけあって所々に砂地が見えてはいるが、町並自体は田舎と言うよりは少し間の広めな住宅街といった雰囲気になっている。いや、住宅町か? どうでも良いけど。……あー、そんでもって、これでどうやらマサラタウンは、国内屈指の田舎町である疑惑が出てきてしまったみたいだ。
「で、あれが研究所、と。……うわ」
マサラタウンの現状を憂いつつも、俺の前方にはそれらしき青い屋根の建物が見えてきた。隣には茶色屋根の建物が隣接されており、恐らくあの部分は住居部分となっているのだろう。外見はゲームとも一致するし、ここで間違いないな。
で、俺が最後に「うわ」といってしまった理由なのだが。
「(前方に見える、金長髪で全身黒の女性。……うわ、あれは)」
研究所の前に立っている女性。客観的にみるなら、間違いなく「美人」との評定が下される外見。可愛いというよりは格好良いといったほうがしっくりくるその雰囲気。
でもって、この世界で暮らしている以上いつかは遭遇するのだしまぁ良いかとあっさり諦めてみるものの、かといってすぐに切り替えられる訳でもなく。俺は微妙な心持のままにその女性の元へと近づいていくことにする。すると、ある程度近づいたところで向こうから話しかけてきてくれた。
「……あら、あたしの待ち人はきみかしら?」
「あー、あなたがナナカマド博士に頼まれた人なのなら、そうですよ」
「えぇ、その通りです。ならば間違いはないでしょう」
「では、自己紹介をば。俺はショウ。今回はこのシンオウ地方の研究調査のために……というのは建前で、トレーナー修行を主な目的としてこの地方に来ました。よろしくお願いしますおねぇさん」
「シロナで良いわ。神話研究をやっている学者です。……とはいっても、今は今年度のリーグに備えて修行中なんだけれどね」
目の前の将来チャンピオンとなるであろう女性は、そう、少しばかり茶目っ気を見せながら俺の挨拶に応えてくれた。んー、意外ととっつき易そうなお人で良かったような気もするな。フラグ云々を無視した上で前向きに思考すれば、だけど。
「それにしても、きみ……ショウ君。いやに明け透けな話し方をしますね」
「いえ、博士から目的も聞いているかと思いまして。俺は9才ですからね。隠していてもどうせ面倒なことにしかなりませんから」
俺が建前をあっさり、冒頭から話し始めたことについてなのだろう。若干呆れた様なシロナさんからツッコミが入るが、これから案内してもらう人に建前ばかりを見せていても仕方ないし。
「(……いや。それにしても、案内人がシロナさんかー……)」
DPPtではチャンピオンを務めていたり、手持ちにガブリアスを入れていたり、メンバー構成は結構ガチな組み合わせだったりするお人。ゲームではかなりの間負けていないとの描写もあったので、恐らくは今年の地方別リーグでは優勝してしまうんだろうな。と言う事は、
「シロナさん、ポケモンバトルも強いんでしょうね」
「はい。それなりに、とは自負しています。……きみも中々に強い雰囲気があるわよ? 女のカンだけど」
「では、こちらもそれなりにとだけ言っておきます。ですがシロナさんとのバトルは勘弁してください」
「あら、そうなの」
あっぶないあぶない! 先手で何とか回避することが出来たよ!
シロナさんは目の前で拍子抜けといった表情をしているけど、こちらとしては既にリーグに向けて修行をしていて今年にはチャンピオンになるであろうという人とのバトルがこなせるほどの実力はない。主に、レベルが!
「今年にはリーグに挑戦しようというシロナさんに対して、俺の修行は今からなんですよ……ってだから、知ってるんでしょう」
「ふふ、そうかも!」
うーわー。こういう人なのか。
「……まぁ、俺とシロナさんとのポケモン勝負はいつか、ポケモンリーグなんかでやりましょうよ。楽しみにしておいてください」
「きみがそう言うならそうしましょうか」
「はいはい。じゃあ、立ち話もアレですんで。研究所の部屋を借りましょう」
そういって、シロナさんをつれて研究所へと入っていくことにする。
入り口付近でハマナさんという助手に挨拶をした後に博士からのお土産を渡し、今度は1番奥にある部屋へと入る。ゲームであれば荷物がたくさん置かれていた部屋なのだが、今はキッチンとコンロくらいしかない様子だ。一言で言えば、殺風景、と。
「……なるほど。これも博士が帰ってこないからですか」
「そうね。といっても、図鑑完成まではお帰りにはならないんじゃないかしら」
「確かに。となれば、まだまだ先の話ですね」
「ううん、そんなに先なの? あたしは博士にはお世話になったから、リーグ挑戦のご報告をしたいのだけど……」
「なら、俺が直接伝えておきますよ。というか、教え子で後輩のシロナさんのためなら博士も流石に戻ってくると思いますし。短期間であれば尚更です」
「あ、やっぱり短期間の滞在は大切な項目なのね」
「多分、恐らくは」
そんな何てことはない会話を交わしながらも、その間に2人して隣の部屋から椅子と机を引っ張りだす。
「うし、では始めましょうか。時間は有限です!」
何ともらしくはないけど、机と椅子は揃ったのでこちらからそう話しかける。俺が手持ちのタウンマップシンオウ地方バージョンを机に広げると、どうやらシロナさんは確認を開始してくれる様だ。
「えぇ。じゃあ旅路の確認をしますけど……今いるここ、マサゴタウンからまずはクロガネシティへ向かい、その次にヨスガシティ、ノモセタウン、ナギサシティを経由してポケモンリーグ建設予定地と回るわ」
「シンオウ地方の南側を通っていく感じですね、分かりました。俺は異論無いです。途中途中で……えーと、町毎に数日ずつ修行の日にちを作ってもらえれば」
「了解よ。そうしておくわね」
そのまま机上に広げられたタウンマップを指差しながら、旅順と周囲の地形、日程なんかを多少確認する。付け加えておくと、現在ジムリーダー等の存在していないノモセは「シティ」ではないらしい。マキシマム仮面も巡業で忙しいらしいしな。
……と、うん。この中ではクロガネの東に位置するテンガン山、リッシ湖周辺なんかが良い修行場所になるだろう。
「これで予定の順路は全て。……それで、これはきみの日程に余裕があればだけど」
ここで、シロナさんがこちらを窺うような素振りを。何用ですか?
「これは私事なんだけどね。あたし、その後にはキッサキシティまで船で行くことにしています。これは修行とあたし自身の研究を兼ねてになってるんだけど……きみも一緒に行ってみないかしら?」
「……ふーむ、キッサキシティですか」
こっちはシティなのなとか考えながら、少しだけ顎に手を添えてポーズをとり、ついでに椅子に乗ったままでグルグル回る。
俺としてはキッサキは好きな街だし、雪上のバトル訓練としてここ以上の場所はそうないだろう。そう考えれば行ってみるのはまったくもって悪くはない。むしろ、プラスの要素が大きいな。うん。
「ホウエン地方にも行くので日程が詰まっていれば無理ですけど、俺としても行きたいですね。是非ともお願いします」
「えぇ。とっても良い練習になると思います。……それにしてもきみ、そのポーズが何気に似合うのね」
……この彫刻の考える人っぽいポーズでしょうか。回ってますけど。
「俺も伊達に9年間生きてませんから」
「ふふ、ならあたしも少しだけ練習してみようかしら?」
あなたならポーズとか練習するまでもないとは思うんだが……うん。
「シロナさんなら、カッコいい感じのポーズが似合いそうですよね」
「そう?」
「勿論、服装さえ変えれば可愛いのでもお似合いかと。美人さんは特ですよねー、なにかと」
「ふふふ、有難う! 遠まわしですけど、褒められていて悪い気はしないわ」
……そういう会話の流れになってしまったのだから、これは仕方ない。仕方ないんだ。それにシロナさん相手では、この程度はフラグ要素になりえないと思うし。この程度で旗旗言っているのでは、自意識過剰もいいところだ。うん。
「あー、はい。世辞ですので、喜んでもらえるとこちらとしても褒めた甲斐がありますよ」
「それでもね。有難う、ショウ君」
客観的に見て美人なのは嘘じゃないんだけど。その後に続いた俺の誤魔化し台詞もそれこそ素直に受け取られたみたいだし、流石は年上といったところか。いや、つい最近返り討ちにあってた年上の女の人もいたけどな。誰とは言わんが。
……と、さて。これで確認自体は終わりかな?
「じゃあ、俺は今日博士の助手さんの所に泊まる予定ですんで」
「あら、ヒカリちゃんの家かしらね」
「だそうです。3才児は元気そうですよねー……ということでまぁ、日の高いうちはちょっと手持ち達と散歩でもしようかなーとは思ってるんですけど」
このセリフで、解散の流れにならないかなーとの期待をしてみる事に。が、
「そうなの。……なら、少し遠いですけどあたしに案内させてもらえないかしら? この近くにシンジ湖という湖があるから、そこをね」
「……成程。シロナさんがいれば、解説してもらえますもんねー。ご都合さえよろしければお願いしますけど」
「せっかく案内人なんていう役を仰せつかっているのだから、あたしとしても案内したいの。それじゃあ、行くわよ!」
どうもシロナさんの神話研究家としての血を騒がせてしまったらしい。シンジ湖は漢字で言うなら「心事」湖となり、ここから西へと歩いていった場所にある……感情の神と言われるポケモン、エムリットがいた湖だったはず。そりゃ確かに、シロナさんの得意分野だろう。
そうして、初日からマサゴタウンを出発する羽目になるのだった。つか、観光地扱いなのな。シンジ湖。
―― シンジ湖
「きみのポケモン、やっぱり面白いわ。さっきのはどうやっているの? この子が指示なしで動いていましたね」
「ピジョンですか。……あー、普段からの練習の成果というやつです。どうせ時間はありますんで、旅の途中でシロナさんにもお教えします。僭越ながらですが」
「ピジョッ?」
「グールルル、ガブゥ!」
俺が物凄い詰め寄られております。いや、ちょっと、下がって欲しいんだけど。特に隣のワタルに引き続いて低レベル進化をしている様子のガブリアス。
あと、シロナさんはここへ来る途中のピジョンの『ふきとばし』の事を言っている様で、どうも指示の先だしに興味津々みたいだった。でも、
「まぁ、今はもうほとりに着きましたんで。解説の方をお願いしても?」
「あ、あらそうね。ごめんなさい」
シロナさんは俺からの指摘に少しだけ身を引くと仕切りなおし、隣にいたガブリアスを撫でながら湖の方向を向いてくれた。……いや、シロナさんもそうだけどとりあえずガブリアスは威圧感凄かったなぁ。
「この地方、シンオウにはポケモンの神話が数多く残されているの。あたしの育った町、カンナギでは特にそれが顕著なんだけど」
カンナギタウンのある方向を指し示し、続ける。
「その中の1つに、湖のポケモン達という記述があります。それぞれが意思・知識・感情をつかさどり、この世界の一部を構成している……ってね」
「世界ですか。まぁた壮大な話ですね、それは」
「確かにそうね。えぇと、話を戻して……その意思・知識・感情をつかさどるポケモン3匹はこの地方にある湖、リッシ湖・エイチ湖・シンジ湖にいたと言われているの」
「ここがその1つですか」
「そう言い伝えられているわ」
何となく、俺達の前に広がるゲームよりも遥かに広く見えている湖と、そのかなり奥まった部分に見えている岩の陸地を見つめる。あの岩はエムリットがいた場所なんだっけか。ならあれが中央部分なんだな、湖の。……うーん。オツキミ山の時も思ったんだがどうも、ダンジョンはゲームでの印象よりもかなり広めなんだなぁ。俺主観だけど。
そしてそのまま湖を数秒見つめてみてから、感想を伝えてみる。
「当然といえば当然ですけど、いませんね。伝説のポケモン」
「そう簡単には見つからないからこそ伝説なの。あの岩の中も水溜りなんかがある空洞になっているんだけど、それだけだった」
昔にでも調べたことがあるのだろう。シロナさんは実体験を交えながら、そのまま解説を続けてくれている。
「(まぁ、出てこられたらそれはそれで困るんだけど)」
やはり伝説のポケモンなので、俺の転生目的の対象となっている可能性はある。しかしながら、隣にシロナさんがいるのでここで出てこられても、という事だ。
……だが、しかし!
――《きゃううーん》
俺達の真上。視界ギリギリの部分を、ご丁寧に鳴声を残して、赤い色した高速の何かが横切った。湖のほとりにて2人と2匹揃ってしばし呆然とした後、
「……ショウ君も見たわね?」
「……多分……いえ、見ましたね。確実に」
隣にいるシロナさんは確信しているようだ。ならば、俺だけが気のせいと主張しても無駄なのだろう。……あー。俺、何か遭遇フラグでも立てたっけか。それとも、悪戯好きなのには好かれる傾向でもあるのかね? エムリットって言うとゲームでは1度逃げて徘徊するポケモンだしな。あそびたいみたいだぞとか言われてたし。
そんな風に内容自体はあれだが俺の体質からした予測を立てている横では、シロナさんが未だ鼻息を荒くしているみたいで。美人なのに。
「追うわよ……と言いたいけど、無駄かしらね。あれは早すぎます」
「東の方へ飛んでいきました。しかも、途中で消えましたし」
シンジ湖の周りには木々が生えててその間から見えたんだが、その視界の途中で、まるで異次元に駆け込むかのように消えていった。あれは追っても無駄とか言う次元じゃないな、フォールドされた感じ。流石にシロナさんも追っても無駄との脳内決定を下した様だ。
そんなこんなでここ、シンジ湖のほとりでは未だ上を見上げているピジョン、シロナさんの方をなにやら見ているガブリアス、熱心に手帳のようなものを見ているシロナさんという構図が出来上がっている。俺は、若干辺りを警戒しているんだけど。
「赤、赤……エムリット、かしら?」
「んー……。その点も含めて俺に、マサゴまで戻りながら教えてもらえますか。シロナさん」
「……それもそうね。わかりました」
そうして今度は、マサゴへと戻りながら神話について解説をしてもらう。
因みにその解説たるや深夜にまで及んだのは余談であり、彼女の神話愛のなせる業なんだろうと思いたい。
ただし、今日やっとの事でシンオウ地方に着いた俺達の疲労は度外視されたというのも……また、余談ではあるんだけどな。