ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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Θ52 夏休みの終わりに

 

 1993年の夏休みも終わりを迎えた頃。

 俺は何とか訓練の日々を終え、カントー地方に帰って来た。

 

 

「えーと、コイツだ」

 

「……えぇ、確かに。それでは」

 

「元気でやれよ? これからお前の御主人になるやつは、まぁ、悪いやつじゃあないってのは保障しとくぞー」

 

 

 マサラタウンの研究所にてオーキド・ナナカマドの両博士に見守られながら、声をかけたモンスターボールを自らのトレーナーツールに乗せる。

 

 

「……貴方の、新しいトレーナーは。とっても面倒な人だから、気をつけるのよ」

 

 

 俺の横に立つゴスロリ/ドロワーズ/インバネスの人物も……いや、ミィなんだが……反撃の「口撃」と共に、取り出したモンスターボールをツールに乗せた。

 

 さて。ただいま俺が何をやっているかというと、実はトレーナー機器を通しての交換機能を試運転中なのである。

 俺が交換に出すのは、ホウエン地方にてシルフスコープの試運転を兼ねて捕獲してきたカクレオンというポケモン。ミィから送られてくるのは、この時代でも捕獲が中々に難しいメタモンだ。

 互いの手元に一旦はデータ化されたモンスターボールが出てきて……

 

 

「これで、交換は完了よ。……いらっしゃい、カクレオン」

 

「っし、これからよろしくな! メタモン!」

 

「ふむ、これは革新的じゃな! こうしてトレーナー同士のみで交換が出来るようになれば、より多くのポケモン達と出会うことが出来るじゃろう!」

 

「ウム! 今はポケモンセンターでしか交換できぬからな!」

 

「あー、とはいえ、ID保存機能やら手持ち登録の変更やらは非常に面倒な機能ですからねぇ。今回の試運転は、俺達の特権をフル活用して初めて実現したようなモンです」

 

「それに、私とショウのツールはオーダーメイド品。これを一般トレーナー全員に行き渡らせるには、まだまだ時間が必要なの」

 

「……うぅむ。そう甘くは無いという事かの」

 

 

 思惑が外れて、顎に手を添えるオーキド博士。……そういえばポケモンセンターを使わない通信が出来るのは、第五世代くらいか。かなり先の話だよなぁ。

 

 

「なんてまぁ、そんな事はどうでも良くてですね」

 

「ウムゥ?」

 

「目下最大の問題は、コレです」

 

 

 無駄ではないがしかし本筋ではない会話を切り、メタモンの収まったボールを腰につけ、抱えたモニタに表示されたとある場所を指差す。現在地マサラタウンから南下した位置にある火山島……グレン島だ。

 

 

「おぉ、そうじゃそうじゃ。この辺りの野生のポケモンが、今年の初め辺りから逃げ出しているという事じゃったの」

 

「ウム。そしてその原因こそ……」

 

「……私の、所属するシルフの班員が。こちらの画像データ撮影に成功しています」

 

 

 ミィが1枚の写真を取り出し、博士達に見せた。

 そこには、シリンジの中で鎖に繋がれたポケモンが写し出されている。

 

 

「ふむ? ミュウ……の、面影がある」

 

「ミュウツーと言うそうです」

 

「……ミュウから創られ、戦闘能力を強化されたポケモンか」

 

 

 いや、実は戦闘意欲も強化されているらしいんだけどな。

 ……けど、ところで博士。その視線は何ですか。

 

 

「成程の。ショウ、お主が修行に行っておったのはこれが理由じゃろう?」

 

「えー、いやー……どーでしょうかね」

 

「そんなに分かりやすく目を逸らすな。性格上オマエの場合、『分かり易い』はブラフの可能性が高いからな。逆に疑うぞ」

 

「こんな状況でも変わらんのう、ショウは……」

 

 

 おー、見事に呆れられてるな、俺。多分だけど。

 博士2人はそんな俺から視線を移し、隣に立つゴスロリにも尋ねる。

 

 

「君……ミィちゃんだったか。君も手伝うつもりだな」

 

「えぇ、そう」

 

 

 素っ気無い返答だが、しっかりとした意思と共に応えるミィ。オーラも気のせいか増し増しだ。

 と、そんな答えを得た後。オーキド博士とナナカマド博士は同時に溜息をつき、疲れた様子で話を続けた。

 

 

「……協会にシルフめ。大人どもが何をやっとるのか」

 

「協会はともかく、シルフは動けないのかね? ミィ」

 

「……というか、御免なさい。私が1番の戦力ですので」

 

「「……」」

 

 

 そして同時に、頭を抱える。擬音語じゃあないけど、この様子には「おおう……」との音を付けておきたいな。ピッタリだろうし。

 さて、と。

 

 

「んじゃ、とりあえず作戦を発表しますが……初めは何ていうことはありません。グレン島のポケモンラボからコールがあれば、俺とミィで屋敷に突撃します」

 

「本格的な立案は、私達が帰ってきてから」

 

「万が一そのポケモンが逃げ出した場合には、その場でグレン島のポケモンセンターを介して各町へとレポートと通信を回しておいてですね」

 

「そこまですれば、流石の協会も一部が動き出すと思うわ。……あとは、」

 

「俺達と個人的に親交のあるジムリーダー達やトレーナー達にも連絡を回しますから。少なくとも予想される『野生ポケモン達の大逃走に伴う混乱』については、何とかなるでしょう」

 

「……ふぅむ。それでは最前線にいるであろうお主らの所へ戦力が回らなくなるじゃろう?」

 

「いえ、俺達もずっと最前線にいられる訳ではないと思いますよ。本気で移動された速度には追いつけないでしょうから、その度に補給やら回復やらを詰め込みます」

 

「私達が、予想される逃走経路への誘導も試みるわ。そうなれば、戦力を最小限に集中させられる予定」

 

「ならワシらが、」

 

「―― いいえ。博士達には、協会へと発破をかけてもらいます」

 

「これは、私達には出来ない仕事。それに足止めをしていてもらわないと、追いつけるものも追いつけないの」

 

「……ウム、ゥ」

 

 

 ここまでやり取りを繰り返した所で、研究室には静寂が満ちる。オーキド博士もナナカマド博士も、心配してくれているのだろう。ただ、この場合は俺たちが動くしかないと思う。そのために修行もしてきたのだ。

 

 

「心配しないで下さい……とは、言っておきますよ。一応は」

 

「……、……」

 

 

 まぁ、感謝の気持ちと共に「心配しないで」ってのは無理だろうとも思うんだけどな。有難い事に。

 ……あー、

 

 

「とはいえ、直ぐに発つ訳じゃあないですから。今は班員に預けてあるクチートとプリンについても、あと数日は練習もしておきたいです」

 

「ム? クチートは分かるが、プリンもか?」

 

「はい。俺のトコの班員が、すこーしばかりプリンに研究を手伝って欲しいらしいんで」

 

 

 ただし特訓のほうには支障でないように、とのお達しはしてあるので問題は無い。

 でもってここで、暫く思案顔だった博士の表情が(主に諦めの表情へと)変わる。またも溜息をつき、

 

 

「……ハァ。どうやらお主らに任すのが得策な様子じゃの」

 

「……ウムゥ。我々も出来る限りの援助はするが……」

 

「えぇ、お願いします。私達は私達で、出来る事を行うだけですので」

 

 

 未だ、尽きぬ心配の視線を俺達へと送る博士達。そんな博士達へと、精一杯の笑顔でもって返すミィ。

 ……状況的にもヒト的にも、何気にレアな組み合わせだなぁこれは。どうでも良いけど。

 

 

「しかし、ショウ。お前の実力を疑っている訳ではないが、これは大変な事態なのだ」

 

「辺りのポケモンが逃げ出す、なんてのは過去の伝承くらいにしか残っておらん事態じゃぞ?」

 

「あー……やばくなったら、流石に逃げますんで」

 

「そう、ね。むしろ、逃走速度にこそ自信があるの」

 

「ウム。それだけは心得ておくといい」

 

 

 お、やっとのことで博士の笑顔が見れたな。いやぁ……笑顔ばっかりでも困るけど、見れないのもそれはそれで、なんだかなぁとか思ってたから。

 なんて無駄に考えていると、オーキド博士の表情は「あっ」と何か忘れているものを思い出したようなソレへと変わる。

 

 

「おぉ、そうじゃ。おぬし等が発つ日にちは決まっておるのか?」

 

「はい。一応は決まっています」

 

「ウム、突入の日にちか」

 

「そーですねー、と。これです」

 

 

 言われて、バッグから日程の書きこまれた1枚の紙を取り出す。

 原作を知っている俺達からすればミュウツーが脱走する日は分かっているんだが、とりあえずは屋敷の地下に突入する日としているその部分に、これみよがしに赤い丸が付けてあってだな。

 

 

「ふむ。9月……」

 

「……1日か」

 

「そですね。つまり、決戦は……」

 

「9月の、1日。開戦よ」

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 研究所から出て、どこぞへと足を向ける。

 化石ポケモン達の研究も進んだし、図鑑も殆ど完成していている時期だ。俺個人としての秋に控えた研究発表の資料も出来ているためか、今日はいつもよりもかなり早くひける事が出来た。

 そんで時間が出来た俺は何をしているかというと、久しぶりにマサラの街中を散歩してみていたりする。因みに目的地はいつものマサラタウン郊外の高台だ。

 

 

「……マサラタウン、良い町だよなぁ」

 

 

 郊外まで続く土の踏み固められた道を歩きながら、湿った夏夜の空気を吸い込む。香るのはこの先に続く草原から吹く風に乗る、若草の敷き詰められた香り。あと、さらに先に望む事の出来る海を渡ってきた、塩気を含んだ香りも。なんとも田舎というべきか。

 

 

「……まぁ、住んでいる町だし。田舎ではあるけど」

 

 

 俺がタマムシからマサラへと越してきて、既に2年程が経過している。この町が嫌ならトキワシティにでも引っ越せば良い訳で……かといって、俺はタマムシシティも嫌いじゃあないけどな。住めば都、なんてのとは違う気がするし。

 

 

「……そういえば、タマムシシティとかヤマブキシティは都って言っても良い規模だよな。となれば、住まなくても都か」

 

 

 そういえば、無駄な思考を繰り広げているのは郊外の高台を登っているのが理由だ。

 ……いや、いつも通りにどうでも良いんだけどな。ひじょーに。

 

 

「まっさらだから、マサラタウン。だからといって更地じゃあないけどー……っと……うん。この丘はいつも通り、綺麗に海が見える」

 

 

 丘を越えると、グレン島へと続く海が姿を現す。夜の海って言えばこの通り底なしに黒いものだけど、俺が今更そんな部分を気にする訳はない。それどころかむしろ、明度が低い事もあってか、月明かりに照らされた海は綺麗だし。

 ……なんて、こんな風に自らの状況を振り返り、感慨深げに思う。これは、うーん。何故かこの景色を見ておきたいと思ってしまった事を含めて、緊張しているという事なんだろう。

 

 

「思考もこんなだし、相手が相手だっつー事か。納得納得」

 

 

 来週初めには、9月の1日がやってくる。その日のために今まで特訓を積んできた。

 

 でも、

 

 ――特訓の成果を発揮し切れるのか、そもそも俺が関わって良いのか、確実に勝てる見込みがあるわけでもなく、かといって当然その可否を直ぐには試せず、だからこそ不安で。

 

 でもでも、

 

 

「……あー、自分に自信が無いわけでもない……ってな」

 

 

 勿論俺に自信があるのではなく、「与えてもらう事ができている」のだ。

 ポケットとの名を冠してはいるがポケットには入らず、俺の腰についているボールに収まっている仲間(モンスター)達が。

 こちらに来てから出逢った、様々な人達が。

 こちらに生まれてから積んできた、9年間の経験が。

 

 そして、俺自身も。

 自らを肯定するのに、内が見えなければ外を使えば良い。

 ここへ都合よくバイアスをかけた拡大解釈をすれば、俺を形作るのは世界でも良い、となる。

 

 ……まぁ、普通はこんな面倒な事に悩まなくて済むはずなんだけどな。

 

 

「はぁ、まったく。こりゃまた非常に面倒な事で」

 

 

 偶にはこんな、柄にも無い悩みを持ってみても悪くはあるまい。

 

 ……なにせ……

 

 

「……家に帰ったらゴスロリ & 緑姉弟ってな、異色(ゆめ)の組み合わせを相手にしなきゃあならないからな!」

 

 

 アイツよりにもよって居候先に泊まるらしいし、だからもう少し逃げ場(ここ)に居させてください!

 

 ……いやせめて、ゴスロリ vs 緑姉(カチューシャ)になっていないことだけでも祈らせてくれればこれ幸いっ!!

 

 






 夜に外へと、よくよく出歩く9歳児。
 しかも自ら人気の無い場所へと、好んで出向きます。
 郊外が大好きなのですね。

 また、マサラタウン郊外のイメージはあのモンジャラやらが出てくる場所なのでしたという次第。


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