湿った風の吹く夜の海上を、オート運転の船と光るエスパーポケモン2体が交差しながら突き進む。
なんだか雨でも降ってきそうな雲だがしかし、雨よりも風よりも、目の前に浮かんでいるポケモンの相手をする事こそが最優先事項であろう。
「……ミュー」
《ォ、ン!》
――《グワァァンッ!!》
「ミュッ!?」
「ミュウ! ……まだ行けるか!?」
「ュ、ミュ……ミュゥ!!」
「うし、もう少しでふたご島だ! そこまでは耐えてくれ! ……ピジョン、あやしいかぜ!!」
「ピ、ピジョ!」
《ヒュォォンッ!》
「……! ミュー……」
《ヒィ》――《シュワワンッ!!》
「……うっわ。向こうは『じこさいせい』か。リアルにゲームみたいだ、ぞ! っと!」
ピジョンが『ねっぷう』と同時にミュウツー対策として習得してきた、『あやしいかぜ』。ミュウツー相手では3回しか使えないが、ゴーストタイプの技であるため、エスパーには効果抜群だ。
……しかし必死の思いで与えたダメージもミュウツーにかかっては、HPを半分回復する技『じこさいせい』によって片っ端から回復されていってしまうという、無限ループなのである。
なんて言ってるうちに、また来るし!!
「ミュー」
《ヒィ》――
「なんとも御無体な……ミュウ! すまないが受けてくれ、『まもる』だ!」
「ン、ミュー!!」
《《グワシャァンッ!!》》
「っく! ……あっぶねぇ!!」
船もその余波を受けつつ、……うし。やっとふたご島に着岸出来そうな位置まで来れた!
なにせ、ふたご島につきさえすればニドクインも戦闘に参加させることができるからな。流石にミュウツー相手じゃあ2対1の数が有利な状況でも、キツいものがあるんで。
そう考え、……まずは島に着地しておくべきか。
「船はオートで向こう岸に周回しておいて……よっと! うっし、頼んだニドクイン!」
《ボウン!》
「とりあえず冷凍ビームで!!」
「ギャウ!」コクン
「そんでピジョンは一旦戻ってくれ!」
「ピィ、ジョ!!」
言いつつ、高速でUターンして来てくれたピジョンはボールに戻す。これで、ミュウとピジョンを回復させるだけの時間は稼げるか。ならミュウも一旦戻して……
―― 、
「(ん?)」
なんて風に考えていた矢先。後ろから足音と共に人の気配を感じ、慌てて振り向いてみる事にする。……って、おお。このお人は、
「お困りね? アナタ。確かに相手も強いみたいだけれど」
「……いえ、」
後ろの砂浜に開いた洞窟の入口から、1人の女性が姿を現していた。この人は以前もこの島で出合ったことのある、
「……あー……カンナさん、何故ここにいらっしゃるので?」
「わたしの事を知ってくれているのは光栄ね。ここはわたしの修行場所なのよ。最近はこの辺りのポケモン達が怯えているから、定期的にパトロールしていたの」
カンナさんの御光臨であった!
そんなカンナさんは腕を組みつつこちらへと近寄ってきて、俺を上から覗き込む。
「……それよりも、アナタみたいな女の子が今の時期にこんな孤島まで来るから何をしているかと思えば……」
「……」
「アナタ。今はこの、四天王カンナの手助けが必要じゃないかしら?」
こちらへと手を差し出してくれるカンナさん。だが……さて。そんなことよりまずは、違和感にお気づきだろうか。
―― 会ったことがあるのに、この話し様。
―― ついでに台詞中の「女の子」発言。
「手伝ってくれるなら『あたし』としては、非常にありがたいのですが。……本当に? 相手はアレですよ?」
「この島を荒らされるのは本意ではないわ。それに、もうすぐ嵐が来そうな風だし……今はただ、わたしだけに出来る事……アナタを助けるとしましょう。ね?」
……スイマセン。
―― カンナさんの凄い良い台詞を(脳内では)ぶち壊して申し訳ないんですが、俺は只今、女装中なのでしたっ!!
いや、だってさ。対ミュウツーにおいてはミュウが1番の戦力であるため、変装が使えないんだ。となれば、俺はこないだミィと交換したメタモンに頼るしかない訳なんだが……メタモンは交換したばかりにつきバリエーションが少ないのだ。そこで、ミュウが『へんしん』した女装セットを目の前に、メタモンを『へんしん』させたという次第。
(『へんしん』した相手に『へんしん』するのも、無機物相手ならどうにかなるみたいだったんで)
「(いやいや。普通は変装のレパートリーなんてそんなに持たないからな! あのゴスロリ幼馴染は別だけどっ!!)」
急場での変装だったんで、これしかちゃんとしたのを用意できなかったんだよ。
……愚策過ぎるけど! でもってこんな場所で人と逢うのも想定外っ!!
まぁ、それはいいか。対ロケット団のボス遭遇で変装をしたんだし、いつかのオツキミ山事変での事もあるから、このチョイスも間違いではあるまいと信じたい。
…………ついでに言えば、最近は女装頻度が上がっているために感覚が麻痺しているだなんていう指摘は、心苦しくも甘んじて受けるしかないなぁ。客観的に。
なんて、まぁ俺の女装はどうでもいいんだ。残念な事に慣れてしまったからな。
ここでカンナさんが助力してくれるとの申し出こそが今は重要だろう。申し出自体はありがたいし、断って負けてしまっては元も子もない。ここは素直に、力を借りたい場面か。
「……なら、お願いしますカンナさん。ミュウ、戻って!」
「……ミュー!!」
「その頼み、引き受けます。行きなさい……波間を舞え、ラプラス! 氷空を呼べ、シュゴン!」
「クォオン!!」「ジュゴォ~ン♪」
「標的はあの浮いている白いポケモンよ! ジュゴン、『あられ』! ラプラス、『ふぶき』!」
「~ゴォンッ♪」
《―― コツ。―― コツ、コツッ》
「……。……ミュー」
霰の降り出した海域で、ミュウツーが宙に浮きつつもさらに空高くを見上げ。次いで増えたカンナさんのポケモン達を見て、「かかって来い」とでも言うようにプレッシャーを放つ。どうやら乱入者ドンと来いってなご様子だな。
「……なによ、あのプレッシャー。半端ないわね」
「アイツは強いですよ。くれぐれも御用心を」
俺はミュウを手元で回復しつつ、ミュウツーも見上げた曇天の夜空からはジュゴンの『あられ』によって霰(あられ)が降り出している。それにラプラスは必中『ふぶき』か……ならば!
「そんなら、ニドクインも『ふぶき』で!!」
「ギャウ! ――スゥ、」
「ミュー……?」
突然動きが止まったニドクインに反応し、ミュウツーも一瞬動きが止まる。その一瞬を逃さず、ラプラスと同時に!
「ここで!」「ここよっ!!」
「ギャウゥァッ!!」「クゥ、オォ!!」
《《コォォォォォーッ!!》》
「……ミュー」スッ
視界いっぱい空いっぱいに、2体から吐き出された『ふぶき』が広がる。
それを向かい打つミュウツーは……って、うぉぉ!?
「ゥ、ュー!!」
――《ズワァッ》――
「ギャウ!?」「クォオン!?」
「吹雪を、裂いたのッ!?」
「『サイコキネシス』……かな? いずれにせよ強力なエスパー能力ですね。あたしも流石に、ああして防御に使われるのは初めてみました」
……ただし、今のを防がれるとなると……
「……ひとまずは置いときましょう。とりあえず、カンナさん」
「何?」
「ふたご島を荒らしたくはないんですよね? だったら、既に向こう岸に船を周してあります。それに乗って海上で戦いましょう」
「……そうします。あんな技をこの島で使い続けられたら、たまったもんじゃあないわよ」
よしよし。そんじゃあ戦いの舞台を海上に移すために、攻撃を受け流しつつ船まで急ぎますか!
――
――――
今度も波間を船で移動しつつ、先を飛ぶミュウツーと戦闘。ミュウツーはミュウをメインに相手取って戦闘をしており、他のポケモンがそれを補助または追撃しているという状況が続いているな。
因みに船の上から手持ちポケモン達へと指示を出すカンナさんは、こころなしかテンション高めなご様子。
「ミュゥーゥ!!」
「ミュー」
《《ォ、オンッ!!》》
「ヤドラン、『どわすれ』!! ラプラス、縦になぎ払う『れいとうビーム』よ!」
「……ヤァン?」「クォオン!!」
《コォォッ》――《ピシィン!》
「クチート! 氷の上を走って近づいたら、『うそなき』!! ミュウはそのまま……からの、『れいとうビーム』で!」
「クチッ ガチ、ガチ!」「ミュミュ!!」
クチートは後頭部の大顎をガチガチと鳴らしながらラプラスによって作り出された氷の足場を駆け、ミュウツーの真下に入り、特防を低下させる技『うそなき』を繰り出す。カンナさん的にも、特殊攻撃が戦いの中心になっているからな。下げるのであれば今のうちだろう。
そして今度は下がった特防を活かすため、ミュウからの『れいとうビーム』。ビームはミュウツーに当たるものの、凍っては……
「……ミュー」
「……くれないよね。うん、ミュウ……そのまま! 攻撃来るよ!」
「ラプラス、今のうちよ! 戻って! ヤドランはもう1度、『どわすれ』!」
「クォッ!」「……ヤァン?」
カンナさんは長期戦に備え、『どわすれ』を積んだヤドランを主軸におく積もりみたいだ。
「(となれば、カンナさんの手持ちの能力も把握しておきたい所か。……そんなら)」
そう考えて手元でポケモン図鑑を開き、久しぶりのレベルチェック機能を使うことに。
……今までは別の地方にいたからなぁ。殆どカントーのポケモンにしか対応していない今のポケモン図鑑じゃあ、レベルチェック機能を使う機会が少なかったのは、仕方がない部分か。
そんでもってチェックが終わった図鑑を見てみると、カンナさんのラプラスはLV45、ジュゴンはLV40というこの時代においては高レベルな感じに纏まっていたり。おー、流石は四天王だな。
「(とはいえ、ミュウツー相手じゃあ
ゲームでハナダの洞窟に潜んでいたミュウツーは、レベル70だったはず。それと大差ないレベルであると仮定すると、種族値的にも俺たちのポケモンは1~2回攻撃を浴びればHPが危ないラインまで持っていかれてしまうだろう。下手をすれば一撃だ。だからこそ俺も鋼タイプでありエスパー攻撃を半減できるクチートを出して戦闘しているんだが……
「クチート、まだいける?」
「チィ! ガチン!」
「どもです! ならクチートは、もう1度『うそなき』です!!」
「クチィー……」
戦えるかとの問いに、ポニーテールな大顎を鳴らして元気に応えてくれるクチート。
因みにミュウツーは何かの力で浮いている。となれば直接攻撃技しか持たない俺のクチートは攻撃技を当てる事が難しいため、こうしてサポートに徹してもらっているのだ。一応『れいとうビーム』の技マシンはあるが、今回は練習しておく期間が短かすぎたからなぁ。ついこないだまで「そらのはしら」の野生ポケモンだったクチートは(どうやら俺の事を気に入ってくれているらしいため、大分時間は短縮出来たものの)多くの時間が俺とのコンビネーション訓練に費やされたのだった。
……ただし技に関する訓練が遅れていたとはいえ、クチートがいたのは「そらのはしら」だという事を忘れてはいけない。
「そらのはしら」はゲームにおける隠しダンジョンだっただけあり、ゲームの時よりは野生ポケモン達のレベルも落ち着いてはいたものの、その平均レベルは俺の手持ちと比べても見劣りしなかっただろうと思う。これは、戦ってみたうえでの予想だけどな。
さて。そんな「そらのはしら」にいたクチートは、努力値こそ入ってはいないものの「レベルそのもの」は俺の手持ちと比べても遜色ない ―― つまりは、即戦力となってくれるレベルだったという訳だ!
「(ゲームではあまり使わない戦略だったけど……事ここに至っては、非常にありがたい!)」
色々と違うこの世界において、野生即メンバーというのは非常に難しい。今回俺に「着いて来てくれた」このクチートだからこそ、こうして戦力として扱うことが出来ているが……普通であればすぐに実践投入とはいかないはずだ。
……と!!
「ミュー」
《ズ、》
「……!? 来るわラプラス!!」
「クォォォ!!!」
《《グワ、ァアン!!》》
カンナさんからの注意がなされた、直後。空間の歪みはラプラスへと迫り、
――《ドッ、》
――――《バシャッ、》
――――――《ドバシャァン!!》
「……ク、ォ」
「ラプラス、ラプラス!! ……戦える!?」
「ォォ、クォン!!」
200キロを超えるはずのラプラスの巨体を吹き飛ばし、海上を3バウンドさせるというトンデモ現象を引き起こした。
……だというに、吹き飛ばされたはずのラプラスも未だ戦闘続行の意思を失ってはいないとかいう。いや確かに、ラプラスの特殊防御は高めだけども。
……あー……本当に大丈夫なんだよな?
「ラプラス、だいじょぶでしたか?」
「いけるわ。むしろわたしがラプラスに、『そんなにやわじゃない』って怒られちゃった」
「……ありがとございます。しかし、遂にミュウツーの攻撃の矛先が周りに向いてきましたね」
「そうね。今まではアナタのあの白い……ミュウ、だったかしら? あのポケモンに攻撃が集中していたけど……」
「あー……アレ……ミュウツーが、あたしだけでなくカンナさんも相手として認めた、ってな具合だと思うです」
「それはまた……光栄なことね」
カンナさんが言葉とは裏腹に、苦々しげな表情を浮かべる。
さて。ここまで戦ってみての……これは俺の予想なんだが……ミュウツーは戦い方を「試しながら」戦っていると思う。
なにせ生まれたてだし、さっきからの戦いの様子を見ていても非常に楽しそうだし。となれば、ここから先はますます「慣れた戦い」を繰り広げる羽目になる可能性が、多大にあるんだろうなぁ。
……うーん……
「……ねぇ、アナタ」
「―― でもなぁ。だからっつっても、」
「ねぇ! アナタ!!」
「……あ、はい。あたしですよねスイマセン」
そんな今後に関しての思考を纏めていた俺に、カンナさんからお声がかかっていたようだな。
カンナさんは波に揺られる船の上の先頭に立ちながら何事か緊張した面持ちで、
「ここからなら数十分でセキチクシティに着くわ。……アナタは先にポケモンセンターに行って、回復していなさい!」
「ふぇ!?」
「ふぇ、じゃないわよまったく。……アナタは、ふたご島より前からあのポケモンと戦ってきたんでしょう? だとすれば、体力の減り以上に『疲れ』がある筈だわ。……ただの
「まぁ、そうかも知れませんが」
確かに「ふたご島」はその西にグレン島、北にセキチクシティという配置にある島だ。そのグレン側ではないほうの岸から船に乗ったからには、この船は先にあるセキチクシティにたどり着くだろう。
……申し出自体は非常にありがたい。が、カンナさん1人を置いて行く訳にも……
「わたしだけであれば、ジュゴンに乗りながら海上を広く使った戦法を取れるわ。それにこのままだと……2人とも、やられるわよね?」
「……」
「無言は肯定ととります。……でも、心配は要らないわ。あのポケモン、戦いが好きだって言うのは伝わってくる。となれば、負けたって酷いことにはならないと思うわよ? この辺りの野生ポケモンは逃げ出してしまっているから、野生ポケモンに襲われる心配も殆どないはず」
「……それなら、あたしだって」
「あら。見た限りトレーナー資格も持っていない年齢のお嬢ちゃんが何を言っているのかしら?」
「……うは! あたし、お嬢ちゃんですかっ!?」
「それが嫌ならガキンチョになるけれどね……さて、」
《ボウン!》
「ジュラァ!」
「ルージュラ! 手伝って頂戴!」
「あ、カンナさん!!」
目の前でカンナさんが船から飛び降り、ルージュラの作り出した氷の上に乗る。するとすぐさまジュゴンが戻って来て、今度はその背に。
「カンナさん!!」
「……そう。アタシは、四天王のカンナよ? アナタみたいなお嬢ちゃんにくらい、格好をつけさせて頂戴。……ルージュラ!」
「ルゥ、ジュラッ!!」
―― カチッ
《ドド、ドドドドドッ》
船のエンジンが勝手に……じゃない! ルージュラのエスパー能力か!!
オート航行なのが関係してか、エンジンが切れないし……うわ。だからさっき、コンソール近くに立ってたのか!?
「カンナさんっ、ですが!!」
エンジンがかかった船と俺は動き出し、カンナさんから遠ざかっていく。俺は『なみのり』できるポケモン持っていないし……回復が必要なのも確かではある、けど!
「名前」
「え!?」
「アナタの名前。こっちばかり知らないのは、不公平じゃない? ……今度アナタと会った時に、教えてもらうからね!」
カンナさんが何かのフラグにも思える台詞と共に1人でミュウツーの進行ルートに立ち塞がると、ミュウツーの戦意(プレッシャー)の矛先が、俺から外れるのが判ってしまう。
そして遠ざかっていくこの船にはクチートを抱えたミュウが飛んできており……なら、せめて。
「……カンナさん、お願いします!!」
大声で、俺の願いを叫んでおく。
遠くでカンナさんがグッと手を挙げるのが視界に移り、
そのまま嵐を予感させる荒れた波間に、吸い込まれていった。
ΘΘΘΘΘΘΘΘ
―― Side カンナ
全く。あのお嬢ちゃんは……
「いつかのボウヤと同じく、あの年であの実力だなんて!!」
目の前の規格外なポケモンと戦いながら、1人で愚痴ってしまう。
いつかのボウヤ……ショウは、わたしの姉弟子であり実力的にも拮抗していたプリムに勝利したらしい。となれば、わたしもあの少年に負けてしまってもおかしくはない。
そう考えて修行を繰り返していたわたしが洞窟から出てみると、あの少年くらいの年にみえる少女が、強大なエスパー能力を振りかざすポケモンと対峙していたのだ。
「しかも、……あ、ラプラスッ!?」
《グワァァン!!》
「ク、ォォ……」
――《バシャン》
「戻って、ラプラス!! ……ジュゴン! 時間を稼いで……あ!?」
《グニャッ!》
「ジュゴォ~ン!?」
あの少女と別れてから、悠に1時間は過ぎている。一緒に戦っていたときより、目の前のポケモン……ミュウツーとか言ったか……は「こなれた」戦いをしてくるようになっていた。
わたしはジュゴンも手元に戻し、これであとは回復するまでルージュラとヤドランに頼るしかない状況だ。けど、
「(ヤドランは『どわすれ』を積んでいるし、効果いまひとつなのよ)」
ミュウツーの攻撃の主軸は、遠距離エスパー技。とすればわたしのヤドランにはそもそも効果はいまひとつだし、『ドわすれ』はああいった手合いの技に対しての防御力をあげられる。
このヤドランがいるおかげで、「わたし1人でも」ここまでも耐えることが出来ているのだ。
「……ヤドラン、ルージュラの前に!」
「ヤァン?」
とぼけた声を出しながらも、ルージュラの前でミュウツーからの攻撃に備えるヤドラン。
ミュウツーは空中で手を振り、こちら(多分ヤドランかしら)を指差す。そして今度は、指差した腕を自らの頭に手を沿え……来る!!
「……ミュー、ミュー」
《スゥ》
「……空振り?」
しかし今回は、今までは鳴っていた「空間を割ってしまったかの様なあの轟音」が響かなかった。
……もしかして、疲れてるのかしら。なら、これはチャンス!!
「お願い、ラプラス! ジュゴン! もう1匹、ジュゴン!」
《ボボウン!》
「ク、ォォ!」「「ジュ~ゴ~ン♪」」
「ジュゴン、もう1度『あられ』!」
「あのお嬢ちゃん」は、多数のポケモンに指示を出すのに非常に慣れていた。それこそ回復のタイミングから……悔しいけれどポケモンリーグの1対1ルールに染まっているせいで多数での戦闘には慣れていない、「わたしのフォロー」にまでね。
けど、そんなわたしでも今一斉に攻撃するならば、あのミュウツーとか言うのにも攻撃が届くかもしれない……そう考えて全てのポケモンを繰り出し、下準備として『あられ』を指示する。
――《コツ、コツッ!》
明るくなり始めた灰色の空から、氷の粒が降り出した。よし、次は……
―― ブォン
「…………え?」
思わず宙を仰ぐ。
空中に浮かぶミュウツーから響く、明らかに超常的なチカラで発せられた音。
その右腕には、あのポケモンの強大な力が一点に込められた――
――『不可視(サイコ)の刃(カッター)』が構えられていた。
「……直接攻撃ッ!?」
「ミュー」
《シュンッ》
――《ズバンッ!》
「ヤァン? ――、」
《バシャ、ドバッ!!》
《シュンッ》
――《ズバンッ!!》
「!! ジュゴォ~……」
《バシャッ》
「あぁ、ジュゴン! ヤドラン!!」
「……ヤァンッ?」
「……ォ~ン……」
一瞬で移動してきたミュウツーが2度その刃を振るうと、ヤドランは吹き飛ばされ、ジュゴンは吹き飛ばされた先から動けない。
わたしはジュゴンをボールに戻し、……けど、ヤドランは耐えてくれたわ! なら、これでッ!!
「あなたがどんな技を使おうとも、これで終わらせる! みんな! 残りのチカラを全て振り絞って頂戴! ……『ふぶき』よ!」
「クォ!」「ヤァン」「ゴォン♪」「ジュラジュラ!!」
「ミュー」
「いき、なさいッ!!!!」
《《スゥ》》
――《《コォォォォォッ!!》》
先ほどあのお嬢ちゃんと放った『ふぶき』よりも更に真っ白な一点の染みもない白が、ミュウツーへと迫る。
さながらホワイトアウトのようなその現象は、凄まじい勢いと共にミュウツーを包み込んだ。そのまま空へと吹き荒(すさ)ぶと、
―― 嵐を予感させる灰色の雲をも引き裂いて、朝の日差しを差し込ませた。
「……」
宙に浮かぶミュウツーが、差し込んだ日の光のカーテンに照らされている。流石に氷漬けになっているわ……
―― ピシィ
「……え?」
―― パキャァアンッ
「……ミュー」
《ヒィィ――ン》
氷を割り中から出てきた白色の体が、わたしの絶望と共に光のカーテンに照らされた。
事もなく氷を割って見せたその姿は、何か……そう。「神秘のベールによって守られて」でもいるようだ。
しかもその身体には傷1つない。あの少女がいる間に2、3度使っていた回復技を使用した様子もないというのに、だ。……先ほどまでのヤドランの硬さをコピーでもされたのかしら。そうでも考えないと、やっていられない。
「……わたしの手持ち、全員の『ふぶき』が直撃したのに……」
みんなも海の上から唖然とした表情で見つめている。
その視線を一身に集めているミュウツーは、
光に照らされ、
自らも超常的な燐光を纏い、
神々しいようなオーラと、
相手にすら畏敬をも抱かせる『プレッシャー』を兼ね備え、
終いには空中に……
『さっきのわたし達の吹雪に負けないくらい空いっぱいの、空間の歪みを携えて』
……浮かびあがった。
「ミュー」
「……あははッ!!」
思わず、笑う。
「……やって、やるわよ!!」
歪んだ空間と共にミュウツーが腕をかざすと、やっとの事で繰り出した攻撃によって作られた……日が差し込む雲間すら閉じることとなる。
再び訪れるのは灰色の空と、薄暗い夜明け前にみられる藍色の闇。
「四天王、なめんじゃあ……ないわッ!! 凍らせて、動けなくしてやるわよッ!!」
この光景を目の前に、既にわたしの目的は「時間を稼ぐこと」にシフトしてしまった。
けれど、後悔はない。
自分の全力を尽くせるのが、そして全力を尽くしても届かないのが……こんなにも「嬉しい」とは、思わなかったから。
《《《グワァアァァァァ……》》》
わたしは目の前の一面歪んだ、頭の割れそうな音を放つ空に向かって、立ち向かう様に叫ぶ。
「いきますッ! ……ジュゴン、空高く『なみのり』! ヤドランは『サイコキネシス』でジュゴンを支援! ラプラスとルージュラは、『ふぶき』!」
「クゥ、ォォッー!」
「ジュ、ラララァッー!」
「ゴォォ~ンッ」
「……ヤァン?」
《ザバァッ!!》
《――ィン》
《《コォォォォッ!!》》
エスパー技で信じられないほど高くまで競り上がった波がミュウツーを襲い、同時に、白い吹雪が迫っていく。
「……! ミュー」
ミュウツーがその両手をこちらに向けて振るうと歪んだ空は一斉に崩れ落ち、
《《ドババババッ、》》
波間は割れ、水柱は空高く上がり、
――《《 ッォオ 》》
遠浅になっているとはいえ、ふたご島周辺の海底までが露出し、
――《《ドッパァァァンッ!!》》
ポケモン達はわたしもろとも吹き飛ぶこととなった。
……、
…………。
「……っあ……。……ぅ」
声が出ない。
背中が冷たい。
おそらくは先ほどまでわたしが立っていた、氷の上に寝ているのだろう。
「……あ、いつ……は?」
足止めを、しなきゃ……いけない。
いや、わたしが足止めをしたかった、はずだ。
「……ぅ」
重い体を引きずり、顔を動かす。
まず見えるのは、相変わらず灰色の空。そして、相変わらず高い波。
そして、その波間に「そびえ立つ」のは、
「……ぁ、は」
『なみのり』と『サイコキネシス』で高くまで上がった波が『ふぶき』によって氷漬けられ、あのポケモンを包み込んでいる。
今度こそ、氷漬けにしてやった……わね。
「……凍らせるって、とっても……強力、よ。だって、凍っちゃったら……ぜんぜん動けないん、……だもの……」
それこそ、時間稼ぎには。……最適、なのよ。
わたしの作戦の成功を見届けると、気が抜け、意識がブラックアウトする。
「(……ぁ、)」
ずるっと体が氷から落ち、
―― ドサッ
「クォ、ォォッ!!」
……何か暖かいものに、拾われた気がした。
ここまではにじファン投稿分でした。
ところどころ、手直しされております。