ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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Θ39 ヨスガシティ、幽霊騒ぎ

 

 

 クロガネシティを旅立つと、更に東へと向かう。テンガン山の中を少しだけ横切り、ヨスガシティの西側に出る。そして、洞窟を抜け出た先は滝上にかかったつり橋が待っていたのだが……洞窟の中はともかくとして、ゲームの様につり橋でも自転車に乗るという荒業に出るにはレベル(ゆうき)が足らず、そこだけは徒歩で渡る事に。いや、普通に怖いからな。

 すると、このタイミングで隣をずっと併走していたシロナさんが口を開く。

 

 

「それにしても、きみの自転車は凄いわ。普通はこういったものに乗っていると、むしろポケモンが寄ってくるのよ?」

 

「自転車自体が特注ですから。俺のお手製という意味でもです。ついでに言えば、ポケモンは確かに寄ってきてはいるんですよ」

 

 

 ただ、通り過ぎた後にしか集まれないスピードでこちらが駆け抜けているんだ。この自転車を止めたいなら目の前にカビゴンでも用意するしかないだろう……と言いたい気もするけど、実際のところ進路上にポケモンが「いてしまった」なら、俺は停まって避けるだろうな。うん。

 

 

「修行に向いてはいないけど、これならあたしも欲しいかも。お幾らなのかしら」

 

「これ、改造前の素体だけで100万以上です。嘘ではなく」

 

「うそっ!?」

 

「ですから、嘘ではなく」

 

 

 競技用や旅用と比べても非常にお高くなっているが、実はこの値段にも理由がある。この自転車の素材からして特製品となっているのだ。

 

 

「語ると遠回りにはなるんですが、俺の持っているこのカバン……転送装置を利用して容量を底上げしていまして」

 

「あら、そういえばそうだったわね。ポケモン転送と似たような仕組み、と言っていました」

 

「はい。データ化して転送するんです……が、ですね。データ化するにも向き不向きというものがありまして」

 

 

 俺はそう言いながら、自らが引いている自転車のほうへと目を向ける。

 

 

「この自転車はミラクルサイクルに頼んでフレームやギアやサスペンション、泥除けから果てはクイックリリースの仕組みを構成する部品なんかの全てに至るまでに『転送しやすくなる加工』を施してあります」

 

「……それで、お高いの」

 

「そういう訳です。まぁ、商品化はこのバッグが売り出されてからでしょう」

 

「はぁ、どうしようかしら。確かに高いけど……ブツブツ」

 

 

 こちらとしては説明を終えたのだが、シロナさんは果ての無い長考に入ったようだ。

 因みにポケモン関連の製品……例えば回復薬製品なんかは作成過程からして「データ化し易いという特性のあるポケモンを、回復させるために作られる」ために元より同じくデータ化し易く、ひいては転送しやすい構造となることが多いらしい。となればこの構造(転送しやすさ)に目をつけた幼馴染の「四次元カバン」はやはり爆売れすること間違いなく、シルフの未来も安泰というものなのだろう。いやはや、あの幼馴染は恐ろしい。

 

 

「……と、そんなことをやっている内にゲートが見えてるな」

 

 

 目の前の草原を横断した向こうに少しだけ、ゲートと目的地の街を取り囲む壁とが見えてきている。今の俺達はテンガン山を抜けたばかりで高所から見下ろしている形であるから、日が暮れる頃にはあの辺りに着けそうだ。

 

 

「――優勝すれば、あたしにも賞金が……」

 

「ほら行きますよシロナさん。……ピジョンも、警戒よろしく!」

 

「ピィ、ジョー!」

 

 

 そんなこんなで、目指すはヨスガシティ……ゲームではシンオウで住みたい街ランキング1位を独走中だった街だ!

 

 

 

 

 

 ――

 

 

「うーわ、これがヨスガシティですか。実際に入ってみるとあれですね。納得の景観です。」

 

 

 異国にでも迷い込んだかのようなレンガ敷き、外灯、建物、町並みが目を惹く。風光明美……とは言い過ぎかもだけど。またシロナさん曰く建物の中はバリアフリーで、街の構造なども高齢者や小児にも優しいつくりとなっているらしい。住居内エレベーターはゲームでは「移動時間長い」くらいにしか思っていなかったけど、こうして現実にあるならば実に便利な仕組みなんだろうな。

 ……さて。

 

 

「まずはミズキにでも会いに行ってみるかな?」

 

「預かりボックスの管理人さんね」

 

「やー。どうせポケモンセンターの隣に居を構えていたはずですし」

 

「ついでなのね……」

 

「そうでもないですけど、まぁ、旅行で知り合いの近くを通るなら挨拶くらいはするんじゃないですかね。普通は」

 

 

 外灯に照らされ、既に恒例となっている駄弁りを交わしながら、街の中央やや北にある筈のポケモンセンターを目指す。ポケモンセンターはなんかこう……全体的に輝いているため、非常に見つけやすいのだ。

 そうしてのんびりと夜のヨスガを歩き続けて数十分。ポケモンセンターが見え、そして――ついでに。

 

 

 《ズドドドドドッ!!》

 

 ――《《ワァァァア!!》》

 

「……ついでに逃げ惑う人々も見えてしまっていますね」

 

「……できれば見たくはなかったかも」

 

 

 シロナさんの黒い部分が若干見えているものの、それは置いといて。俺達の視界には、北側から走って逃げてくる大勢の人々も見えているのだった。なんだこりゃ。少なくともお祭りじゃあないってのは判るんだけど。

 老若男女が通り過ぎ、ジュンサーさん達が必死に誘導し、ついでに金髪ポニーテールのコガネ弁ボックス管理人は物凄いスピードで我先に一目散にと走り去る。なら無理してミズキには会わなくても良いか。逃げるので忙しそうだったからな。

 でもって集団が一通り過ぎ去った後。戸惑う俺達の前を見慣れた白衣のおねぇさんが1人、逃げる人達とは別の方向へと横切っていって……うーん。

 

 

「あ、すいませんジョーイさん」

 

「あぅ、あなた達も逃げてください! 協会員は全員出払っていて……」

 

「そうですね。……北側で何かあったんですか?」

 

 

 とりあえずは最も正確に理解している可能性の高い、近所に住む人たちへと声をかけて回っていると見えるジョーイさんと併走しつつ事情を聞いてみようと試みたんだが。

 

 

「北にある遺跡で、幽霊騒ぎがあってですね! どうやらゴーストポケモンらしいんですけど、物凄い数が出てるんです!」

 

「何となく伝わりました。つまりはポケモン騒ぎですか」

 

「はいぃい! で、ではわたしは呼びかけを続けてきますので!」

 

「あー、お忙しいところ有難うございました」

 

 

 そのままジョーイさんは外灯の明かりの元、東側の宅地へと走り去っていった。対照的に俺とシロナさんは足を止め……身長差は結構あるんだが……互いに顔を見合わせる。

 

 

「お聞きの通りです。……行きますか、北側の遺跡とやらに。観光だと思えばまぁ、悪くはなさそうですよ」

 

「そうね。幸いなことに、あたし達にはこの子達がいてくれます」

 

 

 2人同時に、2人しか残っていない夜の街で同時にモンスターボールに手を添える。そして今度はヨスガの夜を、到着したばかりだというのに北側へと走り出す事になった。

 

「(さぁて、北、北と。DPPtでは「ふれあい広場」なんてのになってたけど……どうなることやら)」

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

「うーん、何とも壮大な」

 

「空一面のフワンテに、周囲をこれでもかと漂うヨマワル。……今夜が地球最後の夜なのかしら」

 

「むしろ世紀末やら終末やら黙示録かもです。いずれにせよ人々が逃げ出すのは納得ですよ、コレは」

 

 

 遺跡周辺に建てられていた柵を越え、その場から中を覗き込む。

 今は只の観光地としてその役割を全うしている北側の遺跡へとたどり着いたのだが、その状況はシロナさんの言ったままだ。その現状たるや、惨状といった方がこの場を表すのに適している程である。

 大量に飛び回る、魂の道標とかあの世へと連れて行こうとする等々という恐ろしい噂のあるフワンテと、同じく連れ去る系の図鑑説明文があったヨマワル。こんなんが赤い目を輝かせながらウヨウヨと浮いている状況を見てしまっては、逃げるという選択肢しか浮かばないのは仕方が無いだろうなぁ……と、どちらにせよこんなに大量の野生ポケモンがいたら逃げるよな。うん。幽霊とか関係なくても。

 俺はついでにと、このタイミングで無駄思考を交えつつもいつもの通りに戦闘体勢をとり、原因を探ろうと頭を働かせる。フワンテやヨマワルの位置からして……

 

 

「……目的地はあの、手前に見えている遺跡の向こう側ですね」

 

「あら、どうしてかしら?」

 

「ご覧の通りのゴーストタイプ百鬼夜行です。おそらくはおこぼれを貰おうとするコバンザメ……いえ、テッポウオよろしく、強大な何かに引き寄せられているんでしょう。十中八九その何かはゴーストポケモンだと思いますが」

 

 

 俺の言葉に、シロナさんも空に浮かぶゴーストポケモンの流れを目で追い始める。

 

 

「……成程。よく見ると、あの遺跡の奥側の空が中心になって集まっているのね」

 

「はい。もしあれらが統制されているのであればこんなに押し合いへし合いとはさせず、もっと分散されてしかるべきかと。となればこのフワンテ達はヨスガ周辺、もしくは通りすがりの野生ポケモン達だと思います」

 

 

 そして逆に言えばその中心にいるのは「おこぼれを期待できる存在」という事なんで、面倒なことになりそうですと付け加えておく事も忘れない。

 ……一応この騒動の原因は人為的なものである可能性が考えられるんだが、この現場において意図的に野生のゴーストタイプをあの量で操る人間というのは想像し難い。現実、分散されてなくて我先にと集まっているだけという状況だしな。またこの量の野生ポケモンを集めることが目的であったとしても、そうなっては中心の人間が危なくなってしまうだろう。なので少なくとも行動に関しては操作は受けておらず、その中心もまた野生のものと考える事にしてみた。まぁ一応、低い可能性やら考察外の状況も思考の端にとっておいて万が一に備えてはおくんだけどな。

 と、現状推理を終えた所で……隣のお姉さんからは熱視線を浴びている様で。

 

 

「……」

 

「あの、なんでしょうかシロナさん。」

 

「……いえ。それで、行動方針はどうします」

 

「あー、そうですね。……2人して突っ込みましょう」

 

「それで良いの?」

 

 

 シロナさんから疑問の声があがるものの、多分、問題はない。進化前の野生ポケモン達にてこずる事はないと思うからな。

 

 

「つっても、野生のフワンテとヨマワルです。俺達の手持ちとはレベル差があるでしょうから。それよりも方向を見失わず最短でたどり着いたほうが良いんではないかと愚考しましたが」

 

「言われてみればそうね。なら……ガブリアス!」

 

 ――《ボウン!》

 

「ガーブガブ! グアァァゥ!!」

 

「方針通り……突っ込みますよ、ショウ君!」

 

「ほいほい。……行こう、ニドリーナ! ピジョン!」

 

 ――《ボボン!!》

 

「ピジョッ!」

 

「ギャウゥン!」

 

「直進で、あの辺までよろしく!」

 

 

 さぁ、突っ込むか!!

 

 

 

 ――

 

 

 ――――

 

 

 《ゴォオウッ!》

 

「ショウ君、遺跡はなるべく傷つけずに!」

 

「俺としてもそのつもりですよ、っと……かみつく!」

 

「ギャゥ!!」

 

 ――《ガブッ!》

 

 

 ニドリーナが立ちはだかったヨマワルへと噛み付き、ピジョンはやや先行して『ふきとばし』で道を作り出す。好戦的なのが集まってきた際には、シロナさんのガブリアスが一掃してくれるので楽な事この上ない。

 この調子で数十分かけて立ちはだかる幽霊軍団を蹴散らして来てるんだが、見えていた部分の遺跡を越えた先は森になっていた様子で。ゲームではあのワープする遺跡までしか見られなかったから、ここからは俺としても知識は全く無いのが辛い点になる。

 ……で、だ。

 

 

「この森は抜けてしまいそうですね。そろそろの筈なんですが」

 

「もう少しで森は抜けるわよ……ほら!」

 

 

 幽霊と宵闇に溢れる木々の間を、話しながらしかしスピードは落とさず走り抜けた。走り抜けたところで俺達の前は急に視界が開け、広場のようなものが現れる。

 そこで立ち止まって広場全体を見渡すと、石畳が敷き詰められた如何にもといった儀式円。その中心には石の塔が建てられており……追加で思考すると、ここが俺達の目的地なのだろう。何故なら、「周囲に大勢の人が倒れている」からだ。

 俺はニドリーナとピジョンをボールへと戻して駆け寄ると、まずは意識や呼吸状態から確認する。

 

 

「制服を羽織っているので、倒れているのはみんな協会員でしょう。息はありますし、手持ちも全てボールに収まっていますので命までは別状ないです」

 

「今すぐ助けてあげたいところだけど……2人では限界があるわね」

 

 

 ならば大元を潰すのを優先したいのだ、が。

 

 

「……この惨状の元凶はどこなの?」

 

 

 未だそれは姿を現していないのだ。俺と背を向け合いながら、シロナさんは周囲の森や空を警戒しキョロキョロと見回す。それにつられてガブリアスも辺りを見回しているけれど、多分、シロナさんの思考としては……

 

「(サマヨールかフワライドがいる、と考えてるのかもな)」

 

 流石は未来のチャンピオンだけあって、普通なら正しい思考経路だと思う。ここまで俺達が大量に相手をしたフワンテとヨマワルの進化系2匹が中核を成しているというのであれば、この状況には説明が付け易いからな。そしてサマヨールやフワライドが相手であるのなら、確かに潜むのは森の中やら空中なのだから。……まぁ「普通なら、これで正しい」なんだけど。

 

 で、ここで。俺とシロナさんが「背を向け合っている」になっている理由をば。

 

 おさらいして……広場は円形で、周りを森が取り囲んでいる。シロナさんは森も警戒しているので、円からしてみれば外側を向いている形だ。となれば背中合わせの俺が向いているのは「円の中心の方向」となる。

 

 そう。石畳の円の中心には……石の塔。で、その中心にはこれまた――

 

 ――妙なヒビが入った石がはめられているので! そこから何か光が漏れ出してきてるし!!

 

 

「シロナさん。多分、来ますよ!」

 

「え? え、えぇぇぇ!?」

 

 

 シロナさんの肩を引っ張って中心を向かせると、光っている部分を指差す。シロナさんが声を上げると同時に緑光は周囲一帯へと溢れ出し、今度は石のほうから大音量!

 

 

 ――《《ユラーーッ!!》》

 

 

 俺達の耳にゆらーとの擬音を撒き散らして、石から「何か紫の物体」が飛び出した。つーかさ、

 

 

「いや『おんみょ~ん』じゃあないんだよな! そういえば!!」

 

 ――《ボボウン!》

 

「ピジョ!」「ギャウ!!」

 

「ひやぁ!? なにあれなにあれ!」

 

「ガブブゥ!?」

 

 

 とりあえず距離をとって、突っ込みを入れながら手持ちを繰り出す。しっかし、シロナさんは流石に女性。隣で可愛らしい悲鳴をあげ……てない。違う。興味全開で体をグイグイ乗り出しているコレは、悲鳴ではないな! 神話研究家の面目躍如な肝っ玉か!!

 

 ……さて。ビークールで。

 石の塔、ヒビの入った石、ゴースト、ついでにおんみょ~ん。つまり相手は、

 

「(ふういんポケモン、ミカルゲ!)」

 

 だったのだ。

 ミカルゲは500年封印されるほどの悪戯をしたという、魂108つが集まった割には煩悩煩悩したポケモン。更には、弱点が無いというオンリー特徴をヤミラミから奪い取ったポケモンでもある。あー……あとは、特性が『プレッシャー』。決して『ふしぎなまもり』じゃあないんだ!

 

 

「……そして、だな」

 

「アレを相手取るわよ、ショウ君!」

 

 

 テンション高く隣に並んだシロナさんを、俺は少しばかりの考察を続けながら横目で見る。纏まったところでそこから俺だけ1歩下がり、作戦を。

 

 

「シロナさんはアレの捕獲をお願いします。さっきの光で周囲にまたゴーストポケモンが集まってきてますから、俺はそちらを担当で」

 

「……確かに、見た事のない新種ポケモンだから捕獲したい所ね。でも、あたしが捕まえちゃって良いのかしら?」

 

「俺には捕獲用のメンバーがいませんし、適任でしょう」

 

 

 確かミカルゲは被捕獲率も低めだったはずだしなどと考えながらそう返すと、シロナさんはガブリアスをロゼリアへと交換した。……うし!

 

 

「それじゃ、幽霊ハントと行きますか!」

 

「ピジョオッ!」「ギャウウゥ!」

 

「ショウ君も無理はしないでね。……さぁロゼリア! 封じられるを良しとしてくれない荒御霊……絡めとり、鎮め、屈服させます!」

 

「リィアッ♪」

 

 

 すいませんシロナさん、そのノリにはなんかついていけないですがっ!

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 ―― Side シロナ

 

 

 時間は過ぎて夜も白む頃、ヨスガシティに存在するポケモンセンターの宿泊部屋の一つにて。住民の多くが避難したために、この部屋は彼女が1人で使うことが出来ていた。その彼女と共に戦いを行っていた少年に関しては既に、男部屋の区画にある一室で眠りに就いている。

 彼女は髪留めやら上着やらを外すとあたりへ投げ捨て、ランプの明かりの元で椅子に腰掛ける。そして少し疲れたような表情を浮かべたところで、手に持った受話器に向かって話しかけ始めた。

 

 

「―― 博士。何者なんですか『あの人』は」

 

『ウム。きみでもやはり、そう思ってしまったか』

 

「物腰が大人びているのは、良いでしょう。他と比べてみれば、まだ一般的範囲内と考えられる気がします」

 

 

 落ち着いていて、どこからか年に似合わないダウナーな雰囲気をかもし出していて、かといって年相応の悪戯っぽさも時折といわず頻繁に見せていた少年。そうまとめてみると、印象(インパクト)は存在するものの、印象(つかみどころ)はこちらに持たせてくれていないという事にも気付いてしまうのだが。

 

 

「ですが……『それしか普通ではない』というのは、ただ凄いと言い表すには収まりきりません」

 

 

 そう言いながら、手元のモンスターボールを見る。そこには今晩つかまえた新種のゴーストポケモンが入っているのだが、今のところ関心はそれを手伝ってくれた「彼」の方へと向いてしまっていた。

 

 

「あたしも旅の最初はそんなに違和感を感じませんでした。人と成りの概要は聞いていましたし、開発や研究に秀でているのも『彼が天才だから』で済ませてしまえば良かったからです」

 

 

 天才とは便利な言葉だな、と思う。少なくとも、クロガネまではそうだった筈だ。

 受話器を肩と耳で挟み込みつつ、モンスターボールは机に置く。そのまましゃがむと足元で広げられている自らのバッグの中を漁り出し、1つの手帳を取り出した(ただし漁った中身は外へと飛び出してしまっているのだが、放置される)。

 

 

「ですが今日一緒に戦ってみるに至って……正直あたしは、そうは考えられなくなりました」

 

 

 手帳をぱらぱらとめくりながら、帰ってきてから衝撃のままに急いで書き込んだ部分を開く。開いたところで、次いで彼女の師へと追求を開始した。

 

 

「ヨマワルに、フワンテ。カントーでの発見例はないようですが、彼は一発でゴーストポケモンだと見破っています」

 

『旅立つ前に結構な量の書物を読んでいたようだ。その中にあったのかも知れん』

 

「ゴーストポケモンの習性を見抜き、今回の騒動における原因及び対象の位置を素早く特定しています」

 

『洞察力も優れていたからな。その位は可能なのだろう』

 

「あたしよりも有効に、あたしの手持ちをも活かした戦いをしていました」

 

『彼は中規模集団における戦闘指揮経験もある』

 

「2匹同時に指示を行う戦闘を、難なくこなしていました」

 

『勿論、戦闘訓練も熱心に取り組んでいる』

 

 

 打てば返る返答。1つだけ溜息をつき、最後に、技術だの知識だのといったものよりも遥かに印象に残ってしまった点を挙げることにする。

 

 

「……なにより。睨まれれば大人でも、あたしでも多少は竦んでしまっていたヨマワルの視線の中で。さらには新種ゴーストポケモンの凄まじいプレッシャーの中で……彼だけが誰よりも冷静に、そして普通に立ち回っていました」

 

 

 これはヨマワルの持つ特徴の1つで、大概は慣れていた筈の彼女自身でさえ簡単には防ぐこと叶わなかった。その結果として戦闘時……協会員は明らかに中心の塔を囲んで倒れていたというのに……周囲のヨマワルの方が気になってしまっていて。そのせいで森側からの進化形態出現を警戒していた所を、少年はあっさりと見破った。むしろ始めから塔の方を警戒していた気すらするのだ。

 この問いには博士も、間を置いてから返答する。

 

 

『……そういう気質なのだ』

 

 

 既に彼の年齢が会話に出されない辺り、博士自身も理解しているのだろう。自身の返答している内容すらも彼女の指摘通りだという事に。

 

 

『今年の初めからだな。彼は自身が楽しむため、などと言っていたが』

 

「あれは才覚と言ってしまって良いものなのでしょうか」

 

『わからん。だが……』

 

 

 一息置いて、告げる。

 

 

『そこからきみに生まれ出た感情は、まったく別のものだったのではないか?』

 

 

 博士からの指摘に、彼女は思わず笑みを浮かべた。

 ……そうだ。嬉しくて、ワクワクして、楽しみで仕方ないのだ。持て余して、眠れず、疲れてしまう程。

 

 

「……あたしもポケモントレーナーですから。今は勝っているのがトレーナーとしての年季だけだとしても、むしろ挑みがいがあるというものです」

 

 

 この台詞をかの少年が聞いたならば、とても困った顔をするのだろう。「というかまず手持ち数やレベルで、全くといって良い程勝ってないんですけど!」などと言うであろうとの予測もつくのだが、それは置いておくとして。

 ……そういえば、このレベルという概念自体もまた少年の発案だと言うことを両者共に思い出してしまうのだがこれも置いておき、ついでに思考を本筋へと戻す。

 

 

「ある意味では、彼がこの気持ちを思い出させてくれたという事ですね。感謝しなくては」

 

『ウム! このわたしですらそうだったのだからな!』

 

 

 この気持ちをこそ「期待」と言ってしまっても良いものなのかが、目下最大の悩みどころなのである。

 

 

「ふふ! これも一種のカリスマなのでしょうか?」

 

『いや。才覚やらカリスマやらというのならば、きみも全く負けてはいないと思うのだがな……』

 

 

 そうして師弟の朝は、新たな楽しみの発見と共に何とも喜ばしく。しかし寝不足を伴った形で迎えられるのであった。

 

 






 主人公を傍(はた)から見さえすれば、こんな感じかと。多少なりともポケモンが使える方々なら、尚更。これは転生様様なのですが。

 あと、ヨマワルについては図鑑説明文から。大人でもだそうです。
 ……しかしそんなポケモンにも関わらず、ヨマワルを模したライトを真っ暗なジム中に置きまくっていたのが、ヨスガシティジムリーダーのメリッサさん。彼女は嗜虐趣味なのでしょうか。
 
 ……いえ。ゴーストポケモンが好きなだけなんでしょうね。ええ。恐らくは。

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