シンオウ地方に来てから、既に3週間が過ぎた。
あの後シキミとも別れ、スズラン島からナギサシティへと戻ってきた俺は、未だ時間があったために先にリッシ湖で修行してみたりしていた。
……で。この後にはシロナさんに付いてキッサキシティまで行く予定なので、ナギサシティまで戻ってきた訳なのだが。
「なーんでこんな事になってるんだろうな」
「暴れ舞いなさいっ、ガブリアス!」
「こいつが! オレの、相棒だッ!!」
シンオウ地方は北の大地の東端にある街、ナギサシティ。未だソーラーパネル改造はされていないが、ゲームと同じく立体的な歩道が敷かれている街だ。そんな街の南側に建つシルベの灯台の脇に座り込み、下でポケモン勝負を繰り広げる2人の様子を見守っている。どうやら2人共今年の地方リーグに挑戦するようで、前哨戦をしようという流れになっていたらしい。
……あ、デンジがオクタン出して仕掛けるみたいだな。
「オクタン! オクタンほう!」
「まずは、穴を掘る!」
かの有名な電気ポケモン使い、デンジ。オクタンとかエテボースは、どうやらポケモントレーナーとしての手持ちの様で。となれば案外、今の手持ちは属性の偏っていないものなのかもしれないな。そんなんなら、
「……ガブリアスさえ抜けば、かなり良い勝負が出来るんじゃあないのかね、これ」
こうして灯台の横から見下ろしている形だと、2人のトレーナーとしての力量がよく判る。シロナさんは勿論のこと、ガブリアスをエースと見て『オクタンほう』で命中低下にかかったデンジも良い判断だとは思う。使い勝手は、ともかく。
「レベルは拮抗しているみたいだし。ん、これは……」
「ふん。お前、この勝負はどう見るか」
「……え。俺、です、か。はい。俺に言ったみたいですね」
「そうだが」
現在、勝負をしている2人の周囲には沢山の見物人が集まっている。歩道の上やら建物の中やら道端やら灯台の中やらだ。そんな中、1人で高台にある灯台の脇から勝負を見下ろしている俺へ、後ろから声をかけてきた人物がいたようだ。
「何故俺に聞きますか」
「バトルをしている女のほうと、先程話をしているのを見たからな」
「いや、だから」
「……」
「あー、はいはい。了解です。俺の見立てでよければですよ!」
無言の威圧感強えぇ!
……と。この類の威圧感はなんだか見に覚えがあるなぁと考えつつも体を斜めに向け、俺に話しかけた人を視界に捕らえながら思考を展開させる。
「俺は2人の手持ちを知りません。ですので勝敗までは無理ですが……」
目の端に映る、逆立った青い髪の男。見た目からの印象としては、けっこう老けている感じを受けた。失礼だけど。
「俺の読みでは、少なくとも中盤から終盤手前までにかけてはデンジさん有利に展開されると思います」
「……デンジか」
「はい。お知り合いで?」
「いや、あいつはこの街では有名な人物。わたしからの一方的なものだ」
「さいですか」
この街では有名な、という発言からして、この人は少なくとも街の事を知っているんだろうな。住んでいたとか。住んで……
……うわあ、この人の正体にピンときちゃったよ。
しかしその事は表情に出さず、考察を続ける。
「まぁ、続けまして。読みの理由としては、単純に作戦の違いからです。デンジさんは搦め手も上手い印象を受けました。女の人の方は攻撃範囲が広く指示はアグレッシブで、タイプ相性で有利でもあるでしょう。ですが、女の人の方は今戦っているのがエースなんです」
「なるほど。あの女のエースは、今出している鮫のようなポケモンだと言うことか」
「だと思います。今のトレーナーは1体の『頼りにしたい』主力を用意している人が殆どですからね。エースを潰しきれば連勝できるような手持ちは……あ、デンジさんのタコみたいなポケモンがやられましたか」
俺たちの目の前で、戦況は変わり続ける。これでシロナさんがガブリアスを引っ込めるかどうか……お。やっぱり変えるみたいだな。
「これで逆に、デンジさんがエースとの再戦までにどれだけ手持ちを残せるか、となりました」
「変化技を受けたために『引っ込めなければならなくなった』と言う事か。これで終盤はあのエースと、デンジの残り手持ちとの対決になるだろう……となれば」
「今度はデンジさんにもエースがいますからね。複数体を倒すことの出来る主力が1体しかいないとすれば、傷ついたエースで数匹を『相手取らなければならなくなった』のは女の人の方、ということです。読み合いがデンジさん主体で動くことでしょう。これは、流れだけならデンジさん優勢ですよね?」
最後のだけは半身の体勢ではなく、目の前の男……アカギを正面に捕らえてから言葉をかける。
アカギは ―― ただし倍プッシュではなく ―― DPPtで「ギンガ団」の首領をしていた、ここナギサシティ出身の男。新しいエネルギーだとか宇宙だとか言いつつ、組織を使って「新しい世界」を創ろうなんていう壮大な計画をたてていた男でもある。うん、壮大すぎるけど!
「なかなかの推理だな」
「いえいえ。手持ちを残せなければ、結局はデンジさん不利ですからね」
それに、俺としては本当は手持ちも知っているしな。「手持ちを知らない体(てい)」で推理をするなら、これでも良いのかも知れないけれど。
……うん。最後は互いにエースである「エレブー系統とガブリアス」の対決になってしまうんだろうな! 実はシロナさん有利だろ!!
との予測もしてあるので。流石に今からリーグに挑戦しようという2人の手持ちを知っているのは不自然すぎるから言わないし、考察も一般的なものにしたけどな。
そんな思考を繰り広げる俺の横でアカギは自らのポケットを漁り、取り出したものをこちらへと、って、危ないな。投げてよこすのか。で、その手元に上手く収めることが出来た物体をまじまじと観察してみる事にする。
「着火製品のライターっぽい形をした、親指大の樹脂製品。ですがライターという訳ではなく……大容量記憶媒体ですかね」
「それは七面倒な解説の礼だ。受け取りたまえ」
「中身は?」
「ロトムというポケモンのデータになる」
ロトムっていうと、ハクタイの森にあるホラースポット「森の洋館」で出てくるゴーストポケモンだな。そういえばギンガ団で研究されていたっていう描写があったような気もする。でも、何故俺に?
「あの女……最近話題のポケモン神話の研究家だろう。その女との話の内容からしても、お前は研究者だと思ったのだが。違うか?」
「まぁ、そうですが。いえ、そうなんですよ」
「ならそれを持っておけ。新種として登録できるだけのデータを揃えてある」
「でも、データ元に根拠がなくちゃいけないんで」
「我が組織、ギンガ団が調べたのだ。その内に登録も出来るようになるだろう」
「あー、そういえばチラシとか見ましたよ。ギンガ団。うーん……じゃあひとまずは個人的に保管しておきます」
普通の研究者なら信じない所なんだろうけど……俺はロトムというポケモンが存在するのを知ってしまっているからなぁ。それに組織として名前が売れてくれば、研究者の名義次第では登録も出来るかもしれない。本当に登録できるだけのデータが揃っているのなら、実測しなくても済むというのは大きいんだ。なら、持っておくだけ持っておいても損はないと思うし。
因みに、ギンガ団は名目上は新エネルギー開発だとか宇宙開発だとかを行う企業となっているらしいので、組織としての存在を隠す必要がない様だ。さっき言った通り宣伝とかもしてるし、今のところポケモンを奪ったりはしていない様だし。
あとついでに、今の発言で目の前の人物はアカギだと確定したと考えて良いと思う。「我が組織」とかな。そう思いつつ思考をまとめ、まずはお礼を返しておきたい場面か。
「どうもありがとうございま……って。もうどっか行くんですか?」
俺が礼を言うと同時かその位で、目の前のアカギは未だ観戦している人の多い歩道の方へと歩き去って行こうとした。俺の呼びかけに立ち止まって背を向けたまま、顔だけで振り向き、
「今日は成人の記念に少し、街並みや旧知の顔を見に来ただけだ。もう用事は済んだのでな。それに――」
「それに?」
「そのデータはわたしにとっても思い入れのあるものだ。上手く役立ててくれたまえ」
「オーケーです。その子……ロトム、ですか? あなたの昔の手持ちとかですかね」
「……いや、そういったものではないな」
アカギは何かの感慨を振り去るように、そう言い放つ。まぁ、貰えるんならありがたいな。ウイルスのチェックとかは厳重にかけるけど。
「はい、ではもう1度。ありがとうございました」
「……ふ」
言い直した礼に……なんかアカギには変な顔されたな、今。でもってその後に微妙に笑みを浮かべると、こちらへと体を向き直した。
「……そうだな。一方的に聞いたのでは不公平だ。最後にわたしの予想を言っておくとしよう」
そう言うと振り向いた顔を、しかし正面には戻さず。今度は少しだけ横へと向けて、未だ戦っているデンジとシロナさんの方向を向いている。
「この勝負、確かに流れとしてはお前の予想が当たるだろう。が、アイツではあの女には勝てん。『そういう』奴だからな」
「……ふーん、とだけ返しておきます」
「ふ。では失礼する」
最後に俺へとそう告げるとそのまま腕を後ろに組んで、今度こそバトルを観戦している人ごみの中へと消え去っていってしまった。
「……アカギ、ね」
色々とアレなので予防的にあの人関連の突っ込みは自重し、アカギが立ち去って見えなくなった頃。手元にある記憶媒体のプレゼントを見つめながら、この遭遇について考えてしまう。
何を思ってロトムのデータを俺にくれたのかは、分からない。デンジとは知り合いっぽい感じだったけど、結局は確定しない。そもそもギンガ団ってこの頃からゲームの様な活動を計画してたのかなーとか思うが、これについても分からない。分からないだらけだ。
「(とはいっても、収穫がなかったわけじゃあないけどな)」
勿論収穫はあった。なんとも役に立たないが、多分恐らく非常に大切かもしれない情報だ。
記憶媒体を四次元バッグの中に放り込んだ後に、それを思わず口に出してしまう程度には。
……アカギってさ。「今日成人」とか言ってたよな。
「今、あの貫禄で二十歳なのかよっ!」
そういえばゲーム時でも27才だったしな!
年が若いとか国際警察に言われてけど、確かに納得だわ!!
あぁ、因みに。デンジとシロナさんの勝負に関しては、やっぱりシロナさん勝利だったようで。
アカギさん、20才。
世界を創るとか言いたいお年頃なんですね、きっと。
……多分。
ついでに、電気使い()状態だったデンジさんの手持ちについて多少のフォローを入れてしまいました。Ptでのみ、彼の電気な手持ちを見ることが出来ますね。DPではよくよく
(ラスト1匹で)
こいつが! 俺の! 切り札ッ!
↓
オクタン(水)or
エテボース(ノーマル)
となっていた彼も、エレキブルと10万ボルト大好きな電気使いとして覚醒しておりますので。繰り返しますが、少なくともジムリーダーでは電気ポケモン使いです。
ただしその後、イッシュ四天王に「10万ボルトって知ってる?」などと迷言(まよいごと)を言いながら挑んだ彼は、電気ポケモンが大好きなんでしょう。よっぽど。ゲーム中ではチャージビーム大好きでしたが。
因みに作中で「エース」云々と語っていますが、これはジム戦での一番レベルが高いの~などというヤツではなく、また、通信対戦等の環境における話でもありません。シナリオプレイ中……いわば冒険中のお話です。
誰でも経験があるかとは思うのですが、ゲームのシナリオ部分の手持ちで1匹は「とりあえず頼りたい」1匹がいると思うのです(大体は御三家になるかと)。
……えぇ。持ってるアイテムがお守り小判になったり、低レベル育成中に交換出しされたり、学習装置で寄生されたりする彼・彼女です。この一匹を便宜上「エース」として語っております。
そんな1匹は大方が……これは少し語弊はありますが……「抜き性能」があるものだと思います。特に御三家なんかは覚える技のバランスがとられていますからね。それが傷ついているなら、また、正体等が知られているなら後半の削りあいでは不利になるということを言っているのでした。
……はい。分かり難くて申し訳ありません。