―― ……、
―― …ー、
―― ジー、
―― ジー、
吐き出され、印刷され続け、床へと積み重なるコピー用紙。
個人の日記であり、とあるポケモンが強すぎて手に負えない、との内容らしい。
――《ビー、ビー、》
――《ビー、ビー!》
警報が鳴り響くは、グレン島の地下にある研究所。
最近は非常に多くのポケモンが出入りしているために近所からはポケモン屋敷と呼ばれている豪華な屋敷の、その地下にある研究施設。そんなポケモン達が出入りしているのは遺伝子実験を行うためだという事実を知る人間は、少ない。
ただし、今。
集められていたそれらの多くは、炎に焼かれてしまった。
――《ビー、ビー、》
――《ビー、ビー!》
「消火班急げ!」
「ダメだ! 炎の回りが早すぎる!」
「クソッ、これもアイツがやってるのか!?」
走り回る黒服の団員。
しかし、その中にあって動かないスーツの男が、マフラーを巻いている幹部に向かって口を開く。
「……撤退だ」
「サカキ様っ!?」
「ランス、同じ事は言わん。自分の手持ちはボールに戻せ。実験用のポケモン達も出来る限り回収するが……団員の命には代えられん。長くとも30分以内に撤退だ。無理はするな」
「は、はい!」
「本部へ戻るぞ。わたしも、やる事がある」
ランスと呼ばれた男が奥へと走り去り、部下へと指示を伝える。
指示を出したスーツの男は、落ちたエレベーターから夜空を見上げ……次いで自らの後ろでしゃがみ込む、1人の男をその眼に捕らえた。
「……行くぞフジ博士。丁度良くエレベータが落ちた。ここから天井を破り外へと出る」
「……」
「貴方には移動手段が無いはずだ。ミュウツーはたった今起動させた隔壁によって少なくとも1日は封じ込めておく事ができるだろう。だが、その後は無理だ。わたし達ロケット団は引かせてもらう」
「……」
「……ふむ。ならばそのまま焼け死ぬか? 夢に溺れた老人が」
「わたし、は……」
白衣が焼けたその男は、答えを返すことが出来ていない。腕の中には……広範囲の皮膚がただれ落ち、熱傷を負い、身体は動かず、息をしていない、、、、が抱えられていた。
「わたし達組織の目標は既に達した。残ったのは、お前の問題だ」
「わたし、は……」
―― ワァァアアッ!
火を消すのは街の人に任せるつもりなのだろう。団員達はポケモンの回収、それのみに走り回る。
そしてこの場において走り回らず、座り込んだ研究者。
その目前にも、腕の中にも。
夢を見た遺伝子学者に絶望をもたらすには、十分過ぎたのだ。
「……チッ」
スーツの男が舌打ちの後に懐から1本の紐を出すと、未だ呆けている男を縛りつける。
「! 待、わ、わたしは……!」
「面倒だ」
そしてなにやらスイッチを押すと、縛られた男が消え失せた。
「……ふん」
スーツの男の視界には、熱がこもって暑苦しい中、団員が動き回っているのが見えている。炎が広がった機械からは、何のデータかはスーツの男には知れないが、コピーされた紙束が吐き出され続ける。
元よりアレを捕らえようとは思っていなかった。アレを制御する事ができればもうけもの、といった感覚。なにせ最強のポケモンを創るなどと言い出したのは、あの研究者の方だ。
だが、この現状を見るに……
「少し、興味は出た」
少し、そう ―― 少しだけ。
自らの組織が作り出した防護壁をも容易く打ち破って見せたあのポケモンは、どのくらい強いものか、と。
「……ついでだ。行くか」
《ボウン!》
「ガルガルゥ!」
スーツのポケットに手を突っ込み自らのポケモンの背に乗ると、破られた天井から飛び上がり、外へと出る。
屋敷の裏でポケモンをボールへ戻し、街の人々が煙に気付いて騒ぎ出したグレンタウンの街中を、違和感を感じさせずに歩き続ける。
「……ふ、」
夜空と同じ黒のスーツに、Rのマークをつけた男。
その口の端から無意識に、笑みがこぼれ出た。